ヤンレズ攻略RTA   作:蚕豆かいこ

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おかえり! ご飯にする? お風呂にする? それとも……

「あ、おかえり。お仕事たいへんだったでしょ。いまちょうどゴハンできるところなの」

 

 マキが仕事から終電で自宅のアパートに帰ると、彼女がキッチンに立っていた。仕事モードが解除できずに強ばっていた全身の筋肉がとろけていくような、安らぎを覚えるにおい。家庭があって自分の帰りをだれかが待っていてくれる生活とはこういうものなのだろうか。

 

「お味噌汁は赤味噌でお豆腐とわかめが好きなんだよね? こっちはひじきと小松菜の甘辛そぼろ。ピリッとするから食が進むと思うんだ。お野菜はベーコンとレタスのシーザーサラダだよ。マキさんの好きなポーチドエッグも乗せてあるからね。メインはガーリック醤油チキン。疲労回復には鶏肉がいいんだって。ちょっと味を濃いめにしてあるから、箸休めにタコときゅうりの酢の物も用意してみました!」

 

 エプロン姿の彼女は花がこぼれるような笑顔で皿を並べた。いつもは侘しいローテーブルが極彩色に輝いた。

 

「さきに手を洗ってね。お風呂も沸かしてあるから。いつもゴハンのあとにお風呂でしょ?」

 

 かいがいしく世話をする彼女に、マキは上着を脱ぎながら尋ねた。

 

「で、あなた、だれ?」

 

 彼女が笑顔のままプラスチックで固められたように止まった。まばたきもせずにマキを直視しつづける。マキは一人暮らしである。管理人のおばさん以外に合鍵を持っているような相手もいない。

 

「だれって」彼女は吹き出した。「そっかぁ。ずーっと見てるばかりだったから、マキさんとじかに会うのははじめてだった。じゃああらためまして。わたしは夕霧美奈子。美奈子って呼んでね」

 

 美奈子の唇が発情した刺胞動物のようにうごめいた。「マキさんのぉ、ストーカーです」

 

「ストーカー!」

 

「はい。183日前にツイッターで見かけたときからずっとずっとストーキングしてました。マキさんがアップしてた空の写真のお天気とか、写りこんでる飛行機雲の角度とか、写真のexif情報とか、地震があったとか火事があったとかのツイートとか、地上波のアニメの感想とか、そういうのからこのお部屋を特定したんです! もうマキさんのことが頭から離れません。マキさんの実家のご住所も生年月日も通われてた学校も入浴剤の好みもぜんぶ知ってます。きょうは思いきってマキさんのお家にお邪魔させていただきました」

 

 美奈子は、もし気味悪がられて通報でもされたらこの部屋でいますぐ自害しようと思っていた。マキに拒絶されては生きていけない。きょうは美奈子にとって勝負の日だった。

 

 マキは震える手で美奈子を指さした。美奈子は覚悟を決めた。

 

「つまり、美奈子ちゃんは、あたしのことが好きってわけだ!」

 

「え、まあ、はい、そうなりますね」

 

「そっかあ! こんなかわいい子がねえ! ならいいや!」

 

 大笑いしながらマキはスーツを脱ぎ、下着姿になった。のみならず、あまりに自然な所作で背中に手を回し、ブラジャーのホックを外しにかかる。

 

 あわてて美奈子が止めた。

 

「なにやってるんですか、帰ってすぐ裸族になる習慣なんかないじゃないですか」

 

「だって、あたしのストーカーなんでしょ?」

 

「は、はい」

 

「あたしのことが好きなんでしょ?」

 

「はい」

 

「よし。じゃあセックスしよう! だーいじょーぶ女どうしとはいえやるこたぁたぶん変わんない」

 

「いろいろすっ飛ばしすぎです! 真珠湾より前にポツダム宣言受諾してどうするんですか! 初対面のストーカーですよわたし」

 

 美奈子は半裸族のマキの手を押さえた。「えー」とマキが口を尖らせる。素肌を露出しているマキからは、美奈子がいままでストーキングしていたときにはどうしても取得することのできなかった情報であるマキ自身の匂いがほのかに立ち昇っていた。美奈子は自らの顔が熱くなるのを感じた。事実として耳まで赤くなっている。

 

 ふいに、マキが美奈子を抱きしめた。

 

「あー、美奈子ちゃん、いい匂いするねえ」

 

 身長差から美奈子の頭頂部に顔を押しつけたマキが思いっきり深呼吸する。「すげー落ち着くー」

 

 はっと我に返った美奈子は腕をつっぱってマキと身体を離した。「と、とにかく、ゴハン冷めちゃいますから」

 

 マキは半裸のまま狭い部屋のなかを移動して席についた。とりあえず箸をつける。

 

 マキは目を見開いた。

 

「うまい!」

 

「よかったぁ。好みはいちおう把握してたんですけど、やっぱり緊張するね」

 

「無限に食えるわこれ。ほんとにあたしのストーカーなんだ」

 

「もちろん」

 

 夢中になって手料理にがっつくマキの姿に、美奈子自身も幸福な顔とならずにはいられなかった。

 

「ところで、この部屋にはどうやって入ったの」

 

 ガーリックチキンと五穀米をかきこんで、追いかけるように熱い味噌汁をすするマキが思い出して尋ねた。

 

「管理会社の社員が、保安検査のためとかいって、鍵を見にきませんでした?」

 

 マキは記憶をさぐった。たしかに美奈子のいうとおりだった。1週間くらい前、なんか真新しいツナギを着て帽子をかぶった女性が来て「登録時と鍵をお変えになったりしていないか確認させていただけますか」というので鍵を見せたのだ。

 

「あれ、わたし」美奈子にマキは、へー、と思った。「鍵っていうのは、シリアル番号とメーカーがわかれば現物がなくても合鍵をネット注文できるんですよ。だめですよマキさん、人にほいほい鍵見せたりなんかしちゃ。ツイートにしても、わたしだったからよかったですけど、もしわるいストーカーだったら、不法侵入されちゃいますよ」

 

 不法侵入しているストーカーにたしなめられた。

 

「大丈夫だよ」

 

 マキに美奈子は首をかしげた。マキは流し目となった。

 

「おかげで、こんな素敵なストーカーが入ってきてくれたんだから」

 

 美奈子はどぎまぎするばかりで、まともにマキの顔を見られなくなって、しばらくうつむいてやりすごした。

 

 落ち着いてからふとマキを見やって、異変に気づいた。食事をしながらマキが涙を流していたのだ。

 

「ど、どうしたんですか、嫌いなものは出してないはずですが」

 

「いやさ」マキは笑いながら涙をぬぐった。「いままでさ、あたしにここまで興味もってくれる人いなかったんだあ。それをさあ、ここまであたしのこと考えてくれてさあ、手料理つくってくれてさあ、実際うまいしさあ。来る日も来る日も出来合いのもんばっかりだったからよけいに来るってのもあるんだろうけど、それでもさあ、やっぱ、あたしのためだけに作ってくれたっていうのはさあ、味以上に刺さるもんがあるんだあ」

 

 うら若き乙女が鼻水をすすりながら食べる姿は醜いことこの上ないが、美奈子も思わずもらい泣きしそうになった。遠慮せずにもっと早く押しかけるべきだったかもしれない。

 

 マキが泣きながら美奈子に振り向いた。

 

「やっぱり、セックスしよう」

 

「え、その、そういうのはもっとほらデートとかしたりお互いのことをよく知ったり」

 

「美奈子はあたしのことよく知ってるでしょ?」

 

「それだけはだれにも負けない自信が」

 

「じゃあしよう! ゴハンが終わったらあたしが皿洗いやるからそのあとしよう!」

 

「後片付けはわたしがしますから、マキさんはお風呂入っててください」

 

「あ! そっか! 風呂も入らずにセックスなんてできないよね!」

 

「いやそういう意味では……むしろわたしは入浴前のほうが……」

 

「なんなら一緒に入ろう! 狭いけど!」

 

「あ、あれ? わたしきょうはゴハン食べてもらってあわよくば来週もゴハン作りにくる約束とりつけるかさもなくば死ぬって予定だったんですけど……」

 

「美奈子ちゃんはあたしとセックスしたくないの?」

 

「したいです!」

 

「よっしゃあ!」

 

 した。

 

  ◇

 

 後日。

 仕事から帰った美奈子は真っ先にPCを起動した。前々からマキの部屋に仕掛けておいた監視カメラの映像を堪能するためだ。カメラのことはマキには明かしていない。さすがに「全部見てるんだぁ」とは言い出せなかった。だがいまや美奈子はマキのライブ映像からあした仕事に行くぶんの精神力を補給している状態だった。罪悪感と背徳感によだれを垂らしながら美奈子は液晶画面にかじりついた。

 

 画面のなかには、おなじような時刻に帰宅していたらしいマキの、一人であるがゆえのごく自然なふるまいがあった。もちろんリアルタイムだ。いまこの瞬間のマキの姿なのだと思うと、鼻の奥がツーンとして、目頭が熱くなり、こみあげてくるものがある。

 

「あ! そうだ!」

 

 液晶の向こうでマキがすっとんきょうな声をあげた。

 

「美奈子ちゃん、来週また来てくれるんなら、日曜の午前とかどうかな。どっかさ、二人でお出かけしようよ」

 

 ばれていた。

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