【改稿中】銀髪幼女にTSしたニートな僕が過ごした1年間 作:あずももも
さっきネコ科のでっかいやつみたいにして人に乗っかってきたのをもう忘れたくるんさんは元気だ。
無敵なんだ。
「ねぇ響ちゃん!」
「かがり、音量を落としてくれ。 僕はうるさいのが苦手なんだって何回か言ったよ」
いちいち声がおっきい。
2人しか居ない空間でどうしてそこまでボリューム出す必要があるの?
「あらごめんなさい、つい」
しゅんとなるくるん。
自覚はあるらしい……っていうか何回かクレームつけたもんな。
でもそのたびに繰り返すんだ、きっと学校でも先生にたしなめられていること間違いなしだな。
「ところで響ちゃん」
適正音量になっているのは偉い。
でもそろそろデフォルトの音量を覚えてね?
「ここのところ聞くのを忘れていたのだけど、響ちゃんには今のところ気になっている人も好きな人もいないのよね? 初恋もまだだったわよね? 私とお揃いで」
「そうだな。 同じ話題を唐突に振ってくるのもいつものことだけども回答は変わらないよ。 出会いなんか無い生活だから」
まーた始まったって思っていい加減な返事になる。
ちょっとだけ最近ちょくちょく出てきた「分かるー」な感じに浸っていたら、まったくこれっぽっちも「分からない……」なことが出てきたんだもん。
それに対していつも通りに不服そうなくるん。
……ほんとうに好きだなぁ、この話題。
何回も……いやもう10回以上もおんなじこと聞いてくるんだもんこの子。
毎回毎回よくもまぁ飽きないものだ。
その歳でボケかって思ったけどそうじゃなくって聞かずにはいられない性質のためらしい。
「今まで家と病院の往復しかしていなかったんだし……そもそもがそういう状況じゃなかったんだ。 まともな生活じゃない。 今だってそう変わらない。 前から言っているだろう?」
ニートは世間一般には理解されない、まともじゃない存在なんだ。
孤高の存在なんだ。
「それに……僕の家のこともある。 さらに言えば……いいかげんに分かってほしいんだけど、かがり。 僕は恋愛には……少なくとも今はまだ興味はないんだよ」
これだけ強調してもどうせ素通りされるに決まっているのが悲しい。
また次に会ったときにおんなじようにして聞いてくるんだろう。
君は親戚のおばちゃんか何かか?
そろそろ納得して欲しいけど無理だろうなぁ……。
だから特段感情を込める必要もないし淡々と説明だけしておいた。
何十回か伝えていればそのうちにいつかは分かってくれるだろうって願いを込めて。
まぁダメかもだけどそこはスイーツとコイバナで生きている女子っていう生き物だと思ってとっくに諦めている。
男と女なんて永遠にわかりあえない生きもの同士だからな。
でなければ物語の定番のテーマになどなりはしない。
僕がこのくるんさんとおんなじ生き方をするなんて絶対にないもんなぁ……。
まぁ……僕のほうにも少しは問題はある。
欠陥って言っても良いかもね。
物心ついてからでも20年以上生きてきたはずなのに恋っていうものを感じたことすらないんだもん。
異性にときめいたことがないんだから相当だ。
この歳にして枯れているって言っても良い。
普通は……常人なら小学生、遅くても中学生までにそうなるものらしいけど僕にはなかった初恋。
せめてそれくらいは済ませておけばその感情と感覚くらいならこの子と共感できたはずだけど……元の肉体的にも今の肉体的にも、そういうのを感じられるかすらも疑問なところ。
今後そんなものを実感することがあるのかどうかさえ怪しいもの。
だってニートって言う孤独な生活だもん。
人との関わりが……深くてスーパーのレジの人なんだから押して図るべし。
だいたいこの子が求めるそんなものの大半は「恋をしたい」っていう錯覚と性欲との複合物だろう?
「恋に恋する」って言う言葉があるくらいだからみんなも分かってるんだ。
手近な誰かでその気持ちを味わってみてあわよくば嬉し恥ずかしなひとときを過ごしたいんだ。
思春期だもんね。
そういうものだよね。
僕は良く分からないけども。
僕の人生経験はかがりのような子供とはさほど……いやいくらかは上なはず……たぶん……と変わらない。
もしかしたら、万が一があったら……今後にそういう感情を覚えることが無くはないのかもしもないけど。
「…………………………………………」
「今回も長考ね? 響ちゃん」
けど今はそもそもが女の子の体だし、ましてや幼女だし。
そういうのを体験するとしてもとりあえず魔法さんの気が向いて男に戻れてからってことになる。
女の子が好きな女の子っていうのも今の風潮的にいなくもないとは思うけど、今はそれ以前の幼女だしなぁ。
恋なんて10年早い。
物理的な課題だ。
何かとんでもないことが起きて運命がねじ曲がって、僕も好きで相手からも好きって言う関係ができる奇跡が起きたとしても……今のままじゃ精神的にも肉体的にも年齢差がとてつもないことになる。
それはまずいし絶対に長続きしない。
やっぱりそんな奇跡は起きないだろうな。
まぁ身分がないんだし端から縁のないことではある。
どうでもいいか。
「…………………………………………」
「おでこにシワが寄ってるわ? 可愛いのにもったいないわぁ……」
もし、間違って。
僕に何かのエラーが発生して……女の子っていう性別の肉体で、本来の僕なら生理的にムリなはずの男相手にそんな感情を覚えたりしたら。
………………………………それを忘れて本気で引きこもるしかない。
またイヤなことを思いつくどうしようもなくぽんこつな僕の脳みそ。
全ての星が1列に重なったとかでそんなことがあったら山にでも籠もるしかない。
髪でも切って慎ましく永遠に……あ、切れないんだった。
ここでまたしても魔法さんの出番だ。
「…………………………………………はぁ……」
「毎日が大変なのね。 分かるわぁ……」
なにが悲しくて男なんかにって思うとため息も出るもの。
絶対にありえないって断言したいところだけど……今の僕は魔法にかかっていてさらに言えば肉体的な性別は女の子。
色恋は社会的なプレッシャーとか個人的な嗜好もあるけど何よりも肉体の性ホルモンによるものって知識はある。
ひょっとしたら成長とともに出てくるはずの女性ホルモンのせいで僕が男を好きになる……そんなことを考えるとお酒を呑みたくて手が震えて来る気がする。
いけないループに入りつつある。
切り替えよう。
アイデンティティの危機だ。
男という自己同一性の危機。
僕は真剣なんだ。
「響ちゃんっておもしろいわよねぇ」
「…………………………………………」
くるんさんがなんか抜かしてる。
いらって来たから言い返してみる。
「そう言うかがりはどうなんだ?」
「?」
「いつも僕にそんなことを聞いてくるけど、君自身にとって誰がかっこいいだとか気になっているとか好きだとか、そういう話は話してくれたことがないと思うけど? こういうのは互いに言い合うものだって、そこにあった少女漫画にもあっただろう?」
「あ、わ、私? …………………………えっと、私は。 ええっと、その。 ……………………」
む?
……なんか予想外に考え込んだ……不思議だ。
何か悪いもん食べたのかなこの子。
けど今まで何となく何でかなって何か疑問に思ってたんだ。
恋愛脳なこの子だったら絶対にするだろう、学校とかの身近にいるこの子自身の好みの男子の話題とか耳にした覚えがないって。
最初の頃はクラスや学年のかっこいい男子について話してくるんじゃないかって身構えていたのにまったくその気配もない。
中高生だったらたとえ付き合ったりしなくても気になる人のひとりやふたりはいるだろうに。
まぁのろけ話とか聞かされるのは今以上に無為な時間になるから勘弁願いたいけども。
なにが悲しくて中学生の恋愛事情を聞かされなきゃならないんだ。
でも、不思議でしょうがなかった彼女の恋愛模様。
好きな人が居るのならその相手の話題で時間を稼げるし、なにかしらのアドバイスができたとしたら恩も売れるしで……僕にとっては良いことしかない気がする。
のろけはやだけど適度に建設的なら大歓迎。
ぜひともその相手のことを聞き出したいところだ。
人は好きなことを話していればごきげんだしな。
それに、恋愛ともなれば人ってお馬鹿になるらしいからきっと毎回おんなじようなことを言うようになるだろうし、返事が今よりも楽だろうから僕が得意なオートでの会話ができる。
たかが中学生の恋愛模様だ、たいして難しいものじゃないし楽勝楽勝。
そう思ったんだけどなんかすっごく考え込んでる。
あれー?
「その反応……もしかして居ないのか? 意外だな、いつもあれほどラブラブと他人や漫画やドラマの恋愛について語っているのに」
「うぐ」
僕の言葉に黙り込むくるんさん。
……今日はほんとうに珍しいことが続く。
メロンさんの困っている顔を見られるなんてな。
「……そうなのよ…………恥ずかしいんだけど、でも私。 いつも響ちゃんにも言っている素敵な恋というもの、とっても甘酸っぱいような感じの恋をしてみたいんだけど、でもまだ気になっている男の子さえいないの。 どうしてなのかしらね」
「実に意外だな」
「……響ちゃんが珍しくみんなと同じ反応をしているわ……」
きっとみんなもそう思ってるんだな。
年下から年上まで毎日のように同じ空間にわんさかと思春期の男女が揃っている学校っていう特別な空間。
恋愛にはこれ以上ない環境だ。
社会に出ると打算が出てくるから純粋に恋に恋できる、最初で最後の空間。
お互いにそういう感情とか衝動が強い時期でそういう風潮。
大人に比べると笑っちゃうくらいにかんたんに恋人っていうものを作れるはずの学生なのにな。
責任とか立場とかしがらみとか将来とかの憂いがない分思う存分にくっついては離れてができるのにね。
僕はしたことなかったけど、そういうのに積極的なはずで人気もあるはずのこの子が……なんてなぁ。
世の中って案外分からないものだ。
まぁ科学じゃ説明が付かない幼女化が起きるんだもんな。
もはやなんでもありまである。
でももったいないなぁ。
僕みたいにそういうのにかけらも興味ない男子なんて……それなりには居るって思うけど、それでも大半はぽんやりしている系くるんでメロンなかがりならよりどりみどりだろうに。
せっかくのチャンスを台無しにすると僕みたいになるから気をつけてね?
「君なら告白のひとつやふたつどころかもっとされているものだと思っていたんだけど、違うのか?」
この子からじゃなくても相手から来てないの?
ほら、その顔と胸っていう肉体とほんわりした性格と雰囲気と人当たりの良さっていう内面……ちょっとトリップしてる性格も男にとってはきっと理想を体現しているはずだもん。
高嶺になっちゃっているんだろうか。
あるいは本人が気がついていないだけとか?
……ありえる。
くるんだしな。
「好きです」って言われてloveじゃなくてlikeって本気で思っていてもおかしくはない。
「……なんで分かるの? この前も告白されただなんて」
「いや、そうは……なんとなくそう思ったよ」
そこまで言ってないけど言ったことにしておこう。
「……たしかに小学校のころからよ。 学期の終わりとかお休み前とかに男の子から呼び出されて告白されること、よくあるの」
良かった、少なくとも告白してきた男子を振る以前のことをしていなくって。
小学校のころから成長、早かったんだなぁって思う。
たぶん全体的にまんべんなくすくすくと成長していたんだろう。
ちょっとお花が頭の中に咲いている感じだけど、いつも笑ってて楽しそうだしモテないはずがないもんね。
よっぽど女心が分かっている経験豊富な男以外は話が壊滅的に合わないだろうけど……若ささえあればなんとかなるらしいし、学校にいるあいだだけなら話題なんていくらでもあるだろうし。
つくづく恋愛に適した環境だな、学校って。
この僕でさえちょっと懐かしく思わないでもないくらい。
別に惜しいって感情は湧かないけど懐かしいとは思う。
「……だけどね?」
珍しく真剣な意味合いが含まれている気がする声。
「私……告白されても好きなおはなしでみんながしているみたいに胸がきゅんとしてきたりどきどきしてきたり、嬉しいって感じたり思ったり怒ったり泣いたりしたことないのよ。 何かおかしいのかしら、私って」
情緒が育ってないだけじゃない?
とはさすがの僕でも言わない。
思うだけだ。
「相手の子も良く知ってるお友だちだから、そのままおつきあいしてみようと思ったこともあるんだけど……でも私がそんな調子だから失礼だって思ってしまうの。 毎回。 だから結局お断りしかしたことがないのよ」
案外にまじめだな。
成熟した大人な僕的には好印象だ。
「だから……彼氏とかの恋人。 これまで居たことないの……みんなからは『今は居ないだけなのね』って言われるのに……」
しゅんとなるくるんさんのくるんくるんもといしゅんしゅん。
「だから恋愛相談とかよくされてしまうの。 『分からないわ』って言うのも可愛そうだからって思って『恋愛ものだったらこうだけど……』っていうのしか答えてあげられなくって。 でも、なぜかみんなそれでうまく行くのよ」
「ふーん」
当てずっぽうもすがすがしければ逆に真実を言い当てる感じ?
漫画のお馬鹿キャラが適当に抜かしたことが鍵になることって良くあるよね。
漫画とか映画の話だけだと思っていたけどもしかしたら真実なのかもしれない。
「なんでかしら。 響ちゃんは分からない?」
「さあ」
僕に聞かれても……。
くるんさんのますますと弱ってきているくるんをなんとなく見ながら思う。
この子、恋愛が好きなだけあって理想を追求しているのかもって。
こだわり、理想もここまで来れば良いものだ。
僕のコーヒーとかお酒とか温泉とかのこだわりに通じるものがある気がする。
思春期以前に女子って存在なら「とりあえずで付き合ってみよう」っていうのをするって聞いてたのに意外なもの。
好意を示されたらよっぽどじゃなければ嬉しいものだしちょっとした優越感も感じるだろうにな。
まぁ僕にはこれっぽっちも縁のない話ではあるけどね。
そもそも興味がないからどうでも良かったんだけども。
今も前も僕の芯のところは変わっていない。
そういうものに心を動かされることがないんだ。
好きの反対は無関心なんだって。
興味がゼロなら何があってもなんとも思わないんだ。
「ねぇ、響ちゃんには分かるかしら?」
「なにが?」
「何がって、恋って何かってことよ」
「恋か。 難問だね」
まさかこの子からそれを訊ねられる日が来るなんてってびっくり。
人生って何があるか分からないね。
「恋をするのにはあこがれているし恋している子を応援したくもなるんだけど……恋についてお話したり読んだりするのももちろん大好きなのだけど」
知ってる。
「私、自分ではまだよく分かっていないのよ」
「それを自覚できているだけで立派だと思うよ」
「?」
「……さて、なんだろうね」
社交辞令的な答えを理解してもらえなかった僕は深く深く傷ついたから避難先のベッドの上でぐだぐだしながら考えてみる。
僕のベッドからとは違う甘いようなふわふわした下条さんの匂いがただよう。
さっき嗅いだ匂いがしたから湧いてきている空間。
……こうして家の外で脱力するっていうのもまた新鮮。
「…………………………………………」
「響ちゃんはどう答えるのかしら?」
そう言えばこの子ってよくひとりごとぶつぶつ言うよね。
ずっと耳に力入れてるのも疲れるから聞き取れなかったら無視するけど怒らないからどうでもいいのかな。
さて……恋について。
僕が最も興味ないもののひとつについて何か言わなきゃいけないらしい。
この子が納得する答えを思いつかないと終わりそうにない気がするから考えてみる。
……子どものころは思っていた。
大きくなるにつれて自然と誰かを好きになって誰かに好かれるんだって。
だって知り合いの大人の人たちの大半が異性とくっついていたんだもん。
だから僕も学生のうちはもちろん、社会に出て働きながら何回か恋人を作ってくっついたり分かれたりしながら過ごして、幸せだったり怒られたりしながら苦労したりして……30くらいまでには結婚して子供くらいはいるって思っていた。
母さんが僕を産んだのだって元の僕くらいの年齢……大学卒業から数年だったらしいしな。
なんなら学生のころからずっと付き合っていたらしいってのを聞いていたから「そうなるんだろう」ってどこかでぼんやり考えていたんだ。
だけど現実と言えば灰色の学生生活。
僕がひねくれてたのも無気力だったのも致命的に変だったのもあって、とうとうにデートさえないままにこの歳になってこの歳になって女の子にもなっちゃった。
今思えばただの子供が歳を取るだけで勝手にいろんなことを知って経験して大人になるって思い込んでいただけだったんだろう。
でも、なんだか悲しいな。
「………………………………かがり」
そう思ったら、勝手に口が開いていた。
「恋なんて、……少なくとも。 したいと思ってするものじゃないと思うよ。 僕だったら、ね」
ベッドでぐんなりしていたらなんだかセンチメンタルな気分になったからかは分からないけど……僕でも考えたことがないような言葉が、ぽろっと出ていた。