【改稿中】銀髪幼女にTSしたニートな僕が過ごした1年間   作:あずももも

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18話 学生たちの、夏休み(3) 1/3

テレビの向こうはいつだって物騒だ。

 

『…………で、現場の状況を……どうなっていますか?』

『はい。 ……の衝撃で辺りが一面……………………』

 

『これはやはり初期の対応が……だったためでしょうか?』

まだ情報が入ってきていないのですが、おそらくは…………』

 

でも僕には関係ない話。

どれだけ悲惨なことでも僕自身の身に迫らないんだったらやっぱり他人事なんだ。

 

目を背けちゃ行けないって言う意見も理解もできるし納得もできる。

 

……でも、こんな僕に何ができるって言うんだ。

 

「ふぅ」

 

集中力が切れたしキリのいいところだったからノートも問題集もぱたんと閉じる。

顔を上げるとまだ勉強を始めて1時間といった様子。

 

ちなみにノートは用意してもほとんど書かない。

だって分かっていればそこまでする必要ないしな。

 

元々1回は頭に入れたものなんだ。

思い出して1回書き出せるのを確認したらそれでおしまい。

 

そんな感じで進めてきてやっと気分が乗ってきたのになぁ……予想以上にできちゃったから手元の勉強が全部終わっちゃったらしい。

 

「……………………………………………………」

 

日課になっていたからなんとなく集中するモードになれる時間帯なのに急な手持ち無沙汰。

ただの休憩じゃなくって、するはずのものがなくなっちゃった虚無感。

 

これを片づけないと行けない立場の学生なら喜ぶんだろうけど……僕はただ僕のためだけにしているだけだしなぁ。

 

「うーん」

 

まぁしょせんは中学生の範囲だし。

 

やっているうちにいろいろと思い出してきたから、最近は午後のすることがない時間とか夕飯を食べたあとのお酒が入った状態でもちょくちょくやっていたしな。

 

なんかこういう作業って気分が乗ってるときはいくらでもできるよね。

 

でも結構かかったって言うべきなのか遅かったって言うべきなのか分からないなぁ……中学生の範囲を終えるのに2ヶ月くらいかかったのって。

 

終えたっていっても完璧じゃないし主要教科だけだし。

先を知っているから歯抜けを埋めるっていう感じだったわけだし。

 

このまま学校のテストを受けても割といい成績は取れるだろうけど思い出しただけなんだ、受験とかになるとちょっと厳しいかもしれない程度の学力だろう。

 

細かいところまでやる気力はなかったし意味もないからどうでもいい。

 

強いて言えばお酒を呑んで眠りが浅いときに見る悪夢の中で、試験勉強が間に合わなくって悪い点数を取るって言う経験したことのないシチュエーションがいくらかは減るかなって思うくらい?

 

……いや、結構切実だな。

 

夢の中って疑問を持てないもんだから、何故か僕が高校生に戻って試験で困ってるとか大学生に戻って単位落としそうとか言う場面なんだよな。

 

夢って不思議。

 

けどまぁ復習っていう意味ではこの辺で充分だろう。

これで中学までの範囲なら……特に空っぽかがりに教えてあげられるようになったしな、自信持って良いだろう。

 

でも歯抜けもあるから結局はテキストを片手じゃないと確実じゃない。

でもでもなにごとも完璧主義はよくないし、こんなもんだろう。

 

どうせみんなができないところをできるようになったってそこまで誇れるものじゃないしな……大人が中学生に「僕の方が勉強できるんだぞ」って威張っても「そうなんだ」でおしまいだし。

 

時間をかけた分先に行けるのは当たり前。

そこでいばってもしょうがないもんね。

 

それよりも無難に平均点よりひとつぶん上で満足して次へ行くほうがコスパがいいもの。

時間が余るからって地味に通信の資格の勉強とかしてたときもそんな感じでクリアできたしな。

 

にしても……昔よりもノート、きれいに書けるようになった気がする。

 

気のせい?

 

……いやいや、閉じたばかりのノートを開いてみるとまとめの問題の丸つけで終わっている。

そのページに書いてある字は前の僕のよりも……学生のときの僕のよりも綺麗に見える。

 

っていうか綺麗。

ぱっとみて綺麗って言う感じ。

 

筆圧が弱くなったからか?

いや、文字のバランスというかページ全体のバランスというか……。

 

そういえばこういうノートの子いたなぁ。

男の一部と女子の結構な割合で。

 

つまり僕は2回目にしてようやくそういう子たちの……空間把握能力的なものに追いついたわけ……?

 

ささやかな補正が、このちっこい手のひらに宿っていた……?

 

体は痩せてるのに手首から先は妙にぷにぷにしている感じの手のひらを見つめる。

 

……相変わらずにちっこいな。

あとすべすべだしなめらか。

 

…………ま、どうでもいいか。

 

さっき飲んだばっかりだけど気分転換にともういちどってことで、台所へ豆を挽きに行く。

 

コーヒーは何杯飲んでもいいんだ。

この体のこともあるからカフェインレスのも混ぜてるけど。

 

それにしても勉強って基礎がほんとうに大事だな。

 

公式と基本的な変形とよく出る問題、こういったものをまずは覚えていないと話にならないし。

 

つい少し前……僕基準で少し前、ほんの2年くらい前まではバイト先で……したり顔でこういうことを教えていたのにもう忘れているなんてなぁ。

 

学生のときは「1回覚えたんだし、こんなのは絶対忘れないよね」って思っていたのに、完全に使わない期間があっただけでもう忘れてる。

 

人って、使わないと本当にゆっくりと忘れるものなんだなぁって実感する。

 

中学とはいえ主要教科3年分っていうのはなかなかのボリュームだったし。

幼女に退行して中学生って言い張ったばかりにこの始末だ。

 

精神年齢20代がなにを喜んでいるんだか。

まったく知らないことを勉強したわけでもあるまいし。

 

そりゃモチベーションにはなっていたけどさ。

 

そんな感じで僕はしょげる。

 

なんか昔っから良いことがあると悪いところをわざと探してダメだって結論づけて気持ちを抑えるクセがある気がする。

 

「………………………………」

 

挽いた豆を蒸らした香りが立ちこめる。

 

でも、引きこもりとニートとアルコールで減っていた知能もいくらか回復してきただろう。

そう考えるとちょっとは安心。

 

社会人でも資格とかでずっと勉強するらしいし、これでちょっとは社会復帰の目処が立ってきたのかもしれないって思うとなんだか嬉しい。

 

でもせっかく働こうかって気になっているのにそもそもが働けないというジレンマ。

 

惜しい。

すごく惜しい。

 

このテンションのままお仕事探しとか行けちゃいそうなのに幼女だから行けない。

悲しい。

 

こんなの僕にしてはものすごく珍しいことなのにな。

1年に1回くらいある「どうにかしないといけない……!」って奮起する時期。

 

まぁどうせいつも通り準備しているあいだに疲れてきて飽きるんだけどな、きっと。

 

でも昔に勉強したはずの内容とちょっと変わっていたところも少なからずあったし、前は丸暗記するだけだったのが今はちゃんと理解できることもあって……今までは読み飛ばしていた記事とかにも興味が持てるようになってちょっとだけ人生が充実した感じがある。

 

生涯学習。

良い言葉だ。

 

やっぱり人は知らないことは認識できないしそもそも興味を持てないもんだから、その存在すら意識を素通りするんだなぁって思う。

 

勉強の楽しみというやつを……だいぶ遅いとは言っても今の段階で実感できるうになったのはいいことだって思う。

 

20代前半ってのはJCたちから見たらおじさんだけど社会的には若者なんだから。

 

……あの子たちにおじさんって言われたら凹みそうだなぁ……。

つらい。

 

つらくなった僕は煎れたコーヒーをずずっと飲みながらつけっぱなしのテレビをぼんやりと見つめる。

 

………………………………手持ち無沙汰だ。

 

火がついてきたところだったのにぜーんぶ終わっちゃったからなぁ……。

せっかくあのふたりから誘われなくて静かな日が続いていたのに。

 

まぁ明後日にはまた呼ばれるんだけども。

 

それもこれも最後のまとめ問題が予想外に少なすぎたのが原因だ。

気がついていれば昨日のうちにでも買っておいたのに。

 

お酒が入っていても乗り気になっていれば頭には入るもんな。

 

中学生の範囲ってだけしか意識していなかったから高校生の範囲の教材は無い。

もちろんかつての僕が使っていたそれらなんかはとっくに捨てちゃっているし。

 

今までだったらこの時間、午前って言うのは……勉強をはじめる前だったらネットとか見たり二度寝したりして適当にダラダラしていたんだけど1回勉強の習慣がつき始めたんだ、そうやすやすと途切れさせたくない気がする。

 

つまりはもったいないんだ。

 

「……………………………………………………」

 

着信でちかちか光ってうざったいから最近はテレビの前のテーブルに置きっぱなしになっているスマホを両手で操作して調べてみる。

 

今は見たい気分じゃないからあの子たちからのメッセージは既読にしない。

 

あいかわらずに手首が負けるから持てなくってテーブルに置きながらすいすいっとな。

 

……やっぱり小さいの買ったほうがいいな、うん。

じゃないと家はともかく外は不便だし。

 

それもこれもこのちっこい体が悪いんだ、まったく。

 

ささくれてきたから髪の毛に両手を突っ込む。

うなじのあたりがいちばんだ。

 

「……ほぅ……」

 

ちょっとほっこり。

 

指から手のひらから毛根から気持ちいい感触がさらさらぞわぞわと感じられるのがたまらないんだ。

 

「………………………………」

 

髪の毛をしばらく触っているうちにささくれはじめた気分も癒やされてきた。

 

で、調べてみると今買っても届くのは明日の夕方から明後日らしい。

 

うーん、どうしようか。

せっかくのやる気、このまま失うのはもったいないしなぁ。

 

「めんどくさい」

 

けど仕方ない。

この時間だったら人は少ないだろうし今から買ってこよう。

 

今日は曇っているから涼しいし。

少しだけだけど厚着するんだから大切だ。

 

……そういえば約束がないのに繁華街まで出るっていうのは久しぶりかもな。

 

ちょっとだけ嬉しい気がする。

 

そうと決まればお出かけ用の服に……。

 

 

◆◆◆

 

「あ――……んんっ……ん――――あ――――」

 

のどの奥の筋肉や舌を動かして、確かめて準備運動。

 

よし。

 

………………………………。

 

「おねえちゃーん、私これが食べたいのーっ」

「でも私もうおこづかいないの………………」

「おねえちゃん……ね、ダメ? ねぇーっ……」

「おねがいっ、おねぇちゃん!」

 

甘ったるい声が響き渡る。

部屋中に。

 

………………………………。

 

録音アプリを止めてたったの30秒にも満たない声を、再生。

 

『おねえちゃーん、私これが食べたいのーっ』

『でも私、もうおこづかいないの………………』

『おねえちゃん……ね、ダメ? ねぇーっ……』

『おねがいっ、おねぇちゃん!』

 

声に出していたときとはまた違う、小さい女の子の懇願するような甘えた声が聞こえる。

 

もだえる。

 

僕はもだえた。

 

たいした訓練とかはしていないのに甘えようとすると自然とアニメ声に近くなっていて、けどわざとらしさが感じられない。

 

つまりは本物の幼女が誰かに甘えているかのような、そんな声。

だって天然だもんな、養殖とは違う。

 

それが音声データとして現実に存在することになった。

 

「………………………………」

 

何度か聞いているうちに意識しないでいようってしてムリに押しとどめていた羞恥心がぶわっと上がってきてあっという間に顔がかっかとしてきてのたうち回る。

 

「………………!!!!」

 

言葉にならないとはこのこと。

 

あぁもう、ふだんは滅多にかかないのに汗まで出てくる始末だ。

 

鏡で銀髪幼女な僕を見ながら再生してみたのがなおさらまずかったらしい。

鏡の向こうの僕は真っ赤になっている。

 

ものすっごくはずかしい。

 

なんだこれ。

なにこれ。

 

僕は男のくせになにやってるんだ。

 

……ゆりかと話を合わせるために見ているアニメに似ている声質のキャラクターがいたんだ。

酔った勢いで、最近たまにしている声の練習をしてみようと思い立ってしまったんだ。

 

その結果がこれだ。

どうしよう。

 

予想以上に合いすぎているもんだから聞いていて体じゅうの毛が逆立つような感覚が止まらない。

 

ものすごくどきどきする。

お酒の飲み過ぎじゃない。

 

うん…………やばいな、これ。

 

素でこんな声が出るのなら、鍛えたら将来は小悪魔系にでもなってしまいそうな勢いだ。

 

「………………………………ぁぅ」

 

恥ずかしいし、こんな声は消して……いや、もったいないな。

 

保存だけ……保存だけ、しておこう。

ほら、これもこの先なにかの役に立つかもしれないし……。

 

「………………………………」

 

再生ボタンに指が進む。

 

『おねえちゃーん、私これが食べたいのーっ』

『でも私、もうおこづかいないの………………』

『おねえちゃん……ね、ダメ? ねぇーっ……』

 

『おねがいっ。 「おねぇちゃん」!』

 

 

◆◆◆

 

 

ここのところの外出で体が慣れてきたのか、いつもの格好で出てきてもほとんど疲れないままに駅前へたどり着いた。

 

うんうん、順調だな。

 

体重はいささかも増えてはいないけど筋力はついてきたようだ。

あとはがんばって食べて寝てを繰り返して立派な大人になるだけ。

 

なれたらだけど……こればっかりはがんばるしかない。

 

で、お店とかって意外と開くのが遅いよね。

 

だから開いたばっかりなビルの中に入ってちょっと別世界を味わいつつ、空いている中を気楽に歩いて上って参考書コーナーへGO。

 

やっぱりひとりは気軽で楽だ。

男は孤独じゃないとね。

 

好きなペースで好きなところに行けて遅れがちな歩幅で振り返られて落ち込むことがないし、かがまれて身長差で落ち込むこともないし「妹さん?」とか言われて落ち込むこともない。

 

そこはせめて弟でしょ……ってならないんだ。

素晴らしい限りだ。

 

たったのこれだけで勝手に癒やされて嬉しくなってくるあたり、最近の生活がどれだけ僕にとっての負担になっていたのかがよーくわかる。

 

……早く終わらないかなぁ夏休み。

けど、あと半分はあるんだよなぁ……。

 

あの子たちの世話が大変なんだよなぁ……。

でも約束しちゃったしなぁ……。

 

「はぁ…………」

 

ため息が出てきて一気に嬉しかった気持ちが消え去る。

最近の僕は躁鬱が激しいみたい。

 

「………………………………」

 

ふと思う。

 

……ここのところ。

僕はあの子たちのこと、ちょっと甘やかしすぎたかもしれない。

 

相手はたかが中学生、それも特に深い関係でもなし。

ただ情報収集と時たまに話したい欲を発散するためだけに友だちごっこをしているだけの関係だ。

 

友だちっていうのなら……僕からだって「今日はだるいから無しで」っていう権利くらいはあるはずだ。

それが普通の対等な友人関係っていうものだろう。

 

なまじ相手が年下だからってちょっと気を遣いすぎたかもな。

なにも僕がここまで疲弊してまでおつきあいする義理はない。

 

男と女、外交的な性格と内向的な性格とでは何もかもが違うんだ。

僕たち内向的な性格の男はなにか1個発見があればその日はなにもしないで幸せなんだ。

 

うん。

 

帰ったら「家の事情で忙しくなった」とか何とか適当な理由でもつけて減らそう。

それでなにか言われたらまた適当にじいやにでも頼む。

 

仮想じいや。

コンピューターおじいちゃん。

 

それでいこう。

 

………………………………と。

 

ノリノリになっていたところに意気消沈して戦意高揚したところで、気がついたら書店のいちばん奥で隅っこの、けどかなり広い感じの教材が揃っているエリアにたどり着いた。

 

英会話のテープの音を頼りにしていたらぼんやりしていても迷わずに来れたらしい。

 

僕に搭載されている楽々機能だ。

 

でもきんきん響く録音の声が耳障りだし、さっさと目星をつけてさっと買ってささっと帰ろう。

で、時間まで勉強してそのあとはお断りの文面を考える時間だ。

 

「よし」

 

……で。

 

中学生の範囲をやっていて気がついたけど、僕は一応は真面目な生徒だったもんだから1回やっているからには記憶の隅っこに……ぽろぽろ抜けはあるにしても基礎的な知識は定着している。

 

だから今の僕に必要なのはテンポよく思い出して数回の練習をして再確認して、昔の勉強であいまいだったところを復習することだけ。

 

だから練習問題は少なくていいからとにかく例題がいっぱいあって、字が大きくて……あとは手で押さえていると手首がずきずきしてくるから開いていても勝手に閉じにくいサイズのもの。

 

幼女の肉体に配慮された系のテキストが欲しいんだ。

 

とはいえさすがに高校の範囲にもなると分厚いものが多いしテキスト自体も小さめ。

困ったことになった。

 

「………………………………」

 

迷うなぁ。

 

参考書とかってなんだか魅惑的だからどれも欲しくなる。

こういうのって好き。

 

ぱらぱらと見るだけで重いって分かる参考書を数冊横に置いてよーく吟味する。

こういうのはだいたいシリーズならどの科目も似たような作りだから1教科で充分。

 

む……これはいいけど紙が硬いしこれは色が少ない。

 

……迷うなぁ……。

 

あ、重さも比べておこう。

 

これとこれはどっちが重いかな?

 

……どっちも同じくらいだから、なんとなくデザインが好きなこっちに……。

 

「…………あれ? 響?」

 

しようかな?

 

って思ったところに声をかけられてフリーズした僕。

顔を上げると……歩いてくるのはなぜか制服を着ているぱっつんレモンさん。

 

…………なんで君がここにいるの?

 

今日は約束とかしてないでしょ……?

 

やだよ?

 

休日も子守なんて……ああいや、この子相手なら大丈夫か。

かがり相手ならまだしも……いや、やっぱり話が長いからご勘弁だ。

 

さて、休日……ニートだけど人と会うって言うのはニートにとっては重労働なんだ……そんな中でばったりゆりかと遭遇。

 

これ、どうやって乗り切ろうか。


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