鬼滅廻戦 作:漏瑚可愛いよね
何も見えない暗闇。
虎杖はそこにいた。声は出さず、体も動かせない。ここは地獄だと言わんばかりの空気の冷たさ。自分は死んだのか?思考がうまく定まらないまま、何処からともなく声が聞こえる。
「腹立たしいが今は大人しくしておいてやる。だが忘れるな。俺の恐怖を、両面宿儺の恐怖を」
そして、思考が、浮き上がる──。
***
「おい起きねぇかァ!お館様の前だぞォ!!」
「ぐっ」
虎杖が眼を覚ますと同時に何者かが虎杖の頭を掴み地面に叩きつける。痛む頭を無視して誰が自分の頭を叩きつけたのか知るため、押さえつけられた頭を横にずらし視線を張り巡らせる。
自分の頭を押さえつけている人物はすぐに見つかった。見たことがない人だ。白髪に白の羽織を着た傷だらけの男──
いや、見たことがある。何時だ。何処で見た。そうだこの男、先輩を探しに山に入って、それから…!
「先輩は!?先輩は無事なのか!?」
「うるせぇ!宿儺のガキは黙ってろ!」
さらに強く押し付けられ、うまく息ができなくなってきた虎杖。意識が途切れる。そう、直感したとき前方より不思議な声色の男性の声が聞こえてきた。
「実弥」
「はっ」
短いやり取り。しかし、それだけで虎杖を押さえつけていた力が突然消え去る。一瞬の出来事に驚いた虎杖だったがすぐに先輩である井口の状態を知ろうと体を動かそうとする。が、動かない。自分の体を見てみると身動きが取れないように縄で縛られていることに今気づいた。
「虎杖さん、大丈夫ですか?」
聞き覚えのある声。声が聞こえてきた右を向くとそこには先輩を助けるのを手伝ってくれた炭治郎がいた。炭治郎がこの場にいたことによる安堵と同時に、ある疑問が湧いてくる。
「俺、芋虫みたいになってんのに竃門は手首だけなの?なんで?」
「いやぁ、それは俺にも…でも目が覚めて良かった…」
心の底から安堵したような表情を浮かべる炭治郎。そこへ炭治郎の右側で跪いている男の首に巻きついている蛇がシャーっと、無駄口を叩くなと言わんばかりの威嚇をする。
虎杖の目が覚めたことにより不安が解消され、安堵する炭治郎だったが不安の種はそれだけではない。ここからなのだ。竃門兄妹と虎杖悠仁の裁判は──
「悠仁、君の先輩は無事だよ。僕の子ども達が保護して君の住む村に村に送り届けている」
「え、あ、うす。ありがとうございます」
軽い言葉とは裏腹に虎杖は考えるよりも先に頭を下げていた。首より下が縄で縛られているため、器用に首を動かして礼を尽くしていた。ちらり、と声の主を見る。その人物は館、と思われる建物の縁側に座っており、父のような優しい微笑みをこちらに向けていた。おそらくこの人物こそが先ほど聞いた"お館様"だろう。
「村もこれ以上鬼は来ないよ。絶対とは言い切れないけどね。村の神社に鬼の嫌いな藤の花を祀らせたんだ。鬼も好き好んで近づきたくないと思うよ」
「わざわざ、ありがとうございます」
まただ。この声を聞くと不思議と気分が高揚する。炭治郎を見てみると炭治郎も同じように頭を下げていた。
「でもごめんね、君の処遇は死刑ということで決定したんだ」
──なんと、言ったのだろうか。自分が、死刑…?
「は…?死刑って…」
「どうやら、少し混乱しているようだね。実弥。山で起きた事を確認の意味も込めてもう一度説明してくれるかい?」
「御意」
実弥、と呼ばれた先ほど虎杖を押さえつけていた男が短く答え、語りだす──。
***
お館様の指示を受け山へ向かう2人の男。
風柱・不死川実弥。
水柱・冨岡義勇。
鬼殺隊最高戦力である2人の柱が虎杖達が戦っている山へ向かっていた。
柱とは十段階ある階級の一番上、甲の隊士が鬼殺において凄まじい戦果を挙げることでようやくなることができる最高級の階級である。柱は九人制度でそれ以上増えることはなく、柱が九人いる状態で柱になれる資格を持った者は現役の柱が一線を退く時の控えとなる。
「一体どうなってんだァ、"宿儺の指"の気配が近づいてきてんのに鬼が一匹もいねぇ」
「それぐらい自分で考えろ」
「先にてめぇを斬ってやろうかァ…?」
義勇の言葉にこめかみをピクピクさせながら怒りを露わにする実弥。しかし、実弥も鬼殺隊の柱。怒りをぶつけることなく目的地へ向かい続ける。
因みに、義勇は『俺は頭が悪いからその疑問に答えることが出来ない。不死川は俺より頭が良いから少し考えれば分かるだろう。任せた』と言ったつもりだった。当然この真意は伝わることはなく、さらに実弥に嫌われることとなる義勇だった。
走り続けること数分。実弥と義勇は虎杖達がいる山に辿り着いた。そして山に到着したと同時に、宿儺の放出する死の気配が突如として膨れ上がった。
「っ!冨岡ァ!突っ込むぞ!!」
「ああ」
柱でさえ冷や汗を垂らす程の死の気配。だが2人の柱は一寸も臆することなく死の気配の中心へ最速で向かった。気配の下まで行くとそこには二体の鬼、そして鬼殺隊の隊員が三人、そして一般人が一人いた。
「ようやく見つけたぜぇ、鬼ぃ」
そう言いながら実弥は男の鬼に近づいていく。
(どうやらこの鬼が"宿儺の指"を喰ったみたいだなァ。体から漏れ出す殺気はさっきまでと比べ物になんねぇくらい強いがこいつ自身は強さを感じねぇ。おそらく雑魚鬼が喰ったんだろう、だったら力を使いこなす前にとっとと殺すか)
そこまで考えたところで周囲を探っていた義勇が実弥に声をかける。
「一般人は木の陰に隠されており気を失っているが命に別状はない。隊士は三人。二人はなんとか立てているようだが一人は重症」
「普段からそれぐらい喋れてたら嫌われてないんだがなァ」
「俺は嫌われてない」
「んでそこ気にしてんだよ!善処するとか言えばいいだろォがクソがァ!」
割と本気で義勇にイラつきつつ実弥は自身の日輪刀を鞘から抜き、男の鬼に剣先を向ける。
「冨岡はあの女の鬼を殺せェ。俺はこの鬼を殺す」
「謂れるまでもない」
そう言い、実弥と義勇はそれぞれ鬼に向かって歩いて行く。
「鬼は皆殺しだァ」
実弥が"宿儺の指"を食べた鬼に斬りかかろうとした。その時、立ったまま硬直していた一人の隊士が声を挙げる。
「ま、待ってください!虎杖さんと禰豆子は鬼じゃないんです!」
「あァ?何言ってんだ坊主ゥ」
「お前は…」
信じられない事を言った隊士の声に思わず体が止まり、鬼が動かない事を、戦意が無いのか力すら込めようとしない鬼を見て、襲いかかってきたとしても対処できると判断した実弥は声を出した隊士の方を向く。対して義勇は、隊士と女の鬼の顔を見て驚いた表情をしている。
「禰豆子は俺の妹なんです!これまで鬼を喰ったことはないしこれからも喰わない!鬼殺隊として人を守れます!それに虎杖さんは鬼殺隊とはまったく関係の無い一般人なんです!さっき下弦の鬼に襲われて、それで状況を打開しようと"宿儺の指"を食べてしまったんです!最初は宿儺に乗っ取られたのかと思ったけどすぐに自我を取り戻したんです!だから!虎杖さんも人を喰わない!」
「そうかい、長々と説明ご苦労だなァ。つまりあれか?この鬼共が人を喰わないって?人を守れるって?そんなことはなァ、ありえねぇんだよ馬鹿がァ!」
そう言い切ると同時に実弥は虎杖に向かって刀を振るう。その速度に炭治郎は追いつかなかった。斬られた。炭治郎はそう思ったが虎杖の頸は斬られておらず、代わりに甲高い金属音が鳴り響いた。
「鬼殺の妨害、立派な隊律違反しゃねぇのかァ?なぁ冨岡ァ」
「冨岡さん…!」
実弥の刀が虎杖の頸に振るわれる寸前に義勇が割り込み実弥の刀を止めた。
「鬼殺隊の柱が何で鬼を守ってんだ、まさか鬼とグルだったのかァ?そこの坊主とも知り合いみたいだしなァ!」
「話を聞いてください!さっき言ったことは本当なんです!禰豆子に人は喰わせないし虎杖さんも宿儺なんかに負けたりしない!」
「坊主には聞いてねぇよ引っ込んでろォ!おい冨岡ァ、何とか言ったらどうなんだァ、あァ?」
「……」
実弥の問い掛けに義勇は動じない。否、考えているのだ。実弥を説得する方法を。理由を説明するだけだと簡単だ。『炭治郎と禰豆子は俺が認めた。その炭治郎が認めた鬼も今は認める』と言えばいいだけだからだ。しかし、不死川は納得しない。その因果関係が分からないからだ。義勇と炭治郎が出会った、禰豆子が鬼となったあの日の出来事を不死川は知らない。だから実弥は炭治郎の言っている意味が分からないし義勇が言ったとしても納得しないだろう。
故に考える。実弥を説得する方法を。
「あと十秒以内に答えなければテメェごと斬る」
「…あれは確か2年前」
「んな前の事を長々と説明しても俺は納得しねぇぞォ、俺が聞きてぇのはテメェが鬼と繋がっているのか繋がっていないのかだァ」
「雪が降る日だった。鬼狩りの指令が下りとある山に向かった」
「続けてんじゃねェ!もういい、テメェごと斬る」
実弥は真相を聞くことを諦め、義勇ごと虎杖を斬ろうと力を込めた。その時、これまで沈黙を守っていた虎杖が困ったような表情をして口を開いた。
「あのー、もしかして俺が"宿儺の指"とかいうやつを食べちゃったから喧嘩してんの?」
虎杖の声を聞いた実弥の顔は驚愕に染まる。
(どうなってんだァ!?こいつ、自我を保ってんのか!?ただの一般人だぞォ!あの坊主が言ってたがこいつの肉体を見る限り、これまで戦いという戦いをしていない体つきだァ。おそらく本当だなァ。しかもさっきまで山一体どころか山の周囲にまで振りまいていた殺気が一瞬で消え失せた、鬼から人に戻ったっつーならありえる話だァ)
思考は続く。
(そもそもこいつはどういう状態なんだァ?一般人が"宿儺の指"を食べたことで鬼化したかと思ったが…あの坊主は宿儺に乗っ取られたと言ってたなァ。つまりただの鬼化じゃない、宿儺が受肉したっつーわけだァ。ということは今のも演技じゃねぇなァ。言い伝えによると宿儺は唯我独尊の自己中野郎、そんな奴が騙し討ちなんてするはずがねェ。雑魚鬼ならプライドの高い奴でも騙し討ちはするが宿儺ほどの強さになってくると死の手前にでもならない限りやってこねェ)
そこまで考えて実弥は試すことにした。
「おい、お前」
「あ、俺?」
「名はなんだァ」
「虎杖悠仁だけど」
「十秒だけ宿儺と変われるか」
「いいけど、危なくない?」
「ガキに心配されるほど弱くねェ。冨岡ァ!身の潔白を証明したいなら手伝え」
「禰豆子は鬼となった。それでも兄を」
「さっきからブツブツ言ってんなと思ってたがずっと説明してたのかァ!?だから嫌われるんだよォ!早く構えろォ!」
「俺は嫌われて」
ない、と義勇が言い切る前に虎杖の拳が実弥と義勇を襲う。虎杖が、虎杖の体を動かしている宿儺が初撃で吹き飛ばした実弥と義勇を見つめ、先に義勇を仕留めようと追撃を加えため跳躍した。
その横から──
「俺を無視してんじゃねぇよォ」
"風の呼吸・伍ノ型 木枯らし颪"
実弥の一撃が宿儺の腕を斬りとばす。が、すぐに腕を再生する宿儺。虎杖の体は宿儺に変わったことで変化が起きていた。上半身の服は破れ去っており肌が露わになっていた。そこには先ほどまで無かった痣の紋様が上半身から顔にかけて浮かび上がっていた。目の下にはそれぞれ新たな目が出てきており、その姿を見た実弥は宿儺には
宿儺はニヤ、と笑みを浮かべながら実弥に話しかける。
「やはり貴様、
「それがどうしたァ」
「貴様は後からじっくり頂こうと思ったのだがな。やはり剣士はいつの時代でも」
"水の呼吸・漆ノ型 雫波紋突き"
「やっかいだ」
"
二人の柱が放つ全霊の攻撃が宿儺に当たった衝撃で土煙が辺りに舞う。突如として始まったについて行けず戦いの余波に吹き飛ばされないよう堪えている炭治郎達。終わったのか?と思う炭治郎の耳に実弥の冷静な声が届く。
「──八、九、十。時間だぞォ」
「いいや、まだ…!」
まだ戦いを続けようとする宿儺だがその言葉に反して体に浮かび上がっていた痣は消えていく。
(クソ!まただ!乗っ取れない!!この虎杖とかいう小僧、一体何者だ!?)
「おっ、大丈夫だった?」
その姿を見て実弥は宿儺を本当に制御できている、と判断し驚愕する。今まで平穏に生きていたはずの一般人が宿儺の力を抑え込んでいるのだ。驚くなという方が無理な話だ。
「おい、何ともねぇのか」
「ああ、けど頭ん中であいつの声がしてちょっとうるせーんだよな」
それだけで済んでいるのが奇跡だ、と言い実弥は虎杖に近づいていく。ここまですれば確定だろう。
虎杖は”宿儺の器”だ。
これまで長い歴史の中で一人として現れなかった逸材。
今、ここで虎杖を斬るのはあまりにも勿体ない。
「ちょっと眠っとけ」
「は…」
虎杖の返事を待つこと無く実弥は虎杖の鳩尾を殴り一瞬で気絶させる。虎杖はそのまま地面に倒れ伏し、実弥は炭治郎の方へ、炭治郎が庇っている禰豆子の方へ向く。ピクリとも動かない虎杖の姿を見て炭治郎は心配の声を上げる。
「い、虎杖さん!」
「不死川、何を…」
「こいつは”宿儺の器”になり得るかもしれねェ。お館様の指示を聞く必要がある。だがなァ…テメェを生かす理由はねぇよなァ!」
あせる炭治郎と義勇だったが、どこからともなくやって来た鴉の発する言葉に実弥は刀を止めた。
「伝令!伝令!カァァ!伝令アリ!!」
鎹鴉。鬼殺隊の隊士に鬼の居場所を伝えたり、伝来を飛ばすときに利用されているのがこの鴉である。鎹鴉は頭が良く、人の言葉を理解し、穂との言葉を発することが出来る。
炭治郎達の元へやって来た鎹鴉は、この場にいる者がこちらに意識を向けたのを確認して伝令を伝える。
「竈門炭治郎・竈門禰豆子・虎杖悠仁ノ三名ヲ拘束、本部ヘ連レ帰ルベシ!!」
「!何故ですかお館様…!この鬼を許せというのですか…!」
ぎり、と悔しそうに口を噛みしめる実弥。それに対し、義勇はムフフと勝ち誇ったような笑みを浮かべ実弥にこう言い放った。
「俺の勝ちだ」
「殺す」
そうして二人は殴り合いを始めてしまい、炭治郎はどうしたらいいと迷い、善逸は戦いが終わったと判断したのか倒れ込んだ。
***
実弥の報告に耳を傾けていた虎杖は報告が終わると不満そうな顔をしながら実弥に文句を言う。
「回想じゃ俺、殺されない雰囲気だったよね」
「殺さないとは一言も言ってねェよォ。そもそもテメェは死ななきゃなんねェんだよォ」
当然、といった感じで返す実弥に虎杖はこれからどうなるのかといった不安が心を占めていた。そんな虎杖にお館様が声をかける。
「大丈夫、死刑といっても今すぐ死ぬわけじゃないしそもそも死刑は仮決定されたものだ。今後の処遇は先に済ませたいことがあるからその後でいいかい?」
「そういうことなら別にいいんすけど…」
お館様と呼ばれる男性は虎杖の返事に満足したように頷く。
お館様。鬼殺隊当主。名を産屋敷輝哉という。彼の声、動作の律動は話す相手を心地よくさせる。虎杖が産屋敷に向かって頭を垂れた際に、悪い気がしなかったのはそれが理由である。現在、虎杖たちがいる場所も産屋敷が住む屋敷であり、鬼殺隊の本部でもある。
さて、と言い産屋敷は虎杖から視線を外し、炭治郎に視線を向ける。
「炭治郎、そして禰豆子の柱合裁判を始めようか」
柱合裁判とは。鬼殺隊の中で最も位の高い九名の剣士達、柱の立ち会いの下、重大な隊律違反を犯した者の処罰を産屋敷と共に決定する場である。炭治郎の場合は鬼である禰豆子を匿っていたこと。どんな事情があろうと、たとえ身内であったとしても悪鬼滅殺を掲げる柱達は許さない。
”風柱” 不死川実弥
”水柱” 冨岡義勇
”炎柱” 煉獄杏寿朗
”音柱” 宇随天元
”恋柱” 甘露寺蜜璃
”岩柱” 悲鳴嶼行冥
”霞柱” 時透無一郎
”蛇柱” 伊黒小芭内
”
この九名の柱達が産屋敷と共に炭治郎と禰豆子の処罰を決定する。
「始めに言っておくけど、炭治郎と禰豆子のことは私が容認していた。そしてみんなにも認めて欲しいと思っている」
産屋敷の言葉にこの場にいる全ての柱が驚愕していた。鬼を狩り人々の暮らしを守る鬼殺隊。その当主が鬼を許せ、と言っているのだ。たとえ産屋敷の言葉でも到底受けいられるものでは無かった。
「嗚呼…たとえお館様の願いであっても私は承服しかねる…」
「俺も派手に反対する。鬼を連れた鬼殺隊員など認められない」
「私は全てお館様の望むまま従います」
「僕はどちらでも…すぐに忘れるので…」
「…」
「信用しない信用しない。そもそも鬼は大嫌いだ」
「心より尊敬するお館様であるが理解できないお考えだ!全力で反対する!」
「鬼を滅殺してこその鬼殺隊。竈門・冨岡両名の処罰を願います」
柱達が口々にそう言う。認めるような発言をした柱もいたが、ほとんどの柱が禰豆子の存在を許そうとしていなかった。これだけでは柱達は納得しないと考えた産屋敷は自信の横に座らせていた娘にある手紙を読ませた。
その手紙は炭治郎の師、元柱である鱗滝左近次からのものであった。内容はこうである。
──炭治郎が鬼の妹と共にあることをどうかお許しください
──禰豆子は強靱な精神力で飢餓状態であっても人を喰わず、そのまま二年以上の歳月が経過いたしました
──もしも禰豆子が襲いかかった場合は竈門炭治郎及び鱗滝左近次、冨岡義勇が腹を切ってお詫び致します
手紙の内容を聞いた炭治郎は涙を流す。
鱗滝さんが冨岡さんが禰豆子に命を賭けてくれている。知らなかった。鱗滝さんとは二年も一緒にいたのに。冨岡さんも二年前に一度会ったきりだ。それなのに禰豆子に命を賭けてくれている。
この信頼が、期待が、思いが、重い。知っていたはずだ。鬼を連れるとはそれほどのことなのだ。だからこそ俺は殺さなければならない。鬼舞辻無惨を──。
だがこれでも柱達は納得しない。命を賭けたからなんだというのだ、何の保証にもならない。人を食い殺せば取り返しがつかない、殺された命は戻らない。当然の言い分だろう。失われた命は回帰しない。自然の理である。取り返しがつかないのならここで殺した方が人のため、世のためになるだろう。
納得しない柱達に産屋敷はある言葉を投げかける。
「確かにそうだね。人を襲わないという証明が出来ない、証明が出来ない。ただ、
禰豆子は人を喰っていないという事実と3人の命が賭けられていること、これを否定するには否定する側にもそれ以上のものを差し出さなければならない。産屋敷の言葉に柱達は口を閉じる。
産屋敷はさらに続ける。
「それに炭治郎は鬼舞辻と遭遇している」
その言葉に柱達は一斉に口を開き、炭治郎に姿は、場所は、能力は、と捲し立てる。静かになっていた柱達の豹変した姿に炭治郎は驚き、何も言えなくなってしまう。
産屋敷は柱達の動きを止め、自分の考えを伝える。鬼舞辻が始めて見せた尻尾、これは好機だ、おそらく鬼舞辻にとっても予想外の何かが起きている。
産屋敷の考えに、ほとんどの柱は納得しかけていた。今まで動かなかった戦いがついに動こうとしているのである。お館様の判断を信じても良いのではないか、そう考え始めるが一人、異を唱える者がいた。
風柱・不死川実弥である。
「わかりませんお館様。人間ならば生かしておいてもいいが鬼は駄目です。承知できない」
実弥はそう言い、自身の血を禰豆子に見せ人を喰らう証明をしようとし、刀で自分の腕を斬ろうとした。そこへ今まで傍観していた虎杖が口を挟む。
「じゃあさ、俺の血を見せたらいいんじゃねぇの?鬼は宿儺の力を取り込みたいんだろ。だったら”宿儺の指”を喰った俺を炭治郎の妹も喰いたいんじゃねぇの?」
虎杖の言葉に一理あると考える実弥。虎杖は鬼とは違い人間だ。鬼ならば”宿儺の指”を取り込み、宿儺の力を自身の力へ変えてゆく。だが人間である虎杖にそんなことは出来ない。虎杖は”宿儺の指”を取り込みはしたがその力を取り込みはしていない。代わりに宿儺が虎杖という肉体を手に入れたのだ。
つまり、
血を飲むだけだと宿儺の力をそのままとまではいかないが、その一端を手に入れることは出来るだろう。その力に順応出来るかどうかは別だが。
実弥は自身の稀血と虎杖の血、どちらで禰豆子が人を喰う証明を使用か考える。考えは一瞬で固まった。
「テメェの血は必要ねぇよ」
そう言い、実弥は禰豆子が入っている木箱を刀で禰豆子ごと突き刺す。木箱に出来た穴へ、自身の腕を切り、血を流し込む。
「禰豆子ォ!」
「おいおっさん!やりすぎだろ!」
禰豆子が刺されたことで炭治郎と虎杖は怒り、炭治郎は実弥を止めようと動こうとする。しかし、炭治郎の隣にいた蛇柱・伊黒小芭内が炭治郎を上から押さえつけ動きを止めさせる。さらに肺を圧迫させ呼吸を使えないようにし、万が一にも抜け出せないようにする。
実弥が虎杖の血では無く、自身の血で証明するのには理由がある。人を喰わないという言い分に対して否定するには、否定する側が対価を出さなければならない。虎杖はそもそも人を喰わないという言い分に否定していない。だから実弥が自身の血で証明しなければならない。
また、実弥の血も稀血という特殊な血だ。生物に流れる血には種類系統がある。その数ある血の中で数少ない珍しき血、それが稀血である。稀血の中でも珍しければ珍しいほど、稀血を一人喰っただけで五十人、果ては百人喰ったのと同じだという。
そんな血であれば禰須子が人を喰う証明をするには十分適しているだろう。
「不死川、日なたでは駄目だ。日陰に行かねば鬼は出てこない」
日なたで禰豆子を外に出そうとする実弥を見て、小芭内がそう助言する。産屋敷に屋敷に入る旨を伝え、禰豆子の入った木箱を持ち、屋敷内に入る。すると禰豆子は木箱から出てきて、実弥を喰らおうと少しずつ近づいていく。
「禰豆子…!駄目だ…!」
「…伊黒さん、強く押さえすぎです。弛めてください」
「動こうとするから押さえているだけだが?」
炭治郎を押さえ続ける小芭内に力を抑えるように言う花柱・胡蝶カナエ。小芭内の言葉を聞き、力を弛めそうにないと感じたカナエは呼吸を使おうとする炭治郎に注意する。
「竈門君。呼吸を圧迫されている状態で呼吸を使うと血管が破裂しますよ」
「グゥゥウ」
それでもやめない炭治郎。限界を超え、自身の手首を縛っていた縄を引きちぎる。そして血管が破裂する直前に炭治郎を押さえつけている腕を義勇が上へ持ち上げ炭治郎の拘束を解かせる。
動けるようになった炭治郎は産屋敷が座っている縁側まで駆け寄り、そこから禰豆子の名を呼ぶ。
「禰豆子!!」
炭治郎の呼びかけに禰豆子はある思いを思い出す。
『人は、守り、助けるもの』
『傷つけない、絶対に傷つけない』
殺された家族、生き残った兄、鬼となった自分。これまでのことを思い出し、禰豆子は自分のすべきことを実行する。
「…これで禰豆子が人を喰わないという証明が出来たね」
禰豆子は実弥に差し出された稀血を前にそっぽを向き、自分が入っていた木箱に戻っていく。産屋敷は炭治郎へ証明して欲しいという。炭治郎と禰豆子が鬼殺隊として戦えるということ、役に立てるということを。
期待してくれている産屋敷へ炭治郎は答えるように宣言する。
「俺は…俺と禰豆子は稀舞辻無惨を倒します!必ず!!悲しみの連鎖を断ち切る刃を振るう!!」
「今の炭治郎には出来ないからまず十二鬼月を倒そうね」
「…はい」
産屋敷に冷静に返された炭治郎は恥ずかしくなり顔を赤く染める。
「鬼殺隊の柱には抜きん出た才能がある。血を吐くような鍛錬で自らを叩き上げて視線をくぐり、十二鬼月をも倒している。だからこそ柱は優遇され尊敬されるんだよ。炭治郎も口の利き方には気を付けるように。悠仁もね」
「…はい」
「うす」
「これで炭治郎の話は終わり。炭治郎と禰豆子は下がっていいよ」
産屋敷の言葉にでしたら、とカナエが炭治郎と禰豆子を自身が住む蝶屋敷で預かると言った。連れて行ってください、と言うカナエの言葉にどこからともなく隠がやってきて炭治郎と禰豆子が入った木箱を担ぎ、あっという間に去って行った。
事後処理部隊、隠。鬼殺隊と鬼が戦った後の後始末をする部隊。カナエの指示に従ったように雑用もこなす。構成する隊員は剣技の才に恵まれなかった者達がほとんどである。
隠が去る直前に産屋敷は炭治郎に何かを言い、隠が去ったのを確認して話を進める。
「それじゃあそろそろ悠仁の裁判を始めようか」
虎杖ゴクリ、と喉を鳴らす。自身の今後が今から決定されるのだ。虎杖は緊張の眼差しで産屋敷を見つめる。
産屋敷は指を三本立てる。
「悠仁の処遇は三つ考えている。一つ、今取り込んでいる一本の"宿儺の指"と共に死ぬ。二つ、全ての"宿儺の指"を取り込んでから死ぬ。三つ、宿儺の力を完全に制御し鬼殺隊として生きていく。ちなみに悠仁はどの道を選ぶ?」
「どの道って、そんなの三つ目選ぶに決まってるでしょ」
「お待ちくださいお館様!こいつは指を全て取り込ませてから殺すべきです!」
「不死川の言う通りです!"宿儺の指"を取り込んだ以上、生かす必要は無い!三つ目の選択肢などあり得ない!」
「嗚呼…私も同じ意見であることを申し上げる…虎杖悠仁は器なのです…全ての"宿儺の指"を取り込ませてから殺すのがよろしいかと…」
産屋敷の言葉に難色を示す実弥と炎柱・煉獄杏寿郎、岩柱・悲鳴嶼行冥。この三人は意見が一致しているのか産屋敷が掲示した二つ目の選択肢を推していた。
この三人の言い分に小芭内と音柱・宇随天元が異を唱える。
「どうやらそこの三人は死刑までの期間をつけるようだな。殺すのは賛成だが何故今すぐ殺さない?先ほどの小僧は否定する材料が無かったからこの場は見逃しただけだ。だがこいつは違う。こいつは"宿儺の指"を取り込んで半日しか経っていないから宿儺に乗っ取られないという実績が無い、命を掛けてくれる人間もいない。ならば今すぐ殺すのが一番だ」
「そもそも不死川が鬼は滅殺すべきだと派手に言ってたよな。だったらこいつこそ殺すべきだろうが。"宿儺の指"を派手に喰ってんだぞ」
小芭内と天元の言葉に苛立つ実弥。言い返そうとするがそこへ産屋敷が口を挟む。
「そうだね。みんなの言う通りだ。でも私は実弥、杏寿郎、行冥の言葉を、そして悠仁の意思を尊重しようと思う」
「お館様、この三人を特別扱いすると仰っているのですか。何故です、俺にはわからない。確かに
「そうだね、小芭内の言うとおりだ。鬼殺隊で呪力を発現できたのは実弥と杏寿朗、行名だけだ。呪力は
虎杖の食べた”宿儺の指”は本来、呪力を周囲に発していた。鬼は呪力に寄せられ、魅せられ、狂い、凶暴化する。そして人々への被害は拡大する。そこにあるだけで、危険。
指を斬ろうとしても呪力に阻まれ、破壊することは出来ない。
”宿儺の指”を消滅させる方法は一つ。
”宿儺の器”に指を取り込ませ、殺す。
”宿儺の器”とは宿儺の力に体が崩壊することなく、取り込むことが出来る人間のことである。指を取り込んだ鬼を殺した場合、通常の鬼を殺したときと同様に鬼の体は塵になって消滅し、”宿儺の指”だけが残る。しかし指取り込んだ人間が死ぬと中の宿儺死に、”宿儺の指”は消滅する。鬼は取り込んだ指から呪力を供給し、己の力とする。指の全てを吸収できるわけではないのだ。だから鬼が死んだとき、体は消滅し、強すぎる力を持つ”宿儺の指”が残るのだ。しかし人間は違う。人間は死んでも塵にならない。だから
数百年前、宿儺が指を遺して死に、”宿儺の指”となった後、呪力を扱える人間は指の危険度を理解し、呪力でもって”宿儺の指”から溢れ出す呪力を封印した。しかしそれも完全なものではなく、数百年の時を超えて封印は解かれ始めた。虎杖の村で起きた事件も始まりに過ぎない。
ここから始まるのだ。混沌とした時代が。
「だから今は見逃せと仰るのですか。そんな地味なこと、俺は出来ない」
「天元の気持ちもわかる。でも今後”宿儺の器”が現れる保証はないだよ。今回の一件を見る限り封印も解かれ始めてる。これ以上被害が出る前に宿儺とはここで決着をつけなければならない。だけど私は悠仁に生きていて欲しい。もし、宿儺の力を完全に制御出来たのならば、停滞していた歴史は動く、だから悠仁には特例で鬼殺隊に入ってもらおうと思っている」
産屋敷の考えに驚く一同。しかし柱達はさらに驚くことになる。
「俺をこの小僧が使いこなす?あり得ないな」
瞬間、虎杖の頸に実弥と杏寿朗、小芭内の刀が触れ、それ以外の者は産屋敷の盾となり、刀を構える。
「は…!?いや、今の俺じゃねぇよ!」
「悠仁、ずいぶんと愉快な体になっているね」
虎杖の顔を見て産屋敷は驚き、面白い者を見たと笑う。今の言葉は確かに虎杖から発せられていた。しかし口にしたのは虎杖ではない。虎杖の頬には小さな口が出来ておりそこから発せられていたのだ。
「産屋敷一族を目にするのは初めてだな」
「おや、私達を知っているのかい」
「当然だ、
産屋敷と虎杖の頬から口を出した宿儺が話す。その隣で小芭内が虎杖に小言を言っていた。
「何をしているその口を早く閉じろ。器なのだろう、早くしろ。これだから”宿儺の指”を喰おうとする馬鹿は信じられないんだ」
「いやそんなこと言われても…」
「それで?この小僧が俺を使いこなすと?
「さすがに宿儺相手には隠せないか。行冥、”宿儺の指”を」
「御意」
産屋敷の言葉に行冥は懐から一本の”宿儺の指”を出す。
「今、鬼殺隊が保有する宿儺の指は六本。その内の一本がこれだ。今からこれを悠仁に食べてもらう。悠仁が君を抑え込めば悠仁は”宿儺の器”として優秀だと証明される。もし、宿儺が出てきてもここには柱が九名いる。指二本分、十分の一の力しか出せないとなるとたとえ宿儺でも不利だろう」
「確かにそうだな、
「いいや、これは”確信”だよ」
産屋敷は行冥、といい虎杖に指を食べさせるよう指示する。
「なんつーか、改めてみると気色悪いんですけど」
「関係ない…喰え…」
「へいへい」
虎杖は差し出された指を躊躇わず飲み込む。ゴクン、と喉を鳴らすと虎杖の体には痣がうっすらと浮き上がり、周囲に圧がかかる。その様子に柱達は最大限の警戒をするが、すぐに圧は消え、体に浮かび上がっていた痣も消える。
「まっず」
「ふふ、みんな見たかい。肉体の耐性だけじゃない。宿儺相手に難なく自我を保てる精神力。みんなも納得してくれるね?」
産屋敷の全てに指を取り込めせるという提案には全ての柱が納得した。しかし、生かしておくのは承知出来ない、と実弥が声を挙げた。
「指を全て取り込ますのはいいが生かしておくのは違います。そもそも今宿儺は十分の一の力しか出せていないのです。全ての指を取り込み、宿儺が全ての力を取り戻してもこいつが耐えうるかは分からない」
「それについては問題ないと思うよ。自我を保つのには肉体の強さは関係ない、精神力の強さが関係する。精神力の強さは宿儺が力を取り戻そうが変わらないよ。今、現段階で宿儺相手に自我を保てている時点で”宿儺の指”を何本取り込もうが変わらないよ」
産屋敷の言葉に実弥は言い返せず、生かしておくことに反対していた他の柱達も納得した。その様子に産屋敷は満足そうに頷き虎杖に最後の確認をする。
「悠仁、これから君には”宿儺の指”の捜索をしてもらうことになる。指を探すとなれば凄惨な現場を見ることになるかもしれないし、君がそうならないと言ってあげられない。最後になってすまないけど、覚悟はいいかい?」
「…覚悟は出来てないよ。今まで普通に生きてきたのに何でこんなことしなきゃいけないんだって思うよ。でも指による被害は放っとけねぇ」
『お前は強いから、人を助けろ』
「本当面倒くせぇ遺言だよ。宿儺は全部喰ってやる、後は知らん」
『オマエは大勢に囲まれて死ね』
「テメェの死に様は決ってんだわ」
「…そうか、わかったよ。まず悠仁にしてもらうことは二つ。一つは鬼との戦い方を知ること。もう一つは呪力を身につけること。一つ目は蝶屋敷で行ってもらう。二つ目は実弥が教えてあげて欲しい。カナエ、実弥いいかな?」
「御意」
「御意」
「これで悠仁の話は終わり。下がって良いよ」
産屋敷の言葉に隠が再びどこからともなくやって来て、地面に寝そべったままの虎杖を担ぎ、あっという間に去って行く。
「そろそろ柱合会議を始めようか」
***
「なぁそろそろ降ろして縄といてくんねぇ?結構きついんだけど」
「もうすぐ着くから我慢しろ!お館様はああ仰ってたがオマエのことまだ怖いんだからな!?むしろ俺を褒めて欲しいわ!」
「えー…」
なんやかんやあり、隠と虎杖は蝶屋敷に着く。
「なぁ、蝶屋敷ってなんなの?」
「花柱・胡蝶カナエ様の持つ屋敷だよ!」
「なんでキレてんの…?花柱っつーとあの尻と身長のでかかったあの女の人かな…」
「おまえ!そういうことは絶対にしのぶ様の前で絶対に言うなよ!殺されるぞ!!」
蝶屋敷に入ってからとんでもないことを言った虎杖に対して怒る隠。それに対して怒られた理由が分からない虎杖は周囲を見渡していた。
屋敷は広く、庭には大きな池があった。庭に生えている木も手入れされており、第一印象がきれい、と感じたほどだ。そして最も特徴的なのが蝶だろう。一匹二匹ではなく庭だけで十匹以上いる。それが蝶屋敷と呼ばれる所以なのだろう。
あたりを見渡す虎杖に余計なことなするなという視線を送る隠。その二人へ蝶の飾りを頭につけ、蝶のような羽織を着た女性が一人、近づいてきた。
「どなたですか?…ってその人の縄何なんですか!?犯罪でも犯したんですか?ここには牢屋はありませんよ、他を当たってください」
「し、しのぶ様!こいつは虎杖悠仁といってしばらくここで預かって欲しいとお館様より承っております」
「そうですか…いやでもその縄は一体…何をやらかしたんですか?」
「いや…それは私の口からは…」
そこまでいい隠は後は宜しくお願いします!と、言い残し走り去っていく。取り残された虎杖としのぶという名の女性。虎杖はとりあえずしのぶにあることを頼むことにした。
「この縄、解いてくんない?」
「駄目」
一話の冒頭を変更しました。
変更前のものを閲覧した方は見て頂けると幸いです。