病弱聖女と魔王の微睡み ー転スラ二次創作ー   作:昼寝してる人

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聖女たる魔王/

 第16.5話 聖女たる魔王

 

 魔国連邦は、襲撃を受けていた。

 それにより壊滅的な被害――つまり人的被害が出てしまった。それは、魔国の主であるリムルが最も忌むべき事である。

 無意識に漏れ出た妖気(オーラ)にあてられたリグルド達が怯み、次の瞬間にリムルはそれを押し隠す。

 

「……すまん。しばらく一人にしてくれ」

 

 主君の言葉を受けて、彼の配下達はそれぞれその場を離れ始める。一人、シュナがリムルを抱きしめてから離れていった。

 いくらリムルの命令でも、彼の様子に心配したのだろう。

 感情がまだ追いついていないのか、リムルの心にはまだ微かな動揺しかない。本当に、自分の仲間達は死んでいるのだろうか?

 ――答えは、YESだった。

 無慈悲にもそれを断定したのは、彼がこの世界に来てからずっと頼ってきた相棒で。それが、リムルの心を大きく波立たせた。

 しかし、涙は零れない。元人間の、リムルという名のスライムは、既に魔物になってしまっているのだから。

 ぐるぐると答えの出ない疑問が、リムルの脳内で何度も繰り返される。それに一度の無視もなく、『大賢者』は返答していく。

 

「俺は……」

 

 間違っていたのか?

 その言葉が出る前に、リムルの周囲が変化し始めた。それに彼の相棒が気付かないはずもなく――

 

《警告。精神体(スピリチュアルボディー)への干渉を確認。抵抗(レジスト)に失敗しました。空間転移系の能力(スキル)が行使されています。抵抗(レジスト)が――》

 

「~~~ッ!!」

 

 よりにもよってこんな時に。

 この大事な時にどこの誰とも知らぬ者に喚ばれるなど、不愉快でしかない。しかし、『大賢者』による抵抗(レジスト)が出来ないとなると無視も出来ない。

 苦々しい思いで、リムルはいつでも交戦できるように身構えた。

 仲間を殺された怒りが、突発的に自分を喚んだ誰かへの殺意に変わる。八つ当たりでも、この怒りを収める事が出来ないのだ。

 そして、リムルの視界はくるりと一回転して――彼は草原にただ、座り込んでいた。

 

 さらりと風がリムルの髪を揺らし、穏やかな太陽がそこを照らしている。森に囲まれたその場所は、不思議なほどに居心地が良くて、とても見覚えがあった。

 視線を右に向ける。

 そこには、白亜の教会が存在感を露わに鎮座していて――

 

「――初めまして。迷える子羊よ」

 

 その声にはっとして、振り向く。

 日の光に照らされた衣装は、明るい白で染め上げられる。その色より数段美しく、優しさを感じさせる上品な白髪は、風によって少し荒らされていた。

 祈るように組まれた両手は、苦労を知らない人間のように柔らかそうに見える。

 振り向いた時に合った、空と同じ瞳は目尻が下げられどこか心配そうだ。

 呆然と彼女を見つめる自分に気付き、慌てて顔を左右に振る。今は、そんな事をしている暇はないのだ。

 

「何かあったのでしょう? 話くらいなら、私にも聞けますから――どうか聞かせてください」

「……今はそんな暇ないんだ。悪いけど、ここから帰してくれないか?」

 

 心配そうに声をかけてくる彼女――魔王ラフィエル=スノウホワイトに、リムルは動揺していた心を鎮めながら立ち上がる。

 確かに、彼女の事は何とかしたいと思っている。けれど、今は仲間達が危険なのだ。死んでしまった者だっている。

 彼等の主である自分がこんな所にいていい訳が無い。ここにいると、駄目になる。そんな確信があった。

 

「帰れません。貴方の心が救われるまで」

「は?」

 

 しかし、そう簡単に事は進まない。

 残念そうに首を横に振ったラフィエル=スノウホワイトに、リムルは困惑する。

 帰れない? 何故?

 ラフィエル=スノウホワイトが、わざと帰さないようにしている、ということか?

 混乱のあまり、リムルは疑心暗鬼になりかける。そうなりかけたのはラフィエル=スノウホワイトのせいなのだが、それを止めたのもまた、ラフィエル=スノウホワイトであった。

 

「貴方の心は今、絶望に染まっています。ですから、貴方はここに喚ばれたのです。――私は、貴方を救うためにここにいます」

「どういう……事だ?」

「貴方はどうして、……悲しんでいるのですか? 怒っているのですか? どうか私に、教えて下さいませんか」

 

 リムルの疑問に、彼女は答えなかった。

 そして問いかける。

 他人の問いには答えず、自分の質問には答えさせようとする。そこには一種の魔王らしさがあると、リムルは場違いにもそう思った。

 しかし、それでもラフィエル=スノウホワイトには人を惹きつける力がある。彼女の優しさに縋ろうとする、本能を刺激されてしまう。

 それはリムルでさえも例外ではなかった。

 使い方を誤れば、それは甘美な毒となる――だがそれは、ラフィエル=スノウホワイトに関してはいらぬ心配である。彼女は私欲のために誰かを害する事はないのだから。

 

「……つまらない話だ。どうしようもない、馬鹿の話」

「構いません。聞かせて下さい。私が、貴方のことを知りたいのですから」

 

 俯いたリムルの手を取って、ラフィエル=スノウホワイトは、しっかりと彼の目を見る。覗き込まれたリムルは、そっと目を逸らして彼女の隣に座った。

 こんな事をしている場合じゃないのは分かっている。それでも、誰かに心の内を聞いて欲しかった。仲間には、言えない。心配をかけるから。

 それに言わなければ、きっとここから出れないのだろうと、そう思ったのだ。

 ぽつりぽつりと、リムルは言葉を紡いでいく。今までの出来事を。

 ミリムの話になった時は少し驚いた様子を見せていたが、ミリムは自分のことを彼女に話していなかったのだろうか。

 そして話は本題――魔国連邦が襲撃され、少なくない国民の命を失ったことを告げた。中には、秘書の仕事を任せていたシオンもいた。

 

「それは……酷い話ですね」

「…………」

「……。――リムル、ここは私の支配する異空間です」

 

 無言のまま、じっと地面を見つめるリムルに、ラフィエル=スノウホワイトはそんな話を始めた。

 訝しげなリムルを見て微笑み、彼女は続ける。

 

「ここは迷える子羊が、精神体(スピリチュアルボディー)だけで訪れます。しかし……ここは私の異空間。外の世界での常識は通用しません――例え魔王であろうと」

 

 彼女は告げる。

 ここは、絶望に染まった人が最後に救いを求める場所なのだと。だからこそ、ラフィエル=スノウホワイトはリムルに微笑む。

 

「貴方は心まで魔物になったと言いましたね。けれど、私は思うのです。貴方が人間だった時の心まで捨てる必要など、ない」

 

 そして彼女は再度告げる。

 ここは異空間であり、常識が通用する場所ではない。

 ラフィエル=スノウホワイトはリムルの頰を包み込むように触れると、ゆっくりと顔を上げさせる。

 ぱちりと交差した視線の中には、優しさしか感じなくて、どこか気まずい。

 

「いいですか――ここでは、貴方は泣けるのです」

 

 泣いてもいいんです。

 大切な人の死を悼み、嘆く事を許さない者などいないのだから。

 その言葉が、じわじわと理解し始める。追いつかない思考が動き出したと同時のこと。

 ぽろぽろとリムルの瞳から大粒の涙が零れだした。

 

「あ……」

 

 慌てて顔を拭うリムルだが、次から次へと流れ落ちるそれの対処に間に合わない。こんな醜態、見せられない――見せたくない。

 ぽすん、とリムルはミルクに似た香りに包まれる。視界は白く染まり、人肌程度の温度を感じる。

 背中は、とんとんと一定のリズムで優しく叩かれていて。

 何が起こっているのか、理解してしまった。

 

「う、ぐ」

「今は、出なくなるまで泣いてしまいましょう」

 

 恥ずかしい。この年になって、こんな。

 それでも涙は止まらない。むしろ先程よりもたくさんの涙が出ている気がする。

 離れないと。このままは流石にマズイ……そう思っても、涙は人を弱くさせる。

 リムルの意思とは逆に、身体はむしろラフィエル=スノウホワイトに縋るように抱きついていた。

 まるで、かつてのミリム・ナーヴァのように。

 

「どうして、こんな事になったんだ?」

「どうするのが正解だった…?」

「……人間と関わったのが間違いだったのか?」

 

 吐き出された疑問に、ラフィエル=スノウホワイトは答えない。

 抱き締められたリムルは、彼女がどんな顔をしているのかすら見ることが出来ないのだ。

 けれど口は止まってくれない。震える声で、涙に濡れた疑問が、吐き出された。

 

「なぁ……俺が間違っていたのか?」

「その答えは――肯定であり、否定です」

 

 無言のまま沈黙していたラフィエル=スノウホワイトは、そこでようやく静寂から身を出した。

 抱き締める力が緩み、彼女から離れながらゆっくりと顔を上げたリムル。揺れる瞳が、リムルの心情を物語っていた。

 

「考えて見て下さい。もし、貴方が存在しなかった時の世界を。きっと、魔国連邦なんて建国もされず――貴方の配下達は豚頭帝(オークロード)の軍勢に為す術もなく喰われていたでしょう。今よりも、もっと前に死んでいたはずです」

 

 ぐっと唇を噛み締めるリムルに、ラフィエル=スノウホワイトは真剣な顔で向き合う。

 

「確かに、貴方はその甘さのせいで配下達を危険にさらしてしまったのでしょう。ですが、その優しさで生きることが出来た者もいます――豚頭族(オーク)が、その最たる例でしょう」

 

 止まりかけている涙を拭う。

 鼻水をすすり、リムルはラフィエル=スノウホワイトが言わんとしている事が、もう分かっていた。

 だからこそ、もう泣かない。

 

「貴方は間違えた。けれど、その選択は全てにおいて間違っていた訳ではありません。取り零してしまった命だけではなく――救えた命も、数えてあげてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔国連邦へと戻ってきたリムルは、『大賢者』に混乱されたものの、――その心は、既に絶望には染まっていない。

 帰り際に言われたのだ。蘇生できる可能性はある、それは貴方の友人が知っている、と。

 そしてその言葉通り、初めて知り合った冒険者三人組がその方法を教えてくれた。

 だから、リムルは魔王になる決意をした。

 ラフィエル=スノウホワイトが最後に言ってくれた言葉に、軽く頰を緩ませながら。

 

『甘さが命取りになる事もあります。冷酷な判断が必要な事もあるでしょう。その事は否定しません、肯定します。けれど私は』

 

 二万の軍勢を見下ろして、リムルは微笑んだ。

 

「俺のように優しい人を、好ましく思ってくれるんだってさ」

 

 相手によっては優しくなれないけどね。

 その言葉は、人間の悲鳴によって掻き消された。




「奴等は皆殺しにする」
オリ主「国相手とかスライムが勝てるわけねぇよ」

勝ちます(宣言)
ラフィエル君の特に何も考えてない適当すぎる、真に受けてはいけない(全ての)発言を真に受けたせいで、リムルの性格に若干の変化がもたらされた。
なんて事をしやがるんだ……。

備考:ミリムの場合はペット、リムルは親しい人。そのため、ラフィエル君の対応(内心)は結構違う。

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