【改稿中】銀髪幼女にTSしたニートな僕が過ごした1年間 作:あずももも
荒い息
髪の毛がひたいやこめかみ、あごに張り付いている。
シャツが体にべたっとしている。
ぱんつもぐっしょり。
……いや、漏らしたわけじゃないんだけど、こう、全体的に……ほら、炎天下で歩き続けたときみたいにさ。
たぶん背中とかおなかでかいた汗が垂れてきているだけだと思うけど。
その証拠におまたのところは無事。
多分。
まぁ臭くなってないから大丈夫だと思う。
汗なんて今の僕になってからはあんまりかかなかったけど、こうしてかいてみると気持ち悪い。
今が冬で室内には暖房が入っているから急に冷やされないのだけがありがたいものの、だからこそいつまでもじめっとしているんだ。
でも前の僕とはちがって汗をかいてもぜんぜん汗臭くならないどころか逆にちょっといい匂いがしてくるのはなぜだろう。
夏のときも、ふと香ってくるこの香りが……変態みたいだからやめとこ。
幼女の汗の匂いにじゃなくて臭いに喜ぶなんて変態だもんな。
僕はまだ常識的で一般的な男としてのプライドを捨てたつもりはないんだ。
でも……甘いものは好きじゃないけど香り自体は嫌いじゃなくて、つまりはこのココナッツとかミルクとか桃とかそんな感じの汗の体の匂いっていやいや今はそんな場合じゃない。
僕自身の匂いを嗅いでいる場合じゃない。
落ち着こう。
たぶんまだ動揺しているんだ。
「響さん。 ……発作のときのお薬とか、注射器……とか。 そういうのは……持ち歩いて」
「……僕のはそういった類いのものじゃないよ…………安心してくれ。 でもありがとう、さよ」
僕が幼女の香りについて考えているときにさよは真面目に呼吸困難とかそういう系の心配をしてくれていたらしい。
ありがと……あとごめん、すっごくごめん。
僕は男っていうどうしようもない生きものだからついついこういう思考に襲われるんだ。
「てことはそれ、命に関わる何かっていうわけじゃないってこと? 私たち、響さんが死んじゃうかって思ってすっごく怖かったんだけど」
「心配を掛けたね……りさ。 でもこれはただの軽い発作だ。 ……大げさなくらいの反応は起きるけど、それでどうこうなるわけじゃないんだよ」
僕自身がアレな状態になってたらしいからどのくらいだったのかは分からないけど、みんなの反応の限りには相当アレだったらしい。
「……………………そ?」
「あぁ、そうなんだ。 心配をかけた」
「……それで、軽い………………………………ですか」
「えーっと私も心配だけど……響さんってそういう嘘はつかないし、本当に大丈夫なんじゃない?」
りさとの会話に深刻そうなさよが入って来て、僕の言うことを信じてくれたりさがフォローしてくれる。
それでも心配そうなさよの顔。
本物の病人だもんな、これが嘘かもって思うんだろう。
その通りで大丈夫かなんて誰にも分からなくって、僕は嘘まみれなんだ。
君たちとの会話の何割かはウソと嘘で塗り固められていて、もうどうしようもないって……つい最近までそう思っていたくらいなんだ。
けど――嘘はもう、つかない。
どうしようもない嘘……誰かを守るための嘘やウソ以外には。
そう決めたんだ。
だから今日は嘘とウソについて言おうって思っていたんだけど……タイミング悪く魔法さんのせいで僕はもうへとへとになっていて頭も回らない。
……仕方ない。
みんなを不安にさせたままにしないためのウソで……なるべく嘘をつかない範囲で、方便の範囲で、どうにかごまかして乗り切ろう。
謝るのがまたひとつ増えるけど、ここで下手に必要ないことまでごめんなさいしてもこの子たちが困るだけなんだ。
自己満足な告白は自爆って言うんだ。
僕は……脳みそと心は大人なんだから、これくらいはできないとな。
「……どー見てもそーは見えなかったんだけど……なんか口からひゅーひゅー言ってたし。 私、こんなに怖いって思ったの、生まれて初めて……」
そう言いながら僕の喉元とか胸、肺のあたりをまさぐってくるゆりか。
びっくりしたけど同性だから遠慮がないんだなぁって思い直す。
すっごい速い心臓の音と振動で心配されないかってひやひやする。
……僕の服、触って汗がべとべと手について気持ち悪いだろうに……平気なんだろうか。
僕だったら他人の汗なんて絶対触れない……って思うのも、多分今まで親しい人がいなかったからなんだろうって理解はしている。
まだ気持ちが追いついていないだけなんだ。
「………………………………………………………………」
それにしても「今日はただみんなに会うだけだし、かがりもうるさくないだろう……多分」って思って、なるべくいつもの楽な……男っぽい格好で来ておいて良かった。
顔と髪の毛を隠す必要はもうなくなったんだけど、けどやっぱり寒いからなんとなくでパーカーこそ着て被ってはいるけども。
つまりは僕がいちばん好きな、女装していないときの僕の格好の冬バージョンっていうわけで。
下はただの厚めのシャツだけで。
だから逆に胸を触られた感触もブラジャーがないぶんダイレクトだったんだけど……悲しい、いや残念なことに僕のこれはまだ完全に子どものだから触られたって前の僕だったときに触られたのときっとそんなには変わらなくて、つまりは平気だったし。
ただ、ちょっとだけ男だったときよりも敏感な気がするから、あまり触られたくないくらいかな。
その、先端がぴりってするんだ。
そこだけは一応女の子らしい。
こんなにちっちゃいのにね。
本当に年齢不詳な体だ。
それにブラジャーに触られるのって……こう、なんていうか女装しているのを改めて実感させられるというか、なんとなく未だに抵抗あるしな。
……「かがりがいるからやっぱりつけておこう」なんて出かけるぎりぎりまで悩んだけど、つけてこないで……本当によかった。
直前に脱ぎ捨ててそのへんにほっぽり出してきて、本当によかった。
いや、別に平気なんだろうけども……ほら、なんとなくイヤってやつ。
「で? それ、どんな感じのなの。 詳しくなくても良いから知りたいよ」
じーっと見つめて来ているゆりかが言う。
「あぁ……今のは、その」
嘘にならないウソ。
「……吸入器のいらない程度のぜんそくの発作みたいなもので、時間さえ経てば勝手に収まるものだ。 酸欠になるからぼうっとはするけれど、ただそれだけ。 だからみんな、もう心配しないでくれ」
「……響が、響自身がそういうのなら信じるけど……ムリはダメよ?」
「うん」
しぶしぶといった感じで離れてくれた彼女。
久しぶりに嗅いだ感じがするな、彼女の匂い……じゃなくって。
ついでに言えばあいかわらずにみんなものぞき込むように見てくるな……っていうのも後回し。
ん――……ここまで頭回らないのはやっぱ魔法さんのせいかも。
風邪で寝込んだときみたいなくらくらさが残ってるし。
「……なら、近況報告とかおしゃべりとかはまた今度の機会に回した方がいいわよね」
自然な形で珍しく真面目な……当然か、かがりが口を開く。
「急いで話さなければならないわけでもないのだし、話したければ帰ってからグループで話せば……チャットなら響ちゃんの具合が良いときに見てもらえるものね。 それに、ひとまずは響ちゃんが……無事ではなさそうだけど、こうして介助なしに出歩ける許可をもらえる程度には回復しているって分かったのだし」
誰……?
失礼って分かってるけど、でも聞かずにはいられない気がする。
でもがんばって抑える僕。
「…………そうですね……発作、が出るというのも、恐らくは……その………………体力がまだ、回復しきっていない、そういうのでも……軽いぶり返しも、よくありますし。 そうです、よね?」
くるんさんとさよが荷物をまとめ始めている。
「今日は私たちも響ちゃんの顔を見てお話しできて、少しは安心できたから。 早くお家へ帰ってもらってしっかりおやすみしてもらわないと」
「そだねぇ。 見るからに激やせしてるし、まずは肥えることからだよひびきん! あのぷに感を取り戻すのだ!! それに痩せすぎは、いやそれでもなんだかミステリアスな雰囲気マシマシだけど、でもやっぱ健康第一!」
「じゃあ私お会計してくるわね」
「ん、細かいのは後でにしよ」
りさりんとゆりかも席を立っている。
それじゃあ…………………………、いや。
なんだか大丈夫そう……?
根拠はどこにも無いんだけど、なんだか急に体が楽になってきたからあと何分かで朝くらいの調子には戻れそう。
不思議だけど……多分合ってる。
そんな感覚。
……だったらいっこだけ話しておきたい。
魔法さんの理屈の分からない力はたった今にも昨日にも、おととい……3ヶ月前にも降り注いできた。
時間が経つほどにおかしくなっていく気がするんだ。
だから次に会ったときに倒れたりなんかしちゃったら困るんだ。
――昨日おかしくなった後には魔法さんはおとなしかった。
ねこみみ病について話していても邪魔をしてこなかった。
……つまり今ならまたおかしくなることはないわけで。
でもみんなはおかしくなった僕を見ていたからすごく心配しているわけで。
……どうしてもって言ってちょっと話すくらいが限度っぽいな。
「……待ってくれないか」
「ひびき?」
「お会計なら良いわよ?」
「そうね、私たちが無理やり連れ出したみたいなものだし」
「……みんな、そのうちに響さんと会えて……おでかけに、って。 ……だから、おこづかいは貯めてあって……」
……そんなに楽しみに待ってくれていたんだ。
「最近の子供は」とか「今の世代は」とか言うけど、多分それは時代が少し変わっただけで子供ってのはそんなに変わらない。
だってこの子たちはこんなにも良い子たちだから……僕には過ぎるくらいに。
「……ありがとうみんな。 でも、ひとつだけ。 ……ひとつだけ話したいことがあるんだ。 すぐに済むよ」
「んー、それってチャットじゃヤ?」
「……せっかくだからね」
「心配だけれど……いいのかしら」
今日はみんなの意識が僕に向いているからか1回で聞き取ってもらえて。
顔を見合わせつつ、もう席を立っていたさよとりさりんも素直に座ってくれた。
「けれど、また苦しそうにしたらすぐに帰ってもらうわよ? 良いわね?」
「かがりんの言う通りよ? とりあえずでタクシー呼んじゃうぞ? んで押し込んじゃうぞ、ひびきん?」
「……事情のわかっている親御さんや、お医者様のほうが、いい……と、思います。 なので、さっき……のように」
「さっきさよさんが言ってくれたみたいに、スマホ。 勝手に指に当てるかロック番号言ってもらってそれらしい連絡先。 分かった? もしまた苦しそうになっても我慢したらそうするらかね? 響さん」
……本物の病人経験のあるさよが本気で、面倒見の良いさよもまた……いや、みんなが本気。
「……分かった。 それで、落ちついて聞いてほしいんだけど。 僕はね、みんな」
今は何も分からない。
魔法さん。
冬眠。
ねこみみ病。
若返り。
少しずつ分かりかけて事態が好転してきているようにも感じるけど、悪くなっているのかもしれない。
どちらにしても一気に動いているのは確実なんだ。
だから――タイムリミットを決めておくんだ。
僕がひとりで悩む限界の。
ひとりで考えていたってなんにも変わらなかったのは、この半年――9ヶ月で明らかなんだから。
もう、悩む段階は終わりにしないとだから。
「……春の退院。 そして今回の退院。 両方とも一時的なものなんだ」
だから、僕は決めた。
「また悪くなるようなら、今度は長期間。 月単位、季節単位……年単位で、前のように 外に出られないことになる……かもしれないんだ」
それを過ぎたら、僕はこの子たちにもう会えなくなるかもしれない。
だから。
「響ちゃん…………………………」
「だから、君たちには先に……もしもの場合のためにお別れを言っておこう。 そう思ったから、今日は来たんだよ。 ……本当はこんな話をいきなりしたくはなかったんだけども、この体たらくだから」
「……響、さん。 ほんとうに、命に関わる手術とか、そういうものでは……」
「そうじゃない。 それだけは本当だから安心してほしいんだ、さよ」
これもまた根拠のない感覚でしかないけど、多分僕に取り憑いている魔法さんは僕を呪い殺すとかそういうことはしない。
ただただ幼女にしておきたいだけ……なんとも不思議な性質。
まるで「大切すぎるから過保護に守ろうとしている」って思えるくらいに。
だからこれはウソでも嘘でもない。
けど、みんなに会えないし連絡が取れなくなるって伝えてはおきたいんだ。
「ただ、こうやって外に出て……人に、君たちに迷惑をかけるような状態なのは、まだ退院が早かった。 ただそれだけなんだ。 そう……ただ春から夏にかけて少しだけマシになっていただけ。 僕はまだまだ不安定すぎる、ただそれだけなんだ。 だからまた急に連絡ができなくなっても不安にならないでほしい。 そう言いたかったんだ」
僕の嘘/ウソで、みんなを悲しませた。
女の子って感受性は男よりもずっと繊細で敏感な生きもの。
大丈夫だって言っているのにかがりとさよなんかは涙ぐんでいるし。
……僕の嘘でみんなにこうして負担をかけさせるんだったら、そもそも。
そもそも初めから僕は――みんなに会わないほうが良かったのかもしれない。
本当に……本当に、ただ初めのころ。
僕が幼女になって、僕がどう見えるかっていうテストをするためだけに出かけた先での相手がかがりとゆりか、ただそれだけだったんだ。
僕が「幼女でしかないけど成人男性が幼女扱いはイヤだから、せめて中学生くらいの扱いはしてほしいし」っていう変なプライドをくすぐられたばかりに言い出した年齢の設定――最初の嘘。
いいわけ。
いろんな設定。
ウソ。
嘘。
……言わないっていう選択もできるけど、できたら言ってすっきりして――例え嫌われてもいい。
でもそれはただ僕が楽になりたいから癇癪みたいに投げつけるだけの意味のない告白。
それが分かる思考能力とヤケにならない理性があるからつらい。
でも、それが僕なんだ。
この子たちに――こんな良い子たちに迷惑を掛けて申し訳はないんだけど、それでもこれが僕なんだ。
だから、万が一どうなっても良いようにっていう保険。
それを直に伝えられたんだから……今日は充分。
それに……少しだけ大人びた印象のみんなの顔も近くで見られた。
だから今日は満足なんだ。