【改稿中】銀髪幼女にTSしたニートな僕が過ごした1年間 作:あずももも
「くぁ……」
体のサイズに比べて大きなあくびが出た。
全然成長してないのはこの数ヶ月で確認済みなのにこの眠気。
ちっちゃい体だからしょうがないか。
出てきた涙をふきふきした先にはいつも通りにつけっぱなしのテレビ。
どの局にしてもとめどない音と光という情報が流れ出ているにぎやかさ。
別に見ているわけじゃないんだけど、こうして誰かの姿をちょうどいい音と距離で聞いているっていうのはとっても安心するから居間に居るときはほとんど付けているんだ。
あっちから一方的だから興味を引かれたときだけ注意すればいいというのも良いよね。
だからそんなに持たなくってもう何代目かになる何台目。
わりと新しめのテレビのきれいな画面に映っている人たちを眺めるひととき。
……あんまり良くない習慣って言うのは知ってる。
こういうの、人寂しいからするものらしいしな。
でも人との接点が無いんだからしょうがない。
春まではひとりでひきこもってニートしてたんだから僕のせいで、春からは幼女になっちゃって誘拐犯になっちゃうから僕のせいじゃないからしょうがないんだ。
でも最近はがんばってるんだよ?
JCさんたちな知り合いが4人になっちゃって予定が重なると毎日お出かけだもんなぁ。
ちょっと前だったか何年か前だったか、何週間かじとっと引きこもっていたら会話ができなくなってたことがあったけど今はそういうことないし。
言葉って使わないとダメになるって言うのは本当だったらしい。
「あー」とかすらかすれるって言うかどうやって声出すか一瞬考えたりするレベルにもなったし、なんならちょっとでも早口だと聞き取ることすらできなくなるっていうおっそろしい経験もしたし。
あれはほんとうにやばかった。
さすがの僕も危機感を覚えたくらいだもんな。
母国語が聞き取れないって言う危機感はやばかった。
めんどくさくっても人と話さなきゃ行けないんだなーって思った。
「………………………………」
気がつけばいじいじしている長い髪の毛。
さわさわすると気持ちいいそれを無意識にくるくるすべすべしている僕。
だってちょうどいいところにあるし触り心地いいし安心するし……せっかくもっさり生えているんだから使わないともったいないし。
うん。
モフれるうちに存分にモフっておこう。
男に戻ったら多分消えるんだろうし。
ひと晩でもっさり生えたんだから戻るときもひと晩ですっきりするに違いない。
「…………………………………………」
……これだけ生えた代償とか言って生えなくなるのとかは止めてね……?
この歳ではげたら悲しすぎるんだよ……?
僕も男だから薄毛の悲惨さは僕自身のことのように意識している。
男って案外に繊細だよね。
意識を僕自身からテレビに向け直してみると、さっきまではまじめな話題をしていたはずなのに視聴率の取れそうな芸能ニュースになっていた。
だからぼんやり考えていたんだな。
芸能人のだれがどうしてどうなったっていうニュースって言う名前のバラエティ。
この体になってかがりに刷り込まれるまでの僕だったら「つまらないしくだらないしどうでもいいしさわがしいし」ってさっさと切り替えていただろう時間。
でも彼女に叩き込まれたおかげで、そこに移っている人が誰なのかってそこそこ分かるようになっている。
だからか気がついたら「ふーん」って思いながらぼーっと見てるときがある。
不思議だよな。
ほんの数ヶ月前まで、こんなのは時間の無駄としか思えなかったのにな。
人ってちょっとしたことでここまで変わるんだな。
まぁ男が幼児になるんだから不思議じゃない。
つまり僕はほんのちょびっとだけは普通でまともで常識的な人間に近づいてきたのかもしれないって言っても良いだろう。
容姿と状況は普通にはほど遠いままなのが課題だけども。
そんなきらきらした世界の人たちは同じ世界の住人のスキャンダルに夢中の様子。
ついこの間まで仲良さそうにしてたのにね。
昨日までの友だちは今日の敵な世界観らしい。
殺伐としてるね。
やっぱりこわい。
有名人って大変だね。
そのぶんのお金とか名誉とかはもらっているとは言ってもさすがにかわいそうって思う。
まったく関係ないことまで「らしい」とか「かもしれない」で好き放題。
僕だったらウソだって分かるようなことも平気でしたり顔で分かったような顔で裏切られるんだ。
こわいこわい。
まちがってもこんな世界なんかに入るもんか。
今井さんにお手々引かれなくて本当によかった。
やっぱりあのときのコネを使うのは控えておこう。
最終手段としては……まぁまぁアリだって思うけど。
現状どうしようもなくなったときに電話する相手って言ったら叔父さんかお隣さん、その次に萩村さんたちって順番だもんな。
……どうしようもなくなったとき。
お巡りさんに連れて行かれたときとか家が火事か泥棒に襲われたとき、あとは急な病気とか怪我。
僕は今まで幸運にもそういうのが……20年以上生きてきても無かったんだから大丈夫って思うけど、可能性はゼロじゃない。
だからちゃんと少ない連絡先には残しておいてあるんだ。
万が一って言うのは無いからありがたがるもの。
使わないで捨てる防災グッズ的なものなんだ。
「けふっ」
お昼までに今日のぶんの勉強をみんな終わらせてあって外出の予定がないもんだから珍しく退屈になった午後。
こんぶ茶とおまんじゅうを口に運びながらもさもさと過ごす。
銀髪幼女な外見と黒と白でなんだかお嬢様って服装になっちゃった今日の僕にそぐわないチョイスだけど食べたくなったんだからしょうがない。
でも、食欲は少ないんだけど甘さ控えめなら意外と量もいけるんだよなぁ。
不思議だなぁ。
お酒と同じかな?
ああ、お酒を呑む夜が待ち遠しい。
「…………………………………………」
静かな室内にテレビからの声だけが小さく映る。
台所を眺めると……そっちにあるガラスの反射で、銀色でもっさりしていて目がぼんやりしていてほっぺがぷにっとしていてちっこい僕が退屈そうな顔を向けて来ている。
たまにはこういうのっていいな。
最近はやけに騒がしかったし忙しかったから、こうやってひとりでヒマってのがなかなかなかったんだ。
これじゃニート失格だな。
何かにがんばって忙しいとニートからフリーターに格上げされちゃうんだ。
知り合っちゃってなんだか懐かれちゃった子供たちもとい中学生たちのお世話はあとちょっとだけ続きそうだけど、でも夏休みの終わりが見えて来たから僕はご機嫌だ。
夏休みが終わったらちょっと遠足……じゃなくて遠出をする計画も立てている。
やっぱり僕は普段家で静かに過ごして、たまーにふらっと何日か僕を知らない土地に行くのが好きみたい。
本当は温泉にも入りたいけどなぁ……結局男湯か女湯か決められないから行けないしなぁ……。
楽しみをひとつ失った悲しみ。
体と心の性別が合ってないと大変なんだってこの歳になって知ったんだ。
そう思うと今流行りの……って言っちゃ悪いけど、ようやく日の目を見るようになって来た人たちに親近感が湧いてくる気がする。
今の僕の現状って性同一性障害ってやつになるもんな。
普通の人に「男だったんだけど魔法さんが幼女にしやがったの」って言っても通じないだろうし。
ちょうどテレビでもそういう特集をしているからスマホをすいすいしながらちらちら見る。
……僕って人への興味が薄かったらしい。
だから好きな有名人とか居なくって、だからだからスポーツ選手とかお笑いの人とかアイドルとか……普通の人が当たり前に好きって言うその対象が居なくって、だからこれまで詰まんないって思ってたんだ。
でも誰の影響でも何でもいいからひとりでも見つける。
見つけたらその人の出ている番組とかニュースが気になるようになる。
そうすると自然とその人と仲のいい別の誰かの情報が入ってきて顔なじみになって、そのさらに顔なじみが増えてくる。
で、そこからお芋みたいになっていくっていうのは、ひとりの友人から知り合いや別の友人を増やしていくっていうのと流れはおんなじだ。
友人。
友だち。
全然居なかったからこうなったんだろうか。
本当に居なかったもんなぁ、友だちって。
友達が居ない人の話題になっても「ふーん」って平気だった辺り、本気で人としてやばかったのかもしれない。
高校大学ひきこもりニート時代と僕から話しかけたりしたのって数えるくらいだし。
作れないわけじゃなくって作りたくなかったのかもね。
こう毎日のように誰かと会う生活をしていると「これまでがなんだったのか」って思う。
なんだったんだろうね。
なんで僕ひとり寂しくニートなんかしてるんだろうね。
そう思えるくらいには人として成長したらしい。
だっておしゃれっていう概念を獲得したし、立派に女の子として振る舞えるようになってきたし、知り合いもちょっと前の3倍には膨れ上がっているし?
きっと天国に行ったはずの父さんと母さんも喜んでいるだろう。
そう言うところがあるのかどうかは知らないけど、あったとしたら多分。
……その相手が全員年端もいかない女の子だっていうのは……まぁ幼女になっているし同学年ってことになってるからいっか……どうせそう遠くないうちにお別れなんだし。
期間限定というのも後腐れがないし悪くない。
旅先での数日だけの関係だと思えば気も楽。
短期間だけでお別れって思えば逆に楽しいものだしな。
幼女から男に戻って社会復帰をするための準備なんだって思っておこう。
「……ずずっ………………ぷは――……」
昆布茶っておいしいよね。
じじ臭……ばば臭い趣味だなぁ。
そんなことを思う幼女の見た目の成人男性な僕だ。
◇
――――――――――――◇の思考にノイズが◇◇る。
でも、そのときの僕がそれを自覚することはなかった。
◇
そう言えばなんで僕今日はずっと居間に居るんだっけ?
普段は部屋がメインなのにな。
まぁいいや。
僕がテレビの向こうの人たちの顔が分かるようになってきたのって◇かがりのおかげでもあって、かがりのせいでもあるんだっけ。
会う度に何十回も何十分も好きなだけ話すあの子だから自然と聞き覚えのある人が増えたんだ。
最初の頃は「はいはい」って流してたけど、どんな人だって10回聞けば覚えちゃうもの。
そんなわけでだんだんと理解できるようになってきて、気がつけばその人は一方的な顔見知り。
そうなるともうその人についての新しい情報を手に入れるのが楽しくなる。
そんなことばっかりしてるからお花畑さんなんだろう。
でもこれってすごいんだ。
まるでぜんぜん分からなかった外国語をひとつずつ覚えていって、あるときに「あ、これ分かる……!」ってなったときみたいな感動まであったりするし。
「◇◇◇ニュースです」
そんなときに◇◇◇とイヤな感じのテロップとともにスタジオがぶつ切りになって急にマジメな顔のニュースキャスターの人。
「…………いいところだったのに……」
この瞬間にかがりが言っていそうな言葉が口を突いてくるけど、よく考えたら「別にどうでも良くない?」って思う。
でも良くないんだ。
なんなんだろうね、これ。
しかたない、これが終わってさっきの続きになるのを待とう。
なんなら続きはネットで見てもいいんだしな。
今って便利だよね。
僕はイスの上で立ち上がってテーブルの上でお茶を準備する。
そうしないとクッションを重ねたイスの上からも座高が足りないのがひとつ、熱湯を顔よりも上の位置で操作するのが怖いって言うのがひとつ。
袋からがさがさと粉を出してポットからお湯を注いで今度は梅こんぶ茶。
……あれ?
これ、さっきも飲んでなかったっけ?
「…………………………………………」
……気のせいだろう、気のせい。
でも今度はもうちょっとだけ熱いままで飲もう。
薄いのから◇いの。
◇いのから熱いの。
戦国時代からの常識だってどこかで聞いた。
「………………………………?」
なーんかさっきから、ざざっと◇………………。
「………………………………速報です、たった今入ってきた情報ですが…………」
うーん、ちょっと熱すぎたな。
唇が痛い。
僕の猫舌は男のときからだけどこの体は肌も薄いからきっと唇も薄いんだろう。
気をつけないとな。
唇とかべろとかのやけどって何日か地味につらいんだから。
でも不思議だよなぁ……この僕が◇◇なんて。
「…………………………………………??」
…………なんだろう、これ。
頭が…………ちりちり?
ちみちみする◇な?
「…………………………………………」
深いことを考えられない。
なんか不思議な感覚。
あ、でも、これってちょっと前に経験した気がする……いつだっけ?
あ、そうだ。
これって僕がこの体になった◇◇◇◇に。
「……え? もう始まって? …………失礼しました、◇◇長官の会見の様子を中継します……」
◇◇◇…………、ざらざらする。
画面はまたまた切り替わって見慣れた政治家さんの顔がどアップで映る。
でもよく分からない。
まるで子供の時に真面目な番組を見るような感じ。
基礎的な知識が全くなくって理解できないっていう、知らない言語のラジオを聴いているような感じでもある気がする。
僕は◇った。
「……政府は…………今朝の臨時閣議によって次の…………措置法を」「…………合同対策本部を設置し、速やかに◇◇◇混乱を最小限に抑えるよう……」「……以後は……した関係各国との連携と…………の救済を目標とし、また同時に国民の皆様にも……」「……また、周知活動はもちろんのことその第一弾として…………」
「………………………………」
くらくらする。
……………………◇◇◇。
「………………………………」
僕って誰だっけ。
「…………◇◇以上です。 カメラをスタジオに戻します」「………………………………、………………………………」
そうだ、響って言う名前の幼女……になってる男だった。
危ない危ない、こればかりはアイデンティティとして大切にしないと。
「……そこで今回は、周知活動キャンペーンとして、◇◇◇…………の方々、を…………」「……として起用することになったそうです」
「…………◇◇、もう準備できているんですか!? ……こほん、失礼しました。 それでは中継をつなぎます! フラッシュに……」
それにしてもこのキャスターの人、新人さんなんだろうけどつっかえつっかえだし素の言葉遣いが出ちゃってる。
後で怒られるんだろうなぁ……かわいそうに。
◇◇
◇
◇◇
「………………………………ん」
目が覚めるときって急に物を考えられるからすごいよね。
「?」
なんで僕そんなこと今考えてるんだろう。
まぁいいや。
それよりなんだか画面に映っているこの子たちに見覚えがあったんだ。
誰だっけ……?
そんなに前じゃないような……?
あのときはメガネだったはずだけど◇な子と、髪の毛を後ろでひとくくりのポニ◇テールさん。
どこかで見◇覚えがあるような?
なんか印象的だったのは間違いないんだけど、多分僕から一方的に1回くらいしか見てない気がする。
誰だっけ?
確か僕がこの体になって――。
「むー?」
と、記憶を中から掘り出そうとしてやっきになっていると画面のすみっこのほうにもっと見慣れた人が居て。
「えー、彼女たちは……として有名な◇◇◇……として1年ほど前から……」
「今回は彼女たちが……で影響力のある、今人気のアイドルということもあり……」
……あのガタイの良さと高い身長、だけどどこか僕と似た雰囲気を感じないでもない感じの彼。
……◇村さん?
あれ?
…………ガタイなわりに優しげな、◇◇……忘れた。
「…………………………?」
…………あぁ、萩村さんだ萩村さん。
ついこないだ来ていたDMまがいの◇◇の送り主が画面に映る。
スマホって便利だな。
登◇しておいてよかった。
それにしても最近会っていないからけっこう懐かしい感じまでするな。
連絡はメールでいちおうは取っているけどしょせんデータでしかないし。
ということはこの子たちは………………………………あぁ、思い出した。
僕がハサミに追われていたころ、家から出て駅に向かっていたら萩村さんにばったり会ったんだっけ。
そのときに黒塗りの3台くらいの車から出てきたのがポニーテールの子と学生服で目立つメガネをかけていた子だ。
2人とも高校生くらいの女の子で……あー、そうだった、結構はっきり思い出せた。
テレビに映ってるのこの子たちだ。
萩村さんも隅っこに映ってるし……お仕事もらえたんだね。
けどなんかアイドルさんたちにしては物々しい雰囲気。
なんなんだろう。
けどそれを目指してたんだろうし、応援してあげよう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
でもこの時の僕の頭は、それより先へは上手に働いてくれなかった。
「なんだか懐かしいなー」「あのときはまだスカートにも慣れてなかったなー」「あとあの日にかがりに再補足されてこうなってるんだよなー」くらいしか考えられなかったんだ。