そして放課後。正門前で神崎と合流した俺は駅前の裏路地にある飲食店、『ベアトリーチェ』へやってきていた。いつもどおりほとんど客のいないこの店ならうっかり情報が外に漏れることもないだろう。
「はいよ、マルゲリータ二枚と、ミルクティー、アイスコーヒー、メロンソーダ、キャラメルフラペチーノ、コーラな」
店主の響が注文の品をテーブルに置くのと同時に俺は再びこの場に居るメンツに声をかける。
「まずは集まってもらってありがとう。今回の議題はゲーム部存続のための方法についてだ」
「く、黒崎先輩、この人選は……?」
俺の隣でアイスコーヒーのカップを両手で持ち、少し委縮している神崎。
「まあ、アイスブレイクがてら自己紹介でもするか。俺から時計回りでいいな」
「うん。了解だよ」
「うん……わかった」
「まあ、はい」
全員の賛同も得られたので、俺から自己紹介が始まる。
「俺は黒崎裕太郎。好きな食べ物はサンドイッチ。嫌いな食べ物は梅干しだ」
ありきたりな自己紹介だが、もとよりこの自己紹介の目的はアイスブレイクなのでそんなに中身のあることを言う必要もない。テンポよく進行するのが一番だ。
「じゃあ、次俺だね。俺は越前和人。赤羽高校バスケ部のキャプテンをやってる。ここの店主の響さんもバスケットの知り合いなんだ」
そう告げると越前はメロンソーダで口を潤す。
「えっと……雪里茜……です。漫画研究会の部長を……してます」
雪里はしどろもどろになりながらもしっかり自己紹介をし、キャラメルフラペチーノのカップへ視線を落とす。
「えー、緑川高校の木場神威です……。というか僕なんで呼ばれたんですか?赤羽の部活動事情何も知らないんですけど?」
「はい次」
「ええ!?僕の疑問スル―ですか!?」
木場の台パンに彼の注文したコーラのカップが少し跳ねる。
「私は……神崎亜美です。今日は先輩方に来ていただき、とても心強いです。……よろしくお願いします!」
神崎が深々と頭を下げたところで自己紹介は一周したので、俺はミルクティーを一口飲み、マルゲリータをカットして自分のさらに盛りつけてから本題を切りだす。
「えー、冒頭に言った通り、赤羽高校ゲーム部は現在廃部の危機にある。大きな理由としては学校側の部活動縮小計画の選定基準に引っかかっていること。その他に部員のゲーム性の違いによるサークルクラッシュがある」
「なんですかその音楽性の違い、みたいなの。そんなジャズバンドみたいな口論じゃないんですけど」
神崎は不満そうに口をとがらせるが、いちいち反応していては時間がいくらあっても足りない。
「取りあえず、生徒会で使用したゲーム部の詳細資料のコピーを渡す。ひとまず全員、これに目を通してくれ」
俺は鞄から取り出した資料を各自に回す。
「黒崎君、これ、赤羽の生徒会には使用許可取ってるんですか?」
「いい質問だ木場。……残念ながらこの資料は無断でコピーした」
「ちょっ!そればれたら大問題じゃないですか!」
「だからこそ、この資料はこの場限りの物として扱ってくれ。つまり、この資料で得た情報等は外部に漏らさないこと。資料自体は後で俺が回収してシュレッダーしとく」
「いや、そういう問題じゃ……」
「木場、昔の偉い人はこう言った。『ばれなきゃ犯罪じゃない』と」
「そんな偉人いてたまるか!」
木場は尚も文句を言ってくる。まあ、緑川の生徒会で会計をやっている木場にはこの書類の重要性が人一倍分かっているだろうし当然の反応だ。
「まあ木場君。ここは黒崎君を信じようよ」
それを制止したのは越前。いつものイケメンスマイルに木場はもごもごしながら黙って資料に目を通しだす。やっぱりイケメンって凶器だよな、怖い怖い。
そこから10分ほどで全員が資料から目を離す。それを見計らって俺は話を再開する。
「取りあえず、状況は見てもらった通りだ。そうだな……木場、どう思う?」
「どうって……。取り合えず目下のところの問題としては『部員の少なさ』と『活動実績のなさ』の二つじゃないですか?」
流石、木場は俺の言ってほしい言葉を100パーセントで返してくれる。
「俺もそう思う。部員数は神崎と幽霊状態の3年生を合わせても7人。以前行っていたブログ更新や動画アップもサークルクラッシュのあった5月以降は途切れてしまっているからな」
「黒崎君、質問なんだけど、部員数はどれくらいで規定を満たせるんだい?」
「普通なら、10人もいれば満たせることにはなってる」
「普通なら?」
越前の疑問に対し俺は少々苦い顔で答える。
「残念なことにゲーム部の部員の中で来年以降も赤羽に在籍しているのは神崎だけだ。他は今年で卒業。つまり後3人集めて10人にしても来年度の見込みがないから、事実上規定を満たせない」
「なるほど、そういうことか」
越前は納得した様子で頷く。
「てか、素朴な疑問なんですけど、普通に勧誘すれば部員集まるんじゃないですか?ゲーム部自体の認知度が低いならサークルクラッシュの件も対して広まってないだろうし、ゲーム好きの生徒なら一定数いると思うんですけど」
木場の言っていることは正しい。だが、それでは駄目だ、駄目な理由がある。
「やっぱり、私のせい……ですよね」
「神崎……」
「私の独りよがりのせいで先輩方のだしてくれる意見も結局駄目になっちゃうんですよね……」
俯く神崎の頬には涙が伝う。確かに、事実だけを行ってしまえばゲーム部の存続を困難にしているのは依頼者である神崎自身の理想の高さ、レベルの高さだ。
「私が辞めれば……」
「違うよ!」
その声は木場でも越前でももちろん俺でもない声で、多分この中では俺しか聞いたことのない声。その力強い言葉と共に雪里茜は椅子から立ち上がる。
「違う……神崎さんは悪くないよ……だって……そこまで苦しむことができるのは、神崎さんがゲームが好きで……ゲーム部で自分を変えたいから……でしょ?」
「雪里……先輩」
「私も……中学の時……自分の部活が無くなりそうになって……すごくつらくて、苦しかった……それは……私がそれを大事にしてたから……どんな形でも、大事って思いはみんな一緒だよ……だから……その……」
「雪里の言うとおりだ。誰にでも自分の居場所を欲する権利がある。例え周囲がそれを醜いと言おうがあざ笑おうが、自分に嘘をつく方がよっぽど醜悪だと、俺は思う」
俺の言葉に面々は少し考えて、すぐに顔をあげた。
「そう……だね。まずは神崎さんの理想を満たせるゲーム部にする方向性でいいと思う」
越前は笑顔で頷く。
「状況はよく分からないですけど……黒崎君の言葉の意味は分かる気がします。君がそこまで言うなら、僕も協力します」
木場も賛同してくれる。
「そういうわけだ。神崎、少なくともここに居る俺たちはお前の味方だし、みんないい奴らだ。だから、ネガティブな考えはこれで終わりにしろ。俺たちはゲーム部を存続『させる』んだから」
「黒崎先輩……」
「それじゃあ、本格的に会議を始めるぞ。まずはさっき木場が言った二つの問題点を一つずつ別個にして考えてみよう。最初は『部員の少なさ』 についてだ」
「取りあえず、前提条件として縮小計画の規定を満たすために10人集めることになりますね」
10人。赤羽高校の全校生徒から見れば多い数字じゃない。ただ、無作為に集めてもそれは神崎の望む部にはならない。必要なのは『ゲームが好き』で『ある程度の実力』があり、神崎と共に活動しても『向上心』を失わない9人だ。俺はその3つをルーズリーフに書き、全員の見えるところに置く。
「実力に関しては取りあえず平均くらいあればいいか」
「でも、それだと神崎さんの理想には叶わないんじゃないのかい?」
「いや、この場合最も重要な要素は向上心だ。ゲームってのは最初は下手でも練習すれば実力を伸ばせる。だがそれには長い時間が必要になる。その時間をモチベーションを下げずに取り組める姿勢があればそれでいい」
「随分限定的になりましたね……」
木場が渋い顔でマルゲリータをかじる。
「それなら、イベントをするってのはどうだい?例えば神崎さんに挑戦する、みたいな概要で、そこに来たチャレンジャーの中から勧誘するとかさ」
イベント……。たしかに越前の言った通りのイベントを行えばゲーム部のアピールにもなる上に神崎と一緒にゲームがしたいと思う人物を発掘できるかもしれない。
「ただ、期限がな……」
部活動縮小案が学校に提出される来週までにイベントを行う事は不可能に近い。場所の確保も、参加者募集の告知も、細かいルール決めも、少なくとも3週間以上は準備期間が欲しいところだ。
「確かに……時間がないか。すまない、愚策だった」
「いや、方向性としては間違いじゃない。とりあえず今の越前みたいに思いついたらどんどん言ってくれ」
だが、そこで面々は沈黙してしまう。やはり、一番の問題は時間の無さだ。3日4日で縮小計画から逃れる手段なんてそうは思いつかない。
「よし、いったんこれは置いといて、『活動実績』について話して行こう」
「それなら、以前やっていたブログ更新や動画投稿を再開すればいいんじゃないかい?」
越前の提案に神崎は申し訳なさそうな表情をする。
「それが……その、ブログのアクセス権限も、動画サイトのアカウントや撮影機材なんかも、先輩方の物で……」
「でも、その3年生の方々には協力を仰げない状況なんですよね?」
再び沈黙。
駄目だ……。せめてさっき越前が提案したイベントを企画する時間さえあれば……。
なんとかならないかと俺は自分の記憶をたどる。
――なにか、ないか。学校側に了承を得たうえでイベントを行うための期間を設けられる手段は。部活動縮小案を回避する方法は。
―――回避?そういえば何故俺は回避することをここまで重要視する?
――それは当然回避しなければ部を存続できないからだ。
――逆に言えば回避さえできれば部は残る、ということだ。
「そうか……回避できればいいのか」
俺がぽつりと漏らした言葉に真っ先に反応したのは木場だった。どうやらこいつも俺と同じ結論に至ったらしく、すこし口角をあげている。
「えっと、黒崎君?何か思いついたのかい?」
取り残されている3人の疑問を越前が代表して問う。
「ああ。俺たちは焦りすぎていたんだ。最初に設置するべき目標はゲーム部の存続じゃない、縮小計画の網を回避することだったんだ」
「先輩何言ってるんですか?もう少し分かりやすく言ってくださいよ~」
「えっと……」
思いついたはいいが言語化するのが難しいな……。
「よし、取りあえずルーズリーフに図を描きながら説明するぞ」
俺はさっきのルーズリーフを裏返し、シャーペンを持って説明を始める。
「まず、俺たちの最終目的はゲーム部の存続だ」
用紙の一番上に存続と書いて丸で囲う。
「そしてこれを満たすために必要なのはさっき言った向上心を持つメンバーの発掘だ」
「そこまではさっき黒崎君が話した通りですね」
「だが、いきなりここを目指そうとするとほぼ不可能だ。それはさっき越前が出したアイデアが没になった最大の理由、時間がないからだ」
用紙に時間と書いて存続と矢印でつなぐ。
「だが、イベントを行う事ができれば部員獲得の見込みは大分上がる。つまり、存続の前にイベントの実施が目標になる」
存続の文字から3行くらい空けてイベント実施と書いて丸で囲う。
「でも……結局時間は……どうするの?」
「そう。結局どんなに考えても時間がないという事実は変わらない。なら、その前に時間を確保する事が目標になる」
「でもそれ先輩が無理だって言ったじゃないですか」
「だからこそ、最初に突破すべきは部活動縮小計画だ。この網から一時的に逃れられれば時間が確保できる」
「ええ……ちょっと私理解が追いつかないです……」
再び困惑する面々のなかで木場に続いて俺と同じ解にたどり着いたのは越前だった。俺に対し関心半分呆れ半分といった表情を向ける。
「なるほどな……つまり黒崎君が言いたいのは部活動縮小計画の網から一時的に逃れ、それにより出来た時間を利用してイベントを行い、部員を獲得、それによるゲーム部の存続。そのすべてを学校側が了承せざるを得ない形に持っていくってことだね」
「いや、でも越前先輩、そんなことどうやって……」
「そっか……!」
雪里が目を見開く。どうやら解にたどり着いてくれたらしい。
「え?ちょ、ちょっとなに先輩方だけで分かり合っちゃってるんですか。私にも教えてくださいよ~」
「要するに、俺と雪里、そして越前が一時的に部員になって、廃部を回避するってことだ」
「なるほど……って、ええええ!?」
「不可能な話しじゃない。雪里と越前は兼部、俺は新規って形をとれば来週の頭には完遂できる。縮小計画の決議にもギリギリ間に合う」
雪里と越前も無言で頷く。
「そ、それはありがたいですけど、それでも私と先輩方を合わせても4人。選定基準だと10人は必要なんじゃ……」
「何言ってんだ。いるだろ、後6人」
「え?どこに?」
「ゲーム部に」
「は?先輩考えすぎて算数できなくなったんですか?」
俺は小さくため息を吐く。
「だから、いるだろ、3年生が6人。渡した資料にも書いてあるだろ。というかお前が自分で書類上は部員のままだって言ってたろ」
「あ……。って黒崎先輩、昼休みにあの先輩方は味方にはなってくれないって……」
「味方にはならない。敵にもな。あの3年生はもうゲーム部に執着は無い。それは退部届を出さず、書類上部員のままになっていることから伺える。なら、名前だけ借りればいい」
「で、でもそれってモラル的に……」
「気にするな。3年生は今年で卒業、縮小計画をくぐりぬけるまでの間露呈しなければその後どうなろうと知ったこっちゃない。お前だって、あれだけ口論した奴らともう一度部活やりたいと本気で思ってないだろ?」
そこで神崎は沈黙する。
「でも、それだと根本的な解決にはなりませんね」
その沈黙を破ったのは木場だった。だがそれは単なる批判では無く、こいつだけは俺が口にしていない次なる策にもたどり着いているからこそ、俺からその言葉を引き出そうとしているのだ。
「そうだ。縮小計画を回避しても、そのうち3年生は卒業して部員不足は再び起きるし、穴埋めの俺たちだって神崎の求めるゲーム部のメンバーとしてやっていけるかは怪しいところだしな」
雪里も越前も他の部で部長をやっている以上、本格的な参加は出来ない。それでは結局のところ神崎の依頼は達成できない。
「それじゃあ、結局どうするんですか?」
神崎は尚も疑問を募らせる。
「言ったろ、俺たちの入部は廃部を免れること、すなわち策を弄する時間を確保するためだって。そのうえで、さっき言ったイベントに繋ぐ」
「でも、ただでさえ無理くりな感じなのに、イベントをやる場所も余裕も……」
「……文化祭」
雪里がぽつりと呟く。
「そう、文化祭だ。ゲーム部が縮小計画に引っかかっている事項の一つとして『人数不足』とそれによる『将来性の無さ』がある。だが、人数不足に関しては一端クリアしてる。なら、その次に必要なのは『活動実績』と『部の将来性』の確保だ。そのための活動をするって意志を明示して学校側にゲーム部の存続を認可させる。その活動の内容が『部員獲得のため』の『文化祭』で行う『イベント』だ」
要するに俺たちの取れる策は命乞いしかない。『今は人数もギリギリですが、文化祭まで待っていただければ今後も有意義に活動できる部に変えて見せます。だから命だけは!』と。
だが、それを実行するにはただ俺たちが入部届けを出すだけでは駄目だ。教師陣だって伊達に俺たちより長く生きてるわけじゃない。最初は欺けても、その場しのぎの策はいつか露呈する。だから、もう一つ、切り札を用意しなくてはいけない。それが文化祭でのイベントだ。確実にイベントを遂行すること、それこそが必須条件にして勝利条件だ。
俺はミルクティーを一気に飲み干すと、小さく息を吸って、面々に語りかける。
「と、言うわけで、今日はお開きだな」
「え……?」
「え?」
「は?」
俺の言葉に雪里、越前、神崎は疑問の声をあげる。
「ほら、もう外も暗くなってくるし、良い子は帰る時間だろ」
「いやいやいやいや!先輩何言ってるんですか!?まだ話し終わってないですよね?」
「そうだよ黒崎君。これから本題じゃないか」
「黒崎君……」
「そうはいっても、俺7時から見たいテレビがあるし」
俺はそう告げると手早く荷物を片付け、テーブルに1000円札を置く。
「今日のお会計、一人千円な。それじゃあ、お前らもさっさと帰れよ」
「ちょ、ちょっと先輩!」
引き留めようとする神崎はスル―して俺はベアトリーチェを後にする。