【改稿中】銀髪幼女にTSしたニートな僕が過ごした1年間   作:あずももも

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41話 勇気と告白と「――」 5/5

「ふぅ」

 

良かった。

 

思っていたよりも話せなかったけど思っていた以上に言えた気がする。

僕が男だって言うの、実は結構怖かったから……だってお隣さんのあれがトラウマなんだ。

 

そのせいか今日何度目かに静かになった室内。

またテレビの音だけが響く空間になっている。

 

まぁすっごくデリケートって言えばデリケートな話だったし……反応に困っているんだろう。

 

でも本当、あれだけ悩んでいたっていうのにいざ吐き出しちゃえば、とってもすっきりするものなんだね……ずっと気になっていた歯と歯の間に挟まっていたなにかを取り出せたときみたいな、そんな感じ。

 

僕が大人でニートで穀潰しでダメダメでなんか魔法っぽいのに付きまとわれてる……とかまでは言えなかったけど、まぁ最初としては充分なはず。

 

うん、がんばった。

 

けどやっぱり魔法さんの気配は感じない。

 

みんなを観察しているけど、びっくりしているようではあるけどみんなの目は普通で、どろんってしていない。

みんなにもまた、魔法さんは降りかかっていない様子。

 

……この前みたいになんか微妙にかかったら解けるのかな、魔法さん。

ほら、この前はねこみみ病の話でなにも聞こえなくなって、今回は何か変な感覚あったし。

 

「……えっと、ひびきやひびき」

「うん」

 

ゆりかの発音って微妙に変。

変って言うか「響」って言うとき結構な割合で……こう、何か変な聞こえ方になるんだ。

 

ぱっつんをわざとらしくふぁさっと……あ、これけっこう動揺してるときのゆりかのクセだっけ……した彼女が声をかけてくる。

 

「まだみんな……こう、すとんってきてないみたいだから。 だからなんとなくわかった私が先に、代わりに聞くけどさ。 それって最近……いや、けっこー前からマンガとかではもうとっくにおなじみになってて、少し前からはニュースとかでも聞くようになってきたアレのことかいな? えっと、性……漢字ばっかりでわすれちゃった……なんちゃらってやつ」

 

「うん、そうなんだ。 性同一性障害というもの……に近いもの。 僕の場合はもう少し特殊だけど……まぁ、その理解で問題ないと思う。 なにしろ女の体の中に男の心、精神が入っているんだからな。 それもつい最近までは本当に男として生活してきたくらいには完璧な、ね」

 

「……ほーん?」

 

いまいちピンときていない様子。

 

「……君になら分かるだろう例えだけど……そうだな」

 

念のために魔法さんのことも考えて「例え」って強調して。

 

「……ある朝目が覚めたら男から女になっていて、その状態がもう戻らなくなった……みたいな感じかな。 原因とかはともかくね。 そういうマンガとかなら目にしたことがあるんじゃないか? 本当は少し違うけれど、僕の印象としてはそんな感じなんだ」

 

魔法さんが怒らないようにちょっと違うアピールも欠かさない。

 

「あ、すっごくわかりやすい。 私、最近そんなの読んだし」

「そうか、なら話は早い。 ……そう、あの、男から女になってしまった状態がまるで『固定』されてしまったように――――けほっ」

 

肝心なところで咳き込んじゃった……恥ずかしいなぁもう。

 

けどもなんだか違和感がある。

なんだろう。

 

……胸のあたり?

 

緊張して話していたし、つばとかが気管支の変なところに入ったかな?

 

「……みんな、ちょっとごめん。 セキが……こほっ」

 

よくわからない感じに息苦しくなって、息を吸おうとすると余計になにかが欠けていくようで、それが咳をすることでしか収まらなさそうな、そんな感覚がこみ上げて止まらない。

 

「………………………………………………」

 

――嫌な予感って言うのは大体当たるもの。

 

それがどんな突飛なものだってなんとなくで分かっちゃうんだ。

それは母さんたちの知らせが来た瞬間の学校でもそうだった。

 

……よりにもよって今、か。

 

タイミング悪いなぁ。

 

僕は少しでも「それ」を知るのを後回しにしようって、みんなに見えないように後ろを向いて、両手を口元にやる。

 

「――ひびき?」

「響ちゃん?」

 

さあっと頭から血の気が引いていく感覚。

「ああ2人とも死んじゃったんだ」ってあの中学生のあの日に病院で知った感覚。

 

「……っ、……っ、…………」

 

返事をしようとしても「それ」があふれてくるからできない。

 

――そっか。

 

いざってときに声を出せないってこともあるんだ。

じゃあやっぱり書き残しておくって大切なんだな。

 

そんなことをぼんやり考えながらけほけほってしていたら、口元を押さえていた手のひらからなんだか生暖かいイヤな感覚がする。

 

「――――――――――――」

 

ちょっとだけちらっと見てみると、そこには――真っ赤に光ってべとってしていて生理的不快感を放つ液体。

 

血。

 

僕の口から、血。

 

血。

 

なんで?

 

「……響、さん?」

「あの、大丈夫?」

 

「……けほっ……うん、大丈夫。 ちょっと、ね」

 

さっきのもあるしこの前のもあるからどうしても心配されちゃう。

心配させたくないのに。

 

どうにかして隠し通してここを離れられないかな。

 

こういうのって事故に遭った直後の人のだよね。

アドレナリンがどばどば出て「平気平気!」って言っちゃうやつ。

 

そんな、使わないと思っていた知識が頭の中をぐるぐる回っている。

 

なんで血っぽいものが出たのかはわからないけど、ひょっとしたら鼻血かもしれないし。

ずいぶんと温度差があったし、鼻をかんだときにでも切れていたのかもしれないしな。

 

これは、手のひらからこぼさないようにしておけばいいだろう。

あとでさりげなくティッシュに吸わせてトイレにでも行くついでに洗っておけばいいんだし。

 

口からは漏れてはいないはず……だから大丈夫。

拭ってみても……うん、汚れていない。

 

ならそのことよりも、まずはみんなを安心させないと。

 

そうして隠蔽しようとしつつも「そんな場合じゃない」っていう無意識の警告が大きくなってくる。

 

「とにかく、大丈ぶ――」

 

「大丈夫大丈夫!」って明るく言おうとしてみんなを見上げてみると――なんだかみんなの目つきがおかしい。

 

みんな……なんでそんなに僕のこと食い入るように見てるの?

 

なんでりさとかがりは口に両手当ててるの?

なんでさよは真っ青になってるの?

なんでゆりかは真顔になってるの?

 

そう思ったとたんに抑えきれない勢いで口から漏れてくる生臭くって熱くってどろっとした液体。

 

「ごぽっ」

 

それは止めようもなくって、すぐに口からごぽっと出て来はじめて、それに合わせるかのように胸のまん中あたりにもじくじくじんじんとして、焼けるような感覚が昇ってくる。

 

そして……あぁこれが吐くっていうものなんだ、それもお酒とか食中毒とかで吐くんじゃなくって吐血っていう、まるで本物の病人が……ひどい病気を患っている人がしてしまうっていう知識とか映像化でしか知らないような……ひどい、胸の、喉の奥から止まらない、あれ、なんだか世界が傾いて、あれ、って、なんだかつい最近にもこんなことがあったような、あぁそうだあれはこの前の階段の、でも階段のは階段だったからだし、僕の不注意で起きたことだから、今のこれとは、あれ。

 

そうして僕は倒れたらしい。

人って意外と冷静だし周囲とか自分の状況とか分かってるんだね。

 

何だか不思議。

 

あ、けど。

 

「ひびき!?」

「嫌っ、響ちゃん!?」

 

「え、ちょ、響さん」

「……………………あ」

 

みんなの声が、さっきまで見たいに上からじゃなくって後ろから聞こえる。

 

――せっかく嘘をいっこ告白できたって言うのに、また心配させちゃうな。

 

「ひびきっ、ひびきぃっ!」

「ど、どうしよ……どうしよぉ」

 

咳き込むこと数回、でろでろーって血を吐いちゃうこと数回。

 

ひととおり吐いてちょっとすっきりしたからか分かった。

 

僕は吐きながら……血を吐きながら前のめりに倒れたんだ。

どおりで打ち付けたらしい鼻が痛いわけだ。

 

口からの吐血ついでに鼻血も出てそう……どうでも良いレベルの惨事だけども。

 

あ、おでことあごも痛い。

 

下が畳なのに……畳って意外と硬いんだね。

なんて、こんなことを考える余裕だけはある。

 

そう言えばこの前の、階段のときもそうだったっけ。

やけに思考がはっきりして速くなるんだ。

 

体には力が入らない。

倒れて顔からごっつんするくらいだ、受け身も取れないほどに脱力しているんだろう。

 

なんでだろ?

 

あと息がとても苦しい。

 

……胸の奥から止まらないような、とめどない感じのげろげろのせいで……あ、また。

 

「……げぽっ」

 

びしゃと派手な音を立てながら、さらなる血が僕の口から吐き出されてしまう。

 

あぁどうしよう……畳が台なしじゃないか。

 

あとで巫女りんと家族の人になんて謝って……張り替えとかのお金も必要だろうし……。

 

畳って1枚いくらなんだろうなぁ。

そもそも畳って1枚って数えるんだっけ?

 

それにしても鼻が痛い。

 

なんでこういうときって本体よりも大したことない場所がはっきり痛むんだろうね。

 

後ろからみんなの声が降ってくるっていう奇妙な感覚もまた気になる。

 

不思議。

 

「………………ねぇ。 響? ……ねぇ。 ……ね、どうしよみんな、どうしたら」

 

またテレビの音。

 

遠くでお賽銭とちゃりんちゃりん。

じゃらじゃら。

 

僕が咳き込んで吐く音。

 

またテレビの音、また――――――。

 

「――――――救急車を呼んでください!」

「え……」

 

「……りささん! 119番! スマホではなく電話の方がボタンを押すだけなので確実です!」

「あ……さよ、さん」

 

「初めに救急と伝えて、今見た状態と響さん――『彼』が重い持病持ちだということと、こちらの住所を話してください! ……119! 急いで!」

 

「っ!? う、うんっ」

 

「担当医か親御さんに直接の方が望ましいので、私も響さんのスマホで連絡を取ります!」

「わかったわ! 待ってて、今すぐに……」

 

 

☆☆☆

 

 

雲間から月明かりが差し込んでいる。

 

風も収まり、薄くて柔らかい光だけが降り注いでいるその高台でせり出した広場。

 

そこには初老とは思えない気迫をみなぎらせる彼女が居り、その前には完全に武装をし、あるいはスーツや白衣などに着替えを済ませた兵士たちが20ほど残っていた。

 

そこに残っていたのは、まさにこれから銀髪の彼/彼女ところへ出向くための支度を調えた者たち。

 

「さて、諸君」

 

彼女が、大きくはないのによく響く声で言う。

 

「行こうか。 いや……『いざ行かん同志諸君』……などと懐かしい言い回しも偶にはいいかね? 奴らの特徴ある言い回しだがこういうときには士気というものも上がるだろう。 ……あぁ、ここにいるほとんどは、もうそれも知識としてしか知らないか……まぁ、感傷はどうでもいい」

 

すでに広場の手前には数台の車が待機しており、ドアもみな開けられていて彼女たちが乗り込むのを待っているだけ。

 

「この度、また1人……■■■■が確実なものとなった。 よってこれから我々は」

『……良いのか?』

 

ザッと彼女の耳に入ってくる声。

 

『まだ■からの連絡は来ていないが』

「なに、構うものか。 なにせ」

 

カツンカツンとハイヒールを地面に交互に乗せ始めると手下の彼らも一斉に彼女のあとに続いていく。

 

「無い……とは思うが、なにせ人が多い。 万が一にでもコレが公になってしまったら――我々も奴らも、それはもう」

 

顔をしかめつつ、頬の痣を撫でながら。

 

「――大層困ったことになるだろう? 『ねこみみ病なんぞ』とは比較にならぬほどに、な?」

 


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