【改稿中】銀髪幼女にTSしたニートな僕が過ごした1年間   作:あずももも

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8話 動揺に次ぐ動揺 2/2

僕は普段ぼーっとしているように見えるらしい。

外に居ようと頭の中は家の中だからだろうな。

 

興味のあること以外に関心を一切に向けていないって言うのが分かる。

それが僕って言う生物の生態だからしょうがない。

 

だからと言って話しかけやすい雰囲気を発したりはしていないらしくって、お店とかでも基本的に話しかけられたりはしない。

 

間違っても、お店とかじゃない普通の道で……場所とかを尋ねられることす二十数年の人生でも数える程度だ。

 

だから声をかけられた相手が僕なんだって最初は気づけなかった。

だって僕に声をかけてくる人なんて居ないって思ってたらそうなるよね。

実際学校だって電車でそこそこのところだったしで地元に知り合いも居ないし。

 

あと、単純に声がものすごく遠く……高いところからだったってのもあるかな。

身長差は劇的だ。

 

「そこの方」とか「あの……」とか「お忙しいところを」とか一生懸命誰かに声をかけようとしてる人がいるんだなーって思ってたらまさかの僕だっただなんて思うはずもないんだし。

 

見知らぬ人から声をかけられたって、それが僕だったらしいって気がつくまでかかっちゃったのはしょうがないこと。

 

だからやっとのことで顔を上げてその人と目が合って僕らしいって分かったけど、だから何だって思う。

 

僕?

 

雰囲気的に僕だよな。

 

けど何で僕?

 

最初に浮かんだのはそういうハテナだけ。

 

邪魔にならない良い感じのところに立っている僕の目の前にその人は居るんだし、声をかける相手を間違えたとかいうわけじゃなさそう。

 

目は合い続けてるし。

 

けど……なんで?

 

いや、ほんと。

ていうか誰。

 

今の僕は子供だから知り合いなんて……それにしてもでかいなぁこの人。

 

目が合う、つまりは僕が伏せていたらしい目を上げてから首を上に向けて行って照明とかがちかちかするって感じるくらいになってようやくの角度。

この体になってから慣れた上を向くっていう動作のまま固まる。

 

……そこまで近くないのにしっかりと上を向かないと目が合わない。

深刻な身長差だ。

 

普通のイスにも座るんじゃなくてクッション敷いた上で正座とか女の子座りで乗るって感じなんだもんな。

 

うん、知ってた。

 

けどもその人を見て思う。

 

……黒いスーツって暑そう。

 

こんなに暑くなってきたのに……制服とかとおんなじで夏服とかあるんだろうか。

大変だなぁ社会人は。

 

そんなことをスーツに袖を通したこともないニートな現幼女が思う。

学校が制服だったからスーツ要らなかったもんなぁ。

 

「改めてお忙しいところを……いきなりで済みません。 私は萩村と言って……こういう者です。 芸能活動。 ……ご興味は、おありでしょうか」

 

とつとつと話す人って僕は好き。

だって僕自身も台詞を考えないと発音できないタイプだからその気持ちが分かるし、嘘をついてなさそうって思うから。

 

あとなによりもそういう人って話すのがゆっくりだから楽って言うのもある。

聞き取るのだって集中力が要る僕みたいな人にとって、おしゃべりな女の人……お隣さんみたいな人は天敵なんだ。

 

で、僕が一方的に好印象を持ったその人。

 

元の僕よりもずっと背が高くて体格がよくって、元の僕くらいの年齢と見る。

普通の人は社会人って言うものだからもしかしたら僕より若いのかもな。

ほら、苦労が少ないと若く見えるっていうし。

 

その、萩村と名乗る彼はかがむようにして……それもわざわざにひざを下ろして僕と無理なく視線を合わせられる高さまで下がってきて名刺らしきものを渡してくる。

 

ふむ、真摯で紳士な人だな。

確かに上からのぞき込まれる感覚は好きじゃないから嬉しい。

 

背が縮んでから分かった気持ち。

 

……けど、芸能活動。

 

これっぽっちもご興味ないけど?

 

反射でそう思ったけどもちろん口にできるわけはなくって……とっさに頭の中だけで反応しているうちに名刺を受け取っちゃったけど、これって勧誘っていうものなんだよな?

 

そう言ってるし。

いわゆるスカウトってやつ。

 

怪しい系のしか思い浮かばないけど……さすがに子供にそんなことを白昼堂々としてくるわけはないから純粋なそれだと思う。

 

けど本当に町中でするんだな。

今時はネットで応募って印象だったけど。

 

「………………………………………………」

 

「その他大勢」っていう素通りされるはずのグループに属してきた僕。

こんな風に知らない人からアプローチを受けたのなんて初めてだから、どう対処すればいいのか分からない。

 

「………………………………………………………………………………………………」

 

……どうしよう。

 

こういう場合にどう反応すれば良いのか、さらっと断るシチュエーションはいろいろあるんだけど、肝心のその知識が全て人からの借りものだから実戦なんてできない。

 

ぽけーっと名刺を受け取ったままで口も開けたまま、ただその人の顔を見るしかない僕は年相応に見えたんじゃないかな。

 

 

 

 

でも僕はNOって言えた。

偉い。

 

相手が男の人で、それも歳が近いからだろうけども。

不幸中の幸いっていうやつだな。

 

「ご興味は」

「ないです」

 

「歌とダンスとトーク……どれかだけでも」

「だからありません」

 

「ええと、こちらに載っているような、あなたのような若い世代にも人気の」

「まったく知りませんし興味もありません」

 

「しかし」

「僕に構っても時間の無駄ですよ?」

 

こういう営業や勧誘に慣れている手合いには感情的にならずとことんセメントでばっさりの応対が鉄則。

 

知識としては知っていたけど実践するのは初めて。

インターホンとか電話越しで経験をちょっとだけ積んだ記憶で無理やりに口を動かす。

 

けど初めてにしてはなかなか良い感じなんじゃないかな?

みじんも希望を持たせない口調できっぱり断ってるしな。

 

「どうか1度だけ」

「残念ですが」

 

「………………………………………………」

「………………………………………………」

 

勧誘には申し訳ないって思わない気持ちが大切。

あっちもお仕事だから見込みゼロならかえってありがたいはずなんだ。

 

利害が一致しないんだったらお互いに無駄な時間は使いたくないもんな。

 

そう思ってのインターホン越しとおんなじ感じでさっくりお断り。

子供にここまではっきり言われるのは初めてなのか固まる彼。

 

ふむ、良い感じの空白ができた。

後はさっさとさよならするだけだ。

 

――そう思ったのは判断が甘かったんだろう。

 

ちょっと前の僕と入れ替わりたいって思う。

 

時間なんて戻るはずがないのにな。

夜寝る前の妄想もほどほどに、だ。

 

……初めに勧誘してきたこの萩村さんっていう人は常識的でまともで言葉が通じたから、こんな感じでつつがなくお断りができそうだった。

 

諦めた雰囲気だったからお付き合いしたちょっとだけの話によると、この人たちはどこぞの事務所で、いわゆるアイドルとか呼ばれる人たちを育成しているらしい。

 

名刺通りでわりと有名どころだったりするみたいだし、だからこそがっついてなくてお別れできるってほっとしちゃってたから適当に聞いてたのが命取り。

 

今日用事があって駅ビルなんかに通りかかったところでたまたま僕を見かけたってことらしくて、たまたま移籍っていうのがあったから新しく人を探していたところにタイミング悪く顔を出した僕がいたって形だとか。

 

これは声をかけなくちゃって思った次第なんだって。

 

……僕にとってはタイミング悪すぎる偶然だな。

悪いことには悪いことが重なるんだ。

 

あと1分でも僕かこの人がズレていれば見つからなかったはずなのに……まさかこんなことになるなんて。

 

やっぱり、気、緩んでたのかな。

そうとしか思えない状況なんだ。

 

朝のことがあったからどうしようもなかったかもしれないんだけど、気をつければ良かっただけのことだもんな。

 

このときはまだ彼、萩村さんからの軽い自己紹介とアイドル活動の説明を簡単にされて、最近お世話してるっていう子たちの写真や動画を見せられたりしただけ。

 

「じゃあそろそろ」って言ったらさっさと身を引こうとしてくれていたし、悪い人じゃない。

 

声をかけられた当初こそ「やだなあ……」って思ってたけど、こういうのに慣れているのか説明が簡潔で分かりやすいし勧誘特有のねちっこさがなかった。

だから終わるころには好印象でばいばいしようとした。

 

……これを狙ってやったんだとしたらとんでもないやり手か、さもなくば僕がちょろいだけだな。

どっちなんだろうな。

 

人と接する機会が極端に少ないからちょっと良くされただけで好感を抱くんだ。

内気な人間特有のあるあるらしい。

 

「分かりました、非常に残念です。 間違いなく少ない準備期間でのデビューを確信しているのですが……今回はこれでお暇します。 ……その名刺だけ受け取っていただけるでしょうか」

「いいですよ、受け取るだけなら」

 

すぐ捨てるチラシとおんなじ扱いで良いんだったら。

 

「ありがとうございます……親御さんにも、ぜひ。 時間が経っても構いません、私たちはお待ちしていますのでご興味が湧きましたら……」

「そうですね」

 

湧かないって断言できるけどな、親もいないし判断するのは僕だけだし。

成人しているからこその強気だ。

肉体的にはともかく法律的に。

 

けどとりあえず突っ返したりはしないで素直に受け取っておく僕。

会話を円満に終わらせるためにっていうのとなにかに使えるかもしれないって打算だ。

 

現状手元にある連絡先が権利とお金と血縁関係しかないからな。

どれも僕って人間相手じゃなくって死んじゃった親のって始末なんだ。

 

……………………………改めて自覚して寂しくなった。

ネガりはじめてきたところでさっさと離れておこう……。

 

――そうやって適当に相槌を打ちながら別れようって瞬間。

 

「では」

「わぁっ! 萩村さんすごいじゃないですか!」

 

「!?」

 

変な声出さなかった僕は偉いって思う。

 

「こんなにオーラある子を見つけるなんて! それに今はいないタイプの子ですし……しかもこんなに幼くてぴったりじゃないですか! 次期のユニットの件いけますよ!」

 

そうまくし立てながら無理やりに割り込んできたのが今井っていう悪魔さん。

萩村さんと知り合いみたいだし、この人がたまたま来たのかそれとも見計らっていたのかは分からない。

 

だって服装は萩村さんの目立つぴしってしたスーツ姿とは違ってふつうの私服だしな。

 

私服って言っても……どう表現したら良いのか分からないけど、買い物とか食事だけが目的でぶらつくような女の人の格好じゃなくて、社員証をぶら下げていてもおかしくない感じに派手なところがないオフィスビルから出てきそうって印象の私服を着た女の人。

 

ものすごく曖昧だけど元引きこもりなんだからしょうがない。

社会に出てないニートの精いっぱいの観察力と理解力だ。

 

この人の歳も、たぶん元の僕と同じくらい……だと思うけど化粧ってすごいから確かじゃない。

まぁ話し方はまだ大学生が抜けていないって感じで僕より子供っぽいって感じるあたりきっと若いんだろう。

 

見た目だけならまともな人……だけどいきなり大声で割ってきたから僕の印象は最悪だ。

思いっ切りマイナスに振り切っている。

 

ものすごくまともな事務所だって印象を持った萩村っていう人のいろいろをぶち壊しな今井って人。

 

……うるさい女の人は嫌いなんだ。

 

「アイドルしましょう!」

「しません」

「同級生の女の子にも……男の人たちからも、みんなからモテモテですよ!」

「興味ないです」

 

「みんなの憧れになりますよ! あなたならきっと輝けますっ!」

「僕は憧れていませんし輝きたくもないです」

 

「僕っ子なんですね!! 良いです! 属性いっぱいですね! 話し方も雰囲気もクール系ですし将来有望ですっ! ……あぁその目つき、表情! いいです!! そういう子は満遍ない人気が……!」

 

「………………………………………………………………………………」

 

相手をすればするほどに切り口を見つけてきて同じような会話を何度も何度も。

食い下がるっていうか、僕がYESって言うまでは絶対に諦めないというのが見えている。

 

今どきこんなに強引で問題は起きないんだろうか、いろいろと。

 

まぁ見た目は確かに子供だし、大学生どころか社会人になってもこういう断る経験を何度かしていないと押しに負けて「話だけでも……」って押し負けるのを狙っているんだろう。

 

狡猾だな。

僕から今井って人への好感度はダダ下がりだ。

 

芸能界なんてブラックオブブラック、しかも仕事自体が「人に見られて覚えられる」っていう僕にとっては相性が最悪のもの。

絶対にやらないっていう意思と事情がなければ「めんどくさいから見学だけでも」ってずるずる行きそうだし実際に有効そうな方法だな。

 

しないけど。

 

……しそうにはなっているけど、しないんだから。

 

けどもそうはいっても悪魔な今井さんは引き下がらないから、同じように勧誘されて同じように断るっていう無限ループに入る。

 

反射でああ言えばこう言うを繰り返す中思う。

 

……それにしても今の僕はそんなに目立つんだろうか。

 

確かに長くてさらさらで色素の薄いこの髪の毛は、黒髪が大半の社会では何もしていなくても目に留まる。

目鼻立ちも地味だった前の僕に比べればダントツではあるんだろう。

 

それは分かってた。

 

けども……その髪の毛は短くできないってのがつい先ほどに証明済み。

つまりは被って誤魔化すしかなかったんだけどそれを忘れて涼んでいたって言う……。

 

つまりはポカミスだな。

ああ、学生のころ試験でどの科目でもささいなミスをしてもったいなかった記憶が。

 

今井って人とは絶対に目を合わせないように背けながら思う。

 

……でも、ここまで熱心に勧誘するほどじゃないって思うんだけどなぁ。

 

ただの青田買いか人手不足なのか。

それとも単純にこの人の押しが強いだけか。

 

……絶対にこの人の性格だな。

同僚っぽい萩村さんは引いたら引くいい人だったんだから。

 

だんだん人目についてきたからもうフードは被り直してるけど……こんなことになるなら取らなければよかった。

 

つくづくついさっきの油断が命取りだったと身にしみる。

後悔は必ずあとからやってくるもの。

 

僕はいつもこうだな。

けど、ほんとどうしよう。

 

「というわけで響さん! 私、自分でもわかるくらい強引で本当に申し訳ないんですけど」

 

分かってるならご遠慮して?

 

「でも1回! たった1回で良いから来てください! 来て、現場を見てください! どうしてもイヤなら近くでやっているロケとかコンサートをお客として見るのでも構いません! ぜひ、ぜひぜひ、どうか、なにとぞ……」

 

どうしてって思うくらいの食いつきな今井さん。

強引すぎるとかえって引かれるって分からないんだろうか。

 

「今井さんいい加減にしましょう…………ほら、行きますよ」

「でも」

「でも、ではありません。 響さんにご迷惑になっています」

 

そうして途中からは僕はほとんど置いてきぼりになって会話は別のループへ。

 

……………………もう僕、逃げてもいいよね?

最低限の義理は果たしたよね?

 

意識は今にたどり着いちゃってそう結論づける。

 

ぎゃあぎゃあ甲高い声が降ってくる中、僕は決心する。

 

悪いと思って付き合ったけど途中から僕そっちのけだしテーマは僕についてだけど別に頼んでいないし。

 

むしろ文句を言っても良いくらいだよな。

めんどくさいし丸め込まれそうだから言わないけど。

 

ただ僕から会話に割り込んだり無理やりに切るのは苦手だからどうやって離れるべきか悩む。

 

勧誘の電話とかまくしたてられるとなかなか切ることすらできないしな。

本当は「失礼します」で切っちゃえばいいんだけど……それができないのが難しいところ。

 

ちょっと僕が我慢すればって思っちゃうのが駄目なんだろうか。

 

でもだって逆恨みとか怖いしな。

まして今は対人ですぐそばだし。

 

……うーん。

 

っていうか自分がものすごく強引だって自覚あったんだ、悪魔さん……おっと、今井さん。

勧誘なんて向いてないから止めた方が良いって思うよ?

 

「それなら響さん、それならせめて今ここでこの前のライブの映像を見ていただくだけでも! ちょっと待ってくださいね、今すぐにご用意を」

 

萩村さんが片方の腕を……やっぱり女の人に触れるのって抵抗あるよね、おずおずと掴むも明らかに抑えられていない今井さんはおもむろにスマホを取り出す。

 

……さて、強引に来る以上はこっちも強引にしても怒りはしないだろうし適当な理由を言って逃げないと僕の時間が吸われ続ける。

 

……そうか、名前を連呼されるから断りにくいのか。

こうなるって分かっていたら最初に教えなければ良かったなぁ。

 

でも、まさか1人目でさえ抑えられない伏兵が奇襲を仕掛けて来るだなんて想像もできないからしょうがない。

 

けどやっぱり個人情報を教えちゃったのは致命的だ。

さてさてそれならどうするか。

 

――じり、と脚に力を入れて全力逃走を思いつく。

大丈夫、転びさえしなければむしろこの姿は味方だ。

 

背が低いからこそ人垣の中を通り抜けられる……かもしれない。

 

一応はまともなお仕事みたいだし、さすがにこんな子供を追いかけ回したりはしないだろうって言う希望的観測からの思いつき。

 

「……あ、あー、おまたせ、ひびき! 遅くなっちゃってごめんねー」

 

それを試していた僕はいきなり声をかけられてびくってなる。

 

「え、あの」

 

そんな馴れ馴れしい声が横から聞こえてきても僕は反応できないけど、今井さんもフリーズしてる。

 

「でもなんで連絡出てくれないのさー遅れるって伝えたかったのにー。 メッセージも既読つかないしさって、よく見たら何ごとっ!? どういう状況なのこれひびき!?」

 

なんか僕の名前を連呼される。

けど名乗った覚えがなくって困る。

 

「……………………え」

 

突然何かをされるって言うのは人の行動をキャンセルするらしい。

そんなのをどこかで読んだ覚えがある。

 

そんなことを思い浮かべるしかない僕の目の前に……今の僕よりちょっとだけ年上、中学生くらいの女の子の背中と髪の毛が割り込んできた。

 

……何故かは分からないけどいきなり人が増えた。

なんで?

 

理解が追いつかない。

 

僕に友だちは……この姿はもちろんだしその前からいないし名前を教えた相手だって数えるほど。

 

ましてやこんな子供な女の子には覚えが全くない。

話も合わないし話しかけると事案だからそんなこと……あ、今の僕も被事案な見た目になってるか。

 

何が何やらって分からなくってぼんやりする。

あとこの子の声が大きいせいでさらに人目が……。

 

「あ。 あ――……この感じ。 もしかしてまたお誘いなの? ほんっといつ見てもモテてるけどどこ行っても大変そうだねぇ」

「あ、あなたは響さんのお友だちの方でしょうか? それに、またって」

 

「そーですよ? しょっちゅう声かけられたり写真撮られたりしてて大変そうでー。 あ、でもあなたたちはちゃんとしてますし、まともそうでよかったですけど。 でもひびきはそういうの興味ないどころか」

 

僕は背中に隠されて安全圏。

蚊帳の外って言っても良い。

 

この子が前に出てくれたおかげで視線が気にならなくなって落ちつく僕。

 

ふぅ……ひと安心。

 

…………………………………………。

 

…………いやいや年齢が半分くらいの子供に守られて何ほっとしてるんだ僕は。

男としてのプライド……そういえば女になってたんだっけ。

 

身長も負けてるしなにひとつ勝つところがなくなってるし、僕はやっぱりダメだ。

 

「だいっきらいなんですよ」

 

じわって汗がにじむ。

……女の子も女の人も唐突に声が低くなるから怖い。

 

「もったいないことに周りにどんだけ勧められても乗り気にならなくって。 ま、私も性格に合っていないとは思いますけどね」

「でしたら、あなたからもぜひ」

「でも」

 

……怖いって感じてるのはきっとあれだ、今の僕が幼い体だからだ。

間違っても中学生……いや小学生かもしれない女の子の声でびびったりなんかしないもん。

 

さすがに僕だってそこまでやばくはない。

 

「あんまりしつこいとケーサツ。 呼びますよ? ひびきのお母さんに頼まれてよく追い払っているんでそのへん慣れてるんです、私。 いいんですか? このボタン押して。 困るんじゃないんですか?」

 

やっぱり怖かった。

子供だって分かっているのに凄みがあるんだ。

 

どうして女の人も女の子もこんな風にいきなり声が変わるんだろうか。

そういう生物なんだろうか。

 

けど、そんな末恐ろしい小学生な彼女の顔を……僕からは見えないけどそれを見ているらしい萩村さんと今井さんはの顔色が変わる。

 

良い大人が本気で困ってる感じ。

僕からは見えないけどスマホでも見せてるのかな。

 

僕からは見えないけどな。

向きと、あと身長的にも。

 

……このちっこい肉体が悲しい。

 

「……ほら今井さん、もう諦めましょう。 無理強いはよくありませんって。 ご友人にもご迷惑をかけてしまっていますし」

「う――……でも、ここでお誘いできなければ…………あ――……」

 

目の前の肩までのまっすぐな黒髪をぼんやりと見上げていたら、斜め前から見える今井さんと、その奥でそびえる萩村さんの顔。

 

頭を抱えて「あー」と「うー」で唸っている。

 

たいそう残念なことになっている。

 

僕はちょっとだけ嬉しくなった。

今日のことは許してあげよう。

 

「……わかりましたぁ……響さん、しつこくしてほんとうに申し訳ありませんでした」

 

年下の子供に負けた憐れな今井さんは頭を下げる。

 

「その手逸材を見つけた興奮と衝動でいつになく舞い上がってしまいまして……。 響さん、それにお友達の方、ご迷惑をおかけしました。 ……もし少しでも気になっていただけたらご連絡ください……ぐすん」

 

涙ぐむほどじゃないだろうって思うけど、とにかく諦めてくれた様子。

 

「あい、わっかりましたーじゃあ私たちはこれで――……ひびき、行こ?」

「…………ん?」

 

その子に急に振り向かれて近距離で目が合って反応も出来ないうちに手を握られて引っ張られて、どこかへと連れて行かれる僕。

 

………………………………………………ん?

 

「ジャマが入っちゃって遅くなったけどとりあえず上の階に行こっかー。 まだお腹は空かないしカフェにでも入ってお茶しよお茶ー」

 

「…………………………………………ん??」

 

ずりずりと引きずられるイメージ。

僕はドナドナされている。

 

実際にはたぶん年上の、姉かなにかに先導される妹的な存在に見えるだろう感じでぐいぐい連れて行かれる。

いや、顔と髪の毛はもうフードで隠しているしズボンだし、弟って見られるか?

 

……じゃなくて、中学生くらいの女の子に手を繋がれている年下の子供っていう姿には変わらない。

 

「…………………………………………???」

 

わけがわからないままにエスカレーター。

 

……え、ちょっと。

 

そう言いたいけどさっきの声を思い出して声をかけられないダメな僕。

 

君のこと、僕、ぜんっぜん知らないんだけど?

え、これ、どういうこと?

 

……もしかしてこれ、連れて行かれる先が変わっただけなんじゃ……。

 

NOって言えたはずの僕は何にも言えずに連行されて行った。


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