【改稿中】銀髪幼女にTSしたニートな僕が過ごした1年間   作:あずももも

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46話 彼の、準備 1 6/6

「みさきちゃんも我に返ってちょっとして、『これほんとどうしましょっかねー』って言いながら応援とか呼んでいるあいだにも……スマホ向け始めた周りにいた人たちとか集まってきた人たちで困っちゃって。 『いざとなったらお巡りさん呼んでひと目の着かないところへ連れて行ってもらわないとね……』って話してたの」

 

「話し疲れたから食べるね?」って言いながらケーキを、甘ったるそうなそれをおいしそうに食べた岩本さんが続ける。

 

話しているだけで2個も消費した彼女。

 

隣の島子さんも甘いもので立ち直っている。

 

「この紅茶もおいしいですにゃー」とか言っているし、その紅茶にもミルクと砂糖がどばどばだ。

 

ねこみみも元どおりな感じ、けど微妙にしっぽの揺れ方が違うあたりまだちょっと恥ずかしいらしい。

 

そして僕はもちろんコーヒーだけだ。

 

「ブラックなんてよく飲めるねー」とか言われたけども逆に甘いほうがダメなんだからしょうがないんだ。

 

こういうところでも男って言うアイデンティティーが強化されている気がする。

 

まぁ女の人でも甘いの苦手な人もいるだろうけども。

 

「電話してる間にも増えてくる野次馬さんたちに囲まれてどうしよどうしよって困っていたら、運良くお役所の人がランチで商店街のお店に来ていて、みさきちゃんが全力疾走しているとこ見てて、ねこみみ病関係の人……当時はまだ窓口とかは病院以外なかったらしいの……呼んでくれていて。 んですぐにお巡りさんとかも来てくれたんだけど、そのお役所の人たちが説明とか手配とかしてくれたの。 それで安心したって思ったら今度は仰々しい車が何台も来て私たち全員詰め込まれてね……あ、もちろん普通にね? 物々しい感じじゃなくて。 けっこー走ったかって思ったらみさきちゃんはそのまま検査。 私たちは細かく聞かれたっけ、みさきちゃんのこと」

 

なるほど……その時点で。

 

2年くらい前だって言っていたな、そのときにはすでにお役所……つまりは国も、いや、世界中でねこみみ病のことを把握していて、そういう部署みたいなのができているくらいには、ねこみみ病の人が出てくるケースがあったっていうことか。

 

その関係者の人が偶然にいてくれたから何とかなったけど、そうじゃなかったらこの子たちも大変な目に遭ったのは予想できる。

 

窓口って言うのはそれだけ大切なんだもん。

 

でも――2年前。

 

あの朝よりも、さらに1年も前のこと。

 

僕がなんの不自由もなく普通に生きていたころ。

父さんと母さんが残してくれたいちばんのもの、僕の体っていうものをまだ持っていたころのことだ。

 

……魔法さん、そろそろ1年になるんだし、返してくれないかなぁ僕の体。

 

今の体は返すからさ。

 

「あのときはまだまだ事情も飲み込めていなかったのでお役所の人がねこみみ病っていうものを……あ、そのときはまだ違う呼び方で教わりましたけどにゃ……『これから怖いことになるのかにゃあ』って検査が全部終わるまで心配しっぱなしでしたにゃ。 町から外れてもまだ車が走って周りが森しかない研究所みたいなところに連れて行かれて検査ばっかりの日。 生きた心地がしませんでしたにゃ」

 

今でもそうなのか、それとも当時はまだ「稀少な研究対象」ってことだったのか。

 

「付き添いで乗っていただけの私も怖かったなぁ……なーんかいろんな説明とか受けて、着いたら着いたでみさきちゃんとは別の部屋に案内させられて守秘義務とかの書類、いっぱいサインさせられたし。 別に怖い人が出てきたり脅されたりはしなかったけど、淡々と『法律ではこうなっていますから』って言われ続けてねー」

 

「私の方は完全にぼっちにさせられたので死ぬほど怖かったですにゃ。 ……せんぱいくらいは着いてきてくれたら良かったのににゃあ」

 

「しょうがないじゃない! 『みさきちゃんだけ別の部屋に』って本物の銃持った人たちに言われたんだから。 あれって警察とか自衛隊とかじゃなかったみたいだけどなんだったんだろうね?」

 

銃。

 

それが建物の中でも民間人の前で装備するほどに秘密だったのかな。

 

「まー、ちょっとすれば『身の危険がない代わりにいろいろなデータがほしい』っていうだけだってわかったので、それでようやく安心できたのですにゃ。 一応は休み時間とかご飯とか、娯楽も本とかのネットに繋げないものなら好きにしてよくってお部屋もそこそこ広かったですし、生活環境には文句なかったですにゃ。 で、そういうところで何週間か大きな機械とかでたっくさん調べられたり、走ったり飛んだり体力テストみたいなのとかいっぱいしましたし。 ずっとモニターのための吸盤が張り付いたまま機械で監視されていましたけどにゃ?  周りの人はみんな女性の方だったのでイヤじゃなかったしお友だちにもなれたのでいいんですけど……でも、ずっとそばにいられて、つきっきり。 つまりは機械にも人にも監視……観察ですかにゃ、されていたんですにゃ」

 

……この顔を見る限り、甘いものを食べた後の女の子特有のほんわかした顔を見る限りだと……酷い目には遭わなかった様子。

 

尻尾も怖いものを思い出している感じの曲がり方じゃなくて、ご機嫌な猫の揺れ方してるしな。

 

もちろん言わないで隠してる可能性もあるけども。

でもそこまで疑ってもしょうがないしな。

 

「まー、検査とか以外は好きにしてよかったですし、疲れたらその検査だってストップしてくれますし? お昼寝だってできてご飯もおいしくって……不満といえばお外に出られないことくらいでしたかにゃ。 あとSNSできないの……は逆に楽でしたけどにゃ。 お母さんたちもよくお見舞い……っていうのも変ですけど来てくれていましたし。 芸能活動は中断ってことでいろいろできなかったのは痛かったんですけど、今はそれを補うどころかそのおかげでっていうとこもありますし」

 

「その……お仕事は目指していた感じですか?」

「にゃ?」

 

「ああいえ、島子さんがしたいアイドル活動っていうのと同じ方向性なお仕事なのかなって思いまして……今の活動が」

 

「……あー、なるほど。 ご心配ありがとうございますにゃ。 まー、広報のお仕事も堅苦しいだけですし、それ以外ではこれまで通りで来てますから不満はないですにゃ?」

「そうですか」

 

そういう自由はある辺り、そこまで強制はされてないのかな。

 

……そうだよね、ねこみみ病ってだけでたくさん居るもんね、初期ならともかく。

 

「あ、そういえばそこでのネットだって絶対ダメなわけじゃなくて、機密保持とかで書き込みだけがダメだったんですにゃ」

 

「それはみさきちゃんみたいなケモノ化で、しかも身体能力が抜群に上がってるっていうのが国内ではまだ数件だけだったかららしかったし……しょうがないんじゃないかなって思えるわよね。 今じゃああ言うのってもうないらしいし」

 

「当時はいつ解放されるのか分からなくってじりじりしてましたにゃ」

「そうよねー。 事務所のみんなも心配してたし」

 

「せんぱいも?」

「もちろんよ?」

「本当ですかにゃー?」

「本当だって。 その後私も似た感じになったし」

 

似た感じ……ああ、そうだよね、この人もねこみみ病だもんね。

僕的にはもっと興味がある若返りの。

 

「私のときは大したことがなかったのであんまり話すことはありませんねぇ……若返りとケモノ化を比べるのもアレですけど一応はおんなじねこみみ病の仲間なわけで、みさきちゃんみたいにしっつこく調べられるかもって思ってたんですけど」

「ずるいですにゃあ」

 

「別物だからしょうがないわよ。 私はただの若返り……って言っても実際にはこっちの方がみなさん血まなこになって研究しているみたいですけど。 だって永遠のテーマですもんねぇ、若返りですから。 大体の肉体年齢とかを調べて簡単な検査とか運動とかをしておしまいだったので、みさきちゃんより後に入ってちょっとだけ同室でグチとか言い合って、そんで先に出ましたもん」

 

「ほら見てください響さん。 ひかりさんって、こういう薄情な人なんですにゃ」

「いや、あれは私にはどうしようもなかったんだけど?」

 

「仲間なら付き合って欲しいのですにゃ」

「えー、やだよ。 あそこ自由なかったもん」

 

ねこみみ病で……珍しいケースだと長期間。

そうでなくても調べられる場合には短期間でも……隔離される。

 

自由を奪われる。

 

でも代わりに……自分の体に何が起きているのかはちゃんと分かる。

 

「ただ、私の若返りってば10年っていう長いのじゃないですか。 普通は4、5年って感じらしくって。 それも私の年齢……前のですよ? 前のですからね? それからみさきちゃんとおんなじくらいまで、JKっていう年齢までっていうのは前例がないらしくって、やたらと外国の方がいらしていたのが少しイヤでしたねぇ。 休憩時間とかに押しかけてきて『外国でなら生涯を保証するから来て欲しい』だなんていろんなとこから言われて参っちゃいました」

 

若返り。

 

多くの人が望んでやまないもの。

 

――岩本さんの10年でそれなら、僕のこれはいったいどうなるんだろうね。

 

15年くらい、いや、多分それ以上の若返りは。

 

「まー、私たちはねこみみ病の初期でしたから。 けど初期の初期よりかはマシだって聞いてまだよかったなって思ってます」

「とっても贅沢な暮らしさせてもらいましたからにゃあ」

 

聞いている限りだと……多分この国でなら、そこまで酷いことにはならないのかもしれない。

 

けど。

 

じんわりしてきた手のひらの汗を、ズボンに吸い込ませながら。

 

「……ふと思っただけで、あくまで仮に、なんですけど」

 

今日も全然魔法さんの気配はないんだけども念には念を入れて。

 

「今確認されている以外のねこみみ病の症状……みたいなものが新しく出てきたら。 そうしたら、どうなるんでしょうか?」

 

「んー? 新しいの? ……あー、まーそのうち出てくるんでしょかねぇ?」

「どうですかにゃあ。 ねこみみ病のいちばん最初の人……あ、それぞれのですけど、ってどんな感じだったんでしょうかにゃ? せんぱいは聞きましたかにゃ?」

 

「ううん……ごめんね、そこまで聞いたことがなかったっていうか思いつきもしなかったわ。 すごいね響くん、そこまでぱっと頭回るなんて」

 

知らないか……できたら知っておきたかったけど、ここでさらに「じゃあ知ってそうな人に聞いてみてくれますか?」とかまでは厚かましいって以前に「なんでそこまで?」ってなるだろうし諦めよう。

 

「私たちのときにはまだねこみみ病、公表されてなかったんですよね。 『社会の混乱を防ぐために、そのタイミングまで秘密にしておくように』って書類、たっくさん書かせられましたし」

 

「私もインタビューとかで『最近1日中この格好をするのが好きになっちゃったんです』っていうの何回もさせられましたにゃ。 あ、一応少しはこれ以上知ってるんですけどにゃ、一般人な響さんとかには教えちゃいけない情報とかもあるので……その」

 

「いえ。 守秘義務とかあるんですよね」

 

「そんな感じですにゃ。 言える範囲ならそうですにゃあ……昔。 私たちが生まれる前の時代からちょっとはあったらしいのですにゃ、ねこみみ病……ケモノ化。 でも昔なら目立ったら最後、物珍しさとか迫害って感じでお金と交換でどこかに連れて行かれるかさらわれるかだったり……あんまり言いたくない感じの目に遭っていたそうですにゃ」

 

「……そうですか」

 

僕でさえ、ちょっと考えたら想像できちゃうんだ。

きっと、考えたくもない人生になっちゃったんだろうな。

 

それを思うとこの時代で僕たちみたいになった人は幸運な方なんだろう。

 

僕のなんか魔法さんがついてるから言わなきゃバレないくらいだし。

 

「そういう人たちはなんとかして長老とかの物知りな人……悪意がなくってなんとかしようってしてくれる人を頼って身を隠すくらいしかできなかったらしくって。 おんなじような人が集まった隠れ里とかそんな感じの場所で静かに過ごした、そんな感じらしいですにゃ。 ほら、天狗とか猫娘とかって妖怪とかっていかにもケモノ化、ですにゃ?」

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

「……ふぅ」

 

家の大掃除をしていた僕はタオルで首すじを軽く拭う。

 

思ったよりも疲れたし時間もかかった。

 

というかこんなに寒いのに、換気のために窓を開けっぱなしにしているのに、夏でも汗をかきにくい体質になっているのに……それでもこんなに汗だくだ。

 

筋力と体力不足っていうのはこんなにも厳しいもの。

けど時間を掛けただけはあって大体目標はクリアだ。

 

鏡には、体じゅうを動かし続けていたからか顔が赤くなっていて汗をかいていて、そのせいで髪の毛が顔とかにうざったいかんじに張り付いていて、まだ肩で息をしているっていう銀髪幼女が……ふらふらしていた。

 

あぁ、危ない危ない。

 

すぐに仕分けのために敷いてあるタオルの上に腰を下ろしてひと呼吸。

これだけ貧弱なんだから気をつけないとな。

 

この前のことを思い出しながら作業に没頭していたからつい今の僕はひ弱なんだって忘れちゃう。

 

こんなことで「僕の危機だ!」って魔法さんが思っちゃってまたなにか新しい魔法でも起きたら困るし。

 

「……ん」

 

顔を上げる。

 

そこにはごみ袋が10個くらいぎゅうぎゅう詰めになっている。

それだけ物を捨てることになった。

 

ほとんどが使っていないけどもったいないものばっかりだ。

 

捨てるのはヤだけど「じゃあ使うの? 何回も?」って聞かれたら「そんなことないけど……」って感じの。

 

家の中はほとんどそんなものばっかりだったな。

 

こんなことは前の僕のときにやっておけばよかったって思うけど、そもそもつい最近まではどうしても必要なもの以外は捨てるっていう発想すらなかったんだからしょうがない。

 

こんな感じで家に帰ってくるたびに少しずつやっていけば、あと何回かで終わるはず。

 

大掃除が。

 

年末にするはずだった大掃除が……どうしても必要なもの以外をがんばって捨てるのが。

 

だって、こうして家の中をきれいにしておけば心置きなく僕はこの家を離れられるんだから。

 

魔法さん。

 

ねこみみ病。

 

若返りとかケモノ化。

 

最初の頃――同じような人が少なければ何ヶ月も拘束されるらしいって聞いておいたから。

 

――もし僕のこれが前例の無いもので「隠さなきゃ」ってことになって……僕が居なかったものにされちゃったとしても、叔父さんに迷惑をかけないようにしたいから。

 

「……………………………………」

 

怖い。

 

もちろん怖いよ。

 

でも……こうしないと、先に進めないのはこの1年で分かったから。

 

だから、そろそろ勇気を出すんだ。


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