黒崎君は助けてくれない。 続   作:たけぽん

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9. 姫宮美琴との出会い

そして慈悲もなく放課後はやってきてしまった。俺は鞄に荷物を仕舞うと、重い腰……というより重すぎる身体を動かし、椅子から立ち上がり教室を出る。

体育祭の次は文化祭言実行委員会への参加とか、労働基準法が校則としてあったら裁判沙汰になるほどのオーバーワークだ。これが結城先生が勝手にやれと言っているのならそんなものは無視して帰るところだが、どうやら俺の実行委員参加は教師陣の共通事項らしいし、それによってこの前のプレゼンで得たゲーム部のイベントがおしゃかになるのは骨折り損すぎるので、俺は実行委員に参加せざるを得ない状況に追い込まれてしまった。

とはいえ、結城先生が命じたのは実行委員会への『参加』のみ。そこで何か成し遂げろと言っているわけではないし、会議も順調に進んでいるらしいので、黙って座ってればそれで終わる。

 

「あれ?黒崎君?」

 

四階へ続く階段の途中で俺後ろから俺に声をかけてきたのは安城だった。

 

「お、おう。安城か」

「黒崎君、なんで4階に?帰らないの?」

 

昼休みに無理やり終わらせた話を蒸し返されるのかと危惧していたが、安城が告げた言葉はそれとは無関係なものだった。

 

「帰るに帰れない状況でな」

「え?何?どういう意味?」

「文化祭実行委員会に参加することになった」

「え?黒崎君も?」

 

俺『も』という言葉から察するに安城も文化祭実行委員会に参加するという意味だろう。

 

「文化祭実行委員会は有志でやるんだろ?お前志願したのか?」

「違う違う。実行委員には生徒会から一人参加が義務付けられてて、私は副委員長らしいんだ」

「らしいって……お前、なんで自分の役職曖昧なんだよ」

 

というか昼休みにみた議事録の副委員長の欄には安城の名前は無かったはずだ。

 

「あーその。ほんとは生徒会の別の人がやるはずだったんだけど、なんか骨折して入院しちゃってさ。私はその代わり」

「なるほど、お前も災難だな」

「まあね。でも、黒崎君がいるなら安心だな~」

 

あんまり期待されても、俺は座っているだけなんだが。

取りあえず安城の言葉には曖昧に頷き、俺たちは会議室へ入る。会議室内にはコの字型に配置された長机とホワイトボードが設置されており、立ち話をする者、スマホをいじる者、机に突っ伏している者など、実に30人近くの生徒が揃っていた。どうやら担当教員がまだ来ていないらしく、各々が自由にしているらしい。

取りあえず、端っこに座ってればそのうち会議も始まるだろう。

 

「黒崎君何してるの、実行委員長さん達に挨拶しないと!」

「いや、お前はともかく俺は役職ないし挨拶せんでも……」

「あ、すみません!私、生徒会の安城です!」

 

だが、安城は俺の言葉など聞かずに早速実行委員長らしき人物に声をかけている。

 

「安城さんね。私は実行委員長の姫宮美琴(ひめみや みこと)。2年C組よ。よろしくね」

 

それに返事をするのは、長い黒髪にすらりとした体型の女子。身長は安城より少し高いくらいだろうか。

 

「よろしく!」

 

二人はそこでがっちりと握手する。が、姫宮の視線はすぐに俺に移る。

 

「えっと……あなたは?初めて見るけど」

「……俺は2年B組の黒崎。今日から実行委員会に加わることになった。えっと、よろしく頼む」

「黒崎?どこかで聞いたような……」

 

姫宮は首をかしげるが、ちょうどその時会議室の入り口が開き、担当教員らしき人物が入ってくる。

 

「げ」

 

俺がそう呟いたのはその中年教師に見覚えがあったからだ。こないだのプレゼンでやたらと俺に突っかかってきたメガネ教師。こいつが担当だったのか……。

向こうも俺の姿を見ると露骨に嫌そうな顔をするが、結城先生の話では俺の参加はこいつも了承したらしいので特に何も言ってはこない。

 

「よーし、実行委員長。始めてくれ」

 

その言葉で、自由にしていた生徒たちも自分たちの席に着く。俺もそれにならって入口付近の席に座る。

 

「はい、それじゃあ文化祭の会議を始めます。先日入院した生徒会の臼井さんに変わって同じく生徒会の安城さんが副委員長に就きます」

 

姫宮の言葉に安城が一礼する。もしかして俺も紹介されるのかと思ってドキッとしたが、そんなことは無く姫宮は前回の議事録らしきものを回す。まあ、役職のある安城はともかく俺を紹介する意味もないか。

 

「前回話した通り、今回の会議では予算、スローガン、出店リストの制作を中心に話し合いを進めて行きたいと思います。とは言え、今日だけで全部は決まらないと思うので、焦らずにやっていきましょう」

 

ほう、中々の名司会。結城先生の言った通りこの実行委員長はかなりできる人らしい。

 

「取りあえず、予算案と出店リストの制作は担当を割り振った方が効率的なので、そこから決めて行きましょう。希望者は?」

 

希望者……いるのか?俺は当然希望しないが。

だが、その呼びかけにすっと手を挙げた生徒が二人いた。一人は赤いフレームのメガネをかけた男子生徒。もう一人は髪をお団子にした女子生徒。

 

「ありがとう、桜木君、霧野さん。あなた達二人なら信頼できるわ。で、何人ほしい?」

「そうだな、予算案は4人ほしい」

「出店リストは3人かしら」

「了解です。それじゃあそれぞれ希望者を募りましょう」

 

お、おう?すらすら進んでくな。俺は桜木ってやつも霧野ってやつも何年生でどういう人物か知らないけど、姫宮と彼らは互いを知っているようだ。

 

「予算案と出店リスト制作をやってくれる人はいますか?」

 

先ほどとは違い姫宮の呼びかけにすぐに反応する生徒はいない。そんな沈黙の中、桜木が口を開く。

 

「姫宮。やり方は俺たちが教えるんだし多分誰でもできると思うよ。ここで詰まってもあれだし僕と霧野さんで指名していくってのはどうだろう?」

「そうね。そんなに難しいことでもないし」

 

桜木の言葉に霧野も便乗する。

 

「そうですね。それじゃあスローガンを決めた後、あなたたちに選んでもらうわ」

 

その言葉に俺の周辺、すなわち役員席に近い個所から拍手喝さいが起きる。それは次第に教室中に広がり、教室全体に拍手が広がった。姫宮はそれを満足げに見てから、小さく咳払いをして話を続ける。

 

「ありがとうみなさん。それでは、先にスローガン決めを行っていきたいと思います」

 

ホワイトボードには書記の女子生徒によって『スローガン アイデア』と書かれる。

 

「さて、スローガンですが、ここで取れる手法は二つあります。一つは……」

 

姫宮が口を開いたとき、何の偶然か俺はつい大きな欠伸をしてしまった。少し声も漏れてしまったらしく、教室全体が俺に注目する。

 

「何かな、君……えっと黒崎君だっけ。そんなに会議は退屈だった?」

 

進行を遮られた姫宮は明らかに気を悪くしているらしく、俺にそれをぶつけてくる。

 

「い、いや、そういうわけじゃ……」

「それじゃあ私の話なんて聞く気ないってことかしら?」

「いや、だから……」

 

そういいかけた矢先、再びあくびが出る。おい、しっかりしてくれ俺の体。こんな時にあくび2連発とか何のバグだよ。

 

「ふーん、そう。それじゃあ私の言おうとした手法、言ってくれる?」

 

当然だが、姫宮は相当お怒りだ。どうしよう、適当に謝った方がいいだろうか。いや、それでも姫宮は満足しないだろう。つまり、必要なのはこの問いに答えること。でないと何をされるかわかったもんじゃない。何せ向こうは実行委員長様で、俺はヒラなのだから。

 

「ええーっと。一つはこの場で意見を出し合って決めること。もう一つは全校、もしくは一部の生徒にアンケートを取って決めること。……でしょうか」

 

俺の解答から数秒間、教室は沈黙に包まれた、え、なに?俺やらかした?俺の考えられる中でベストなアンサーだったんだけど?

恐る恐る姫宮の方を見ると、なぜか彼女は唖然としていた。

 

「ひ、姫宮さん?」

「え?あ、は、はい」

 

安城の言葉に姫宮は我に返った様子でうなずく。

 

「そ、そうですね。私が言いたかったのは黒崎君の言った二つです……」

 

姫宮の肯定に生徒たちは少しざわめいたが、それもすぐに収まり会議は再開する。

 

* **

 

その後、会議は1時間ほど続きスローガン決めは全校生徒へのアンケートという形式をとることに決定し、その後桜木と霧野による予算案、出店リスト制作のメンバーも選出された。つまるところ、今日やるべきことはその1時間で見事終わったのだ。会議の中心にいたのは当然ながら委員長の姫宮と、桜木や姫宮のように教室の前の方に座っていた生徒たち。

ま、それはそれとして、今一番問題なのは……。

 

「えー、ほんとにー?」

「ほんとだって。あの映画、前評判に反してめちゃくちゃ面白かったんだぜ~」

「ねー、ほんと予想外だったんだから―」

 

時刻は6時を過ぎただろうか。俺は、というか俺『達』は学校の近くのファストフード店にかれこれ30分滞在している。

俺達という言葉のとおり訪れているのは集団での行動であり、その構成人数は5人。

まず、今映画の話で盛り上がっているのは姫宮、桜木、霧野の三人。そしてその話を興味深そうに聞いているのが安城。そしてその話に全くついていけず、財布に200円しか入っていなくて一番安いハンバーガーを食べている敗北者がこの俺だ。

一応言っておくが、俺は好き好んでこの場所にいるわけじゃない。本来なら今頃は自宅で夕食をすまし、のんびりテレビでも見ているはずなのだ。

だが、帰りがけに姫宮に声をかけられ、断ろうとしたはずなのに安城が勝手に了承してしまい、その結果今に至るのだ。

どうしようか、すごく帰りたい。だが、この状況で帰宅を宣言できるほどの度胸は俺にはない。というかあったら誘いの時点で断ってるし。

 

「黒崎は好きな映画ねーの?」

 

食べかけのハンバーガーをもう一度かじろうとしたとき、桜木の一言でなぜか話題の矛先が俺に向いた。

 

「あーそれ私も気になる。黒崎って結構趣味の範囲広そうだし」

 

さらに霧野が便乗したことで、完全に俺が話題の中心に配置されてしまった。というか、こいつら本気で俺の好きな映画聞きたいのか?さっきの会議で会うまでしゃべったことすらない相手にそこまで興味抱くか普通?それとも会話に入れずにいる俺への哀れみか?

 

 

「えーと……」

「「「うんうん」」」

 

俺の言葉に、桜木も霧野も姫宮も、さらに安城までもが興味津々といった様子だ。仕方ない。ここは俺の推し映画を完璧にプレゼンしてやろう。

 

「やっぱり俺はトイ・ストーリーをだな……」

「あ、やば!もうこんな時間じゃん!」

 

俺のトイ・ストーリーへの熱い思いは霧野の言葉ですがすがしいほどの出オチと化した。

 

「あ、ほんとだ。もう塾いかねーと」

 

桜木と姫宮もいそいそと帰り支度を始める。

 

「ごめんなさい、安城さん、黒崎君。私たち塾の時間だから……」

「あ、ううん。大丈夫!映画の話、すごく勉強になったよ!」

 

申し訳なさそうな姫宮に対し安城は笑顔で返す。

 

「本当にごめんね。じゃあ、また明日の会議もよろしく」

「こちらこそ!いい文化祭にしようね!」

 

こちらへ深くお辞儀をしてから去っていく姫宮達に、安城はブンブンと手を振って送り出す。俺はというと、特に手を振るわけでもなく、ハンバーガーをかじるのみ。べ、別に話の途中で遮られて不機嫌なわけじゃないんだからね、勘違いしないでよね!

 

 

「面白かったねー、姫宮さんたちの映画の話」

 

食べ終わったハンバーガーの包みを四角く折りながら安城が俺に話を振ってくる。

 

「え?あ、、ああそうだな」

「……黒崎君、絶対聞いてなかったでしょ」

「そ、そんなことねーよ」

「嘘だ。黒崎君、嘘つくとき絶対目そらすじゃん。私最近少しわかるようになってきたんだから」

「……」

 

返す言葉もなく俺はハンバーガーをかじり続ける。

 

「ま、それはそれとしてさ。すごかったよね、姫宮さんたち。会議もすごくスムーズに進行してくれるし、私いらなかったかなーって思うくらいだったよ」

「まあ……そうだな」

 

実際姫宮達の能力は相当高い。それは結城先生から聞いていた通りだった。だが、一つ問題もある。それは結城先生の言っていた、他の生徒の自主性について。今日の会議でもしゃべっていたのは姫宮や桜木、その周辺の生徒たちのみ。副委員長の安城でさえ、多くは発言していなかった。

まあ、だから何だと言われれば特に言うこともない。姫宮達が悪意をもってそうしているわけでもないし。

 

「そういえば、ゲーム部のイベントだけど、亜美ちゃんとなんか話した?」

「いや、まだ何も。一応形式としては神崎に挑戦するってことと、屋上を貸し切って実施するってことは決まってるけどな」

「そっか、まあでも黒崎君がいるし大丈夫だよね!」

「過度に信頼されても、善処するとしか言えんぞ」

「大丈夫だって。私、黒崎君を信じてるから!」

「お、おう。そりゃどうも」

 

なんだか体温が上がっている気がするが、きっと空調のせいだろう。

 

「それはそれとして、なんで姫宮達は俺を誘ったんだ?」

 

結局ずっと映画の話をしていただけで、俺がいてもいなくても変わらなかったと思うのだが。

 

「それは、黒崎君と仲良くなりたかったからじゃない?」

「は?俺と?なんでだよ?」

「黒崎君が実行委員に必要だから、かな?」

 

なんじゃそりゃ。どいつもこいつも俺のこと過大評価しすぎじゃない?そんなに期待されてると失敗したら社会的に消されそうで怖いんだが。

そんな話をしていたらいつの間にかハンバーガーはすべて俺の胃袋に収まっていた。姫宮達も帰ってしまった以上、ここにいても特に意味はないだろう。

 

「帰るか」

「うん。そうだね」

 

そんな簡潔なやり取りの後、俺たちは席を立った。

***

 

夏も終わりごろということもあり、太陽は定時で退社したようで、外は暗くなっていた。だからというわけでもないが、俺は近くまで安城を送ることにした。

 

「もうすぐ夏も終わりだね」

 

隣を歩く安城が呟く。

 

「そうだな。ようやく熱いのともおさらばだ」

「もう、黒崎君はひねくれてるんだから」

「よく言われる」

「はは、そうだね」

 

小さく笑う安城を見ると、また少し心がざわつく気がした。

 

「来年は私たち、3年生だね」

「ずいぶんと気が早いな」

「ううん、そんなことないよ。大切な時間ってきっとあっという間に終わっちゃうから」

 

その言葉に俺は少し考えてしまう。今、安城と歩く帰り道が家に着いたら終わるように、時間はどんどん進んでいく。それと同じく、人生という時間も過ぎ去っていくわけで、その中で安城と共有できる時間、共有できることも限りがある。もしかしたら数年後も交流があるかもしれないし、全くないかもしれない。決まりきった未来などないけれど、それでも自分の求める未来に向かって人は進んでいく。誰かと出会い、誰かと別れ、それを繰り返しながら。

 

で、あるのなら。

 

 

俺はあと何回、安城を助けることができるのだろう。

 

 

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