【改稿中】銀髪幼女にTSしたニートな僕が過ごした1年間   作:あずももも

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33話 猫と17歳 1/4

「……私たち、ほんとうに助かったのね……」

「ようやく実感してきましたにゃあ――……」

 

あの後こそこそ店員さんたちの助けを借りてエスカレーター伝いに移動して、試着室からさっきの喫茶店の隣のレストランにまでたどり着いて「さすがにここなら来ないでしょ」ってなってひと息つく。

 

まさにとんぼ返りってやつ。

 

目的の下着も買えたから僕としては悪くない。

 

なぜかあのときの毛糸ぱんつもカゴに入れちゃっていたのに気がついたのはレジで「あ……それちがうんです……」って言う前にしまわれちゃったから言い出すこともできなくって僕用の毛糸ぱんつが手に入ることになった。

 

まさかカゴに入れられていたとは……どっか行っちゃったって思ってたのにいつの間に?

 

「いやー、ほんっと助かりましたぁ」

「いえ」

 

とりあえずで頼んだ今日何杯目かになるコーヒーを静かにすすっていたら、テーブルの反対側でふたりして面接のように……僕は就活してないから知ってるだけだけど……座ってこっちをずっと見ていたふたりのうちのひとり、茶色ポニーさんのほうから声をかけられた。

 

そのまま静かにしてくれていたらよかったのに。

僕は何時間でも「……」が続いて平気な人種だからね?

 

「あのまま私たちだけだったら、きっとすぐにあの人たちに見つかっちゃってまたカメラの前に引きずり出されて質問攻めに遭うところでした。 あー、こわかった!」

「ほんとうでしたにゃあ……ほへぇ」

 

にゃあ?

 

なんだかさっきからにゃんにゃんと耳に残る語尾で改めてもうひとりを見る。

 

猫系の芸能人、アイドルをやってるらしい緑メガネさんもとい緑メガネ猫尻尾さん。

だってこんなときなのに猫耳と猫しっぽのアクセサリー外していないし……筋金入りだな。

 

根性がすごい。

やっぱりプロは違うんだ。

 

「実は私たちですね、ちょっとしたインタビューを……それもここじゃなくて別のところで受けていたんです」

 

あ、別に事情とかは良いです……って普通の人はならないから言わなきゃいけないよねって当然のようにしてしゃべりだすポニーさん。

 

見た目的にも身長的にもこっちの方が年上っぽい。

そう言えば芸能界って上限関係厳しいらしいしなぁ。

 

「けどですね、そこへ突然って感じで……警備員の人とかを押しのけてあの人たちが無理やり入ってきて強盗みたいに押し入るっていう感じだったんですよー、ほら、今って配信されてるとすぐ大変なことになるのでこっちから手を出せなくってー」

 

さらさらと話しているポニーさん。

 

さすがアイドルなんだなって感じで話し方がアナウンサーみたいに綺麗で聞き取りやすい感じ。

 

歌とかトークとかもいつもしているんだろうし、そりゃ普通の人とはちがうか。

きっとドラマとかにも出ているんだろうしラジオとかもやっているのかもしれないし。

 

トレーニングとかで毎日忙しいって言っていたしなぁ、萩村さんが。

 

あのとき今井さんはひとっことも言わなかったけど。

ただただ楽しいってことしか強調せず。

 

やはり信用できない悪魔さん。

 

メリットだけしか伝えなくてデメリット、こっちから聞かない限りはひとっことも言わないっていうの。

 

やっぱりあの人は要警戒だ。

 

「それからですね、そばにいた人たちの助けがあってなんとか逃げ出すことはできたんですけどにゃ?」

 

一緒に説明してくれようとしているのはメガネ猫さん。

けども……その、なんかギャップがすごい。

 

真剣に話しているのに猫耳とか尻尾って。

 

「相当な人数だったみたいで裏口まで抑えられていたみたいで。 そこから全力で走って……10分20分くらいですかにゃ?」

「そのくらいねぇ……いや、もっとかな……とにかく疲れたわ」

 

鍛えているとは言え追いかけられた状態で全力疾走を10分単位。

そりゃあ疲れる。

 

でも僕もう帰りたいんだけど?

 

助けたからってお礼とか要らないしさっさと帰りたいし……さっきの毛糸ぱんつ気になるし。

 

「私はまだまだ行けたんですけどにゃー? せんぱ、相方さんがへばってしまってですにゃ」

 

ボロが出そうになってる猫さん。

キャラ付けって大変だね……僕が外部の人だからがんばってるのかな。

 

「もー走れないって感じで押したりしながら走ってたから私もちょっと疲れてきたところで、もーどうしようかって思ってましたにゃ。 どんどん上に追われて袋のネズミでしたし」

 

猫が鼠。

 

……ただの比喩表現だったらしく、普通にため息をついていた。

良かった、「はは……」とか愛想笑いしなくって。

 

僕は会話の経験が少ないからどう反応したらいいか分かんなくって笑っちゃいけない場面で愛想笑いとかいやいやこういうのもうやめよう心が痛い。

 

「いやいや、いっくらダンスとかで鍛えているとは言っても人海戦術されたら敵わないわよ……走って追いかけてくるのはもちろん車とか何台も使って追ってくるなんて言うどこぞの映画みたいなことしてくるやつらからずーっと逃げるのなんて限度があるでしょ。 相手みんな男の人で怖いし」

 

「情けないですにゃあー」

 

どうやら緑猫さんはフィジカルもメンタルも強いキャラで通すらしい。

もはや尊敬する僕は猫耳キャラな子って扱ってあげようって決めた。

 

「………………………………………………」

 

それにしてもだ。

 

騒動の本体に巻き込まれるのはかろうじて回避できて助かったけど、今度はレストランっていう望んでもいない場所へ「お礼だから!」っていうのと「良ければちょっとだけ聞いてほしいことがあるから……」って言って半ば強制的に連行された僕。

 

まぁいつものだな、うん……この体になってからの「いつも」。

 

もちろん抗議の声はちっちゃくかすれたぼそっとしたものだったから当然にして聞こえなかったみたいだし……もうやだこの小さい体。

 

なんとかならない?

ならないよなぁ……。

 

でもなんで2人が正面に座ってこっち見てくるんだ……やめて、僕こういうの苦手だから。

隅っこでひとりじとじとしている方が気楽だから。

 

どうして僕はいつもこんな目に遭っているんだろう。

 

やっぱり呪い。

つまりは魔法さん。

 

というのはさすがに言いがかりかも。

少なくとも今回ばかりは魔法さんにはなんら関係のないことだろうし。

 

……関係ないよね?

 

そうだよね?

 

面倒ごと引きつけるとかやめてよ?

 

「そもそも私、置いて行っても良いよって言ったじゃない」

「いやいや無理ですにゃ! だから抱っこしようかって」

「お姫様抱っことか恥ずかし過ぎるからイヤだったのよ」

 

「普通におんぶのつもりでしたにゃ!? そんなこと考えてたんですかにゃあ!?」

「あ、そうだったの? 私てっきり」

 

なんだかぎゃーぎゃー言い合っているふたりを眺めながら、なんだか落ち着かない理由の周囲を見回し直してみる。

 

名前は知らなかったけど何度か前を通って知ってはいた、いかにもな高級レストラン。

 

その中の……わざわざこのふたりの名前を出してーの、これまたいかにもーって感じのフスマの奥の個室だ。

内装もなんだか凝っているしそこここの装飾は黒に金箔だし、おまけに壺と掛け軸なんかが備わっている。

 

僕は全然詳しくはないけどひと目で見て「あ、これ壊したりしたらとんでもない金額だ」ってことくらいは分かる感じの高級感と希少感を放っている。

 

……僕には縁のない世界のものだなぁ。

 

「にゃっ」

 

僕はじっとその尻尾を見る。

 

必ず語尾に……いや、聞いていたら必ずしもじゃないみたいだけど、でも「な行」がみんな「にゃ行」になるわけでもなく、ただただ語尾に「にゃ」を着けるっていう完全にキャラクター作りをしている様子の猫耳しっぽ語尾緑メガネさん。

 

語尾はともかくカチューシャで着けているんだろう猫耳も腰のあたりに固定しているんだろうしっぽも、声とか体の動きに合わせて動いているように見えるのは……気のせいじゃなさそうだ。

 

まぁ昔ならともかく、今ならその筋の技術を持ってすれば体の動きと抑揚に合わせて動くこういうのなんてお高くとも手に入るのかもしれない。

 

だってアイドルっていうのだし。

 

それにこういうのって前にどっかの記事で見た覚えがあるしなぁ……あ、科学の勉強ついででだった気がする。

 

脳波を読み取るんだっけ?

すごいね。

 

なにがすごいってそんな技術をこんなことに使うっていう需要の方に。

 

こんな非常事態のときまで目立つっていうのに着けっぱなしで、しかもこういう個室の中っていうオフに近い環境でも語尾は残しておくっていう徹底ぶりだ。

 

もちろん移動中も耳と尻尾は出しっぱなしだったし。

 

いちおうさっきのお店で買った僕の服のうち今は着ないのを「貸してほしいにゃ?」って頼まれて渡したシャツとかを腰に巻いたり帽子をかぶったりして隠してはいたけどばればれ。

 

なんでもコートを着るには暑いらしい。

ふたりとも汗、結構かいてたしな。

 

近くでって言うかいつもみたいに手を引かれて歩いたからそれを嗅ぐことになったんだけど……あの匂い、やっぱり嗅ぎ覚えがあると思ったら萩村さんの車の中の成分のひとつだった。

 

制汗剤とかでちゃんと管理している汗とかって不思議と臭くないよなぁ。

どっちかっていうと甘い感じ?

 

よく僕がお風呂上がりとか寝起きとかに「ん?」って感じで不意に僕自身から漂ってくるあの匂いに似ている感じ。

 

ミルク系な感じ?

女の子の匂いってこういう系統だよね。

 

男とは絶対に違う何かだ。

 

「……あー、えっと。 それでなんですけどね……?」

 

ゆらゆら揺れていた尻尾の先を見ていたら茶色ポニーさんが会話を再開し出す様子。

 

……ふさふさ感を触って確かめさせてもらいたいかも……。

 

「助けておいてもらってさらに……なのも悪いんですけど。 その、ほとぼりが冷めるまで? このレストランに駆け込むまでは運良く見つかりませんでしたけど、きっとまだ何人かあの手の人たちがそのへんにいると思いますので、そのぉ……もうすこーしだけ私たちと一緒にいてもらっても良いでしょうか……?」

 

すっごく言いにくそうなポニーさん。

 

さすがに僕のイヤそうな表情とか態度、伝わってはいたらしい。

 

「そうしてもらえるととっても助かるんですにゃあ……だってこういうときに『女性ふたり組』っていうキーワードで聞き込みされちゃったりすると割とかんたんに居場所、探られちゃいますからにゃ――…………足とSNSで情報を集められちゃうとどうしようもないんですにゃあ。 このお店の人たちなら大丈夫だって思いますけど、歩いてきたのを見ていた人たちなら無理ですし、にゃ?」

 

なるほど……あ、耳の先っぽがぴくっと動いた。

 

あ、もう1回ぴくぴくって。

 

「ここでのお昼は好きなものをいくらでも食べてもらってもいいですし、帰った後で相応のお礼もしますし……おねがいですにゃ!」

「そうそう、好きなグループとか人とかの握手とかサインとかライブのひとつやふたつとか……予約でいっぱいのでもいくらでもねじ込めますから!」

 

「別に僕も急いでいませんし食べるくらいは構いませんけど、そういうのは良いです」

 

朝は寝坊して冷蔵庫で忙しくて来るのも大変で、ようやくまともな服を手に入れられたと思ったら今度はこの騒動でちょっと休みたいのも事実だし。

 

「それなら誰がいいですかにゃ? あ、後でも良いですけど……もちろん私たちでも大歓げ」

「ですから僕そういうのに興味がないので要りません」

 

あ、この子たちのもーってセリフに重ねちゃった……ちょっと悪かったかも。

 

でもそれを特に気にするでもなく、なんか驚いてるふたり。

 

「なんと……こんな人も居るんですか……あ、ごめんなさい」

「珍しいですにゃ? 前ならともかく今となってはサインとか要らないってばっさり言われたの、たぶん初めてなんですにゃ」

 

うん……むしろ食い気味になっちゃったよね……タイミングが悪かっただけなんだ……決して嫌いって訳じゃなくて単純に興味がないだけなんだ……。

 

「ちょっとがっかりですけど、まぁご興味ないんじゃ仕方ないですにゃ。 あとで気になってきてもらえたらいつでも喜んでしますからにゃ? お礼の方も別の形で」

 

「………………………………………………」

 

さすがに何にも要らないって……さっき言ったけどもう1回は言いにくくって黙るしかない僕。

 

それにしてもサインとかってもらうの嬉しいものなんだろうか。

これがかがりとかりさりんなら喜び勇んで色紙とか用意しに行くんだろうけど、僕は興味ないし。

 

……あ、でも好きな作家さんのサインを本にもらうっていう見方に変えてみればたしかに嬉しいものかも?

 

そんなことを考えつつも「やっぱ早く帰りたいなー」って言う帰宅部の本能が疼く僕だった。


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