【改稿中】銀髪幼女にTSしたニートな僕が過ごした1年間 作:あずももも
リムジンって現実に存在したんだ……もちろんバスじゃない方の。
細長い、真っ黒だったり真っ白だったりするあれのこと。
この年になって初めて実際に目にした。
というか今僕自身が乗ってるしな。
映画の中とかの架空の世界のものだと思っていたんだけど、こうして実際に乗っている以上には信じないわけにはいかない。
こんなに狭い道ばかりの国でよく乗るよね。
大通りじゃなきゃ曲がれなさそう。
高級感なんだろう、押し返してくる感じのクッション性のある革張りな車内から「世界は広いなぁ」とか「お金ってあるところにはあるんだよね」って思う。
大人でも8人くらいは対面で座れそうな感じの広々とした後部座席のような空間。
しかも僕がさっきまで載せられていた脚つきの担架みたいなものがトランクに収まっているあたり、この車が……リムジンっていう存在がどれだけ長細いのかがわかる。
その中に、運転手さんと助手席の人を除くと僕以外には1人だけ、夏のあの山で会ったときから変わらない姿のあの人しか乗っていないっていうのはなんだか贅沢な気がする。
まだまだぼーっとしていたけど少しずつ体の力が……あたたかさが戻って来て力が湧いてくるようになってきた。
背もたれとドアにもたれかる感じになっていた僕は、少しずつ体を起こしてみる。
……うん、もう自分で体を起こしても、なんともない。
気持ち悪くもなんとも。
不思議。
「……あの」
「…………うん? もう大丈夫なのかな? ずいぶんと早いようだが」
「はい。 まずはお礼をと……助けていただいてありがとうございました」
頭を下げた僕をしばらく見ていたらしいその人がぽつりと言う。
「本当に……本当に大丈夫なんだね? 無理をしているとか」
「? いえ、別に……ほら、こうして」
「……………………………………そうか」
腕を適当にぷらぷらして見るけどあんまり見てくれない。
まぁ心配するよね……あれだけ血まみれになってたんだもん。
と言うか服が台無しって言う段階をはるかに過ぎている気がするし。
あ、こんな服で革張りの高級車に乗っちゃって良かったんだろうか。
そう思って慌ててお尻の下を見たらタオルが何枚も重ねてあって、さらに言えばそれらに吸い込まれている血の量は大したことないみたい。
「……ほっ」
車の革の張り替えとかどれだけお金かかるか分からないから安心した。
でも不思議なくらいに平気だ……もうあのときみたいにえずいたりこみ上げてくる感じっていうものがもうなくなっている。
こうなったときみたいにいきなり治ったらしい……ほんとなんでだ。
「私たちはすべて分かっている。 無理はせずとも構わないよ」
すべて?
……ああ、みんなに心配かけないようにって言うやつか。
「改めてありがとうございます。 あなたたちのおかげで……病院のこととか友人への説明とか、それも僕があんなことになって動けない状態で、あの子たちの心配をこれ以上させない形で僕を連れ出してくれて。 あの、話すことすらできない状態で困ることがなくて本当に助かりました」
けどここからどうやって帰ろう。
まぁこの体だと大変だけど歩くしかないよなぁ……タクシーとかは血まみれで乗れないし。
いや、コートを羽織って隠せばいけるか。
「服はそこだよ」
そんなことを思っていたら指を差され、見てみるとさっきまで枕にしていたのは今日着て来たコートやパーカーとかマフラーに靴……さらにはぱっと見ても僕のサイズに合っていそうな……たぶん新品の服。
……え?
僕のサイズの服?
どうしてこんなの用意してあるの?
いやまあ助かるけどさ。
「こうなることがわかっていたかのように」用意が細かすぎる気がするけど……担架とかたくさんのタオルとかを積んでいるあたり、家族の人とかに病気の人がいたりするのかもしれないし、なによりなんだかすごく手慣れている感じだったし……深くは聞かないでおこう、今日の僕は助けてもらった立場なんだし。
「このくらいはなんともないさ。 君がしてくれたことに比べたら、な」
「? ……ああ、あのときの。 いえ、ですから僕は本当に」
彼女は、ばさっと脚を組み替えて腕を突き出し、僕が言おうとすることを遮ってくる。
「君があのときに気づかせてくれたおかげで、長年悩んでいたものが嘘のように解決したんだよ。 なにしろ過剰なくらいの化粧をしたおかげで仲良くしたかった子供たちから怖がられるのが……見られただけで泣き出す子までいたのに今では懐いてくれている。 ……いやまったく、いい歳にもなってきたし化粧はいいかと止めていたのが……まあもともと好きでもなかったのだが……最低限にしていたのが何だったのかと言うほどだ」
それは良かったんだけど……顔のケガの跡くらいでそこまで言う?
大げさじゃない?
そうは思うけど、あのときのお礼でここまでしてもらえてるんだから甘えておこうっと。
「今はここにいないが奴も……連れ合いの眼帯の爺、奴も同じように喜んでいた。 まずは彼のぶんももういちど礼を言っておこう」
「いえ、僕も今日こうして助けていただきましたし」
頭を下げるしぐさをしそうだったから、あわてて遮っておく。
「ふむ。 そういうことならこの話は仕舞いにしておこうか。 ……で、だ」
ふうっと息をついて煙草を取り出したけど僕を見てしまい直した彼女が訊ねてくる。
「その様子で判りはするが……どうかな、体は」
「あ、はい、まだ少しだるいですけど大丈夫です」
「それはよかった。 私の見立てでも……詳しいことは後で話すとしても君の体はどこも傷ついたりはしていないようだ」
え?
「先ほど君を運んだ者の中に軽く全身をチェックしてきた医者がいただろう? あれから聞いた限りでは直ちに問題のある損傷は見受けられないとのことだ」
「はぁ」
あー、でも1回は病院で診てもらわないとかなぁ……だってあれだけ血を吐いたんだし。
人間ドックとか、そろそろ受け始めようかなって思ってたしちょうど良いかも。
……あ、でも検査項目的に前の僕じゃなくて今の僕として受けた方が良いのかな。
「そして吐血は君自身のものではなく」
リムジンって映画とかでみる感じにテーブルあるんだね。
そう思っていた高そうなテーブルの上に手を突いてぐいっと身を乗り出してくる。
「君自身は……あれだけの血を失っていたとしたらまず動けないはずだ。 しかし家の者が問題ないと判断したし、実際にそうして顔色も戻っているしな。 ……推測するに、吐瀉物はただの反射で胃から出てきてしまっただけのもの。 その嘔吐からまた『君自身のものではない吐血』につながっていた……のだと考えているのだが、どうかね?」
何言ってるんだろうこの人……あんな血、胃から出るわけないじゃん。
いや、胃潰瘍とかならなるのかな。
……ああ違う、この人は大事にしないようにしてくれてるんだ。
だって普通の人ならあのときの僕を見たら救急車呼ぶし。
呼ばないでって言っても呼ぶに決まってるからやっぱり気を遣ってくれているんだろう。
普通の人ならそういうのはしないだろうけどこの人たちは外国人だ、内々に済ませたいっていうのを汲んでくれた違いない。
まぁ元旦だし病院混んでるだろうし……どうせあの血も魔法さんがくしゃみしたとかそういうのだろうし、きっと大丈夫だろう。
念のためにまた具合悪くなったら今度こそ病院だけども、僕には魔法さんっていう元凶が居るだろうって言う確信がある。
「あぁそうだ、口の中も気持ちが悪いだろう。 これを飲むといい。 ちょうどいい温度になっているはずだ」
「あ、どうも」
いつの間にかテーブルに置かれていたカップに手を伸ばす。
少し嗅いでから飲んでみたらなにかしらのハーブティー。
飲んだことはあるんだけど銘柄なんて覚えていない。
でも多分かがりに連れられて行ったどこかで飲んだはず。
……みんな今ごろ片付けとか、りさりんのお家の人への説明とで大変だろうなぁ。
だってあそこは血まみれだし……吐いたんだからきっと、さっきまで食べていたものが混じっているっていうひどい有様だろうし。
すっごい迷惑かけちゃったなぁ……元気になったらお詫びに行かなきゃ。
こんなことになるって知ってたら行かなかったのにね。
……いや、話の流れで性別のことについては説明できたんだ。
たったのひとつだけだけど、でも僕の嘘について魔法さんの介入なしに言えたっていうのは……いやいややっぱりかけた迷惑がすさまじいだけに……うーん。
「……んく……さっぱりしました」
「よかった。 ……しつこくて申し訳ないが改めてどうかね、体の方は」
「はい、どこも痛くはないですし気持ち悪くもなくて……さっきみたいになりそうな気配もありません」
「うむ、元に戻ったようでなによりだな。 いくら体に影響がなかったとしても間違って気管の方に流れていたりでもしたら今ごろはこうしてのんびりと話してなんかいられなかっただろうしな。 分かっていて君の回復を待っていたのもある――しかしこの前は驚いたよ。 ずいぶんと時間が経ってしまったから私たちのことを忘れていたと思っていた君から、連絡が届いた先日にはね」