妖精讃歌は友情の讃歌   作:とやる

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オラリオへの道

 友達百人。

 

 ある程度歳をとり、現実を知り、妥協を覚えた者は言うだろう。

 そんなこと出来るはずもないだろうと。

 

 だからこれは、まだ子どもで、現実を知らず、理想を夢見ている子どもだからこそ言えた言葉だ。

 本来なら村での生活で育まれていた社会性を、差別と迫害の過程で十分に獲得できなかった子どもだから出てきた理想の未来。

 リュー・リオンなら大丈夫だと、心の底から思っていることの表れだった。

 

「遠いなオラリオ」

 

 さて、エルフの子どもの二人旅。

 里を飛び出してから二週間、地道に歩くもかの大都市は遠く。

 疲労の色が顔に浮かぶソレイユは堪らずといった様子で空を見上げた。

 

「おそらくまだ一月はかかります」

 

「げえ」

 

 五メルほど間隔を開けて並んで歩くリューは地図と睨めっこ。

 守人として戦闘訓練のみならず、年長から知恵を授けられる機会も多かったリューにはある程度の教養がある。

 自給自足、その日の暮らしが精一杯だったソレイユと比べてリューは格段に知識があった。故に途中で購入した地図を見ているのだが……眉間にシワを寄せているのを見るに、あまり得意ではないようだ。

 

「やっぱり馬車乗ろう馬車。食糧足りないぞこれ」

 

「断る。食糧は獣を狩ればいい」

 

「……ま、しょうがないか。気合入れて歩くぞ……!」

 

 ふんす、と荷物を背負い直したソレイユの脳裏をよぎるのは、一度馬車を利用しようとしたときのこと。

 エルフという種族は美しい容姿を誇る。それはリューもまた例外ではない。

 まだ齢十一といえど、リューは将来絶対美人になると確信できる整った容姿をしていた。

 だからか、リューには馬車の中の男の『そういう視線』が突き刺さり、リューはそれに耐えることが出来なかった。否、普段のリューからすればむしろ手を出さなかっただけ十分に耐えたと言える。

 それ以来、リューは顔を隠すようにすっぽりとフードを被るようになった。

 

 エルフの里では向けられることのなかった、異性の性的な視線を知覚したのである。

 

 不幸中の幸いだったのは、一応エルフの里で暮らしていたソレイユはエルフの美貌になれ切っており、また、まだ異性を性の対象として見る段階まで心が成長していなかったのでリューにそういう視線を向けることがなかったこと。

 もしソレイユが馬車の男たちと同じようにリューを見ていれば、ここで二人の旅は終わりを迎えていただろう。

 

 ……余談だが。

 これはソレイユの中の基準となる容姿がエルフであるということも意味する。

 オラリオについてからしばらくして少年のデリカシーの無さが露呈&炸裂し、髪をピンク色に染めた小人族の少女などと揉めたりするのだが……これはまた別の機会に。

 

 二人はオラリオを目指して歩き続ける。

 

「っし、今日はここで休むか。リオン、ご飯何がいい?」

 

「希望を言っても野菜しかないでしょう……」

 

「まあそうなんだけどな。火にかけたフライパンで炒めて買ったバターでいい感じに味つけて……っと」

 

「……待て。待ちなさいソレイユ。今何を入れた……?」

 

「野菜」

 

「違う。そうではなくっ。私は、その不自然に黒い大根は何かと訊いている……!」

 

「腐った大根」

 

「何故躊躇いもなく入れたっ!?」

 

 共にいる時間が長いようでお互いを見ていた時間は短い、そんな二人である。

 当然、知らないことも多い。

 日常的に食糧不足だったソレイユは多少腐ったぐらいなら平気で食べるが、もちろんリューはそうではない。

 

「このぐらいなら余裕で食べられる。経験談だ。大丈夫、俺を信じろ。もう食糧もお金も少ないし節約しないとな」

 

「……まあ、そこまで言うなら……」

 

 この数時間後、地獄を見たリューはソレイユの大丈夫は信用しないことを心に誓った。

 一方、申し訳なさそうに謝るソレイユはなんとも無さそうにケロっとしていたとか。

 

 オラリオを目指して二人は歩き続ける。

 

「水浴びをします」

 

「今、冬だけど」

 

「水浴びをします」

 

「水温で軽く死ねそうなんだけど……」

 

「水浴びをします」

 

「お、おう……見張りは任せてくれ」

 

「違う。ソレイユもです」

 

「え?」

 

「行きますよ」

 

「いや、待て、この水温は本当にヤバい……怖い怖い怖いっ!? 無言で木刀を握り締めないでくれ!? 分かったよ水浴びすればいいんだろうちくしょう!」

 

 歩き続ければ汗を掻く。

 汗を掻けば臭いがキツくなる。

 日に日にキツくなる自身の体臭はリューの自尊心を地味に傷つけていた。

 水浴びがしたい。汗や汚れを流してさっぱりしたい。

 そう思うも、リューの中の警戒心がそれを許さないジレンマ。

 何度か水浴びのタイミングを逃し、心の中で水浴び欲ともいえる鬱憤がたまり続けていたある日、ふと饐えたような臭いを近くから。

 その臭いの原因が何かを理解した瞬間、戦闘行為でより動いているはずの自分の臭いがどうなっているのかまで一瞬で辿り着いたリューの中で何かが切れた。

 そういう経緯。

 

「死ぬ……寒い……心臓止まる……」

 

「もっと火を強くしましょう。ソレイユ、薪を追加してください」

 

「腰布一枚で薪集めとか俺に死ねと?」

 

「後ろにソレイユが水浴びしている間に集めた薪を纏めてあります」

 

「んん……? アレか。分かった」

 

 水浴びをして一旦自分の体臭がある程度改善されれば、次に気になってくるは着ていた服の臭いだ。

 異臭を放つ服を着れるかどうか。人によって分かれるだろうが、命が関わるのならともかくリューは我慢できなかった。

 お互い服を洗い、ソレイユは下半身に布を巻き付けただけ、リューは予備のフード付きの外套をすっぽりと被って焚き火に当たっていた。

 

 パチパチと燃えた枯れ木の弾ける音が夜に吸い込まれ消えて行く。

 二人は無言で不規則に揺らめく炎をじっと見つめていた。

 

「……ソレイユ」

 

「ん」

 

 視線を向けることもなくソレイユの名前を呼んだリューに、同じく視線を向けることもなく応える。

 数秒の間を置いて、リューは語り出す。

 

「出発の日のことを覚えていますか」

 

「覚えてる。獣の首を一撃で落としたの衝撃だった。まあ、もう見慣れたけどな」

 

「そんなことではなく」

 

「俺の憧れをそんなことて」

 

 旅の中で、ソレイユの中の男の子の部分が強さへの渇きを覚えていた。

 獣や賊に襲われるたびに軽く撃退するリューを間近で見続けていたのもその一助だ。

 未だソレイユに自覚はないが、守られる自分と守るリューという固定された役割に、魂が熱を帯び始めていた。

 ソレイユはそれを憧れであると判断したが、その熱の本質は違う。

 少年は、まだ気付けない。

 

 ソレイユの明瞭にならない相槌を流してリューの話は続く。

 

「私が言いたいのは……その、友達百人、というやつです」

 

 

 

『──リオンの夢は、確か友達だったよな』

 

『──は?』

 

『──目指せ友達百人!』

 

 

 

 それは旅立ちの日に交わした言葉。

 エルフの潜在性に苦悩するリューが吠えた種族性への抗い。それを真正面から受け止めた、種族性から迫害されていたソレイユが打ち立てた、リューの夢の形。

 

「ソレイユは勘違いをしている」

 

「勘違い?」

 

「はい。ソレイユが何故知っていたのかは知りませんが、確かに私は他種族の仲間を求めていました。互いを信頼し、高め合い、助け合える、そんな仲間を」

 

「なら──」

 

「でも、それは泡沫の夢のような、瓦礫の理想だった」

 

 俯くリューの表情はフードに隠れて見えない。

 揺れる炎の向こう側に見える金色の髪が、夜に浮かぶようにその色を滲ませていた。

 五メルという焚き火を挟んだ距離が、ソレイユにリューの内側へ踏み込ませない。

 

「他種族の仲間を私が欲したのは、エルフでは本当の仲間になれないと考えていたからです。しかし、蓋を開けてみれば……そこには他種族を蔑視する愚かなエルフがいた」

 

 エルフを嫌悪する理性を持ちながら、他種族を蔑む本能を持つ。

 仲間に焦がれる心を持ちながら、仲間を受け入れられない感情を持つ。

 二律背反。種族性に相反する『心』を持ってしまったが故の苦悩。

 

「ハーフエルフでさえ忌み嫌う本能を持つ私に……他種族の仲間が欲しいなど、どの口で言っていたのか」

 

「リオン」

 

「それでも……私の中には、どうしようもないほどに仲間に焦がれる熱がある。でも、それは決して友達百人というわけじゃなく……いつか、私が嫌いな私を乗り越えられたときに、一人でも親友と呼べるような誰かが居てくれたら……と、そう思います」

 

「リオン!」

 

「それがどれほど困難なのか、私はしっかりと理解しています。自分でも抑えられないほどの悪しき情動が、どれほど大きなものなのかも。だから、私は──」

 

「──リオン! その話今じゃなきゃだめかな!?」

 

 はっと顔をあげるリュー。

 薪が尽きたのか勢いの衰えた焚き火の向こうでは、半裸のソレイユがガチガチと歯を高速で上下させて自分の体を抱きしめていた。

 

「薪がなくなった! このままじゃ凍死する!」

 

「──いや、薪の量は十分だったはず……」

 

「今冬! ここ外! 俺たち半裸!! 寒いからどんどん入れてたらすぐ無くなった!」

 

「馬鹿ですか!?」

 

 馬鹿である。

 リューが服が乾くまでは持つであろうと計算していた薪は、たった数時間で灰となった。

 

「今から急いで薪集めてくるからちょっと待っててくれ」

 

「いや、それは私が──」

 

「そんな格好で森をうろつく気か?」

 

「っ!?」

 

 ソレイユに指摘され、リューはきゅっと外套の前を締めるように掴む。

 外套の下はもちろん一糸纏わぬ状態。もしかしたら誰かに見られる可能性がある森をこんな格好でうろつくなど、リューの中のエルフ性が許さない。

 

 それと、もうひとつ。

 

「リオン、お前顔赤いぞ。熱があるんじゃないか?」

 

 リューの顔を見つめるソレイユの眉が心配気に歪む。

 恐る恐るリューが額に己の手を当てれば、芯からの熱が掌に広がった。

 

 ただでさえ外気温が低い季節に、慣れない長旅に粗末な食事。衛生面でも里にいたときと同等とは言い難い環境が約一ヶ月も続いているのだ。

 里にいた頃から劣悪な環境下で生活していたソレイユはともかく、そういう里での生活を基準とした免疫しか獲得していないリューが弱るのは必然と言えた。

 

 人は弱ったときには弱音を溢しやすくなる。

 先のリューには、そういう心の動きが起こっていたということ。

 

「すぐ戻るから横になって楽にしてろ。服は……生乾きだな。逆に体温奪うか……?」

 

「待て、待ちなさいソレイユ。その格好で行くつもりですか」

 

 問いかけるリューの瞳に浮かぶのは心配の色。

 マイナスになろうかという外気温を半裸で行動するソレイユに向けた、純粋に身を案ずる想い。

 その感情の発露にソレイユの心の片隅が喜びの声を上げた。

 

「何を笑っているのか。森には獣も少ないがいないわけではない。ソレイユ一人では危険が……!」

 

「……なに。やっぱり、リオンは優しいやつだなって思っただけだよ」

 

 自分の事より他人の心配。

 自分がしんどくても、これから危ないことをしようとする他人の心配。

 それも、本能が毛嫌いするようなハーフエルフの。

 

 それはリュー・リオンという少女の心の在り方を如実にあらわしている。

 そして、それがそのまま、ソレイユがリューを好ましく思う理由でもあった。

 

「ま、すぐに戻ってくるからリオンはあったかく……は無理だから、なるべく寒くないようにして待ってろ。色々とリオンに頼りっきりだったからな。ここらで俺もリオンの役に立たせてくれ」

 

 そう言って、ソレイユは一人夜の森へ消える。

 その背中が闇に隠れ、リューの心に不安が去来した。

 少年の物理的な弱さをリューはよく知っている。その既知がリューの心を掻き乱す。

 やはり追いかけるべきか。

 体の芯からの気怠さを意識的に考えないようにしてリューが生乾きの衣服に手を伸ばしたときだった。

 

「待ってろって言ったでしょ」

 

「ソレイユっ!?」

 

 時間にして約数分。

 両手に薪を抱えたソレイユが戻ってくる。

 

 考えてみれば当たり前。

 なんの道具も入れ物もない裸一貫の少年が持ち運べる薪の量などたかが知れている。

 しかも季節は冬だ。枯れ木などそこかしこに落ちているわけで。

 たかが知れている量を近場から集めるだけなので、一回にかかる時間は必然的に短くなる。

 その分往復数は嵩むのだが。

 

 ちょっと考えれば分かることを思考できなかった時点で、ソレイユはリューの体調の悪さの想定を三段階ほど引き上げ、ソレイユがすぐに戻ってきた事でそのことに気付いたリューが自身の体調の悪さを正確に認識した。

 

 とはいえ心配なのが変わるわけでもない。

 遠くに行くな、という条件付きでソレイユは周囲から薪をかき集め、熱で鈍くなる頭を抑えながら、リューはその様子を目で追っていた。

 

 そうして、一時間ほど経ったところで十分な量の薪が集まった。

 

 その間に服も乾き、お互いが背中を向けて着替えを済ませる。

 その後、横になったリューとは対照的に焚き火に背を向けてソレイユは座り込んだ。

 

「ソレイユ」

 

「なに?」

 

「申し訳ありません」

 

「気にすんな」

 

 それが何に向けての「申し訳ありません」だったのか、ソレイユは分からなかった。

 

 熱を出したことなのか。

 ほぼ裸で薪集めをしたことなのか。

 ソレイユの看病を断ったことなのか。

 それとも、今も二人を隔てている五メルの距離のことなのか。

 

 ただ、その全てにソレイユは同じ言葉を返すだろう。

 

 リューから貰った本当に大切なものは今もずっと、ソレイユの胸の中で熱を放っている。

 

「……必要ない、とは思うが」

 

 確かめるように、ソレイユは傍に置いた盾に指を添えた。

 旅立ちの日にリューから渡されたシンプルな円形の盾には傷一つない。

 それはリューがソレイユを戦いの場に出さなかったということで。

 この盾はリューの強さの証明であり、ソレイユの弱さの象徴でもあった。

 

 情けないとは思わない。

 リューは物心ついたころからずっと戦闘訓練を積んで来た戦士であり、自分はただ生きることに精一杯だった子ども。

 リューに守られることを情けないと思うことは、リューの戦士としての研鑽を侮辱するに等しい事だとソレイユは考えているから。

 

 でも、悔しいと感じないわけではない。

 リューがその強さを見せるたびに、ソレイユは悔しいと感じていた。

 リューに守られるだけの無価値な自分であることが悔しいと腹がねじ切れそうだった。

 リューの強さへの憧れと自身の無力さへの悔恨が腹の奥深くで渦巻いていた。

 

 だからか。

 リューに頼られる今のこの状況を、ソレイユは心のどこかで喜んでいた。

 

「……ソレイユ」

 

「……なんだリオン、寝れないのか?」

 

「……はい」

 

 背中に感じる焚き火の熱に、別の熱が加わった気がした。

 瞬間的にリューの視線だと理解したソレイユが「んー」と軽く息を吐く。

 白いもやが口から飛び出て、直ぐに夜の空に溶けていった。

 

「……眠れるまで、ちょっと話そうか」

 

「……そうですね」

 

「……そういえば、さっきは途中で話切って悪かった。ごめん」

 

「……いえ。あれはもう、いいです。忘れてください」

 

「……友達百人できるか自信ないって話を?」

 

「……忘れてくださいっ」

 

 その言葉には、これ以上続けたくないという弱々しげな意志が込められていた。

 

 がしがしと。

 一度頭を雑にかいてから、ソレイユは吐き出すように一言呟いた。

 

「リオン、覚えてるか」

 

「……何をですか?」

 

 問い返すリューに、ソレイユは懐かしむように……宝箱から大切なものを取り出すように、一つの記憶を、思い出を紐解いていく。

 

「俺とリオンが初めて会ったときのこと」

 

 それは、今から数年前のこと。

 母が死に、悲しみのどん底にいた少年のもとに、他種族の仲間を夢見たリューが来たときのこと。

 

「……覚えています」

 

 リューにとってソレイユとの出会いは苦々しい記憶に分類される。

 散々否定してきたエルフとしての自分と向き合うきっかけになった出会いだったからだ。

 ただ、リューにとってはそうだとしても、ソレイユにとってもそうだとは限らない。

 

「あのとき、俺は母さんの遺体を燃やしたばかりでさ。……本当は、燃やしたくなかったよ。でもさ、夏だったから……母さんの体に蛆が沸くんだ。母さんの体がどんどん食われて……俺はそれが許せなかった。……もう二度と目を覚さない母さんが食べられていくのが嫌だったんだ」

 

 タンパク質の塊。

 人の死体はそういう見方もできる。

 母が死んだ後、何日も何日も母の遺体に縋って泣き続けていた少年が見たのは、蛆に喰われていく母の姿。

 当時の少年が何を思ったのか、リューには想像できない。

 ただ、その声音には深い悲しみの色があって、それがリューの心を貫く。

 少年にその悲しみを背負わせたのは、他ならないあの里のエルフだったのだから。

 

「だから、燃やした。母さんに火をつけて、皮膚が溶け落ちていくのを、骨がぼろぼろに崩れていくのをずっと見てた。風で灰が飛んで、遺灰を全部集めてやることさえできなかった」

 

 ソレイユは首だけ動かして自分の荷物を見る。

 そこには、ソレイユの母の遺灰を入れた麻袋がある。

 大人を一人燃やしたにしては明らかに量が少ない遺灰がある。

 

 もし、ソレイユが母の遺体を、もしくは遺灰をエルフの里に埋めていた場合。

 まず間違いなく、それは他のエルフたちによって掘り起こされ、死者の尊厳を踏みにじる扱いをされていただろう。

 エルフたちの住む聖なる大地に、穢れた血の骨を埋めるなど許されないから。

 

 リューは、ソレイユに掛ける言葉が見つからなかった。

 自分は違う、などな口が裂けても言えない。

 自分もそういうエルフであることを、リュー自身が骨身に染みてよく理解していた。

 話し方から既にソレイユ自身が自分の中で咀嚼し終えていて、ある種の割り切りを終わらせていることは分かる。

 分かるが、それでリューの心が楽になるかと言われると、それはまた別の問題だった。

 

「そのときだ。俺とリオンが初めて出会ったのは」

 

 そんなリューの事など知らぬとばかりに……実際、背中を向けているソレイユにはリューの自責に歪む顔などは見えてはいないが。

 ソレイユの声が、少しだけ高くなったような気がした。

 

「前も言ったけどさ。リオンが何を思ってそうしたのかって関係ないんだ。あのときの俺は世界で一人ぼっちだった。母さんの願いの通りに生きようと思っても、自分の足で立ち上がれなかった」

 

 ソレイユがリューを『特別』扱いするのには、理由がある。

 

「距離は遠くても。顔は見えなくても。毎日会いにきてくれるエルフがいる。……それだけで、あのときの俺は救われた。母さんの死を悼んでくれたリオンに救われた。世界で一人ぼっちじゃないって思えたんだ」

 

 だから立ち上がれた。

 だから前を向いて歩き出せた。

 全ては、種族的潜在性と戦うリューがいたからだとソレイユは言っている。

 

 そこに内心でどんなすれ違いがあったとしても。

 リューがソレイユと関係を保ち続けたという事実は絶対に変わらない。

 ソレイユがそんなリューに救われていたという記憶も色褪せない。

 

 全ては、自身も苦悩しながら、種族としての本能に「それは違う」と抗い続けたリューがいたからだ。

 

「……リオンは友達が一人いればいいって言ったけどさ。それ、心の底からそう思ってるんじゃなくて、自分は友達が出来ないからせめてって妥協した結果だろ?」

 

「……それは」

 

「少なければ信頼できる友達。多ければ信頼できない友達。そんな線引きなんかない。一人しかいない友達は信頼できて、十人いる友達は信用できなくなるのか? そんなバカな話があるもんか」

 

 友情とは、数の大小で価値が変動するものではない。

 親友は少なくなければならないなんて誰が決めた。

 本当に信頼できる人なんて、多い方がいいに決まってる。

 

 現実を知らない子どもの心で、現実を知らない子どもの理想をソレイユは語る。

 本当に優しい人の周りには優しい人が集まるのだと、そうあってくれという願いを語る。

 

「リオンが悩んでるのはわかってる。でもな、リオン。俺は、リオンなら友達百人できるって本気で思ってるんだぜ。一人じゃなきゃいけないのなんて、旦那さんやお嫁さんぐらいだ」

 

「私は……」

 

「だからさ、リオン。最初から諦めずに……頑張ろうぜ。言ったろ? 協力するって」

 

 背を向けているソレイユの顔は見えない。

 だが、リューはきっと暖かな眼差しをしているのだろうと思った。

 

 なんともまあ、不器用な励ましだった。

 体の弱ったリューが溢した、普段のリューなら絶対に言わないような……ソレイユにしてれば病人の気の迷いのような言葉。

 それを励ますためだけに、いくら割り切ってるとはいえ、自分の傷をえぐってまで励まそうとする必要がどこにある。

 

 それでも、その優しさがリューの心を少し軽くした。

 それでも、ソレイユを嫌悪する感情がリューの心を重くした。

 

「……そうですね。私は、里を出るときに決めました。私は私でいたいと」

 

 リューは誰に向けるでもない言葉を一言呟き、一度目を閉じた。

 深呼吸して、胸の中のモヤモヤごと空気を入れ替えるように大きく息を吐く。

 目を開けて見上げた空には満点の星空が広がっていた。

 

「……ソレイユ」

 

「ん。おやすみ。……頼りないだろうけど、今夜は俺がリオンを守るから、今はゆっくり休んでくれ」

 

「……申し訳ありません。……ありがとう」

 

「ん」

 

 やがて、規則正しい寝息がソレイユの耳に届く。

 やっぱり、何の「申し訳ありません」なのかは分からなかったけれど。

 ありがとうの意味は、ちゃんと伝わった。

 

 

 その夜から一週間後、二人は無事オラリオへと辿り着く。

 結論から先に言おう。

 

 オラリオは、リューを容赦なく叩きのめすあらゆる要素の揃った都市であると。

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