病弱聖女と魔王の微睡み ー転スラ二次創作ー 作:昼寝してる人
第27.5話 勇者の消失
血塗れの床に座り込んだまま呆然と悪魔を見上げる勇者に、悪魔はどう遊ぼうかと愉悦に浸る。悪魔にとって、勇者とは聖歌者に心を許してしまった哀れな人間でしかないのだ。
聖歌者に心を許したということは、聖歌者にも心を許されたということ。つまり――勇者を血肉のオブジェに飾り立ててやれば、泣いて喜ぶ。
滞在先の国の全国民を殺してやるのも、マンネリ化してきたところだ。ここらで嗜好を変えて、聖歌者の心を許した相手を潰してやろう。
魔王共は中々しぶとく、失敗する確率が高い。その点、この勇者は魔王と比べれば一枚も二枚も下回っている。
悪魔からの勇者の総評は、優秀な生贄である。
故に、悪魔は勇者の心を壊す事にした。その身に宿す悪魔が勇者の心を殺し命すらも奪ったとすれば、どれだけの罪悪に悩むことか。
都の人々を守るためとはいえ自らの身に受け入れた悪魔のせいで、罪なき人々が残虐に殺されたとしたら、あの聖歌者はきっと自らの心を傷付ける。
そうしてこれからも、ずっと蝕み続ける毒となる。近いうちに訪れる聖歌者の心が壊れるその日を、首を長くして待ち続けよう。
「……れ、だ」
「何だ?」
愉悦の表情で勇者の頰を包み込んでいた悪魔の両手を、勇者は振り払う。そして、大きく飛び退き剣をすらりと抜いた。
その瞳には敵意と憎悪で塗り潰され、恐怖や不安といった感情は見えない。
血が滲みそうなほど強く剣を握って、勇者は吠える。
「お前は、誰だ!? あの魔王――ラフィエル=スノウホワイトを、何処にやった!」
「――ほう? 人間の癖に、よくわかったものだ」
真っ赤な瞳を瞬いて、悪魔は感心したように勇者を眺める。ある一定の強さ以上にならなければ、一瞬で悪魔か聖歌者を見抜く事が出来ないのだ。
ということは、この勇者は一定の強さ以上……仙人という事だ。仙人とは、過酷な修行の果てに至ることが出来る、魔物の言い方では魔王種のようなものだ。
それが、目の前の勇者である。が、しかし。
(仙人とはいえ聖人ではない。片手間に潰せる程度の強者といったところだな)
悪魔からすれば、脅威には成り得ない。
脅威となるのは天災レベル――ギィや竜種といった隔絶した強さの持ち主でなければ敗北はあり得ない。それが悪魔にとっての自身の評価である。
元々の世界でも、悪魔はトップクラスの実力者だった。それ故の慢心が、今のところ勇者の勝ち筋だろうか。
「聖歌者なら眠っている。あれが死に瀕した時、我が意思がこの身体の主導権を得るからな」
「解離、性」
「多重人格などという人間と一緒にしてくれるなよ、勇者。……死にたいというなら、そのまま続けてもいいが」
くつくつと笑って、悪魔は告げる。
一押しで壊れそうだった心は持ち直し、勇者はその瞳に闘志を宿している。立ち直りはかなり早い。初対面の幼子はともかく、仲間達だって殺されたというのに。
大した精神をしている。タフとでもいうべきか。
壊すのには、時間がかかりそうだ……今すぐにでも戦闘に入りそうな気配をしているから。
「お前を倒せば、ラフィエル=スノウホワイトが出てくるのか?」
「いいや、聖歌者諸共死ぬ。それでもいいだろう? 勇者たるお前からすれば」
ギリギリと奥歯を噛みしめる音が響いた。眉をつり上げて、勇者は悪魔に剣を向ける。
勇者として――確かに、悪魔と魔王同時に倒せるのなら、それは喜ぶべき事なのだろう。彼等は数え切れない悪行を積んでいる。
しかし、目の前に居る悪魔と、魔王ラフィエル=スノウホワイトは本当に、悪行をなしたのか?
たった少しといえど、関わっただろう。触れて感じた優しさを忘れるな。
軽い衝撃で壊れそうなほど、脆い身体をしていた。慈愛に満ちた姿を、目にした。
対して、目の前に居るラフィエル=スノウホワイトの姿をした悪魔――この邪悪さは、他の魔王と引けを取らない。
そして簡単に人を殺して、愉しげに嗤うその姿。
ラフィエル=スノウホワイトは、この悪魔のせいで魔王という誹りを受けるはめになったのではないか?
何せ、見目は変わらないのだ。
たった一つ、血のように真っ赤に染まった瞳以外は、他の誰でも無く聖女たるラフィエル=スノウホワイトなのだから。
この仮説が、真実なのだとしたら。
自分が殺すべきは、ラフィエル=スノウホワイトではなく、この目の前の悪魔なのではないか。
そこまで思考したとき、悪魔が嗤った。まるで、その通りだと言うように。
「正解だ、勇者。だが、どう殺す? この身体は聖歌者ラフィエル=スノウホワイトそのもの。どうやって身体の主だけを生かすことが出来る? ――そんなことは、不可能だと知っているだろう」
「……ラフィエル=スノウホワイトが本物の聖女なのだとしたら、彼女は、自分の身に宿る悪魔をその命と引き換えに消滅させることが出来るなら、」
きっと笑って殺されてくれる。
その言葉は剣戟の音で掻き消され、勇者と悪魔は剣越しに睨み合う。一方は殺意に満ちた眼差しで、一方は愉悦混じりの嘲笑で。
悪魔はその身を流れる血液を剣に型取り、勇者と斬り合う。血液で形成されているが故に、その剣は自在に形を変え勇者を襲う。
それを鬱陶しく思った勇者は一度悪魔から離れ、ユニークスキル『
「ふん? 小細工か」
しかし人間の思考を読める悪魔には、その戦術も筒抜けである。ユニークスキル『
驚く勇者は、それでも再度『
悪魔と勇者が接触するまでに何十も繰り返されたが、それでも互いに止めようとしない。こうしなければ勇者は対抗出来ないし、悪魔はわざと攻撃を食らってやるつもりなど毛頭ないからだ。
ユニークスキル『
スキルを使っている最中に攻撃されれば、その傷は攻撃した本人に
逆に、他人の傷をスキル使用者へ
悪魔は、それをユニークスキル『
あのユニークスキルは少し危険だと悪魔に警戒させてしまったのである。これにより、勇者の勝ち筋はなくなってしまった。
「くっ……! こんな、簡単に……?」
初見であるはずなのに、『
「ハッ……この程度で根を上げるか、勇者。お前の仲間も草葉の陰で泣いているだろうな」
「――る、さい!!」
激高する勇者の単調な攻撃を、悪魔は余裕の笑みを浮かべていなしていく。
怒りのままに動く勇者の攻撃など簡単に対応出来てしまうので、心の深層を覗いてみる。悪魔にとって、やはり人間という生き物は壊す事こそが美味しい調理法なのだ。
そうして覗いた心の中は酷く荒れていた。まるで意識しなかった仲間という言葉が、どうやら酷く気に障ったらしい。
聖歌者が言った時には大して反応をしていなかったのに――やはりあの聖歌者には人を落ち着かせる何かがあるのだろう。
勇者にとって、あの仲間達に思い入れはなかった。その残虐な殺人行為に恐怖し怒ったものの、仲間が死んだ事にこそ、特に何も感じてはいなかったのだ。
昔、勇者の家族が魔王の攻撃の余波で死んだ時、その出来事は深く勇者の心に突き刺さった。
その時までに交流していた友人や知り合い以外には一線を引き、それ以上踏み込むような事をしなくなったのである。
これ以上親しい人間を作って失いたくない……そんな人間らしい感情の発露から出た行動だった。故に、勇者は仲間に好意も嫌悪も抱いていない。
そして昔からの友人にも踏み込んだ事は出来なくなっていて、その関係も次第に冷めていった。だからこそ、本当の意味で勇者を気にかける人はいない。
それを、勇者は自覚していた。
家族を亡くした悲しみを拭いきれず、新たな関係を構築することに恐怖し、心を見せる事の出来る間柄の友人など一人もおらず。
それでもなお、自分のような人間を増やしたくない一心で勇者にまで上り詰めた。
けれど、それでは自分はどうなのだろう。
人々の幸せを守るため、恐怖から守るため、ずっと闘ってきた自分は、誰かとテーブルを囲むことさえない自分は、不幸なのだろうか?
――そんな、勇者の心情を、悪魔は詳細に読み取っていた。
憤怒の形相で悪魔へ挑み、身体の至る所から血を流しながらも、その戦意は挫ける事なく何度でも立ち上がる。
まさに勇気ある者。
格上だと自覚していながら、人を守るために決して折れぬ心。この人間は、確かに勇者である。ならば、
(この勇者の心を折る事が出来たのなら、一体どれほどイイ気分になるだろうな?)
その時を想像し、ぞくぞくと背中に快楽が走る。人間が絶望し、頽れる姿はいつ見ても良いものだ。
愉悦に口元を歪めて、悪魔は勇者の剣を抱き込んで、そっと耳元へ囁いた。
「例え聖女と呼ばれていようと、聖歌者は只人だ。人類の都合で、心優しき乙女を殺すのか? ――自らしか顧みない人間に、守る価値などあるのか? お前は、何のために闘っている?」
――ひゅっ。
勇者の不自然な呼吸音が聞こえた。動揺したよう揺れる剣を握る手を、そっと両手で包み込む。
うっそりと、悪魔はラフィエル=スノウホワイトの浮かべる笑みを真似て微笑んだ。
「貴様の陳腐な正義など、消してくれよう」
包み込んだ勇者の手に爪を突き立て、引き裂く。押し殺した悲鳴が呻き声として漏れたと同時、勇者の手から剣が転がり落ちていく。
にやにやと嬉しそうに嗤う悪魔は、そのまま勇者の腹を蹴り上げ、口から血を吐いた勇者の前に居座る。
震えながら剣に手を伸ばそうとする勇者の手を踏み付けて、悪魔はゆっくりと勇者の首へ手を伸ばした。
「安心しろ。死ねば貴様の陳腐な正義も、くだらない感情も何もかも、全て綺麗さっぱり消えて無くなる」
勇者の瞳に絶望が宿る。
もう抵抗する手段がないから。ユニークスキルはもう一つあるけれど、それは戦闘系のスキルではないため、この状況を打開する力には成り得ない。
漆黒の瞳に反射して映る悪魔は、歓喜と愉悦に震えていて、心底幸せそうに笑みを浮かべている。
そんな悪魔を正面から見た勇者は、一度だけ呆然とした表情を見せ、次の瞬間――
「――な!?」
勇者の
そして、悟らせる。
勇者が仙人から聖人へと至った、ということを。
(この土壇場でよくもまあ……全く人間という存在はほとほと度し難い)
絶望は人を成長させうるのだろうか、と悪魔が思考した時には攻撃を受けていた。
その一瞬で警戒を最大まで引き上げるが、悪魔が勇者を格下ではないと認識してしまったため、悪魔は『
舌打ちをして、悪魔は吹き飛ばされた空中で身構えるが、瞬き一つしてみれば目の前に勇者が迫る。
『
至近距離で放たれた死歌の効果は絶大で、勇者は意識を飛ばしてしまう。が、それはものの数秒。すぐに意識を取り戻した勇者を見て悪魔は目を剥いた。
(いや……だが、恐らくこの戦闘能力の爆発的な向上は一時的なものだ。身体に力が馴染みきっていない状態でここまで戦えるわけがない。なら、今暫くしのげばいいだけの話か)
その考えに辿り着いた悪魔だったが、それくらいは勇者だって分かっている。
このブーストが終われば、普段の数倍弱体化してしまう事だって、それも織り込み済みだ。それでもやると決めたのだ。
だって、
(――ラフィエル=スノウホワイトは、幸せそうに笑っていた)
誰とも卓を囲めない自分と向かい合い、お茶を飲んで話をして、幸せそうに笑ったのだ。
困惑した。混乱した。動揺した。――けれども、確かに嬉しかったのだ。
不幸だと認めたくなかった。
家族を失い、人と関わりもう一度失う事を恐れ、誰とも一線を引いて接してきた。
でも、それでも、あの時家族と共にテーブルを囲んだ幸せな時間を忘れた事なんてなかった。あの暖かな空間は、もう自分には手に入れられないものだと諦めていた。
だからこそ無い物ねだりして、他人がそうしていることに嫉妬して、それは幸せなんかじゃないと皮肉って、結局それは自分を不幸にしただけで。
でも、そんな不幸な自分を認めたくなくて、八つ当たりのようにラフィエル=スノウホワイトを怒鳴ろうとした。
(気付いたんだ)
自分とテーブルを囲んで幸せそうに笑ってくれる人がいることに。
こんなに面倒くさくて、どうしようもない自分に心から優しくしてくれる人がいることに。
そんな人と出会えたら、ちょっとだけ――いいや、とても幸せに思えるってことに。
(だから、彼女のために捧げることにした)
きっとこれ以上ないくらい幸運な出会いだった。
けれどそれを真っ赤な血で染め上げて台無しにしたのは他でもない自分だから。
たった一人の優しい少女のためだけに、命すら懸けて戦おう。
「この――偽善者がァッ!!」
そんな勇者の心を読んだ悪魔が叫ぶ。
その表情は怒りに満ちていて、地形が変わることにも教会が壊れていくことにも目をくれず、暴れ出す。
冷静な顔で悪魔へ攻撃を仕掛ける勇者へと、悪魔は怒号を飛ばした。
「貴様のそれは、もはや陳腐な正義ですらない! それはただの、独り善がりな奇行に過ぎないだろうが!! この、ゴミ屑があああッ!!」
ブチ切れた悪魔の絶叫は、勇者には届かない。勇者はただ、目的のためにひたすら突き進むだけなのだから。
しかし……悪魔がここまで激高しているには、理由がある。
ただ単に勇者が、ラフィエル=スノウホワイトのために闘うというのであれば、ここまで取り乱したりはしないのだ。
悪魔がここまで怒る理由はただ一つ。
勇者がこれから為そうとしている事は、ラフィエル=スノウホワイトの半永久的な延命措置であるからだ。
現在、ラフィエル=スノウホワイトの生命力は、全体の一割の更に半分以下といったところだ。
つまり、彼女はあと一年以内で命を落とすところまで弱っていた。それは偏に、悪魔が地道に彼女を呪い続けていた結果である。
だというのに、これから勇者が行おうとしている事は、勇者の全てをラフィエル=スノウホワイトへ与える……つまりは、ラフィエル=スノウホワイトを素体として勇者を魂ごと合成させるということだ。
人体実験並みの禁忌である。
けれどそれを為そうとしているのは、消えて無くなる側の勇者だ。
これが成功されてしまっては、今まで呪い続けた事は無駄になり、更に呪いが効きにくくなったラフィエル=スノウホワイトを最初から呪わなければならない。
悪魔が激高するのも当然である。
けれど、勇者は止まらない。
「独り善がりでも良いよ。それでも彼女を救うと決めたから」
自分が最期に救うには、勿体ないくらいの人だけれど。
それでも自分の命を捧げて、彼女の命を繋げることが出来るなら、それでいいんだ。
勇者には悪魔の複雑な事情は分かっていないが、ラフィエル=スノウホワイトの命が尽きかけている……それだけは分かっていた。
だからこそ、勇者は戦うのだ。
悪魔の胸を勇者の腕の付け根まで貫いて、一気に引き抜く。聖人へと至り、一時的な強化ブーストがかけられた勇者を、悪魔はしのぐ事が出来なかったのだ。
「勇者……貴様だけは、絶対に、後悔させてくれる……!」
怨嗟の籠もった一言を最後に告げて、悪魔の意識もラフィエル=スノウホワイト同様に闇へと落ちる。
ふらりと地面へと倒れそうになったラフィエル=スノウホワイトの身体を抱き留め、勇者はゆっくりとその場に座り込む。
教会の床は汚れ、壁や天井などは悲惨すぎて目も当てられないが……勇者の表情は、晴れやかだった。
「ユニークスキル『
勇者の言葉によって、二つのスキルは連動し、主の願いを叶えるために動き始める。
彼女の怪我は『
そのため、勇者かラフィエル=スノウホワイトのどちらか一方を『
主の意向により、完治させる者はラフィエル=スノウホワイトに定まる。
そして、ラフィエル=スノウホワイトの怪我は瞬く間に塞がっていく。
ぼろ雑巾のようになった勇者は、眠るラフィエル=スノウホワイトの首に腕を絡めて、抱き締める。
白く柔らかな頰に頬ずりし、勇者は幸せそうに微笑んだ。
「ずっと、僕はキミのそばにいる」
そう呟いて、最期の仕上げに入った。
『
だが、まあ、それは『
ラフィエル=スノウホワイトを救うため、という大義名分のもと、『
救うためならば、命も魂すらも生贄にして、勇者はラフィエル=スノウホワイトの中へと吸収され馴染んでいった。
勇者と魔王は、一つの生命として産声を上げる。
しかし――勇者の意識は魔王の意識に塗り潰され、消えてなくなってしまったのだ。
《告。ユニークスキル『
第27話 そして、その後に
オレの教会が……(呆然)
「キミといられるのなら、幸せだから」
オリ主「あの野郎、教会ぶっ壊して逃亡しやがった!」
勇者はラフィエル君に怨敵として認識されました。
むしろ命の恩人なんだから、感謝するべきなんだけれども? 流石ラフィエル君フラグを折っていくスタイル。
現在(過去)のステータス
name:ラフィエル=スノウホワイト
skill:ユニークスキル『
ユニークスキル『
ユニークスキル『
ユニークスキル『
secret:『悪魔契約』
『悪魔共存』
『禁忌の代償』
備考:この事で、勇者嫌いが加速した。