ヤンレズ攻略RTA   作:蚕豆かいこ

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お義父さん、娘さんをわたしに、ください!

 説明しよう! 夕霧美奈子はマキのSNSをあまさずチェックして自宅を特定し、無断で合鍵まで作製したストーカーである! 平日に有給休暇をとってはマキの留守中に勝手に侵入し、部屋とトイレと浴室を掃除して作りおきできるおかずを冷蔵庫に忍ばせて帰るのだ!

 

「美奈子ちゃん、ありがたいことこの上ないんだけど、貴重な休みを使ってまでやんなくていいからね? 休日ってのは自分のために使わないと……」

 

「マキさんがわたしの生きがいなんです! ほかの人たちがお休みの日に趣味で癒されるようにわたしはマキさんのお世話で癒されてるんです! 有給使うのもそうでもしないと週末までもたないからなんです!」

 

 つまりwin-winの関係だと美奈子は譲らない。

 

 そして今週の土曜日も、マキが朝に突如として上司に呼び出されて休日出勤して終電で帰ると、美奈子が勝手に夕食を作って待っていた。ドアが開くなりぱたぱたとスリッパで玄関まで迎える。

 

「おかえり! 土曜なのにこんな時間までお仕事してたいへんでしたねぇ」

 

 美奈子はあたりまえのようにバッグを受け取りながら、大輪の薔薇のような笑顔を咲かせた。

 

「ただいま」マキもあたりまえのように荷物を預けた。「おかえりっていってくれる人がいる生活って、いいなあ!」

 

 社会に出て7年、独り暮らしのアラサー女にとって、灯りのついた家に帰るのも、「ただいま」も「おかえり」も、子供のころの思い出にしか存在しない遠い世界のシャングリ・ラなのである。

 

「そうですか? じゃあ……」

 

 美奈子はたたずまいを直して、マキのバッグを両手で提げ、小さな顔を傾けてにっこりほほえみ、

 

「おかえりなさい、マキさん」

 

 美奈子(ストーカー)から後光が差していた。

 

「ただいま」

 

「はい、おかえりなさい」

 

「ただいま」

 

「おかえりなさい」

 

 何度かそのやりとりを繰り返しているうち、マキが唐突に茫沱と涙を流して、美奈子を抱き寄せた。

 

「どうしたんですか、なにか嫌なことでもあったんですか、もし痴漢にあったとかだれかにつきまとわれてるならわたしがそいつをこの世から……」

 

「いやあ、こんな夜遅くまで待っててくれてゴハンまで用意してくれるとか、ぶっちゃけこれよりありがたいことはこの世にないよねーって」

 

 美奈子の甘い体臭を胸いっぱいに吸いこむ。大きすぎないおっぱいの弾力が心地いい。マキは至福の表情を浮かべた。

 

「あぁああ癒されるぅぅ生きてることが許される気がするぅぅぅ」

 

「生きてていいんですよぉマキさん。マキさんがいないと生きていけない人間がここにいますからねぇ。マキさんは生きてるだけでもわたしを幸せにできるすごい女性なんですよぉ。つらいことも嫌なことも、ぜーんぶわたしに吐き出してくださいねぇ」

 

 ストーカーに頭を撫でられ慰められてマキは幼子のように嗚咽した。

 

「きょうはお昼からなんにも食べてないんですよね。いちおう晩ゴハン作っといたんですけど、多かったら残していいですからね」

 

 マキには自分の食事を逐一ツイートする癖がある。外食や社食でも写真つきで投稿してしまう。それも美奈子がマキの住所を特定する手がかりとなったのだ。

 

「きょうのメニューは、24日前にマキさんが食べたいってツイートしてた肉豆腐ですよぉ」

 

「あたしそんなツイートしたっけ」

 

「してましたよ。たった一行だけの“肉豆腐くいてー”って」

 

 本人ですら覚えてないひとりごとを覚えている。そして蓄積情報として手料理というかたちで反映する。マキは美奈子を抱きしめたまま何度もほおずりした。

 

 美奈子の指導のもとちゃんとハンドソープで手を洗ってから食卓についた。

 

「多かったら残していいですからね」

 

 一人用の土鍋では、つゆの染み込んでいることが一目でわかる豆腐が恥じらうようにぷるぷる震える。そのとなりで艶のある牛肉が(けん)を競う。なかばとろけた長ねぎが緑を添える。湯気が空き腹に暴力的なまでに芳しい香りを運んでくる。

 お茶碗には炊きたての白ご飯が新雪の輝きでマキを待っていた。れんこんとごぼうとにんじんのごまサラダが和みをもたらす。お椀にはふわふわ卵とわかめのスープが黄金の雲を浮かべている。

 

「いやこれは、どう考えても」

 

 置かれていく皿にマキがたじろぐ。美奈子は、ああ、やっぱり押しつけがましかったかな、と反省する。

 

 だが、

 

「全部食べちゃうでしょフツー。絶対おいしいやつじゃん。もういただいちゃってもいい?」

 

 それを聞いて美奈子の顔が輝いた。

 

「もちろんです! マキさんのためだけに作ったんですから!」

 

 いただきます、と合掌してから、豆腐を箸でひとくちサイズに切り分け、それに肉を乗せて口に入れる。舌の上に衝撃がひろがる。

 

「うんまい! お肉のうまみに、お出汁のきいたおつゆ! 豆腐のなかまで味がしみててしかもスが入ってない! 味がしっかりしてるからご飯が進む! こっちのサラダはお野菜がシャキシャキしてて肉豆腐と対比になってて相性抜群! ごまの風味が香ばしい! れんこんが糸をひくくらい新鮮! にんじんにエグみがぜんぜんないどころか、ほのかに甘い! どうして!」

 

「切り方にこつがあるんですよぉ。にんじんは繊維の方向に対して横に切ると甘くなるんです。マキさんはトマトが嫌いだから赤はにんじんにしてみました」

 

「すごい! じゃあこっちの卵のスープは……あぁ、やさしい。やさしい味だよこれ。舌が休むから、うん、やっぱり、肉豆腐がまたひとくち目の感動を取り戻しちゃうよ。なにこれ無限ループできるじゃん」

 

 などと、いちいちおいしい、おいしいと感激しながら箸を進める。それを美奈子がにこにこして見守る。

 

「すごいなあ、美奈子ちゃんは」がつがつ食べていたマキがぽつりとこぼした。「いつも身綺麗にしてるし、いつの間にか部屋を掃除してくれてるし、料理だってこんなにうまいしさ。すげーなって思うよ。あたしなんか見てのとおり女子力のかけらもないし」

 

「そんなことないですよ! マキさんがあまりお出かけ用の服をもってないのも、髪にコシがないのも、お料理できないのも、それだけお仕事に打ち込んできたからだって知ってるもん。そんなマキさんがわたしは大好きです」

 

 マキは泣いた。

 

「でも、こうしてわたしの手料理食べてるマキさんすてき」

 

 泣きながら食べるマキに、美奈子が妖しい笑みを漂わせた。

 

「わたしが作ったお料理がマキさんの体内に入って、マキさんの一部になるんです。これってもう実質セックスですよね?」

 

「わかった! 朝まで本物のセックスもしよう!」

 

 美奈子はたじろいだ。

 

「え、そ、そんな、急に……」

 

「あしたは休みだからさ、どこにも行かずに1日じゅう一緒にだらだらしてたいな、みーちゃんさえよければ」

 

「み、みーちゃん?」

 

「前からそう呼んでみたかったんだけど」卵のスープをすすりながらマキは上目遣いをした。「だめ、かな」

 

「だめじゃないですオッケーです最高ですわたしはみーちゃんです」

 

「やった。あしたはみーちゃんとふたりっきりだ」

 

 心の底から楽しそうなマキに、美奈子の瞳にかすかな暗雲がよぎった。

 

「マキさんて、恋愛経験とかは……」

 

「男が3人。どれも長続きしませんでした! あたしはだめな女だなあ!」

 

「その男の人たちの見る目がなかったんですよ。で、その……」

 

「へ?」

 

「いままで女性とは……」

 

「なかったねえ! みーちゃんがはじめて! セックスできちゃうもんなんだね!」

 

「そ、そうなんですか」

 

 あからさまにほっとした様子の美奈子に、マキが笑う。「どうしたのよそれが」

 

「いえその、わたしも自分が重い女だって自覚はあるんですよ。マキさん、わたしみたいな女を気持ち悪がったりしないし、エッチもさせてもらって、まだこんなふうに一緒にいてくれるなんて言ってくれて、幸せです、本当に幸せなんですけど、優しすぎるっていうか、わたし以外の女にもこんなに優しくするのかなあとか、不安になっちゃって」

 

 言葉が迷走する美奈子があわてて両手を振って打ち消そうとする。「ごめんなさい、こんなこと言い出して。気持ち悪いですよね……」

 

 マキが茶碗を置いて正座した。挙手をするやいなや、

 

「あたしよりあたしのこと知ってるみーちゃんにしつもーん!」

 

 美奈子も驚いて顔をあげた。マキは真剣だった。

 

「あたしは相手がだれでも好きになったりまんこを舐めたりするような女なんでしょーか!」

 

「マキさんはそんなヘリウムみたいに軽い女じゃないです!」

 

 反射的に叫んで、美奈子ははっとした。マキも口元をゆるめて手をおろした。

 

「でしょ? あたしはこんなだけどさ、みーちゃんが好きになってくれたマキって女を、ちょっとでいいから信じてあげてよ」

 

 今度は美奈子が泣いた。解決である。

 

「でもさあ、みーちゃんもかわいいなあ」マキがちょっかいを出す。「やきもち焼いてくれたんだあ?」

 

「そりゃ焼きますよ。本当はわたし以外とはだれとも口をきいてほしくないです。マキさんがほかの人としゃべってるの想像しただけで死にたいです」

 

「それは無理だよ」

 

 マキは断言した。美奈子は、それはそうだろう、としょげかえった。

 

 だがマキは続けた。

 

「それじゃあみーちゃんのご両親に挨拶に行けないじゃん!」

 

「話が進みすぎじゃないですか!?」

 

  ◇

 

 一か月後、マキは美奈子の実家へ出向いた。アパートに迎えにきた美奈子に連れられるまま、列車を乗り継ぎ、飛行機に乗り、またバスと鉄道をつかい、そこからはふたりで詩情あふれる畦道(あぜみち)を歩いているという次第だった。

 

「いつもこんな苦労してるんだね」

 

 言葉にするとマキは涙をこらえきれなかった。

 

「おおげさですよ。マキさんに逢うためですもん」

 

 隣を歩く美奈子が背伸びしてマキの涙を舐めた。

 

「なんかさ、結婚するときに、相手の親に挨拶に行くの、理由とか意味とか考えたこともなかったんだけど、やっとわかった」

 

 マキが照れながらいった。美奈子が続きを促す。

 

 マキは白い歯を覗かせて、田園風景を吹き渡ってきた薫風(くんぷう)のなか、美奈子を見やった。

 

「こんなすてきな人を産んで、育てて、巡り会わせてくれて、ありがとうございますって、お礼をいうためだったんだね」

 

 美奈子はマキの胸にむしゃぶりつくようにして号泣した。

 

 実家では美奈子の父母が首を長くして待っていた。マキは緊張を取り戻した。なにせ自分は女である。ぶん殴られる覚悟は決めてきた。

 

 正月や盆には親戚一同が集まるのであろう広い和室で、大樹から切り出したらしいりっぱな卓を挟み、美奈子の父親と対峙する。緊張につばを呑みこむ。マキは座布団の外にずれてから畳の上に三つ指をついた。

 

「お義父さん。娘さんをわたしに、ください!」

 

 すると傲然と腕を組んでいた父親は、大喝一声、

 

「喜んで!」

 

「あざっす!」

 

 こうしてマキと美奈子は晴れて婦婦(ふうふ)になったのであった。


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