時を止める能力こそ最強‐だと思ったら実は最弱だった!?‐   作:アザロフ

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第一章一幕 異世界転生ってこんなんだったっけ?

 これまでの人生誰かに褒められこそしないものの、罵られるようなことはやってきていないつもりだ。

 

 誰かと喧嘩して怒らせることはあっても殺されるようなことは一切していない。と思う。

 

 だというのにこれはどういうことだろうか? 

 

 今日は珍しく朝早くに起きて学校へ行くためにと駅のホームで待っていた。待機列の一番前に立てることに運がいいと喜んでいたのは数分前だったか。

 

 その後車両点検か何かで遅れるというアナウンスがあった気もしたが、来ないという事実しか頭に残っておらず覚えていない。

 

 あったのはホームが通勤通学の人でごった返していたことと、背中を突き飛ばされた感触だけだった。

 

 車両点検が終了し隣の駅を出たと知らせが入ったのは少し前だったか。再開した電車が目前まで迫り汽笛を鳴らしているのが聞こえる。

 

 問題は位置だった。

 

 どうして自分の真横から聞こえてくるのだろう。

 

 そう思った時には既に遅く、自分の、志島十樹(しじまとおき)の記憶はここで途切れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 がばりと勢いよく起き上がる。

 

 すぐさま全身を弄り体の有無を確認する。

 

 足、有る。

 

 腕、有る。

 

 胴、有る。

 

 頭、有る。

 

 衣服にしても変わりはないようで、ブレザーの学生服のままだった。

 

 生憎と手荷物は消失してしまっているようだが、死ぬほど痛い目にあった記憶があるだけに、五体満足なだけありがたいというもの。

 

「夢、だったのか?」

 

 重くため息を吐くと脂汗をかいていたことに気付いて拭い去る。

 

 制服のまま寝ちゃったかなと周囲を見回すと、そこで自分の置かれた状況に違和感を覚えた。

 

 遠くを見れば建物らしいものはほとんどなく、ただだだっ広い空間が視界いっぱいにあるだけ。空が明るいのは好都合だが、見るだけで寂しい景色がそこにあるだけで見慣れたビル群はそこにない。

 

 足元は白い薄雲でふかふかとしているがベッドではない。

 

 幸いなのはこの柔らかい感触のおかげか体の痛みを感じないのはありがたかった。

 

「でもこの辺のシチュエーションってどっかで見た覚えがあるんだよな」

 

 どこでだったかなと頭をこねくり回していると、声がかかる。

 

「そこのあなた」

 

 女性の声のようだが周囲を見回しても見当たらず、気のせいかと思い無視をすることに。

 

「そこのあなたに言っているのです。志島十樹」

 

 するともう一度声がかかる。しかも名指しでだ。

 

 聞いたことがあるような気はするが、でも記憶にはないようで、もしかしてこれは夢の世界なのではと疑い出したところで三度声がかかる。しかも、

 

「いいからさっさと反応を示せこのグズが!」

 

 この上ない暴言と一緒に。

 

 先程まであった柔らかい声などどこ吹く風とでも言うように乱暴な言葉は続く。

 

「ほらちゃっちゃとそのまま真っすぐ歩く」

 

「いや何でだよ。というかあんた誰だよ」

 

「黙れ。お前に質問する権限は与えていない」

 

「なんだこいつ。感じ悪いな」

 

 眉間にしわを寄せてぶつくさ文句を言っているとしびれを切らしたのか、

 

「もういい、飛んでこい」

 

 パチンと指を鳴らすような音が聞こえたかと思った次の瞬間に、視界にあったものが全て変化していた。

 

 何処かの建物の中なのか、周囲のだだっ広い空間は消え失せ、周囲はプリズム状の壁のようなものが囲っていた。但し天井はないのか何処までも伸びており、その先には何も見えない。

 

「どこなんだ、ここは……」

 

「あんた本当にグズね。何のためにこれまで情報を与えてきたと思っているの」

 

 先程聞いた声と同じ声音が正面から聞こえてきた。

 

 そこには中空にまるで腰を下ろしているかのような体勢で浮いている女性が一人いた。金髪の長い髪を垂らし彫りがしっかりしている見た目は日本人離れしている。胸は大きくしっかりと出ているが、素肌は白いヴェールによって全て隠されていた。

 

「あ、あんた誰だよ」

 

 懸命に取り繕い出た言葉はそれが精々だったが、個人的には動転せずにそのような言葉が吐き出せただけ百点満点をつけてあげたかったのに、

 

「は、声が震えてるの丸わかりよ。おまけに私の胸と股の中を覗こうとしてるのも」

 

 目の前で見事なまでに見破られ、あまつさえ自分の視線までお見通しだった。

 

 でも仕方がないはずだ。あんなにグラマラスな体と薄い生地で作られた衣服を前に見ないなんて、やっと高校三年になったばかりの自分には酷な話だ。

 

「見ないやつは見ないわよ童貞。幾つであろうと」

 

「なんで考えてることが!?」

 

「神だからよ」

 

 答えになっていないと言い返したかったが、摩訶不思議な体験がこれが事実だとじわじわと教えてくる。

 

 世の中にある創作物の中に異世界に転生だとか異世界に転移するものがある。それらにはこのようなシーンがあった記憶があり、もしかして自分はそれに巻き込まれたのではないかという一つの仮定だ。

 

 もしくはこれは、

 

「安心しなさい。これは夢でなくて現実よ」

 

 夢と思いかけて即座に否定されてしまった。

 

「今あんたが思った通りあんたは死んでこれから転生するのよ。異世界にね」

 

「でもあれは創作物じゃ」

 

「あんた本当に馬鹿ね。なんであれだけ知れ渡っていると思っているの? 私がこういう時に説明する手間を省くために知識として与えたに決まってるでしょ。人間がそう安々と次元の壁を越えて行けるわけないんだから私がナビするしかないのよ。忌々しいことに」

 

 話の流れから察するに、その仕事を押し付けられているため嫌々やっているということだろうか。

 

 十樹もアルバイトをやっているため、無茶振りで大変な目にあったことは一度や二度ではない。そのためなんとなく親近感を覚えた。

 

 だというのに、

 

「止めてもらえる。あんたなんかに同情されたくなんてないんだけど」

 

 青い顔をして拒絶されてしまった。

 

 人の純真な心を返せと言いたかったが、その手の返事をしても無駄な気がし諦めることに。

 

 それよりも重要なことがあるからだ。

 

「なぁ、これが異世界への転生なら何か能力とか貰えるんだよなっ」

 

 能力。

 

 ファンタジックな能力でもサイキックなパワーでも良いから一度は憧れるものだ。男なら幾つになってもそれは変わることがないだろう。

 

「やっと話が進んだようね。えぇ、あんたが言うように一個だけ上げられるわ。但し私からの助言はなし。あんたが言ったものを私はそのまま上げるだけ」

 

 しかも好きに選べときた。

 

「ただ多少制限はあるからその場合は口出しするけど」などと言ってはいるが気にするほどでもない。

 

 この手の時は役に立たない能力か超絶的に強い。一部ではチートと呼ばれる能力を強制的にもらえたりするものだが、選んでいいなら最弱にも最強にも慣れるということだ。自分はどれだけ恵まれた条件を提示されているか自覚しているだけに興奮がやまない。

 

 ただ一つと言われた以上下手なものを貰うとその先困ることとなる。ここは慎重に選ぶべきタイミングだ。

 

 ただ気になることもあるため確認を、

 

「一つと言いながら複数な能力を複合してもやれないし相手の能力をコピーしたところで時間制限があって永久に使えるなんてことはない」

 

 しようとしたが聞きたところを親切に教えてくれた。

 

 内心自称女神という線はあったのだが、ここまで的確に、それも先回りして言い当てられると多少なりとも信じる他なかった。

 

 なら考えることは能力のことだ。

 

 かといって長考はできそうもない。何故ならば女神がガンを飛ばしてきているからだ。さっさとしろという圧がものすごく、焦りが生まれる。

 

 もうちょっと時間があればなと考えたところでふと思いつく。

 

 ──あれ、ひょっとしてこれチート級の能力じゃないか? 

 

 ひょっとしてどころか世にある創作物の中でも強者の証とでも言うべき能力を閃いた。

 

 これならば全てが自由自在と成りうる。

 

 そう思い宣言する。

 

「俺に時を止める能力をくれ!」

 

 力の限り叫んだ。

 

 これでこの先何が待っていようと必ず勝てると踏んで、思わず頬が緩むほどの満足感が心を満たす。

 

 目の前にいる神も会心の出来に驚いているのか、ポカーンとしているかと思うと腹部を押さえて、次の瞬間には笑い声を上げていた。

 

「あーはっはっはっは、いーひっひっひ。ま、マジで言ってんの?」

 

「あ、あぁ、何か可笑しいのか?」

 

「い、いえ、ぶふぅ。何もおかあははははははは」

 

 何がそこまでツボに入っているのか理解しかねるが、余程面白かったのかたっぷり十秒も笑いこけ、終わったかと思うと初めて地に足をつけた。

 

「あー面白かった。笑わせてもらったし早速能力を授けるわ」

 

 切り替えは早いのか笑っていた痕跡も残さずに指パッチンをすると、自分の中に何かが入ってくる感覚に襲われるも不安も不快さもなく、温かさの方が感じられた。

 

「これで能力は授けられた。次はっと」

 

 もう一度指パッチンをすると視界は暗転したかと思い、瞬きを挟んだ次の瞬間には変化し、人が行き交う町の中に出ていた。

 

「えっらい巻で行くなあの女神」

 

 想定していた感慨深さもこうまでトントン拍子どころか二三歩先を行かれると何もない。

 

 ここは大通りなのか周囲には異界の人間の生活音で満たされているのに、ワクワク感や驚愕よりも困惑することの方が多くて興が削がれてしまっていた。

 

「悪かったわね興が削がれて。でも悪いけどあんたの趣味に付き合う気はサラサラないわ」

 

「なんでいる!?」

 

 斜め後ろにここへ飛ばした神がいたことにまったくもって気が付かず、思わず飛び退いてしまった。

 

「そういうルールなのよ。忌々しいけど」

 

「あぁ、転生者にサポート的な感じの」

 

「は、その辺を考える知恵はあるようね」

 

 褒められているのか貶されているのかいまいち伝わらない物言いだが、気にしたら負けなのだろうかとここは我慢をすることに。

 

「で、拠点とかあるのか?」

 

「拠点? ……あぁ忘れていたわ。確かに必要よね」

 

 やや間があったがどうやら思い出したようで、いざ案内してもらおうと足を動かしかけ、止まった。

 

「さぁ早く私のために私の拠点を探して来なさい」

 

「おいちょっと待てそれは何の冗談だ?」

 

 いきなり連れてこられ、周りの何故か中世っぽい見た目の世界の知識もないまま放り出されても困るというもの。

 

 最低限資金になりそうなものか、もしくは装備くらい欲しいものだが、

 

「あるわけ無いでしょそんな便利なもの。調子に乗るなカス」

 

 もらえたのは罵倒だけだった。

 

 色々ここまで言われてきたが、まだ我慢ができる範囲だった。でも思っていた以上に雑に扱われ、しまいには私のために働けと言ってきているのだ。

 

「ふざけんなこんの駄女神! お前の言うとおりにずっと動くと思ったら大きな大間違いだぞ!」

 

「高々人間の分際でよく言うわね。あぁ豚だったかしら」

 

「豚だぁ? 俺が豚ならその乳はぶら下げたお前は牛か!」

 

「はぁ、あんた今なんていった? もう一度言ってみな」

 

 途端に静かになった女神は静かでありながら重い圧力で睨みつけてくる。

 

 ほんの僅か前まで周囲は賑わっていたかのように思えていたが、気付けば静まり返っていた。

 

 これは流石にまずいと思い謝罪しようとしたが、女神が足を地面に踏んづけた着後、足に浮遊感を覚えるのが先だった。

 

「は? ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 地面の上に立っていながら襲われた浮遊感に遅れ、視界いっぱいに世界が広がった。

 

 空は何処までも広く、平原が多いのか山は少なく、遠くに別の町が見えた。今足元に見える町はオレンジ色の屋根と薄い肌色のような壁の建物がずらりと並んでおり、時折木製の建造物やレンガ調のものも目に入った。

 

 こんなに広いんだなこの町。などと考える暇もなくうつ伏せの状態で自由落下は続いていた。街が見渡せるほどの高さから。

 

 速度はぐんぐんと増し、地面の石畳がはっきり見えてきた。だが、それだけでは終わらなかった。

 

 風を切り高速で落下している先には人が三名ほど立っており、こちらに気付く気配はない。

 

「どーいーてーくーれー!」

 

 懸命に叫ぶも下にいる人は三人とも左右を見るだけで上は見ず、一人視認してくれた時にはもう接触するところだった。

 

 襲う頭部と腹部と足の部分にはこれまで味わったことのない衝撃が走る。

 

「いってぇ!! あんのクソ女神、俺を殺す気か!」

 

 しかしまだ反論するくらいの余裕はあったのか、ガバっと起き上がると空に向かって叫び声を上げた。

 

「そっちにいるわけないでしょマヌケ」

 

「うおビビった。瞬間移動までできるのかよ」

 

「誰がここまで運んだと思ってんの。本当に脳みそあるのあんた」

 

 ため息まじりで言われ、苛立ちよりも呆れが強くなりつつあった。

 

 これが慣れなのだろうかと頭をかかえていると、別の者から声がかかる。

 

「あ、あの!」

 

「ん? あんたは?」

 

 声をかけられた方へ目を向けると、そこにはウェーブのかかった栗色の髪を腰まで伸ばした少女がいた。衣服はワンピースなのか上下の境はなく、胸は女神よりも大きく見え、表情を含め大人しい雰囲気をしていた。

 

「私、あなたの下にいる人たちに囲まれていたんですが、あなたが気絶させてくれたおかげで助かりました」

 

 言われて足元を見ると確かに人を踏んづけていたようで、慌てて降りる。

 

「別にあんたを助けるためにやったわけじゃないんだけど、助けになったなら良かった」

 

「うわくっさ。何格好つけてんのこいつ」

 

「うっさい黙れ!」

 

「あにおー?」

 

「あ、あの!」

 

 目から火花を飛ばし合うが、栗色の髪の少女が間に入り止められることで一時休戦となる。

 

「あの、あなたはもしかして能闘士(マギア)なのでしょうか?」

 

「まぎあ? なんだそれ」

 

「違い、ましたか?」

 

 違うかどうかを問われてもそもそもそのような単語は知らないのだが。

 

 だが女神の方は把握しているのか、即答していた。

 

「ええそうよ。だからもしよければあなたの家まで案内してもらえないかしら。そこでお茶でもしながら話をしましょ」

 

「おい何初対面の人に」

 

「はい喜んで」

 

「────いいの!?」

 

「えっと、何か問題ありましたか?」

 

 こっちが困惑しているのに疑問で返されても困るのだがと、女神を睨むと顎をしゃくられた。つまりついて行けということなのだろう。

 

 仕方ないとため息を吐いて了承した。

 

「いや、それよりも家まで案内を頼んでも良いか」

 

「はい、こちらです」

 

 笑顔で案内を始めてくれた彼女の足取りは軽やかで、それでも道に不慣れな自分を置いていかないよう速度を合わせてくれる。

 

 何処かの誰かさんと違い気の利く子だなと思っていると、後ろからふくらはぎを蹴られ悶絶してしまった。

 

 少女に訝られるも苦笑いで誤魔化し更に歩くと、一つの木造建築の前に辿り着いた。

 

 それは見た目からして古く、空気でも淀んでいるのか呼吸もあまりしやすい雰囲気ではない。更には近くにある建物の影響か全体的に陰っており、正直不気味だった。

 

「狭い部屋ですがどうぞ」

 

 扉を開かれ先へ言われるがまま中へ入ると、彼女に言う通り狭かった。扉一枚挟んだ先、六畳あるかどうかの部屋にキッチンから寝室までセットになった、ある種合理的な空間が広がっている。

 

「へ、へぇ、個性的な部屋だね」

 

 女性関連がからっきしな十樹はその発言が精一杯だった。これ以上何か感想を言えと言われても困るほどに。

 

 だというのに女神はお構いなしに口にする。

 

「何この物置は。私にこんなところを利用しろとでも」

 

「す、すみません。何分私の稼ぎが少ないものでして、この家を買うのが精一杯でした……」

 

「い、いやいい部屋だと思うよ俺は。えーっと」

 

「自己紹介がまだでしたね。私の名前はシモーヌ。シモーヌ・バレーヌです。よかったらシモーヌとお呼びください」

 

「俺は志島十樹。気軽に十樹と呼んでくれ。んでこれは自称女神」

 

「ぶっ飛ばすわよ」

 

 口ではそのようなことを言っているが既に頬を叩かれており、理不尽なことこの上ない。

 

「自業自得よ。私はイヴ。女神イヴ。まぁとある星を管理する神ね」

 

「あぁやっぱりそうだったんですね」

 

「やっぱり? シモーヌは神のこと詳しいのか?」

 

 能闘士(マギア)のこともそうだが、どうやら自分が知らないことを幾つも把握しているようだ。

 

「はい。十樹さんは異世界から来られたんですよね」

 

「そこまで知っているのか」

 

「それはそうでしょ。この世界は異世界の人間を集めた場所なんだから」

 

「なんだそれ。つまり俺以外にもいるのか?」

 

 おかしい。イヴは最初に異世界の知識を地球で広めていたと言っていた。つまり大筋は合っているはずだ。となると大体は少数しか転生ないし移動はしないはずだが、今の言い方では大量に集めたということになってしまう。

 

「事実よ。ま、この子みたいにこの世界の原住民の方が多いけど」

 

 どうやらシモーヌはこの世界の住人のようだが、だからといって納得はできなかった。

 

 何故なら転生者が多いならば自分は意外性を持って接してもらえなくなるからだ。

 

「はいはい馬鹿はほっといて、シモーヌ。内部の構造いじるけど問題ないわね?」

 

「えっと模様替えでもされるんですか?」

 

「作り変えるのよ」

 

 言うが早いか床を踏んづけると視界がたわみだした。

 

「おい何やったんだイヴ」

 

「誰が名前を呼んでいいといったのよ。あ、シモーヌは構わないわ」

 

 呑気に言っている間に風景のたわみは消え、その先には別の景色が広がっていた。

 

「すごい……」

 

 シモーヌは感嘆を漏らしており、悔しいが十樹も同じ気持ちだった。

 

 六畳あるかどうかだった狭い部屋は、今では出入り口の扉以外存在しなかった室内に複数存在し、二階へ続く階段までもあった。

 

 目の錯覚かとも思ったが、シモーヌが確認するように奥へと歩いていくも、ぶつかることなく元々壁があった先まで進んでいった。

 

「これどういうことだ」

 

「この建物内を限定にちょいちょいっといじっただけよ」

 

 どうだとドヤ顔で言ってこられるが、こればかりは驚嘆だ。

 

 これまでなんだかんだで馬鹿にしている部分はあったが、いよいよ持って受け入れなければならないらしい。

 

「やっと納得したかおたんこなす。シモーヌ、あなたにも話したいことがあるから来てもらえる」

 

 十樹への言葉遣いと違って優しい声音で、奥へ行ったシモーヌを呼び寄せる。

 

 奥から表れたシモーヌはおっかなびっくりながらも戻ってき、イブへと視線を合わせる。

 

「色々勝手にやってごめんなさいね。先言っておくけど元々あった荷物はあなたの部屋にする予定のところへ移してるわ」

 

「いえ、それはいいんですが、こんなにしていただいて恐縮なんですが、お代はお幾らぐらいになるのでしょうか……」

 

 どうやら部屋の中が変化したことよりもそちらの方が気になる様子だった。それだけこの手のことに慣れているという証拠でもある。

 

 イブもそのことを承知しているのか先を続けた。

 

「安心なさい、お代は結構よ。そのかわりこの家を私たちにも使わせてもらえないかしら?」

 

「えぇ、それくらいでしたら」

 

「────いいの!?」

 

「あんたは黙ってろっ。話が進まない」

 

 突然こんなことが起きていきなり家を使わせろと言っているのだから、本来断られるべきところを了承された。驚くのは必然であるはずなのに女神は問答無用でチョップされる。脳天を。

 

 自分が痛みに耐えている間に二人は情報共有をすませていく。

 

「あなた服飾が主な仕事のようね。でも仕事は芳しくない」

 

「はいおっしゃるとおりです。田舎から出てきて頑張ってはいるんですが……最近は特に悪くてお金も少なかったので、先程の三人の方から割のいい仕事があるからどうだと言われたんです」

 

「で、実際についていったら体を売る仕事で、逃げたしたところをそこの馬鹿に助けてもらったと」

 

「はい。その説は本当に助かりました。ありがとうございます十樹さん」

 

 一体何年ぶりだろうか、誰かからこうして真正面にお礼を言われたのは。

 

 あまりの感動に思わず余韻を楽しんでしまった。

 

「じゃあ今もお金に困っているのね」

 

「はい、お恥ずかしながら当座を凌ぐお金もありません」

 

「なら能闘士のサポート役をやるというのはどう。因みに月給制でお給金は手取りで金貨三十枚」

 

「────き、金貨三十枚!? よ、よよ、宜しいんですかそのような大金でっ」

 

「ええ勿論よ。ね、十樹」

 

「まぁいいんじゃないか?」

 

 嬉しさの余韻が残っており、思わず即答してしまった。金貨三十枚がどれほどの金額かも把握せずに。

 

「これで交渉成立。これからもよろしく、シモーヌ」

 

「はい、宜しくおねがいしますイヴ様、十樹さん」

 

 笑顔と感謝の言葉。おまけとばかりに両手で握手され、思わず頬が緩む。

 

 こんな可愛い子に言われてニヤけるなというのが無理な話。

 

 早速気合が入ったのか、シモーヌは両手をきゅっとしめてからキッチンの方へを向かうのを尻目に、十樹は握られた手を目線まで上げる。

 

「うっわキッモ」

 

「うるさい今の俺は極めて機嫌がいいんだから邪魔するな」

 

 邪険に扱うも、イヴはふふんと不敵に笑みを浮かべており、奇妙さから後退る。

 

「な、なんだよ」

 

「あんた金貨三十枚がどれだけの金額か知ってる?」

 

「知るわけないだろ。お前が何も教えずに連れてきたんだから。それに約束したのはお前だろ」

 

「残念だけど雇用主はあんたよ。だからあんたがあの子の給料を払うの」

 

 なんでまたとこいつはこうも傍若無人なのかと問い詰めたいが、その程度で変わったら苦労しないかと、シモーヌの手の柔らかさを思い出し気持ちを落ちつける。が、それは即座に消えてなくなった。

 

「因みに金貨三十枚だけど、日本円で言うとこれ三十万ね」

 

「…………………………は?」

 

「だから三十万。物価もおおよそ変わらない」

 

「…………………………でゅーゆーあんだすたん?」

 

「それを稼いであの子に払うのがあんたの仕事。スプーン一杯分の脳みそで理解できたかしら」

 

 イヴの暴言など最早どうでも良かった。

 

 あるのは唯一つ、

 

「ふっざけんなああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 ふざけた雇用契約をしたイヴの行動に対してだった。

 

「あらじゃああの子が体を売るようなことをあんたは見過ごすわけ?」

 

「あ、ぅ、それ、は」

 

 烈火の如き怒りはその一言で一瞬にして鎮火する。あんな可愛い子がそのようなことをしている姿など想像もできないししたくもなかったから。

 

「初めてあった相手に股ぐらを見せるようなことをあの子にやらせるんだ」

 

「ぃ、や別にそこまでは……」

 

「最悪咥えさせられたりなんかもするでしょうねおおこわ。それなのにあんたは知らんぷりで放置するわけか。あの子が可哀想ね、信じた相手に裏切られて」

 

「あーもーわかったよ。やればいいんだろやれば!」

 

「はい言質いただきました。これにて完璧なまでに契約は完了。女神の力で呪いもかけたから失敗したら死ぬから。まぁ私は死なれても困らないけど」

 

 これが神の所業なのだろうか。

 

 やってること悪魔じゃないかと言ってやりたかったが、自分が了承したのも事実。

 

 致し方無いと十樹は今後のことを考えるのだった。

 

 

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