ある日、主人公の元にとある少女が転校してくる。
彼女と出会ったことで、彼は彼女の夢、そして事情を知ることになる。
迷いの末、彼が選んだ答えは───

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君と紡ぐ軌跡

僕と彼女の出会いは唐突なものだった。

唐突、と言ってもそこら辺の小説なんかでよくある出会いだけど。

そんなありきたりな出会いだけど、僕はあの時、君と出会ったことを絶対に忘れない、そう決めたんだ。

 

 

僕の名前は暁月 一輝(あかつき かずき)、周りに女子が集まること以外は特になんの特徴もない普通の高校生だ。

僕が彼女と出会ったのは高校3年生の夏。

何の変化も無いような平凡な日常をすごしていた夏休みの2週間前の事。

 

「おはよ、かーくん」

 

朝、通学路を歩いているとそんな声が聞こえた。

声の主は同級生で幼馴染の村山 凛(むらやま りん)、いつもは明るくて元気なやんちゃ娘的なキャラだけどこの日だけは何故か暗かったのだ。

 

「どうしたんだ、いつもの明るさはどこ行った」

 

僕がそう聞くと凛はとんでもない事を言い放った、なんと「かーくんのハーレムが拡大しそうだから」という理由で暗いのだ。

何が言いたいんだ、そう思っていると凛は言葉を続けた。

 

「今日、私たちのクラスに転校生が来るらしいの、その人が女子だから()()かーくんの周りに女子が増えるんじゃないかなーって」

 

「どういう心配だよそれ、僕は好きで周りに女子を集めてるわけじゃない」

 

それになんだ、あと2週間で夏休みってところで転校してくるって。

普通なら夏休み明けから来るもんじゃないのか。

()()()()()()()()()()()がない限りはこのタイミングでの転校は……

 

などと考えているうちに僕達は学校に到着した。

そのまま凛と一緒にクラスに入り自分の席に座るとすぐにこれまた凛とは違った明るさを持つ女子が僕の前の席に座って挨拶をしてきた。

 

「かっくん!おはよー!なのです!」

 

「朝から元気だな……」

 

僕に挨拶をしてきたのは僕の前の席であり1年生の頃に起きたとある出来事をきっかけにそれから仲が良くなった白井 結華(しらい ゆいか)だ。

朝からテンションが低かった凛とは真逆にテンションがいつもよりも高い理由はもちろん……

 

「当然なのです!今日は転校生が来るらしいので!」

 

ということらしい。

なんで転校生が来るってだけで盛り上がるんだろう、どこかの通信制なんか1ヶ月に1人増えるって聞いたぞ?

 

「はーい、男子諸君は黙って女子諸君は黙って。HRの前に今日はどうせ君たち知ってるだろうけど転校生を紹介するよ〜、ほら、入ってきて」

 

やる気のない声と共に扉から入ってきて変なことを口に出したのは僕らの担任、青山緑、通称アオちゃん。

そしてアオちゃんは僕達の中で噂されていることを知っていたらしく簡単に転校生が来たことを説明し、その転校生がアオちゃんが入ってきた扉から入り、教壇の前に立った。

 

「……如月 やよい(きさらぎ やよい)です」

 

教壇の前に立ったその子は小さい声でそう名乗り、下げていた顔を上げた。

黒髪ショートヘアで黒髪の下の方は少し赤メッシュが入っている、そして目の色が水色という珍しい女の子だ。

 

「あー、席はカズの横の席空いてるしそこでいいな、うん」

 

アオちゃんの適当な決め方と同時にクラスの男子の視線が僕に集まったのはきっと気のせいだろう、気のせいということにさせてくれ。

と無駄な事を気にしているうちに転校生、やよいが僕の隣の席に座った。

 

「よーし、とりあえずHR始めるぞー」

 

やよいが席に着いたのを見てアオちゃんは直ぐにHRを始めて連絡事項などを話し出した。

その間、やよいは全く表情を変えずにアオちゃんの話を真剣に聞いていた。

その横顔からは凛や結華とは違った雰囲気を感じたが、なぜそんな雰囲気を感じたのか、この時の僕はわからなかった。

 

HRが終わり、1時限目の体育の準備のために女子たちが更衣室に移動し始めたところでやよいは僕の袖を引っ張って質問をしてきた。

 

「更衣室……どこ?」

 

「はぁ……」

 

女子たちが教室から出ていってから聞いてきたやよいは「何?」みたいな表情をしながら僕に更衣室の場所を聞いてきたのだ。

男子の中で着替えさせるなんてことは出来ないため僕はやよいを女子の更衣室に連れて行き、女子たちに冷たい目をされ、おまけに1時間目の体育は少し遅刻することになってしまった。

 

彼女は転校してきてからわからないことは全て僕に聞いてきてその度に僕は振り回されていた。

だけど、やよいは何故か放っておけない気がしてしまい、結局僕はやよいが学校に馴染むまで協力をしていた。

 

 

やよいが転校してきて一週間が経ち、残り2日で夏休みと学校内は夏休みは何をするという話で盛り上がっている。

とはいえ、僕は特にしたいことも無いため、こういう話題には関わらないというか関係がない。

 

「いつも夏休みは暇そうなかーくん!やよいちゃんと一緒に夏休みを私たちで楽しもう!」

 

「一言余計だ、それで、やよいと一緒にって何するんだ?」

 

1人でぼーっとしている所に余計な言葉を添えて話しかけてきたのは凛、一緒に楽しもうと言われた当の本人は僕の横の席で不思議そうな顔をしながら僕の方を見てきている。

 

「何も考えてない!」

 

僕の質問に対しそう答えた凛は何故か誇らしそうにしている。

凛が思いつきで発言をすることはいつものことだけど、今回もそのパターンだったとは……

ふと、僕はやよいの方を見る。

良く考えればやよいは転校してきてからの間、「これをしたい」など、個人的な要望を全くしていない。

そして、僕と凛はやよいの笑顔を見た事がなかったのだ。

 

「なぁ、やよい……」

「私は別にない」

「何かないのか、やりたい事とか」

「私は()()()()()()()いい」

 

時間が無い、やよいはそう言って僕の質問を返した。

時間が無いというのはどういうことだろう?高校生活中だとすれば確かにそうだけど、半年もあれば何か出来るような気が……

 

「とりあえず夏休みが始まったらかーくんの家に集まろう、そうしよう!」

「へいへい、結華も誘っておくよ」

 

相変わらずのテンションで半強制的に夏休み初日の予定を決めた凛はそのテンションのまま教室を出ていった。

そんな凜の後ろ姿を見ていると、やよいが「──がみたい」と独り言を呟いていたのを聞こえなかったフリをして授業の準備を始めた。

 

 

 

 

それから1週間が経ち、夏休みが五日目を迎えていた。

そんな中、僕、凛、結華の3人は前日に凛が「やよいちゃんの家におじゃましよう!」と、はたから見たら本当におじゃまなことを考え、その日にやよいの母親から僕に「どうぞ来てください、あの子も喜びます」なんてやけに丁寧な電話が来て今僕達はやよいの家、やよいの部屋におじゃましている。

 

正直、女子の部屋(プライベートルーム)に入るのは凛の部屋に無理やり連れていかれたのを除けば初めてだ。

なんて考えながら無意識に部屋を見渡していると、壁に【Blue Rose】と書かれたポスターのようなイラストが貼られていて、その近くには()()()()()()()()()ギターやベースを入れるケースが置いてあった。

もしかして、なんて、憶測に過ぎないけどやよいは………

 

 

「かーくん、かーくんってば!」

「ん、あぁ、ごめん。それで何だっけ……」

「かっくん、今私たちはこれから残ってる夏休みの期間をどうするか、という話をしてるのです。」

「まぁ……毎日こんな感じを続けてたらな、何かやりたいことはあるか?」

やよいの部屋に入って、やよいが何をしたいのか。それについて考えてるうちに女子二人は盛り上がっていた。

それに適当に返事をしていると……

 

「遅くなってごめんね〜。これ、良かったらどうぞ」

と、やよいの母親がお茶とお菓子類を出してくれた。

母親は部屋から出る前に何故か僕だけに「後で、話したいことがあります」と、ものすごく嫌な予感がすることを言われ、話が盛り上がって女子会になり始めたところで僕は1度退出してやよいの母親に呼ばれたリビングに向かった。

 

 

 

やよいの母親から話を聞いた僕は、やよいが何故、「時間が無い」なんて発言をしたのか。

そして、教室で言っていた独り言、部屋に貼ってあったイラストとホコリを被ったギターケース。

その全ての理由が判明した。

だけど、これはまだ、誰にも言えない。

言ってはいけない………凛と結華を困惑させないためにも、そして、やよい自信を傷付けないために。

 

 

 

 

「遅いよかーくん、どうかした?」

「いや、やよいのお母さんの手伝いを少しだけ……それで、夏休み中にやりたいことなんだけど──」

「何か見つけたですか?」

 

ただ、何も言わずに過ごすわけには行かない。

やよいがやりたいことを、()を叶えたい。

そのために──

 

「この4人で───」

 

僕以外の3人は──特にやよいは──驚いた様子だった。

それも無理はないだろう、だって僕は3人に向けてこう言ったからだ。

───文化祭でバンドをやろう。と

 

「かーくんにしては急に言うね、バンドやるって言っても()()()()それに関係する楽器弾けないんじゃ?」

 

「この4人がそれを出来るって知ってるから言ったんだ、急にこんなこと言って悪いけど理由は今は言えない──でも、もしここでやらなかったら絶対に後悔する、だから頼む」

 

「かっくんがそんなこと言うとは思わなかったです、練習と準備期間が少ないですがそこは何とかするです。つまり、かっくんの案に賛成です」

 

急に言ったにもかかわらず、凛と結華は賛成してくれた。

あとは、僕がこう言った理由となるやよいだけ、そう思っていると僕の目の前に、さっきやよいの部屋を見渡した時に目に入ったギターケースが置かれていた。

 

 

「やよい……?これって……」

 

「私の、中学生の頃にやってたベース」

 

嫌がると思ってたけど、やよいも賛成してくれて、さらには昔使ってたというベースをケースから取り出した。

綺麗な赤色の本体。さすがに弦は今の状態では使えないけど、それでもやよいの持っているベースは確かに、使っていたとわかる状態だ。

 

「やよいちゃんのベースカッコイイ!これは私の『ピーちゃん』も本気を出さないとだね」

 

「なんだピーちゃんって、それで、みんな賛成って事だけど……練習場所どうするか」

 

「それなら、私の家に防音室があるので明日は私の家に来るです!」

 

練習場所に困る必要も無く、僕達は結華の家にあるという防音室を借りて練習やミーティング等をすることにした。

後で聞いた話だが、昔、結華の父親は割と有名なバンドのドラマーだったらしく、その繋がりで結華もドラムを始めたらしい。

 

 

とある事情を聞き、バンドをやることを決めたこの日、自宅に帰った僕は自室にてやよいのギターケースとほぼ同じぐらいにホコリを被ったケースを取り出した。

「はぁ……」

と、深いため息をついてやよいの母親から言われたことを思い出していた。

──あの子は、あの子には何かをできる時間が少ないんです。

──だから、あの子が仲良くなれたあなたとあなたのお友達に頼みたいんです。

──あの子の、やりたいことを、叶えてあげてください。

 

なんて、涙を流しながらそう言う母親の顔が思い浮かぶ。

やよいがやりたいこと、それを聞いた時に僕は自分のやりたかったことと照らし合わせていた。

そして、凛と結華、そしてやよいに「バンドやろう」と言った。

 

本当なら、永遠に出すことは無いと思っていたギターのケースを開けて数年ぶりに自分のギターを持つ。

青い本体、全く色褪せていない。弦は明日買って張り替えるとして、持った感覚が昔と違うのは自分が成長したからだろう。

あの時、もうやらないと決めたはずのギターを少し磨いてケースにしまい、壁に立てかけて僕はベットに入り、眠りについた。

 

 

次の日、集合時間に間に合うように準備をし、ギターの入ったケースを背負い家を出る。

まだ凛は出てくる気配はないけど、弦の予備と張り替え用を買うために少し早く音楽関連の店に向かう。

そして、音楽関連の店に入ったところで僕は呼び止められた。

 

「かっくん早いですね、集合時間は30分後ですよ?」

「結華?どうしてここに……って、そうか」

店の中では結華が椅子に座ってくつろいでいた。

色々と考えていたため忘れていたが、集合場所となっている結華の家というのはここ、『白井楽器店』なのだ。

先述したとおり、結華の父親は有名なバンドでドラマーをしていた。

そのバンドが解散するとなった後、父親は楽器店として店を始めたらしいのだ。

 

 

「君が結華のお友達かね?まぁ、ゆっくりしてください……おや、それはギターですかね?」

「ありがとうございます、俺は弦を買いに来たんですけど……」

「弦、かね?集合時間がまだなら少し預けてくれないか、張り替えておくから」

結華の父親はそう言うと半分強制的に僕のギターケースを受け取って「奥へどうぞ」と案内してくれた。

結華も同じく「どうぞなのです!」と僕を案内した。

 

 

「へぇ……凄いな……」

と、無気力な声を出した僕は結華と結華の父親に案内された部屋、防音室の中に入って中にあった色々な機材などを見ていた。

果たしてどのバンドでいつ活動していたのかわからないけど、これだけの機材に見るからに高そうなドラム、それを見れば誰でも「この人凄い人だ」と言ってしまうだろう。

 

なんて考えていると、僕のギターを持った凛が自分の背丈より少し大きめの箱を背負って入ってきた。

続けてやよいと結華も入ってきて、全員が集合した。

 

 

「かーくんなんで先に行くのさぁ〜重いんだからね?」

「はいはい、とりあえず僕のギターは返して、それでみんなお互い楽器持ってきたわけだけど……」

「全員実力わからないですし、1度みんなどれぐらいやれるかやるですよ」

「賛成」

全員が集まったところでそんな話になり、言い出した人がやるあの法則に従い結華からそれぞれどれぐらい出来るかを、既存の楽曲の1フレーズを演奏するという形を行った。

結華は──しつこく言うが──父親がドラマーということもあり、明らかに初心者ではない実力を披露した。

続いて「これ重い」とさっきから何度も独り言を言ってる凛は、ピアノの経験があると言いながら見てわかる値段的に高いキーボードを取り出して演奏をした。そしてこれまたかなりの実力があるように思えた。

次にやったやよいは、前者2人以上にすごい演奏を披露した。

ドラムとキーボードもそうだけど、楽器に関してほとんど知識のない僕でもわかる、やよいの演奏はプロと言ってもいい程の実力がある。思わず拍手してしまうほどだ。

そして、話の中で何故かボーカルをやることになりそうな僕は、数年間触ってなかったギターを持ち、今のところ1番弾ける楽曲を演奏した。

実力だけで見れば僕が1番低い、そう思っているが、3人の演奏を聞き、そして「やよいのやりたいこと」を叶えるためにも努力は必要───

 

 

「かーくん、凄いよ」

「はい、凄いです」

「うん、凄い……」

演奏を終えた僕に3人はそう言ってきた。

何がすごいんだ?そう疑問を出す前に凛が理由を説明した。

 

「全員凄いって思うけど、かーくんだけは特に……これなら、文化祭までに出来るんじゃないかな?」

「まぁ、とりあえずは何を演奏するかだな……」

凛が結局何言いたかったのかいっちょんわからんけど、そんなことはさておき、とりあえず全員が想像以上にできるということがわかったため、次はどの楽曲をやるかということに話が移った。

「これ、これがやりたい…」

と、悩むことも無くやよいが1枚の歌詞カードを出してきた。

【aspiration】、意味は《希望》、歌詞を見ても聞いたことない楽曲だけど──

 

「私が作った曲、()()()()()()時が来たらいいなって思って作ったの」

「ベースがあそこまで上手くてさらに作詞をできるとは……さすがに楽譜は無いよな?」

「これ、4人分」

「まさかの作詞作曲可能……」

 

やよいの思わぬ実力が判明し、それに驚きながらも、やよいが作った楽譜を見る。

難易度の高い箇所も少なく、全員で合わせるのもそんなに苦労しないように作られている楽譜を適当に脳内再生する。歌詞とリズムも完璧に合って、普通にプロのバンドが歌ってもおかしくないぐらいの楽曲だった。

 

「とにかくやってみよう」

「おー!」

 

 

自分がボーカルをやることになっていたことを少し忘れつつ全体的にやってみて数時間、いつの間にか外も暗くなってきたところで休憩。

「みんなで合わせても問題ないかな、でもなんか……」

「ん?どうしたですか、かっくん?」

結華の父親から出された差し入れの飲み物を飲みながら歌詞を見る。

リズムと音程等は問題が無いが、この曲には何かが足りないような、そんな気がするのだ。

その原因が何かはまだ分からない、だけどこの歌詞を見ると何か足りないように感じてしまう。

 

「いや、なんでもない。 とりあえず今日は暗くなってきたしこれで解散しよう」

「りょーかいなのです!それではまたあした!」

「………うん」

 

結華の家の前でやよいは解散する時に少し悩んだような表情をしていた。

その原因もわからないまま、色々と悩みを残してこの日は解散した。

それから夏休みの間、僕達は用事が無い限りは集まり、学校から出てる課題を終わらせつつ、各自練習に励んだ。

その最中、凛が「夏休みの最終日に夏祭りあるから一緒に行こう!」と言ってきたので、最終日は夏祭りに行くことに。

 

 

夏休みはあっという間に過ぎていき、最終日。

前日も暗くなるまで練習していたからか少し眠い、なんて考えながら集合場所になっている結華の家に行くと、そこにはいつもの私服姿とは違う雰囲気の3人が先に待っていた。

「かーくん遅いよー!」

「かっくんは私服なんですね?」

「悪い、夏祭りってここ最近行ってなかったから」

「それなら仕方ないですね、とにかく行きましょう!」

いつも以上にテンションの高い凛と結華の後ろ姿を見ながら、何故か僕の横を歩くやよいの方を見る。

当の本人は浴衣に慣れないのかゆっくり歩いている。時々ふらついたりするから目を離したら転びそうだ。

「大丈夫か?」

「ん。大丈──ひゃ!?」

大丈夫、そう言おうとしたやよいはバランスを崩して後ろに倒れそうになった。

それにすぐ気がついたため、僕はやよいを受け止めた。

「おっと……どこが大丈夫なんだか」

「ごめん……」

「会場までちょっと遠いから、手、離すなよ」

「うん、ありがと……」

ほぼ無意識のまま、僕はやよいと手を繋いで会場に向かった。

到着したあとは手を離し、全員で屋台を見て回り、軽く食べ物を食べたりして、花火が打ち上がる時間になった。

「かっくん、やよいちゃん、早くするですよ!」

「待てって……お前らのテンション高すぎだろ……」

祭りに行こう、と言った凛が1番綺麗に見える場所、というのを事前にみつけていたらしく、その場所に向かうため僕達は移動をしていた。

慣れない浴衣に歩きにくい履物をしてるやよいがまた転ばないように見守るのと凛と結華のテンションについて行くのがやっとな僕は既にバテているため、高台まで行くのは一苦労だ。

「私はあとからついてくから先に……」

「何言ってんだ、せっかく来たんだから、()()()見なきゃ意味が無いだろ、行くぞ」

「でも……って、何してるの?」

「こうでもしなきゃ、間に合わない……しっかり掴まってろよ!」

慣れない浴衣まで着込んで、頑張ってきたやよいのため、僕はやよいを背負って高台まで続く階段を一気に駆け上がった。

高台の頂上まで昇ってやよいを降ろすと凛と結華から少し冷たい目をされた気がするけど、やよいは「ありがと」と照れ気味に言ってきた。

そして、しばらくして花火が打ち上げられた。

「なんとか間に合ったな……」

「綺麗……」

「あぁ、そうだな──って、何してるんだ?」

「今日は、ううん、私が転校してきてから色々ありがと。これはそのお礼……かな?」

花火が打ち上げられ、その迫力と綺麗さにちょっとした感動をやよいと共有していると、隣に立っているやよいは僕に抱きついてきた。正直ドキドキした。

「俺こそ感謝しないとだよ、やよいが転校してこなかったら今頃ここにはいないし」

「そっか……良かった」

僕に抱きつくのをやめたやよいは笑顔を見せた。

今まで、ほとんど笑顔を見せなかったやよいの笑顔は、花火の明かりに照らされて───

「……だよ、……」

やよいが何かを言ったけど、花火の音にかき消され、何を言ったのかはわからなかった。

花火が終わり、会場に終了を告げるアナウンスが流れ出したところで、僕達も解散することに。

凛と結華はそれぞれ個人で、僕はやよいを自宅まで送って家に帰ることにした。

その帰り道、ふらつきながら歩くやよいに不安を感じながら、僕はふと、とあることを考えてしまった。

 

あと、どれぐらいこの時間が続くのだろう。と──

 

 

翌日、夏休みが終わり、始業式が終わったところで僕は、職員室に呼ばれていた。

「それで、バンドの練習を放課後にしたいから顧問と教室を用意して……ねぇ」

「お願いします、どうしてもやりたいんです」

「まぁ、校長に頼んでみてな、今日の放課後までには結果を報告する」

アオちゃんに無茶に近いお願いをした僕は「ありがとうございます!」と頭を下げて職員室をあとにした。

そして、放課後。

僕達4人は今は使われてない空き教室に呼ばれた。

「一応、文化祭が終わるまではこの教室で練習することを許された、んで、お前たちの顧問は私がやる」

「アオちゃん先生はバンドの経験とかってあるですか?」

「それは明日のこの時間にでも教えるよ、今日はとりあえず帰りな」

アオちゃんは眠そうにしていながら、僕達にバンド活動、もとい部活としての活動の許可を貰えたことを報告してくれた。

噂でしかないけど、物事を決めることに関してだけは頑固だと言われている校長をどうやって説得したのか気になるけど、多分聞いても教えてくれないだろう。

 

次の日、各自の楽器を──結華は簡易的な電子ドラムを──持って空き教室に集合した。

そしてまず、アオちゃんから「実力見せてみ」と言われ、結華、凛、やよい、そして僕という順番で一フレーズを演奏した。

アオちゃんから出てきた評価は「全員まだ行ける」という結構厳しいものだった。

それぞれ理由を言われたあと、それの反省をしながら各自練習を開始。

悩みと迷いがある、そうアオちゃんに言われた僕は、その原因がわかっている。

やよいの母親から聞いた話、それに対する僕の気持ち、そして過去の自分のことを考えてしまい、それが演奏に出てしまっているのだろう。

「悩みなんか、ギターを弾いてりゃすぐに吹き飛ぶよ、あんたがどれだけ本気で弾くか次第になるけどね……何か迷ってるならそんな迷いは吹き飛ばしな、少年」

ふと、動きを止めていた僕にアオちゃんがそう言う。アオちゃんは珍しくいつものような気だるげな感じではなく、真面目な表情だ。

元々プロだったんじゃないか、と思うような言葉に後押しされ、今は先もわからない悩みから目を逸らして練習を開始した。

そんな僕の目に入ったやよいが書いた歌詞、【誰かのために生きられるなら】という1フレーズを見て僕は初めてこの歌詞を見た時から引っかかっていた物に気がついた。

「みんな、この曲は《ツインボーカル》でやろう」

そう、1人で歌うから違和感があったのだ。

この曲は2人の少年少女がメインで、歌が進むにつれて生きる意味を失った少年が、少女に後押しされて生きる意味、【希望】を見つけるという内容。

主役が2人の曲を1人で歌うのは違和感がある、それがずっと引っかかっていた物の答えだ。

「ツインボーカル?かーくんはそのままとして誰がやるの?」

「凛も結華もそっちに集中しないといけないだろ、ってことは……」

ツインボーカルをする相手、それは──

「……私?」

この曲を作った張本人、やよいしかいない。

 

 

ツインボーカルをすると決まって数日、アオちゃん曰くやよいの歌声が僕の声と見事にあっているため、デュエットも簡単に出来るらしく、言われたとおり歌と演奏を合わせる。

「うん、歌もいいしこれでほぼ完璧、当日までにまた何度か合わせるとして……それで、他の楽曲は決めてんの?」

「はい、一応この曲以外で3曲ほど。まぁさすがにカバー楽曲にはなりますけど」

今まで辛めの評価をしてきたアオちゃんの優しい評価を受けながら僕は前もって相談していた他の楽曲に関してのメモ用紙をアオちゃんに渡した。

「ほほう、バンドといえばって曲が多い、これなら本番までに間に合うだろう」

「ありがとうございます、みんな頑張って練習します」

カバー楽曲の確認をしたアオちゃんからメモ用紙を受け取り、お礼を言ったあと、練習を再開。

──その時、やよいが少し辛そうにしてたことに気が付かなかった。

 

 

そして時間はあっという間に過ぎ、本番前日。

文化祭のリハーサルに参加したあと、全体通しをして、その帰り道。

またやよいを自宅に送っていると……

「文化祭が終わったら、バンドはどうするの?」

と、やよいが聞いてきた。

そうだ、まだ誰にも言ってないけどこのバンド活動はやよいのため、やよいがやりたいと言ったことを叶えるためにやっていること。

文化祭という大きなステージを超えた後、やよいに時間が残されているかはわからないのだ。

「まだ、答えは見つかってない」

「……もし、()()()()()()()続けて欲しい」

「やよい……?」

「なんてね、ここまで来れば1人で帰れるから……明日、頑張ろうね」

「あ、あぁ……」

やよいは突然そんなことを言ってそのまま自宅の方に向かっていった。

誰か、それが誰なのかは言った本人も、そして僕も理解はしている、だけどそれは……

まるで、もうすぐお別れになるような言葉に聞こえた。

 

 

そんなことがあった翌日、文化祭本番。

僕達4人のバンドは昼頃、中庭に作られたステージでやることになっている。

そして僕達4人は出番の少し前、各クラスや部活が出している屋台の食べ物を食べながら最後の確認を行った。

「よし、これで大丈夫だな」

「かーくん、このバンドの名前ってないよね?」

「そう言えばそうだな……やよい、何かあるか?」

「また私……?」

「まぁ、僕も他のふたりもネーミングセンスは無いからさ、やよいが決めてくれ」

「そっか……じゃあ──」

やよいは少し悩んだ後、このバンドの名前を口にした。

【Blue Rose】、前にやよいの部屋に行った時に壁に貼ってあったイラストにあった名前と同じだ。

BlueRose、日本語で青薔薇。花言葉は『夢叶う』や『奇跡』、適当につけた名前ではないだろう。

 

「かーくん、名前も決まったし円陣組もう!」

いつものテンションで凛が円陣を組もうと言ってきたので仕方なく組む。

「はいはい、それじゃ、みんな──」

迷いはまだある、どうすればいいのかわからないことだって残ってる。

それでも、今は、この瞬間だけは全力でやる、そう決めたんだ。

「全力でやろう──行くぞ、【Blue Rose】!」

「おー!」

たとえ、最悪の結末が待っているとしても、僕は───

 

 

僕達の出番が来ると、全く関わったことの無いような後輩や凛達が関わったであろう後輩や同級生が無駄に大きい歓声をあげる。

カバー3曲をやって観客の熱を上げたあと、ラストにやよいの作った曲、【aspiration】をツインボーカルで歌う。

想像してた以上に人が集まり、アンコールも終わったところで「もう終わっちゃうの?」という声を聞きながら挨拶をした僕達は控え室に下がっていった。

 

 

「終わった……」

「緊張したです……」

「はぁ……疲れたぁ……」

僕、結華、凛が順番にそう呟いた控え室、もとい自分たちの部室。

想像してた以上の人気と熱気に押されながらの演奏はさすがに体に来る。それを初めて体験した。

「やよい、大丈夫か?」

「ん。大丈夫……って言ったら嘘」

「お疲れ様、やよい」

「うん、ありがと……」

少し前からだけど、やよいの顔色が悪いような気がする。

聞いても「大丈夫」といって返されるからあまり気にしないようにしていたけど、今日は特に体調が悪そうだ。

「とにかく、みんなお疲れ様。あとは文化祭を楽しもうぜ」

「おー!……と言いたいとこだけど休憩する」

「……だな」

しばらく、と言うよりほぼ1時間ほど動けず、休んだ僕達はその後、僕達の演奏を見た人たちに囲まれたり屋台を回って腹を満たしたりした。

 

それから数時間が経ち、文化祭が終わり。

僕達4人は各自楽器を持ち、それぞれ帰路に着く。

と言いながら、もちろん僕はやよいを送っていくことになったため、やよいと帰り道を歩く。

隣を歩くやよいの足取りはふらついていて、気を抜いたら倒れそうな感じだ。

「なぁ、やよい……」

「ん?どうかした?」

「いや、お前……」

ふらつきながら歩くやよいに、何をいえばいいのかわからず、言葉に詰まってしまう。

と、考えていると──

「あっ──」

やよいが急に倒れ、しばらく動かなくなってしまった。

「おい、やよい──!」

やよいの返事はない。嫌な予感がした僕はうつ伏せになっているやよいを仰向きにする。

何とか意識はあるが、やよいは息苦しいそうにしていた。

僕は咄嗟に、やよいの母親に電話をした。

すぐに駆けつけたやよいの母親は、救急車を呼び、やよいはそのまま近くにある病院に運ばれていった。

 

 

「限界が近い……?」

救急車に同乗して病院に向かった僕は、しばらく待った後、医師から説明を聞いた母親からやよいの状態について教えられた。

「元々、体が弱いって言うのは教えましたが……あの子は、今年度中には限界が来ると言われていたんです」

「それにしても早くないですか……?いや──」

そう、やよいの母親から説明を受け、僕はそう言った、だけど──

夏休みからの行動を見ればやよいの体の状況は悪化が早まるのは仕方ない。

「僕の──せいですか」

「そんな事ないですよ、暁月さんのおかげであの子も明るくなりましたし、あの子の笑顔を見るのは──久しぶりだったんです」

やよいの母親は、そう言いながら僕の方を見る。

その目には、涙が浮かんでいた。

文化祭には忙しくてこれないとやよい言っていたから今日のことではないとしても、やよいが笑顔を見せたということは母親にも伝わっているらしい。

だけど、それでも僕がやよいに無理をさせたのではないか、そう思ってしまうのだ。

「暁月さん、今日はあの子も疲れて寝てるので、また明日、来てください」

「……わかりました」

この日は、やよいの母親に任せて僕は帰宅。次の日、文化祭の振り返りで休日になっているため、直ぐにやよいの元に行こうとしたところで──

『やよいが──』

家を出ようとした矢先、やよいの母親から連絡が入った。

 

 

急いで病院に向かった僕は、医師からやよいの身体の状態を聞き、そして許可を貰ってやよいの病室に入った。

そこには、黒髪に赤メッシュの入った少女が、ベットに横たわっていた。

「あ──来たんだ」

「……やよい」

「ごめんね、迷惑かけて……」

「そんな事ないよ、そんな……事は……」

やよいの今の姿を見ると、どんなことを言えばいいのかわからず、言葉が詰まってしまう。

医師から「もう、長くはない」そう言われてしまったからか、どれだけ明るく話そうとしても言葉は出てこない。

「いつもみたいに……元気、出して……?」

「あぁ……ゴメンな」

辛そうにしながらも頑張って喋る彼女は、明らかに少しづつ呼吸が薄くなってきている。

つまり───

「やよい、僕は──」

「文化祭前にした質問、答えは決まった?」

「それは……」

やよいに言おうとしたことはすぐに遮られ、文化祭前日に言った「バンドはどうするのか」という質問の答えを聞いてきた。

「私は続けて欲しい……『夢を叶える』んでしょ?」

「それはやよいだって……」

「私はもう、無理だってわかってる……だから、私の分までバンドを続けて……」

やよいは僕の手を握りながらそう言った。やよいは、自分の限界に気がついているのか、そんなことを口にした。

「……続けるよ、お前の分まで、僕が」

「うん……良かった」

そういった彼女は、笑顔を見せたあと、僕の方を向いて掠れた声でこう言った。

「私は……幸せだった。みんなと……『一輝』と出会えて」

そして──

「私は【Blue Rose】のみんなが、一輝が……」

───好きだよ。

彼女は、転校してきてから1度も呼ばなかった僕の名前を初めて呼んだ。

最後にそう言った彼女は、そのまま眠るように息を引き取った。

 

 

それから数日後、葬式は小さく行われ、バンドメンバーの僕達3人は参加していた。

あのあと、凛と結華にはやよいが病気を持っていたことを伝えた。もちろん、隠していたことに関して色々と言われたが、彼女のためだと言うことを説明し、何とか説得した。

そして葬式の帰り、僕は2人を呼んでとあることを頼むことに。

 

 

それはやよいと約束したこと。

僕と、いや……『俺』と──

バンドを続けて欲しい、と。

 

 

 

あれから、どれぐらいが経ったのだろう。

と言ってもまだ、5年ぐらいか。

新聞の一面を開く、するとそこには大きな記事で見出しにこう書かれている。

【新生バンド、デビューと同時大人気】

と、記者の語彙力のなさが伺える文とともに、写真が大きくカラーで貼られている。

そこには、青いギターを弾く女性と、赤いベースを弾くボーカルの青年、ドラムを叩く女性の3人組のバンドが映っている。

そして彼らのバンド名は【Blue Rose】。

だが、彼らと1人の少女以外に、この名前の意味を知るものは誰もいない。



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