ポケットモンスターの世界に転生して、とりあえずチャンピオンでも目指そうかと考えた主人公が旅に出るまでのお話。

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二次創作初投稿。


ポケモン世界に転生したけど

 なんだか世界がおかしいということに僕が気付いたのはまだ幼い子どものころだ。いや、おかしいというなら、そもそもいろいろ歯抜けでぼんやりしたものとはいえ、『前世の記憶』なんてものを持って生まれた僕の方が、おかしいといえばおかしいのだが。物心がついたときから前世の記憶(そんなもの)があったおかげで、気づけば、いろいろ早熟というか、子供らしくない面倒くさいお子様になってしまって、今世の両親には申し訳ない限りだ。

 

 さて。そんな普通の子供ではない僕が、自分だけではなく世界の方にも違和感を覚えるようになったのは、事あるごとに見かける色んな生き物たちが、どこかで見た覚えがあるものばかりだということに気づいたからだ。

 それは例えば群れを成して空を飛んで行く茶色い小鳥だったり、人を乗せて道路を激走する三本の尾をもつ牛だったり、夜の草むらを二本足で歩く顔の付いた草だったり。

 

 いったいどこで見た覚えがあるのか。首をひねってうんうんうなって考えて、それが前世の記憶の中にある、散々遊んだゲームのキャラグラと同じものだということに気づいて――

 

「ポケモンの世界だ、これー!?」

 

 深夜にもかかわらず思わず大声で叫んでしまったけれど、それも無理のないことだと思う。親にはしっかり怒られたが。

 

@@@

 

「ポケモンの世界に転生かー。どうしたもんだろうなあ、これ」

 

 その事実に気づいてから、僕はこの世界での第二の人生をどう言ったものにするか、考え込むようになった。具体的にはポケモントレーナーとして生きていくかそれ以外かだ。

 

 まあ、これに関しては迷うことはなかった。せっかく『ポケットモンスター』の世界に生まれたのだ。できる限りポケモンと関わり合える生き方が良いと、僕はトレーナーになることを決めた。

 

 となると、次に考えるべきは修行の旅に出るかどうかだ。この世界では12歳になった子供は駆け出しのポケモントレーナーとして旅に出ることが認められる。もちろん、地元に残ってもポケモントレーナーとしての勉強はできるが、各地を巡り、ジムリーダーをはじめとする腕利きのポケモントレーナーや野生の強力なポケモンを相手にバトルの経験を積むことがトレーナーとして成長する大きな糧となるのは間違いない。8つのバッジを集めポケモンリーグに挑むところまではいかなくても、バトルの世界で一定の成功を収めているトレーナーは、時期の違いこそあれ必ず一度は旅に出ているといってもいいくらいだ。

 

(ゲームの主人公たちもそうだったしね。やっぱり旅には出るべきだろう)

 

 そうと決まれば善は急げだ。旅に出られるのは12歳の誕生日を迎えてからだが、その日までにできることは山のようにある。

 

 例えばお小遣いはできる限り使わないよう旅費として貯めるようになったし、旅をする上で必要な知識を得るため図書館に通い詰めたりもした。もちろんトレーナーズスクールではポケモンの扱いを始めとして、トレーナーとして必要なことを学ぶことも欠かさない。

 

(トレーナーになって旅をして……最終目標はやっぱりあれかな)

 

 漠然と思い描いたのは、現実世界からポケモン世界に転生などという状況で誰もが考えそうなこと。定番のポケモンチャンピオンだ。ガチ勢に比べれば頼りないとはいえ、前世のゲーム知識というアドバンテージもある。知識チートで無双状態!とまではいかなくても、だいぶ楽をしていいところまではいけるのではないかと思ったのだが――

 

@@@

 

 地響きを立てて挑戦者の四匹目のポケモンが倒れる。

 

 ジムバッジをかけたジムリーダーと挑戦者のポケモンバトル。互いに手持ち五匹で始まったこの戦いもいよいよ大詰め。

 

 残る手持ちはジムリーダーが二。挑戦者が一。数の上では、ここまでリードを許してきたジムリーダーがようやく逆転したというだけだが戦場を見渡せばもはや勝負は決まったといってもいいのではないか。

 

 林を模したフィールドに並ぶ無数の木々の間をよく見ると、あちこちに光を反射してきらめくものがある。ジムリーダー側の一番手デンチュラと二番手アリアドスが張り巡らせたエレキネットとねばねばネットの糸だ。視認の難しい二つの網が、フィールドのあちこちに張り巡らされ、更にネットとネットの間には大小無数の岩のかけらがまるで隙間を埋めるように漂っている。三番手フォレトスのステルスロックである。

 

 ジムリーダーが三匹の手持ちと引き換えに構築した糸と岩の砦は、観客席から見ても付け入るスキなどないように見えた。地上から近づけば二種類のクモの巣に絡めとられて身動きを取れなくなり、空から近づけばステルスロックの洗礼をまともに受ける。

 

 ならば炎わざでもってクモ糸の幕だけでも焼き払ってしまえばいいのではないか。少しポケモンバトルをかじった者ならだれでもそう考えるだろう。虫タイプは炎タイプに弱い。炎タイプでなくても火炎放射や炎の牙を使えるポケモンならクモの巣を突破することなど難しくないだろうと。しかしそれも簡単なことじゃないのは挑戦者の三匹目、四匹目が共に試みて果たせなかったのを見れば明白だ。ジムリーダーの四匹目、むし・みず複合のオニシズグモの特性込みの水わざは、タイプ不一致の炎わざをあっさり消し去り、ステルスロックで傷ついた炎ポケモンを一撃で沈めるには充分すぎる威力でもって、挑戦者の狙いを打ち砕いたのだから。

 

 入念に整えた難攻不落の陣地の奥から、強力な遠距離攻撃で一方的に攻撃を加えるジムリーダー必勝の型。しかし、多くの挑戦者を阻んできたそれを目の当たりにし、叩きのめされても、挑戦者の目はまだ死んでいなかった。

 

 挑戦者が繰り出した最後のポケモンはドリュウズ。ボール内ですでに指示を受けていたのか、自慢の頭と爪で形成したドリルを高速で回転させている。高速スピンでステルスロックを振り払うつもりか。それとも穴を掘って糸のない地中からしかけるのか。

 

 しかしドリュウズの次の行動はそのどちらでもなかった。彼はその巨大なドリルを地面にたたきつけて土を巻き上げ、巨大な砂嵐を巻き起こしたのだ。その余波を食らった観客席から悲鳴が上がるが無理もない。多くの湿気を含んだ土のフィールドを使ったそれは、泥嵐とでもいうべき代物となって戦場を覆っていたのだから。

 

 予想を外されたのみならず、そのパワーに驚いたのかジムリーダー側の動きが一瞬止まる。その隙を挑戦者は見逃さなかった。鋭い掛け声が上がり、猛然とドリュウズが突進を開始する。体勢を低くし砂を掻くように手足を動かして駆けてゆくその速度は思わず目を見張るほどだ。そして本来ならそれを遮るはずのクモ糸の壁は、メタルクローによりあっさり無力化されていく。舞い上げられた泥により粘着力を殺された上に位置が明らかになったクモの巣は、鍛え上げられたポケモンを阻む壁としてはあまりにも非力だったのだ。

 

 巻き上げられた砂嵐のせいで狙いが絞れなかったのだろう。迎撃するべく放たれたオニシズグモのわざもドリュウズを捕らえきれず、せいぜいかすり傷程度を与える程度。攻め込んだ勢いそのままに、ドリュウズのアイアンヘッドが決まり、ひるんだところに追い打ちのいわなだれの直撃を受け、オニシズグモは力尽きた。

 

 予想を裏切る展開に観客席が湧きかえり、張りつめていた空気を解いた挑戦者はポケモンの名前を呼び、よくやった、と喝采を叫んだ。

 

 一方、無敵の陣地を破られたはずのジムリーダーもすでに落ち着きを取り戻していた。ボールに戻したオニシズグモにねぎらいの言葉をかけ、「それでこそだ」と挑戦者の力を称えるその姿勢は肩書相応の威厳に満ちたものだ。

 

 これで残りの手持ちは一対一。気づけば砂嵐も治まっていた。ジムリーダーはいまだ無傷の切り札を持ってはいるが勢いは完全に挑戦者の側に移っている。しかし挑戦者の目には一片の油断もなく、迎え撃つジムリーダーの目にも一片の悲観もない。両者の瞳に浮かんでいるのは、強敵に出合えた喜びとそれを打ち倒して見せるという決意の二つだけ。もはや言葉は不要だった。

 

 

 ジムリーダーが己の切り札――バタフリーを繰り出した。鳴き声こそ挙げなかったが激しく羽をはばたかせるその度にばらまかれる大量の鱗粉が、何より雄弁に彼の闘志を現しているように見える。

 

 挑戦者の激励にこたえるようにドリュウズが構えた。爪をかすかに開閉させながら眼光鋭く機をうかがうその様子からは消耗した気配などみじんも感じられない。

 

 にらみ合いはほんの一瞬。二人の声が同時に響き、二匹のポケモンが同時に動いた。そして――

 

@@@

 

「いやあ、すごい迫力だった!やっぱりジムリーダーはすごいや」

「対戦相手のポケモンも、動きがよかったよなあ。特にあのドリュウズのさあ――」

「それで最後は意地の張り合い!どっちもかっこよかったわ。あんなバトルができるようになりたいわね」

 

 ジムから出ると、いつの間にか空は赤く染まっていた。夕日で赤く染まった町並みは、見慣れているはずなのになぜか夢の中のようだ。おぼつかない足取りで歩く僕の少し前には、同じトレーナーズスクールのクラスメートたち。いまだ興奮の冷めない様子で、さっきまで見ていたバトルの感想を熱心に語り合う彼らの輪に僕は入らない。いや、入れない。

 

 スクールの課外授業として企画されたこの街のジムリーダーと挑戦者とのバトルの見学。ジムリーダーはもちろん、挑戦者のほうも7個のバッジをすでに集めている腕利きであり、そんな二人の激突は、きわめてレベルが高く見ごたえもある、未来のポケモントレーナーたちの勉強材料としても、あるいは気持ちを奮い立たせる燃料としても申し分のないものだった。テレビ中継のそれとは違う、目の前で繰り広げられた一流の勝負に、ある生徒は自分の参考になる部分はないかと何度も録画を見直していたし、ある生徒は自分もあんなふうになりたいと無邪気な闘志とやる気をみなぎらせる。

 

 僕という例外を除いて。

 

(すごかったなー。うん、すごかった)

 

 もちろん試合がつまらなかったわけではない。レベルを低く感じたわけでもない。逆だ。

 

 そのレベルの高さに。心躍る攻防に。感動して、心が震えて、そして、思い切り打ちのめされた。それくらいにあのポケモンバトルは衝撃だったのだ。

 

 念のため言っておくけど、ポケモンバトルを見たこと自体は初めてではない。テレビでやっているポケモンバトル中継は毎日のように見ていたし、街はずれのバトルスペースで駆け出しトレーナー同士の手合わせを見たこともある。子供同士のお遊びのようなものだがトレーナーズスクールでレンタルポケモンを指示して戦わせてみたこともあった。どれもが楽しかったし、見ていてわくわくする素晴らしいバトルだったと思う。

 

 だが、今日見たあれはまるで違った。初めてリアルで間近で見た、腕自慢のトレーナーと鍛え抜かれたポケモンによる真剣勝負。

 

 闘志をみなぎらせたいかめしい顔つき。勝利を確信する不敵な笑顔。ぎらぎらと剣呑な光を放つ目。魂の奥底にまで響いてきそうな雄たけび。

 

 呼吸すら忘れて観戦して、気づくと自分が震えていることに気づいた。ポケモンバトルを見ていてそんなことになるのは初めてで、なんでそうなったのか考え――自分では及ばない存在に対する恐れなのだと気づいた。

 

 トレーナーもポケモンも全身全霊で素晴らしいバトルとその先にある勝利を目指して、知恵の限りを尽くし、力の限りを尽くし、体力を限界まで振り絞って、激しくぶつかり合い競い合う。

 

 余分なものなんて一切ないその戦いに、そんなことができる人たちに、僕は「これは勝てない」と思った。思ってしまったのだ。

 

 こんなに真摯に一心に、ポケモンを鍛え、自分を律し、バトルに臨むことができるか?たゆむことなくそれを続け、邁進し続けることができるか?チャンピオンなんて大仰なものを引き合いに出すまでもない。ポケモンバトルで生きていくトレーナーとはそういうものなのだ。少なくともそうあろうとできる者だけがポケモンバトルの世界で生き残り、栄光をつかむことができるのだ。それが、そんな生き方が自分にできるのか?

 

「無理だなあ……僕には無理だ」

 

 ポケモンバトルは嫌いではないし、勝つためには努力が必要だというのも理解できる。そのうえで、勝つためにあれだけの努力が出来るのか、全てを捧げてまでポケモンバトルで身を立てたいのかと言われたら、首をかしげざるを得ない。

 

 勝てば嬉しい。負ければ悔しい。だから少しくらいなら努力もできるがそれだけだ。生涯をかけて後悔しない生き方ではなく、生涯を通じて楽しめるであろう娯楽。僕にとってポケモンバトルとはそういうものなのだということを、僕はその時初めて理解したのだ。

 

@@@

 

「ああ、でもそうするとどうしようかなあ」

「どうしよう……ってなにが?昼飯のメニューにでも悩んでるのか?」

「え、あ、ああ。まあ、そんなところ。特に食べたいものが思い浮かばなくてさ」

「ふーん。なら食堂の日替わりにでもしたらいいんじゃないか。安いし」

 

 どうやら気づかないうちに悩みを口に出してしまったらしい。自分のうかつさにうんざりする。反射的に舌打ちしたくなるのを抑えて、適当な答えを返すと、ふーん、とつぶやいた友人はそのまま自分の作業――先日ゲットしたというオタチの毛づくろいに戻った。あっさりしすぎな気もするが、初めてゲットしたポケモンだ、かかりきりになるのも無理はないだろう。

 

 あまりこの話題に踏み込んでほしくない僕としても、その方が助かる。深く突っ込まれなかったことに安堵しながら、ともかく気晴らしにと読みかけの本に戻ろうとして……気づけば僕はまた同じことを考えていた。つまり「ならばどうしようか」だ。

 

 先日のジム見学の日に目の当たりにしたポケモンバトルで、自分はポケモンバトルの道に向いていないということを僕ははっきりと自覚した。それは、まあ、特別よくもないが悪くもない。これが大人になってからだったらともかく、僕はまだ子供なのだ。間違いに気づいて道を修正する余裕はたくさんある。だが、問題は別のところにあった。

 

「旅の目的がないのに旅に出てどうするのかって話だなあ。かと言って旅に出るのをやめたとして、したいことも浮かばないし」

 

 まず大前提として『旅に出る』があったからか、目的が消失しても旅に出ること自体を取りやめようとは思えないのだ。しかし、かといって『ポケモンチャンピオンを目指す』に代わる目的も出てこない。

 

 そんな風に僕がもやもやしているうちに、僕の周囲の旅立ち希望の同級生たちはそれぞれ最初の相棒となるポケモンまで手に入れて着々と準備を終えているというのに、僕はいまだポケモンを捕まえるどころかどんなポケモンを最初の一匹に選ぶかすら決めていない。

 

 有意義なことや前向きな考えはなにもなく、なんとかしないとという焦りが先行するばかりの毎日。

 

 さすがにこれはまずいのではないか。もう、ポケモントレーナーを目指すこと自体あきらめた方がいいのではないか。

 

 ついにはそんなことを考えるようになったある日のことだった。

 

 トレーナーズスクールのロビーでここ数日顔を見なかった同級生と出くわしたのだ。頑丈そうな靴に大きなリュック。腰のポーチの中はモンスターボールや傷薬だろう。一目でわかる旅の装いだ。足元には旅を控えて興奮しているのか、陽気にはしゃぎまわるオタチを連れている。

 

「えーと、あー……久しぶり、だね」

「そう……だな。出発が近くなって、準備しなけりゃならないことも増えてたからな。親に言われて挨拶回りなんてのもしたしなー。今日学校に来たのもそれでだしな。でも、これで最後だ」

「最後……ってことは、いよいよなんだ?」

「ああ、いよいよだ。このあとすぐに、俺は旅に出る」

 

 そういって友人は笑った。それはこれからのことに関する不安や希望やいろんなものが混じった、とても楽しそうな笑顔だった。ああ、自分にはできそうにない顔だ。

 

 そんなひがんだ気持ちを押し込めて、ふと思いついた疑問を僕は口にした。

 

「そういえばキミはなんのために旅に出るんだい……って、聞くまでもないか。ポケモンチャンピオンになるためだよね?」

 

 そう言ったのには理由がある。そいつは同級生の中では一番バトルの腕が良かったのだ。チャンピオンは無理かもしれないが四天王クラスには確実に届くと、特別講師として招かれたベテラントレーナーが太鼓判を押したほどである。

 

 だが、「何を当たり前のことを言っているんだ」そんな返事を返してくると信じ切っていた友人の返答は、僕がまるで想像していないものだった。

 

「いや、そういうのは特に考えてないんだ。バトルは好きだけどそっちの道に進もうとも考えてない、少なくとも今はな。旅立ちを決めたのは、ただ旅に出たいってそれだけさ」

「え……?」

 

 一瞬何を言われたのか分からなかった。なんでそんなことを言うのか分からなかった。反射的に間抜けな声が出る。

 

 いや、本当になんで?そりゃ多少リップサービスはあったかもしれないけどさ、チャンピオンになれるかもしれないなんて保障されて、なんでチャンピオンを目指さないんだよ?それっておかしくないか?

 

 そんな気持ちが顔に出ていたのだろう。なんて間抜け面してるんだよと笑いながら、友人は自分の気持ちを改めて確認するように話し始めた。

 

「さっきも言ったけどバトルは好きだぜ。名うてのトレーナーにバトルの才能があるって褒められたことは嬉しかったしな。ポケモンチャンピオンになりたいと考えたことももちろんある。でもな、なんか違うって気がするようになったんだ」

「違う?」

「ああ。うまく言えないんだけどそうとしか言えない。バトルが好きだからチャンピオンを目指すのか?才能があると言われたらチャンピオンを目指さなきゃならないのか?それは、こう、なんか違うんじゃないかってな」

「……それなら、なんで旅に出ようなんて考えたのさ?」

 

 そんな疑問がこぼれる。ポケモンチャンピオンを目指すか、さもなきゃポケモン図鑑の完成。自分のポケモンを持つことを許されたガキンチョトレーナーがいきなり旅に出る理由なんてそれくらいだろうと思っていたからだ。しかし僕の問いかけに対して、そいつはなぜかあきれた様子を見せた。おまけにため息までついてくる。え、なんで?僕、そんなにおかしなことを言った?

 

「さっきも言っただろ。ただ旅に出たいんだよ。ポケモンと一緒に旅をして、あちこち回って画面ごしにしか見たことのないものを見て、いろんなポケモンやトレーナーと出会って……。考えるだけでワクワクしてくるんだ。俺が旅をしたい理由はそれさ」

 

 そういってにやり、と笑った彼の顔。とても強く輝いて見えるその笑顔を見たときの僕の衝撃がわかるだろうか。ただ旅をしたいから旅をする。旅の中で出会うすべてを楽しむ。そんな旅の形もあるのだと、僕は今まで考えもしなかったのだ。

 

(……いや、本当にそうだったか?)

 

 唐突に脳裡に浮かび上がったのは前世の記憶。何度も遊んだゲームの思い出。『ポケットモンスター』の主人公たちが旅に出た理由はなんだ?チャンピオンになりたい?ポケモン図鑑を完成させたい?悪の組織の野望をくじきたい?

 

 でもそれはゲームのキャラである“彼ら”の目的ではないのか?プレイヤーである“僕”はいったいどうだった?初めてのポケモンをもらった時。フィールドに最初の一歩を踏み出した時。新しい街についた時。どんなことを考えていた?

 

 ゲームを進めるうえで与えられた目的とは別に、次に訪れるのはどんな場所か。向き合うトレーナーは?出会うポケモンは?そんな新しい何かを見られることに胸を躍らせていくようになっていかなかったか?ただポケモンと旅をする。それだけのことにわくわくしていなかったか?

 それに気づいた途端、僕は今まで自分を悩ませていたものがあっさりと消えて、進むべき道が見えた気がした。

 

「なんだ、そんなものでよかったんだ」

 

 友人の言う通り、御大層な目的なんてなくていい。ただ旅に出たいというだけでも構わないんだ。生まれる前から知っていたはずなのに忘れていた、気づかなかったなんて、何とも馬鹿な話だ。

 

 「人の夢をそんなものとはなんだ」と食って掛かってくる友人を慌ててなだめる僕の顔は、きっとなんとも気の抜けた、でも悪くない間抜けな笑顔を浮かべていたのだろうと思う。

 

@@@

 

「それじゃ……行ってきます」

 

 朝早く。両親の「いってらっしゃい」という言葉を背に受けて、その日僕は12年過ごした家を後にした。容量多め重量軽めが売りだというリュックを背負い、足には履き慣れた頑丈なスニーカー。腰のポーチにはポケモントレーナーには必須のモンスターボールと何種類かの薬。そう、ついに今日僕は、遅ればせながらポケモントレーナーとして旅立つのだ。

 

 何年も通ったトレーナーズスクールの前を通りすぎる。途中何人かの生徒とすれ違い、そのほとんどが顔を見たことがある程度の下級生であることに時間の流れを感じる。まだ半年もたっていないはずなのに、なぜだか卒業したのがもう何年も前のことのように思えて少しおかしい。

 

 一時思い悩んで準備が止まってしまっていたため、結局同期の中では旅立つのが一番最後になってしまったが、みんなを見送ることができたからいいだろう。少し遅れたからなんだという話である。

 

 フレンドリーショップの前を通りすぎる。店はまだ開いていないが、馴染みの店員が開店準備を進めている様子が窓越しに少し見えた。

 

 旅の用意のため訪れた新人トレーナーには必ずおまけをくれるので有名な店だ。いつか帰ってきた時には恩返しにたくさん買い物をしようと心のメモ帳にしっかり記しておく。

 

 町はずれのポケモンジムの前を通りすぎる。すでにジム付きのトレーナーたちは起きだしてトレーニングに励んでいるらしく、指示を出す鋭い声や激しいバトルの音が漏れ聞こえてくる。

 

 あの日、このジムに来なければ僕はどうなっていたのか。そんな“もしも”を少し考える。きっと、あのまま、ポケモンチャンピオンになるという目標をもって旅に出て、どこかでこっぴどい目にあったのち自分の思い違いに気づいたのだろう。あるいは気づかないまま何度も打ちのめされるか。いずれにしてもあまり面白い未来は想像できない。つくづく、あの日が自分の人生のターニングポイントだったと立ち止まり、軽く頭を下げてから、僕は再び歩き出す。

 

 そうしてついに、僕はそこにたどり着いた。少しでも遠くを見てみようとつま先立ちになる僕の目に入ってくるのは、青々とした葉を繁らせる木々と緑の草むら。そしてずっとかなたまで続く舗装された道。この街から繋がっている唯一の道路だ。

 

 ここを一歩踏み出せば、始まるのだ。無数の出会いや悪の組織との戦いといった冒険が待つ『ポケットモンスター』の世界ではない、誰と出会いどんな戦いをしていかなる冒険があるのかわからない、ポケットモンスターとの旅が。

 

 不安を感じていないかといえばそんなわけはない。頑張って時間を掛ければ、チャンピオンになることも図鑑を完成させることも悪を撃破することも確定しているゲームとは違い、現実(ここ)には何の保証もないのだから。

 

 でも、

 

「まあ、なんとかなると信じるしかないよね。頑張ろうな、相棒」

 

 ボールから出したポケモンの頭をなでまわす。改めて旅に出ることを決めてから、ようやくゲットした僕の最初の手持ち。大切な仲間は、僕の弱気を追い払うように元気な鳴き声を上げた。不安なんて欠片もないと言いたげな、のんきなその顔につられて僕も笑った。

 

 ……うん、不安は相変わらずあるけれど、耐えられないほどじゃない。もしかしたら壁にぶつかって、結局折れるかもしれないけど、それはその時に悩めばいいことだ。それに何より、僕は一人ではないのだからきっと大丈夫だ。

 

「よし、じゃあ行こうか。経験を積みながら、これだと思うポケモンがいたらゲットして、まずは次の街を目指そう!!」

 

 相棒と自分を振り立たせるように声を張り上げ、僕は大きく一歩、足を踏み出した。『ポケットモンスター』というゲームの世界ではない、人とポケモンが共に生きるこの世界(げんじつ)を旅してまわる冒険を始めるために。

 




いかがだったでしょうか。わずかでも楽しんでいただけたのなら幸いです。
プロット段階では主人公の相棒ポケモンは決まっており、とりあえずの旅の目的もささやかですがはっきり出すつもりだったのですが、書いているうちにあえてぼかして読者の好きなポケモン、好きな旅の目的をあてはめやすくした方がいいのではと思いこうなりました。目論見通りいっていたらいいのですが。
「面白かった」という感想でも「ここおかしくない?」という指摘でもお待ちしています。返事が書けるかは分かりませんが有り難く読ませていただきます。

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