【改稿中】銀髪幼女にTSしたニートな僕が過ごした1年間   作:あずももも

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30話 跳躍、あるいは冬眠 2/2

僕は震えている。

 

ぷるぷる震えている。

 

「さむい……」

 

寒い寒い……寒い寒い寒い。

 

廊下を歩く1歩1歩が地獄だ。

とっても冷たいこと氷のような床。

 

幼女な僕の足を刺すような刺激。

家の主をなんだと思っているんだ。

 

……でも、そろそろ初秋か。

家の中でも靴下を履く季節になってきたなぁ。

 

まだまだ残暑が厳しいって言っていたのに天気予報というやつはいつも当たらない。

 

それに加えて寝方が悪かったから体が冷え切っていて芯から冷たい感じもするし。

 

「まるで体温が今までなくって」「さっきごろごろしていたときから少しずつ温まってきたみたい」な感じ。

 

そんなわけないけどな。

でも寒いものは寒い。

 

「さむっ」

 

歯ががちがち言って体の震えが止まらないくらいには……って体、冷えすぎじゃない?

空気とか廊下とかドアノブとかいろいろ、冷たすぎじゃない?

 

ベッドから出たばっかりのときはそこまでじゃないって感じていたから軽く羽織ってきただけだしなぁ。

ひたひたとできるだけ接地面積を減らそうというムダな努力をしつつ大外れの天気予報を想う。

 

今年の秋、早かったじゃないか。

そしてすっごく寒いじゃないか。

 

どうしてくれる。

 

というか昨日まで朝晩は多少涼しい感じでも昼間は汗ばむ残暑ってやつだったのにいきなり過ぎない……?

 

これじゃ「まるで冬だ」。

 

……っていうのは多分体を冷やしすぎたんだろうな、きっと。

 

しばらくは寒さに用心しておかないと……この体で病気にでもなったら病院に……行けはするけど……とてもめんどくさそうだし。

 

お医者さんの目までああなったらどうしたらいいのかわからないしな。

 

 

 

 

「ぴぃぃぃぃぃぃぃぃっ」

 

僕の声じゃない。

ヤカンの音だ。

 

コーヒー用のはフタがかたかたなるだけだけどお湯用のはちゃんと叫んでくれるから分かりやすい。

 

でもちょっとぼーっとしていたらこれだ、ぬるま湯でよかったのにこれじゃ熱湯に……まぁいいか、薄めれば良いんだして。

 

「こくこくこくこく」

 

光の加減かやけにホコリが目につく台所を移動しつつほどほどのあたたさのお白湯をいただく。

 

あ――、アルコールで脱水して冷たくなりきっている体に染みわたるこの感じが好き。

朝ごはんにインスタントのしじみなお味噌汁飲もうっと。

 

……でも思ったよりは普通な感覚。

 

喉がからからのときに飲むから気持ちいいのに今朝はそこまでじゃない気がする。

 

変なの。

 

「こくこ……けぷ」

 

コップが3杯目にさしかかるころにはちょっと温かくなってきてようやく安心できる感じになってきた感覚。

お腹がたぷたぷだけど、どうせすぐに飲めるようになるんだろうからって4杯目を注いでからリビングへ。

 

ぼてぼて歩いているとポケットに入れていたスマホがふとももにこつこつって当たる。

 

……そうだった、忘れるところだった。

 

かがりたちに「次の休みは?」って誘われていたんだった。

でも今はまだ気持ちの整理がつかないからちょっとお断りさせてもらおう。

 

それよりも嘘を告白するほうが先だろうし、スジだろうし。

それを寝起きのわずかな時間で見ただろう夢の中で決めたんだから。

 

それで嫌われて会えなくなるのなら悲しいんだけどしょうがないこと。

問題はいつ勇気を出して「実は嘘でした」って言うかなんだ。

 

「……ん?」

 

まだ体に残っている寒さのあまりに頭も手ものろのろとしながら、ちょっと見るっていうことさえ忘れていたスマホを取り出して操作しようとして……できなくて。

 

電源ボタンを押してもういちどおんなじ動作をしていたけど一向に明かりがついていないことに気がつく。

 

……………………あれ、電池が切れてる?

 

そんなに少なかったっけ?

 

まぁ電池切れるの良くあることだし、後で充電しておけばいいか。

ついでにお断りの文言を考える時間稼ぎにもなるしな。

 

勇気を振り絞るための時間にも。

 

「…………………………」

 

寝起きの頭、しかも冷え切った体を抱えていたら誤解のない文章なんて書けやしないだろうし、ちょっと時間が必要なんだ。

 

というわけでお白湯4杯目をこくこくと飲んでいくと指先のほうまでにあったかいっていうエネルギーが流れていく感覚がして、いよいよ寒い季節が近づいてきたんだなって実感する。

 

「ふぅ」

 

ほけーっと喉の奥からあったかい空気を感じながら「幼女なのにジジ臭いなー」って思う。

 

気が抜けたところでお腹がぐーっと鳴り始めた。

胃はたぽたぽのはずなのにお腹は空いているらしい。

 

そりゃそうか。

昨日は夕方から飲んでいたからご飯食べるの忘れていたしな。

 

別に食べなくてって翌朝にこうして猛烈にお腹が空くだけだから昔からしょっちゅう抜かすことあって慣れてはいるけど、お腹が空いたものは空いたんだ。

 

ぐぎゅるーっとなるお腹を抱えているとちょっと気持ち悪くなるから早急な栄養補給が必要。

 

今食べようかそれとも後にしようかって悩んでいたら、お腹が空いた危機感からか頭もようやくすっきりしてきて眠気がどっかに行ったし、やっぱり今食べることにしよう。

 

ぺたぺた歩いて台所へ引き返す僕。

 

「あ」

 

炊いてあるお米がない。

しゃもじを持った僕は悲しくなった。

 

食べようって思って準備万端でいたのになんにもなかったことほど悲しいことってそうそう無いよね。

 

フタが開いたままだった炊飯器は悲しい冷たさ。

 

どうやら炊くのまで忘れてたらしい。

昨日の僕は本当にいろいろとダメだったらしい。

 

まぁ昨日の酒盛りで立ち直れたんだからコスパというやつはいいんだろうけど。

普段からよく炊き忘れるんだし……しょうがない、冷凍のでいいや。

 

ごはんごはん。

 

「ふーん、ふふーん」

 

なんとなくで音程がどっか行ってる声を出しながらレトルトのご飯のパックを開けて真ん中にしゃもじを突っ込んで半分に分けて、片方だけをお椀に入れてレンジへGO。

 

食欲ないから半人前で充分なんだよね。

おかげで食費がとっても浮いているのがありがたい。

 

そうしてできた温めすぎたせいであっつあつのご飯片手にテレビの前まで引き返す。

 

朝は貴重な情報収集の時間だ。

時間さえ合わせれば食べるついでに充分な情報を仕入れられるのが良いよね。

 

リモコンをぴっとしてニュースやってそうな局へ。

 

えっと、今の時間は。

 

「……まもなく7時です」

 

時計を見るまでもなく絶妙なタイミングで起きて食事にありつけるらしい。

 

でも今日は少し寝坊だなぁ……まぁ30分ごろごろいじいじしてたわけだけど、それでも普段5時くらいに起きる僕にとっては充分に遅い。

 

僕にとっての7時なんて、ゴミ出しと……あ、もうそこまで早起きしなくっても問題なくなったのか……ごはんと洗濯と掃除とその他もろもろが終わっている時間なのにな。

 

夢見は悪……くなかったけど、ともかくも幸先のよさそうな朝だ。

これからいろいろ考えてしなくちゃならないだろうし、ここは気合いを入れないとな。

 

今日はたしか金曜だっけ……前よりは曜日と日付の感覚に敏感になっているけどパソコンは別の部屋だし電源も付けてないしスマホもおやすみ。

 

こうしてぱっと見るだけで把握っていうのができないのかもどかしい。

 

カレンダーなんて貼らなくなってから何年経ったことやら……ちょっと電化製品に頼り切りな気がしないでもない。

 

「くぁ――…………………………」

 

ごはんをひとくち口の中に入れて、……20時間ぶりくらいの固形物の感触をかみしめていると、見慣れたアナウンサーさんたちが現れる。

 

ごはんがぱさぱさだ。

ちょっと古いやつだったかな?

 

それとも暑かったからかなぁ。

 

『おはようございます』

 

そう言ったアナウンサーさんたちの後ろの画面には、一面の雪景色。

 

雪景色?

 

雪?

 

……ああ、北の方はもう初雪なのか……まだ秋だっていうのに寒そうだなぁ。

 

まだまだ秋はこれから。

紅葉とか栗とかいろいろ楽しい季節なんだ。

 

そう思った僕の耳に飛び込んできたのは――信じられない言葉だった。

 

『12月23日金曜日。 朝のニュースの時間は大雪の情報からです』

 

「――――――――――――…………」

 

かちゃかちゃっと箸が落ちて散らばる音。

こういうときって本当にものを取り落とすんだなぁってどこかで考えてる僕がいる。

 

口からは声にならない声。

でも頭は冷静にいろいろ考えている。

 

――朝7時、見慣れた朝のニュースキャスターさん。

 

「ライブ」ってあるから……ドラマとかバラエティじゃなければ……この景色は今現在、この瞬間のもの。

 

そしてテレビの中継で見慣れた駅前……ということは、この画面に映っているのは外国とか北の方じゃなくって僕の住んでいるところと変わらないところで。

 

雪を見ない年も多いくらいなのに積もっている。

現実に、多分僕の住んでる町もこうなっていておかしくない。

 

――雪となれば秋が深くなるか冬にしか降らないもの。

 

異常気象とかだったら別だけど、それだったら「今年も寒いですねー」じゃなくて「異常気象で大雪!!」っていうテロップが出るはず。

 

なのにそんなことはなくて――12月、23日。

クリスマスイブの、前の日。

 

そう、上の隅の方にテロップではっきりと書いてある。

 

「……ありえ、ない」

 

そうだ、ありえない。

 

こんなことはあり得るはずがないんだ。

 

「………………………………………………」

 

……そうしていたら口の中のごはんを咀嚼するのも忘れていたことに気がついてちょっとずつかみしめるけど……さっきまで感じていたごはんの味が全然分からなくなっているのに気がつく。

 

ただの、ぱさぱさしているなにかだ。

 

だって唾液も出なくって。

 

「……あ。 おはし……」

 

のろのろイスから降りてお箸を拾い集めて台所へ行ったりして……それすらものろのろしてみて時間を稼ぐ。

 

でも僕の頭は冷静に考えちゃうんだ。

 

冬。

 

雪。

 

大雪。

 

積雪。

 

12月23日。

 

……それは、ありえない。

 

だって昨日はまだ9月で、残暑で秋で、まだ夏のほうが強くって。

みんなと最後に会ってから、まだ1週間と経っていなくって。

 

そのはずだったのに。

 

「…………………………」

 

『先日から降り続いている雪のおかげで、今日もまた一段とこの都心でさえも……ご覧ください! 25センチの積雪を観測しています!』

 

わざとらしく長靴を履いたリポーターさんがずぼっと雪の中に足をつっこみ、同じように突き刺した定規の目盛りをアップで映している。

 

――なんで。

 

なんで9月が12月なんだ?

 

12月って9月だったっけ?

 

……………………………………落ち着け、ちがうちがう。

 

今ははっきりと目を覚ましていて僕は正常で、テレビの向こうの人たちも正常に見える。

 

と言うことは僕の主観だけがズレていて……今日は9月のはずだったのに12月になっているんだ。

 

本当に、3ヶ月も経っているんだ。

 

『予報のとおりですとこの天気はまだしばらく続くようです。 ということは明日のクリスマスイブ、そして明後日のクリスマスは数年ぶりのホワイトクリスマスというものになりそうですねー』

『そうですねぇ、今年のクリスマスは素敵なものに……』

 

カメラがあちこちに切り替わって、たくさんの人が道を歩いている場面で止まる。

 

コートを着た大人の人は歩きにくそうにしながら会社へと向かい。

止まっている路線があるらしくってタクシーにも行列ができていて。

 

『イブから土日となる、これまた天気と合わさって絶妙なホワイトクリスマスとあって、みなさん大変盛り上がっているようです』

『子供から大人まで楽しい2日間になりそうですね。 しかし交通への影響で……』

 

小学生くらいの子たちが走り回って、雪を丸めたりして遊んでいて。

その子たちが身につけているのももこもこのダウンとか手袋とかマフラーとか毛糸の帽子とか、およそ夏らしくない格好で。

 

つまりは明らかに夏でも秋でもなくって。

 

『……はい、それではまず気になる明日と明後日の降雪量ですが……』

 

ぴっとチャンネルを変えてみる。

 

『この大雪で転倒したという通報が昨晩だけで……』

 

おなじ。

 

もういっかい、もう2回。

 

『まぁ例の事件のおかげで外出を控える人も多いようですので一概に悪いとは……』

 

………………おんなじ。

 

どの局もこぞっておんなじようなことを言っていて、映している。

 

――――――これは、現実。

 

それは分かった。

 

理解はできて納得はできないけど無理やりに納得するしかない。

 

けど……なんだ、これ。

だってクリスマスなんて……3ヶ月も先のはずでしょ?

 

予定はまだ決まっていないけど「クリスマスパーティーとかしよう」ってみんなが言っていた、あの遠い未来のことじゃないか。

 

なのにどうして今は3ヶ月後なんだ。

 

「……ずず」

 

落ち着かなかった僕はいつの間にかに料理用のお酒を出して呑んでいたらしい。

 

しばらくしてからそれに気がつくくらいには……僕にしては珍しく動揺ってのをしていた。


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