高坂穂乃果とその弟、咲穂とのなんでもない日常のやりとり。


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設定被りは許してちょんまげ


穂乃果と咲穂

 高坂咲穂(サクホ)は高坂家の長男である。

 

 素直で少々天然気質を持つ姉穂乃果と、真面目な性格の妹雪歩の間で育った彼は、妹の見本になるよう誠実でいようとしながらも、結局姉に振り回されるという難儀な立場にいた。真ん中っ子の宿命である。

 

 何だかんだで要領よく場を収めてしまうあたりも、真ん中っ子らしい。

 

 というのが他者から受ける彼の評価なのだが、本人は板挟みになって苦労しているだけだ、と愚痴を溢すばかりだ。

 その苦労というのも、大抵は姉の突飛な言動から始まる。そして今回も。

 

 

「ねえねえ咲穂っ。お姉ちゃんもいいけど、お兄ちゃんの方が良くない!?」

 

「なんでいきなり全力で自分の存在否定してるの?」

 

 やっぱり、案の定、例の如く。穂乃果のこの言葉から始まった。

 

 ドアのノックさえなく、唐突と自室に現れた姉に眉を顰めながらも、あぐらをかくように足の裏を合わせて座り直した。直前まで彼が寝転がっていたベッドの上の毛布は畳まれることなく、そのまま座布団の代わりとなっている。

 

「存在否定? そんなこといいから、咲穂は絶対お姉ちゃんよりお兄ちゃん派だよね!? そうだよね!?」

 

 穂乃果は小さく首を傾げるも、すぐに戻ってグイと正面の弟へと迫る。この姉、自分の言っていることを理解していない。

 

 姉である自分が、弟に兄の方が良いだろうと聞く、その意味は果たして。

 や、のか姉がいいならそれでいいけど……。そんな姉の言動ももはや慣れっこなのか、咲穂は肩を竦めながらそう小さく呟いた。ちなみに彼の言う『のか姉』とは、穂乃果のことだ。双子の妹である雪穂は『雪』と呼んでいる。

 

 一瞬試されているのか、とも考えたが、このド直球のド真ん中しか知らないような姉が、そんなことするはずもない。そも、そんなこと考えすらしないだろう。高坂穂乃果という少女は、良くも悪くも素直な性格なのだ。入れ知恵しそうな人物を、咲穂は知らないでもないが。

 

 そんな理由もあって、咲穂は無駄に深読みした結果、結局特に捻ることもなく思ったことをそのまま伝えることにした。

 

「んー、そうだなあ。俺は姉で良かったかなと思うよ」

 

「えーっ、お兄ちゃんの方がいいと思わない!?」

 

 ――結果がこれである。

 

 咲穂に兄なんていた試しがないし、近所に兄貴的な人もいない。むしろ姉の繋がりで姉的な人たちの方が多いし、穂乃果がスクールアイドルを始めてからというもの、咲穂を弟のような扱いをする人が更に増えたぐらいだ。十二人の妹ならぬ九人の姉だ。呼び方も様々である。良く被らずに思いついたもんだと、感心さえ覚えた。

 

 もっとも、本人はあずかり知らぬが、それぞれ咲穂の呼び方を決めるためにわざわざ会議を開いたのだから、被らないのも当たり前のことだ。

 

 咲穂がそれを別の少女から聞いた時は本気で「くだらな……」と思ったものだが、まあ本人たちが楽しかったならそれでいいのか、と気持ちを納得させた。別にその少女に睨まれたから日和った訳ではない。

 

「あー、でも確かに兄貴とかいたら、一緒にあっちこっち遊び回ったりして楽しかったかもなあ」

 

「わっ、私だって一緒に遊びに連れて行ってあげたよね!?」

 対抗するように上がる穂乃果の声。

 

 言われて咲穂は記憶を反芻するが、一番に蘇ったのは嫌がるのを無理やり連れ出された挙句、歩くのが遅いからという理由で途中の道に置いてかれる。そんな光景だった。

 

 この件に関しては、未だふとした拍子にみんなから掘り返される。親交深い園田家と南家を騒がせただけに止まらず、あわや警察さえ呼ぼうかというところまで大きな騒ぎになったのだから、当たり前であろう。

 これで穂乃果が責任を感じ、自ら咲穂を連れ戻してこなければ、間違いなくその通りになっていたに違いない。

 

 しかしこの姉、そんなことがあったのに、よくもまあここまで堂々と言い切れるものだ。内心そんなことを思っていたから、咲穂の目は無意識に細められ、穂乃果を睨むようにしてた。

 

「え、何? ……もしかして、小さい頃のこと、やっぱりまだ怒ってる? あれは……ほら、えーっと……ごめんね?」

 

 咲穂の言葉に、穂乃果はばつが悪いといったように苦笑いをしながら、首を小さく横に倒して謝った。両掌も胸の前で合わさって、謝罪のポーズだ。

 

 十年近く前のことを穿り返して、と人によっては逆に怒ってきもおかしくないところでもあるのに、ここで素直に謝れるのは彼女の美点だろう。

 

「うんまあ、そのことはもう気にしてないんだけどね」

 

「私謝り損!?」

 

 酷いよ咲穂! と声を上げむくれる姉に、弟は苦笑するしかなかった。正直なところ、咲穂としては「そういえば昔迷子になったなあ」程度の記憶しか残っていない。それよりも、玄関で鬼の如くの形相で待ち構えていた母の方が、よっぽど記憶に残っている。軽いトラウマである。

 

「まあまあ。それより僕としては、何で急に兄姉論争を始めたのかが知りたいんだけど」

 

 このまま昔話をしているのは楽しいけれど、気になるのは先の話だ。いきなり『姉』が弟に『兄』の方が良いか、なんて聞いてくる行動には首を傾げざる得ない。もう意味不明だ。

 

「それがね、聞いてよ咲穂! μ’sのみんなはお兄ちゃんよりお姉ちゃんの方が良いって言うんだよ!!」

 

「ごめん、もうちょっと巻き戻ったところからお願い。あと全体的に近い」

 

 段々と語気が強くなり、同時に声も大きくなる。それに合わせてベッドの上まで侵攻し咲穂に迫ってくるものだから、ついには壁際まで追い込んでしまった。

 

 咲穂は顔を朱に染めながらも、慌てるように両肩を押し返して姉との距離を離した。姉とはいえ、思春期の少年には刺激が強すぎたらしい。襟元の隙間から見える、それも。

 

「あ、ごめんね。それで昨日のことなんだけど、μ’sのみんなと『もしも姉か兄がいるならどっちがいい?』って話になったんだ。そしたらみんなして『お姉ちゃんの方がいい』って言うんだよー!」

 

 

 ああ、そういうことか。納得したとばかりに咲穂は首を縦に振ると、答えを返そうと口を開いた。

 

「そんなもんなんじゃないかな」

 

「そんなもんって?」

 

「だって兄だろうが弟だろうが、結局のところ異性には違いない訳でしょ。だったら同性の姉の方が色々と楽だろうし、楽しめるんじゃない? のか姉が雪と一緒に出掛けるみたいにさ」

 

「うーん、そう言われればそうかも……」

 

 目を上に向けながら、穂乃果は一つそう声を溢した。その様子を眺めながら、咲穂は一つ大きく息を吐いた。

 

「だったら、雪に聞いてみたらどう? のか姉と僕がいるんだから、姉と兄についてそれぞれどう思ってるか聞けるでしょ」

 

「なるほどっ、咲穂頭良い!」

 

 ナイスアイデアっ、と声を上げながら立ち上がると、そのまま入って来た時と同じぐらいの勢いで廊下へと飛び出していった。ちなみに、ドアは開け放たれたままだ。

 

「忙しないなあ……」

 

 もう一度ため息をつきながら、開いたドアをゆっくりと閉めた。これで静かになった、と安心しながら。

 

「さ、もうひと眠りしよ」

 

 

「雪穂に聞いてきたよ!」

 

 咲穂の部屋へと大きくドアを開け、ついでに声も大きくして入ってきたのは、やはり穂乃果だった。

 

「……そう」

 

 咲穂は薄く目を開けたまま、顔だけを入口へと向けた。周りより少し遅めの変声期に入った咲穂の声が――しかしあまり低くなった様子はない――やけに低く聞こえたのは、寝起き以外にも理由がありそうだ。

 

 寝転ぶ自分の真横に立ち、みょんにやる気の姉の姿を見て、もうこれは起きなければだめそうだと観念した咲穂は、のっそりとした動きで体を起こした。

 

 穂乃果はそれを見受けると、にっこりと笑みを浮かべてベッド上に腰かけさあとばかりに話を始めるのだった。

 

「それで、雪はなんて言ってたの?」

 

「咲穂が言ってた通り雪穂もお姉ちゃんの方が良かったって!」

 一息でそう言うと、穂乃果は照れながらえへへと小さく声に出して笑った。さきまで兄の方が良いと言っていたのを、綺麗さっぱりと忘れて。

 

 そして咲穂はというと。

 

「それと雪穂がね、咲穂のこと『あんまり兄って思ったことない』だって!」

 

「あと『せめて私より身長高くなったら、兄って呼んであげる』とも言ってたよ!」

 

 穂乃果から付け加えられた言葉に拗ねて、ふて寝を決め込んでいた。

 

 

 高坂咲穂、身長百五十三センチ。僅かではあるが、双子の妹にさえ届かずにいる。

 彼の身長が高坂家で一番になるのは、彼が大学に入ってから二年後のことだ。

 

 




μ's全員分の用意は出来てる。頭の中で。


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