【改稿中】銀髪幼女にTSしたニートな僕が過ごした1年間 作:あずももも
「さて」
せっかく女の子になったのに色気の欠片もないっていう悲しい事実は置いておいて現実の話をしないとな。
僕が女の子――幼女じゃないって信じたい――1ヶ月が経ったことになる。
正確には40日くらいだけど毎日が日曜日な僕にとっては誤差の範囲だ。
外は春休みから春を通り越してもう初夏へと季節まで変わってきている。
貴重な4月っていう春まっさかりを引きこもって過ごしてしまったことになる。
普段だったら食材の買い物と散歩とで季節感くらいはあるもんだけど……今は完全な引きこもりだから実感がすごく薄い。
月単位の引きこもりはもう何度かやらかしたしこれといってたいしたダメージはないんだけど、気分のいい春を逃すっていうのは僕にしても珍しいこと。
寒すぎる冬と暑すぎる夏とじめじめし過ぎる梅雨くらいな良くあるんだけどな。
けど良い季節なんだし、そろそろいい加減に外に出ないとおかしくなりそうし。
窓際でひなたぼっこをしたり筋トレとかで体を動かしたりしてしのいできたけど、さすがに体も心も悲鳴を上げているのがわかるようになってきているもん。
僕の家に幼女な僕が居るって知られたらおしまいだからカーテンも窓も開けられないのに家から出ないんだもんな、そりゃあそうだ。
洗濯物を干すときだけ道に面していなくって狭いベランダでささっとだけど、そんなのは全然足りない。
日照時間が少ない地域の人って鬱々しやすいらしいし、しょうがなかったとしても体にも心にも良くない気がする。
……とんでもなく弱い負荷の運動しかできないうえにすぐバテるから筋肉痛すら起きないして当然のように筋肉もつかない体らしい。
なんてことだ。
もやしよりも下のランク……鶏ガラかなにかか今の僕は。
体が上げる悲鳴っていうのは体がにぶるとかなまるとかそう言ったのとはまた別の感覚、引きこもっていたとき良く感じてた感覚。
………………………………前はよく数ヶ月単位で引きこもれたなぁ。
克服しちゃった今となっては絶対にムリだし絶対やりたくもない。
完全に引きこもるっていうのは若いからできたことで、大人になった今じゃムリな耐久レースなんだ。
心にとって大切だからこそできたこと、今の僕には必要ないもんな。
引きこもる才能を失った代わりに社会に適応できたとも言う。
どっちが良いのかは分からないけども。
さてさて。
いい加減に外に出たいけど……最近はちょくちょく真夏日も出てきたし、今日も多分暑くなる。
あのときみたいにフードの中に髪の毛をぎっしり詰め込んで出歩くのにはかなり難しそうだ。
汗だくになって気持ち悪くなりそうだし。
あのときだって帰ってきたときには結構背中までじっとりとしていたし。
かといっていくら男の格好をしたとしても、さすがに腰まで伸びている髪を出しちゃうとご近所の目がなぁ……。
万が一にでも見られちゃったらお散歩中のご老人とかママさんネットワークを通じて数日後にはみんな知っているということにもなりかねない。
お隣にまで届いてしまったら……僕を母さんたちごと知っているあの人だ、絶対に突撃してくる。
それほどまでに口コミとは恐ろしいもの。
用心しすぎてもしすぎることは決してない。
ご近所への聞き込みは捜査の定番だって探偵ものでもやってるしな。
◇
「ん――……?」
首をひねる。
そんなクセはないんだけど、してみたら髪の毛が首筋をさらさらってくすぐったくて気持ちいいって知ってからはクセになったらしい。
それならどうしたものか。
コーヒーをすすりながら考えるも都合のいい方法が思いつかない。
番組はつまらないしCMも興味がないからなんとなく手元に視線を落とす。
僕がテレビをつけっぱなしなのは単純にBGM兼時報が欲しいから。
ネットだとおもしろくて1日が終わっちゃうから考えごとには向かない。
……コーヒーの香りは変わらずに良い。
味覚と嗅覚はそこまで変わってない証拠。
ただ炭酸だけが苦手になったんだ。
そのコーヒーはなんとなくでブラック。
黒い液体の上に浮いている僕の薄い色の瞳と目が合う。
下を向くとぱらぱらと前へと流れてくる髪の毛。
きれいではあるし僕は長い髪のほうが好きだけど……それにしても長すぎるよな。
そんなことを毎日のように思っていたんだけど、今日の僕はひと味ちがったらしい。
「あ」
そっか。
なんで今まで思いつかなかったんだろう。
思いつきって不思議で、その瞬間までは分からなくて当たり前なのにその瞬間からはなんで思いつけなかったのかが不思議になる、あれ。
その思いつきってのは散髪だ。
もちろんセルフで。
毎朝毎晩の手入れに外出のときにどうするかって、そもそもが邪魔な存在なんだ。
それならいっそのこと思い切ってばっさり切っちゃえばいいじゃないかって。
ようやく慣れてきたって言っても毎朝寝ぐせと一緒にほつれを梳かさなきゃだし、お風呂じゃ今までの倍以上の量のシャンプーを倍以上の時間をかけてしなきゃいけなくてリンスとかまで使わないといけなくて。
ドライヤーに10分くらいかかるし、その後にまた梳かさないといけなくて。
調べたら本当はもっとめんどくさいらしいんだけど、めんどくさいことは長続きしないからって適当なところで妥協した結果だ。
特にベッドでごろごろしているときは意識しておかないと髪の毛を手や体で引っ張ってしまって痛い思いまでするし、そんな髪の毛は短くしちゃえば良いんだ。
ほんと、どうしてこんなにも簡単なことを僕は……。
男のときの短さにするのはさすがにやりすぎだけど、肩くらいの長さ……ミディアム何とかとかいうんだっけ、くらいならいけるだろう。
それなら男でも女でも通用するしな、むしろちょうど良い。
自力で伸ばしたわけでもないし、そこまで未練もないんだし。
むしろ邪魔すぎて持て余してたんだ。
ちょっと合いそうな髪型をネットで調べてみて……と。
「………………………………………………よし」
そうと決まれば早速だ。
残りのコーヒーをがっと飲んでむせそうになって、両手でテーブルとイスを掴みながら踏み台というワンクッションを置いてすたっと着地。
すっかり慣れた一連の動作は華麗だ。
はじめのころはバランスを崩してよく転んでいたけど今は平気。
油断さえしなければ大丈夫だ。
油断さえしなければ。
引きこもりすぎて対人恐怖症を患っていたときに自分で髪を切るために使っていたハサミとかの道具を軽い足取りで探しに行くことにする僕。
捨てた覚えはないし、どこかに一式でまとめてあったはず。
後ろを見る用の折りたたみの鏡とか梳きばさみとか髪を留めるやつとか便利グッズをぜんぶまとめてどっかに。
洗面所の下のほうかな。
思い出しながら歩く。
切ったあとの涼しさと軽さを想像して心なしか体も軽い。
ささっとさっぱりしてさっと外に出てさっと歩いてこよう。
残念ながらまたしても特別な休日な連休だからきっとこの前よりも混んでいるだろうけど、外で食べるのもいいかもな。
さすがに今回はあんなことにはならないだろうし。
この、長いあいだずっと日の光の下を歩かないでくさくさしているこの感じも疲れるまで歩けばなくなっているだろう。
日の光に当たって運動をすれば大抵のやなことはなくなるんだ。
……………………ひと月ぶりの外。
買い物もしたいしぶらつきたい。
ビジュアルは思い浮かぶけど名前は思い出せない小物とかオンラインでは探しにくいものなんかも買いたいし、あとは…………。
そうやって僕はご機嫌だった。
◇
◇◇◇≡≡←
そんな僕を悲劇が襲う。
襲われた僕は情けない悲鳴を上げて縮こまる。
「ぴぃっ!?」
どっから出たのか分からないようなもはや電子音にも近いような叫び声。
それが僕の口から出たものだって気がつくまでに時間がかかったほど。
長期間声を出さないと声が出なくなるあの現象を避けるために適当にひとり言をぶつぶつしていたときで聞き慣れているような……高めだけど落ちついている柔らかい印象の、この体の喉からの声。
それとは違う金切り声に近い声。
それを僕のだって認識してから「こんな声出るんだ」って思った。
そうしてちょっとして落ち着いてくると頭も動くようになる。
「………………………………」
現実逃避は止めにして目の前の現実を見る。
現実だって信じたくない現実を。
いつだって僕は引きこもり体質なんだ。
うるさいくらいに頭の中でまだばくんばくんと響いている心拍の音を聞きながら目をそろそろと開けてこわごわきょろきょろしてみる。
肌から感じる感覚的に……無意識でお風呂場の隅に縮こまるように張り付いていたらしい僕の反対側の壁に刺さる、さっきまで持っていたハサミ。
僕の指から抜け出て水平飛行してタイルに衝突してそれを割って奥の壁にまで刺さったそのハサミは、まだびぃぃぃんって音を発しながら動いている。
動いたんだ。
飛んだんだ。
刺さったんだ。
ハサミが。
無機物が。
刃物が。
落っことしたとかそう言うわけじゃなくてよく分からない力で。
びっくりした。
どれだけかっていうとここ10年ほどでいちばんの衝撃ってくらいに。
……今のはなんだったんだろう。
そろそろと床に着いたひざがお風呂場のタイルで冷たいけどそんなのはどうでもいい。
さっき僕は、外の気分を想像して浮かれたままでお風呂場に着くと同時に服を。
シャツとパンツだけだったそれを取ってすっぱだかになって、鏡をセットして髪の毛を思いっきりすっきりさせようっていい感じのところに差し込んだんだ。
つい30秒くらい前のことなんだ。
切ろうとして指に力を込めて、でもなんでか切れなくて、なんでだろってさびていないことを確認して……きっと今の僕は指の力までが衰えているんだって思って力をかなり込めて切ろうとしたんだ。
そうしたらハサミが生き物のようにうねうねと動き出してもがき出して指から抜けたかと思ったら、見えなかったけどたぶん……飛んで刺さった。
壁に。
タイルに。
しかも薄いとはいってもタイルっていう石を粉々にして深々と。
あんな力、どれだけびびってても今の僕からは絶対に出ない。
「…………????」
頭の中は疑問だらけ、体はそうそうない驚きと恐怖に縮こまっていて考えがまったくまとまらない。
頭ががんがんしてくるし指先まで震えている。
そうしているうちにハサミが発しているなにかはゆっくりになって行って、がしゃんって嫌な金属音を立てながら床に落ちた。
「………………………………………………」
警戒する。
「………………………………………………」
今度はいったいどうなるんだって。
「………………………………………………」
………………………………………………。
「………………………………………………」
……さすがにもう動いたりしないみたいだな。
壊れちゃったそれはどう見てもメタリックな金属なのに、今の僕にはこれが得体の知れない未知のなにかにしか見えない。
動きを止めたように見えるその物体を見つめながらじりじりと警戒を続ける。
「………………………………………………」
もう大丈夫……だよな?
ぜんぜん動かないし。
でも万が一のことはあり得る。
というかたった今起きたところだし。
野生動物とばったりこんにちはしたときの知識が浮かんだから刃物に背中を向けないようにしながらドアまでたどり着いて、刺激しないように音を立てずに体を滑り込ませて……ぱたんと閉める。
「………………………………………………」
動きはないみたい。
終わったのかな……?
浴室の外に敷いてあるタオルに座り込む、というよりは崩れ落ちる。
脚ががくがくしてる。
……本当に怖いときはこうなるんだ。
僕は今までこうなったことなかったから知らなかった。
「………………………………………………」
あの瞬間はあまり覚えていないけど、髪を切ろうとした瞬間のすごい音と風を感じるほどの相当な威力、速さ。
そうして深々とタイルに突き刺さっていた光景。
単純に驚いたし今になって「刃物が勝手に動いた」っていう事実に恐怖がこみ上げてくる。
心臓に悪い。
まだばくばくしてる。
あれがもし僕の腕とかに当たったりしたら……とか考えちゃったとたんにぶわっと毛穴から冷たいものが吹き出る感覚。
「……ふぅっ」
髪の毛が落ちるだろうからとすっぱだかになっていたけど、刺さったあとに跳ね返ってきたり衝撃でタイルの破片とかが飛んできたりしなくてケガをしなかったのが幸いだな。
この薄すぎる肌だからちょっと当たっただけでもただじゃ済まないだろう。
いや、刃物の前には男の肌だって簡単に切れちゃうだろう。
「………………………………………………」
少しだけ震えが収まってきて手足に力が入るようになる。
僕は意を決してもうしばらく耳をそばだてて警戒して……そっと、そーっとドアを開けてお風呂場を覗く。
そこにはさっきの状態のままで転がるハサミとタイルの破片たち。
壁はハサミの先端の形にえぐれて中の土……漆喰が覗いている。
「………………………………………………」
もう動きはない……みたい。
だけどここにきて予想外の出来事が起きたことで、今さらながら分かったことが最低でもひとつ。
――僕の姿が変わったこと。
これは紛れもなく超常現象の類い。
だけどどっちかっていうとこれは呪術とか魔法に近いもの。
でもそれは僕をこの姿にしただけで終わったわけではなかったらしい。
その効力はまだ僕にかかり続けているらしい。
そんな嫌な事実を知った。
理解せざるを得なかった。
「………………………………………………さむ」
体はすっかり冷え切っている。
かいた汗で冷え冷えだ。
もそもそと服を身につけて……パンツがすーすーして寒くって、今でもまだなんとなく怖い感じのする風呂場から離れる。
別にそこまで暗くはないからって電気をつけていない廊下。
さっきまでは何も感じなかったのに、今こうして歩いていると後ろからあのハサミが狙っているんじゃないかって不安で仕方がない。
なんども振り返る。
けど、さすがに映画みたいにホーミングしてきたりはしないらしい。
……ホラー映画を見たあとと同じでそう感じているだけだって知ってはいても、怖いものは怖いんだ。
…………なんで今さら。
なんで、今さらなんだ。
なんで今さら新しいことが起きるんだ。
勘弁してよ。
僕が何か悪いことしたのか。
「…………ぐす」
くしくしって腕で目じりを拭う。
……泣いてなんかない。
泣いてなんかないんだ、びっくりして出ただけなんだ。
20にもなった男が怖くて泣くはずなんかないんだから。
僕はとぼとぼと廊下を歩く。
……僕はただ誰にも迷惑をかけないでひとりで静かに生きていたいだけなのに。
どうしてこんなことになるんだ。
女の子になったこともハサミが飛んだりすることも。
……生きるのって本当にとっても面倒。
ただ生きるだけなのにな。