ハリー・ポッターRTA ヴォルデモート復活チャート   作:純血一族覚書

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小説パートです。長いです。

本パートはかなり独自設定強めです。
公式設定との矛盾が生じているかもしれませんが、ご了承願います。

……パート主が誰かこれもうわかんねぇな?(内容見返し)


スクイブとしての彼の半生

 ──この十年間、アーガスが魔法を求められたことはほとんど無かった。

 彼自身は、スクイブであったとしても、何ら恥じることはないと思っていた。

 

 

 

 

 

 アーガス・フィルチがこの世に生を受けたのは1945年の夏、世界の表と裏、マグル界と魔法界における、二つの戦争が終わった年だった。

 

「かわいいアーガス。ねぇ、あなた。この子はちゃんと幸せになれるかしら……?」

「大丈夫さ、なんてったって、ゲラート・グリンデルバルドはもういないんだ。これからはこの子は、間違いなく幸福な日々を送るに違いない──」

 

 魔法族の両親にとっては、マグル界の戦争はともかく、魔法界の戦争が幕を閉じたことは、紛れもなく幸福なことだった。

 

 ゲラート・グリンデルバルドという天才がいた。

 暗く、昏い雪の城・ダームストラング専門学校で魔法──とりわけ闇の魔術に属する魔法──を学び、同時にダームストラングに早々に見切りをつけたかの男は、魔法族の根幹を揺るがす思想を持っていた。

 魔法族による支配。マグル世界との逆転。

 ゲラート・グリンデルバルドという男は魔法族が非魔法族よりも、上等な民族であると考えていた。賢く強力な魔法使いと魔女が、彼らに劣るノー・マジックの人間を支配する、そんな階級社会の構築を目指していた。魔法族が非魔法族になんら遠慮しなくて済む世界を夢見ていた。

 それは奇しくも彼の野望の果てで、マグル界の一人の扇動者が語った思想と似通ったものだった。

 

 思想の根幹はより大きな善のために。

 シンボルマークは三角形と内接する円、それらを貫く一本の線。

 

 ゲラート・グリンデルバルドはそれらを旗印として、一つの目的に向けて邁進する。

 彼の思想の共鳴者、群れの一翼をなす魔法使いは、日に日に数を増していく。

 

 日陰者としての立場にうんざりする者がいた。

 質は量を凌駕すると思う者がいた。

 大手を振って魔法の力を使いたい者がいた。

 ゲラート・グリンデルバルドのカリスマに心底魅了された者がいた。

 

 彼らの数は雪だるま式に膨れ上がり、気がつけば、既に魔法族の政府ですら無視できぬ数と力を兼ね備えていた。

 

 より大きな善のために。より大きな善のために。より大きな善のために!

 個人主義が横行する魔法族らしからぬ組織であった。

 彼らはグリンデルバルドを脳とする、一つの軍隊・生き物であった。

 

 目的は国際魔法使い機密保持法の撤廃。魔法界を覆い隠すヴェールを引き剥がすこと。

 その為であれば、彼らは文字通りなんでもやった。

 殺人、拷問、洗脳。「死の呪文」、「磔の呪文」、「服従の呪文」、エトセトラエトセトラ。

 グリンデルバルドの軍隊は、ヨーロッパ諸国とアメリカの双方を主戦場として、文字通り全世界であらゆる犯罪行為を行った。

 それは秩序立った虐殺だった。

 それは理性ある革命だった。

 だが、それは倫理なき蛮行だった。

 ノー・マジックを殺し、魔法族を殺し。非魔法族の首脳を服従させ、マクーザの中枢に成り代る。

 グリンデルバルドはいかなる損失をも踏み越えた。彼は理想と野望は高尚なものであったが、目的のための犠牲、その許容範囲をあまりにも高く見積もりすぎた。

 

 当時まだ幼かったフィルチの両親も、そんなグリンデルバルドの「より大きな善」に踏み躙られた、ヨーロッパ在住の一組の名もなき魔法使いの子供であった。

 片田舎で平穏に暮らしていた彼らは、突如としてグリンデルバルドの巻き起こす戦火に見舞われてしまった。

 ヨーロッパはグリンデルバルドのホームグラウンドである。彼のシンパも大勢潜んでいた。盟主が表向きには姿を消し、裏では新大陸に闇を拡げる中で、グリンデルバルドの軍隊はより一層革命のための犠牲を積み重ねていた。

 彼らは無駄な虐殺こそしなかったものの、ノー・マジックを守ろうとする、つまりは彼らの意に沿わぬ魔法使いを殺すことになんのためらいもなかった。

 ふと気がつけば、隣近所の誰かが緑の光線を浴びているような情勢下であった。

 多くの心ある魔法使いは、子供を激戦地に置いておこうとは考えなかった。

 

 ゆえに、フィルチ夫妻──繰り返すが彼らは当時まだ子供である──が安全な土地。グリンデルバルドの魔法に侵されていない国。

 アルバス・ダンブルドアの護るイギリスに疎開させられるのも無理もないことだった。

 

 

 アルバス・ダンブルドアという天才がいた。

 彼は、歴史あるホグワーツ魔法魔術学校で変身術を教える教授であった。

 同時に彼は、世界で唯一グリンデルバルドが恐れていると噂された魔法使いであった。

 

 世界中で暗躍するグリンデルバルドの軍隊が、唯一イギリスではなんら行動を起こさない。イギリス魔法省の人間は自らの成果であると吹聴していたが、民衆はアルバス・ダンブルドアという英雄の存在を知っていた。

 人々は、彼が闇の魔法使いを倒してくれると考えていた。

 人々は、彼が闇の魔法使いから護ってくれると考えていた。

 家を焼かれ、住む土地を焼かれた多くの魔法使いは、続々と彼のお膝元であるイギリスに疎開していく……。

 

 しかし、アルバス・ダンブルドアは当初の間、座して動かず静観していた。

 その理由は誰にもわからない。

 口さがないものはダンブルドアがグリンデルバルドに加担しているなどという世迷言を吐いたが、民衆はそれらを悪質なデマであるとして受け入れなかった。

 アルバスの真意を理解できた者は、一組の兄弟と一人の魔法使いだけであった。

 

 彼が立ち上がったのは、グリンデルバルドの胎動からずっと後のこと。

 杖を挙げたのは、ドーバー海峡を隔てた先、芸術の都で命を落とした一人の教え子のため。

 ダンブルドアが心底から犠牲を認識したためであった。

 ゲラート・グリンデルバルドという男が、「より大きな善のために」人の命を、アルバスが庇護すべき命を奪っていく。

 彼の手によって命が「死」に誘われていくことは、アルバス・ダンブルドアにはこれ以上許容できなかった。

 

 ダンブルドアがグリンデルバルドとの戦いを表明した時。

 アーガスの両親は、まさしく運命的な出会いを果たしていた。

 幼心に染み付いたゲラート・グリンデルバルドへの恐怖は残っていたが、教師としてのアルバス・ダンブルドアの威光により、それらは徐々に払拭されつつあった。

 イギリス魔法界という仮初めの平和の中で、静かに愛を育む二人。

 結婚し、子供を授かったのは、1944年の晩秋であった。

 

 

 

「懐かしいな。……私たちはこんなにも老けたのに、ここは()()()と変わらない」

「ああ、だが、()()()つかなかった決着は、今日つけようじゃないか。今回は()()()も、……()()()もいない。二人だけの決闘だ」

 

 ゲラートとアルバスは、その日、示し合わせたように彼らの始まりの地である、ゴドリックの谷へと足を運んだ。

 信奉者にも、同僚にも。部下にも、仲間にも。

 余人には一切伝えることなく、彼らは「革命」の行く末を決めようとしていた。

 全てはより大きな善のために。

 

「──アルバス。俺はお前を越えて行くぞ! 魔法族の躍進は、今日、この時、かつての決着をもって、始まるのだ!」

「──いいや、ゲラート。君の革命は、今日ここで終わりだ。君は……私たちは、間違ったのだ。我々が無理にこじ開けるのではなく、魔法界の皆が、穏やかに話し合うべきだったんだ」

 

 赤い閃光が飛び交い、不可視の盾が互いを守る。

 壊れた瓦礫は鋭利な刃物へと変化し、四方八方千差万別に宙を舞う。

 黒炎のセストラルと流水の不死鳥が互いに喰い合い打ち消し合う。

 時代を代表する二人の魔法使いの決闘は、まさしく伝説と呼ぶべき代物だった。

 

「何故分からない! アルバス! 今のマグルを見たか!? 奴らは空を、海を、大地を埋め尽くした! 俺たちが話し合ったあの日から、二度も世界を焼き尽くそうとしているんだぞ!

 ──いつかは魔法族も暴かれてしまう! だったらその前に我々がうって出るべきだ!」

「──だとしても! その為の犠牲を、これ以上の犠牲を私は許容できない!」

()()()()()、だ!」

 

「エクスペリアームス! 武器よ、去れ!」

 

 双方が放った武装解除、詠唱により威力を高められたそれは、無言の盾を打ち破って互いの杖を弾き飛ばす。

 瞬間、鏡合わせのように二人はくるりと回った。

 短距離の「姿くらまし」。

 目まぐるしく立ち位置を変え、二人は杖を目掛けて右手を掲げる。

 

「アクシオ! 杖よ!」

 

 凡百の魔法使いには決して使えない杖無し魔法(ワンドレス・マジック)

 しかし彼らにとってはそれこそ児戯にも等しい。

 自分のものと、相手のそれを求めて放たれた呼び寄せ呪文は、何の因果か相手の杖だけを的確に呼び寄せた。

 アルバスは手にした杖を見つめ、ぽつりと呟く。

 

「『ニワトコの杖』。……ゲラート、もうやめよう。『死の秘宝』を集めても、私たちには『死』を制することはできない」

「いいや、アルバス! 俺は『死』を制さなければならんのだ。──でなければ、俺の部下の、魔法族の、『死』に報いることなどできないではないか!」

「──ゲラート、お前……。

 ……わかった。ならば、私が『これ』を引き継ごう」

 

 ゲラート・グリンデルバルドとアルバス・ダンブルドア。

 この二人は、果たしてどちらが強いのだろうか?

 戦場、戦況、呪文選択、状態、装備、天運……。

 ある点ではゲラートが勝り、ある点ではアルバスが勝り。その日のコンディションによっても、勝敗は大きく変わるだろう。

 

 だが。

 『死の秘宝』、『ニワトコの杖』が武装解除によってダンブルドアの手に移ったことで。

 杖の忠誠心がダンブルドアに移ったことで。

 世界の、魔法界の、二人の天秤は──ダンブルドアに傾いた。

 

 

 決着は、一瞬だった。

 

 

「──お前の勝ちか、アルバス」

「──ああ、君の負けだ、ゲラート」

 

 『より大きな善のために』繰り広げられた伝説の決闘は、アルバス・ダンブルドアが征した。

 

「……後を、魔法族を頼む」

「……わかった、君はゆっくり休んでくれ」

 

 ゴドリックの谷はあの日と変わらず、今日もそこにあった。

 

 

 

 その時をもってして、世界魔法大戦は、二人の青年の革命は、幕を下ろした。

 グリンデルバルドが彼の居城・ヌルメンガードを終の棲家と定めた時、多くの信奉者が彼の供を務めた。

 潮が引くように、革命の炎は消えて無くなってしまった。

 一人の天才は闇の魔法使いと呼ばれ、一人の天才は英雄と呼ばれた。

 

 

 

 伝説の決闘、その決着と時を同じくして。

 アーガス・フィルチという一人の男がこの世に生を受けた。

 

「かわいいアーガス。ねぇ、あなた。この子はちゃんと幸せになれるかしら……?」

「大丈夫さ、なんてったって、ゲラート・グリンデルバルドはもういないんだ。これからはこの子は、間違いなく幸福な日々を送るに違いない──」

 

 魔法族の両親にとっては、マグル界の戦争はともかく、魔法界の戦争が幕を閉じたことは、紛れもなく幸福なことだった。

 グリンデルバルド無き今、ダンブルドアの元で、息子も幸福を手にすると確信した。

 

 ……確信していた。

 

 

「──ふざけるな!? うちの息子が、スクイブだと!? そんなわけあるか!」

 

 すくすくと育ったフィルチ少年であったが、彼が魔法を発することは十歳を越えてもついぞ無かった。

 聖マンゴに()()のあった父親は、何らかの魔法疾患に息子が侵されていると考え──あるいは魔法疾患に侵されているだけだと期待して、癒者に片っ端から息子を診断させて回った。

 しかし、結果はいずれもシロ。

 アーガス・フィルチは全くの健康体であった。全くの健康体のままで、何ら魔法が使えない体質であった。

 言い訳のしようもなく、まごうことなきスクイブであった。

 沈痛そうな面持ちの癒者に罵声を浴びせた父親は、脳内のリストを手繰り寄せ、彼の持つ最高の、魔法の手札を切った。

 

「──そうだ、ダンブルドアだ。ダンブルドア先生なら、先生ならきっと助けてくれるに違いない!」

 

 聖マンゴを出たその足で、父親はアルバス・ダンブルドアに手紙を出した。

 内容は短く、「スクイブの息子を助けてくれ」と。

 

 

「来たか!」

 

 数日後、フィルチ家にホグワーツからの手紙が届いた。アーガスが十一歳の時には届かなかった手紙だった。

 父親はフクロウから手紙をひったくり、封筒を乱雑に引き裂いて手紙に目を通し──おいおいと泣き崩れた。

 手紙の内容を要約すると。

 

 ──すまない。わしには()()()()()()()を助けられた事がない。

 

 そんな内容だった。

 

 

 

 それからというものの、父親は酒に溺れるようになり、母親は頻繁に泣き崩れるようになってしまった。

 そんな生活に嫌気がさしたアーガスは、十七歳になった、つまりは成人するとすぐに家を飛び出していった。

 ホグワーツという最高学府で教育を受けてないにしろ、彼は機嫌のいい時の両親に手習い程度の知識を教えてもらっていたため、何とかなるだろうと楽観的に考えていた。

 

 

 ところで、この時代は、グリンデルバルドの残した爪痕により、「魔法族とマグル」という論題に関心が集まっている時代であった。

 そんな中、スクイブ、魔法族生まれ(ウィザード・ボーン)のことも、しばしば話題となっていた。

 

 スクイブは魔法族生まれである。

 スクイブは魔法族の知識を持っている。

 スクイブは魔法生物の姿を見る事ができる。

 ……なるほど確かに、スクイブはマグルとは違うのだろう。

 

 だが、どこまでいっても、スクイブには魔法は使えない。

 

 純血主義者を筆頭として、スクイブに対する偏見は多かった。

 結論から言ってしまえば、スクイブに働き口なぞろくに存在しなかった。

 家を飛び出していったアーガス少年は早速露頭に迷うことになったが、さりとて家に戻るのも彼の面子が保てない。

 

 そんな彼を拾い上げたのは、魔法界の鼻つまみ者の溜まり場、「夜の闇横丁」であった。

 「夜の闇横丁」には、様々な人種が存在する。脛に傷持つ者、半人、ヒトならざるもの。

 スクイブなんてものは、むしろ健全な部類であった。

 幸いにして、アーガス少年には後ろ暗い経歴もなく、手先が器用という能力もあったために、一般には修復不可能なもの──例えば動く肖像画のような──を修復するという、「夜の闇横丁」には似つかわしくないほどに真っ当な仕事に就く事ができた。

 魔道具や肖像画の修復は、既にかかっている魔法と干渉しないように、魔法を使わず手作業で仕事をする必要がある。

 一般的な魔法使いにとってはたまらなく億劫な仕事であるが、スクイブであるアーガス少年には天職と言っていい仕事であった。

 おそらく、後に振り返ったとしても、アーガスの人生で最も幸福だった期間はこの時期であろう。

 ただ、一つだけ心残りだったのは。

 

「なぁ、アーガス。そういやお前ホグワーツでどこの寮だったんだ? こう見えても俺はレイブンクローだったんだぜ?」

「いや、おれはホグワーツには行かなかったんです」

「何だって!? そいつは勿体ねぇな! イギリスの魔法使いなら、一度はあそこに通っておくべきだぜ!

 ──おいバーテン、この憐れな男にファイア・ウィスキーを一杯奢ってやってくれ!」

 

 ホグワーツに行けなかった事だろうか。

 

 

 

「おいアーガス! フクロウがお前に来ているぞ!」

 

 1972年、アーガスが30を目前にした頃。

 彼の職場に一匹のフクロウが降り立った。

 訝しげに手紙を受け取ったアーガスは、封を切って中身を読んで──

 

「すいません、親方! ちょっと店開けます!」

「あっ、おい!」

 

 ──すぐさま外に駆け出した。

 手紙は、母の危篤を知らせるものであった。

 

 

 数時間後、聖マンゴにて。

 

「──母さん!」

「ああ、アーガスや、久しぶり」

 

 親子は実に、十年ぶりの再会を果たしていた。

 癒者に誘導された先でアーガスが目にしたのは、痩せ衰えた母の姿であった。

 すぐに何事かを口にしようとしたが、アーガスの口はパクパクと動くばかりで何ら意味のある言葉を吐こうとしない。

 沈黙。

 破ったのは彼の母であった。

 

「元気だったかい?」

「……ああ、元気でやってるよ。──父さんは?」

 

 母は目を伏せて答えた。

 

「あの人は、出ていったよ。

 数年前、あたしが目を覚ました時には、リビングのテーブルにグリンゴッツの鍵と、あの人の知り合いの名前が書かれたリストと──手紙だけ残して姿を消していた。

 ──たぶん自分で自分を赦せなかったんだろうさ。酒に溺れたことも、お前のことも、何もかも」

 

 アーガスの母は、アーガスには十年とは思えぬほどに、めっきりと年をとって見えた。

 

「アーガス、お前に父さんからの最期の伝言だ。

 『お前を魔法使いとして育ててやれず、すまなかった』、だって」

 

 ──この十年間、アーガスが魔法を求められたことはほとんど無かった。

 彼自身は、スクイブであったとしても、何ら恥じることはないと思っていた。

 だが。

 

「──あたしからはそうだねぇ……。

 お前をちゃんとした魔法使いとして産んでやれなくて、すまない、かな?」

 

 彼は生まれて初めて、自分がスクイブであることを殺したいほどに「呪った」。

 

 

 

 葬儀は粛々と行われた。

 彼は両親の交友関係を把握していなかったため、父親の残したリストを頼りに手紙を各方面に送りつけた。

 ──父親の晩年が祟ったのか、弔問客の数はリストの数割にしかならなかったが。

 そんな中、彼のもとを訪れたのは、とあるビッグネームであった。

 

「母君のご冥福をお祈りするよ。ミスター・フィルチ」

 

 正直、アーガスが絶対に来ないだろうと思っていた人物であった。

 ホグワーツ魔法魔術学校校長、アルバス・ダンブルドア。

 現代の偉人が、何の変哲も無い一人の女の葬儀に駆けつけてきてくれた。

 アーガスにとってはまさしく青天の霹靂だった。

 

 話をすると、どうやらダンブルドアは弔問だけでなく、何やらアーガス自身にも話があるらしい。

 アーガスは自宅、彼の生家に老人を招いた。

 

「……まずは、話の前にミスター──ああ、アーガスと呼んでも?

 うむ、ありがとう。まずはアーガス、君も少しばかり気をぬくべきじゃろう」

 

 そう言われて、ようやく彼は母の死以来、自分の心身が強張っていることに気がついた。

 そして、彼が久しぶりに戻った場所が、彼の故郷である──両親の空気が染み付いた場所であることを、やっと認識した。

 もうこれは薄れていくばかりであることを、彼は実感してしまった。

 

「うむ。これを飲みなさい」

 

 五分か十分か。硬直するアーガスの前に、ハーブティーが差し出される。

 母親の好きなフレーバーであった。

 昔飲んだ味より、どこか塩辛い気がした。

 

 

 落ち着くのには、充分な時間が過ぎた。アーガスは気恥ずかしげに、誤魔化すように老人に話し始めた。

 

「そういえば、このハーブティー、どうなされたんですか?」

「ああ、すまぬの。勝手ではあるが、君の家のキッチンとポットをちょちょいと借りさせてもらったよ」

「……構いませんが、魔法は使わなかったので?」

「魔法が必要かね?」

 

 アーガスに深いブルーの瞳が向けられる。

 彼は話をそらした。

 

「──そういえば、ダンブルドア。あなたほどの方が何故母なんかの葬儀に?」

「おお、アーガス、君の母君じゃ。()()()なんかではないよ。

 ……実は、君のご両親は、よくわしに手紙を下さった。内容は、そう──君のことじゃ」

 

 本人が踏破した過去に、両親はずっと囚われていたと、アーガスは自覚する。

 

「君にはちょっとした問題があることを、わしは知っておる。

 それを踏まえて、君に一つ提案があるのじゃが──」

 

 ──ホグワーツの管理人になってはみる気はあるかね?

 

 何故?

 アーガスの脳裏を、幾重ものその言葉がよぎった。

 何故スクイブの自分なのか、何故そこまでするのか、何故、何故、何故……。

 そんな彼の内心を見透かしたように、老人は語りだす。

 

「わしは君のご両親から、息子をホグワーツに行かせてはくれないかという手紙を昔から受け取っておったのじゃよ。……ただ、すまなんだ。君のちょっとした事情のせいで、生徒としては招くことはできなかった。

 しかし、管理人としてならば、わしの裁量で城に留め置くことはできる。そこで魔法を学ぶこともできるじゃろう。

 ホグワーツでは、助けを求める者には、必ずそれが与えられる。

 ──わしは、魔法が使えぬ者でも、魔法を学ぶ機会があってもいいと、そう思っておるのじゃ」

 

 埒外の提案。

 押し黙るアーガスをよそに、ダンブルドアは席を立って歩いて立ち去った。

 

「すぐにとは言わぬ。ただ、君に興味があるなら、手紙を送ってほしい」

 

 アルバス・ダンブルドアはそう言葉を残し、フィルチの家を後にした。

 彼はついぞ一度も、「最強の杖」を抜くことはなかった。

 

 

 

「──ということがあったんですけど、どう思います? 親方?」

 

 次の日。

 アーガスは勤め先で雇い主に、手慰み程度に相談を持ちかけた。

 なにぶん十年来の関係だ。胸襟なぞとうに開いている。

 「夜の闇横丁」という鉄火場で長年店を構える雇い主は、人生の酸いも甘いも噛み分けている。アーガスは普段から雇い主を頼り、雇い主もまたそれに応えてきた。

 しかし、この時ばかりは話は違った。

 

「────」

「──親方?」

「いや、アーガス。これは俺には分からん」

「え?」

 

 そんな答えは初めてだった。

 思わず作業の手を止め、顔を上げるアーガス。

 そんな彼の視線を、自称レイブンクローの男はしかと受け止める。

 

「悪いが、俺はホグワーツで働いたことはないし、ましてやスクイブだったこともない。だから、お前が管理人としてやっていけるかなんてちっとも分からん」

「それなら──」

「──だから」

 

 計り知れぬ叡智。

 

「だから、それはお前が決めろ、アーガス。ホグワーツに行っても、ここで働き続けても、どこかで野垂れ死のうと好きにしろ。俺は何も言わん。

 ──お前が自分で自分を『組分け』ろ」

 

 『組分け帽子』。

 アーガスも聞いたことのある、ホグワーツの宝。

 千年もの間、何者でもない子供の内心を暴き、彼らの適性を見抜いてきた創始者の遺産。

 アーガスもそれに倣って自らの心を掘り起こす。

 

 ──結論はすぐに出た。

 

「親方──」

「──いい、行け」

 

 

 

 

 

 ところで。

 千年間生徒を采配してきた『組分け帽子』であるが──帽子は頑なに認めようとしないが──時にはミスをすることもある。

 

 言ってしまえば、アーガスの『組分け』もそんな結果に終わった。

 

「そこの二人、待て!」

「おいおい、待つわけないだろう? レビコーパス! 身体浮上!」

 

 アーガスの前を走っているメガネの少年。

 彼が呪文を唱えると、少年自身の身体が浮上し、上層階段の踊り場へと文字通り飛び上がる。

 少年は上階で待っていた悪戯仲間とハイタッチした。

 

「待ったか? 『パッドフット』」

「ああ、『プロングス』。あいにくと俺はお前ほど非情じゃないんでね。少しくらいは待ってやるさ」

「と、親愛なるフィルチ殿が漸くいらっしゃるようだけど?」

「ああ、ああ! 申し訳ないが我々も捕まるわけにはいかないんでね!

 ──グリセオ! 滑れ!」

 

 パッドフットと呼ばれた少年が、アーガスの登る階段に向かって杖を唱えた途端。

 階段が最初から滑り台であったかのように変質した。

 腹から滑り床に倒れ込み、ズルズルと階下へ滑り落ちるアーガス。

 彼の頭上では、悪戯仕掛け人達のバカ笑いが響く。

 

 

 ホグワーツ管理人就任が、件の四人組の在籍年とかち合ったことは、まごう事なき悲劇であった。

 

 やることなす事派手で鮮烈なマローダーズ。

 多くの生徒は彼らの催し事を楽しんでいた。

 彼らの悪戯──ホグワーツの『伝統』となるそれは、年端もいかず、分別のつかない子供達を魅了してやまなかった。

 

 愉快な四人の『忍び』たちが、マヌケなスクイブを手玉にとる構図。

 ホグワーツという娯楽の少ない閉鎖空間に置かれた子供にとって、それはこれ以上ないくらいにエンターテイメントであった。

 

 ホグワーツは、アーガスの求めてやまない『魔法』を、悪戯遊びに使い潰す者ばかりであった。

 

 アーガスが『魔法』を使えない自分を惨めに思い、『魔法』を使える子供を憎む気持ち。それは、ホグワーツを訪れてから芽生えた感情であった。

 ただの『悪ふざけ』によって、アーガスの心は捻じ曲がってしまったのだ。

 

 

 

 時間を現代、「秘密の部屋」が開かれた時に戻して。

 

「どけ! あれは私の猫だ! ミセス・ノリスだ! 早く下ろしてやらないと!」

 

 彼の求めに応えて、黒髪の生徒が呪文を唱える。

 

「ウィンガーディアム・レヴィオーサ 浮遊せよ!」

 

 アーガスの前に、ミセス・ノリスがふわふわと漂ってくる。

 吊るされた猫を魔法で降ろしてあげる。

 一見すれば、それは善なる行為であろう。

 しかし、生徒への偏見に凝り固まったアーガスには、それがただの偽善にしか思えなかった。

 

 ──魔法使いでも、大切な者の墓なら呪文を使わず道具を使って掘るだろう?

 本当に悼む気持ちがあるなら、魔法なんて使わないはずだ!

 

 論理破綻。思考矛盾。

 「だから憎い」という結論に至るための強引なロジック。

 それでも、長年生徒による『魔法の悪ふざけ』に侵されてきたアーガスには、正常な判断がもはやできない。

 黒髪の少女が、悲しむ自分を嗤っているように感じる。

 たまらずアーガスは叫んだ。

 

「さては、お前が、お前たちがこの子を殺したんだな!?」




Tips:アーガス・フィルチ

 ──先に断っておこう。
 アーガス・フィルチというキャラクターは、ステータス的にはゲーム攻略に何ら影響を及ぼさないキャラである。それを念頭において欲しい。
 アーガスはスクイブだ。これは「アリアナ・ダンブルドア」のような後天的なそれではなく、先天的、絶対に変えられない資質である。
 よって──当然ながら──全ての魔法を使うことができず、彼から学べることも何ら存在しない。唯一秀でた点に手先の器用さが存在するが、これもウィーズリー兄弟にやや劣る程度の、言ってしまえばありふれた能力である。
 ゆえに、アーガスには何の価値もない──と結論づけてしまうのは流石に早計か。
 作中でスクイブと呼称される代表的なキャラには、前述したアリアナの他にも、「アラベラ・フィッグ」や「クリーデンス・ベアボーン」というキャラがいる。このうち、前者はダンブルドアの子飼の魔女であり、後者は極めて異例なオブスキュリアルである。
 翻って、アーガスはどうか。彼にはバックボーンも、特別な使命も何もない。そう、何もないのだ。
 彼の生い立ちも、生徒への感情も、同僚への感情も、個別クエスト「翻訳! ミセス・ノリス!」でさえ、何ら大勢には影響しない。
 あらゆる陣営・設定の手垢が付いていない、プレーンなキャラクターだ。
 ハリー・ポッターという世界を楽しむ上で、彼の何ら背景のないスクイブというステータスはある意味でこの上なく役に立つ。
 そう言った意味では、凡百のキャラよりも「使える」と言えなくもない。

 〜「ハリー・ポッター」を旅するガイドブック より抜粋〜

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