【改稿中】銀髪幼女にTSしたニートな僕が過ごした1年間   作:あずももも

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25話  発覚と発覚 1/4

見られてる。

 

じぃっと見られてる。

 

「………………………………っ!」

「……………………………………」

 

やばい。

 

やばいやばいやばいやばい。

 

汗が、イヤな汗が……体じゅうから吹き出しているのが分かる。

 

さっきまで……下りてきてまだまだ残暑の厳しい夕暮れを歩いて帰ってきたときに出ていたのとはぜんぜん違う、どろどろとした汗がにじみ出ている。

 

暑いとかのせいじゃなくってストレス性の汗。

とっても気持ちが悪い。

 

だけどそんなことを不快に思うことすらできないこの状況。

 

頭の中がぐるぐるしてわけがわかんなくなっていて、最低でもちょっとひと息入れてからそれこそお酒でも飲んでゆっくりしてから解決策を見出したいけどできるわけない、この……今の僕をお隣さんに見られたっていうシチュエーション。

 

今この場でこの僕のことをどうにかして何かを言って納得させられないとアウトだ。

 

……この体になってからずーっと、これを避けるためにあれだけ苦労してきたのに。

 

スカートとかはともかく肌も出さないようにして、じりじりと蒸されつつも帽子とパーカーで深く顔まで隠して、暑さに耐えるようにして夏休みのずっと……ほとんど2ヶ月くらいがんばって来たのに。

 

家の出入りだって通りに誰もいないタイミングまで待ってからって言うのをもう何ヶ月も意識して努力して来たのに。

 

閉めきってから久しいカーテンのスキマからじっと見つめ続けるか、あるいは狭い道をうねうねとしながら伺い続けるっていうのを徹底していたのに。

 

家の前の通りがムダにまっすぐなせいで目の届く範囲に人がいないっていう状況がなかなか見つからなくって、ヘトヘトになるまで「ただの通りがかった男の子ですよ」っていう演技をし続けて。

 

……その苦労がたったの1回の、ほんのちょっとの油断のせいでぜんぶパアだ。

 

僕はもうおしまいだ。

 

……はじめのころにしていたような、いざバレたときのシミュレーションなんてとっくにやらなくなっている。

ましてや今はびっくりしていて恐慌していてそんなのとてもひねり出せるようなメンタルでもなくなっているし。

 

「………………………………」

 

視線が怖い。

 

だけど早く……「この家のお兄さんに呼ばれてるの?」「何か変なことされてない?」とか詰め寄られる前に……どうにかしてなんとかして、僕がここにいるのがおかしなことじゃなくって、もういなくなっている元の僕にいたずらとかされているんじゃなくって……つまりは、その、通報しないでほしいって上手に言わないと。

 

この場で、今のこの瞬間で作り出さないと、僕はパトカーに乗せられて保護されてしまう。

正直に言えば虚言癖な子か頭のおかしい子、はたまたは元の僕をかばっている子、かわいそうな女の子として。

 

ごまかしてもやっぱり家出とかになるし……虫歯とかがひとつもなくなっていてどう見ても歯医者さんに行ったことのない口の中になっていて、学校とかそのほかのすべてが記録にない……「この年になるまでどこにもお世話になったことがなかった幼女」っていう虐待とか不法滞在とかそういった厄介ごとを抱え込んだ子として。

 

そうして前の僕はメディアに、どっちのいいわけをしても幼女拉致監禁……いや、自由に出入りしているから拉致だけで済むかな……していた男として取り上げられて。

 

20代のひとり暮らし、ひきこもっていた時期のあった現ニート、両親がいないこと、近所を徘徊していた証言、ぬぼっとしたメガネでもやしな男。

 

格好の餌食になるだろう要素しかない。

 

ゆりかに合わせるために買ったりしたマンガとかゲームを見て「やっぱり……!」ってなるんだ。

 

でもそれ以外に家の中には恥ずかしいものなんてなにもないからそれだけが幸い……いやいやスク水をはじめとして今の僕の服がたんまりとあるんだ、ついやっちゃった自撮りとかだってあるしつまりは前の僕も今の僕ももうだめだ。

 

客観的には幼女監禁どころかわいせつの証拠までが揃っているんだもん。

 

どうしよう。

 

こうならないために僕はがんばって来たのに、崩れるのは一瞬で――――。

 

「――――――――――――――――響くん、お久しぶりね!」

「………………………………、は?」

 

その言葉を僕の頭が処理するまでにたっぷり10秒はかかったって思う。

 

小さいころから聞き慣れているお隣さんの声が……普通のトーンで降ってくる。

多分は小さいころの位置関係に戻っている、その人からの声が。

 

「前は毎日のように顔を合わせていたのにここのところ……そうねぇ春からかしら……しばらく見かけなくなっていたから、近所のみなさんも私も心配していたのよ?」

 

ネガティブに振り切れたせいか、すんごいスピードで考えていたらしい僕の意識が斜め上方からの声で現実に引き戻される。

 

お隣さん。

そのお母さん。

 

お父さんとお母さんと娘さんの家の中で遭遇頻度の最も高い人。

 

「………………………………」

 

鍵を開けていたときのまんま、半分かがんで半分横を向いていて顔を少しだけ回しているっていうものすごく中途はんぱな体勢なのを思い出しつつ、とりあえずあいまいな顔で会釈らしきものだけをして少しだけまともな姿勢になりながら考える僕。

 

そうか、やっぱり数年来の徘徊……じゃなくって散歩とか運動とか買い物とかそういう日常生活でしょっちゅう声をかけられていたんだ、さすがにウワサにもなるか。

 

理由が分からないけど毎朝家の前に立っていて通りがかると挨拶してくるお年寄りとか、小学校とかの交通整理のおじさんおばさんや先生とか、よく徘徊している人とかには無視もできなくって挨拶だけしかえしてたんだもんな。

 

……だからこそ初めのころにはそういうのいっぱい考えていたし、対策も……一応は考えていたはずなんだけど、そんなの今はとっくに忘れている。

 

とにもかくにも部屋に戻って日記を探せばどれかは見つけられるんだとは思うけど、脅威は今この瞬間に僕の脳味噌で処理しなきゃ行けないもの。

 

でもどうやって?

 

小学生女子な見た目の僕が、この家の鍵を持って開けたんだ。

 

買い物を終えてきた格好で鍵を開けた以上「友だちの家と間違えて来ちゃったんですぅ」っていうのはダメ。

 

「前の僕とは一切関係がない別人なんですぅ、すぐ近くの家に住んでいる子どものところに遊びに来ただけなんですぅ、まちがえちゃいましたぁ」っていうのはムリだ。

 

こういうときの僕はすごい速さで考えている。

 

そうだ、親戚っていうのなら……父さんたちのお葬式とかいろいろを済ませてからの僕は、人づきあい自体がそもそも好きじゃない僕は……ご近所づきあいというものを最低限しかしてこなかった。

 

特に謎の対人恐怖症な時期には目を合わせないでの「ど、どうも……」で精いっぱいで立ち話とかにもろくにつきあってこなかった。

 

だから今日のお天気のこととかくらいしか話してこなかったはず。

 

その期間、実に10年。

 

ご近所でもお隣のこの人でも僕の、この家に関する情報は10年前で止まっているはず。

 

噂なんてそもそも家から出ないんだから僕自身からは生まれようがないし、僕と唯一の関係がある親戚の人たちだってほとんど来てもいない。

 

10年っていうのは大きい。

 

それは僕が幼女になってからさんざんと経験してきたように、世代がひとつ変わっているほどに。

 

中学生なら新人を通り越したいっぱしの社会人に。

 

大学生なら深甚な社会人……うまく行っていれば会社の出世ロードなるものを進み初めてそろそろ結婚を考える時期で、子どもまでできていてもおかしくはない。

 

そんな時間……時の流れというもの。

時間はどんな人にだって平等だ。

 

あの子たちを見ればわかる。

 

僕が中学生のときに赤ん坊だった子たちが今や中学生だ。

 

……つまり僕がひとりになったあのとき、父さんと母さんが死んだあのときにはまだいなかったけど……そのへんのタイミングで生まれた10歳に満たないこの見た目通りの小学生な親戚。

 

遠縁の親戚……外国で結婚した誰かでもいい。

 

今の僕はその子供。

そういうことにすれば、あるいは。

 

というかそれしかないな、うん。

 

だってひとり暮らしの成年男性の家に女児がいるだなんて……これが未成年誘拐じゃないシチュエーションなんてそれくらいしか思い浮かばないしな。

 

このご時世、成人している男の元に未成年の少女が来ている時点で怪しまれないはずがないんだ。

 

よし、今は親戚ってことで乗り切ろう。

 

ウソが増えるのは困るけど精神的なつながりっていうのなら親戚っていうのも間違いじゃないし、なによりも本人だし。

 

「親戚」の範囲には家族も本人も含まれるはずなんだ。

 

ひとり暮らしの男の家に親戚っていってもミニマムでも、いやミニマムだからこそ女の子がひとりで来ているっていうのは今見られている以上避けようがない事実にはなっちゃうけどまだマシのはず。

 

あ、でも、「じゃあちょっと『前の僕』を呼んできて」なんて言われたら?

 

……前の僕は寝込んでいるってことにしておこう。

で、今の僕がそれをお見舞いに来ているっていうことで。

 

移しちゃ困るからっていうことにすればお見舞いっていうありがた迷惑もお断りできるし。

 

うん、それならどっちもウソじゃないしな。

そこまでおかしいシチュエーションでもない。

 

この僕はいくつか先の駅に住んでいて、今は学校帰りとかなんとか適当に作り上げよう。

 

女児を連れ込んでいる理由としては……不審に思われにくい言い訳の中じゃたぶんマシな方だと思うし。

 

そうそう、前の僕が頼んだんじゃなくって親戚が無理やりに……それこそ今の僕が、少女な僕が「心配でしかたがなくって来ました」みたいに押しかけなんとかみたいなそういう演技でもすれば、説得力は増す……かもしれない。

 

……大丈夫だ、落ち着こう。

 

と言うよりもそれ以外にこの場をやり過ごす手立てはないんだ。

 

怪しまれて「ちょっとごめんね?」って家に入られたらアウト。

怪しまれて「ちょっと家に来てくれないかしら?」って手を引かれてもアウト。

 

ここの対応で全てが決まるんだ。

 

「……ふぅっ」

 

息を吐いて幼女モードに切り替え。

 

今まで、買い物のときとかにおまけしてもらうためだとか演技の練習のためだとかで、少女とか幼児とかのフリというものをそこそこ練習してきた。

 

やったら恥ずかしくなるからその日は寝るまで悶えることになっていたけど、やらないよりはマシだろう。

 

今社会的に死ぬのと、今を乗り切って夜に悶え死にそうになるのとどっちがいいかなんて、悶え死にそうになれるという状況を得られるか否かなんて考えるまでもない。

 

今夜安心してお酒を呑めるかどうかの瀬戸際なんだ、がんばるしかない。

 

「ふ――……」

 

さらに息をおなかの底まで吐き出してぱっと吸い込むと同時に、表情筋を覚えている形に整えて喉の中の形も意識して顔は活発系幼女に、声も女性受けしやすい高いものでリアクションをゆりかみたいに活発に、大げさなくらいにする。

 

「あ…………あの!」

 

よし、声は大丈夫。

 

「僕……あ、いや、私、は…………」

 

よく考えたら銀髪僕っ娘洋ロリなんて属性過多すぎる。

 

まずは「私」で普通の女の子らしく。

 

脚のバネを使うのがカギだ。

軽く飛び跳ねるようにすると今の僕を形作っている髪の毛がぴょんと動いて、余計に子供っぽさを演出する。

 

これはゆりかを観察して得られた仕草。

 

驚いた感じの顔をしているお隣さんの奥さん……娘さんのお姉さんとよくまちがわれている、まだまだ若い同世代の人の顔を見あげる。

 

……あ。

 

ひょっとして「髪の毛は長いけど男です」でよかったんじゃない……?

 

親か自分の趣味ですって。

あるいは故郷……祖父母とかからの慣習ですとかなんとか。

 

今日会ったお年寄りたちもどっちでもおかしくないみたいな言い振りだったし。

 

シャツにズボンで女の子らしさのかけらもない格好を選んでいるんだし、それに顔立ちだって男で通せなくもない……はず。

 

このくらいの年齢ならまだ声変わりしてないし男か女かなんて自己申告なんじゃ。

 

……親戚って言ったって男の子が来ているのと女の子が来ているの、両方ともほほえましいって感じだけど、でもやっぱりこう常識的に考えて男の子が来ているほうがあらぬ誤解を生まないためには自然だったんじゃ。

 

「あ………………………………」

 

今使った設定、きっと明日にはママさんネットワークと散歩の会とで近所に知れ渡るはずだしなぁ。

 

あぁ………………………………。

 

お隣さんからの反応が鈍かったからついこんなことを考えるヒマがあったわけでまた落ち込んだりしたわけだけども。

 

「?」

 

なんだか変だな。

なんでこんなにこの人がのんびりしてるんだ?

 

だってお隣さんってお話好きで、1回引っかかると5分は足止めされてめんどくさいって思うほどの人のはずなのに。

 

「………………あら、響くん、………………◆◆◆◆◆◆?」

 

「◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆」

 

――頭がちりちりする。

 

……なに?

 

この緊張感。

 

これはまるでお昼に、あのご老人たちとの会話でふと訪れたようなあの変な感覚。

 

いや、違う……その直前に僕は、コレとよく似た感覚を――――――――――――――――。

 

「………………………………まぁ! まぁまぁ響くん! ずいぶんと『かわいらしくなっちゃって』!」

 

「………………………………え?」

 

ほっぺたに両手を当ててあらあらなんて言っているお姉さんもとい奥さんを見返しつつ……僕の背中を、冷たい汗がつつーっと下る。

 

――なんでこの人は、僕を。

 

銀髪幼女になっていて前の面影のかけらもなくって……まだ僕が僕だって言っていないのに、今の僕に向かって、「響」っていう前の僕の名前として……「僕」として認識しているんだ?

 


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