【改稿中】銀髪幼女にTSしたニートな僕が過ごした1年間   作:あずももも

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12話 苦手は、やはり、苦手 3/3

「お嬢様……憧れるわぁ――……」

「…………………………………………」

 

僕が「そうだよ」とも「違うよ」とも言っていないし「勘違いもはなはだしいよ」とか「妄想癖あるの?」とか言おうとしそうになるくらいに勝手に結論づけてトリップしたらしい下条さん。

 

なんかこの子……いや、うん。

 

悪い子じゃないのは分かる。

無害そうなのも分かる。

 

なんにも考えていなさそうだもんな。

アパレルショップとかいう場所に生息していたんだから当然か。

 

勝手に決めつけられてちょっとだけささくれだった僕は心の中で軽く罵ってみてから考えてみる。

この子に捕捉されてからって言うものほとんどずっと話しっぱなしで疲れたんだ、静かに見守ろう。

 

さて、この子の中で僕は「お嬢さま」らしい。

 

そんな存在今どきいるんだろうか。

いたとしてもどうせ僕たちみたいな人間は一生見ることもないだろうけども。

 

それにしても「お嬢さま」かぁ。

 

単純にお金持ちで古い家系とかだったりしたらそう呼べる人たちもいるのかもな。

いるって思えないけどいないとも言い切れないからいるって言うことにしてみよう。

 

「…………………………………………」

 

ちょっと地価の高い場所を散歩するとやたらと広い敷地に植物をこれでもかって植えてあって、車も2、3台あって家も横に広かったりする「いわゆるお屋敷」っていうものは結構見かける気がする。

 

古い造りのもあるし、今風の上手く言葉にできないスタイリッシュさを表すような家もある。

 

近づくとすぐに感熱式らしいライトがついて監視カメラがいくつもあって目の前の道路が明らかにきれいな、ああいうの。

 

お金持ちは近所もお金持ちなのが安心するのかその近くにはたいてい同じような家が並んでいるし。

そういうところはなんとなく綺麗な感じだからなんとなくでぶらつくのが好きだったりする。

 

「ふむ」

 

……そういうお屋敷を持つお金持ちの家って大抵お家の事情とやらを抱えているよな?

 

もちろん創作とか、現実であるとしても僕たちとは縁のない階級の人たちの世界の話限定だろうけど、そういう家に生まれた女の子なら「お嬢さま」でもおかしくないかもしれない。

 

せっかくそう思い込んでくれているんだし多少細かいことに突っ込まれて答えられなくても「そういう家だから言えない事情がある」って言えばなんとかなりそうな「お嬢さま」。

 

そういうのは「じいやから言っちゃダメって言われてるの…………」みたいな?

 

うーん、想像力が足りない。

 

そういえば「じいや」って本当に言うんだろうか?

外国ならなぜかセバスチャンって決まりがあるらしいけど。

 

そうでもない?

 

「響ちゃんはお嬢様……深淵のご令嬢……」

 

……この子が頼んだケーキに入っていたアルコールで酔っ払ってるのか?

 

そう思うほどのだらしない顔つきだ。

まぁ相手しなくてよくって楽だしどうでもいいか。

 

体が変わっているっていうやんごとない事情があるっていうのは事実だし簡単には人に言えないっていうのも本当で、お金が……今は使えないけど、どうにかすれば使えるお金が普通の人よりはあるのもウソじゃない。

 

おこづかいって言えばおこづかいなんだからな。

そう思えばあながち嘘でもない気がしてきた。

 

僕が中学のときに両親がうっかり死んじゃったんだけど、そのときにワケのわからない額の見舞金が誰か分からないけど合法的らしいところから振り込まれたりしたとかいういわく付きのお金だしな。

 

その原因の事故が一切報道されなくて、そのことを言ったりしないって紙に書いただけで金額が倍になっていたりとかしたしな。

 

あとついででいろいろめんどくさくなって引きこもっていたこととかも含めたら「人に言えない事情」ってことになるのかも。

 

家の事情+僕自身の事情。

グレーではあるけどウソじゃない。

 

嘘じゃないならそこまで気に病むこともない。

じゃあ使っておこうかな。

 

……この子、答え聞くまで解放してくれなさそうだしなぁ……。

 

へんなうめき声が聞こえなくなったから顔を上げると合う視線。

 

「…………………………………………」

「…………………………………………」

 

僕が答えを口にするのを待ち望んでいる様子のじーっと見てくる探偵下条さんを見返す。

 

「えっと『そんな感じ』です。 普段は制服と、……限られた服しか着られないので」

 

男のときのだぼだぼシャツかあのとき買った服をヘビーローテーションしてるだけで。

 

「でもお仕着せの服は嫌いなので自分で選びたいと言って無理やり出てきたところ……だったので」

 

お、なんかそれっぽいのがするって出てきた。

 

煮え切らない感じになったけどうまくごまかせたはず。

きちんと名詞を使わないでふわっとした感じでごまかすのは得意だ。

 

よく行く旅行先とかでどのくらい滞在するか答えたり年齢を答えたあとで「ところでお仕事は?」って聞かれたときの返事をさっと返すために鍛えた話術。

 

それを元に適当な話しについていくのも含めて虚飾が得意になったって言う悲しい僕だ。

 

「やっぱりそうなのっ! ……でも、あら? この前はお兄さんの服を着ているって言っていたわよね……?」

「む」

 

おっと、早くもほころびが。

 

あのときそんなこと……言ったっけ?

覚えていないけどこの子が言うのなら言ったんだろう。

 

まずいな。

というかなんでそこまで詳しく覚えているんだ。

 

どうしよう?

 

………………………………。

 

「あれは……。 普段は汚せない服だけしか。 しかも決まり切ったものしか着られないので、好きにしていいときはああいった楽な格好にしているんです。 だから『綺麗』とは真逆の兄が昔着ていた古い格好を……あの……」

 

あっという間にしどろもどろになってなにがなんだか分からなくなってきた。

 

困ったな。

綿密な設定がないからこうしてあいまいこの上ない答えしか出てこない。

 

僕がお嬢さまだとしたらその兄はお坊ちゃまなわけで、そうなるとそのお坊ちゃまなお兄ちゃまもまた相応の服をふだんから着ているはずで。

 

……ちょっと時間があったならそれなりの設定を練っておけたんだけどなぁ。

 

やっぱり僕に嘘は似合わないらしい。

けど言わなきゃ行けなさそうだったんだからしょうがないよね。

 

「……よく分からないのだけどお嬢さまも大変なのね? いいことばかりじゃないのかしら」

 

どんな反応が返ってきて突っ込まれるのかびくびくしながら前を向くと……ケーキを熱心に頬張る髪の毛くるんさんが。

 

「…………………………………………」

 

もむもむと口元だけが動いている。

 

「…………………………………………」

 

…………今の僕の苦労は一体。

 

お兄ちゃま設定を考える手間が省けたから助かったけど、できたら興味を抱かないで欲しかった次第だ。

 

どう聞いても苦しい答えだったはずなのに途中からケーキに興味が戻っていた様子。

さっき話しているときもケーキ、ちらちら見ていたしなぁ……好奇心も強いけどそれ以上に食欲が強いらしい。

 

いや、いいんだけどさ。

さっき以上の興味なくなっているみたいだし。

 

もくもくもくもくと食べ続けるくるんJKさん。

 

せっかく静かになったんだし、今のうちにさっさと食べ切って帰りたいアピールをはじめよう。

 

通じるかは分からないけどな。

 

 

 

 

「おいしかったわね――……はふ」

「…………………………………………」

 

「久しぶりだったけど味がぜんぜん変わっていなくて嬉しかったわ。 おこづかいが足りるのなら毎日でも来たいくらいよ」

 

カロリーと食費が大変そうになるんだけど大丈夫なんだろうか?

 

「でもさすがお嬢さまなのね! ブラックカードなんて私初めて見たわ!!」

 

お腹をなでさする、心なしかもっと全体的に大きくなった子が心配事のなさそうな声を発する。

 

太りそうとか言ったら絶対に怒るだろうけど、でもこうして視線が低いとどうしても他人のお腹と胸あたりがいちばん目に入りやすいもんだから……その、わりとぴっちり目に着ている服のお腹周りがどうしても気になるんだ。

 

でもさすがの僕もそれを言わない程度には常識を持っている。

 

ニートだからとは言っても成人男性なんだからな。

肉体は幼女になっているけども。

 

今の身長差は頭2個ぶんに迫る勢いで胸や腰は小数点以下との比較だからかなりのもの。

 

脱がなくてもすごいってやつだ。

学校で男から人気だろうな。

 

顔も整ってるから同性からの嫉妬はすごそうだけど……脳天気だから平気そう。

 

体重も倍近いだろう。

何かあったら押し潰されそうだ。

 

まぁ僕が小さすぎるんだし、別に太っているわけでもなくって単純に身長に釣り合ってる感じ。

僕としても女の子はこの子くらいはしっかりした体じゃないと興味すら湧かないもんな。

 

興味が湧くには10年くらいは幼すぎるけども。

 

理想を言えば僕より年上で頭がよくて回転が良い人が好みだ。

ちょうどこの子とは頭の中身が逆方向のタイプってこと。

 

つまりこの子は完全な対象外ってことで安心する。

 

それにしてもさっきからブラックカードを連呼して幸せそうだ。

これ、ただの黒いデザインなだけの無職でも作れるようなカードなんだけど……幸せのままにしてあげよう。

 

ほぼ無地に金の印字とか言うカードを滅多に目にすることがない学生にとってはマンガとかでよく出てくるブラックカードといっても差し支えないかもだしな。

 

まぁ僕はなにひとつ言っていないんだし勝手に勘違いするぶんには心にも来ないからいいや。

カードとか学生にとっては大学に入るまでは縁のないものだし。

 

「でも響ちゃんの残っていたケーキ、けっこう分けてもらってごめんなさいね? とってもおいしかったけど……無理に誘ってしまったかしら?」

「いえ、僕は少食なので」

 

お昼を食べるつもりでいたのに期待していたのとは違う方向の食べものが来てしまったせいか、どうやら僕の小さくてもっと繊細になった胃はケーキとかいう砂糖のかたまりを受け付けなかったみたい。

 

それを見つめていた彼女に「いる?」って聞いたら「いる!」っていうから餌付けしておいたんだ。

なんだかデジャヴだけど最近の学生はこういうノリなのかなって納得しておいた。

 

……けど甘かった。

 

まだ口の中でときどき残っていた砂糖成分が出てきて「じゃり」ってする感じがする。

 

口そのものが甘くて困るって言うわりとレアな感覚でわりと困ってるんだけど?

ほっぺの内側に妙な感覚が残り続けているんだけど?

 

どうしてくれるんだろう?

 

僕とスイーツとやらは壊滅的に相性が悪いらしい。

 

……あとで無糖の缶コーヒー、自販機ででも買って適当に飲んでから帰ろう。

いっそのことエスプレッソをぐっとやってリフレッシュしたいまである。

 

ちらりとワガママポディって感じの発育が脳の発達を追い越してる系の幸せそうな彼女を見上げる。

 

ほぼ初対面な話が終わって食べ終わって満足して気が緩んでいるのを確認。

 

甘味で顔がとろけたままだしちょっとアレな子にも見える。

けども人ってのは見た目で決めちゃうクセがあるもんだから、雑誌の表紙に出てもおかしくなさそうな体にくっついている顔がとろけていても通報されるには至らなさそう。

 

世の中って不平等だな。

 

そんなのは男だった僕がよく知っている。

 

「…………………………………………」

 

理不尽に拘束されていた不条理でちょっとだけささくれだっている気がする。

ここまでこき下ろさなくてもって思うし、幸せな子って思っておくだけにしよう。

 

でもこのまま話が続くとさらに疲れそうだし、そろそろ逃げよう。

 

店から出たばっかりっていう良いタイミングだしな。

この機を逃したら……例えばまた服屋で着せ替え人形にされたりしかねないもん。

 

「それでは。 これから行くところがあるので僕はこれで失礼しま」

「あら、これから何か用事?」

「はい、これから夏物を見に。 …………………………………………あ」

 

何かがきらりって光ったって思ったら目の前に胸が迫ってきてぽよんと押しつけられてぽよんと離れて、次にはかがんで来たらしくって僕の目からほんの20センチほどのところに胸さんもとい下条さんの、顔だけ見れば中学生にも見える童顔がどアップに。

 

シャンプーの匂いがする。

 

あと両肩もしっかりとつかまれている。

もはや逃れられないらしい。

 

きっと今の僕の目は曇っているだろう。

 

「……じゃあ今日も、いえ、今日は私が! 服を……響ちゃんにお似合いのお洋服を選んであげるわ! 今年の流行はかわいいデザインが多いのよ!」

「…………………………………………?」

 

「この前は先輩たちのオススメを優先して試着してもらったせいで私がいいなーって思ったデザインのものはあんまり試してもらえなかったのよ! なによりあのときはたったの1軒でしか試せなかったでしょう?」

「…………………………………………??」

 

1軒でしか?

 

普通服は1軒のお店で買うものでしょ……?

 

違うの……?

 

「あのときはあのお店の店員だったんだから仕方がないのだけど……でも別のお店のブランドだったらもっと似合いそうなデザインが合ったのにーって、ずっと気になっていたのよ!!」

「いや別に僕は」

「だから今日は私がプロデュースして綺麗過ぎなくてお洒落で可愛い服を探してあげるわ!」

 

話を聞いて。

 

そう思う僕にNOを突きつけるようにして至近距離にある口からケーキと紅茶の匂いがまとめて飛んでくる。

 

あとぴっぴってつばも。

きちゃない……。

 

でも、まずい。

つばのことじゃなくって、この状況が。

 

この流れはまずい。

とても非常に極めてよろしくない。

 

口を滑らせたショックから復帰した僕でさえ分かる。

 

なんとかしたい。

 

なんとかしないと……!

 

僕は鈍い頭を懸命に回転させる。

 

「……い、いえ。 時間もかかるでしょうし、あのときもご迷惑をおかけしましたし、これ以上は」

「迷惑だなんて! むしろかわいい子の着せ替えができていろいろなお洋服を着ている姿を眺められて選ぶことができるんだから私にとってはご褒美なのよ!」

 

どうやって息継ぎしているんだろう。

 

「そうよ! さっきもケーキ、結局半分近く分けてもらっちゃったしそのお礼にもなるし! あのときのは私も楽しかったのだしそもそも店員としてのお仕事だったのだから、なにも気にしなくてもいいのよ!?」

 

「いえ、でも」

「私、今日は学校の……えっと何だったかしら……とにかくなにかの記念日でお休みだったから、通学路を歩いていても空いているなって思ったら校門が閉まっていてがっかりしたし、せっかくお外に出たのになにもすることがなくなってしまってぶらぶらしようって思っていたところだし、だけどおはなしする相手もいないからつまらないしこのあとは帰るしかなくてーって思っていたから予定がないの!」

 

どうやって呼吸してるんだろうこの子。

生命の神秘だ。

 

それに重い。

 

肩に加わる力と体重が僕を抑えに掛かっている。

 

なんとかして逃げる口実を考えようとするけどまくし立てられるとその処理で頭が追いつかなくってなんにも思いつかない。

 

ラグってる。

 

おかげで今の僕はちょこんって固まっていることしかできない。

 

「服を選ぶのってとっても楽しいもの! 私はその、体型的に似合わないものが多いし、これいいなって思ったものがあっても諦めることが多いの。 だけど響ちゃんならちょっと子どもっぽいものが多くなるのは仕方ないけどそれでもいろいろなデザインが合いそうだし! 今から楽しみね!!」

「あ……ちょっと待っ」

 

いつの間にか肩から腕へとつかまれている場所が変わっていて連れて行かれはじめている。

 

なんとかしてほど……けない。

痛くはないけど絶対に離れなさそうなそんなホールドをされている。

 

なんか武術でもやってるんだろうか?

絶妙な力加減を……じゃなくって。

 

「…………はなして……」

 

なんとか勇気を振り絞って伝えようとしてみてそっと目線を合わせようってした。

……けどそのあいだにもひとり言が続いている着せ替え魔さんの耳には届かないようで、すでに目の前にはエスカレーターが迫っていて引き返せなくなっていた。

 

って言うか僕の声……小さすぎてアナウンスとかの環境音にかき消されているな、これ。

 

だって焦ると声が出なくなるのは昔からだもん。

 

「早速行きましょう? まずはフロアをぐるっと回って響ちゃんに合いそうなデザインのお店を確かめてそれからひととおり試着よね? そのあとに……」

 

あ、ダメだやつだこれ。

またしてもデジャヴな感覚。

 

どうあがいても何を言っても、もうムリな段階に入っているやつ。

 

…………なるほど。

 

これがダメな「オーラ」ってやつか。

僕はひとつかしこくなった。

 

対価は僕の尊厳だ。

 

エスカレーターで下に運ばれ始め、振り返って話しかけてきている下条さんの目線の方が高くって……つまりはエスカレーターの段ひとつぶんよりも身長的に負けているのを知って、確信する。

 

体格差は圧倒的だ。

もう逃れられない。

 

「………………………………」

 

やっぱり外は恐ろしいところだ。

引きこもるのは僕の本能だったんだ。

 

だって、この体で外出するとほぼ100%、こうしてひどい目に遭うんだから。

 

「次のフロアよ! 楽しみね響ちゃん!!」

「はい……………………………………………………」

 

僕はずるずるとどなどなされていく。

 

もはや抵抗する気はなくなった。

 

もうどうにでもなーれ。

 

そうして限りなく抵抗を失った僕はされるがままの人形だ。

 

「…………………………………………」

 

今日もまたお人形さんをするだけで僕に合う服を選んでくれるんだ。

悪いことじゃない。

 

頼んでもいないし迷惑だけどな。

 

かといって、このまま振り切って逃げるほどの気力も残っていないし……たぶん体力的にもムリだろうし。

 

…………………………断れないっていうの、本当に早く治さなきゃなぁ。

高校生相手にNOってはっきり言えないとか恥ずかしすぎるもんな。


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