【改稿中】銀髪幼女にTSしたニートな僕が過ごした1年間   作:あずももも

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34話 魔法と抵抗と「NEKO」 1/4

◆◆  ◆◆◆◆               ◆   ◆ ◆◆ ◆     ◆

 

 

「………………………………………………」

「………………………………………………」

 

2人の声が聞こえているはずなのに聞こえない。

 

五感が薄い。

薄っぺらい。

 

偽物みたい。

 

あの夢の中で味わったばっかりの、このイヤな感覚。

それが僕を包んで離さなくってもはや目の前のふたりの会話は耳に入らない。

 

夢の世界、あっちから離れるときもそうだった。

 

しゃべっていること自体は分かるのに何をどんな声で話しているのかが分からないっていう状況。

 

ふたりの顔も目の前の料理も部屋のお金がかかっているらしい内装とかも、そのぜんぶがどこかぼやけていて、ずっとってわけじゃないけどアナログ的なモノクロの縦線とか横線とかが入っていて、つまりはすり切れてぼやけたビデオテープみたいになっていて。

 

……ここは夢の中じゃないはずなのに。

 

現実の家の外で他人と会っている……はず、なのに。

 

いや、もしかしてここもまだ夢の続きなのかもしれない。

そうも思ってみるけど夢じゃなかった方がやばいから今は現実だって思っておこう。

 

夢落ちなら安心できるけどそうじゃなかったらやばい。

 

「ふぐ……」

 

学生時代に机に向かってうとうとしてきたけど寝ちゃいけないときみたいに歯を食いしばって手とかお腹に力をぎゅっと入れて息とか止めてみたりして1秒でも長く起きていようってがんばる。

 

こんなところで寝ちゃったら大変だ。

 

力が抜け過ぎて……意識がないもんだから勢いよく顔からテーブルに突っ伏したりイスから落ちちゃったりしたらとんでもないことになる。

 

学生なら「そこまで寝るやつがあるか」って笑うだけだけど今は幼女な僕の体だし意識失って受け身取れないとケガするかもしれないし。

 

そんなことになって「大丈夫!?」って起こされても目を覚まさなかったりしたら匿うどころの話じゃなくなって救急車とかの大騒動になるのは確実。

 

それだけは避けたい。

 

せっかく機転が利いて助けたのにそれじゃあかえって申し訳ないことになって、だったら初めっから気がつかないフリをして隅っこで知らんぷりをしてた方がお互いに幸せだったってことになっちゃう。

 

せっかくこうして疲れてまで僕がしたことが無意味になる。

 

それは嫌。

わざわざ脱いだのに脱ぎ損じゃないか。

 

「………………………………………………」

 

……いやいや僕は男なんだから別に見られるのは心底どうでもいいことのはずなんだけど、せっかく珍しく人のためにがんばってみようってした僕の気持ちが全部ムダになっちゃうのは嫌なんだ。

 

がんばって踏ん張るおかげでなんとか意識だけは残ってるらしい。

 

……僕が反応していないはずなのにふたりとも気がついていないのを見るに、魔法さんの仕業って証拠が積み上がっていく。

 

でももしこのまま気を失っちゃったとしたら……病院に運ばれて検査とかされて体に異常がないってわかったら。

 

そのあとはただ入院させられて目が覚めるのを待つだけになるんだろう。

 

「使うかも……」って思っていたから免許も財布の中にあるから身元がすぐに分かっちゃうわけで……僕が意識を失っている以上、ここでまさかの誘拐疑惑で全部がおじゃんなんだ。

 

だって魔法さんの力、今の僕を前の僕だって誤解させる力は僕が意図的に使わないと……意識があって僕から働きかけない限りは前から知っている人以外には効果がないっぽいし。

 

だから点滴とかして僕が起きるのを待っているあいだ、ヘタをすれば家の中にまで……カギもポケットに入っているし……入られて調べられてっていう大ごとになるかもしれないし。

 

絶対になる。

 

だって幼女……に限らず未成年だもん。

あ、いや、大人だろうと意識不明ならそうなるか。

 

まぁ冬眠のときのみたいに魔法さんが都合よくやり過ごしてくれるっていう可能性もそれなりにはあるんだけど確実じゃない。

 

それにこの子たちにも……えっと、猫さんが島っぽい名前な島子さんでポニーさんが岩本さん……危機感から初対面で名前を覚えちゃったらしい僕をほめたいけど今はそれどころじゃないし、とにかくこの子たちにもとんでもない迷惑をかけてしまうのには変わりない。

 

彼女たちにしてみれば初めて会った僕が……よく考えたらようやくの自己紹介中だったからまだ名前も教えていないし……住所とか連絡先も知らない相手がいきなり昏倒とかしたら、そりゃあびびる。

 

びびるどころじゃないか。

 

それに……スマホの中味からゆりかたちに連絡とかが行っちゃったら、3ヶ月音信不通だった僕がなぜかレストランで倒れていて「身内がわからない」って呼ばれて、見てみたらびっくりするくらい痩せていて心配させて。

 

けど僕の、いるはずの親とかの連絡先は誰ひとり知らなくってみんなが「?」ってなる。

 

だって家は男な僕の名義だし、お隣さんは魔法さんのせいでこんな幼女を成人男性って言い張る謎のお母さんになっちゃう。

 

いくらなんでも悲惨すぎる。

 

しかも今度は病院で介護されるもんだから……必要はないのに点滴とか心電図とかのケーブルとか管まみれにさせられて無理やり栄養補給と排泄とかさせられて体を拭かれて、つまりは寝たきりのケアってやつをさせられて。

 

意識が戻ったらあっちこっち穴ぼこだらけになった上に今度は質問攻めだろう。

それはもう厄介っていうレベルじゃないくらいに取り調べ的な感じになるはず。

 

……あぁぁ、考えれば考えるほどに事態が転げ落ちていく。

 

もっと悪い想像しちゃうとその騒ぎでまだこの辺をうろうろしているはずの追っ手の人たちがこの子たちを見つけちゃう可能性さえあるんだ。。

 

どう考えてもおしまいだ。

 

どうしよう。

 

◇◆◆◆◆

 

どうしようもないよね……だって制御不可能な力だもん。

 

そう思って諦めが入って来た僕はふと気がつく。

 

ここから先のやつ、意識が遠のいたりよくわからない光の狭いところを抜ける感覚とか、これ以上砂嵐がひどくなるっていうあのときの感覚が無いなって。

 

あれぇ……?

 

「…………………………」

 

両手でにぎにぎぺたぺたさわさわしてみる。

 

……手のひらと指の感覚から触ったところまで、ちゃんと確かにある。

 

感じられる。

 

試しに目の前のお茶をすすってみる。

 

「……ずずっ」

 

1口食べてみる。

 

「もむ」

 

……食器を触った感覚がある、味覚も、嗅覚もある。

ごくんと飲み込めばお腹の中に送られる感覚も……たぶん、ある。

 

……なんかよく知らない内に収まってきてる……?

 

いや、でもおかしな感じは続いてるし……うーん?

 

あ、冷や汗かいてる。

こめかみとか背中をつつーっと流れているイヤな感覚。

 

感覚がここまであるんならきっとまだ大丈夫だって思いたい。

 

あの夢だったらこうした不快感までは一切なかったから違うんだって。

汗とか疲れとか、今感じているように頭から血の気が引ききっているイヤな感覚とか。

 

そんなことを思いつつもいくら待ってもなにも起こる気配がなくて……人って変化がないと落ち着いてくるらしくってだんだん冷静になってきたから目の前のふたり、ポニーさんな岩本さんと猫メガネさんな島子さんを見てみる。

 

よく観察してみると、そのふたりが会話している相手のはずの僕が相づちどころか返事どころか反応さえなんにもしていないのにそれをおかしいとは思っていないみたいで。

 

それどころか僕が返事したり話しているのを聞いているかのようなそぶりさえ見せていて。

 

……雰囲気から察するに、さっきの自己紹介のあとの会話ってやつ……っていうか説明っぽい感じだけどそれを続けているらしい。

 

僕が話していないのに、目の前の人たちにとっての僕は普通に話している。

 

まるで「僕じゃない誰かと話している」感じ。

 

それは……すっごく怖いもの。

 

僕の体が知らない僕に乗っ取られている……あるいは「この体の持ち主」な女の子かもしれないって思う。

 

「………………………………………………」

 

……でも、今日がんばったのは僕なんだ。

 

起きたら3ヶ月経っていて冷蔵庫が悲惨なことになっていてがんばって掃除してお風呂入って、寒い思いしてタクシー乗って服を揃えて……この子たちを助けたのは、この僕なんだ。

 

それを全部取られるなんて嫌だ。

 

だから……返して貰おう。


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