子供の頃の話。
夏休みに公園で遊んでいた俺は一人の女の子に一目惚れして、彼女を夏祭りへと誘ったのだ。けれども彼女が約束場所にやってくることはなくて――
それ以来、毎年夏祭りがやって来ると約束場所に顔を見せるようになった彼の話。

▼この作品はノベルアップに掲載したものに加筆修正を加えたものです

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ある夏の日の思い出

 子供っていうのは自由なもので、大人になったら出来ないようなことを容易くやってしまう。

 現実を知らないからこそ、夢は大きく自由に描くことができるし、周りを見ないからこそ自由に言葉を使いまわせる。今となっては恥ずかしくて言えないような言葉でも、感情に身を任せて、迸らせて。

 

 俺にもそんなエピソードがひとつだけある。

 今となっては出来ないようなこと、思い出すだけで赤面するような、けれども忘れがたい思い出。

 

 ●

 

 それは夏の日のことだった。

 小学生の俺は元気に唾付き帽子を逆向けに被り、虫網と虫かごを持って公園に駆けて行ったのだ。

 さんさんと日差しが容赦なく照りつけて、アスファルトに揺ら揺らと陽炎が立ち上る、夏にありがちな日。

 

 目的はいくらでもいるセミを捕まえること。

 頭を空っぽにして虫網を振り回して、やたらめっぽうに捕まえるのが楽しかった。

 それをしたところでなにかなるわけでもなく、虫かごに少しずつ溜まっていく蝉を確認するのが楽しかったのだ。

 

 その日もいつも通りに虫網を振り回して、ポイポイと虫かごへと放り込んで行った。

 捕まえるのは別に難しいことじゃない。木に止まるセミに網をかぶせて、ほんの少し待つことがコツなのだ。

 そうすれば自然にセミは虫網の奥の方へと飛び込んでいくから、そうしたところで網を木から離してクルッと回転させる。

 後はゆっくりじっくりと、虫網に閉じ込められたセミを取り出して虫かごに放り込むだけ。

 

 虫網が破けるなんてハプニングがあるはずもなく、至って順調だった。蝉時雨が降り注ぐ中、顎に伝う汗を拭いながら虫かごを覗き込んで見れば5、6匹が既にしまい込まれている。

 虫かごを軽く叩くとジッと一声鳴いて、またかごの中で跳ね回り始めた。

 

「……何してんの?」

 

 俺が話しかけられたのはそんな時だった。まるで呆れてるかのような投げやりな声、聞き覚えのないそれにクルリと振り返る。

 

 麦わら帽子をかぶった知らない女の子がこちらのことを見つめていた。

 利発そうな目に綺麗な長い髪、白いワンピースにサンダルとおおよそ公園で遊ぶとは思えないような格好で。実際あまり外では遊ばないのだろう、日焼けを経験したことがないのだろうと思うほど白い肌に俺はぼんやりと見惚れていた。

 

「第二小学校のやつか?」

「先に質問したのはこっちだよ」

 

 ダメダメだ、と彼女は呆れたように首を振った。

 

「セミを捕まえてる、それだけ」

「へー、そうなんだ」

「で、お前は?」

 

 ぶっきらぼうな口調に対する返答はデコピンである。女子にしては明らかに威力のあるそれを、避ける間も無く額に直撃して呻いている所に彼女の声が降って来る。

 

「お前はじゃないんだよ、年上には敬語を使え!」

「……お姉さんは?」

 

 年齢を確認することなく彼女の言葉に素直に従えば、彼女は満足そうに頷いた。

 その頃の自分は背が小さく彼女の方が背が高かったから、多分彼女が歳上だというのは間違ってなかったのだろう。

 

「ちょっと暇潰しに散歩してるとこ」

「違うよ、小学校の話だよ」

 

 子供の頃というものはやけに縄張り意識が高かったからそんなことを執拗に尋ねたのだと思う。

 近くに第一小学校もあったけれど、ここの公園は大体第二の子供達が使っていた。

 そういう訳であまり見かけない彼女も第一の方から来たのかと当たりをつけたのだが、「秘密」と言って答えようとはしなかった。

 

「それよりさ、そのセミ捕まえてどうすんの?」

「お姉さんはセミ欲しいの?」

「別にそういう訳じゃないんだけど……でも、くれるなら欲しいな」

 

 その言葉を聞くなり、俺は虫籠ごと彼女へセミを手渡した。気になる女の子のお願いには素直に聴きたくなるものだし、それは俺だって例外では無いのだ。

 

 そうして受け取った虫籠を彼女は無造作に蓋を開けるなり、いきなりひっくり返したのである。

 当然中身の蝉は外へ解き放たれるし、まだ虫籠にしがみ付いていたセミたちも彼女が数回籠を叩けばすぐさま逃げ出した。

 

 唐突に何をするんだとぽかんと見つめる視線を無視して、彼女は満足そうに笑った。

 

「セミは7日間しか生きられないんだからさ、優しくしてあげようよ」

「……うん」

 

 別に彼女の言葉に感銘を受けた訳ではない、同じことを親から言われてもやめなかったことがその証左である。

 けれども彼女の笑う顔を見て、自分がこれをやめればもっと笑顔が見れるんじゃないかと思ったから。そんな単純な理由で俺は首を縦に振ったのだ。

 

「それじゃあね」

 

 惚ける自分を置いておいて、彼女は背を向けた。もう用が済んだとばかりに、さっと翻った麦わら帽子を見て、俺は慌てて口を開いた。

 

「あの!」

「……何?」

 

 数歩歩いたところで彼女は足を止めた。そこまではいいけれど、生憎その先の言葉を思いついてはいなかった。

 必死に頭を回して、捻り出した言葉は。

 

「一緒に明日の夏祭りに行きませんか!」

 

 そんなチープな飾り気のない誘い文句。

 次会う機会を見つけること。それが最優先だったからこそ、子供の憧れだったお祭りへと結びつけた。

 きっと彼女もお祭りなら来るだろうと。

 

 それを聞いて彼女はクスリと笑いながら、困ったように頬を掻いた。

 

「困ったな……」

「今日からセミを捕まえるのはやめるんで、お願いします!」

「いや、別にそれはいいんだけどさ」

 

 返答待ちわびて数秒、ポタリと顎を伝って汗が地面に滲んだ。長いような短いような、そんな時間の後、彼女は言った。

 

「自分なんかでいいの?」

「はい!」

「ああそう……なら、しょうがないな」

 

 そうして俺と彼女は夏祭りに一緒に行く約束を結んだのだ。夏祭りの日、つまり明日この公園で会おうと。

 

 その日、彼女が公園を去ってから自分もすぐに家へと帰った。セミをとる趣味は終わって公園にいる必要もなくなったのだから。

 目を丸くする親を無視して、次の日を首を長くして待って。

 

 ●

 

 果たして、その次の日に彼女は約束場所に来ることは無かった。

 いつまで経っても。

 

 祭りの終わりを告げる花火が上がろうとも。

 

 ●

 

 そして今年もあの日がやってきた。

 あいも変わらずあの女の子は見つかることはなかった。けれどもそう簡単に忘れるなんてこともできなくて、そうして俺はあの公園へと向かったのだ。

 

 毎年のことである。

 祭りの前に公園に向かうのも、祭りの雑踏の中に彼女の姿を追い求めることも。

 たとえ通りすがりなら2人揃って浴衣をまとったカップルに嫉妬の炎を燃やすことになろうとも、俺は必ず毎年祭りに参加していた。

 

 心の片隅ではそれが無駄足になると分かっていても止めることは出来ない。

 俺のことなんてとっくのとうに忘れているかもしれない、むしろ彼女にも彼氏ができているのかもしれない。

 別にありえないことではないのだ。それだけの時間が経っている、そしてそれだけ可愛い人であるならば引く手数多であろうから。

 

 でも、そうだとしても、自分の気持ちに区切りをつけるために一度だけでもいいから会いたかった。

 身に染み付いた情念、妄執とも言えるそれだけが自分を突き動かしていた。

 

 どうしてあの日約束を守ってくれなかったのか、それから今日までなにしてたのか、今はどうしてるのか。尋ねたいことはいくらでもあった。

 

 まあ、それまで考えていたことは彼女を目の前にした瞬間全部吹き飛んでしまったのだけれども。

 

 木陰にあるベンチに彼女は一人腰掛けていた。

 麦わら帽子を深く被り白いワンピースを纏って、あいも変わらず綺麗に伸びた黒髪に病的に白い肌。

 今となっては小さく見えたけれど、きっとそれは自分の背が高くなったからで、彼女の身長はそんなに変わってないのだろう。

 

 一人だけその時代に取り残されたかのように、もしくは時代を飛び越えたかのように。

 けれどもほんの少し大人びた顔が、彼女も自分の知らない場所で同じ時間を過ごした事を証明していた。

 

 話しかけるという目的も忘れて彼女を見つめていた。当の彼女はといえば、なにをするわけでもなくぼんやりと空を見上げていた。

 誰か人を待っているのだろうか、そんな考えがふと過ぎる。そうだとしても、その待ち人はきっと俺では無いのだろうが。

 

 空に何か浮かんでるのだろうかと見上げてみても何もなく、彼女に視線を戻せば今度はこちらに視線が移っている。

 変なものを見るような眼。木陰にも入らずベンチの前で立ち止まってるのだから、それもまた仕方ないことだろう。

 

「……なんか用?」

 

 気怠げな声でそんな言葉を投げかけられる。昔と変わらない声に少しだけ胸が高鳴って、やっぱり俺のことを覚えてないことに少しだけ落胆した。

 

「昔、この公園で会ったような気がして」

「俺が? お前と?」

「そう、もうだいぶ前のことになるけど祭りに一緒に行くって約束した男の子がいたはずじゃ」

 

 彼女が顎に手を当てて考えている間も日なたに立っていた。ジワリと脇に滲んだ汗が不快だった。

 

「あー……あのセミ捕り坊主か」

「覚えて頂いてそれは何より」

「まだセミを捕まえてんの?」

「まさか。そんな歳じゃ無いですし、あの日以来セミを捕まえることはやめましたよ」

 

 自分にとってはセミは既にどうでも良い存在だった。彼女との思い出を語る上で欠かせないパーツだったとしても、それ以降、セミにどれだけ優しくしようとも、彼らは恩を返してくれたわけではないのだから。

 

「それよりなんであの日、ここに来てくれなかったんですか?」

 

 その言葉を聞くなり彼女は顔を顰めた。めんどくさそうに帽子を取って指でくるくると回し始める。

 

「……悪かったとは思ってる」

 

 でも、と彼女は言葉を継いで

 

「自分にも来れない理由があった。だから、ごめん」

 

 そう言うなり彼女は深々と頭を下げた。

 ずるいなぁと思う。理由を言わなくても、素直に謝られたら許すしかないじゃないか、と。

 だって好きなのだから、一目惚れだったから。

 

 今も昔も変わらずに好きだと言う気持ちは変わらない、だからこそ未練たらしく今年も公園にやってきたのだ。

 

「誰かを待ってるんですか?」

 

 彼女と同じようにベンチの隣へと腰掛ける。自分の問いかけに彼女は首を横に振った。

 

「いや、別に、特にこれといった理由もないんだけどな」

 

 この公園は昔と変わんないな、彼女はそういって、俺もその言葉に頷いた。

 毎年一度夏休みの度にここに来るけれども、何一つ変わらない。変わらず降り注ぐ蝉時雨に、時たま通りかかる小学生。

 昔の自分と同じように蝉が虫かごに放り込まれていたけれど、彼女は注意することもなくぼんやりとそれを眺めていた。

 

 代わり映えのない景色に一つだけ変わったことがあった、つまりそれは彼女がいるということである。

 

「俺より歳上、ですよね?」

「女の子に歳を聞くのは失礼って教わらなかったのかよ、別に良いけどさ。高校生ならお前が歳下だよ、大学生だからな」

 

 ということはつまり2歳以上歳が離れている。

 出会った頃自分は4年生だったから、その時6年生と見るのが正解だろうか? つまり今は高校2年と大学1年、なるほどピッタリなような気がする。

 ちらりと隣を伺えば、こっちにまるで興味がないかのように帽子で顔を仰いでいた。

 

「……暑い」

「暑いですね」

 

 暑ければ場所を移せば良いのに、家の方が涼しいに決まってるというのに、それでも彼女は動く様子を見せない。

 

「先輩、一緒に夏祭りに行きませんか?」

 

 気がつけばそう口が動いていた。

 しまった、もう少し前振りがあるだろうが。そもそも彼女の名前もまだ知らないというのに、気を急ぎすぎだろう。

 

「……ナンパか」

 

 いかにも意地の悪い顔を浮かべて、彼女はそう言った。

 

「もし、こっちに彼氏がいたらどんな痛い目に会うのかわかってんのか?」

「そういう仮定を出すってことはつまり彼氏がいないってことなんじゃないですか」

 

 努めて冷静に、そう返す。

 けれどもそんな虚勢を見抜いたのか、彼女は笑いながらこちらの肩を叩いた。

 

「心配すんな。彼氏なんていないよ、いるはずもないんだ」

「先輩ならいくらでも引っ掛けれそうですけど」

「お前は知らないからだよ、自分のことをさ」

 

 確かに知らないのだ、彼女のことを何一つ。けれども彼女のことを知りたくて誘ったのだから、何一つ後悔なんて無かった。

 

「じゃあ夏祭りに一緒に行く代わりに一つお願いだ」

「……なんですか?」

「アイス買ってきてくれ、あずきバー」

 

 その言葉を聞くないなやすぐさま立ち上がり、近くのコンビニへ走り始めた。少しでも遅れたら彼女がいなくなってしまう、そんな気がして。

 

 そうして能天気に日陰で涼みながらあずきバーを齧る彼女と、全速力でダッシュし汗まみれの俺が揃って。

 

 7年前の続き、夏祭りが今年も始まったのだ。

 

 

「先輩は浴衣とか着ないんですか?」

「着るも何も、そもそも夏祭りに行く予定もなかったんだから用意してるはずがないだろ」

 

 ぶっきらぼうにそういう彼女はもうダメと呟いている魚のTシャツにホットパンツというラフな格好に着替えていた。長い髪はポニーテールに纏めて、麦わら帽子も外している。

 変わらないのはサンダルを履いてることと可愛さぐらい。

 

 少し着替えてくると彼女が言ったのは、あずきバーを食べ終わったときのこと。前みたいに約束を破られるのはごめんだったので家まで付いてこうとすると、そうしたら一緒に祭りに行かないと言われれば素直に引き下がるほかなかった。

 

 まあ実際、約束を守ってくれれば何もいうことはないのだけれど。気になることはといえば彼女の名前ぐらい。表札でも見れれば名字が分かるのに、そんなことを呑気に考えていた。

 

「そういえば先輩、名前教えてくださいよ」

「今更すぎないか……?」

「こっちの名前を教えますから」

「いや、別にお前の名前は興味ない。覚える必要もないんだよ、セミ捕り坊主君」

「元セミ捕り坊主ですよ、間違えないでください」

 

 そんなたわいのない会話を繰り広げてるうちに、出店通りに着いた。結局彼女は名前を教えてくれることはなく、先輩呼びは継続中。

 時刻は夕刻、まだ花火が上がる時間までは時間があるからやれることはといえば出店を回るぐらい。

 そして俺は通りに入ることなく、入り口で立ち惚けていた。

 

「行かないのか?」

「いや、なんか、現実感が無いなって」

 

 いつも彼女を連れて夏祭りに行くことに憧れていた。

 何人かの友達と連れ立っていくのも楽しかったけれども、時たま通りかかる同じ学校のカップルに嫉妬して。

 今年は彼女と行くわと裏切られた時は冗談半分、本気半分に縁を切ってやろうと考えるぐらいには羨ましかった。

 

 まあその彼も今年は彼女に振られた為に、非リア充同盟に回帰していたりするのだけれども。

 今年はこちらが彼女と行くから一緒に行けないと送っていた。なるほど、送ってみるとなかなかに優越感があった。

 まあ許してくれ、今年しかやれない可能性が高いのだから。

 

 その分今年は精一杯楽しもうじゃないか、そう意気込んで俺は先輩に尋ねた。

 

「先輩、何を食べたいですか?」

「甘いもの」

 

 酷く大雑把なコメント、こっちのセンスを試されているのだろうか。一頻り考えて並んだのはりんご飴の列。

 

「甘いものとは言ったけど、はじめにりんご飴持ってきたら食うのに時間かかるだろ」

「不覚……ッ」

 

 センス無しと烙印を押されて、次に並ぶのはチョコバナナの列。

 

「こういうので良いんだよ、こういうので」

「まあ、どちらともこっちがお金出してるんですけどね」

「……」

 

 都合が悪いと見るや否やバナナを頬張りはじめるのは卑怯じゃないだろうか。まあ別に、それはそれで良いのだけれども。

 

「後輩君はなんか食べないのか?」

「ん、別にお腹が減ってるわけじゃないんで」

 

 お金がないというわけでも無いけれど、彼女の幸せそうな顔を見れるだけでお腹いっぱいだった。

 強いていうならば、りんご飴を自分の分も買っておけば良かったなと思うぐらい。

 かじり掛けのりんご飴を眺めつつ、そんな事を考えてたから彼女も勘違いしたのだろう。こちらに食べかけのりんご飴を差し出して、

 

「あげる」

 

 と一言そう言った。

 

「え、良いんですか?」

「食べたいんだろ、りんご飴」

 

 そういう問題じゃなくて、俺が言いたいのは間接キスだとか、そういう話なのだが。

 言われるままにりんご飴を受け取ってしまい、しげしげとそれを眺める。今更、突き返す選択肢もなくえいやっとかぶりつく。

 爽やかな甘さと程よい酸っぱさが口に広がる。

 

「……なににやついてるんだよ、気持ち悪い」

 

 ●

 

 ともあれ、祭りは続いていく。

 やることは変わらず、出店を回って焼きそばを頬張ったり、焼き鳥をつまんだり。

 花火の時間が近づいてくると共に出店通りも混み始めた。ともすれば彼女と逸れてしまいかねない。

 

「先輩、大丈夫ですか?」

「……まあな」

 

 人混みが嫌いなのか、そんな不機嫌な様子。

 なんとかそれを癒そうと辺りを見渡して、たまたま目に止まったのは射的だった。

 

「ちょっと着いてきてください」

「ちょっ」

 

 有無を言わさず彼女の手を引いて、射的屋の前に彼女を引き摺り込む。流石に往来より店の前と言うだけ人混みは緩和されていた。

 

「……射的かよ、どうせ重りでも仕込んでるから取れないんだろ」

「いやいやお嬢さん、この店はそんなトリックなしに正々堂々してますぜ」

「どうだか、ほかの客が居ないのがその裏付けなんかじゃ無いのか?」

 

 先輩と店主の掛け合いを聞き流しながらどれが取れそうか見繕う。ゲーム機は却下。的は大きく当てやすいけれど、重さがネックなのだ。

 あたっても落とせなければ元も子もない、つまりそこそこ小さいものを狙うのならば――手乗りサイズの熊のぬいぐるみだ。

 

「店主さん、一回だけやってみますよ」

「まいど、500円ね」

「おいおいマジかよ……」

 

 呆れたように金の無駄だと呟く彼女に大丈夫だと笑いかける。射的にはほんの少しだけ自信があるのだ。

 だからこそ金魚すくいでも輪投げでもなく、ここを選んだのだ。

 

 ほんの少しの緊張、使える玉は三発だけ。

 手に滲んだ汗をシャツで一拭いしておもちゃの銃を構える。

 

 手をうんと伸ばさずに、両手を使ってブレないように。

 一発目はあっさりと外れ、ほんの少し右上。

 許容範囲のミスだ。コルクを詰め終わった銃と撃ち終わった銃を入れ替え、再度構える。

 

 命中、けれども人形は落ちない。

 ただし悔しがるわけでもなく冷静だった、これが三発目だったら終わっていた。二発目ならまだやりようはある。

 良いところはもう一つ。場所がほんの少しずれて、落ちやすくなっている。

 

 固唾を飲んで見守る店主と先輩を他所に再度構える。

 これで最後、願わくばぬいぐるみを射抜きさせたまえ、そう心中で呟いて。

 

 ことりと、物が落ちる音がした。

 

「……お前、凄いな」

「射的には少しだけ自信があるんですよ」

 

 袋に熊のぬいぐるみを詰めてもらって再び射的屋を後にする。そろそろ花火が始まるから河川敷へと移動する頃合いだった。

 

「先輩、逸れそうだったら俺の服の端でも捕まってくれ」

「そういうのって手を握るとか提案するとこだろ、さっきみたいに」

「じゃあ手を繋ぎます?」

「ごめん、男と手をつなぐ趣味は無いんだ」

 

 提案しなくて正解だった。ほんの少し凹みながらも、彼女がカラカラと笑う声に癒されて。

 そう言いながらも、彼女の服を引っ張られる感触が心地よかった。

 

「花火も終われば夏休みも終わりかぁ」

「また来年も祭りはやるんだろ?」

「そうですけど、違うんですよ」

 

 来年の夏祭りに彼女は居るのだろうか、きっと居ないのだろう、そんな気がした。そしてそれは、自分がいきたいと思う夏祭りでは無いのだ。

 

「先輩、俺は」

「お、保科じゃん」

 

 肝心なところで邪魔が入った。聞き覚えのある声、というか一緒に夏祭り行く約束をしていた奴。

 

「良いところで邪魔をすんなよ春山」

「別にそれぐらい許せよ、お前のせいで一人で回ることになったんだからさ。彼女の紹介でもしてくれよ」

 

 先輩は一度も口を開かなかった、それどころか自分を盾にして彼から身を隠した。まあ、それも当然だろう。面識のない奴に話す必要もないのだから。

 けれども目敏くそれを見つけたアイツは素早く回り込んで、そしてピタリと動きを止めた。

 

「にい、ちゃん?」

「……しくったな、まさか途中で鉢合わせるとは」

「にいちゃんってなんだ、もしかして初対面じゃないのか?」

 

 張り詰めた空気を読まずに、一人呑気な事を考えていた。『にい』というのが下の名前だろうか、と。

 そんな俺を無視して、急転直下で話は転がり始める。

 

「せめて一回ぐらい夢を見させてあげようと思ったけど、ここで終わりだな」

 

 そういうなり、いきなり彼女は人混みへと飛び込んだ。数瞬の硬直、自分もすぐさま彼女の後を追おうとしたところをアイツがガッチリと腕を掴んで遮った。

 

「離せッ!」

「待てよ、なんでお前がにいちゃんと夏祭りに来てるんだ!」

 

 数秒の問答、それだけあれば彼女が姿を眩ませるのには十分だった。

 先輩を追うのを諦めて、春山と向き合う。無闇矢鱈に探すならば、彼女の情報を引き出してから絞ったほうがいい。

 

「なあ春山、彼女のこと知ってんのか?」

「……お前何も知らないのか?」

 

 呆れたように舌打ちをして、彼は言った。

 

「春山青葉、それがお前が一緒に夏祭りを回ってた奴の名前だよ」

 

 そして俺の元兄だと、彼はブチまけた。

 ●

 

 春山直樹は俺の友人である。

 中学校からの縁だからこそ、こういう場でそんな冗談を言う奴じゃないとわかっていた。

 先輩が俺の友達の、兄?

 詰まるところ、それは。

 

「先輩が、男?」

「男『だった』、だけどな」

 

 ちょっと場所を移そうか、そう言って春山は歩き始めた。その後を追いかける、祭りの雑踏を離れて裏の路地へと、そこでアイツは足を止めた。

 自動販売機の灯りに照らされたアイツの横顔から、なんの感情も伺う事はできなかった。

 

「それじゃあ、どこから話すか。こっちも聞きたいことだらけだけど、まずは説明して欲しいだろ?」

 

 そう言いながら自動販売機にコインを突っ込んだ。ガコンという音が二回連続して、春山は俺に向けて缶コーヒーを一本放った。

 完全にアイツの趣味に合わせたブラックコーヒー、それに口をつける事なく彼の言葉を待つ。

 

「さて、理由もなくある日突然性別が変わることがある、そんな話をお前は信じるか?」

 

 突拍子のない言葉。そんなことあるはずがない、そういう話があるならもっと取り上げられて良いはずだろう。けれどもアイツは、春山は至って真面目にそれを宣っているようだった。

 

「別にお前が信じようが信じまいがどうでもいいんだ、それが事実だってことは揺らがないんだから」

「有り得ないだろ、性転換手術でも受けたのか?」

「だよな、普通はそう思うんだよ。こんな話を与太話としか捉えられないから、俺は吹聴する事もなかった。変わったんだ。理解できないかもしれないけど、とりあえずそれを飲み込め、じゃないと話が進まない」

 

 ひどく乾く喉をコーヒーで潤わせる。酷く苦い、これを好んで飲む理由がいつにたっても分からない。

 

「はっきり言えば俺が春山青葉、いや兄ちゃんに付いて説明できる事はその一点に集約されてるんだよ。だからなおさら分からない、なんでお前と一緒に夏祭りを回る事になったんだ?」

「……俺が頼んだから」

「それは、おかしいんだよ。兄ちゃんは確かに身体は女に変わったけど価値観は変わってない、女子が好きなのは変わらないし、そういう目的で近づいてきた男は全部拒否してる」

 

 なぜ先輩は誘いに乗ってくれた?

 昔、約束をすっぽかした引け目があったからか?

 

「ちょっと待て、先輩が性別変わったのはいつだ?」

「今年の春、大学入学してから少し経った後のことだな。それが?」

「俺は7年前に今と変わらない先輩に会ってる、それは誰になるんだ?本当に祭りを回ってたのはお前の兄なのか?」

 

 その話からすると7年前は先輩は男ということになるが、俺が昔会った先輩と今日夏祭りを回った先輩が一緒だという事は、セミの話を知ってるから絶対に間違いがない。

 春山はほんの少し考え込む様子を見せて、ポンと手を叩いた。

 

「それ、女装した兄ちゃんだ」

「は?」

「7年前だろ?その頃は普通に女装が似合うぐらい女顔だって言われてたし、親戚が集まるとよく女装させられてたから」

 

 夏祭りぐらいになると親戚が家にやってくるからさ、と彼は言葉を継いだ。

 

「俺は二人兄弟だけど、従姉妹に女の子がいるからさ。なんかの罰ゲームで服を取り替えっこしてたはずだ」

「……つまり俺の初恋は、男相手だったというわけか」

 

 思わず乾いた笑いが漏れる。

 あまり知りたくなかったな、それは。だからこそ先輩も口にする事はなかったのだろう。

 

「春山、どうして先輩が俺と夏祭り回ってるのか聞いたよな?」

「ああ」

「簡単な話だよ。7年前の約束を今更、律儀に果たしてくれただけだ」

 

 そう言ってコーヒーを一口啜る。

 お人好しだと言えるだろう、都合良く女の子になっていたからと理由で俺の未練を昇華してくれようとしたのだから。

 

 今更ながら先輩の事をほとんど知らないんだなと思い知った。実際一緒に過ごした時間はほんの僅かだし、その間に知った事はと言えば甘いものが好きな事ぐらいだ。

 見下ろすのは熊のぬいぐるみ、俺が持っていたところでどうしようもないもの。

 

「なあ保科。お前と一緒にいる時、兄ちゃんは楽しそうだったか?」

「……なんでだ?」

「いやさ、本当はお前とじゃなくて兄ちゃんと祭りを回る予定だったんだ。何が楽しくて男と祭りに行くんだって断られちゃったけど」

 

 性別が変わった悩みなんて俺に分かるはずもないから、そう言って春山が投げた空き缶は、きれいな放物線を描いてゴミ箱へ吸い込まれた。

 

「いつかふとした拍子に爆発しそうな気がして、お祭りでいい息抜きになればいいなと思ってさ」

「きっと兄ってのは弟にカッコを付けたいものなんだろ」

 

 そう言うもんかね、と彼は寂しく笑った。

 きっとそう。

 だから弟と鉢合わせた時、すぐさま先輩は逃げ出したのだろう。

 

「これからどうする、もう一人なんだろ?花火を一緒に見に行くか?」

「……先輩に渡し損なったプレゼントがあるんだよな」

 

 合理的な考えなら、春山経由で先輩にプレゼントを渡すのが正解なのだろう。熊のぬいぐるみ、花火の時に告白ついでに渡そうと思っていたもの。

 

「悪い、ちょっと先輩探して来るわ」

「どこに行ったかも分からないのに?それは甚だ不合理だぜ、保科」

 

 そんなこと俺だって分かってるのだ。

 見つからない可能性もある。さらに言えば、俺が今やろうとしてることは花火が終わるまでに、先輩を見つけてここに戻ってくること。

 

 一瞬白い明かりに照らされて影が伸び、すぐにドンと花火の上がる音がした。

 始まった、始まってしまった。

 

「花火の時間は1時間ぐらいで終わる、それまでに本当に見つかるかね?」

「見つけてみせるさ」

 

 根拠もなく虚勢を張って、春山に背を向ける。やると決めたらやるだけだ。中途半端に飲み残したコーヒーを一気に飲み干して、すぐさま走り出した。

 

 ○

 

 春山青葉は男である。

 これまで平凡な人生を送ってきた事は確かであり、なんらおかしいこともなく、強いて言うなら普通の男子より女装がほんの少しだけ似合うぐらいの取り柄があるぐらい。

 

 子供の頃従姉妹に女装させられた事が数度あったのと、学園祭で女装喫茶をやってチヤホヤされた事があった。

 

 はっきり言えば女装するのは嫌いだった。

 ただ強いられたからやっただけ。自ずからやる趣味ないし、大学に入ってからやることもないと思っていた。

 

 春山青葉は『元男』である。

 

 大学に入学してから幾分か経ったある日のこと。朝目覚めたら男にとって大事なものが無くなって、髪が恐ろしく長く伸びていた。

 

 病院に直行したところで原因不明だと告げられたのみであり、たった一人突然性別が変わったところで世界は変わらず回っていく。

 そういうものだと納得した。というか、する他なかった。

 

 春山青葉はそこそこ強い人間であり、3日ほど家に引き篭もったあと、大学に行くことを再開した。

 

 大学に出来て新しく出来た友人達に突然女になったことを告げれば、多少の驚きとともに受け入れられ、そうして変わらない大学生活を再開できると思い込んでいた。

 

 春山青葉は間違っていた。

 人は異端者を拒絶する生き物なのだ。多少例外はあるけれど、群れた時ほどその特徴は顕著になる。そして彼の周りには例外が居なかったのが不幸の始まり。

 

 まず初めに向けられるのは好奇の目、はっきり言ってしまえば不愉快だった。けれども我慢すればそのうちに無くなると思っていた。

 

 彼は抵抗するべきだった。

 声あげるか、はたまた泣き出してしまえば憐れに思ってそこで止まったかもしれない。しかしながら中途半端に強かったからこそ、彼らの嗜虐心を刺激してしまった。

 

 流れる噂。

 女の子になりたいという願望があったんじゃないか、自然に性別が変わったなんて嘘で性転換手術を受けたんじゃないか。

 

 全て根もない噂である。けれどもそれら全部を受け止めて我慢することが正解だと思い込んでいた彼は、やっぱり耐えてしまった。

 

 だから彼らは春山青葉に関わる事をやめた。

 徹底的な無視。もしかしたら性別が変わるのも移る病なんじゃないかと思っていたのかもしれない――移るなら家族の方がとっくに性別が変わってるというのに――まあどちらにしろ拒絶したということは変わりは無く。

 

 結局、それ以降の第一学期を一人で過ごし、夏休みをぼんやりと過ごしてる時に春山青葉は彼と出会った。

 

 ○

 

 青葉はピタリと足を止めた。

 夏祭りに興味はないから家に帰ろうとしてる途中。

 花火が残っていようとも、彼の頼み事が無ければわざわざ見る価値もない。

 

 別に花火に後ろ髪を引かれたというわけでもなく、親戚がまだ家に残ってるんじゃないかという懸念からだった。

 家へ向かう分岐から逸れて、また歩き始める。

 

 今日の初めにつけてたワンピースも、従姉妹に無理矢理着せられた物だった。

 あんなコテコテのラブコメにしか出てこない格好、はっきり言えば趣味が悪いと思っていたが、どうしたって年上の彼女にはそうは言えないし逆らう事も出来なかった。

 

 精一杯の反抗として家から逃げ出したわけだけど、そのせいでアイツに見つかってしまった。

 

 いまだ名前も知らない彼、元セミ捕り坊主。確か保科とか弟が言ってた気がする。そう弟だ、その保科とやらが弟と友人だというのは完全に想定外だった。

 

 偶然にしてはあまりに出来すぎていた。

 保科と7年ぶりに出会ったのも、自分が性別が変わっていたのも、そして彼が俺のことを覚えていた事も。そして祭りの途中に隠していた嘘がバレた事も。

 

 保科に出会わなければ夏祭りに行く事もなかった、そのまま家に帰っていただろう。

 女装してなければ、昔と似たような格好をしてなければ、彼は気づかなかったかもしれない。

 自分の性別が男のままだったら、女装をしていたとしても、あっさり種明かしをして断っていた。

 

 一重に自分の性別が変わっていたから、だから彼のお願いを叶えてあげようと思った。

 自分が昔の約束を破ったという引目もあった、昔行かなかったのは途中で男だとバレることに不意に怖くなったから。

 

 今ならば、バレる事もない。

 昔の約束を今果たしてあげようと思っていた。

 

 それがまさか、途中で弟と会うとは思わなかった。

 たまたま見かけるぐらいなら十分あったかもしれない、その場合なら空気を読んでくれるだろうと思っていた。

 それが甘い見立てだったのか?

 いや、まさか彼が弟と友達だなんてわかるはずもないだろう。

 

 判るとするならそれは神様に違いなかった、そして俺は神様なんて程遠い凡人であったから。

 

 遠くから聞こえる花火の音を聞き流す。公園から花火は見えただろうか、そんなことを考えながら彼と会った公園に入って、再び足を止めた。

 ベンチに誰かが、やけに見覚えのある容姿の彼が腰掛けていた。

 

「……そんなとこにいると蚊に刺されるぞ」

 

 逃げようとは思わなかった。開けた場所、こちらはサンダルとくれば逃げ切れるはずもない。

 どちらにしろ話すのだから近くへと、彼のすぐ前まで歩み寄る。彼は苦笑しながら口を開いた。

 

「本当、時間以内にまた会えてよかった」

 

 祭り会場で会えるとは思ってなかったからここに当たりを付けるしかなかった、そう彼は言う。

 

「一緒に花火見にいきましょう、もうとっくに始まってますよ」

「知ってるんだろ、俺が元男だって」

 

 話を聞いてないなんてあり得ないのだ。

 すぐさま後を追ってるなら人混みに遮られたとはいえ、すぐさま追いつけたはず、それでも追いかけてこなかったのなら別にやる事があったのだろう。

 たとえば、弟から俺が誰なのかを問い詰めるとか。その予想に彼は素直に頷いた。

 

「知ってますよ、春山に教えてもらいました」

「なら、なんで誘うんだよ」

 

 嘘をついていたわけではないけど、大事な事実を隠していたと言うのに。自分が元男だと言う事実、それは俺から見ても隠されたら嫌な事だと分かっていた。

 それでも、彼は俺を誘うと言う。

 

「だから、俺は今の先輩を花火に誘ってるんですよ。先輩が男だとか、元男だとか関係ないんです。先輩の事をもっと知りたいと思ったから、今は甘いものが好きなことぐらいしか知らないから。だから、一緒に行きませんか?」

「……それ口説いてんのか?」

「あれ!?」

 

 自覚無し、天性の女誑しとも言うべきか。

 その割に指摘されて大慌てする様子、そのギャップが面白くて、一頻り笑う。

 一頻り笑い終わって、答えを待つ彼へと再び向かい合った。

 

「俺はさ、今でも女の方が好きだから、お前が俺を好きだと言っても無駄なんだぞ」

「知ってますよ」

 

 即答、呆れてため息が出る。

 こいつが何を考えてるのか、俺には全くわからない。多分超弩級のお人好しなのだろう、またはただの人好きか。

 どちらにしろ、知った上で彼は誘ってる。それを不思議と嬉しく感じていた。

 

「……しょうがないな」

「え?」

「しょうがないから一緒に行ってやるって言ってるんだ、感謝しろよ」

 

 渋々、そんな感じの体でしか言えないのが我ながら嫌だった。なのに彼は気にする様子はなく、むしろ嬉しくて仕方がない様子。

 不思議な奴、それが今日1日過ごして俺が彼に抱いた印象。

 

 今度は二人揃って、花火会場へ向かって歩き始める。公園からでも花火は見えるけれど、小さすぎた。

 先ほどの会話と打って変わって話す事なく、時たま響く花火の音以外静かである。

 その沈黙は別に嫌ではなかった。黙っていたからと言って、彼がいなくなるわけではないのだ。

 そんな時、唐突に彼は口を開いた。

 

「……ところで、先輩はぬいぐるみとか好きですか?」

「んなの、男の感性持ってる奴が飾る趣味を持ってるはずないだろ」

「そりゃそうか、先輩にプレゼントしようかなと思ってたんですけど」

 

 いらないと言おうとして、口を止めた。

 代わりに伝える言葉は簡潔明快、たった二文字。

 

「くれ」

「え?」

「くれって言ったんだよ。ほら、寄越せ」

 

 おずおずと差し出した袋を乱雑に受けとって、中身を覗き込む。やっぱりらしくない、女の子が好きそうな熊である。

 部屋の机の上に飾るのを空想して、笑う。

 どうしたって部屋の趣向とマッチしないし、絶対浮くことになるだろう。

 

 でも、まあ、それでいいのだ。

 

 再び無言で歩く、路地から小さく花火が見えた。まだ遠いけれども、次第に大きく見えてきている。

 それを見て思い出したかのように彼は口を開いた。

 

「そう言えば先輩に名前を教えてませんでしたね」

「……いまさらかよ」

 

 本当に今更。

 忘れない様、聞き逃さない様に耳を澄ませる。

 

「保科了です、何卒よろしく」

 

 と、彼は言った。




駄洒落ち

お知らせ
連載ほったらかして短編ばっか書いてますが、もう一つ短編を書く予定です。
そっちは短編企画の一環なのですが、まだ参加者は募集中という事なので、我こそはという人は是非。
詳細はこちら

https://twitter.com/aria195555/status/1186654331237306369?s=21


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