19話
夕方、八百屋や雑貨屋などといった店はその日の営業を止め、代わりに酒場が営業を開始する頃合。
久々に生家であるエチェバルリア邸に帰ってきたアルは荷解きとお土産の贈呈もそこそこに上階の自室へ向かう。
「おっす、おらエチェバルリア」
「ああ、アルお帰り。どうでしたか?」
アルはどこかで聞いたような挨拶をスルーしたエルに近づいて今回起こったことを情報共有する。
頭部兵装のこと、
それらを聞いた時、エルは机上にペンを置いてアルの方に向き直った。
「でも僕は歩みを止めませんよ」
「知ってますよ。だから気をつけてやってください。止めませんから」
『クロケの森での出来事はもう勘弁です』と机にうなだれるアル。
その肩をぽんぽんと叩いて慰めるエルだが、実行犯はエルなので慰めにもなっていなかった。
「で、どうせ兄さんのことですからキッド達が居ない間にわしゃわしゃ製図してたんでしょ?」
「流石アル! 実はですね? 高等部の人と協力して新型シルエットナイトを造ることになりました!」
その予想外の報告にアルは困惑する。既に協力者を見つけて新機能や膂力の上げ方の概要を話した挙句、開発に着手しているとはアルの目を持ってしても見抜けなかったのだ。
「お祖父様にも許可をもらいましたし、親方はこれから編みこんだクリスタルティシュー…ストランドタイプって名付けたんですけど、それの製作に取り掛かるって言ってましたよ。ちなみに素体はヘルヴィ先輩のトランドオーケスを使わせていただくことになりましたよ。あ、忘れてた。サブアームのスクリプトですが、当然アルも手伝ってくれますよね?」
(あ”あ”ー! またこの人は勝手に話を進めていくよぉ)
マシンガンのように垂れ流される新名称と今後の予定にはやくもポンポンが痛くなってくるアル。
ラウリへの連絡に工房の親方への挨拶、
『エルネスティ 高等部の協力者と共に新型機開発中』
簡潔な見出しの後に新型機に盛り込まれる予定の機能、予定、素体となる
「一応、キッドとアディのお父さんに僕達のやること書いて報告するように言われているので書いてますけど、他にも何かやってるでしょ?」
「いや、やってること前提で言わないでくださいよ。……やってますけど」
アルのジト目にエルは新型機とは別口で製図していた『
(ほぉーら、やっぱり暇してなかった)
先日思っていた事が的中したアルはニヤニヤした笑みでエルの話を聞いていたが、エルが見せてきた図面を見てふと『似たようなもの』を連想した。
「兄さん、これ『パワードスーツ』じゃないですか?」
パワードスーツ、鞍馬の生きていた時は介護や軍事に利用されだした機械の力で人ならざる膂力を手に出来るアイテムである。
「あー、たしかにそうですね。ナイトランナーの訓練になると思ってたんですが……それならやはりマギウスエンジンがないとダメでしょうか?」
「お高くなりますし、ひとまず何機か生産して先輩を乗せたらどうですか?」
2枚目の報告書を書きながらアルは適当に返すが、この一言でエドガー含む高等部の
その後、エチェバルリア邸では久しぶりの家族全員が揃い、夕食時はアルのお土産話もあって盛大に盛り上がった。
***
次の日、学園はすでに授業が再開されていたのだが『例のあの紙』の破壊力のおかげでアルは無断欠席を免れる。なお、担当教官と学園長であるラウリはその破壊力に頭を机に打ち付けていたが、アルのあずかり知らないところである。
長ったらしい授業の後、アルは早速高等部の教室に赴くとエドガーとヘルヴィが話しているところに出くわした。
「お? アルフォンス、しばらく見なかったがどこに行ってたんだ?」
「カンカネンに行ってました。あ、これお土産です」
カンカネンで話題になっている焼き菓子の袋をエドガーに手渡し、ヘルヴィには小さい木の箱を手渡す。
「あら、私のお土産はエドガーと違うの?」
中をみると、数本の糸で編まれた1本のミサンガだった。
ミサンガの端っこには小さな猫の彫り物がくっついており、地味と派手の中間といったちょうど良い塩梅の一品である。
「アル君、お土産にしては豪華ね。これ」
「はい、ヘルヴィ先輩のは謝罪の品でもあるので」
『謝罪?』と首を傾げるヘルヴィに、アルはヘルヴィとエドガーを人気のない場所に連れて行く。
そして周囲を見て人気がないことを確認したアルは、そのまま頭を下げた。
アルとしてはすぐに謝罪したかったが、『人がいる場所で頭を下げてなし崩しに許してもらう』ことは誠意に欠けるし、なによりアル自身が嫌だったから回りくどく人気のない場所に呼び出したのである。
「兄に聞いたかもしれませんが、ベヘモス事変の際にトランドオーケスを無断でお借りしました。そして操縦席付近のシルバーナーヴを引き出すために操縦席とか壊したのでそれの謝罪を」
「あー、操縦席が滅茶苦茶になってるって親方に聞いたけどアル君だったのね。別に構わないわよ。むしろ一矢報いてくれてありがとうかな?」
エドガーの手元にある袋から焼き菓子をひょいとつまんで口に持っていくヘルヴィ。
エドガーが抗議の声を上げるが、食べかすをぺろりと舌で舐めとるヘルヴィを見て口をつぐんでしまう。
そんなストロベリー空間に心の中で血涙を出しながら『こんな場所にいられるか!』とばかりにアルはメモを取り出す。
「そうですか。じゃあ次は……親方のところに挨拶に行かないといけませんね」
「アル君、なにそれ」
「今日は兄さんが仕出かした事を全てまるっとお偉いさんにぶん投げ……報告しようと思いましてね」
アルは途中で本音が漏れそうになったが、何とか言い直す。
ヘルヴィがメモをのぞき見ると『親方に挨拶』の他に『おじーさまにあう』や『鎧を見る』など様々な事が書かれている。
「親方って今は服飾科で糸巻き機回してるからもうちょっとしてからの方が良いわよ。ほら、あそこの人ってたまに工房にやってきてエル君とアル君のことを肉食獣の目で見てたし」
「ああ、小さく『給仕……スカート……チュニック……』とか言ってたな」
「え、何でつまみ出さないんですか! 部外者ですよ?」
アルは背筋が途端に寒くなり、声を荒げる。
その言葉に『君もな』と心の中で指摘しながらエドガーは『鎧を見る』というメモ書きを指差す。
「話を戻そう。この鎧というのはエルネスティが言っていた『ナイトランナーの訓練用』のアレだろう? 今は中等部の鍛冶科が製造していると聞いたぞ」
「ディートリヒも最近自主鍛錬とか行って私達と別行動してるから分からないのよね」
「じゃあ後回しにします。そうなるとまず学園長にお話してくるのが一番都合が良いですかね」
そう言うとアルはメモ帳を直しながら窓を開けてそこから何のためらいもなく飛び降りるとエアクッションで着地、そのまま学園長室に向かって全力疾走する。
「ここ……4階なんだが」
その行動に呆れるエドガーの呟きが放課後の喧騒に溶けていった。
***
「で、わしのところに来たわけか」
「はい」
学園長室にダイナミックエントリーしたアルは『例のあの紙』の威力に先日に暴走したエルと同様、王都に向けて念を送っていたラウリと対談していた。
「わしも詳しいことは知らんが……ほれ、エルが書いた企画書じゃ」
そう言いながらラウリは机の引き出しから人を殴れそうな紙束を取り出す。
これにはアルも面食らうが、全部郵送することも出来ないので簡単な概要などを書くためにメモ帳に記録する。
「のぅ、アルや。少し頼みがあるんじゃが聞いてくれんかのぅ?」
「なんですか?」
ものすごい勢いで内容を選別しながら報告事項をメモしていたアルの手が止まり、そのままラウリの目を見ながら話の続きを待つ。
「エルのことなんじゃが……なにやら暴走し始めたらアルの方でもやんわり止めてくれんかのぅ。わしだけじゃ止めきれるか不安なのじゃ」
暴走と言われてアルは思案する。
いつも見ているエルは常に暴走しているような感じなので、どういった状態が暴走状態か分からないのだ。
そもそもなぜラウリがそんなことを頼んできたのかが不思議だった。
「あの、なにか兄さんが仕出かしましたか?」
「企画書の書き損じが挟まっておっての。そこにコ○マとかカクユウゴウだか聞いた覚えのない言葉が書かれておった」
「(おいおいおい、死ぬわ。フレメヴィーラ王国) 分かりました。危ないと感じたら止めます」
藪を突いたら蛇どころではなく、首輪の付いたモフモフの獣とモノアイを光らせた鉄の巨人が出てきた。
『コロニーに穴が開くほどの爆発を生むとあるロボット群の動力炉』と『生命が住めないほどの環境汚染を生み出す緑色の粒子』、一体エルはどこを目指しているのだろうと頬を引きつらせながらアルは全力で首を縦に振る。
それを見たラウリは心底安堵した表情を浮かべるが、ここで悲しいすれ違いが起こる。
「おお、良かった。では(わしらの胃が)危なくなる前に頼む」
「分かりました。(王国や僕らの命が)危なくなる前に止めます」
アルの『危ない』や『暴走』の定義には、『常識の範囲外からえぐりこんで来る内容に対する気苦労』といった物は含まれていなかった。
こうしてわずかにずれた約束によって『パラシュートブレーキを搭載していないドラッグマシン』が、『パラシュートブレーキと同時にニトロシステムも追加されたドラッグマシン』に進化した。
***
「で、兄さん。コ○マとか核融○炉とか企画書に書かないでくださいよ」
「深夜テンションですよ。だからそんなに怒らないでくださいよ」
エルが大真面目でそれらを組み込む気がないことが分かって一安心したアルは、目の前の大型鎧に目を向ける。
それは肝心の
「とりあえず1号k……初号機ができたのでこれから試運転ですよ」
そう宣言するとエルは
エル自身の魔力と身体強化に似た
エルはそのまましばらく歩いたり走ったり飛び跳ねたりと忙しなく動いてからなにやら数人がかりで大きな弓を持ってきたバトソンに駆け寄る。
「バトソン、問題ないですよ」
「了解。皆ー! 問題ないらしいからこの調子で量産するよー!」
バトソンの声に『おー!』と力強い返事が聞こえ、周りがにわかに活気付いた。
その声を聞いたアルは頭の中で『侯爵に報告する内容が増えた』と毒づきながらメモ帳に内容を追加する。
そうしている間にずしんという音と共に地面に下ろされた大弓、それを五指を備えた手に換装した
ちゃんと握れることを確認したエルが再び前面部の装甲を開いて外に出ると、ちょいちょいとアルを手招きして自身の顔の前で手を合わせ『おねがい』のポーズを取った。
「アル。ちょっとこの弓引いてくれません? 僕、弓の引き方知りませんし」
「だからちゃんと授業出ましょうって言ったでしょ」
『だってー』と不貞腐れながらエルは地面の石を蹴る。
元々弓の授業は魔法が撃てない状態での遠距離攻撃として『一応』初等部のカリキュラムに乗っているが、戦闘技能の授業を免除されているエルは
だが、アルはエルと違って『雑食性オタク』なので弓も大好物である。アニメや漫画の真似をするべく積極的に参加していた。
アルはそんなエルの行動にイラッとしたが、黙って
身体強化の
「バトっさん、矢」
「ちょっと待って。全員退避ー!」
安全を確保するために射線上から中等部の生徒を退避させる。これから撃つのは人間が扱う弓ではなく、
何度も指差し確認をし、改めてバトソンが金属で出来た矢を大鎧の手に握らせる。
「うわ、よく見たら弦がクリスタルティシューだ」
「ええ、弦に魔力を込めながら引いてください」
アルはもう一度足を思いっきり大地に踏み込んで身体を固定する。
そして金属製の矢を番えて魔力を通しながら弦を引き絞ると、クリスタルティシューの性質と
そんなことをしたら人間の腕ならぷるぷると震えて狙いがぶれるのだが、弦を引いているのは
驚くほどブレがないのでアルは容易に照準をつける事ができた。
「行きます」
アルが腕の内部に設置された取っ手を操作すると
弓から射出された金属の矢は空気を切り裂きながら正面の的にズドンッ! という何故だか恐怖を呼び起こすような轟音と共に突き刺さった。
「うーん、やはり弓は発射準備とか色々あって連射に向きませんね。クリスタルティシューの弦はいい感じなんですが」
「あと指とかもうちょいしっかり作らないと駄目ですね」
アルが
弓の力に仮設で作られた手の平が耐え切れなかったのだ。それを見たエルが弓と
その様子を見たアルはエルがやろうとしていることを察して口を開いた。
「じゃあクロスボウにでもします? それならアタッチメントみたいに取り付けるだけで負担にもなりませんよ」
「巻き上げ機とか必要ですし、そもそも連射できるんですかね。手のこともありますし、色々考えてみます」
『
アルがライヒアラを旅立って帰ってくるまで10日もたってないが、その間にエルはどれ程の事を為したのか。アルはこの報告書を見たヨアキムの反応が心配になってくるが、それも『上に立つものの宿命というもの』と言うことにして自分は関係ないと思い込む。
「そういえば、親方に挨拶に行きたいんですがまだ服飾科にいるんですかね?」
「さっき見に行ったけど編み方がどうとかって他の鍛冶科の先輩と一緒に大きな糸車を悲鳴を上げながら回してたよ」
同級生からの情報で今日話すのは無理だと判断したアルは本日の聞き取りはここまでにして報告書でも書こうと図書館に引きこもる。
そして辺りが暗くなるまで図書館に入り浸って出来た、『封筒が立つほど紙を詰め込んだ手紙のような何か』をステファニアに手渡すとアルは意気揚々と自宅に戻り、母親に叱られてしょぼんとした。
***
セラーティ領の領都に建てられたセラーティの本邸。
その執務室でヨアキムは手元の手紙……というよりもはや紙の束で出来た鈍器のような封筒を見ていた。
中身はもちろんアルが書いたエルネスティ観察日記もとい作業報告書だが、ヨアキムはその圧倒的な作業内容に軽く眩暈を起こしていた。
最初の1枚に書かれていた『新形
これは良い。いや、検討と着手のスピード的におかしいが、なんとか押さえ込める。
だが、中等部を巻き込んでの『
これでヨアキムの頭がパンクした。
さらにこのアルフォンスと言う人物も兄の言っている開発概要を理解し、さらに自分の考えも踏まえて報告書を作成しているので少なくともエルネスティと同じ人種であることが伺える。
(あやつの力量を見誤っていた……)
『限界を知ったと思った人物が合体して戦闘力を上げた時の心境』のような諦めにも似た感情がヨアキムを椅子に縛り付ける。
封筒の中にはまだ膨大な量の紙の束が『良いから見ろよ』と圧力をかけてくるが、ヨアキムの胃がそれより先の報告書を見る気力を削っていく。
暇を見て確認しようとヨアキムは報告書を机の引き出しに仕舞って胃を回復させるために酒のボトルを手に取った。
だが、彼の受難は始まったばかりと言うことを彼自身が理解するのはもう少し先の事だった。