ハリー・ポッターRTA ヴォルデモート復活チャート   作:純血一族覚書

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小説パートです。長いです。予約投稿ガバです。

整理された心を持つ者にとっては、死は次の大いなる冒険に過ぎない──アルバス・ダンブルドア


トロールのようにとろい旅路を

「クィレルは──クィレル先生は最期に僕の肩を掴んで言っていました。ミス・レストレンジにありがとうと。

 ……それから、ダンブルドア先生に。ホグワーツに迎え入れてくれて、感謝しています、と」

 

 ハリー・ポッターが大魔法使いの苦悩する顔を見たのは、その時が初めてだった。

 

 

 

 

 

 クィリナス・クィレルという男は、幼少の頃より大変に奇矯な男であった。

 半純血の家系に生まれた彼は、幼い頃から魔法界のものと非魔法界のものの双方に接する機会があった。そういった場合、大抵の子供は魔法界のものに対して興味を示すのだが、彼は非魔法界のものに対して強く関心を抱いた。

 友達がゾンコの店に糞爆弾を買いに行く中、クィリナスは一人ロンドン・ストリートにあるおもちゃ屋へトイ・ブロックを買いに行った。

 そんな子供は、彼だけだった。

 

 魔法生物。

 魔法界をある意味で象徴する生き物たちだ。

 彼らは森で、草原で、湖で、庭先で、時にはマグルのおとぎ話の中で、縦横無尽に駆け回る。

 とある少年は、ドラゴン使いになりたいと思った。

 またある少年は、不死鳥を従える賢者になりたいと思った。

 一人の少女は、ユニコーンに魅了された。

 そしてある少女は、実際にパフスケインを飼ってみた。

 さして珍しくもない、魔法使いの子供にはありふれた欲求だ。大人になってもそう思うかは別にして、子供の頃そう願う子供はごまんと──無論、比喩である──いる。

 

 そんな中、クィリナスという少年は魔法生物の中で、とりわけトロールを好んだ。トロールにバレエを教えようとする男に共感し、トロールのスケッチをしている時に撲殺された男を愚かだとは思わなかった。

 友達がハンガリー・ホーンテイル種とスウェーデン・ショート・スナウト種のどちらがカッコいいか議論する中、クィリナスは川トロールの食性について熱弁した。

 そんな子供は、彼だけだった。

 

 成長につれ、クィリナスからは、次第に友人たちは離れていった。

 当然である。幼い子供が、どうして話の合わぬ異物(・・)と過ごすことを続けようか。ただでさえ少ない魔法界の子供の中で、クィリナスは緩やかに排斥された。

 彼は少しだけ寂しかったが、それでも趣味を曲げようとはしなかった。彼にとっては、それらが一番ファンタスティックだったからだ。

 

 ホグワーツではもしかして、彼はまことの友を得る?

 

 転機が訪れる。

 十一歳の誕生日、彼の元にホグワーツから入学届けが送られてきた。

 組分け帽子は、本人の性質に応じて子供を四つの寮に振り分ける。

 だとすれば、周りの子供たちはたまたま趣味が合わなかっただけで、彼と趣味を同一にする誰かがいるかもしれない!

 クィリナスは喜び勇んで、ダイアゴン横丁へと学用品を揃えにいった。

 大鍋を買って、教科書を買って、ローブを買って。

 両親と連れ立って買い物をした彼は、最後に一番の必須品、杖を買いに行った。

 オリバンダーの店。西暦より昔から存在する高級杖メーカー。

 外見はとにかく見窄らしかったが、両親が言うには間違いなく世界最高峰の店だそうだ。

 

「いらっしゃいませ」

 

 店内に入ると、銀の目をした老人が奥から声をかけてきた。そのまま老人は両親の杓子定規な挨拶を遮って、彼らの杖に対する品評を始める。

 まごう事なき変人だった。だが杖という分野にかけては他の追随を許さぬという気迫も感じた。

 クィリナスは彼を、同好の士ならぬ異好の士だと思った。

 

 オリバンダーが両親の杖を楽しんだ数分後、ようやくクィリナスにお鉢が回ってきた。

 彼はクィリナスの目と杖腕を見たのち、ふむふむと呟いて売り物の杖を渡してくる。

 

 まずはリンゴの杖……うんともすんとも反応しない。クィリナスは無言で杖を返した。

 続いてイチイの杖……暴発。オリバンダーは慌てて取り上げた。

 クリの杖……鮮やかな火花が散った。少年はこれだと思ったが、老人にはそうは思えなかったらしい。次の杖を渡してきた。

 

 そうこうしているうちに、ようやく一本の杖が彼を選んだ。

 杖材はハンノキで、芯には一角獣のたてがみ、杖長23センチのよく曲がる彼だけの杖。

 

「──クィレルさん。その優しさと思いやりさえ忘れなければ、きっと貴方は偉大で有能な魔法使いになることじゃろう」

 

 杖職人のオリバンダーの言葉は、クィリナスの心臓に引っかかった。

 それはきっと、祝福だった。

 

 

 

 ロウェナ・レイブンクロー。賢明公正・蒼き翼のレイブンクロー。

 偉大なる大魔女が己が寮生に求めたものは、機知と智慧、独創性にそれから個性。

 クィリナスがレイブンクローに選ばれたのは、半ば必然だったとも言える。

 ──計り知れぬ英知こそ、われ()が最大の宝なり!

 ここでならきっと、自分も学びの友人を得ることができるかもしれない。クィリナスがそう思うのも無理はなかった。レイブンクローには多くの変わり者がいると彼は知っていたからだ。

 

 ──しかし、それは、幻想だった。

 確かにレイブンクローは変わり者を受け入れる。だが、そこには一つだけ前提がある。

 レイブンクローは叡智の寮。知恵あるもの、賢いものを尊ぶ寮。寮内で成績を争うような、学問に意欲的な寮。

 クィリナスは、残念ながらそれには該当しなかった。

 なにが問題だったか?

 マグル趣味、それもある。トロール趣味、それもある。

 一番の問題は彼がどうしようもない吃音症だったことだ。

 マグルやトロールに関することは饒舌に話すというのに、日常会話になると途端にどもってしまう。

 

 ──なによりも吃音症は、()()()()()()()魔法使いにとっては、あまりにも致命的なものだった。

 

 いくら座学が出来ようとも、杖さばきが劣っていれば魔法使いとしては不十分。

 クィリナスに、「劣等」とそれから「ルーニー」のレッテルが貼られるのもやむなしだった。

 マグル学の成績がどんなに良くてもそれは魔法使いにとってはたいして重視されない知識で、六年生に無言呪文を習った頃には、彼に向けられる偏見は最早どうしようもなくなっていた。

 レイブンクロー、ひいてはホグワーツで、クィリナスはついぞまことの友を得ることができなかった。

 ただ、それでもホグワーツを嫌いにはなれなかった。

 レイブンクローの談話室から眺める夜景は、美しかった。

 

 ホグワーツ卒業後、彼は働き口を己が最も自信のある分野に求めた。

 つまりはマグルとトロールに関する何かである。

 しかしそこでも、彼の奇矯さは悪目立ちした。

 レイブンクロー生の主たる就職先である魔法省をクィリナスも訪ねたのだが、そこは彼にとって期待はずれだった。

 

 魔法事故惨事部? 確かにそこはクィリナスが求める部署だったが、同時にクィリナスには適していなかった。知識とコミュニケーション能力の双方を振るう職場であったため、片方しか持っていなかったクィリナスは選考に弾かれた。

 魔法生物規制管理部? 悪くない。が、そこでもトロールは、殆ど益をもたらさない害獣として認識されていた。保護よりも処分を行う部署だと知ったクィリナスはやむなく撤退した。

 マグル製品不正使用取締局? 論外! 不確かな知識を元にマグル製品で()()ことは、彼の叡智が許さなかった。

 

 そうこうしているうちに、彼の将来は不透明なものになってしまった。寮生の多くが進路を定める中、彼だけはいつまでも決まらない。

 そんな彼に手を差し伸べたのも、またホグワーツであった。

 

「──ほっほっ。クィリナス、ならば君に一つ頼みがある」

 

 マグル学教授。

 なんと素晴らしい響きだろうか。

 教職という過酷な職務でも、己が得意分野ならクィリナスにも務まるかもしれない!

 

「ではよろしく頼むよ、クィレル教授」

 

 その晩は興奮して眠れず、ハンノキの杖をピカピカに磨いたことをクィリナスは今でも覚えている。

 

 

 

 ──しかし、またもやクィリナスは裏切られる。

 初回の授業、マグルの素晴らしさについて教えようと、クィリナスは張り切った。

 初めにマグルが成し遂げた、彼らの持つ飛翔術・航空機について語った。次にマグルの持つ魔法・電気について語った。そうして徐々に難易度を上げて、物理学、航空力学、最後にはマグルから見た天文学──つまりは宇宙工学について語るつもりだった。

 魔法族の皆にもっとマグルの素晴らしさ、面白さについて知ってもらいたかった。

 

 だが、そんなことは生徒の誰からも求められていなかった。

 彼らの持っている知識が、クィリナスが想定していたより遥かに下だったというのもあるが、彼らのマグル学への認識が、クィリナスの心を一番痛めつけた。

 純血の生徒は穢れた血の猿知恵だと馬鹿にして受講せず。

 マグルの生徒は既に知り得たことだと興味を示さず。

 受けるのは、知識ではなく単位を求める学生ばかり。

 フクロウを12教科求めるような生徒はまだ熱心に聞いてくれたが、それでも彼らからは魔法省の名門部署に入るまでの繋ぎである、という意思が透けて見えた。

 誰もマグル学を重視しなかった。

 誰もクィレル教授を重視しなかった。

 

 マグル学の内容を、それこそマグルなら子供でも知っているようなレベルに下げてもなお、生徒たちは理解せず、興味を持たない。

 一年間教職を続けたクィリナスは、既に限界に達していた。

 クィリナスは自室で一人、ハンノキの杖を見つめる。

 

「クィレルさん。──────────きっと貴方は偉大で有能な魔法使いになることじゃろう」

 

 かつて杖使いに言われた言葉をクィリナスは思い出した。

 もはやそれは、呪いだった。

 

 数日後、クィリナスはダンブルドアに休職願を出した。

 一年間の研修という形でそれは受け入れられた。

 

 

 

「この国に『例のあの人』がいる?」

 

 訪問先のアルバニアで、クィリナスはそんな噂話を聞いた。

 どう考えてもホラ話だった。「例のあの人」はハリー・ポッターに打ち倒されたのだから。クィリナスは一笑に付して立ち去った。

 しかし、そのホラ話は、彼の中でどんどんと膨らんでいった。

 

 ────万が一、仮に「例のあの人」が落ち延びていたとしても、きっと半死半生のゴーストのようなものなのではないか?

 

「クィレルさん。きっと貴方は偉大で有能な魔法使いになることじゃろう」

 

 ──自分でも、勝てるのではないか?

 

 クィリナスの心に、ほんの僅かな野心が宿った。

 それは瞬く間にクィリナスの精神に燃え広がった。

 

 ──「例のあの人」を打ち倒せば、きっと誰もが自分を、ハリー・ポッターのように讃えるに違いない!

 

 クィリナスは「例のあの人」の残滓を求めて、アルバニア中を飛び回った。

 数ヶ月の捜索ののち、遂に彼は「例のあの人」が森に隠れ潜んでいるという、確かな情報を得た。

 喜び勇んだ彼は「例のあの人」を打ち果たさんとし。

 

 ──闇の帝王の支配に落ちた。

 

 

 

 肉体が変容する。後頭部には不気味な顔が貼り付き、クィリナスに対して命令を下す。自分の身体を自分の意思で十全には使いこなせなくなった。

 精神が変容する。クィリナスには闇の帝王に逆らうことなどできない。必死の抵抗も無駄であった。自尊心が肥大化し、彼を苦しめていた吃音症は皮肉にも治ってしまった。

 記憶が変容する。身に覚えのない闇の魔術に関する知識が山ほど流れ込んできた。いくつかは座学で知っていたものもあったが、実際に使用したという記憶までもが挿入されはじめた。

 魂が変容する。闇の帝王のそれが流れ込んだ結果、クィリナスをクィリナスたらしめたあれこれ、マグルとトロールに対する執着が失われていった。穢れた血は劣等な種族で、トロールは汚らわしい生き物。自然とそう思ったことに、クィリナスは心底恐怖した。そんな感情もすぐになくなった。

 

 ホグワーツに戻ったクィリナスに、ダンブルドアが語ったのはたった一言。

 マグル学を解任し、新たにDADAの職に就けるということだけだった。

 その時のダンブルドアの表情を、クィリナスは思い出せない。

 

 

 

 グリンゴッツの金庫から賢者の石を盗み出す。それが、その日のクィリナスに下されたご主人様からの指令だった。

 漏れ鍋で機を窺っていたクィリナスは、その日二人の新入生に出会った。

 

 ハリー・ポッター。

 かつてご主人様を打ち倒したという少年。だが、実際に接した彼はひどく痩せぎすで、弱々しく感じた。

 ズィラ・レストレンジ。

 かつてご主人様に仕えた忠実な僕の娘。だが、実際に接した彼女は姿こそ母親そっくりだったが、少年同様弱々しく感じた。

 

 宿敵と忠臣。

 そのどちらよりも、クィリナス・クィレルは遥かに優っていた。

 自らの方がご主人様の助けになれると感じた。

 クィリナスは自らが求められていると感じた。

 その日石を手に入れることに失敗した彼は、ご主人様にたいそう折檻されたのだが、それでも暗い優越感を覚えていた。

 

 

 

 ホグワーツに石が運ばれた。

 賢者の石を狙っていると、誰からも疑われないように、常に「頼りないクィレル先生」として振る舞うクィリナス。彼がモチーフにしたのは、かつての自分である。

 

「そ、それじゃあ、こ、今回のじゅ、授業はここまで」

 

 DADAの教師として直接二人の様子を見て、鬱屈した感情はますます膨れ上がった。

 ポッターの方はまるで駄目。彼は魔法族なら知ってしかるべき初歩の初歩から学んでいた。

 レストレンジも穢れた血と変わらないほどの成績。クィリナスが考慮するに値しないだろう。

 マグルに育てられただとか、マグルの子がとびきり優秀だとか、そもそも一年生だとか、そんなことは精神が破綻しかけたクィリナスにはもはや判別がつかなかった。

 有り体に言えば、彼は増長し、狂っていた。

 

 ご主人様の指示をいち早く実行するために、クィリナスはハロウィーンの日、トロールという駒をホグワーツにけしかけた。

 それだけで魔法の城は動揺した。

 大広間に伝えた時には七転八倒の大騒ぎ。生徒は怯えて教員は浮き足立つ。

 誰も彼もがクィリナスの掌の上だった。

 いける。クィリナスは確信した。

 トロールを倒したハリー・ポッター達と別れた後、彼は四階の廊下──賢者の石が隠された部屋へと足早に向かった。ご主人様に石を献上できると信じて。

 

 ──傲慢の代償は高くついた。

 部屋に待ち構えていたのは、常軌を逸したような化け物、三頭犬。

 襲い来る三組の牙。なんとか杖腕を庇ったものの、左腕を爪で引き裂かれた。

 二度目の失態に、ご主人様は酷く失望した。

 クィリナスは最後の拠り所さえ失いかけていた。

 

 

 

 石の護りは突破できず、スネイプによる締め付けも厳しくなっていったある日のこと。

 当直として見回りを行なっていた際、彼は遠くの景色が一瞬揺らいだように感じた。

 訝しんだ彼に囁いたのは、彼の内側に潜むご主人様だった。

 

「──透明マントだ、クィレル。ベラの娘がそこにいるぞ……」

 

 そう言われて、指示された位置をじっと見つめる。するとどうだろうか、確かにそこだけが不自然にヌラヌラと揺らめいている。

 

「そ、そこにいるのは、だ、誰だい?」

 

 マントを脱いで現れたのは、やはりズィラ・レストレンジだった。

 さてどうしたものか。

 クィリナスが対応を考えていると、レストレンジが駆け寄ってきて──

 

「──まあ、クィレル先生、大変! どうなさいましたの!? っ、とにかくエピスキー 癒えよ!」

 

 ──クィリナスに治癒魔法をかけた。

 その時クィリナスの内心は、筆舌に尽くし難いものだった。

 

 学生の時には、呪文を満足に唱えられない子とからかわれ。

 マグル学教授の時には、マグル学教授というだけで生徒から軽んじられ。

 DADA教授の時には、頼りない先生ということでやはり軽んじられ。

 クィリナス・クィレルという、ホグワーツで軽んじられ続けた男にとって、あるいはそれが初めて生徒から受けた純粋な親切だったかもしれない。

 ぺこりと頭を下げて立ち去るレストレンジに対し、クィリナスは「グリフィンドール、十点減点」としか言えなかった。

 

 

 クリスマス。ホグワーツの教員は、よくお気に入りの生徒にプレゼントを贈る。

 当然ながらマグル学を教えていた頃にはクィリナスにそんな相手はいなかったのだが、今年ばかりは贈ってもいいかと思った。

 全くと言っていいほど効果がなかったが治療の礼として、もしくは将来の同僚に対する礼儀として。

 クィリナスはわざわざロンドン・ストリートから取り寄せたマグルのチョコレートをレストレンジに贈った。

 ハニーデュークスの方が良かったか、と思ったが、はじめに思いついたのがそこだった。どうしてそんな店を知っていたのか、クィリナスにもよく思い出せない。

 

 

 イースターの少し後。

 クィリナスはご主人様の望みのままに、ユニコーンの血を求めて禁じられた森を度々訪れていた。

 そんな折、彼はポッターに遭遇した。

 

「──ポッターを殺せ」

 

 彼の脳裏でご主人様が指示を出す。それに呼応するように、目の前のポッターが額の傷口を押さえて蹲った。

 クィリナスはそれを痛ましく思い──何故?──ポッターの元へと歩みを進めた。

 彼の歩みを止めたのは、暗闇を切り裂いた光だった。

 

「ルーマス・ソレム! 太陽の光よ!」

 

 ポッターの存在に意識を取られていたクィリナスは、その不意打ちを無防備に受けてしまった。

 視界が潰される。強烈な閃光で脳までダメージが響く。

 確実に数秒間は何もできなかった。それは彼の知識(・・)で持ってすれば、なんでもできる時間だった。

 だが──

 

「ヴェンタス・マキシマ! 暴風よ!」

 

 ──少女が唱えたのは、ただの風を吹かせるだけの呪文だった。

 何故だ? クィリナスには訳がわからなかった。

 失神、爆発、切断、服従、磔、死。

 選べる手段はいくらでもあった。

 まさかご主人様も含めて、正体がばれているわけでもあるまいし。

 まさかあのベラトリックスの娘が、闇の魔術どころか攻撃魔法すら使えないなんて生ぬるいことを言うはずもなし。

 クィリナスにはこれっぽっちも理解できなかった。

 

 

 

 年度末。いよいよこれがラストチャンスだ。石を狙える機会としても、ご主人様のご機嫌としても。

 偽報でダンブルドアをホグワーツから引き剥がすことに成功したクィリナスは、早速賢者の石の確保に向かう。

 悪魔の罠、鍵の鳥、巨大チェス。どれも子供騙しだ。クィリナスにとっては壁でもなんでもない。

 次は自分の仕掛けた罠だ。

 トロール。この生物に関して、彼ほど知識のある魔法使いは二人とおるまい。クィリナスはトロールの魔法耐性を無視して、かの生物を倒す術を知っていた。

 結局は駒だ。処理してしまっても構わんだろう。

 

「──止まれ」

 

 そう思いながらも、クィリナスはわざわざ時間をかけて意思疎通を図り、トロールを無傷のままに次の扉へと至った。

 なぜそんな無駄なことをしたのか、クィリナスにもよくわからない。

 

 スネイプの論理パズル。

 魔法使いには論理的でないものが多い。そのため、このパズルは大魔法使いであっても解けないことのある、まさに魔法使いに対する罠だった。

 だが、クィリナスは昔から──レイブンクロー寮に入るためには質問に答える必要があった──この手の論理パズルが得意だった。

 なぜこんな、魔法使いらしからぬパズルが得意だったのか、クィリナスにもよくわからない。

 

 一番奥には、鏡が置かれていた。枠には金の装飾が施され、鉤爪状の足に支えられている。

 よく見れば、枠の上に「すつうを みぞの のろここ のたなあ くなはで おか のたなあ はしたわ」と彫り込みがされていた。

 

 「私はあなたの顔ではなく、あなたの心の望みを映す」

 

 ならば鏡に映るのは、当然自分がご主人様に石を献上するところだろう。

 

 

 宿敵のハリー・ポッターが。

 忠臣のズィラ・レストレンジが。

 非魔法界出身のハーマイオニー・グレンジャーが。

 血を裏切るもののロン・ウィーズリーが。

 他にも大勢の生徒たちが鏡に映っていた。

 

 その中心には、クィリナス・クィレルが立っていた。

 マグル学の授業を教えていた。

 

 

 クィリナスには最早何が何だかわからなかった。

 何故こんなものが鏡に映っているのか。

 何故「例のあの人(・・・・・)」に石を渡していないのか。

 クィリナスには最早何もかもがわからなかった。

 

 彼が自問自答していると、ハリー・ポッターがやってきた。

 どうやら石を守りにきたらしい。なんと愚かな、無謀な、危険な。

 「例のあの人」の指示に従って──何故?──クィリナスはハリーに石を取り出させようとする。

 だが、ハリーは「ダンブルドアと握手している」などと要領を得ない回答を返すばかり。

 遂にはクィリナスではなく、「例のあの人」自らがハリーに問い詰めはじめた。

 

「さて……ポケットにある『石』をいただこうか」

「やるもんか!」

 

 その返事は、クィリナスには心底驚きだった。

 こんなにも恐ろしいのに。

 こんなにも力の差があるのに。

 それでも、ハリー・ポッターは驚くべき勇気でもって、「例のあの人」の誘惑を退けた。

 

「捕まえろ!」

 

 「例のあの人」が叫び、クィリナスの身体が動き出す──何故?

 ハリーは逃げ出そうとしたが、それでも大人と子供。すぐに追いついた。

 身をよじって躱そうとするハリーに、クィリナスは手を伸ばし──

 

 

 ハリー・ポッターの身体を掴んだ瞬間、クィリナス・クィレルはクィリナス・クィレルに戻った。

 

 クィリナスが最初に思い出したのは、両親と一緒に杖を買いに行った日のことだった。

 

 

 クィリナスが自己を正しく認識して、最初に取った行動はハリーに摑みかかることだった。

 指が焼ける、手が焼ける、腕が焼ける。だが構わない!

 呆然とするハリーを尻目に、クィリナスは自分の意思でハリーの肩を掴んだ。

 

「殺せ! 愚か者、杖を使え!」

 

 脳裏にヴォルデモートの声が聞こえる。

 しかし、クィリナスの奥底にはもう届かなかった。

 彼はその時、トロールのことを、マグルのことを、ホグワーツのことを、生徒のことを、両親のことを思い出していた。

 彼が人生で愛したものを思い出していた。

 それは、ヴォルデモート卿ですら開けることのできない、満たされて閉じられた心だった。

 

 

 

「クィレル──先生?」

 

 どれほどの時が経っただろうか。

 クィリナスの炎症が全身に回った時、もうヴォルデモートは姿を消していた。

 クィリナスは目の前の少年を安心させるために話しかけた。

 

「ああ、もう、彼は、ヴォルデモートはいませんよ」

「それは、どういう……?」

 

 質問には答えなかった。肝心なことはダンブルドアが教えてくれるだろうし、第一彼の身体にはもう時間がなかった。

 クィリナスにはダンブルドア達に伝えることがあった。

 

「────────────」

 

 クィリナスの最期の願いに、ハリー・ポッターは数瞬躊躇い、それからしかと頷いた。

 

「──それは良かった。ありがとう」

 

 そうして話している間にも、クィリナスの身体はどんどん焼けただれ、皮がめくれ上がり、灰となって崩れ落ちる。

 彼のことを沈痛そうな面持ちで見つめる少年に対し、クィリナスは慰めるように呟いた。

 

「なに、そう悲しむものじゃないさ。どうせ私の身体はユニコーンに呪われている」

 

 事実、彼の身体はどうしようもないほどに呪われていた。ヴォルデモートが抜け出た後も、彼の身体はひたすらに軋み、歪み、痛むばかり。

 死せるユニコーンが、クィリナスという罪人に与えた罰だった。

 だからこそ、ハリー・ポッターを護る「愛」に包まれて死ぬのは、彼にとってはある種の救いだった。

 

 しかしそんなことは、まだ11年しか生きていない少年には理解できないのだろう。

 ──整理された心を持つ者にとっては、死は次の大いなる冒険に過ぎないのに。

 クィリナスにとって、自分を呪われた生という地獄から救ってくれる少年を悲しませるのは本意ではなかった。

 

「それはそうと、ポッターくん」

 

 クィレル教授は一度言葉を切り、おどけて続きを口にした。

 

「──わ、わたしは君にとって、す、少しはいい、せ、先生だったかな?」

 

 ──ハンノキの杖は、静かに灰の中に落ちた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「クィレルは──クィレル先生は最期に僕の肩を掴んで言っていました。ミス・レストレンジにありがとうと。

 ……それから、ダンブルドア先生に。ホグワーツに迎え入れてくれて、感謝しています、と」

 

 

 ハリー・ポッターが大魔法使いの苦悩する顔を見たのは、その時が初めてだった。

 

 それはどこか、過ちを悔いているかのように見えた。




Tips:クィリナス・クィレル

 本項ではクィリナス・クィレル本人について解説を行う。闇の帝王憑依時に関しては「ヴォルデモート卿」を参照してほしい。
 さて、クィリナス・クィレルのステータスを確認した時、諸兄は驚かずにいられただろうか。
 呪文の習得数は多いのに、「詠唱速度」をはじめとする基礎ステータスはやたらと低い。殆どの有言呪文の熟練度が育っていないのに、無言呪文の熟練度だけは異常に高い。マーミッシュ語やゴブリン語ではなく、何故かトロールとの意思疎通のスキルを持っている。
 はっきり言って、ちぐはぐで、味方キャラとしては使えない印象を覚えるだろう。
 だが、これに関しては、彼の個別イベントを進めることで納得ができるはずだ。発生条件は「マグル学を選択する」、「トロールについて一定以上の知識を収める」、「レイブンクロー生である」のいずれか二つを満たし、1990年までに彼に話しかけることでイベントが発生する。それ以降はイベントは発生しないため、注意が必要だ。
 本ゲームでは、全てのキャラクターに個別イベントが導入されている。使えないキャラとは言わずに、ここはひとつ試してみてはどうだろうか。

 〜ハリー・ポッター コンプリートマニュアル より抜粋〜



賢者の石編、これにて終了です。お疲れ様でした。
書き溜めがつきましたので、次回投稿まで少々時間をいただくかもしれません。ご了承願います。

追記
2019年12月27日に、独立傭兵さん 様にクィリナス・クィレル教授の挿絵を頂きました。
「みぞの鏡」をモチーフとした構図の素晴らしい作品です。
お辞儀をするのだ、ポッター。偉大なる創作者には敬意を払わねばならぬ。
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