【改稿中】銀髪幼女にTSしたニートな僕が過ごした1年間   作:あずももも

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38話 「魔法」 3/5

僕は廊下で悶えていた。

 

「ふぐ……ぅっ…………………」

 

なんで僕ばっかりこんな目に遭うんだ。

 

「うっ……ふ、ぐっ……」

 

本当に痛いときって声が出ない。

それが僕だ。

 

かがりとかゆりかとかだとちょっと痛くても叫ぶんだけどあれってどうやってるんだろう。

 

「うっ……うっ……」

 

それにしてもひどい。

僕が何をしたって言うんだ。

 

そうやって廊下でうずくまることしばし。

 

ひとしきり適当なものを心の中だけで罵った僕は少しだけ落ち着いてきたけど、まだ丸まっている。

 

だって小指ぶつけたんだもん。

 

痛いんだもん。

 

「ぐす……」

 

涙ぐんでいるのに気がつく。

 

本当に痛いんだからしょうがない。

僕は痛いのが苦手なんだ。

 

なのにこの仕打ちはなんだ。

魔法さんもひどいじゃないか。

 

そうやって手当たり次第に文句を言う。

 

小指。

 

普段は意識しないくせにいざとなるとこんなに痛いもの。

 

前の僕だったらそれなりにぶつけたりしていたけど、今の僕になってからは……その、体のサイズ的にも視点の低さ的にも壁のコーナーのところとか家具とかそういうものが大きく見えるわけで、だからこういう問題は起きなかったのに……やっぱりアルコールって注意力が落ちるんだなぁ。

 

さっき寝落ちしかけたし。

 

それにしても痛い。

もういやだ。

 

僕が何をしたって……幼女のくせに飲酒したか、そう言えば。

 

「………………………………良かった」

 

爪は割れてないし赤くもなっていない。

本当にちょっとだけこつんってやっただけらしい。

 

そうして小指を確かめるためにしゃがんでいたら、ぽつっとしずくが床に落ちた。

 

「……まさか……!」

 

出所を探る。

 

「……ちがった……」

 

……目からだった。

 

急に痛みが走ってびっくりして、それでとうとうやらかしたのかと思ったけどそういうわけじゃなかった様子。

 

よく考えたらおしっこをがまんしている状態でしゃがむっていうのは漏らそうとしているとしか思えない状況だ。

だってふとももをおなかに押しつけて、つまりは押し出そうとしているわけで。

 

危ない危ない。

 

この歳で……幼児になってるけど漏らさないように気をつけないと。

 

脚や腕とは別に、ぎゅっと出口のあたりに力を入れつつ起き上がって廊下をそろそろと歩く。

 

ベッドからずるずると降りてそれから部屋を出るときに、もういちど迷ったんだ。

もうこのまま寝てもいいんじゃないかって。

 

でもやっぱりダメだ。

 

あれだけ呑んだんだ、水分が豊富に蓄えられていてそれが一気に下に来たとしても……その勢いを抑える筋力も容積も長さも足りないこの体じゃ、こぼしてしまう危険がある。

 

漏らしてしまう危険性がある。

それはとてもまずい。

 

というか確実に明日の朝にひどいことになっている。

 

いくらなんでも肉体こそ幼女になったとしたって精神は大人のままだ。

この年で漏らしたらさすがの僕でも……魔法さんとか嘘のこととかじゃなくっても相当に凹むだろう。

 

だから僕はトイレに行っておかないとならないんだ。

 

そうは思いつつも歩きはどうしてもゆっくりというよりもよろよろとぼとぼという感じになる。

だって酔っているせいで体の感覚鈍っているし……そのせいでぶつけたし。

 

あとどのくらいで漏れそうなのかもいまいちわからないっていうのもあるしなぁ。

 

漏らさないために踏ん張っているはずの僕のおまたの筋肉も本当はどれだけ耐えているのか、そもそもどのくらいピンチなのかがわからないから。

 

とっさの痛みを感じてぎゅーっとしゃがんでいる程度じゃ漏れないくらいだっていうのはさっきのでよーくわかったけど……やっぱり1回くらい漏らしてみないと限界って分からないよなぁ……でも漏らしたくないしなぁって言うループ。

 

でも1回でも漏らすと幼女への階段を登っちゃいそうだから嫌なんだよなぁ。

 

……今は急ごう。

なめくじみたいにすり足で壁伝いで歩いて確実に。

 

あぁそうだ、トイレで出しておいたらお水も飲んでおかないとな。

 

 

◆◆◆

 

 

「………………………………はぁぁぁ――――……」

 

自然と漏れる声。

 

遠慮がいらない分いつもより大きいかもしれない。

 

しゃぁぁぁっていう水しぶきの音もいつも以上。

あいかわらずにすごい音。

 

男だったときにはよっぽどのことがあっても聞くことのなかったシャワーのようになっているこれ……ほんとすごい。

 

シャワーのノズルをひねると周りにしゃあああって広がるモードとまっすぐにびゅーって出るモードがあるけど、ちょうどあんな感じ。

 

女の子はみんなこうなんだろうか。

 

気になるけど知りたくない気もする……もう彼女どころか結婚していてもおかしくない年齢なのにどれだけ子供っぽいんだろうなぁ……。

 

いつものだけどそれの何倍か増しになっている、下の大洪水。

さっきまではぜんぜんまだまだ余裕だって思っていたけど、座ったとたんにこれだ。

 

やっぱり短いっていうか外に長さがないぶん緩めるとすぐに出ちゃうしくみなんだろうか。

 

横着してあのまま寝なくてよかった……じゃないとこの量だったら……。

あのとき廊下でも無意識でふんばっていられて本当によかった……。

 

ベッドがびしょ濡れになるよりかはずっとマシだけど、でも逆に廊下っていう毎日歩いているはずの場所でおもらしとか通るたびに思いだしてトラウマになりそうだし。

 

しゃああああ。

 

それにしても止まらない。

いったい何十秒続いているんだろうか?

 

頭が回らないせいで、アルコールと寝そうになっていたのとで余計にぼんやりしている今の僕にはわからない。

 

ひょっとしたら1分くらいかかったのかもしれないけどアルコール臭が混じったおしっこを出し終えてほーっと気持ちよくなった。

 

ガマンしていたっていう膀胱が張り詰めそうでおまたの筋肉が踏ん張っていた感覚と、それをせき止めていたそれを、しゃーっと出していた感覚とが一気になくなってぽたぽたと落ちる程度になってきたら、今度は別の……生理的にイヤな感覚が襲ってきた。

 

「……………………うわぁ」

 

……勢いがすごすぎて太ももの裏までびっしょりになっていた。

それも膝の裏の近くからおしりまで、もうまんべんなく。

 

まだほのかに温かいけどすぐに冷たくなるだろうこの感覚。

 

普段なら少し飛び散る程度で済むのにこんなにって……やだなぁ。

 

けど、こういうときはビデっていう機能……母さんが使っていたとしても、それから最低でも10年は使われていなかった、この機能。

 

もちろん勢いは弱くして軽くおまたを濡らすだけにはなるけど……そのおかげで清潔な水を染みこませたトイレットペーパーを使うっていうのができるから、おしっこを拭いただけでいちどトイレから出ておふろに入り直すっていう手間が省ける。

 

柔らかくて温かいお湯がおまたにかかり始めたらトイレットペーパーを重ねて取って濡らしてふとももの内側と裏側をきれいにする作業に入る。

 

もちろん1回じゃムリだけど何回か拭いたのを見ても黄色くなっていないし、どうやらきれいにできた様子。

 

……本来の機能じゃないけど、これはこれでお役立ちだな。

普段からしているからどのくらい濡らせばいいのかもだいたい分かるしな。

 

そうして水気を感じながら綺麗にしてもういっかいから拭きして、ふと思う。

 

……女性は男よりもトイレットペーパーを使うって聞いていたけど、もしかしてこういうこと……?

 

いや、そりゃあ生理が……少なくとも今の僕はないけど、それなのに前に比べれば……とくにおしっこでたくさん使っているし。

 

たぶん毛とか生えてきたらもっと濡れる……のかどうかはわからないけど、とにかく成長してきたらもっと使うようになるはず。

 

……慣れて来てはいるんだけど、でも。

 

こういうときばかりはこんなことには絶対にならない前の僕の、男だった体が恋しくてしょうがない。

 

男の体ってのは本当に便利だったんだ。

いろいろと、あらゆる面で。

 

女の子なんてちっちゃくてめんどくさいだけじゃないか。

 

「すっきり……ふぅ」

 

トイレから出た僕はおかげで酔いも一気に覚めた感じ。

 

緊張からの脱力で眠くなるかって思っていたんだけど、どうやら違うらしい。

それならあとはお水を飲んで、あとあと忘れていた寝る前の歯磨きももう1回。

 

ならさっさと下に降りて……あ、ついでに食器も洗っておいて、あとは部屋に置きっぱなしのコップとかを。

 

「――――――――――、……え?」

 

視界がおかしい。

傾きがおかしい。

 

階段を降りようと思ってたのに、なぜか段が斜めになっていて壁みたいになっている?

 

なんで?

 

「……あ」

 

いや、ちがう。

 

僕が斜めになっていて前のめりになっていて――ふわっと浮いた感じがあって。

 

1度に情報が、回らない頭に意識に遅れて入ってくる。

 

そうしてさっきぶつけた小指に加えて中指くらいまでじーんとした痛みがあって。

 

……まさか階段の手前かどっかでつまづいて……落ちそうになってる?

 

「…………………………っ!」

 

もう、傾き的に止められない。

 

できることと言えばとっさに腕を突き出すだけ。

それ以外にできることなんてなんにもないんだ。

 

ぼーっとしていたからいつもみたいに慎重に手すりを両手でつかむっていう、今の僕にとって必須な動作を忘れていたのかもしれない。

 

「わたっ、たっ」

 

まずい。

まずいまずいまずい。

 

転びかけているのに気がつけたはいいものの、もう間に合わない。

このまま下へ一直線だ。

 

いや、きっと顔とかおなかとか膝とかを階段の角張ったところに何回か思いっきりぶつけて、バウンドしてくるくる回って――そして階段の下の踊り場の先の壁に激突して。

 

……頭とか背中から落ちれば、大ケガ。

 

体が軽いぶん打ち所がよっぽど悪くなければそれで済むはずだけど……でも無傷ということはないはずで。

 

それに軽すぎて変な方向へ飛んじゃったらそれこそ危ないんだし。

 

けど、こんなことを考えてる余裕はあるのに、体もそれを動かそうとするための反射神経も言うことを聞いてくれない。

 

アルコールが入っていてさっきまで寝そうになっていたから。

我慢していたおしっこをまとめて出して気が緩んでいたから。

 

そうして目が覚めた気になって、下を見ずにぼーとしていたから。

 

――足元がふらついてるってさっき分かったばっかりなのに。

小指を痛めてうずくまってたばっかりなのに。

 

どうしてすぐに忘れちゃったんだ。

 

いつもみたいに手すりにつかまって片足を下の段に下ろしたらもう片方も同じ段に下ろしてっていう子供みたいな降り方、この半年のあいだ今の僕になってからずっとしていた降り方ををしていなかったせいで――もう、止まらない。

 

受け身なんて取れやしない。

僕は運動とは無縁だったんだ。

 

ましてや今は幼女だし。

 

そんなことをできる瞬発力も訓練もしていない。

 

そうして僕は、僕の意識は正しく状況を理解していて……けど体のコントロールは利かなくて、でも汗はぶわっと出ていて。

 

なのに目の前はものすごくゆっくりと動いていて。

 

全てがスローモーション。

 

「死」を意識したときになるっていう、頭の中、意識だけが高速で動いていて周りがゆっくりになっているみたいに見えるっていうあれ。

 

つまり僕は、僕の意識は……「死」を生まれて初めて意識、知覚して危機感を持っているわけで。

 

「…………………………」

 

どうにかしようって思ってあがこうってしたけど、ふと「それ」に気がついちゃって力が抜ける。

 

――このままなら、楽に。

 

めんどくさいこともどうでもいいことももう経験しなくていいんだ。

ちょっと痛いって思ったらもう僕は居なくなっているんだ。

 

……僕には家族なんていないっていうひとりぼっちな中で、残りの数十年っていう長すぎる時間を……これもまたひとりぼっちで過ごすことになるのなら。

 

幼女のままでもいずれは不審がられて付き合いはなくなるし、幼女から女の子に成長しちゃってもやっぱり身の振り方を考える必要があって、男に戻れても……残りの人生をその辺に居る男って悲しい生き方をするだけ。

 

…………………………今夜はたくさん呑んだよな。

 

今日はみんなに会った。

昨日もあの人たちに会った。

3ヶ月前には昔の知り合いたちに、お隣さんにも会った。

 

――なんか、それだけで充分な気がしてきた。

 

「……も、いっか」

 

こんなときでも口は動くんだ。

女の子だからかな。

 

そんな呑気な感想が頭をよぎった。


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