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「あ、楽郎さんこんにちは!」
「おう、こんにちは。こっちが後ろだったのにすぐ気付かれるとは」
日曜日、いつものようにジョギングをしていると前方に見たことのある後ろ姿を見つけたので声をかけようとしたが、隠岐に先回りされてしまった。背後からの気配感じ取れるとか忍者かよ…あ、シャンフロじゃ忍者だったわ。
「この前楽郎さんと一緒に走ったなぁって考えていたのでもしかしたら、って思ったら本当でした!」
いや背後の気配感じ取った理由にはなってないぞ…。というかこの前のことをあまり思い出されてもこっちとしては恥ずかしいんだが…。
「まあいいや、せっかくだしまた一緒に走るか?」
「はい!」
前回同様に並んで走ることとなったわけだが、まるっきり同じというわけではない。そう、俺はあれ以来リアルでの運動量を以前よりも増やしている!人並み程度には鍛えていたつもりだったが、いくら陸上をやっているとはいえ女子中学生相手にああも情けない姿を見せたとあっては気が済まない。いや別に勝負してるわけじゃないけど、これはそう、気分の問題だ。
リアルはゲームのようにすぐさま成長したりはしないが、それでも効果がないわけじゃない。以前よりも呼吸を保てているし、体もまだまだ動く。
「わ、楽郎さん、前よりも速くなってますね!」
「負けっ放してのは性分じゃないんでな。せめて食らいつくぐらいはさせてもらうさ…!」
「そうですか!なら私も負けていられません!」
あれ、なんでお前も勝負してる気になってるの!?いや俺の言い方が悪かったか?くそ、かっこつけた言い回ししたくせに、ついていけないんじゃこの前と変わらない。うぉぉ頑張れ俺の心肺機能………!
「ぜぇー、はぁー…」
「えと、大丈夫ですか…?」
「大丈夫…大丈夫…前より余裕あるから…」
実際に呼吸自体はだいぶ上がってるが、それでも以前のような「もう動けない」と言うほどでもない。ただきついこと自体は変わらないな、今後も運動量は増やしていこう。
しかし、隠岐が珍しく落ち込んだ様子で佇んでいる。どうしたんだこいつ?
「その、私…楽郎さんに無理ばかりさせてないですか?」
「ん?なんのこと?」
「この前も、今日も、私が無理に速いペースで走って楽郎さんに大変な思いをさせていますし…。ゲームだって、私がわがまま言って二人プレイにしてもらいました。もしかしたら、楽しんでるのは私だけなんじゃないかって、そう思っちゃって…」
そう言ってまた表情を暗くさせる隠岐。こいつにとって何か重要なことなんだろうかとも思うが…うーん。
「…ばーか」
「あ痛っ!?で、でこぴんですか!?」
「楽しくなかったら適当な理由つけて抜けてるって、フレに呼ばれたんで部屋抜けますね^^、ってな。全部全力でやってるところを見てきたからな、楽しいと思うことはあってもつまらないなんて思ったりはしねーよ。むしろゲームクリアしたとき名残惜しく思ったくらいだ」
「え…。ほ、ほんとですか?」
「嘘ついて何になるんだよ。まああれだ、まっすぐ突っ走る方がお前らしい。こっちも楽しかったんだから、今までみたいな隠岐でいいんだよ」
「あ…ありがとうございます!私も楽郎さんと一緒だと楽しいので、その、嬉しいです!」
……………
「あれ?楽郎さん、どうかしました?」
「あ、ああ、なんでもないぞなんでも」
「?」
うーん、これ帰ったら瑠美に聞いておいた方がいいかもしれないな…。あーでもあいつ今日バイトだったな、なら瑠美が帰ってきたらだな。
「あ、その、楽郎さん、一つお願いがあるんですけど」
「お願い?」
「はい!私、日曜日は毎週この時間にジョギングしてるんですけど、その…楽郎さんもいつもこの時間なら、これからも一緒に走りませんか!?」
「あーなるほど。いいぞ、さっきも言ったけどこっちも楽しいからな」
「ありがとうございます!えへへ、来週が楽しみです!」
「まだ気が早いだろ…。まあいいや、そろそろ帰るか」
「はい!楽郎さん、お疲れ様です!…それから、ありがとうございました!」
いやお礼はおかしいだろ。って言っても、元気になったみたいだし、まあいいか。
◇
「なあ瑠美、一つ聞きたいことがあるんだがいいか?」
「お兄ちゃんが私に?どうしたの?もしかしてファッションに目覚めた?」
「いや違うから。基本家の中で完結するからジャージで十分だし」
「うーわ。ちょっと妹として恥ずかしいんだけどそれ。というかうちの家族なんでみんなお洒落に無頓着なの?」
「趣味狂いの一族たる陽務家の一員だからな。己の使命に忠実なんだよ…」
「ちょっとかっこよくいってもお兄ちゃんの服装がダサいことは変わらないんだけどね」
顔が悪いわけじゃないから、もう少し気遣うことが出来ればモテると思うんだけどなぁ。それこそ、どういうわけか永遠様と知り合いなんだし、もっとご教授を賜ればいいのに。
「で、聞きたいことって?」
「ああ、隠岐のことなんだがな、あいつって学校で男子から人気あるか?」
「えっ!?!?!?!?!?」
ちょっとまって、今お兄ちゃんなんて言った?紅音が?男子から人気あるか?嘘でしょ、ゲーム狂いで恋愛になんてみじんも興味なさそうなこの兄が…!?
「お兄ちゃん大丈夫!?熱とかない!?」
「いやお前がどうした」
半目になって私を見つめるお兄ちゃん。いけないいけない、あまりにも兄が真人間じみた言動をしたものだから取り乱してしまった。そうだ、冷静にならなければいけない。お兄ちゃんがどういった真意があってこんなことを言い出したのか見極めなくては。
「あーごめん、ちょっと普段のお兄ちゃんからしたらあり得ない言動だったから。それで?どうしてそんなこと言い出したの?」
「お前が普段俺をどう見てるかすごく気になるところだが…まあいいや。
隠岐ってさ、すごい純粋というか、まっすぐすぎるって言うか、圧倒的光属性っていうか、そういうとこがあるだろ?笑うときも邪な心なんて一切感じさせない笑い方するし」
「そうだね、光属性っていうのは聞き慣れないけど、どうやったらあんないい子に育つのかって友達の私から見てもそう思うよ」
「だろ?ただあいつ、俺と接してる様子からして、男子に対して基本的にああいう接し方をしてるんじゃないかと思ってな。下心とかがないのはよく分かってるんだが、アレだと勘違いする男子がいてもおかしくないんじゃないかと思ってな」
「なるほどね、なんだそういうことか」
純粋に心配する気持ちが強そうな感じだなぁ。それはそれで紅音の友人としてはありがたい気遣いなんだけど、ちょっと別の感情を期待しちゃった。
「確かに紅音は男子から人気あるよ。それこそ、バレンタインなんかは裏で男子同士が牽制しあってるし。ただ女子がみんな紅音のこと心配してるから、そういった輩からはきっちりガードしてるよ。紅音だって、どうしても合わないような…あの子が許容できない人に対してはあんまり近づかないし」
「隠岐が許容できない人間っているのか?」
「なんていうのかな。頑張らない人間って言うか、出来るのにそれをしようとしない人が苦手みたい。…いや、人っていうより、怠ける行動そのものに忌避感があるのかな?どうなんだろ?
…とにかく、結論として男子からの人気はあるけど、女子が気を配ってるから大丈夫、ってこと」
「そういうことか。…しかしそうか…」
「どうしたの?何か引っかかることでも?」
「いや、なんでもないぞ。ただ、何というか………駄目だ、説明できん」
あれ、この反応…もしかしてだけど無意識に嫉妬してる?え、そういうことなの?本当に?
「まあいいや、参考になったわ。…っし、聞くこと聞いたし、そろそろシャンフロするか」
「あ、ちょっと待ってお兄ちゃん!」
「ん?」
いや呼び止めてどうするの!?「それってもしかして恋じゃない?」とでもいうつもり?それはそれでありだけど、もう少し見守りたいって気持ちもあるし、そういう気持ちには自分で辿り着いて欲しい。だけどこのままじゃ進展しない可能性もあるし…。
「~~~そうだ、名前っ!」
「は?」
「紅音、お兄ちゃんのこと楽郎さんって言ってるけど、お兄ちゃんは隠岐のままじゃん。名前で呼んであげてもいいんじゃない?あの子はきっといやがらないよ」
「…あーそういやそうだな。でもずっと隠岐って呼んでたし、何というか今更感がないか?特に何かあったわけでもないし」
「いいのそういう細かいことは。とにかく、紅音が拒否しない限り、次から名前で呼ぶこと。いい!?」
「お、おう。どういうわけか分からんがわかった」
そう言いながら兄は部屋を出て行き、私はそれを見送ったところでそっと息を吐く。
この前紅音の話を聞いてたときはなんとなく思っただけ、だったけど…もしかしたら本当に、『そう』なるのかもしれない。『そう』なったら…さて、私はどういう風に二人と接していこうかな?
未来を思う瑠美の顔は、兄が時折言う邪教徒というのに相応しいものであるのと同時に、純粋に家族の幸せを願う妹の表情を浮かべていた。
□
「おぉ、秋津茜殿、起きられたか」
「シークルゥさん、おはようございます!今日も頑張っていきましょう!」
「む、機嫌がいいですな。何かあったで御座るか?」
「えへへ、なんでもないですよ?さあいきましょう!」
シークルゥさんにはこう言ったが、確かに今私は…楽郎さんのようにいえばテンションが高い。それはやっぱり、昼間のことが大きいのだろう。いっぱい迷惑をかけてしまったと思ったけど、楽郎さんはそれを笑って許してくれた。私と一緒にやったゲームやジョギングを楽しかった、そのままの私でいいとまでいってくれて、なんだか心が温かくなる。
そんなことを思いながらラビッツを歩いていると、丁度思い浮かべていた人がいた。
「よぉーし、なんとなく感覚はつかめた。後はこれをものにするだけだ」
「サンラクさんは相変わらず狂気としか思えないような行動をしますわ…。さっきから何回も壁とぶつかってるのに笑顔でまた実行できる辺りおかしいとしかいえないですわ…」
「ほほぉ、エムル、お前はよっぽどジェットコースター体験会をしたいらしいな?」
「い、いやですわサンラクさん、アレはもう簡便ですわー!?」
そう言ってサンラクさんは楽しそうにしながら、何か準備を始める。おそらく新しい武器、もしくはスキルを試しているのだろう。エムルちゃんの様子を見るにおそらく相当回数死んでいる、のにもかかわらず、サンラクさんが浮かべているのは笑みだ。
一体どうして、と思うのと同時に、かつて聞けていなかった疑問がわいてくる。どうしてサンラクさんはあんなにも頑張れるのか。あの偉大な先達は、いつだって全力で物事に取り組んでいる。ゲームそのものも、将来ゲームをするために必要となる運動も勉強も、なにもかもを。ゲームが好きというのはわかる、だけどその先に何を目指すのか、何故そんなに頑張れるのか。サンラクさんを、楽郎さんを知れば知るほど出てくる疑問。これまで聞くことが出来なかったが、今なら聞けるだろうか。そう考えると、足はもう止まらなかった。
「サンラクさん、こんばんは!」
「お、秋津茜か。これから出てくのか?」
「はい!ただその、少しだけお話いいですか?サンラクさんに是非ききたいことがあるんです!」
「いいぞ。…ていうか、最近聞きたいこととかばっかだな」
「あ、そういえばそうですね!」
こういう何でもないような会話が嬉しく思えるのはどうしてだろう?疑問がまた出てくるけど、今一番知りたいのはこの人のこと。
「何故そんなに頑張れるんですか?目標もなく頑張れるんですか?」
昼、一緒に走ったときに楽郎さんからもらった励ましの言葉。そして今、恥ずかしそうにしながらも語ってくれたサンラクさんの言葉。
私はきっと、一生忘れない。
・恋愛パート(お互い自覚なし)(かなり駆け足っぽい)