病弱聖女と魔王の微睡み ー転スラ二次創作ー 作:昼寝してる人
とある聖歌隊のはなし
第75話 とある聖歌隊のはなし
聖歌隊とは、聖なる歌を奏でて悪魔を殺す、美しい少年少女が所属する対悪魔の部隊である。
彼等彼女等は、天使の名前を持っている。慈愛溢れる、弱者を庇護する天使の加護と名前を授かって生まれるのが、聖歌隊にいる者達なのだ。
例えば、ガヴリエル・アヴェルス。
彼女は今の聖歌隊のリーダー的存在である。
白に雨色が少し入ったような、美しい空色の髪をしている。青く、光の加減によっては銀色に輝く神秘的な髪は、風に吹かれると海のようにきらめくのだ。
そんな彼女と同じ、否、違うか。
深い青色の、海のような空のような、優しい印象を抱く穏やかな瞳を持つ彼は、彼女に憧れ尊敬していた。
ガヴリエルの凛とした金色の瞳は、何時だって前を向いている。
終わらない戦いに弱音を吐くこともせず、彼女の瞳は何時だって輝いていて、必ず明るい未来があるのだと信じきった真摯な眼差しに、誰もが感化されるのだ。
それは、彼も同じだった。
明日じゃなくても、一月後には。一月後じゃなくても、1年後には。1年後じゃなくても、10年後には。私達の代じゃなくても、いつか私達の子孫達が。
必ず、悪魔のいない平穏な日々を取り戻してくれる。
そう信じて、生きてきた。
だからこそ仲間達と笑いあって、後悔のない日々を噛み締めて、悪魔に蹂躙され続ける今を生きてきた。
これは、彼――白雪の名を冠する天使の、物語だ。
「ラフィー、こっちにおいで」
「先輩?」
手招きするガヴリエルに、ラフィーと呼ばれた少年はキョトンとした顔を見せた。しぃ、と唇に人差し指を当てたガヴリエルは、少年の手を掴んで物陰へと誘った。
とてとてと不思議そうな面持ちでガヴリエルに着いて行った少年は、そこにあるものにパァッと顔を輝かせた。
「どう? どうですか? 神父様にお願いしてラベンダーの種を頂いたのよ。上手に出来たから、ラフィーには特別にこっそりお披露目です」
きらきらと期待に輝く金色の瞳が、雄弁に褒めろと語っている。少年の目の前には、小さな花壇に植えられたラベンダーがぐんと上を向いた姿勢で立っていた。
少年の好みで、どこか眠気を誘うその香りに、彼の瞳は尊敬と賞賛に輝いた。
「すごいです! こんなにいい香り……ラベンダー、ですか? すごく好きです!」
「そうでしょう、そうでしょう! ラフィーはハーブ入りのクッキーが好きだもの。ラベンダーだって気に入ると思っていました!」
にっこりと笑い、ガヴリエルはふふんと胸を張る。後輩からの素直な賞賛にすっかり気を良くした彼女は、ラベンダーをいくつか手折り、それを少年に手渡した。
ぱちぱちと目を瞬かせて、少年はガヴリエルを見上げる。
「……頂いてもいいのですか?」
「勿論です。ただ、そのままでは直に枯れてしまうの。香りもなくなるでしょう。ですから、神父様のもとへ向かってその知恵をお借りしに行くのですよ」
「確かに、神父様なら枯らさない方法を知っているかもしれません」
「むっ。私だって知っています! ただ、知識があるだけで実際どうするのかは分からないので神父様のところに行くだけよ。貴方の物知りなガヴリエル先輩は、知識が豊富なんですから」
いいですね?
そう言うとガヴリエルは、少年をじとりと睨めつけて、腕組みしながらぷんすこ怒って先に進んでしまった。
少年は慌てて彼女の後を追いかけて、不安げにおろおろと彼女を見上げた。何か言葉を出そうとして引っ込める仕草に、ガヴリエルは吹き出してしまう。
「ふふ、大丈夫です。怒ってないわ。一緒に行きましょう、ラフィー」
「は、はい!」
ほっと胸を撫で下ろし、少年は笑顔で差し出された手を取った。お互いににこにこと微笑んだまま、二人はその場所でしばらく時間が止まったように立っていた。
そして唐突にくすくすと笑いあって、手を繋いだまま歩き出した。
教会の扉を開いて、二人はそっと中へ足を踏み入れる。周りを見渡して、この教会の持ち主である神父を探せば、二人と目が合った神父が少し驚いた後に微笑んだ。
走らないように、しかし足早に神父のもとへ向かった二人は手元のラベンダーを神父に見せた。
「これは……私が君にあげたものだね、ガヴリエル」
「はい、そうです。これをラフィーにあげたくて、でもすぐに枯れてしまうでしょう? だから、ドライフラワーというものにするやり方を教えて頂きたくて参りました」
「お願いします、神父様」
真っ直ぐに見上げてくる二人に、神父は目元を柔らげた。
「ふむ。なるほど。餞別というやつだね」
「あっ、神父様、しーっ! まだ内緒です!」
「そうだったのかい。これはしまったね」
「餞別……?」
慌てた様子で神父に言わないでと迫るガヴリエルに、神父も失態を自覚する。ぽかんとした顔でガヴリエルと神父を交互に見つめる少年は、衝撃で上手く頭が回っていなかった。
そんな少年の様子に、ガヴリエルと神父は眉を下げて顔を見合せた。
「先輩は、聖歌隊を辞めるんですか……?」
「いいえ、辞めるのではありません。上級機関に所属が変わるの」
「…………」
きゅっと唇を引き結んで泣きそうな顔をした少年に、ガヴリエルは優しく微笑む。
ガヴリエルは、目の前の少年に懐かれている自覚があった。だからこそ、泣いて縋られることは無いと分かっていた。
引き止めることも、祝いの言葉もなく、少年は彼等に背を向けて走り去って行く。その背に向かって、ガヴリエルは声を張り上げた。
「先に行って待っています! 貴方は自覚がないけれど、とても素晴らしい歌声の持ち主なんです! きっと、また会えます! ――待ってるからちゃんとおいで、ラフィー!」
その声は、彼に届いたのだろうか。
教会の床には、彼が零して行った水滴が、点々と落ちていた。
――1年後。
ガヴリエルにラフィーと呼ばれていた少年は、今や聖歌隊のリーダーとして皆に慕われている。
美しい白銀の髪が、風になびく。糸のように細く柔らかな髪は絡まることなく、するりと彼の頬を撫でた。
きらきらと憧憬に輝く多数の瞳が、少年を見つめている。それに気づいているのかいないのか、少年は両手で小さな袋を持っていた。
その袋からは微かに花の香りがして、眠気を誘う。少年の瞼はそのせいか、半分降りていた。しかしそれすらも絵になっていて、むしろ思慮深く何かを考えているようにも見える。
その匂い袋は、かつて聖歌隊に所属していた少女ガブリエルが手ずから作った物だ。餞別にと神父を経由して渡されたそれを、少年は涙を我慢して受け取った。
「それ、なあに?」
「ん……匂い袋、ですよ。餞別にと、上級機関へ行った先輩に頂いたのです」
「いい香り! ねえ、じゃあ先輩が上級機関に行ったら、餞別に何かください!」
「ミカ……私が上級機関に行ける可能性は少ないのですよ? 年を連続して上級機関に行く天使の例はありませんから」
「先輩が前例を作るのですよぅ」
うふうふと笑う少女に、少年は苦笑する。彼女はミカエル。ガヴリエルが聖歌隊から抜けると同時に入隊した少女である。
彼女はガヴリエルよりも楽観的で、今が楽しければ後先が不幸でも気にしないと公言するタイプの、どちらかというと自堕落な人間だった。ただ、その歌声は特別だ。
少年は、彼女の歌声がガヴリエルと並ぶ程に美しいと思っている。それを伝えた事は無いけれど、ウザ絡みをしても許されると理解したミカエルの遠慮のなさには少し辟易したが。
この日もまた、ウザ絡みしてくるミカエルの現実味の無い会話に、適当に相槌を打っていたのだ。
「…………え?」
「おめでとうじゃないですか。ぱちぱちー」
「ミカ、静かにしてください」
「はぁい。貝のように口を閉じますよ」
少年は神父から、信じ難い言葉を受け取っていた。べたべたと絡んでくるミカエルを好きにさせて、神父に呼び出された少年は教会に向かった。
そして、告げられた――君の上級機関所属が決まった、と。
言葉を失った少年だったが、ミカエルのふざけた言葉に正気に戻る。
「どういう、事ですか? 昨年、先輩が上級機関に所属したというのに、私が上級機関になんて――」
「私が上に掛け合った。ガヴリエルもそうだったが、君の歌声は素晴らしい。聖歌隊の任期を終えて悪魔殺しを辞めてしまうのは実に惜しいとね」
パチリと茶目っ気溢れるウインクを飛ばした神父に、少年は泣きそうな顔を見せた。
「心優しき雨の天使に会ってくるといい。美しき白雪の天使よ」
ああ、それと食事をきちんと摂るように彼女に伝えておいて欲しい。ここにいた時から、何かに集中すると食を疎かにしがちだったからね。勿論君も、健康に過ごすように。
なんて最後に茶化して、神父は少年を背中を押した。
「――君達に天使の祝福があらんことを」
背中ごしに、祝福と賛辞の歌を奏でる、後輩の美しい声が聞こえた。