【改稿中】銀髪幼女にTSしたニートな僕が過ごした1年間   作:あずももも

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25話  発覚と発覚 4/4

「ふぃ――……」

 

脱力して思わずで出た僕の声とぴちゃんと天井から水面にしたたり落ちる音が反響する。

 

「…………………………………………」

 

ぼーっと上を向いていると視界に入ってきたのは浴室の物干し竿。

 

……ほとんど使ったことないし洗濯物は雨の日だって居間に干すし、いっつもこうして水滴がぽたぽたと地味にうるさいしたまに水滴がひやっと冷たいし……外した方が良いのかなぁ。

 

まぁ今の体じゃ届かないけど。

湯船のふたの上……たぶん乗っても平気だろうけど、たぶんそれでも届かないし。

 

そもそもとして外して動かせるだけの腕力がないだろうから無理かなぁ。

本当に幼女の身の上は厳しい。

 

そう思いながら見上げているとうなじからお湯が髪の毛に染みこんでいって首すじがじわっと温かくなる。

 

この感覚が好き。

男のときじゃ絶対に……じゃないか、ロン毛にすればできるだろうけどしないだろうし……な感覚。

 

「………………………………」

 

そんなどうでもいいことばかりがぐるぐるしてて、とっくに汗がにじんでくるくらいには温まってきていた。

 

頭を元に戻すと目に入るお湯越しの僕の体は、心なしか小さい。

光の屈折とサイズの問題だ。

 

……きっと、僕って言う幼女の心細さのせいもあるんだろう。

 

出るとこなんてなくってお股がすっきりし過ぎていて細くってくびれなんてなくってあばらが出てて揉めない胸な体。

 

「………………………………ふぅ」

 

見るともなく、何十回も視線が吸い寄せられてきた欠けているタイルに今日もまた焦点が合う。

 

――魔法さんのせいでハサミが、金属の尖ったものが石を砕いたあのときの名残。

 

雑にべたべたとマスキングテープをとりあえずで貼って「あとでなんとかしよ」って思っていたら結局そのまんまなやつ。

 

こういうの、よくあるよね。

だからはじめが肝心なんだ。

 

……それくらい何も起きなくって平和だったのに、な。

 

ぴちゃん。

ぞわぞわ。

 

ここに来て……この体になってそう時間が経っていないときにハサミが飛んで、魔法さんの……魔法の存在を認識して、それからずっとなんにもなかったのに。

 

でも、だからこそ気が抜けていたんだろう。

お隣さんに見られて豹変してっていう、今の僕のことを知られた衝撃をものともしない強烈なボディブローを浴びることになった。

 

あんなことの前には「前の僕のこと雑にイケメンって褒めてくれてたなー」とか「今の僕のことかわいいって言われて凹んだなー」ってこととかはどうでもいいことになった。

 

もはやどうでもいいくらいのインパクトだった。

今でもあの剣幕を思い出すだけで怖いんだ。

 

おふろに入っているのを忘れるくらいにひやっとする。

 

……僕のこと、これまで通りの僕だって認識していた。

それなら社会的な死は免れそうだし、その点じゃ良かったのかもしれない。

 

そう考えるとひょっとして僕、魔法さんに助けられた?

 

「……いやいや」

 

そもそもだ、そもそもとして魔法さんが僕をこんな姿にしなければ……ま、まぁ見た目は良いし、視力も良いからごろんとしての読書がとっても楽なんだけど……でも幼女になりさえしなければこれまでの苦労なんて一切なくって、いつもどおりの生活が出来ていたはずなんだ。

 

最初に考えてた、この家に住んでいる幼女な身バレっていう社会的な死よりもある意味ではマシではあるんだけど、ある意味ではもーっとひどい事態になっているってことで。

 

だって僕だけならともかく、他人にまで迷惑をかけつつあるんだから。

 

……飛川さん、喉大丈夫かなぁ。

次会ったら聞いておかないとな。

 

だって、あんなに苦しそうになってたんだから。

もうお隣さんから隠れる必要、なくなったんだし。

 

ぴちょん。

 

しずくでちょっとの間だけ僕の姿があいまいになって、波が収まってきたら……残念ながらちっこいままの僕の姿がはっきりと写ってしまう。

 

「…………………………………………」

 

顔も体も、両方とも見知らぬ幼女。

僕に残されているのは、僕だったっていう心……あるいは魂、あるいは意識だけ。

 

自意識以外は、世界のほとんど100%は僕のことを欧風幼女としか見てくれない。

 

……今まで偶然発動しなかっただけで、元々この体、この姿。

 

この長いままで固定されている銀色の髪の毛とこのちっこい体からして魔法っていう地雷、抱え込んでるもんなぁ。

 

特定の事象を起こさなければ爆発しないから安全ロックが掛かりはするけど……爆発物か何かだとしか思えない。

もう何ヶ月も……半年くらいか、それだけなかったもんだからすっかり油断していたのもしょうがないとは思う。

 

僕は僕。

過大評価をするつもりはないからしょうがないものはしょうがないって結論づける。

 

うっかりって、気をつけていてもそのうちに起きるもんだしな。

だからうっかりなんだ。

 

どんなことをしたってゼロにはなれない。

なれるんだったら世の中からはヒューマンエラーなんてなくなるはずだしな。

 

……幸いにもというか残念にも大事に至らなかったわけだし、これ以上くよくよしてもしょうがない。

 

理屈で分かっていたのが長風呂でだんだんと体と頭に染みてきた。

 

こういうときはぼうっとするのが良いんだ。

 

最近はさらにめんどくさくなって、とうとうそのまま湯船の縁に横に伸ばすようにして伸ばしている髪の毛をたぐり寄せながら踏み台をぎゅむっと踏みしめてじゃぶっと上がる。

 

ぼーっとしてるし、20分くらいかけて髪の毛の水分をタオルに吸わせてのドライヤーっていう作業をしながら考えよう。

 

 

 

 

「ふぅ」

 

ほかほかだ。

 

おふろとお酒のおかげで少しは気力が戻ってきた。

やっぱりお酒は命の水だな。

 

「きりかえ、かんりょうっ」

 

ちょっとぼーっとしてるときは舌っ足らずになっちゃう。

かがりに聞かれたら大変だろうな。

 

ぐっと力を込めた手はきょうもちっちゃい。

 

ひとまずはこの魔法さんが起こしている事態を整理し直しだ。

 

さっきまでぱらぱらと確認し直していた日記帳を、今日の日付でぎゅっと開いてクセをつける。

腕を垂直にして全体重をかけないと紙の硬さに負ける腕力。

 

そう言えば小学生のときとかって教科書が硬くて重いって思ってたなーって思い出す。

 

ペンが心持ち大きくなった感覚にもすっかり慣れたし、学生しなくなって全く書かないもんだから下手になっていた字も少しはマシになっている。

 

そうしてちまちま書いていく。

またいつ何が起きるか分からないから。

 

「……さて」

 

まずはひとつめ。

この体について。

 

会ったこともない少女または幼女……いややっぱり少女の体になったことが発端だけど、これについては夏休みとかにアルバムとか古い写真とか手紙とかを総当たりしてみたけど、親戚の誰にも、そこに写っていた知り合いの誰にも似ていないことが確認できている。

 

ネットで行方不明事件の記事とかもちらちらと覗いたりはしてみていたけど今の僕の幼女な顔はどこにもなかった。

 

……この体の幼女との入れ替わりだったっていう可能性は今のところは除外しておく。

考えはするけど無駄だしな……世界中のローカルニュースまで回る体力ないもん。

 

どうしてよりにもよってこの姿とこの顔とこの髪の毛になったのかは今でも不明なまま。

不明だけど、ほぼ100%僕に縁のある人じゃないってわかったという収穫もある。

 

……春までの僕の体とこの子が入れ替わってるとかいう可能性は、僕ひとりじゃ調べることもできない以上考えてもしょうがない。

 

やっぱり魔法さんに魔法をかけられたって考えておく方が今は良いはずだ。

どうしようもないことについてうじうじ考えても無駄だもんね。

 

ふたつめ。

見た目を変えられないことについて。

 

これは髪の毛を切ったときだけに起きるってはっきりしてる。

10回以上いろいろ試したからな、これだけは確実だ。

 

髪の毛を切って良いのは、前と横は3センチ、後ろは5センチまで。

たしか人って1ヶ月で1センチ髪の毛伸びるって言うし、普通の散髪の範囲なら魔法さんも良いよって言ってるんだろう。

 

夏休み、かがりのお守りもとい勉強会でお邪魔してたときに襲われてリボンとかゴムとかで髪の毛を結わえられたり編まれたりしたし、カチューシャとかその他もろもろをつけられたこともあった。

 

あの子って本当にかわいいに夢中だよなぁ……。

 

とにかくそういうので見た目を変えられたりしてもなんにもなかったから、その程度じゃ魔法さんの逆鱗に触れたりはしない様子。

 

……なんで猫耳・ウサギ耳・犬耳カチューシャとか揃えていたのかっていうのは今でも謎。

そういう趣味……コスプレ趣味があるんだろうか。

 

そういうのは自分で楽しんで欲しいって言うのはわがままなのかな。

おかげで僕の男としての自尊心が踏み潰された気がする。

 

「あ」

 

思い出した。

 

そのときに撮られた十数枚の写真。

僕がコスプレをさせられている現場。

 

消させようと思ってできないままだ。

 

……諦めよう……くるんさんには何を言っても無駄なんだから。

 

「はぁ……」

 

と、とにかくハサミのあとは今日まで1回も物がすっ飛んだりしたことはないから、髪の毛を切って見た目を変えようとするときだけに、明らかに不自然で強くて強引な魔法の力っていうものを目で見て確認することができる。

 

みっつめ。

さっきのだ。

 

目が真っ暗で真っ黒で、何も見ていないようで何でも見通すようになってまくしたてられた。

 

あれは……あの魔法は、あの魔法さんが起こした何かは、僕を見た人の認識を操っている……そういうものだって推測できる。

 

だってお隣さん、飛川さんは言っていた。

この姿の僕を外から見かけたときから僕なんだって……思い込んでいるって。

 

そんなの、このちっこい女の子を見て僕だって思うはずがないのに。

 

寡黙な美容師さんに適当にお任せしてもう何年なただの男のどこにでもいる短髪の男が、この長い髪の毛になっていても僕って分かっていた。

 

……この銀色のまつげと薄い色の瞳な顔を見ても「僕」を「僕」だって、理解していた。

 

お隣さんは前の僕と明らかに違う今の僕を疑いもせずに同一人物だって認識して……そのまま前の僕と話すように今の僕と話していたんだ。

 

あれが魔法さんのせいでって以外に何があるんだ。

 

あの人がボケたって言うのか。

ないない。

 

……あるとすれば、前の僕が今の僕をいたずらするために誘拐しているとか思われて、事情を探るためにとりあえずで話を合わせていたっていうのも……考えられなくはない。

 

ちょっと考えすぎかもしれないけど少女誘拐とかはニュースでさんざんと取り上げられている。

 

飛川さんが幼女な僕を見て、娘を持つ母親として、一般的で常識的な大人としてまずそう考えるのはおかしくはない。

 

まぁほんとうにいい人だし、まったく疑いもしていなくってただ幼い女の子が僕の家に来ているって思っただけってのも……ゼロじゃないけど、だったらこそ今の僕を見て前の僕だって思うはずがない。

 

「……たしか」

 

僕が、前の僕のこと……大人の男の僕のこと……いや、そこまでも言っていなかった。

 

たったの一言、今の僕とは違う、髪の毛を出した状態で普通の人にとっての僕とは明らかに違う要素な――「男」だっていうワンフレーズを口にしただけで……魔法さんがお隣さんに、牙を剥いた。

 

たったのひとことで。

 

まるで呪文のように……それこそまさしくの魔法だな。

 

あのときの彼女はまるで操られているって言うか夢遊病みたいになってたって言うか半分寝ている感じっていうかお酒で頭がマヒしているっていうか、それのひどい状態になっていて……目は明らかにおかしくって表情もなくなって立っているのがやっとって感じになっていて……思考は乱されて混乱していた。

 

まるで真逆のことを一気に左右から同時に言われたような……思考自体は正常なまま情報を処理できない感じ?

 

そういう矛盾した考えがとめどなく頭の中で広がって口から吐き出されていたようなわけ分かんない感じになってた気がする。

 

しかもあそこまで大変なことになっていたのに通行人の誰ひとりとして奥さんの様子に気がつかなかった。

最後の方はきっと道にまで声届いていたはずなのに。

 

話を切り上げようってして話題を変えたとたんに、急に……何ごともなかったかのように元どおり。

 

あの「ふと話しすぎたのに気がついた」って感じを見るに、意識がおかしくなっていたことについて自身でおかしいのに気がついているっていう自覚はなさそうだった。

 

……さっきの魔法さんの仕業。

他の人に気がつかせないようにするっていう働きもある…………っていうこと?

 

「………………………………」

 

とっくに何日分のスペースに書き殴るようにして書いている今の情報はきっと、支離滅裂なんだろう。

 

でも。

 

「……飛川さんみたいに、忘れちゃうかもだし」

 

魔法さんは同時にいくつもの魔法を扱うらしい。

 

ひとつは今の僕と前の僕をおなじ存在だって認識させる力。

もうひとつは前の僕を思い出そうとするときに前の僕の、のっぺりしていた僕の姿を思い出させないようにする力。

 

あとはおかしな状況だって……たぶん僕以外に気がつかせないって言う力。

 

さっきの魔法が働いているのはハサミさんほどじゃなくてもすぐにわかりそう。

 

だって表情も目も明らかに変わるし話すのも止まらなくなるしな。

 

だけどこれは……もしかすると。

 

「…………………………………………」

 

……ある考えが浮かんだけど、今は浮かんだままにしておこう。

今日はもう疲れたんだ。

 

肉体的にも山登りで、精神的も散々の幼女扱いの後に成人男性扱いで。

今日1日で家からの距離も高低差も気分も乱高下しすぎたんだ。

 

ぱたんと日記帳を閉じて小指のところが痛くなっていた手をもみもみしつつ空になってたお酒をもう1杯を注ぎに行く。

 

とんとん、と階段を降りる。

 

僕の脚にしては高すぎる段差……けど、もう慣れきった落差を。

 

ぺたぺたぺたと裸足と木の床のくっついては外れる音。

 

踏み台にぽすっと乗ってぽんとコルクを外してとくとくとくと真っ赤な液体を注いでいく。

 

心持ち多めにぎりぎりまで注いでこくんと一口。

のどの奥にまで染みわたるおいしいアルコール。

 

「ふぁ……」

 

この瞬間だけは至福だ。

 

シャツ1枚の女の子がお酒で恍惚としてるって言うとんでもなく危ない絵面だけど。

 

チェイサーも汲んで今度は両手にコップを持ちつつ、ちょっとだけ軽くなった体を引きずりつつ口に苦いのが広がるのを感じながら部屋へとまた昇っていく。

 

……明日、外に出て確かめよう。

 

最初はこわごわ、だんだん慣れてきて忘れかけていたところにこれだもん。

 

この魔法ってのはたぶん、きっかけがないと気づくことすらできないもの。

だったら今、もしかしたらっていうのも確かめておかないと危ないんだ。

 

これがもし……もし、あの子たちと一緒のときに気がつかないで起きちゃったら……僕はどうしたらいいのか、もうわからないもん。

 

「こくこくこく……」

 

……お酒。

 

今夜はちょっぴり苦い気がする。


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