ガンダムSEED NEOラウの『兄弟』地球連合の変態仮面ネオ少佐は娘を愛でたい 作:トキノ アユム
地球連合の変態仮面は親馬鹿に笑う
中立コロニー『ヘリオポリス』の玄関とも言える港に一隻の艦が入港していた。
「これでこの艦の最期の任務も無事に完了だ。貴様も道中ご苦労であったなフラガ大尉」
初老の艦長は肩の荷が降りたとばかりに、被っていた軍帽を脱ぐと一息をついた。
「いえ。道中何事もなく幸いでした」
そんな彼に笑顔と返答を向けたのは、金髪の二十代後半の男性であった。
端整な顔立ちと飄々とした雰囲気が同居したその男は地球連合軍に所属する軍人であれば、知らない人間がいないという程のパイロットであった。
ムウ・ラ・フラガ大尉。『エンディミオンの鷹』の異名を持つ地球連合軍のエースパイロットである。
「そして君もご苦労であったなネオ・ロアノーク少佐」
「いえ艦長。まだ終わってはいませんよ」
艦長の労いの言葉を、その男は即座に否定した。
風変わりな黒の仮面で顔の上半分を覆った奇妙な出で立ちをしていながら、ブリッジにいる艦のクルー達は誰も不思議そうにしない。
ネオ・ロアノーク少佐。
『ファントム』の異名を持つ地球連合軍で唯一のモビルスーツのエースパイロットである彼は、口元を険しく歪めばながら、宙を見るように目をさまよわせている。
「この周辺のザフト艦はまだこちらを諦めていません」
「考えすぎではないかね? 確かに二隻トレースしているが、港に入ってしまえばザフトも手が出せんよ」
「ヘリオポリスが中立国であるからですか?」
「聞いて呆れるけどな」
ムウの呟きに、ネオは小さく心中で同意した。
オーブ……地球連合とザフトの戦争中であるこの世界で両者に対して中立の姿勢を貫く国。
だがその中立であるはずのオーブのコロニーであるヘリオポリスで、地球連合がザフトに対抗するための新型モビルスーツは開発されていた。
これを呆れるなという方が無理な話である。
「はっはっは。だが、そのおかげで計画にここまでこれたのだ。オーブとて地球の一国家ということだよ」
そう言いながら高笑いする艦長に、ネオが苦笑していると、数名のパイロットが彼の隣で敬礼を送った。
「では艦長」
「うむ」
艦長も敬礼を返すと、パイロット達はブリッジから退室していった。
「上陸は本当に彼等だけでよろしいので?」
「ひよっこでもGのパイロットに選ばれたトップガン達だ。問題ない。貴様がちょろちょろしている方がかえって目立つぞ」
「こいつには負けますよ」
苦笑しながら隣にいるネオの肩にムウは手を置く。
「というかお前もそろそろいかなくていいのか? あいつらとは別行動をとるとは聞いてたが……」
階級が下でありながら、ムウはネオに砕けた口調で話すが、艦長を始め、誰も咎めようとはしない。
二人が幾つもの死線を共に潜り抜けた戦友であり、階級などを気にしない親友同士である事はこの場にいる誰もが承知の事であったからだ。
「俺の準備は万端だよ。仮面がいつもと違う特注品になってるだろう?」
「……え? そうなのか?」
「……」
「いや、それぐらいで落ち込むなって。ちゃんといつもよりかっこよく見えるから安心しろって!」
慌ててフォローを入れるムウに、そうかと小さく頷いた時だった。
「ネオ。準備出来た」
「おぉ! お姫様の到着だなネオ!」
ブリッジに一人の少女が入ってきたのは。
柔らかく波打つ金髪と、大きな瞳の容姿端麗な美少女であるステラは基本的に何を着ても似合うが、今回のドレスは特に絵になる。
ホルターネックのドレスは凝ったデザインで、ベールのような袖が華奢な腕に垂れかかり、少女の可憐さを際立たせていた。
「……おいでステラ」
「うん!」
少女は名を呼ばれると、人目などは気にならないと言わんばかりに、嬉しそうにネオに抱きついた。
「ひゅー。相変わらず熱々だねお二方」
「?」
「義理とはいえ、親子なんだから当然だ」
茶化しを入れるムウに対して、ステラは首を傾げ、ネオは恥じる所かむしろ胸を張った。
「では艦長。我々も行くとします」
「それは構わないが……」
ヘリオポリスにつけば、ネオ・ロアノークとそのパートナーである少女は彼等の機体を受領するために、ヘリオポリスに降りるという上層部からの指示を前もって受けていた為、それは装っては問題ない。
「君達の格好も上層部からの特別な指示なのかね?」
ネオ・ロアノークはいい。口元以外を隠すフルフェイスの仮面は初見では中々に目を引くが、この任務の間の艦内生活で慣れた。
だから問題なのは、彼の隣にいる
ステラ・ロアノーク。
幼い少女でありながらも『ファントム』の異名を持つネオ・ロアノークの相棒であり、卓越したモビルスーツの操縦技術とセンスを持つパイロットだ。
その少女は今、青を基調としたドレスを身に纏っている。
それが何を意図するのかを艦長は質問したのだ。
「艦長の言いたいことは理解できます」
ネオはこくりと小さく頷くと、
「最っ高に似合ってますよねっっッッ!!!!!」
ブリッジに響くような雄叫びを突如として発した。
「まさにエクセレント!! 青という落ち着いた色をチョイスしたことにより、我が娘の可憐さを際立たせ、更に更にお父さんもビックリなほどに、意外にある胸が成熟する前の青い果実を彷彿とさせ――」
「ネ、ネオ少佐?」
頭の中のなにかが弾けたのではないかとばかりの豹変ぶりに、一部を除くブリッジクルーは唖然とし、親友であり、ネオの性格をよく知るムウは必死に笑いを堪えている。
しかしそんなことは眼中にないとばかりに、隣にいるステラを抱き締めるとネオは叫ぶ。
「とにもかくにも、俺の娘の可愛さは宇宙一ぃぃ!!!」
と、そこまで叫んだ所で、ぴたりと止まると艦長と向き直る。
「折角平和なコロニーに降りるんです。味気ない軍服よりも、こっちの方がいい気分転換になると思いませんか?」
「……ああ、うむ、そうだな」
完全に勢いに呑まれた艦長は、それ以上何も言えずにただ頷いた。
「では艦長お世話になりました」
「あ、ああ。貴様達の更なる活躍に期待するぞ」
ネオは敬礼で答えると、「そうだ」とムウを振り返った。
「ザフトの艦への警戒は絶対に緩めるなよムウ」
「中立のここに仕掛けてくると?」
「……相手はクルーゼだからな」
「! ラウ・ル・クルーゼか!?」
ラウ・ル・クルーゼ。
ザフトのエースパイロットでありながら、優秀な指揮官でもある厄介な敵の名に、ムウは驚く。
「ああ。間違いない。あいつはすぐ近くにいる」
「その心は?」
「いつもの感覚だ」
ネオと長い付き合いのムウはそれだけで納得した。
ネオとクルーゼは互いの存在を感じる事が出来る。
普通なら笑い話にしか戯言だが、似たような感覚に覚えがあるムウは笑わなかった。
「了解。他のパイロットの奴等には俺から伝えておく」
「頼む」
伝えるべき事を終え、今度こそブリッジから出て行こうとするネオに、ムウはぽつりと呟いた。
「……毎度思うんだが、お前のその感覚はなんなんだ?」
「ん?」
振り返るネオに、ムウは肩をすくめてみせた。
「俺も奴が近くにいれば、何となく感じる事が出来るが、お前ほど正確じゃない……運命の赤い糸で結ばれているのかお前らは」
「さあな。自分の事だが、俺にも分からんさ」
何故かそこで曖昧に笑って誤魔化すと、ネオはステラと共にブリッジから出ていった。
ブリッジから出たネオはぽつりと呟いた。
「結ばれているかもな。血で染められた赤い糸で……」
隣にいたステラはそれを聞き、その意味をぼんやりと考えるが――
「?」
結局分からずに、首を傾げるのであった。
今回の変態仮面の被害者
艦長「あいつ娘の事になると口数多くなるよな」