病弱聖女と魔王の微睡み ー転スラ二次創作ー 作:昼寝してる人
第74.5話 勇者の宣誓
その日、久方振りにギャルドは夢を見た。
何処までも広がる草原と、地平線まで伸び続ける青い青い空。一筋吹いた爽やかな風が髪を揺らして、彼を優しく起こした。
ゆっくりと瞼を持ち上げたギャルドは、その世界を目にして欠伸を噛み殺して起き上がる。近くの岩に腰を下ろして目を閉じたまま動かないラフィエル=スノウホワイトの姿をした元勇者に、ギャルドは近付いた。
元勇者の3歩手前で立ち止まったギャルドは、元勇者がぱちりと目を開いて自分を認識するのを待った。
数分後、ギャルドの予想通り、元勇者はゆるりと青い瞳を晒し、彼を見上げた。
「僕がキミと話すのは、これで最後だ」
「え?」
ギャルドと元勇者は、挨拶を交わすような、そんな間柄ではない。しかし、このように突拍子もないことを言われるのは初めてだった。
困惑するギャルドに、元勇者は大きく溜息を吐いた。
「キミのような単純馬鹿に彼女を託すのは業腹だけど、仕方が無い。これ以上僕という残留思念を形を成したまま留め置くのは、彼女に影響を与えすぎる。キミを助けた時のようにわざと与えた影響もあるけれど、ね」
「え? は? 残留思念……?」
「その名の通りだよ。僕はかつて勇者であった僕が残した意思が形を生したもの。勇者であった僕は、既にラフィエル=スノウホワイトに取り込まれている」
――まあ、こんなのは前座みたいなものだ。
元勇者はそう告げると、とんとんと自分の頭を人差し指で突いた。
「さて、キミの小さい脳みそに今から沢山の情報を突っ込むんだ。さっさと落ち着くように」
煽るような言い草にギャルドはムッとして顔を顰める。しかし、聞かない訳にもいかない。元勇者が彼をここに呼ぶ時は、必ずラフィエル=スノウホワイトが関係しているのだから。
深呼吸して、ギャルドは元勇者の件はさらりと流す事にする。何だかんだ会っているものの、元勇者はラフィエル=スノウホワイト以外眼中に無い。ギャルドのことをラフィエル=スノウホワイトを救う駒としか見ていないことは、分かっていた。だからこそ、ギャルドは元勇者が消えるという事になんの感慨もなくとは言えないが、そこまで心を痛めなかった。
「――よろしい。では続けよう。いいか、ギャルド。ここまでは、全て分かりきっていたことだ」
「分かり、きって……?」
「キミにもわかりやすく言ってやろう」
元勇者は、ギャルドの理解力に呆れつつ、その言葉を紡いだ。
「ラフィエル=スノウホワイトとキミがジスターヴの遺跡で体験した出来事。すべてが、最初から僕が知っている未来だった。そういう事だよ」
ギャルドは、頭が真っ白になった。
知っていた。何を? すべてを。何もかもを知っていて、元勇者はあえて言わなかった。ただ助言のような何かを紡ぐだけで……いや、助言ではなかったのだろう。
元勇者が、知っている通りに、ここまでくるように、そう仕向けたのだ。
ラフィエル=スノウホワイトに懐疑と恐怖を抱いた、忠臣になれていない、何も知らぬギャルドを、利用して。
「どう、して……」
「聞こうか。言ってごらん」
まるで、何とも思っていないような、振る舞いに。
我慢しようとしていたギャルドの感情は、堰を切ったように溢れ出した。
「どうして! 平気でいられるんだ!? ラフィエル様は、ラフィエル様は――一歩間違えれば」
「死んでいた。おまえなんかに言われなくたって、分かってる」
「なら、何故だ! ラフィエル様を一番大切にしていたのは、お前だろう!?」
「だからこそだよ、ギャルド」
おまえは何も分かってないから、教えてやろう。
元勇者は吐き捨てるようにそう言って、ギャルドを見下した。元勇者に睥睨されて、ギャルドは息を飲む。冷たい怒りは、ギャルドの背筋を凍らせた。
岩の上から腰を上げて立ち上がった元勇者は、ギャルドの胸ぐらを掴んで、彼の真っ赤な瞳と目を合わせた。
「この未来じゃなきゃ、ラフィエル=スノウホワイトは生き残れない。あの道を辿らないと、ラフィエル=スノウホワイトは必ずあの場所あの時、命を落としていたんだ」
ラフィエル=スノウホワイトが辛い思いをしたのは知っているし、分かっている。それでもこうしなきゃ彼女は今、息をしていないのだ。
それを理解してなお、おまえはあの過去を否定するのか。
元勇者の号哭に、ギャルドは返す言葉が出なかった。
ぼろぼろと零れ落ちる雫は、後悔と懺悔、そして無力感に満ちていた。それでも、選ばざるをえなかったのだと、嫌でも理解する。
それ程までに、ラフィエル=スノウホワイトという存在は、元勇者にとって大きいものだったのだ。残留思念であるそれが、ここまで感情を露わにする程に。
「いいか、ギャルド。僕はもう消える。だから、今度はおまえの番だ」
「俺の、番……?」
オウム返しをするギャルドに、元勇者は頷く。
乱暴に目元を拭い、元勇者は強い眼差しでギャルドを射抜いた。
「今まではただの、定められた未来。だが、これからは違う。これからが、正念場だ」
「これからは、今までと違うのか?」
「そうだ。ここまでの大筋は、どの分岐した未来でも同じ事だった。だが、これからは違う。ここからは、大筋なんてものはない。無数にある選択肢から正解を選び続けなければならない」
もう、未来予知なんて、未来予想なんて、出来はしない。『
真っ暗闇を手探りで進むような、そんな今を、生きなければ。
「僕はラフィエル=スノウホワイトに救われた。おまえもそうだろう、ギャルド。それならば、」
元勇者は、はっきりと告げた。そうするのが当然のように、告げたのだった。
「ラフィエル=スノウホワイトのために、死ね」
第74話 悪魔の誘惑
ギャルドが元勇者の言葉に絶句していると、景色がまるでゲームのバグのように歪み始めた。舌打ちした元勇者が、ギャルドに向かって叫ぶ。
「悪魔の言い分には耳を貸すな!」
その言葉が届くと同時に、ギャルドのいる世界は反転した。足は空に着き、上には地面が広がる。ただし空は夕暮れに染まり、草原は枯れて荒れ果てている。
元勇者がいた時とは真逆の世界にギャルドは身震いする。
「まったく、手こずらせてくれる」
「ッ! 悪魔――!」
背後から聞こえた声に、ギャルドは身構えて振り返った。
そこにいたのは、美しくも邪悪な少女だった。純白の穢れなきその姿は、ラフィエル=スノウホワイトと何一つ変わらない。ただ、柔和な光を灯す青い瞳とは全く異なる、背筋の凍るような禍々しい赤い瞳だけが、爛々と輝いていた。
ギャルドは、一歩後ずさる。
一度相対して気圧され、圧倒的な力を目にした時の事が色濃く蘇って、気後れする。してしまう。
「そう警戒するな。今回はただ、忠告に来てやっただけだ」
そんなギャルドを見て、悪魔は蠱惑的に笑った。
瞬きの間に距離を詰められ、ぎょっとするギャルドの両手を彼の背中で拘束する。拘束に使わなかった右手でギャルドの頬を撫で、悪魔は耳元で囁いた。
「どうして、あの忌々しい"聖歌者"は死ななかったと思う?」
「何をッ……!」
「ああ、勘違いするなよ。開国祭の話だ」
「か、開国祭?」
悪魔は笑う。抵抗していたギャルドの力が僅かに緩む。一体なんの事だと、その顔が物語っている。
そうだろう、そうだろうとも。
ギャルドという人間は、まるでラフィエル=スノウホワイトのことを知らない。無知というのは、恐ろしいものだ。
「忌々しい聖歌者は、愉快な事に開国祭で――マリアベルといったか、あの娘に毒を盛られている」
「…………は!?」
寝耳に水とはまさにこの事か。
ギャルドは素っ頓狂な声を上げて、悪魔を見上げた。悪魔は邪悪な笑みを浮かべ、彼の耳を食むようにして再度繰り返した。何故だと思う? ……と。
「な、ぜ……? それは、ラフィエル様が治癒の術を使ったのでは」
「聖歌者の癒しの歌は、本人に効果はない」
「な、なら! 魔王リムルから
「帰って間も無い頃に、か? お前が知っての通り、奴からそれを贈られたのは教会に戻ってからだろう」
ギャルドが思いつく答えを、悉く論破していく。にやにやと笑み深める悪魔に、ギャルドは嫌な予感が止まらない。
答えなければ。思いつく限り。
しかしそれでも、思いついて口にした瞬間に悪魔によって形をなさなくなる。答えも尽きたところで、悪魔は意地悪く笑って口を開いた。
「答えは簡単なことだ。交わした契約は、あの聖歌者が命の危機に瀕した時、悪魔はその体の主導権を奪える。傷だらけでは使い勝手が悪いだろう? あの身体を奪う時、怪我は全て治癒される。そうなっている。瞬時に快癒するのは、それ以外に有り得ない」
「だ、だが……そうなれば、ラフィエル様の意識は消え、お前が出てくるはずだろう! ジスターヴの遺跡のように!」
「次の瞬間に死ぬ、というような事であればな」
悪魔の言葉に、ギャルドは思考するも答えに辿り着かない。しかしそれもまた、当然のこと。
だからこそ、わざわざ悪魔が出張ってきたのだから。 石ころに躓くのも面倒だと、念の為に。
「あの忌々しい聖歌者は、契約を書き換えるつもりだ。今も尚書き換え続けているといえる。だからこそ、死ぬ程ではない時に一時的に身体の主導権をこちらに渡し、すぐに奪い返せた。ただ毒を解毒するためだけに。――誰もが恐れるこの悪魔を良いように使う、イかれた女め」
今に見ていろと、悪魔が低い声に殺意を載せる。
その言葉に、ギャルドは震える。ラフィエル=スノウホワイトを相手に、そんな事を言う者はいなかったからだ。否、マリアベルだけは違ったが――。
憎々しげに空を、恐らくラフィエル=スノウホワイトを睨んで、悪魔はギャルドに、視線を戻す。
「ジスターヴの遺跡もそうだ。貴様が聖書なぞを投げたせいで、完全に沈黙していた聖歌者の意識が覚醒し主導権を奪われた。魔王ミリム・ナーヴァの攻撃を避けるために異空間へ逃げ込み、負った傷は毒と同じように治療した」
怨みを込められた、その強い眼差しに、ギャルドは後ずさる。しかし自身の背中で両手を拘束している相手から逃れる事など、出来はしない。
悪魔は哀れな者を見る目で、ギャルドを見下した。
「救われた恩があるだけで、あの忌々しい聖歌者に忠を誓うのか?」
するりと頬を撫でて、その美しい顏で誘うようにギャルドの耳に息を吹きかける。悪魔は、青い顔で固まるギャルドを抱きしめて、優しく声をかけた。
「酷く悪辣でずる賢く、契約を破り捨てる様な真似をする。そんな女だ、お前が忠を誓おうとしているのは」
歪みきった笑みを浮かべ、悪魔は馬鹿にするように目を細め、耳元に囁いた。
「ラフィエル=スノウホワイトは、本当にお前が命を懸けて報いる程の人間か?」
――裏切ってしまえ。
悪魔の囁きに、ギャルドは言葉を紡ぐことは出来なかった。
これで一段落。
次回作アンケートなんですが四作品のうち二つだけ短編だしてるのアレかなと思ったので他二作も短編投稿しました。参考程度に。