ハリー・ポッターRTA ヴォルデモート復活チャート   作:純血一族覚書

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権力を求めた監督生

 母方の叔父を殺害されたパーシーは元来死喰い人に否定的であったが、そんな彼であっても連日のように魔法について教えを請うてくるズィラのことは「別枠」として扱っていた。いつの間にか。

 

 

 

 

 

「ねえ、パース。あなたって、本当に『レイブンクロー』的よね。私なんかよりもずっと!」

 

 パーシー・イグネイシャス・ウィーズリーがそのような指摘を受けることは、ホグワーツ生活においては珍しいことではなかった。少なくとも、彼のごくわずかな交友関係において、彼はほとんどの人から最低一度はそう言われた記憶がある。

 入学して少しして、同級生にしてルームメイトのオリバー・ウッドに成績の良さを取り上げて冗談交じりに指摘されたのを皮切りに。

 彼の家である「隠れ穴」、それが位置するデボン州オッタリー・セント・キャッチポールにウィーズリー家とともに居を構えていたディゴリー家の一人息子。セドリック・ディゴリーには「逆転時計」に関する相談の際に、彼の聡明さを称賛する枕詞として告げられ。

 グリフィンドールとは敵対的であるスリザリンの生徒も例に漏れない。蛇寮の少女、ジェマ・ファーレイからも、監督生の会合でパーシーが指揮を執った際、皮肉交じりにささやかれた。

 数回会話する生徒だけでもそうなのだ。

 当然ながら、ホグワーツで最も親しい友人であるペネロピー・クリアウォーターから言われたことは、両の手では収まらない。

 

「あなたも私と同じレイブンクロー生だったらよかったのに」

 

 一度や二度では利かない数、彼女のそんなお願いを彼は聞いていた。

 もちろん彼自身は、自らの所属する寮がグリフィンドールであることに、何ら疑いを抱いてはいなかった。『端的に言えば、グリフィンドールこそホグワーツで最高の寮である』とパーシーは確信しているし、そんな寮に所属できることを誇りに思ってもいる。

 

 ただ、パーシーがグリフィンドールの中で、少々異端であることも、また事実であった。

 グリフィンドール生はもっぱら勇敢で、度胸があり、大胆不敵で決断力のある生徒が多く集まる。言い換えれば、無謀で、無鉄砲で、向こう見ずで考えが足りないともいえる。

 そんななかで、パーシー・ウィーズリーは数少ない「レイブンクロー的な」生徒であった。

 勤勉で、知性にあふれ、規則を遵守する──グリフィンドール生に言わせればガリ勉・石頭で、ユーモアに欠ける、そんな特徴をパーシーは多分に満たしていた。

 グリフィンドールの中で一人そんな性質であったのだから、「個性的である」という気質も兼ね備えていると言えるだろう。

 

「パース、もう少し気楽に過ごしてもいいんじゃないか? 皆お前と遊びたがっているぞ?」

 

 パーシーが入学したての頃、当時七年生としてまだホグワーツに在籍していたウィリアム・ウィーズリーが彼に何度かそう忠告したことがある。それは監督生としての立場というよりは、家族としての愛情が多分に含まれた金言であった。

 

「いえ、ビル兄さん。僕は規則違反はしません」

 

 そんなビルの気遣いに、パーシーは読んでいた「基本呪文集」から顔を上げてポツリと返しただけだった。

 

 

 

 ビルが卒業し、次男のチャーリーも卒業し。

 弟であるフレッド・ジョージコンビが入学して。

 時間が経つにつれ、パーシーの厳格さはより強固になっていく。

 グリフィンドールの学友が爆発スナップをしている間にも、パーシーはひたすら勉学に励んでいた。弟の規則破りを寮生が讃える中で、彼は12のフクロウを相手取っていた。

 パーシーが五年生となった頃には、概ね彼の評価は現在同様に確定していた。融通の利かない堅物。学校の誰に聞こうと、パーシーのことを知っているものなら皆そう答えるだろう。

 

 五年生。彼が監督生に任命された年。

 パーシーの後を継ぐ、「真面目路線」なグリフィンドール生が入学してきたことは、彼にとって幸運だった。

 

 ハーマイオニー・グレンジャー。

 彼女はマグル出身者であるがゆえ、魔法界における「常識」を持っていない。その一方で、非魔法界の「常識」は備えていた。

 はじめまして、と言葉を交わした彼女の発音は、見事なクイーンズイングリッシュで。両親が歯科医だとも話していた。マグル学の知識と照らし合わせれば、おそらく彼女は非魔法界における上・中位階級だったのだろう。

 育ちのいい彼女は、勉学の重要性と法規則を守ることの重要性を知り得ていた。

 

「ねぇ、パーシー。呼び寄せ呪文ってどの本に書かれているか知ってる?」

「ああ、それなら四年生版の『基本呪文集』に詳しいよ。どうして君は──」

「それは──」

 

 「秘密の部屋」事件のあった年。パーシーとハーマイオニーが図書館で勉強しているのを見て、彼女のペネロピーがやきもちを焼いたのは内緒だ。

 

 

 ズィラ・レストレンジ。

 初めはあのレストレンジ家の娘ということで警戒していたが、その疑念はすぐに薄れた。

 因縁の相手であるネビル・ロングボトムの「救出劇」を幕開けに、様々な人と関わり警戒心を解きほぐしていった彼女。写真越しにも伝わってきた彼女の母、ベラトリックスとは似ても似つかない振る舞い。グリフィンドール寮のみならず、他の寮の生徒に話しかける姿も頻繁に見かける。

 流石に魔法戦争の爪痕残る上級生には受けが悪かったが、彼女の同学年あたりには社交性と愛嬌も相まって概ね受け入れられていた。

 パーシーも例に漏れない。

 母方の叔父を殺害されたパーシーは元来死喰い人に否定的であったが、そんな彼であっても連日のように魔法について教えを請うてくるズィラのことは「別枠」として扱っていた。いつの間にか。

 

 彼女はフレッドたちをはじめとする規則破りの常連連中ともよくつるんでいる。

 これは、そんなズィラをたしなめた際の会話だ。

 

「ズィラ。忠告するが君は彼らのような振る舞いをすべきではない。彼らと付き合っても君に益があるとは思えないし、君も問題児の枠に含まれてしまうぞ。

 ただでさえ、君とハーマイオニーは甲乙つけがたいほどに優秀なんだ。自分から監督生の切符を捨てるのはもったいない」

「そうでしょうか? ジョージ達の『悪戯』は、参考になることも多く含まれていると思いますよ?

 ──それに、わたくしは監督生になるよりももっと目指していることがありますの」

 

 でも、心配してくださってありがとうございます。

 ペコリと腰を折ってそそくさと立ち去る少女に、パーシーはあっけにとられた記憶がある。

 事実、彼女と仲間達を取り巻く「噂話」の中で、教科書的でない方法でズィラが魔法を使い活躍したと聞いた時には、杓子定規と言われるさしもの彼であっても一定の理解を示さずにはいられなかった。

 

 

 彼女たち二人に、かのハリー・ポッターを加えた三人と友人となった弟のロンのことを、パーシーは密かに誇らしく思っていた。そして願わくば、ロンも「フレッド・ジョージ」路線では無く、自分と同じ正道を歩んで欲しいと願っていた。

 ……もっとも、やや規則を無視しがちであるという「グリフィンドール的傾向」が彼らにも見られたのだが。しかしてその大元には「賢者の石」・「秘密の部屋」とパーシーから見ても正当性のある理由があったため、概ね彼は後輩たちに満足していた。

 

 

 

 1993年・夏。

 パーシーは幸福の絶頂であった。

 父親のガリオンくじ当選に始まり、エジプトという呪いの本場に旅行に行き、見識を広められたこと。

 そして、何より──

 

「ああなんてこと! パーシー! おめでとう」

 

 ──パーシーが本年度の首席に選ばれたのだ!

 パーシーの将来の進路は魔法省である。些か権力志向の気質があるパーシーにとっては、首席というブランドを携えて入省できることはまさに理想的だった。

 自分の七年間の努力が報われたような気がした。

 母・モリーの胸の中で、窒息しかけのパーシーはそう思った。

 

 

 楽しい時間はあっという間に流れて。

 ホグワーツ登校、新学期前日。

 ウィーズリー一家は「漏れ鍋」に宿泊していた。表向きはガリオンくじの当たりを吐き出しているだけだが、パーシーは薄っすらと察していた。これはハリーの為であり、逃亡犯シリウス・ブラックに対する牽制であると。

 妥当な手段である。父親が魔法省と度々連絡を取っていたり、昼間鉢合わせた闇祓いと警備の打ち合わせをしているのを聞いて、魔法省の働きぶりにいっそうパーシーは好感を持った。

 

「おぉい、パース! 落とし物だぞ!」

「君のためにバッジをピカピカに磨いていてやったぜ!」

 

 その夜。

 与えられた「漏れ鍋」の一室で眠りにつこうとしていたパーシーの下に、弟であるフレッドとジョージの二人組が訪ねてきた。彼の──おそらくはジョージ。二人を正確に見分けることは家族でも困難で、パーシーもその例に漏れない──手には、パーシーが日中探していたバッジが握られていた。

 弟たちが親切にふるまうとは珍しいこともあったものだ。パーシーは椅子から腰を上げて、弟たちのほうへ足を運ぶ。その途中、彼は弟の使い古したパジャマに身に覚えのないピンブローチがつけてあるのを目にした。

 おしゃれなのだろうか。だがあとはもう寝るばかりのこんな夜更けに? ファッションセンスの評定「O」である兄のビルならいざ知らず、その方面では「P」どころか「T」すら目指せるパーシーにはトンと判断がつかなかった。まあ気にすることもあるまい。彼はそう結論づける。

 

「すまない、二人とも」

「いえいえ、パーシー・ウィーズリー殿」

「我々といたしましても、偉大なる兄上のお役に立てて光栄にございまする」

 

 パーシーの礼に、格式ばった返答で返す二人。彼らの顔にはニヤニヤとした笑みが浮かんでいる。いぶかしんだパーシーであったが、その疑問はすぐさま氷解した。

 

 Humungous Bighead(石頭)。本来Head Boy(首席)と彫り込まれていたバッジには、代わりにそのような文言が刻まれていた。

 なるほど、なるほど。つまりはパーシーが無くしていたと考えていた首席バッジも、実は双子たちがいたずらに持ち出したわけで。もし仮にパーシーが気が付かなければ、明日恋人のペニーに対して彼は自身が「石頭」であることを誇示していたわけだ。

 思わずパーシーは杖を抜いた。彼らしからぬ直情径行さであった。

 

「インカーセラス 縛れ!」

 

 怒り心頭のパーシーであったが、それでも弟を傷つけようとまでは考えていない。ただ、ほんの少しだけ逃げられなくして説教をしようとしたわけだ。なに、ほんの数時間くらい。

 そんな彼の青写真は、実現することはなかった。

 回避された? いや、違う。そのような、パーシーが予期できる範囲のことではない。

 ──弟のつけていたブローチが煌めくや否や、パーシーの放った捕縛呪文が二人を逸れてあらぬ方向に飛んで行ったのだ。

 予期せぬ現象に彼は暫し茫然とし──結論に至ると同時、視界が白く染まった。

 

「──よしよし、十分な成果だな」

「これなら将来の『商品リスト』にも加えられるかもな」

 

 満足げに効果を確認しあう双子。彼らに対し、パーシーは怒鳴りつける。彼の罵声には、先ほどバッジを改造されたよりも、ずっとずっと大きな怒りが内包されていた。

 

「──二人とも。これは問題だぞ! 法律違反だ!」

 

 パーシーの知る限り、先ほどの現象は「盾の呪文」に酷似していたものだった。

 

「おいおい、落ち着けよパース。一体全体、何が問題なんだ?」

「決まっているだろう! 『未成年魔法使いの妥当な制限に関する法令』だ!」

 

 例えばこれがホグワーツであったならば、パーシーは二人のことを褒めたたえていただろう。盾の呪文というそれなりに高度な呪文を、今年五年生になったばかりなのに無言呪文で使ったのだから。

 ただ、ここでは話が違う。自分はいい。つい先日成人したため、魔法の使用制限は解かれている。

 だが、双子は成人まであと二年はある。魔法を使うのは法律によって禁じられているのだ。ザル法と揶揄されようとも、ちんけな校則などとはわけが違う。

 身内といえど、身内だからこそ、パーシーには不正が許せなかった。

 しかし、そんな怒りもどこ吹く風とばかりに、双子は肩をすくめる。

 

「俺たちをよく見ろよ、どこに杖があるっていうんだ?」

「俺たちは魔法なんて今の一度も使っちゃいないぜ?」

 

 ……確かに。双子の言う通り、見た目彼らは杖を持っていない。まさかワンドレス・マジックなどという超高等技術で以って、盾の魔法を用いたわけでもあるまい。

 ではどうやった? パーシーの怒りは萎んでしまい、代わりに疑念が噴き出す。

 そんな彼の疑問に答えるかのように、双子は彼に営業を始めた。

 弟はブローチを指差して話し始める。

 

「これだよこれ! 名付けて『盾のブローチ』!」

「簡単な魔法なら逸らすことのできる、俺たちの『真面目路線』ジョークグッズさ!」

 

 思わずパーシーはまじまじと見つめてしまった。こんな小さなブローチに盾の魔法同様の効果が込められているなんて!

 

「どうやったんだ?」

 

 意に反し、口をついて疑問が吐き出される。

 

「そいつは」

「もちろん」

「企業秘密さ! この先はピンブローチをお求めあれ!」

 

 双子は小馬鹿にしたように交互に話す。

 苦悶、煩悶。ごく僅か。パーシーは好奇心に屈し、双子になけなしの金貨を投げ渡した。本来はペネロピーへのプレゼント代だったのだが。無いローブは振れないが、宵越しにガリオンを持ち越す必要もあるまい。彼は内心でそう言い訳した。

 

「毎度あり!」

 

 弟は代金と引き換えにブローチを手渡す。続けて製法の一部を開示した。

 

「実の所、俺たちもこういった『真面目路線』は考えてなかったんだけど」

「盾の魔法が得意な後輩が、企画書持参で提案してきたから仕方なくな」

「『悪戯道具と悪戯を防ぐ道具をセットで売りさばいてみてはいかがでしょうか?』なんて考え、流石は『継承者の右腕』様々だな!」

 

 

 

 翌日。ホグワーツ特急発車後。

 例年のようにパーシーが監督生として車内の見回りをしていると、一人の老人が声をかけてきた。

 ホラス・スラグホーンという、銀色のセイウチ髭を生やした小太りの男だった。

 

「君、少しいいかね?」

「はい、どうしました?」

 

 十中八九、新任の教師だろう。パーシーは特に不審がることもなく応対する。その様子に満足したであろう老人は、彼に対して頼みを持ちかけてきた。

 

「なに、少しばかり生徒を呼んできて欲しいのだが。君は──グリフィンドールか。それなら──」

 

 と言って、スラグホーンは三人のグリフィンドール生の名前を告げた。

 コーマック・マクラーゲン、ネビル・ロングボトム、それからハリー・ポッター。パーシーにはいまいち繋がりが読めない面子だった。せめてネビルとハリーだけなら推察のしようもあったのだが。

 用件を済ませるために会釈して立ち去ろうとするパーシー。そんな彼をそうそう、とスラグホーンは呼び止める。

 

「そういえば、君の名前はなんというのかね?」

「パーシーです。パーシー・ウィーズリー」

 

 ウィーズリー、ウィーズリー。

 老人はパーシーの名字を口内で転がしたのち、何かを思い立ったかのように彼に問いかけた。

 

「ほっほう! もしかすれば、君の母親の旧姓はプルウェットだったりしないかね? ギデオンとフェービアンの姉妹だったりは?」

 

 息をつく間も無く言葉を吐き出すスラグホーン。気圧(けお)されたパーシーは、のけぞりながら事実を認める。

 

「ええ、そうですが──」

 

 

 

「──さーてさて。みんな集まってくれたようだね。ブレーズ、母君は元気かな? ああ、スーザン! 君の叔母上は魔法大臣になるまであと何年だい?

 それから──ハリー・ポッター! リリーとジェームズの息子! 会えて嬉しいよ!」

 

 ……なんとなく、パーシーには集められた人間の共通点が見えてきた。

 トリカブト薬の開発者の甥、魔法省高官の親類、闇祓いの息子、既に英雄である少年。

 ホラス・スラグホーンは人材蒐集家なのだ。

 パーシーに関する話の中では、母方の親族やグリンゴッツに勤める長兄・ビルの話は根掘り葉掘り聞き出そうとするのに対し、父親・アーサーの話は部署を聞いただけで露骨に話を打ち切られるほどだった。パーシーに対する関心は、すぐに立ち消えてしまったようだ。

 

「僕の友達の一人はマグル生まれですが誰にも負けないほど優秀ですし、とても防衛術が得意な子だっています!」

「──うむ、うむ。落ち着きなさい、ハリー。もしかして君は私が偏見を持っていると思っているのかね?

 ならば、否と答えよう。例えばダーク・クレスウェルは小鬼連絡室の室長に上り詰めたような傑物ですし、君の母は魔法薬学に関して類稀なる才能を持っていた。

 リリーは言うに及ばず、ダークもまたマグル生まれであり、私の大事な教え子ですぞ!」

 

 コンパートメントでハリーとスラグホーンが言葉を交わす。どうやら老人の言葉が、彼の友人を貶めているようにハリーには聞こえたらしい。

 パーシーは助け舟を出すことにしたが──

 

「そうですね。スラグホーン教授。グレンジャーは一年生の時学年で最も優秀な成績を修めましたし、レストレンジはあの年で盾の魔法を得意とする──」

 

 がこん。

 車輪の擦れる音と、車内が揺れる不協和音が奏でられた。気がつけば、列車の外は土砂降りの雨が降っていて、暗い闇に閉ざされている。

 寒い、寒い。理性ではなく本能で、嫌な感覚が走った。

 

「──いかん」

 

 スラグホーンが立ち上がり、杖を構える。その目は、コンパートメントの入り口を見据えていた。

 次の瞬間。

 

「────」

 

 自分か他人かはたまた両方か。声にならない悲鳴が発せられる。

 扉の外から中に押し入ってきたのは、ぼろ布を纏った黒い塊だった。地面すれすれを飛翔するそれは、腐敗臭を撒き散らしながら佇んでいる。

 それを視界に収めた途端、パーシーの脳裏を悍ましい過去がよぎった。

 叔父達の訃報。昨年度ホグワーツを襲った狂乱。ジニーの行方不明。

 過ぎ去った、という事実を無視して不幸だった思い出のみが掬い上げられる。否、不幸のみを残して、幸福が吸い上げられる。

 吸魂鬼だ。

 コンパートメントに集まった生徒皆が正常ではいられなかった。中でもハリーは酷い。今にもひきつけを起こして倒れんばかりだ。

 パーシーは最上級生・監督生としての意地でもって、対処しようと脳内の教科書を検索して──

 

「エクスペクト・パトローナム」

 

 ──召喚された銀のセイウチが吸魂鬼を吹き飛ばした頃に、漸く策を掘り当てた。

 守護霊の呪文。

 防衛術のフクロウで「O」評定であったパーシーにすら使いこなせない、高位の防衛術。

 それを当然のように放ったのはスラグホーンだった。

 

「皆、大事──ああ、ハリー! 誰か、チョコレートを持っていないかね?」

 

 吸魂鬼を追い払ったスラグホーンは、倒れ込んだハリーを見た途端血相を変えて彼の元へ駆け寄った。脈拍と呼吸を確認して無事を確信したスラグホーン。彼は再び立ち上がると、おずおずとチョコレートを差し出したネビルに話しかける。

 

「ネビル。ハリーが目覚めたらチョコレートを食べさせてあげなさい。君たちも持っているならすぐに食べるといい。吸魂鬼の被害から回復するには、心身ともに安心するのが一番だ」

 

 そう言って、スラグホーンは先頭車両に続く扉を開いた。

 先ほどまで、雨音を貫くほどの生徒の悲鳴が聞こえていたが、今は聞こえなくなっていた。

 被害が無くなった、と考えるのは些か楽観的にすぎるだろう。

 

「それでは、私は特急内の吸魂鬼を掃除してくるよ。どうやら前の方が酷いみたいだ

 ──こんなことになるなんて! アルバスの奴に文句を言ってやらねば!」

 

 スラグホーンは忌々しげに吐き捨てる。

 パーシーも思わず杖を挙げた。

 

「僕も行きます!」

「守護霊は?」

「無体ですが一応……」

「──よろしい。ニーズルの手も借りたいところだ。後部車両を任せたよ、パーシー・プルウェット君!」

 

 最後まで彼の収集リストの中にはウィーズリーは収められなかったようだ。

 スラグホーンの間違いに苦笑したパーシーは、その勢いで後方に続く扉を開く。少し緊張が抜けて楽になっていた。

 

 

 

「セドリック! 大丈夫か!?」

「ここは大丈夫です、パーシー! 先に進んで!」

 

 スラグホーンの開けた前方車両の扉からは、吸魂鬼が山ほど目についたが、後部車両はそれほどではなかった。

 だが、ゼロではない。それなりな数の吸魂鬼が窓を叩き、車両内に侵入してきている。

 対するホグワーツ側の戦力は一握り──否、それ以下、だ。もとより生徒の誰も吸魂鬼と相対するなんて考えてもいない。

 闇祓い志望、アズカバン看守志望、魔法省高官志望──そう言ったごくごく一部の上級生だけが守護霊を喚び出すことができた。その中で、有体の守護霊を呼び出せるなんて生徒は二桁いればいい方だろう。

 そんな稀有な一人、セドリック・ディゴリーが数両に亘って鳥の守護霊を飛ばしていたが、それでも多勢に無勢だった。とてもではないが最後方までには手が足りない。

 それでも、セドリックはいつものようにハンサムな笑みを浮かべてパーシーをより後方へ送り出した。

 優秀な後輩に感謝して、パーシーは先に進む。

 

 

 

 後方の車両に突入するとすぐにペネロピーの姿が見えた。彼女たちに襲いかからんとする、四匹の吸魂鬼も。パーシーは激情のままに守護霊を召喚する。

 

「──ッ! エクスペクト・パトローナム 守護霊よ来たれ!」

 

 彼の杖からは、シューという音を立てて銀色の靄が噴き出る。それは人間と吸魂鬼の間をカーテンのように広がって遮った。吸魂鬼は守護の膜に遮られ、極上の餌に辿り着けない。──だが、時間の問題だ。

 怯える彼女を背に庇い、パーシーは防壁を維持する。

 

「頑張って! パース!」

 

 ……ヒロイックなシチュエーション。今の彼には、幸福という弾丸が常に装填されている。平常の頃であれば、あるいは有体守護霊に手が届いたかもしれない。しかし度重なる吸魂鬼の襲来によって疲弊した精神では、それは望めなかった。供給される幸せは、吸魂鬼に貪られ目減りしていた。

 これが、吸魂鬼の恐ろしさである。吸魂鬼は存在そのものが幸福を喰らう生物。幸福を原料に精製される守護霊が天敵ではあるが、幸福の供給源である魔法使いに対しては天敵であるのだ。

 

 五分か十分か、あるいはもっと長く、短く? 長時間の防戦で、時間感覚が保てない。一匹の吸魂鬼が更に後方に向かっていったが、パーシーには手一杯であった。吸魂鬼相手に皮肉であるが、幸運を祈るしかない。

 脂汗が流れる。杖腕が震える。雨音がやけに遠くに聞こえる。過去が押し寄せてくる。

 不安げに彼の袖を掴むペネロピーだけが彼を奮い立たせていた。

 だが、それももう長くは持たない──

 

「──エクスペクト・パトローナム 守護霊よ来たれ!」

 

 彼らを救ったのは、銀の驢馬だった。愚かでのろまというイメージを覆す獅子奮迅。駿馬は三匹の吸魂鬼を蹴散らし車両を駆ける。

 

「大丈夫ですか!? 状況は!?」

 

 ズィラ・レストレンジだ。

 防衛術を得意としていることは知っていたが、まさか有体守護霊すら使えるとは!

 彼女の能力について問いただしたかったが、今は状況が状況。端的に言葉を交わす。

 

「誰かが開けていた窓から吸魂鬼が入ってきて……新任の先生は先頭車両の生徒たちを守るので手一杯だ! それに外にはまだ吸魂鬼が沢山いる!」

 

 パーシーは息も絶え絶えにそう告げる。

 その言葉を聞いたズィラは、窓の外を確認し、暫し絶句し──

 

「──わかりました。それではわたくしが吸魂鬼をできるだけ引きつけます。パーシーは列車の中をお願いします。

 レビコーパス 身体浮遊!」

「──なっ、ズィラ!」

 

 ──列車の外へ身を乗り出した。

 思わずパーシーも窓から首を出す。

 すると、彼女は足先を何かに引っ張られるように、上空へと翻りながら飛翔していった。

 そんな彼女のもとに、餌にたかる蝿のように吸魂鬼達が迫り来る。いや、蝿の方がまだ幾分か慎み深いだろう。

 パーシーは愕然とした。

 本来、生徒を守るべき魔法省が生徒を襲い、魔法省から警戒されているであろう死喰い人の娘が生徒を守ろうと命を張る逆転現象。

 パーシーの魔法省に対する妄執が、吸い取られていくような光景であった。

 

 パーシーは僅かな時間茫然としたのち、頭を振って先頭車両に駆け出す。

 ホラス・スラグホーンに助けを求めに。

 彼の後輩を助けるために。

 

 ペネロピー・クリアウォーターはパーシーの後ろ姿に投げかけた。

 

「──今日のあなたって、『グリフィンドール』的ね」

 

 

 




Tips:パーシー・ウィーズリー

 ウィーズリー家の人間は、皆どこが凝り性な性質を持っている。
 父のマグル趣味に始まり、母・モリーの家族愛、長兄・ビルのお洒落好き、次男・チャーリーのドラゴン狂い、フレッド・ジョージ兄弟の悪戯精神、ロンのチェスを得手としていて、末妹・ジニーは恋愛気質だ。
 パーシーも例に漏れず、権力志向であった。

 ──と一括りにしたいところではあるが。
 残念ながらパーシーの性質だけは、些か他のウィーズリーとは異なっている。
 他の家族が自分の内側から生じる感情に正直で、本質的に他者の評価を必要としていないのに対し、パーシーの権力志向は他者の目を何よりも重視している。(ジニーに関しては議論が分かれるところだが、本稿では「ダンスパーティー時にハリーの誘いを求めなかった」事実から、愛の返還を必ずしも求めていないと判断する)
 総じてパーシーの拘りは、他者がいなければ成立しない。
 それにより、本編基本ルートにおいてもパーシーとウィーズリー家は深刻な仲違いをした。

 ……だが、それでも血は争えない。違うところもあれば、変わらないところも確かにある。
 基本ルート最終章にて、パーシー・ウィーズリーは魔法省に残り続けた。闇の勢力に支配された魔法省に。
 恐れ故の足踏みだったのか。
 その答えは、最終決戦で示される。

〜ハリー・ポッターストーリー攻略ガイドブック+ より抜粋〜



 リトル・ハングルトンの墓地にて。
 死を飛翔した男、ヴォルデモート卿と生き残った男の子、ハリー・ポッターは向かい合っていた。
 否。向かい合うという表現は正確ではない。ヴォルデモートが尊大に振る舞う一方で、ハリー・ポッターは杖すら奪われた状態で墓石に縛り付けられている。彼我の差は明白だった。
 集う死喰い人を尻目に、ヴォルデモートは口を開く。

「嗚呼、久しいな、我が宿敵」

 言葉とともに闇の帝王が杖を振り、少年を縛り付けていた荒縄がスルスルと解ける。
 ゆっくりと立ち上がるハリー。ヴォルデモートは彼に柊の杖を投げ返して猫撫で声で囁いた。

「さあ、立つがいい。俺様と久方ぶりに語らおうではないか」

 無言。静寂が支配する夜闇の中で、きいきいと一匹の鼠が鳴く。

「我が君──」
「なんだ、ペティグリュー」

 小男が蘇った男に何事かを囁いた。
 瞬間、ヴォルデモートの顔色が変わった。
 
「ふむ。事情が変わった。立て」

 ヴォルデモートが杖を持たない手をかざすと、ハリーの体が意に反して立ち上がり、ヴォルデモートに正対させられる。ハリーが困惑するのを他所に、トム・リドルは厳かに告げた。

「──新年の挨拶をするのだ、ポッター。新たなる年を迎えた際には、出会った人間に敬意を払わねばならぬ。ダンブルドアは礼儀を守れと教えただろう……」

 どこか遠く、極東の国で。
 煩悩という闇を祓う鐘の音が響いていた。


……こんなん書いてて投稿予約日が2020年12月31日になってたとかこれマジ?

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