「黒崎君!黒崎君ってばあ!」
誰かに何度も名前を呼ばれ、俺の意識は覚醒する。
「ん……」
そんな俺の視界に最初に入ったのは茶色い板のような物体の一部。すぐにそれが机であることに気づき、教室の自分の席で寝落ちしていたという事実に気付いた。
「んん~~……」
大きく伸びをして時計を見ると、その針は12時半を指していた。
周囲を見渡すと、すでに各々が昼食をとったり雑談したりと、絶賛昼休み中だった。
「……俺、いつから寝てたんだ?」
確か2時間目の数学で、どこかで見たことがある中年教師が最近の生徒は礼儀知らずだみたいな話をしていたところまでは覚えているんだが……。
――そういえば、だれか俺のこと呼んでなかったか?
いや、だがせっかくの昼休みにわざわざ寝ているところを起こしてまで俺に用がある生徒もいないだろう。
「気のせいか……」
再び俺が夢の世界へ旅立とうとすると、その脳天に軽いチョップのような衝撃が走る。
「へあっ!?」
「もう、なんでわざわざ起こしたのにもう一度寝ようとするのさ!」
首をさすりながら再び顔を上げると俺の席の前に仁王立ちしている安城の姿があった。
「お、おう。安城か」
なぜだろう、安城とは先週も普通に喋っていたし、なんなら部活動縮小計画の資料の仕分けをしていたことだってしっかり記憶に残っているのに、なぜか安城と話すのがとても久しぶりに感じる。
「な、なに?私の顔になんかついてる?」
俺の視線が長時間向いていたせいか、安城は不思議そうに自分の顔をぺたぺたと触る。そんな動作でさえ、なんだか久しぶりで、それでいて安城から目が離せなくなる。
「え、な、なに?私なんか変?」
「あ、い、いや。別に」
少しドギマギしながら返した言葉は、やはりドギマギしてしまっていた。
「……で、なんか用だったか?」
「あ、そうだよ!用があるから話しかけたのに黒崎君熟睡してるんだもん」
「わ、悪い」
「……なにか睡眠不足になるようなことあった?」
安城のその問いに、思い当たる節はあった。それはあの時、結城先生が言ったあの言葉。
『君は、君に助けられただけの者の末路を考えたことはあるか?』
あれは一体どういう意味だったのだろうか。『助けられた者』ではなく『助けられただけの者』という言い回しだったが、俺は誰かに対し助ける以外のことはできないのだから『助けられただけ』も『助けられた』もほぼ同義語だ。
では、あの問いの真意はなんだ?
……なんてことをまじめに考えていたら昨日も結局あまり眠れなかったのだが、安城にそれを伝えても、こいつまでまじめに考えて不眠症になりそうだしやめておこう。
「……別に、なんもねえよ」
「……そっか。ならいいけどさ」
「それで、何の用だったんだ?」
「あーうん。それは……って本人が言えばいいか」
「本人?」
俺は首をかしげる。安城が俺を起こしたのに、用があるのは安城じゃない?どういうことだ?
「せーんぱい!」
と思っていたら耳元に唐突にそんな声が飛び込んでくる。その吐息がくすぐったくて、俺は体を小さく震わせる。
「はは、先輩なんですかその反応。小動物みたいですね~」
「……神崎か。お前いつからいた?全然気づかなかったんだけど」
「ずっといましたよ?まあ、気配は消してましたけど」
「ナチュラルに気配消してんじゃねえよ。びっくりしたわ。……いや、むしろそのやり方教えてくれよ」
「嫌です。先輩絶対悪用するじゃないですか」
「俺を見損なうな。法に触れることはしない。せいぜい授業中に寝ててもいいようにとかそれくらいだ」
「先輩、授業中は寝る時間じゃないですよ?」
「は?お前ゲーム脳のくせに授業真面目に受けてんの?すげえな」
「いえいえ。授業中はスマホで攻略サイトの編集とかで忙しいんですよ~」
「お前それ寝るより悪質だからな」
神崎とのやり取りを見ていた安城が何となくこちらに視線を向けているのに気づき、俺はそこで会話をストップする。
「えっと……二人ともいつの間にかすごく仲良くなったんだね」
「今のやり取りのどこに仲が良い要素があったんだよ……」
「ま、まあそれは置いといて、亜美ちゃんが黒崎君に話があるって……」
「あ!そうですよ!先輩、いったいどういうことなんですか!」
神崎はまくしたてながら俺の肩をゆする。
「お、落ち着け。お前の話に答える前に俺の肩の骨が再起不能になっちゃうだろ」
「そんなことはどうでもいいんですよ!なんかよくわからないうちにゲーム部のイベント企画をやっていいって学校側に言われたんですよ!先輩何したんですか!?」
やっぱりその話か。神崎の登場からすでに予想はできていたが。
「何って、別に何も……。ちょっと教師陣に頭下げただけだ」
「ウソだあ。そんな簡単に承諾してくれるなら金曜日の会議丸ごと要らなかったじゃないですか!」
「い、いや、それは……」
「会議って?」
困惑する俺にさらに質問をかぶせてきたのは安城だった。
「金曜日に先輩と一緒に駅前のさびれた店でゲーム部の今後について話し合ったんですよ」
「え?ふ、二人で?」
「いえ。他にも先輩のお友達が何人か」
「ちなみに、だれ?」
「えっとー、バスケ部の越前先輩と、あとなんか他校の男の人と、あと、漫画研究会の部長さんですね」
「へえ~。茜ちゃんも一緒だったんだ」
なぜか安城は不機嫌そうに俺を見る。
「い、いや。ほら、俺の少ない人脈から行くとそんなに人集めあられなくて、雪里は中学からの知り合いだからさ。そ、それに安城は立場的に関与しづらいだろうと思ってな」
あわてて弁解するも安城は機嫌を直してくれない。
「で、結局先輩はどうやって話を通したんですか?」
神崎はどうやっても俺から話を聞き出したいようだ。だが、それだと今回の事の責任が神崎や雪里にも向いてしまう。だからこそ俺は他校生の木場や教師からの信頼の厚い越前だけに協力を仰いだのだから。
「別に、いいだろそんなのなんでも。結果としてゲーム部の廃部を逃れ、文化祭への希望をつなげたんだから」
「で、でも――」
神崎が尚も何か言おうとしたところで、天井のスピーカーから音声が流れる。
『えー、2年b組黒崎裕太郎君。至急職員室まで来てください。繰り返します。2年b組黒崎裕太郎君。至急職員室まで来てください』
「と、いうわけだ。なんか呼ばれたから職員室行ってくるわ」
「あ、ちょ、ちょっと先輩!」
「黒崎君!」
後ろから俺を呼ぶ二人の声を振り切り、俺は教室を後にした。
***
職員室を尋ねた俺は何故か応接室まで通され、上座に座らされ、ついでにお茶までも出されるというVIP待遇の元、かれこれ10分程待たされていた。
応接室といってもそんなに大した作りではなく、向かい合うソファの真ん中に小さなテーブルが置かれているだけ。落ちついた雰囲気で話せるようにという設計者の心遣いともとれるので、俺は勝手にそう結論づけてまだ熱いお茶を小さくすする。
それと時を同じくして、応接室の扉が外側からノックされる。どうやら、ようやく呼ばれた理由が明らかになるらしい。
「どうぞー」
俺の返事と同時にドアが開く。
入ってきたのは結城先生だった。その手には何か書類の様なものを持っており、すぐに俺の向かいのソファに腰掛ける。
「昼休みに呼び出してすまないな」
「いえ、こっちとしてはナイスタイミングでした」
「……何の話だ?」
「あ、いえ、こっちの話です」
「そうか」
結城先生は全く興味が無さそうに手元の書類をぱらぱらとめくる。
「それで、俺を呼びだした理由は何ですか?進路調査にはまだ早い気がしますけど」
「先日、文化祭実行委員会が活動を開始した」
「は?」
「以前ホームルームで話した通り、文化祭は11月に行われ、実行委員会は委員会や部活動に関わらず有志の生徒で行われる。そして今年は34人集まった。まあ、中には日ごろの成績が悪くて参加を見送った生徒もいるがな」
なんで急に文化祭の話が始まってるんだ?
疑問を募らせる俺の表情など意に介せずに先生は俺に一束の書類を渡してくる。
「これは?」
「それは昨日の会議の議事録だ。取りあえず流し見程度でいいから見てくれ」
「いや、実行委員の議事録を部外者に見せて大丈夫なんですか?」
「問題ない。実行委員の担当教員にも許可は取ってある」
「はあ……?」
取りあえず、俺は言葉通り資料を流し見する。書いてあるのは昨日の日付と記録者の名前。そしてその会議で決まったであろう実行委員長とその他重役の名前。さらに今後の会議で話すべき議題として予算だのスローガンだの出店リストの厳選だのが箇条書きで記されている。
「それを見てどう思う?」
「特に問題ないんじゃないですか。議事録の書き方も丁寧だし、次の議題までしっかり書いてある。初回でこれだけ決められるのなら、今後も安心でしょ」
「確かに、今回集まったメンバーは中々に優秀で、昨日行われた初回の会議でもかなりのまとまりを見せていた」
「へえ」
「ただ一つ問題がある」
「問題?」
「優秀な生徒たちはもちろん会議の進行や案出しも積極的に行ってくれるが、中には彼らに遠慮して意見を言いだせない生徒もいるようでな」
「まあ、会議ってのは少なからずそういう一面もありますよね」
「だが、赤羽高校のモットーは生徒の自主性だ。今現在、自主性を発揮できない生徒がいることは一面の真実と言える」
「……何が言いたいんです?」
その問いに結城先生は少し口角をあげる。
「黒崎。君には文化祭実行委員会に参加してもらう」
「……は?」
「聞こえなかったか?文化祭実行委員会に参加してもらうと言ったんだ」
「いやいや、なんでそうなるんですか。会議順調なんでしょ?意見を出せない生徒だって、別に不満を言ってるわけでも無さそうだし」
「これは昨日の職員会議でも話しあったことだ。教師陣はみんな月曜日の君のプレゼンを評価し、君を実行委員会に加えることに賛成していた」
「……それって、俺に活躍を求めるための推薦じゃないですよね」
おそらく教師陣は月曜のプレゼンを聞いて、俺をマークしたのだろう。放っておくとまた何か面倒な行動を起こすんじゃないかと、ブラックリストに加えたのだ。
だからこそ、俺を文化祭実行委員会に推薦した。少なくとも文化祭の準備中は監視下に置くために。
「それはどうだろうな。もしかしたらそういう意図で推薦した教員もいるかもしれない。だが、私は違う」
「……先生はそれとは別に意図があるってことですか?」
「月曜日に言っただろ。『助けられただけの者の末路』について」
「……それって結局どういう意味なんですか?」
「さあな。教師というのははなから生徒に模範解答を与えることはできない。答えを考えるのも、答えを出すのも生徒の役割だからな」
そう言い終えると、結城先生はソファから腰を上げる。
「話は以上だ。実行委員会の会議は今日の放課後、4階の会議室で行われる。遅刻しないようにな」
「い、いや、まだ話は」
俺の言葉は、昼休み終了を告げるチャイムの音によって呆気なく消え去ってしまった。