【改稿中】銀髪幼女にTSしたニートな僕が過ごした1年間   作:あずももも

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21話 関澤ゆりか(1) 3/5

この体になって良かったことがある。

 

背が低いってことは視線が低いから視点が低くって視野が狭いんだ。

 

もちろん人混みとかじゃマイナスにしかならないんだけど、僕みたいに寝てるとき以外はずっとなにかをもやもや考えてる人間にとっては良いことだって思う。

 

あんまり周りを見渡せないもんだから情報が制限されていて……うまくは言えないんだけど、なんかこう……楽なんだ。

 

普通は人よりよく見えてる方が良いって思うんだけど、どうやらそうじゃないらしい。

不思議だよね。

 

僕の頭の出来は普通だから何ともないけど飛び抜けて頭の良い人とかは病んじゃうって言うし、その逆だと将来の不安とか考えずに済むって言うし……案外そういうものなのかも。

 

うん。

 

かがりのあの様子を見ていたら本当にそう思う。

いや、別にお馬鹿さんってわけでもないんだけど。

 

「……そういえば」

 

関澤さんが取ってくれていた席を案内図で見ながらつぶやく。

 

「席は……けっこう前のほうなんだね」

「うん。 響はあんまり映画館来たことないんだよね? だから教えたげるけど、こんな風に席の大半が埋まっちゃうようなときにはさ? 私たち同志は」

 

「………………………………?」

 

同志?

なんだっけそれ?

 

「………………………………………………………………あ、小さい同士か」

「……ひーびーきー、ほんっと忘れんぼなんだから。 そろそろ覚えて?」

 

ほっぺを膨らませるちっこいの同士もとい同志。

スマホで入力した漢字を見せられたから訂正する。

 

……この子って変なところのこだわりがあるよなぁ……。

こだわりって言うかはまってる作品のキャラの真似っこだろうけども。

 

「で、同志はね? 通路の真後ろっていう1メートルくらいの前方の空間を確保しといて、前の人の頭で視界がジャマされない席が大切なのっ」

 

……背伸びをするようにつま先で立ってアピールしようとしてポップコーンを2、3個こぼしてわたわたする。

 

いっつも演技過剰だな、この子。

でもちゃんと拾っているのはえらい。

 

……さすがに食べないよね?

 

あ、良かった、ちゃんと足元に置くだけか。

 

良かった良かった、この子がそこまで食い意地張ってなくって。

 

「響?」

「何?」

「……」

「……」

 

何でか知らないけど女の子って僕の考えたことを察するらしい。

オーラってやつをちょっと使えるらしい不思議な生き物。

 

じとーっと見てくるから表情筋の力を抜いて脱力だ。

 

「……で、それが取れなければ前の方の席。 首は疲れるし痛くはなるし音も大きすぎて画面も見づらいからできれば別のを取ったほうがいいんだけどー、どうしようもなければそっちもアリ。  そういう見上げるような不人気な席でないと……運が悪いと前がみーんな背の高い人とかで最低でも視界の下半分がジャマされちゃって散々なのだよ」

 

「なるほどね」

 

小さき者の宿命か。

大変だな。

 

なにをするにしても標準しか考慮されていないこの世の中、それから外れるほどに不便さを押しつけられる。

 

その標準の中のさらに標準だった僕としては、こうして気がつかないところで誰かがちょっとイヤな思いをし続けていたことをこの体になって初めて知ったんだ。

 

僕自身で体験して実感してみないと分からないことって本当に多いよね。

 

知識としてはどこかで聞いていて知っていたはずなのに、こうなるまで本当の意味じゃ知らなかったんだ。

 

「………………………………」

「もきゅもきゅもきゅもきゅ」

 

映画が始まるどころかまだ入場前。

でも手持ち無沙汰のあまりぷちぷち食べている僕たち。

 

けっこうな量だし多少減っても問題ないだろう。

僕はどうせ食べきれないんだからどうでもいいしなぁ。

 

「まー普段なら空いている時期と時間帯狙うし見やすい席でも苦労しなくても取れるし?  ……んむんむ。 ……んでさらに言えば良い席以外はがらがらなこと多いから、前に背の高い人いても始まってから別のとこに移動できるしね。 だから、普段は気にしなくてもいーの。 予告終わっちゃえば入って来る人ほとんどいないし」

 

自称同志な関澤さんの講義が続く。

 

この子って語るときはかなり早口になるから聞き取るのが大変。

それでもかがりの方がもっと大変だからこのくらいは余裕なんだ。

 

「だけど夏休みの昼間、しかも公開したばっかのこのタイミングは……ねぇ。 レディースデー狙ってきたし背の高い男の人の割合は低いはずだけど……私たちみたくたまたま今日のこの時間取っちゃうこともあるし。 ……かっ、……カップルさんとか家族さんとかいるし? ……ぱりぱり」

 

やっぱり映画とか普通は誰かと来るもんだよね。

ひとりで来てた僕は誰が誰と来てたかすら興味なくて観察しなかったな。

 

「詳しいんだね、ゆりかは」

 

知識を披露したら褒める。

この子たち相手に学んだ知識だ。

 

「まーね。 どーよ?」

「頼もしい限りだな」

 

むふんっとどやってるからさらに褒めておく僕。

 

「むふふんっ。 だてにいつも友だちの予約とか任されてないよ! 私こういうの好きだし!」

「将来有望だな」

 

きっと幹事とかもそつなくできるんだろうし、大学生以降の未来が明るいな。

持ち前のコミュ力というものも備えて完璧だろう。

 

小さいというのも武器にしてうまく生きていけそうだな。

 

かがりと違ってまったく心配のない子だ。

 

あの子はもうちょっと、その……年相応に経験を積めば、たぶん きっと……大丈夫かな?

 

「…………………………………………」

 

…………………………心配だ。

 

性格は明るくって良いんだけど……やっぱり心配になる。

 

これが父親の気持ちってやつ……?

僕、彼女とかできる前に子持ちなの……?

 

「響もネット強いよね? 他の友だちとか知らないの響なら知ってるってこと多いし。 パソコン持ってるのも大きいよね。 やー、スマホとかタブレットだけの子ってディープなの話せないからさー」

「まぁね」

 

そっか、今の子はパソコン持ってないこともあるのか……世代間格差は激しい。

スマホだけで何でもできる時代だもんな、そりゃそっか。

 

ネットも軽いゲームも電話もチャットも読書も映画もこれひとつで印刷ならコンビニだし……あれ、本当に要らない……?

 

「でも映画館には来ないんだ、響。 映画自体は好きなのに」

 

「映画やドラマはいつもレンタル……じゃないか、オンラインになるまで待ってテレビとかパソコンとか。 迫力を味わいたければホームシアターで観ているからな。 気がつけば映画館に来るということ自体を意識することを忘れていたよ」

 

「ホームシアターとか……ブルジョア!! 敵だ!!!」

「何だブルジョアって……安いやつだよ? たしか全部で10万くらいのじゃなかったかな? スクリーンだって大したものじゃ」

 

「きんせんかんかくぅ!! これだからお金持ち出身は……ぶつぶつ」

「え、えっと……」

 

拗ねるフリをしているゆりか。

ブルジョアとか、やっぱりこの子変わってる。

 

でも良いテレビとかがある家って多いしそこまでじゃないと思うんだけど。

 

シアターセットだってただのエントリーモデルだし、それで満足しているからぜんぜん投資していないんだけどなぁ。

 

むしろ音響のほうが青天井っていうのは黙っておいたほうがよさそう。

サラウンドとか言ったらなんかまずそうな雰囲気だし。

 

それにホームシアターとかですらVRゴーグルに取って代わっちゃった感があるしなぁ。

完全に寝っ転がれるのが最高なんだ。

 

お値段は……やっぱり高いから言ったら絶対なんか言われるだろうけど。

 

「ゆりか、そろそろ入れそうだよ? ほら、並ぼう」

「うぬ……しゃあねぇ……!」

 

テンションまで変な子だ。

よく分からない理由で楽しそうになるのは女の子共通なのか?

 

僕たちは小学生級だから、いくら夏休みで平均年齢が低いとはいっても背の高い人のほうが多い。

 

不注意でぶつかられてこぼされたりしないようにって僕もゆりかのそばで気をつけつつ一気にできていた列へと並ぶ。

 

「大切な大切なポップコーンを死守せねば。 もきゅもきゅ」

「………………………………」

 

金銭感覚。

 

彼女に指摘されてしまったように、これもまた気をつけておくべきだな。

学生にとってはお金とは百円、千円単位だ。

 

万というのは年に数回の感覚的にはまさにケタ違いのそれだろう。

つまりは大金だということで、10万を超えるのはとんでもないもの。

 

僕は新しいもの好きだから結構な頻度でお高いものを買っちゃう癖がある。

 

うっかり口走らないように覚えておこうっと。

 

 

 

 

「いやぁー……ラスト30分は怒濤だったねー」

 

無重力な世界から一気に地上に降り立った感覚。

 

「ラストシーンなんだけどね? 私、実はネタバレなしコメだったはずのものでまさかのネタバレ食らってたから知ってたのよ。 でも直前までどうやったらそこまで持っていくのか分かんなかったし楽しめてよかったー!」

 

「うん、いくらかは勢い任せなところもあった気がするけどきちんと伏線も回収していたし、好印象だったね」

 

なんだかゆりかの声が大きいように感じる。

映画が終わったあとっていつもこうだよね。

 

「響は辛口だねー」

「いや、勢いというのも大切だ。 演出とはいえテンポを損なってしまう作品も多いし」

 

ついそうやって分かった気になって言って見るけど別にマニアとかじゃないからなんとなく。

僕がおもしろいって思う映画ってあんまりないからこれで良いんだ。

 

「お、ぉ――……?」

「褒めているんだよ」

「そっか」

 

どうやら伝わってなかったらしいから捕捉しておく。

 

「……………………………………………………………………」

「んーっ……1時間半でも長く感じる現代っ子よ……」

 

暗い空間でひと言も話さず、なのに隣に座っていているってことがはっきりと感じられて。

 

序盤まではときどき手が当たったりしつつポップコーンをがさがさしたりジュースの氷の音が聞こえたり、ふいの静寂でぷちぷち食べている音がお互いに聞こえたり。

 

10年ぶりだったけどなかなかに懐かしい体験だったな。

 

エンディングが終わって明るくなってからの非日常感もまた良いもの。

普段そのままパソコンの操作とかに戻っちゃうしな、家だと。

 

あれでも余韻は味わえるんだけど……こうやって時間をかけて戻るって言うのもまた良いかも。

今度から映画終わったらごろごろしてみよっと。

 

「…………………………………………」

「…………………………………………」

 

それにゆりかも、いつもはずーっと話し続けているのに映画が終わったあとちょっとだけ無言のままで歩いていたのもまた新鮮。

 

こんな感じならいくらでも一緒にいてもいいんだけどな。

でもこの子もやっぱり女の子、普段はとにかくやかましい。

 

どこかにほとんど話せずにいられる知人候補は存在しないんだろうか。

 

ただ傍に居てくれるだけで、できたら男が良いんだけどなぁ……いないかなぁ……。

 

「ふぃー……それにしてもやっぱこー、あれだよね。 映画館から出たあとしばらくってさ、今みたく夢見心地でふわふわしてるよねー」

 

「そうだね。 あのスクリーンからの光と音しかない環境がいいんだろうな。 真っ暗闇の中でただ座っていて……家だと他のことで気を取られたりして、つい気が散ってしまうし。 インターホンとか電話とか外の音とか……スマホの通知もそうか」

 

「そだねぇ。 でもさー? まー? ほうむしあたあーってのがあるご家庭じゃ気にならないんだろうけどー? ね――――?」

 

「まだ言うか」

「ごみんごみん。 それもまた響のひとつだからさ。 あ、もち冗談だからね? 怒んないで?」

「分かっている」

 

気がつけば映画館からファミレス。

 

もうお昼は過ぎているんだけど、でもまだ僕はお腹がいっぱいのままで、でもゆりかは少し空いているってことで入ったらしい。

 

ぼんやり何かを考えていたからまーたもうひとりの僕に任せきりだった。

日常動作と頭の中を切り離せちゃうのも人付き合いではマイナスだな。

 

ファミレス。

 

安いのにそこそこの味でおしゃべりしていても怒られない場所。

 

最近こういうところとの縁がほんとうに深いけど、ともかくここのチェーンはイスもテーブルも低めだから僕としては文句はない。

 

多分ゆりかのことだからわざわざここを検索しておいてくれたんだろう。

ありがたいな。

 

中学生らしからぬ気配りだ。

あー、いや、でも人の精神年齢って言うほど育たないもんだから案外僕と大差ないのかも。

 

僕も多分……そうだなぁ、小学校高学年くらいからほとんど変わらない印象だし。

 

「でもさー響」

 

ぷんやりと言うゆりか。

 

「やっぱりさー、見終わったあとこうしてさー。 おんなじような感性持ってる友だちとすぐに感想言い合えるのっていいよねー。 こうしてダラダラ食べたりしながらさー。 響はまだお腹空いてないから付き合わせちゃってごめんだけど」

「…………そうだね」

 

まだ非日常が抜けない日常感が良いよね。

 

「こうしていい具合に気が抜けた状態でおもしろかったところやダメだったところを話せるのは……楽しいね。 楽しいとはまた違う楽しさ……良く分からないけれどそんな感じだ。 ライブとかが好きな人たちもこういう気持ちで通い詰めるのかもしれないね」

「だよね――……良いよねー、こーゆーの……」

 

クライマックス直前の緊張からのほっとした感じが抜けなくてぼんやりしている。

頭も体もふわふわした感じがまだ残ってるんだ。

 

……お酒を飲んだときよりもちょっとだけ頭が冴えていて、でも気持ちいい感じ。

 

「…………………………じゃ、じゃーさ、ひびき」

「ん?」

 

意識を元ぱっつんに戻すと珍しくもどかしげにしている様子。

 

「……じ、じゃあ、さ。 …………今度からさ、私の家で。 じょ、上映会とかしない? とか言ったりしてー!」

 

「あははー」といつも通りの演技過剰で体をくねくねさせながら顔も真っ赤にしているゆりか。

 

この子って演技するからどこまでが本心なのかがいまいち分からないんだよなぁ。

その点かがりみたいな単純……裏表が存在しない……演技する必要がない子よりも難しいんだ。

 

でも……確かに。

 

かがりには強制的に勉強会って名目で引きずって行かれたけど僕から誰かの家に遊びに行くって言うのはほとんどないこと。

 

かがりのそれでさえ10年ぶりって言う始末だしなぁ。

 

……片方だけにお邪魔するのは不公平かも?

 

何でか知らないけど自分がしてもらってないってことについてやたらと怒る女の子の性質を考えると……この夏休みで1回はゆりかのところに行った方が良いかもな。




中学生、映画館、そしてふたりっきり。響ちゃんには、見当もつきません。

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