【改稿中】銀髪幼女にTSしたニートな僕が過ごした1年間   作:あずももも

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46話 彼の、準備 1 1/6

家もまた生きているらしい。

 

あくまで比喩表現だけど、そういうものをどこかで目にした覚えがある。

 

なんでも家っていうものは……本当かどうかわからないけど……人がしばらく留守にしているだけで変わるんだ。

 

木の匂いが強くなったりくぐもったような臭いが漂ったり、ほこりっぽいとかかびっぽい臭いになったり。

 

そういうものが強くなっていた、僕の家。

 

元旦って言うおめでたい日に血を吐いてイワンさんとマリアさんに頼った先で入院して、しばらく空けていたから。

 

……この家には20年以上住んでいる。

 

そのうちの15年ほどはずっと、1日のうちの半分以上を……まぁ旅行とかでそれなりに空けたりはしていたけど……ここが僕のすべてだった。

 

だからそれだけのあいだ、ずーっと僕が住んでいたわけなんだけど。

 

「変わっちゃってたな……けほ」

 

もちろんその理由も、科学的な理由というものもまた知っている。

 

まずは単純に換気してないから。

 

長期間家を空けるのなら絶対に窓なんて閉めっぱなしなわけで、だから空気が変わらなくって臭いが変わるというのがひとつ。

 

あとは……文化的にほとんどが石造りの家はどうなるのかは知らないけど木造の場合。

 

僕たち生きものから出て漂う、肌や息に含まれている油っていうものが壁紙や木の床、そういうものに吸い込まれたりして、つまりは僕たちが自然と吐き出す老廃物を吸い込んで……考え方はなんかヤだけど体臭を吸収して嗅ぎ慣れるような、「自分の家の匂い」になるんだとかいうのある。

 

らしい。

 

他にも理由があったと思うんだけどそこまで知りたいわけでもないし、ほんとかどうかわからない今みたいな理由でもそこそこに満足しているからどうでもいいや。

 

「さむっ」

 

こうして家の中へ……ほとんど1か月ぶりに入った家の中に入って窓を開けて、2月の空気を感じつつ……寒いけどちょっとだけ家全体の換気をしていながら感じている感想がそれだ。

 

しっかし見事なまでに踏み台だらけだなぁ……家の中のどこへ行っても必ず、今の僕になったばかりのときに仕入れた便利で必要不可欠なそれがてんてんとしている。

 

僕が必要だったから用意したものではあるんだけど、最近は見ていなかったからなんだか違和感がある。

 

まぁいいや。

 

冬眠、3ヶ月も意識がなかったときでもこんな感傷は抱かなかったのにねって思う。

 

まぁあのときはそれどころじゃなくって、立て続けにいろんなことがあったからわからなかったのかもしれないけど、あのときでさえここまで匂いっていうものが気になるっていうのはなかった気がするのに。

 

不思議だ。

 

あのときは一応、僕の体自体は部屋にあって最低限の呼吸をしていたからなんだろうって思う。

 

それに僕自身がずっと家にいたっていう意識もあったんだろうなぁ。

 

――それよりも時間がもったいない。

時間はもう限られているんだ。

 

持って帰ってきた荷物を適当なところに置いて、買ってきたものを用意して。

 

じゃあ、はじめよう。

 

邪魔な髪の毛を後ろで縛って服の中にしまい込んで、僕はゴミ袋をばさばさって開け始めた。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

画面の中。

 

ねこみみとポニーテールっていう目の前で座っているふたりがその中で歌って踊って間奏でアピールをして、もう1回おなじことを繰り返して……そういうのをちょっと見てたら数分間のライブっていうもののうちの1曲が終わった。

 

音が完全に止まないうちから拍手の音に続いて聞いていた人たちの声が反響して聞こえてきて、映像が止まる。

 

知らない人とかのそれとは違って、知っている人たちの……まぁ今は目の前にいるからさらになんだけど……だから迫力があるというか吸い込まれるというか。

 

うん、応援したくなって楽しくなる気がする。

これもまた不思議なもの。

 

「どうかな、響くん。 それ、おとといのなの」

「……えへへ、知り合いに観てもらうときって、やっぱり恥ずかしいですにゃ」

 

顔を上げたら栗色のポニーテールさんと目が合って、その隣を見ようとしたら……ぱっと背けられた。

 

ねこみみさんは恥ずかしがり屋さんだもんね。

 

横顔しか見えないから代わりにその上の黒いねこみみを見る。

 

……今日は触らせてくれるんだろうか。

 

それが重要だ。

 

さすがに1番じゃなくて2番目だけど。

でも触りたいし。

 

「えっと。 ……あまり僕はこういうの観る機会はないんですけど」

 

とりあえずライブってのを録画だけど観たんだから感想だ。

だって本人たち目の前にいるし。

 

「すごいですねライブって。 おふたりの周りをちらっと映しただけでもこれだけの人が集まって、光る棒とかを振っていて。 もちろんおふたりも……10曲以上なんですよね、通しで。 それだけのあいだずーっと歌って踊って。 なんというか、ものすごい体力と人に見られ続ける耐性……度胸? それが要りそうって思いました」

 

きれいな衣装を着て、上からの光できらきらと光っていて。

 

その上に……その練習からも含めると考えられないほどの時間を、こうして人に見られていなくっても歌って踊ってを繰り返し続けて。

 

……たとえ練習だけは人に見られないとしても僕には無理だな。

 

そもそもがもやしを受け継いだ貧弱だし。

やっぱりなにがあっても絶対にやりたくないお仕事だ。

 

そう、ここに深く誓う。

 

「おやー? 私たちのかわいさはー?」

「あ、はい、おふたりともとても素敵でした」

「あ、ありが」

 

「綺麗な衣装と……髪型も凝っていますよね、それでずっと歌いながらいろんなポーズを取っていて。 おふたりは今でも美しいですけどこの瞬間はもっと輝いているって思います。 僕からしてみれば大胆な衣装ですけどそれが」

 

「ひ、響くんストップ! もう充分だから!」

「にゃ、にゃ……っ」

 

もう良いの?

 

案外さらっとでいいんだな……それもそっか、普段から言われ慣れてるもんね、きっと。

 

「……あー。 こ、こほんっ」

 

ん、ちょっとポニーさんが赤い……怒ってないよね?

 

「あ、ありがと……ま、まー大変といえば大変ですねー」

「普通の人の体力では無理なんじゃないですか?」

 

「そーですねぇ。 本番も、完全に終わるまではハイになっているのでなんとかなるんですけど、それから何日かは私たちでさえだるだるですし。 ツアーみたいなイベントのときはぶっ続けで止まれませんし、その前ももちろん何十回も披露しますし……その前にはカタチにするための練習もイヤってほどしますし? 体力仕事ですねぇ」

 

10年もそれを続けている岩本さんでさえそういう感想があるんだ。

 

「ですけどね、体力なんかはやっているうちに……ま、いろいろと鍛えさせられるんです。 強制的に。 いえ、やっているうちに楽しくなってきますから、それに合わせて体力もしぜーんとついて来ますし? それに体動かして歌うのって楽しいんですよ。 振り付けしながらカラオケしていい感じに歌って踊れて、それを人に見てもらっている感じかな?」

 

あざといポニーテールさんは首をかしげながら僕を観察している。

 

その隣をちらっと見てみるも、まだねこみみしか見えない。

 

「!」

 

……あ、目が合った……って思ったらすぐにまた逸らされちゃって、代わりにしっぽがくるんとしているのが見えた。

 

ねこみみとしっぽ、いったいどっちを。

いや、ぜひぜひ両方を。

 

「んくんく……ぷは。 ま、それが本気で楽しめるのは若いうちですけどね」

 

そういうこと言うからおばさんって言われるんだよ?

あ、いや、僕の感想じゃなくてネット上でのお決まりのヤジ的なやつで。

 

「この前言ったように、若返る直前なんかはだいぶキツくなってましたしね。 とりあえずは大学を終えるくらいで変わり始めて……はぁー、ほんっと、こうなってしみじみと感じていますけど、若いっていうのはとにかくそれだけで素晴らしいのよー」

 

「……だからそういうのがオバサンっぽく」

「なにか言ったのかなぁ、みさきちゃん」

「いーえ、なんにも言っていませんよ?」

 

「そう? ならいいけど」

「……にゃ」

 

ある日に「ちょっと会えますか?」って聞いたら「いいよ? 今?」って軽いノリで会ってくれたふたり。

 

……よくよく考えると今をときめくアイドルさんってやつだし政府の広報とかしてて結構忙しいのに良く会ってくれるなぁ。

 

まぁいいけど。

 

「それでね、私も今でこそ……物理的に若くなったからこそ体が軽く感じるので全力で楽しめるようになって、戻っていますけどね? ……あと何年かでまた来ちゃうだろう学生時代の終わりを感じ始めたら、今度こそ早めにってお願いしてるの。 だって私たちってばこんなことになっちゃったし、今後は歌だけに絞ってその分をねこみみ病関係のお仕事にするんです。 みさきちゃんはともかく私はもうアイドルってのを充分やったかなー、そう感じてるから」

 

「!」

 

よく見ると、お店の空調で島子さんのねこみみが、ねこみみに生えている毛が……ふわふわとしている。

 

ふわふわ。

 

目が良くなったからこそ、近視と乱視がなくなったからこそ。

背が低くって見上げるのが自然になっているからこそわかった、その事実。

 

「……!!」

 

どうにかしてあれを、今日も。

 

「やーな話聞かさないでくださいにゃ。 ていうかそれ、事あるごとに言ってるじゃないですか、ひかりさん。 そんなことばっかり言っていると未だに狙っているあの人……あぁ、響さんはご存じでしたにゃ? そうですにゃ、今井さんみたいですにゃ?」

 

「うげ」

 

今井さん。

悪魔さん。

 

あの人、冬眠の時期でも……なんの返事もしなくても週1以上のペースで延々とメールを送りつけてきていた、正直に言って今でも怖い感じの。

 

「良いんですかゃ? 今井さんですにゃ?」

「良くない」

「ですよね」

 

あ、身近な人たちからもそういう評判なんだあの人……強引だもんね。

 

「でもね、分かるのよ……今ならちょっと。 だってね? つい。 つい……なんでか知らないけど響くんには言いたくなっちゃうのよ、今みたいなの。 なんでかしらねー、聞き上手だからかな」

 

「ただ聞いてるだけですけど」

 

「それがなんか違うのよねー。 みさきちゃんもそう思うでしょ?」

「言われたらそうかもですにゃ?」

 

そうなの?

 

僕、ほとんどの会話は素通りしてるのに。

……こういうのって意外とばれないんだね。

 

大切な特技として秘密に取っておこう。


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