ハリー・ポッターRTA ヴォルデモート復活チャート   作:純血一族覚書

27 / 33
小説パートです。予約投稿ガバってたので奇襲時間。

一万字越え。長命のキャラはそれだけで長いです。人生(資料)の厚みが違いますね。


純血一族端書

 1993年、10月中旬。

 「死喰い人」抵抗組織「第二次・不死鳥の騎士団」。

 その旗揚げは二人の罪人が蜂蜜酒のグラスを叩きつけることでなされた。

 

 

 

 純血一族一覧。

 カンタンケラス・ノットによって著されたとされる、イギリス魔法界の血統証明書である。

 この本に記された家系は少なくとも1930年代までは、「間違いなく純血」とされており、彼らは「聖28一族」として純血コミュニティの中で地位を高めていった。

 

 一言に聖28一族といっても、彼らのコミュニティの築き方は多岐にわたる。

 マルフォイ家──征服王・ウィリアム1世腹心の部下であったアーマンド・マルフォイを源流とする彼らは、政治と金を使いこなすことで魔法界・マグル界で盤石たる地位を築いた。

 国際魔法使い機密保持法が制定されるまではマグルの土地、通貨、その他資産を用いてマグル社会でも地位を高める。最終的に達成こそしなかったものの、英国女王の王配として名が上がったことは彼らの政治的センスを伺わせる。

 機密保持法制定以後はマグル社会との関係を断ち切り、逆に彼らを排斥する立場に回った。魔法界の「流行」に乗り遅れなかったことで、彼らははじめから純血主義であったと標榜される。

 「純血は常に勝利する」

 マルフォイ家の家訓であるが、これは逆説的に「勝利すれば常に穢れなきこと(純血)」を主張できる、とも言える。

 杖に指紋がついていたとしても、マルフォイは決して犯罪の現場には現れない。

 資産を裏付けとした政治的立ち回りこそ、マルフォイ家のコミュニティ形成法と言えるだろう。

 

 ウィーズリー家──彼らは聖28一族と認められながらも、偉大なるマグルの祖先を持つことを誇りにしていた。

 その立ち回りから「血を裏切るもの」として他の聖28一族から呼ばれる彼らだったが、にもかかわらずウィーズリーとの血縁のない家系は後述するゴーント家程度しかいない。何故か?

 ウィーズリー家は代々多産であり、またその多くが様々な方面で才を発揮したからだ。

 アルバス・ダンブルドア、ミネルバ・マクゴナガル、トム・リドル。

 セブルス・スネイプ、ニンファドーラ・トンクス、シビル・トレローニー。

 それからハリー・ポッター。

 極まった純血よりもむしろ半純血の魔法使いの方が特異な能力を持っていて優秀である、というのはいささか語りすぎだが、ある種の理解は示せるだろう。

 古来より血を裏切ってきたからこそ、優秀な因子を蓄えつつもウィーズリー家は純血であり続けた。

 血脈と才覚。これこそがウィーズリー家が「血を裏切るもの」と罵られながらも排斥されない理由である。

 

 ゴーント家──彼らはその聖性の象徴たる純血をより極め究め窮めることに注力し続けた。

 それはある意味で、()()()()達成されたと言えなくもない。

 彼らにコミュニティなど必要ない。

 サラザール・スリザリンを祖とする閉じた蛇の円環。それだけで十分だ。

 

 アボット、ブラック、レストレンジ。

 その他の聖28一族にも、コミュニティを形成する手法、指針が存在する。

 今話はそのうちの一つ。

 スラグホーン家。

 ホラス・スラグホーンについて語ろう。

 

 

 

 1882年の春。雪解けを感じるある日のこと。

 ホラスはスラグホーン家の第二子として産声を上げた。

 純血の名家に生まれたことで、ホラスは何不自由なく育てられた。家督こそ長男のものであったが、生来道楽者であったホラスである。幼少の頃よりそんなものは必要なく、自由気ままに過ごしていた。

 もっとも、長男に何かあった時のスペアとして、それなりの教育を受けることは避けられなかったが。

 スラグホーン家の家訓はこうである。

 「才あるものを統べよ」

 必ずしも自分が優れていなくとも良い。優れた者を集め、味方につけ、使う。これを連綿と続けることで、世代を越えてスラグホーンを頂点としたピラミッドを形成する。

 それがスラグホーン家の処世術であった。

 彼の父親は、ホラス達兄弟に事あるごとに言って聞かせた。

 

「──いいか、二人とも。どんな時代、どんな場所にも、必ず一人は目を見張るほど輝いている奴がいる。なんとしてもそいつとコネクションを結ぶんだ。

 お前たちの祖父さんの代にはオッタリン・ギャンボル──魔法大臣を務めた後ホグワーツで校長をして特急を引いた魔女だ。彼女と祖父さんは竹馬の友だった。

 少し前に家であった魔女を覚えているか? ホグワーツ時代、私はヴェヌシアをずっと可愛がっていた。今も彼女は私のことを先輩と呼び、定期的に挨拶をしにわざわざ家までやってくる。

 優秀な闇祓いで気持ちの良い魔女だ。まだ若いが、彼女は間違いなく魔法大臣になるだろう。

 お前達もこれだ! と思ったやつは絶対にものにするんだ。

 ……ホラス、お前もだ。お前はスギの杖に選ばれた。スラグホーン家でスギの杖は吉兆の証。見極めるのに優れたものだけが選ばれる杖だからな。わかったか?」

 

 わかりました。

 そう返事はしたものの、ホラスにはいまいち実感がわかなかった。

 審美眼を身につけるため、と言われて父に各界の著名人と会わされたが、いまいちピンとこない。歴代最長の就任期間を持つ当代一の政治家、と称されるファリス・スパーヴィン魔法大臣を見たこともあったが、彼の目には「いつか失敗しそうな死にかけたつまらない爺さん」にしか見えなかった。

 ほどほどに有能そうな人物は見て取れる。父が気に入っていたヴェヌシア・クリッカリーもそうだ。

 才能ある人物を集める、その楽しさもわかった。

 だが、魂を惹かれるような鮮烈な才能にはついぞお目にかからなかった。

 本当にそんな人物がいるのか?

 ホラスにはいささか疑問だった。

 

「──ダンブルドア ・アルバス」

「────────」

 

 後に今世紀最高の魔法使いと称されるその男。

 アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドアを目にするまでは。

 

 

 

 組み分けでダンブルドアを目にして以来、ホラスは彼の才能の虜だった。

 グリフィンドールに組み分けられたダンブルドアに対しスリザリンに組み分けられたことはいささか面倒だったが、それでもホラスは彼と友誼を結ぼうと必死に取り入った。

 幸いにも、隔絶しすぎた能力を持つ彼には友人はいなかった──エルファイアス・ドージ? あれはただの取り巻きだろう?──ため、他寮の生徒であるホラスであっても容易に接触できた。入学当初、父親の犯した罪によりダンブルドアの周りには行き過ぎた純血主義者しかいなかったのも優位に働いた。ホラスの目から見ればダンブルドアがマグルを排斥しようなどとは考えておらず、むしろ逆の思想を抱いていたことは明らかだったため、自分はマグル生まれに対し何ら思うところはないと伝えるだけでよかった。

 ……これは嘘ではない。ホラスは才能主義者であり、マグル生まれに対し何ら特別な関心を抱いていない。もっとも、半純血ならいざ知らず、完全なマグル生まれから才能ある魔法使いが出てくることはきわめて稀だったが。

 また、件のダンブルドアにとっても、1897年に開催された第71回魔法学校魔法薬選手権で自身に次ぐ2位、それも僅差と言っていい差で迫られたことから、ホラス・スラグホーンは一目置くべき存在となっていた。

 アルバス・ダンブルドアの話についていけるのは(同年代かつ魔法薬学に限った話にせよ)ホラス・スラグホーンだけ。

 ──こうなってしまえばあとは容易い。このままこの世界最高クラスの魔法使いを手札に加えることで、より自身の地位を高めることができるだろう。

 スラグホーン家で生まれ育った因習。ホラスは大真面目にそう考えていた。

 甘い考えだった。

 

 魔法薬選手権の2年後、ホラスとダンブルドアは揃ってホグワーツを卒業した。

 ダンブルドアは在学中に優れた論文を多く書き、著名人と交友し、ウィゼンガモットの英国青年代表にもなった。

 ホグワーツ史上最高の天才──そう呼ばれてしまえば父や兄といった人材収集マニアの耳にも流石に届くがもう遅い。

 ダンブルドアとのツーショット写真を見せつけてやればそれだけで彼らは心底から悔しがる。

 ダンブルドアという最高位の役の前では、父、兄の持つ手札の全てがブタだ。

 やーいやーい。なにおぅ!

 子供のように揶揄い、反撃され、笑い合う。

 スラグホーン(人材蒐集)家はその日賑やかだった。

 

 

 

 卒業後しばらくして夏。

 ダンブルドアはドージと共にホグワーツ卒業恒例の世界一周旅行に行くという。

 まぁ好きにすれば良いだろう。たかだか数ヶ月で何かが変わるわけでもなし。

 その後、風の噂で旅行を取りやめたダンブルドアが実家で介護生活を送っていると聞いた時も、「ははぁ大変そうだなぁ、今度会ったときに聖マンゴの良い癒師でも紹介してやろうかなぁ」などと純粋(善意8割、打算2割)に心配したほどだった。

 

 だから、数ヶ月後アリアナ・ダンブルドアの葬儀が行われるという知らせを受けたときには、文字通り死ぬほど驚いた。

 そして会場であったダンブルドアが、以前とは何もかも違っていることに心底驚いた。

 自信に満ち溢れた表情は何処にもなく、あるのは深い苦悩で満たされた顔。

 ダンブルドア、その才能に一切の翳りはなく、しかして彼自身で自らを縛り上げるような振る舞い。

 弟に殴られそうになった時も、ダンブルドアならば盾の呪文をワンドレスで放つことで防げるというのに、身じろぎすらせず受け入れていた。

 そのあまりの憔悴ぶりに、さしものホラスといえども周囲の著名人とのコネクションよりダンブルドアのケアを優先するほどだった。

 ……これは葬儀会場ではついぞ気づかず、ホラスが後年になって整理した考えだが。

 彼は彼特有の審美眼から、もはやダンブルドアが自分の手札には永久にならない、アルバス・ダンブルドアの心は誰かへと永遠に移ってしまった、と直感していた。

 

 

 

 次にホラスとダンブルドアの道が交わるのはおよそ10年後のことであった。

 兄の補佐をしながら自身の人脈を繋いだホラス。

 魔法薬学の分野ですでにひとかどの人物であった彼は、各界の実力者たちが集まるパーティーで、一人の男に声をかけられる。

 

「やあ、ミスター」

 

 時のホグワーツ校長、フィニアス・ナイジェラス・ブラックだった。

 純血の貴族同士、堅苦しい挨拶を交わした後──ブラック家のものはしばしばそれを好む──彼は本題を切り出した。

 

「ふむ、ところで、だ。スラグホーン君。君に一つ頼みたいことがあるのだが……君、来年からホグワーツで教鞭を取るつもりはないかね?」

「──それは誠に光栄なことであります。ブラック校長。しかしながら、私のような若輩者にそのような要職、いささか分不相応では?」

「そんなことはあるまい。この前の『Potions journal』、読ませていただいたとも。『幸運の液体の効能とその常用性』。あいにくと門外漢のため学術的な価値はさっぱりわからんが、基礎研究としてはなかなかのものじゃないかね? 少なくとも、フェリックスを毎日飲んでいたことを忘れて箒から飛び降りる愚か者や、過剰摂取で幸運中毒になる不運な奴はこれから先生まれなくなったわけだ。

 若さという点も、君と同年代のダンブルドアが10年前より教えている点から問題ない。

 それに──」

 

 フィニアスは手に持った酒を一口舐め、続ける。

 

「それに、何故だか今はホグワーツへの募集が少ない」

 

 だろうな。

 ホラスは心の底で思った。フィニアスの人望の無さはホグワーツの外でも評判だった。

 その上で、彼は教職を受けることを決めた。

 ホグワーツ教授は人材蒐集という点では絶好のポジションであったのが理由の一つ。

 もう一つは

 

「わかりました。お受けいたします。ブラック校長。

 ──ところで話は変わりますが……」

 

 貸し、一つ。

 

 

 

「久しぶり、ホラス」

 

 この男はアルバス・ダンブルドアなのか?

 ホラスが旧友に再会した時にまず思ったのはそれだった。

 闇の魔術に対する防衛術の教授をやっていたダンブルドアだが、ホラスの眼にはどこか切羽詰まっているように感じた。そのブレた心の上から「ダンブルドア教授」の皮を被っているような印象を受けた。

 それこそ彼の肉親かはたまたドージの奴にしかわからないだろう。ホラスに分かったのは彼が昔のダンブルドアを知っていて、なおかつ磨かれた審美眼を持っていたからだ。

 

「ああ、アルバス……その、元気か?」

「? 何故そんなことを聞くんだ?」

 

 踏み込めない。ホラスはそう感じた。

 

 

 さて、ダンブルドアとのちょっとした距離感を除けば、ホラスのホグワーツ生活は理想的……

 

「スラグホーン先生! 禁じられた森でファイア・クラブが群生していました!」

「だからなんで私の元に報告しにくるんだスキャマンダー! 魔法生物飼育学の教授に伝えれば良いだろう!」

「でも先生こういったお金になる生物好きでしょう? その手の知り合いも大勢いらっしゃいますし」

「…………禁じられた森に立ち入った罰にハッフルパフ30点減点」

「そんな!」

 

 理想的……

 

「先生! リタがまたグリフィンドール生から虐められています」

「分かったよ。今行こう」

 

「──あら、先生。ご苦労様です」

「……レストレンジ。スリザリン出身としては先に手を出された以上、やり返すことには文句を挟まないが、これはやりすぎじゃないかね?

 ほら、こっちの彼なんか『全身金縛り』を受けた後に『なめくじの呪い』を受けたせいでなめくじで窒息しそうじゃないか」

「だって私のこと『望まれない子供だった』とか酷いこと言うんですよ? これくらいなら問題ないですよね?」

「ああ、うん。それでいい。加点も減点もしない」

 

 理想的……

 

「スラグホーン先生、リタがプレンダーガスト教授の椅子に糞爆弾を仕掛けました! それからニュートが学校中にパフスケインを放って……」

「またあの二人か!」

 

 理想的だった!

 

 ニュート・スキャマンダーとリタ・レストレンジ。

 はみ出しものを自称していた彼らだったが、ホラスの目から見れば、ニュートの魔法生物に関する溢れんばかりの才は明らかであったし、リタに関してもホラス自身に似通った何か──使う側、奪う側の才能を持っていることが見てとれた。

 

 だからこそ、ニュートがジャービーを使った事故を起こして退学処分になったのは至極残念に思ったし、処分に対するダンブルドアの抗議に賛同し、退学ではあるが杖を折りはしないという中途半端な決着に()()()()()()

 

 

 そんな問題児二名を最初に教えたことで、皮肉にもホラスの教授としての経験値は十分以上に溜まってしまった。

 教授として働くことは、思いのほかずっと良かった。

 魔法薬学に自由に打ち込め、未来の実力者を自由に青田買いでき、時には彼らを通して有力者たちにもアプローチを仕掛けることすらできた。

 スラグ・クラブなんて名前のサロンを作ってみれば、純血の名家の子供が社交に来たり、マグル生まれの子が驚くべき才能を示したり、寮を越えた繋がりが形成されたり……目論見通りに進んでいった。

 ニュートがかのゲラート・グリンデルバルドを捕まえた、なんてものを聞いた日には、真偽不明のままで生徒たちに「グリンデルバルドを捕まえたニュートは学生時代何かあるたびにしょっちゅう私の元に助けを求めに来てね……」などと語ってしまった。自慢半分喜び半分、そんな気持ちだったと思う。ジョークの類と考える生徒もいたが、残念ながら嘘ではなかった。

 ちょうどこの頃ダンブルドアも「変身現代」の定期コラムニストに選ばれており、そのことについて何度か話した。久しぶりにダンブルドアが浮かれ喜ぶ様子を見て、ホラスは自分が思っていたよりずっと安心した。

 学生として過ごし、同僚として過ごし。

 ダンブルドアとの間には、もはや人脈云々が関係なくなっていたことにホラスはようやく気がついた。

 

「──ダンブルドア。君が黒い魔法使い、ゲラート・グリンデルバルドを討ってくれ!」

「──断る!」

 

 だからこそ、グリンデルバルド討伐を断ったダンブルドアに対し闇の魔術に対する防衛術を教えることを生涯禁じ、彼をモニタリングするタグをつけると言う愚行を犯した魔法法執行部、ひいてはトラバースに対して、ホラスは初めて全力で人脈を使って抗議文を送りつけてやった。ホグワーツの自治権に対する侵害だとかなんとか、そういった趣旨の文をウィゼンガモット議長の名前入りで。

 ダンブルドアに対する処分はすぐに撤回された──もっとも、彼は今度は変身術を教えはじめたのだが。

 風の噂ではその後トラバースは部長職を追われたらしい。

 この件によりホラスの使える手札は随分と目減りしたが、()()のためならば切れないカードではない。ホラスは何処か充足した感覚を抱いた。

 

 そんなこんなでそれなりに楽しく教師を始めて十年が過ぎ、二十年が過ぎ、もう少しで三十年となる1938年。

 ホラスの幸福をねじ曲げ潰す、元凶がやってきた。

 その、ダンブルドアが連れてきた、マグルの孤児院出身の子供を見たとき、

 

「──リドル・トム!」

 

 二人目だ。ダンブルドアと同じだ。

 ホラスはそう直感した。

 トム・マールヴォロ・リドルはアルバス・ダンブルドアと同格、あるいはそれ以上の才能の塊だ、ホラスはそう感じ取った。

 

 もはやダンブルドアはあまりにも有名すぎるし、手札として使うにはあまりにも関係を深めすぎた。

 だから次はこの生徒と親交を深めよう。

 スラグホーンの思想としては、至極当然の考えだった。

 

 トム・リドルはとても優秀で、かつ魅力的な生徒だった。寮監の自分でさえ惹かれてしまうような、まさしく次世代のダンブルドアと呼ぶべき生徒だった。

 その上、彼はホラスをしきりに頼ってくる。それはホラスの自尊心を大きく満たし、彼の手札が充足するのを感じさせた。

 だから、目をつけられた。

 だから、引きずり込まれた。

 だから、使われた。

 

「先生、ご存知でしょうか……ホークラックスのことですが?」

 

 ホークラックス、分霊箱。

 闇の中、深奥、深淵、秘中の秘。

 最も忌むべき魔法の一つだった。

 当然教えられない。……が、自尊心をくすぐる様なリドルの語り口と、彼へのこれまでの信頼(盲目)が口を滑らせた。

 分霊箱。その定義も、作り方も、理想個数も、何もかも。

 これこそが、ホラス・スラグホーン、その生涯における最大の罪である。

 

 

 

 それから先、数十年間。

 不気味なほどになにもなかった。

 だから、ホラス自身も口を滑らせたことを、すっかりと忘れてしまっていた。

 1970年。「闇の帝王・ヴォルデモート卿」を名乗ったトム・リドルがイギリス魔法界に戦争を仕掛けるまでは。

 この年、ホラスの精神は不安定だった。

 ダンブルドアに抵抗勢力への加入を求められても、思わず断ってしまうほどには。ヴォルデモート卿に最大の切り札を与えた人間が、どの面下げて加われると言うのだろうか。

 忸怩たる思い。

 それが打ち祓われたのは一年後。とあるマグル生まれの少女が入学したことによってだった。

 

「ねぇ、先生?」

 

 グリフィンドールの()()は、マグル生まれとは思えないほどに優秀だった。彼女と並ぶ生徒は、同じく彼女の友人であろうスリザリンの少年くらい。天賦の才と呼ぶべき代物だった。

 その上、彼女はひたすらに善人だった。ホラスは彼の仕事と趣味の都合上、様々な人間の綺麗なところも汚いところも見続けてきたが、そんな彼からしても、綺麗と形容するにふさわしい精神だった。

 ──もちろん、これは恋愛感情などではない。綺麗なものに触れることで、自分も綺麗になったかのような気がする、と言うだけだ。

 それでも、彼女のアーモンドのように大きな緑の瞳で見つめられるだけで、実際はなにも変わらないにせよ、どこか救われたような感覚を抱いた。

 やがて彼女が卒業し、グリフィンドールの悪ガキの一人と結婚し、子供も生まれたと聞き。

 少しはいいことがあったな、とホラスが感じたところで。

 1981年10月31日。

 ヴォルデモート卿が姿を消した。

 ジェームズ・ポッター、リリー・ポッターが死亡した。

 ホラスはその日、辞表を遺してひっそりと姿をくらました。

 衝動的に首を括らなかっただけで十分だろう。

 

 

 

 そして舞台は現代へ移る。

 

 

 

「そちらも歴史的には重要じゃろうが、わしが聞きたいのは、そっちではない。

 創始者の遺品が、このように悪しく変質した理由について、理由を考えたいのじゃ。

 ──おぬしの『秘密』を語るべき時が来た」

 

 校長室で、ダンブルドアに詰問される。

 机の上には規則破りの少女が持ってきた分霊箱が二つ置かれている。

 このためか。ダンブルドアが自身を教職に招いた理由がこれでよく分かった。

 ある程度推測は立っていたのだろう。明白な証拠も叩きつけられている。

 もはや逃げ場などどこにもない。だが、ホラスには正直に語ることなんてできなかった。

 だってそうだろう!?

 「闇の帝王との戦争」で何人死んだ? 何人行方不明になった? 何人心を壊した?

 10人? 100人? いいやマグルも含めればもっとだろう! 間接的被害者も含めればもっともっとだろう!

 統計上の数値となった人の命と尊厳。

 それを失わせた責任の一端──この期に及んで一端だと?──はホラス自身にある!

 ……とてもではないが彼には背負い切れない重みだった。

 10年を経ても消せない痛みだった。

 脳裏には()()の笑顔が浮かんでくる。

 

「ねぇ、先生?」

 

 アーモンドのような大きな緑の瞳が彼を縛る。

 この善なるものを自分が失わせたなんて。

 とてもではないが認められなかった。認めたくなかった。

 煩悶するホラス。彼は助けを求めて、先程まで囀っていたフィニアスの肖像画を見つめた。しかし肖像画は黙して語らない。

 沈黙の中、ダンブルドアは静かに指を振った。

 後ろの棚からふわふわとふたつのグラスと一本の蜂蜜酒の瓶が飛んでくる。

 高級品じゃよ、毒も真実薬も入っておらん。

 酒が並々と注がれたグラスを二つとも差し出しながら、ダンブルドアはそう嘯いた。

 ホラスはその片方を選んで受け取り、ダンブルドアは残った方に口をつける。

 そしてなんでもないように言った。

 

「おぬしの『秘密』を語るべき時が来た、などと言ったが、実は、わしにも語るべき秘密がある。わしはそれを先に話すべきじゃろう。

 わしは昔、ゲラートと親友だった。

 ──『黒い魔法使いとの戦争』の引き金は、わしが引いたんじゃ」

「──な、……は?」

「間違いない。わしとゲラートは一夏を過ごし……結果としてアリアナを死なせてしまった」

「待て、待て、待ってくれ、意味がわからない!」

「わしがゲラートと戦わなかったのは勝つために力を蓄えていたからでも、戦略でもない。

 ──わしらの誰がアリアナを死なせてしまったのか、知りたくなかったからじゃ」

「ちょっと、待て! アルバス!」

 

 とんでもない暴露話。

 混乱するホラスを他所に、ダンブルドアは蜂蜜酒を一口飲んで続けた。

 

「ホラス、君だけではない。君だけではないのじゃよ。むしろわしの方が罪深い。

 君は少し知識を教えただけじゃが、わしは半分共犯者じゃ」

「──どうしてだ。アルバス、どうして君は認められる。目を逸らしたくはならないのか」

 

 半分認めたような問いかけ。

 ダンブルドアはそれに、可能な限り真摯に答えた。

 

「ホグワーツで教える間、様々な生徒と触れ合った。その中には先程の娘のように、校則違反を犯す子もたくさんおった。

 人は誰でも誤ちを犯す。自分で言うのもなんじゃが、並外れて賢ければ賢いほど、誤ちも大きくなってしまうじゃろう。

 ──だから、誤ちを認めて罰則を受ける。ホグワーツではそうして罪を精算するんじゃ。

 まずは罪に向き合い、認めねばならぬ。それが、ホグワーツで教鞭を取ったわしらの責務じゃ」

「……そうか。そうだな……」

 

 これだけ言われて、なお、ホラスは自白できない。

 これがグリフィンドールとスリザリンの差なのか? 勇気の寮と狡猾の寮の差なのか?

 ──いいや、違う。これこそが資質の差だろう。ホラス自身が知っていた才覚の差。これが如実に現れた形だろう。

 なおも黙り込むホラスに、ダンブルドアはこう提案した。

 

「のう、ホラス。わしは全て解決して死ぬ時にゲラートとの話を公にするつもりじゃが……お主の()()もわしのこととして話そうか?

 なに、死ぬなら一つも二つも一緒じゃ」

 

 自身に向けられる慈愛の瞳。

 それが、逆にホラスの心に火をつけた。

 アルバスと自分は同期のはずだろう? 友達のはずだろう? 対等のはずだろう?

 ──何故私は憐れまれるようなことをしているんだ!?

 ホラス・スラグホーンは蜂蜜酒をぐぃと飲み干し、グラスを机に叩きつける。

 そうして彼はアルバス・ダンブルドア、今世紀最高の魔法使いに啖呵を切った。

 

「いや、いい。私だ。全て私が教えた。アルバス、お前じゃない。

 ──そうだ。私がトムに、ヴォルデモート卿に分霊箱の秘密を教えた! 複数作れることも、最適な個数も、全て私が教えた!」

「幾つじゃ!」

「六つだッ!」

「あいわかったッ!」

 

 1993年、10月中旬。

 「死喰い人」抵抗組織「第二次・不死鳥の騎士団」。

 その旗揚げは二人の罪人が蜂蜜酒のグラスを叩きつけることでなされた。




Tips:ホラス・スラグホーン

 〜〜先述したように、スリザリン寮に組み分けられるのは、必ずしも純血の魔法使いだけではない。
 サラザール・スリザリンが「組み分け帽子」に望んだ判断基準は機知に富む才知、断固たる決意、あえて規則を無視する傾向、などであり、純血は絶対条件ではない。
 ただし、スリザリン寮に配属された際思想・風聞が純血主義に寄ってしまうことは(プレイヤーエディットキャラも含めて)避けられないだろう。
 一例としてホラス・スラグホーンをあげる。
 彼は純血思想ではないが、別の意味で差別主義者だ。才能、家系(身内に著名人がいるかどうか)を重視し、そのどちらも持ち得ない人物に対して関心を抱かない。
 本編プレイ時にハーマイオニーを評価したことから彼のことをマグル生まれにも差別しない存在だと考えるプレイヤーも多いが、残念ながらそうではない。
 彼はハーマイオニーを当初著名な魔法使いの血縁と考え、後に彼女がマグル出身と聞き、たいそう驚いていた。
 これは、無意識に「マグル生まれが優秀なはずがない」というスリザリン寮の刷り込みによるものである。
 一方で、スリザリン寮に配属されたとしても直ちに悪人となるわけではない。
 スラグホーンはダンブルドアの長年の友人であり、ヴォルデモート卿に分霊箱の秘密を教えてしまったことを長年気に病んでいた。
 最終決戦に不死鳥陣営として参戦したことからも、その精神は善なるものといえる。
 寮の配属で全てが決定してしまうわけではないので、ハリー世代スリザリン寮でプレイするプレイヤー諸兄も安心して欲しい。
 
 スリザリンではもしかして、君はまことの友を得る

 と組み分けの歌でもって、前書きを締めさせていただこう。
 以降にキャラデータを掲載する──
 
 〜ハリー・ポッター組み分けガイドブック より抜粋〜




 スラグホーンについて、年齢等の年数関連はある程度独自で調整しています。一応公式でありうる範囲なはず……?
 面白連中と絡ませたかった(自白)。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。