【改稿中】銀髪幼女にTSしたニートな僕が過ごした1年間 作:あずももも
家の中が静かになった気がする。
いや、多分これは僕の勘違いとか感傷とかじゃなくって本当にそうなんだろう。
だって物がなくなったんだから。
まずは玄関。
どうせもう使えないのと使えなくなるのと踏ん切りをつけるのとで靴箱やクローゼットは空っぽ。
高かったしもったいないって思っていたちょっと高めのコートとか靴は今の僕には要らないもの。
僕自身やかがりが選んだ……8割方かがりだけど……今の僕が着られて履けるそれらも外に出るための1揃いだけ。
玄関の外まで掃き掃除もしたし、これで誰かが家を尋ねてきても空き家だと思えるくらいにはなったはず。
次に廊下。
案外といろんな物を棚とかで置いていたんだなぁと感じる。
なんにもないって無意識に思っていたけどそこそこにものがあった、この長細くてかくっと曲がってさらには上の階へと続いているこの空間もモデルルームみたい。
もっとも、あの僕が落ちた場所……魔法さんが守ってくれた代わりに床と壁がばりばりになっちゃったあそこはどうにもならなかったからそのまんまだけども。
居間や台所もウィークリーマンション程度には物を残したけども、それ以外にはなにもない感じにした。
意外にも数年どころか10年前のお手紙とか書類が残っていたりして、片づけるのに時間がかかったところ。
あとは、父さんたちの後の片付けで気がつかなかったような古いものとか。
テレビの裏の配線もお掃除が大変だったし、いらないコードとかがくっついたまんまになっているのを発見したりしたし、適当に置いていたり母さんたちが置いていたりした飾り物とかも、どうしてもっていうの以外はみーんな家から出しちゃったから本当に生活感っていうのがなくなっている。
台所だって調味料とか以外は処分したし、なにげに汚れとかを落とすのにいちばん苦労しただけあって見違えるようにきれいになっている。
これなら誰かが来てすぐに住んだって、食材さえ買ってくれば文句はないだろう。
うん。
これなら大丈夫なはず。
納戸。
父さんたちが死んでから適当に押し込めていた物もみんな引っ張り出して、ひとつひとつ選んで……結局僕関係以外の物は捨てられなかったんだけど、そうして整理して、いっぱいだった部屋も4分の1くらいにまで物を押し込むことができた。
いちばん多かったのが僕の服とかだったけど、それもみーんな捨てたからすっきりした。
小さいころの服とか……今の僕になったばかりのころこそお世話になったけど、今はもういらないもんな。
あとは学生服とか昔着ていた服とかカバンとか、なんとなく捨てられずにいたものも……まとめてみんな捨てた。
おかげですっきりしたし後戻りできない感じが漂ってくるし、これでよかったんだろう。
人によっては大学生になるときに家を出るんだ、それを考えたら僕のそれは遅すぎるくらいだもん、踏ん切りってのが必要なんだ。
階段を上った先の2階も廊下から綺麗。
僕が使っていない部屋は父さんと母さんのだからさすがに掃除するだけだったから、ここも納戸同様に少しの捨てられない物はあるわけで。
あとは叔父さんや次の家主に任せよう。
他人任せだけど、家を引き払うっていうのはそういうことなんだろう。
持っていける可能性のあるものはリュックひとつぶんしかないんだしな。
そして、今朝使った櫛とかの必要最小限のもの以外はなくなった洗面所に続いて僕の部屋。
本棚は空っぽ、押し入れももちろん捨てられない物以外は空っぽ。
本当に必要かって考えたら要らない物ばっかりだったところもみんなすっきりしている。
捨てるときにはものすごく爽快だったっけ。
子供のころに使っていたおもちゃとか文房具とかあったけども、全部僕以外に価値は無いものだから捨てた。
服だってかがりに選んでもらった物だけは残したけど、それ以外は何もない。
今日出て行って、そのあとに帰ってこないかもって枕カバーとかシーツまで今朝のゴミで捨てた。
もう後戻りはできなくなっているし、そうしたんだ。
……改めて見回すと、要らない物ばっかりに包まれて暮らしてきたんだね、僕って。
この家で、父さんたちがいなくなってからも15年ものあいだ、ずーっと……ただ暇を潰すためだけに生きてきただけ。
でも、そんなのも今日でおしまい。
今日の夜にはきっと、ここじゃないどこかにいるんだ。
……掃除したときはすっきりしていたけど、いざこうして慣れきっていた家の中ががらんとしちゃっているのを見ると、よそよそしく感じるようになっていると寂しさっていうものを感じる。
けど掃除して捨てているときにはそうは思わなかったんだよなぁ。
やっぱり体を動かして……顔には出ないけど気分がハイっていうものになっていると判断力が鈍るんだろうか。
◇
「家の中、もう1回確認しとこ」って、多分心残りがあったせいで出かけようって思ってからさらにぐるっと見回しながら歩いてきて、ベッドでしばらく……もうシーツもないからさらさらしていないけど、横になってぼーっとして。
することもないけど動きたくもないって具合だったから、この1年ですっかりとクセになっちゃった、の毛いじりをしていた。
……陽の光に当たると透けるし、なんだか虹色っぽくなる今の僕の髪の毛。
触り心地がいいもんだから、こうしてくるくると持ち上げて触るのがいつのまにかクセになっていて。
あ、枝毛。
連れて行かれた先で……当分は忙しくなるだろうけど、そのあとに髪の毛、何時間かかけてきれいにしたいなぁ。
それくらいの自由はあるだろう、たぶん。
この国の人権意識って言うのを信じよう。
数分で腕が疲れてきたから力を抜いて、腕がどさっと落ちて跳ねてまた落ちて髪の毛もぱさっと……何本かが顔にかかったから、ふっと息を飛ばして横にやる。
いつもの僕の、なんにもやる気がしないときの暇つぶしだ。
だけどまさか身辺整理っていうものをするだけで……いくら体力もないしたくさん寝なきゃいけない体だからって、時間がかかるとは言っても、それだけで1ヶ月近くかかるなんてね……おかげでもう3月だ。
だらだらしていたつもりはないんだけどな。
退院してから2週間。
外はすっかり暖かくなってきた。
もう少し遅かったら掃除をするたびに汗をかいて大変だったにちがいない。
けども、そのおかげで気持ちの整理をつけることもできた。
ひとつひとつを手に取って考えて、でもやっぱり捨てる物だなって感じる物が大半だったから、きっと僕にとってはいいことだったんだろう。
大切な物は捨てられちゃうかもしれないけど、でも誰が見ても「思い出の品なんだな」って分かるようにはしてあるんだし、捨てる前に叔父さんのところに持って行ってくれるって信じたいところ。
連絡先も残しておいたし、常識的な人なら……機密とかにならないんだったら、きっと届けてくれはするだろう。
……それ以外には、リュックの中身と今着ているものと、後で履くもの。
それと、今までの記憶っていう僕自身の中にあるもので充分だ。
思い出。
こうして振り返ってみると「そんなに悪くもなかったな」って思える前の僕としての人生と、たったの1年にも満たない期間だったけど、でも、今の僕として生きた新しい人生。
ちょっとばかりおかしなことにはなっていたけど、でもきっと……こうならなければ決して体験することのできなかったなにかを手に入れることができたんだ。
だって、もし僕が前の僕のまま、男のままだったら多分今も……これまでの10年とおんなじ生活だっただろうから。
こんなにも知り合いが増えていろいろ考えることなんてなく、ただただ毎日を消費していただろうから。
ふわっと、開けっぱなしの窓から入ってくる風が暖かくていい匂いを運んでくる。
そういえばもう丸1年のあいだ、こうしてカーテンを開けて窓を開けっ放しにするのってなかったんだ。
無駄に考えすぎて隠れようって思い込んじゃって、気持ちよかったはずの去年の春も夏も……秋はどうしようもないけどあと冬もほとんどいなかったことになるんだし。
明るい光と気持ちいい風。
そういうものを今の僕になってようやくにこうしてぼーっとしながら感じていられるんだ。
それがとても新鮮で嬉しいものだっていうのを、改めて感じる。
片付けをし始めてからは暇つぶしにネットとかをする気もなくなっちゃったし、かといって本もほとんど処分しちゃったし。
それになんだかお酒を飲む気分にもなれなくって、だからぼんやりとものを考えて……思い出す時間が増えたんだ。
僕には、それだけでいい。
もう心残りは無いな。
うん。
そろそろ僕もひとり立ちってのをしなきゃ。
普通の人は誰だってそうするんだから。
ちょっとだけ遅くなっちゃったけども、まだやり直せるだろうって。
僕はいつものように、そして最後かもしれないベッドからずり落ちるような降り方をして、これだけはっていうものを詰めたリュックを見て、もういちど中身を出して確認する。
いろんな書類……権利書とか口座関連とかハンコとか。
「遺書」だったり「遺言書」だったり「保険」だったりとか。
……うん。
外に出るためのものは、揃っている。
これで大丈夫なんだ、きっと。
家の中を何回行ったり来たりして、無駄に上り下りもしてって未練がましくしていたけど、先に体力の方が尽きそうになってようやくに諦めがついた。
これ以上動き回っていたらこの先の予定がおじゃんになる。
ここらが潮時だ。
「………………………………」
わかっているんだ。
現代の社会でこんなことになって、国の保護を受ける。
酷いことはされない。
わかっていたんだ、大丈夫だっていうことは。
むしろその後のほうが大変だろうっていうことくらいは。
少し息が上がっちゃって、寝心地のよくないベッドの上でぜーぜーとうるさい息を整えるまでしばらくまた髪の毛のお世話になって。
枝毛の数を20くらい見つけてげんなりしたところで気分転換終了だ。
「……行こう」
日記帳だけを机の上に出しておいて、広げておく。
こうして踏み台を使ってイスに座るのも最後かも。
いや、帰ってきて書くのがあるからあと1回あるのか。
それで同じように……結局手書きとデータと両方でずっと記録してきた、僕の几帳面さを発揮した日記を書くためにパソコンもまだつけたままにしておいて。
ん。
ハードディスクの中身とか履歴とかのこと忘れていた。
けど……ま、いっか。
普通の男ならきっと気になるどころか「万が一のことがあるなら絶対消して!」ってなるだろうけども、でも悲しいことに僕は前の僕のときから恥ずかしいものなんて興味がなかったから見てこなかったんだし、だから他人が隅から隅まで見たとしたって何のおもしろみもない中身だろうから。
見られたくないデータっていうものがそもそもないんだから。
せいぜいがこのパソコンで楽しんだ娯楽くらいかな?
けどそれだって大したことないんだ。
そういった類いのものがひとっつもないんだ、調べる人はさぞがっかりするだろうけども、遺品整理をする叔父さんとか調べる誰かに負担をかけないって考えるのなら悪くはないんだしな。
とん、とイスから降りて、とんとん、と階段を歩いて、とんとんとん、と手すりに掴まりながら階段を降りていく。
そうして玄関まで来て靴を履いて。
鏡で髪の毛だけを軽く整えてから、僕は、手を伸ばして鍵を回す。
……それじゃあ、行こう。
みんなにおわかれを言いに。