アリュード・マクシミリアン伯ー妖精麗人の愚直なる復讐ー   作:護人ベリアス

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序幕 幸福への道
幸福は目前に(1)


「リュ、リュー!?その格好で行っちゃあ…だめー!?」

 

灰色の髪を持つ少女はそう叫ぶが、リューと呼ばれた少女はその声を聞き流し、前へ前へと進んで行く。

 

リューが気にするのはただ一つのこと。

 

 

少年(ベル)の安否

 

 

今のリューには身体中に激痛が走っていることなど些事でしかない。

 

重要なのはベルの安否でベルが無事に生きていることでベルが可愛らしいと言っても遜色ない笑顔を浮かべていることでベルの温もりをこの身できちんと確かめることなのだから。

 

リューは心の中で必死に少年の名を叫びながら身体中が痛みで悲鳴を上げているのにも構わず壁とリューに宿る強い思いを支えに廊下の奥へと進む。

 

そして同僚(アーニャ)が漏らした場所を特定し、その少年の無事な姿を視界に収めようと飛び込むように扉を開いた。

 

「ベル!」

 

リューは扉を開けると共に抑えきれない感情がはち切れるかのように少年の名を叫ぶ。

 

リューの視界には確かにベルと呼ばれた少年、リューがその姿を見ることを待ち望んだ少年の姿が映った。

 

少年は寝台の上に身を起こしていた。左腕には包帯が厳重に巻かれ、重傷を負ったのだということが見るからに分かる風貌だった。

 

けれどリューはベルが確かに生きている姿を視界に収めることができた。

 

その事実がリューに溢れんばかりの安堵と喜びを巻き起こした。

 

「リューさん!…って!?」

 

リューの呼ぶ声に反応したベルは喜びの表情を浮かびかけたが、瞬時に真っ赤に染められたかと思うとギョッと驚くという七面相が如き表情の変化を起こした。

 

喜びの表情を浮かべたのはベルもまたリューの無事な姿を自身の目で見たいと待ち望んでいたからで。

 

ただそのリューの姿がほぼ下着姿といういくら【深層】で紆余曲折があった結果あられのない姿を見合った仲とはいえ純情なベルにはあまりに直視し続けることができない姿をリューがしていた。よってベルは耳まで真っ赤にしてしまった。

 

だがリューにとってそんなベルの表情の変化も自身のエルフにあるまじき姿もベルの無事な姿を確認した喜びと比べれば些事だった。

 

そのためリューは自身の現在の姿に気づきもせず次の行動に移り、その行動がベルに驚きをもたらしていたのだ。

 

ベルがリューの名を呼んだときには既にリューは地に足をつけていなかった。

 

 

リューは感情の赴くままベルの横たわる寝台に向かって飛び上がっていたのである。

 

 

「うわっ…!ちょ…ちょ…リューさん!?」

 

ベルがそう驚きのあまり叫んだ時にはリューは寝台に飛び込んできていた。

 

「…暖かい…ちゃんと温もりが…ある…」

 

リューは冒険者の跳躍力を生かして、ベルの上半身に見事に飛び込む。ただきちんとベルの身を配慮してベルの下半身に負担がいかないようにベルの脇に身体を着地させるというくらいの理性は持ち合わせてはいた。

 

ベルの元に飛び込んだリューはベルの身体を少しだけ引き寄せると優しく抱きしめ、ベルの体に宿る温もりを全身を使って確かめる。そしてリューはようやく安堵してそう呟いたのだった。

 

同時にリューは記憶の中にあるほんの少し前に温もりを確かめ合った時のことを思い返していた。

 

この温もりをもう一度確かめることができた。

 

私とベルは本当に生きて帰ることができた。

 

そう実感するとリューの心は落ち着くと同時に止め処ない想いが溢れてくる。

 

リューは感情を何とか抑えてベルの肩に自身の頭を載せるまではよかったが、ベルの温もりを感じてしまった今もうその溢れる感情を抑えることはできなかった。

 

リューの瞳から小さな水滴が溢れるのを皮切りにリューの頰に一つまた一つと涙痕を作りながらリューは口を開く。

 

「よかったぁ…ほんっとうによかったぁ…」

 

リューはそんな曖昧な言葉を少々幼げな口調で言う余裕しかもう残されていなかった。そんなリューにベルは再び驚かされるが、リューの余裕のなさを感じ取りようやく動揺を振り払う。そしてリューの背に動かせる右手を回して、優しく宥めるようにさすった。

 

「心配かけてすみません。もう大丈夫ですよ。リューさん。僕もリューさんも生きて帰ってくることができました。みんなリューさんのお陰です。本当にありがとうございます。」

 

「ベルゥ…ひぐぅ…ベル…!わたしはぁ…!あなたが…いなくなるのがぁ…とても…怖かったぁ…!」

 

ベルの優しい声かけにリューはさらに涙を溢れさせる。

 

リューが涙と共に溢れさせたのはベルへの想いだった。

 

「あなたは…っ…いつも前を向いていてぇ…だから…先に逝ってしまいそうでっ…アリーゼ達みたいに消えてしまいそうで…怖かったぁ…」

 

「リュー…さん。」

 

リューの吐露にベルは彼女の名を呼んで、その背をさすることしかできなかった。

 

「よかったぁ…ベルは生きてるっ…わたしは…ベルの力になれましたかぁ…?」

 

「…もちろんです。リューさんがいなかったら僕は絶対にここにはいられませんでした。」

 

ベルはリューの質問に答える以上のことはしない。

 

ベルは今はリューに想いを思いっきり吐き出してもらおう、と思っていたのだから。

 

涙ながらに告げられる一言一言に込められた心配、恐怖、罪悪感。

 

それら全てをベルは理解できたから。

 

だからベルは自分の温もりをリューに感じてもらう。

 

リューの吐露をきちんと受け止めて応える。

 

そんな些細なことでリューの力になり、そしてリューの抱いてしまった負の感情を取り払えたらと思ったから。

 

そして負の感情を取り払った時、リューの涙が止まった時。

 

ベルにはリューに伝えたいことがあったから。

 

だからベルはリューを抱きしめ、紡がれるリューの言葉に応え続けた。

 

「わたしのせいでっ…こんなに傷ついて…ごめんなさい…」

 

「リューさんのせいじゃないです。僕の力が足りないせいで…でもこれはリューさんを守ることができた言わば怪我の功名ってやつで寧ろ誇らしいくらいです。」

 

「それにぃ…いっぱい無茶をさせてしまって…」

 

「それはお互い様です。僕も確かに無茶しましたけど、僕以上にリューさんは無茶してたと思いますよ?」

 

「…ぅぅ…ごめんなさい…」

 

「責めてるんじゃないです。人のこと言えないけど、リューさんには無茶して欲しくないなとは思います。ただこうしてリューさんは生きて帰ってきてくれた。リューさんは生きることを諦めなかった。それが僕にとっては何よりも嬉しいんです。」

 

「ベルっ…」

 

リューはベルの言葉に感極まりついに言葉を紡ぐことも出来なくなって、代わりにベルを抱きしめる力をほんの少し強くした。

 

そこにはリューのいろんな思いが込められているようでベルはそのほんの少し強くなった抱擁を頰を緩ませながら受け入れた。

 

そしてリューは少し落ち着きを取り戻してから、といっても溢れ出す涙を止められないまま一つの問いを尋ねた。

 

「…わたしは…っ…ただ守られるだけの湖の妖精じゃなくてっ…あなたを…ベルを…支えられる冒険者で…いられましたかっ…?わたしは…あなたの支えに…」

 

「リューさんは…僕をとても頼もしく支えてくれました。でも僕にとってリューさんはただ僕を支えてくれる冒険者だとは思いたくはありません。」

 

「…ぇ?」

 

ベルの答えは『ベルを支える冒険者としてのリュー』を否定するものでリューは大きなショックを受ける。

 

そうなるのを分かっていて、リューが苦しい思いを抱くのをわかっていて、あえてベルはこのような答えを導いた。

 

ただその答えには続きがあって。

 

そしてリューがもたらしてくれた問いはベルにとってもリューにとっても幸福に繋がり得るものだと確信したから。

 

ベルはショックを受けてしまったリューの背をあやすように撫でると続きをリューの耳元で囁いた。

 

「僕にとって確かにリューさんは頼りになるすっごくカッコいい冒険者で。【深層】でもいっぱい助けられて。でもリューさんは僕にとってそれだけじゃないんです。」

 

だってベルは【深層】でリューの儚さ、悲壮な生き方や覚悟を見てしまったから。

 

リューはベルが消えてしまいそうだったと言った。けれどベルからすればリューの方がよっぽど消えてしまいそうで心配になって。

 

「僕は【深層】でリューさんのことを今まで以上に知ってしまった。リューさんがただカッコいいだけじゃないんだってわかったんです。そして僕はそんな色んなリューさんを知った今リューさんは僕にとって『カッコいい冒険者』というだけではなくなりました。」

 

「っ…ベ…ル…?」

 

「だってリューさんはただカッコいい。ただ強い。ただ美しいっていうだけじゃない。たくさん悩んでたくさん苦しんだりもする『普通の女の子』だと分かりました。…そして人一倍頑張って前に進んでいくことができる『凄い女の子』なんです。」

 

「…おん…なの子?こっ…この私が…?」

 

【深層】で一応は一度聞かされたリューだったが、この場で言われてしまうとその『女の子』という言葉はリューの心を途方もなく揺るがした。

 

「そうです。…今の僕はリューさんを『冒険者』としてだけではなく『女の子』として見てしまいます。僕は決していつも強くあるわけではないあなたを時には守り、時には支えたいってあの時からずっと思っています。僕は孤独を怖がるあなたを一人にしたくないってずっと思っています。」

 

「…ベ…ル?それは…」

 

まるで告白の前文のようで。

 

密かなリューの願いを叶えてくれる魔法の言葉の始まりのように思えて。

 

リューは思わず問いかけてしまう。

 

リューは思わず期待してしまう。

 

 

ベルはずっとわたしのそばにいてくれるの?、と。

 

 

期待を心で抱いてしまったリューにベルは期待通りに答える。

 

 

「はい。今から伝えるのは僕がリューさんをいかに大切に思っているかを伝える…所謂告白というものです。」

 

 

ベルはいかにも平静に言葉を紡ぎ続けるが、本当はすっごく緊張している。

 

それを表に出さないのは余裕がないリューを前にしているからでリューに安心してもらった次には幸せな気持ちになって欲しかったから。

 

それが自分にできるのかはベル自身にも分からない。

 

けれどそれ以上に無事な姿を見せてくれたリューへの想いがベルの中から溢れてきてしまって、ベルは完全に行き当たりばったりになってしまったけれどリューへの想いをたった一言に凝縮した。

 

 

「好きです。リューさん。僕はリューさんに…一生共に支え合うパートナーになって欲しいんです。」

 

 

ベルの思わぬ告白という名の提案にリューは時が止まったかのように動きを止める。

 

それは涙が止まったということと同義で。

 

リューの心を負の感情に代わって幸福が満たし始めようとしている証でもあった。

 

一瞬思考が停止してしまったリューだったが、何とか思考を復活させてベルに問いかける。

 

「…一生支え合うパートナーとは…どういうことですか?それはっ…それはっ…冒険者としてっ…」

 

「それだけじゃないです。ダンジョンでは冒険者としてですが、私生活では恋人として夫婦として。いつでもどこでも僕とリューさんはパートナー。そんな関係を僕はリューさんと築いていきたいです。」

 

「でっ…でもっ…」

 

「やっぱり僕じゃリューさんと釣り合えませんかね?もっと凄くて頼りにならないとダメですかね?」

 

「違うっ…そんな…わけ…ないっ…!そうじゃなくてっ…私はっ…あなたの隣に立つ資格なんてっ…」

 

リューはベルの甘い言葉の連鎖に心を揺るがされる。

 

ベルとそんな関係を築いていきたいって。ベルのそばにずっといさせて欲しいって。そう思ってしまう。

 

だが自分の及ばぬ部分に、ベルを何度も危険に晒した厳然たる事実がリューのそんな甘えた考えを遮る。

 

そんな葛藤に悩むリューを慮ったベルはリューのそんな葛藤を打ち崩す言葉を加えた。

 

「僕にとって大事なのはリューさんが笑顔になること。リューさん。あなたは…幸せになりたいって思うあなたはどう思っているんですか?僕のことをどう思って、どうしたいんですか?」

 

ベルの言葉はリューの心にできた壁を一気に打ち崩す。それで溢れ出るのはリューの本心であり、リューの一途な想いで。

 

リューはついに覚悟を決めて、さらに心から溢れ出す想いを言葉にした。

 

 

「私はっ…ベルとずっと一緒にいたいっ!ベルを一生支えるパートナーになりたいっ!私は!今のベルのことがっ…!大好きですっ!!」

 

 

リューの覚悟のこもった告白をベルに叫ぶ。一生懸命ベルの問いに答えてくれたリューにベルは感極まって嬉し泣きしそうになるが、それを何とか抑える。そしてリューを改めて抱き締めるとリューの言葉への感謝を告げる。

 

「ありがとうございます。リューさん。今の不甲斐ない僕を認めてくれて。僕がパートナーになることを許してくれて。」

 

「…っ私こそ…私がベルのそばにいることを認めてくれて…本当にありがとうございます…その…これから一生…いえ何度生まれ変わってもベルを好きでい続けます…だからどうか…私を一人にしないで…」

 

「大丈夫です。僕は絶対にリューさんを一人になんかしません。リューさんがどこにいようと絶対に見つけ出して、絶対にそばにいます。だから心配しないでください。僕とリューさんはいつでもパートナーです。」

 

「ありがとうっ…ベルっ…そのっ…わっ…わたしはっ…」

 

「なんですか?」

 

「そのっ…あっ…愛しています…!ベル!」

 

「ふふ…僕も愛してますよ。リューさん。ずっと一緒にいましょうね。」

 

二人はそう愛を誓い合うと熱く抱擁を交わした。

 

二人はそれからもうしばらくたった二人の暖かくて心地の良い世界に留まり続けた。

 

少し前まで暗黒の闇のようだったリューの世界はベルという光のお陰で眩しいほど明るく照らされた。

 

それはリューが暗い過去をようやく抜け出し、幸福へと歩み始める第一歩だった。

 

リューはベルの腕の中で自身が幸福に包まれているのを心から実感していた。

 

ベルもまたリューを腕に中に収めながらこれからの幸福な未来に想いを馳せていた。

 

だからそんな幸福で正の感情しか心になく、自分たちの世界に入り込んだ二人は気付かない。

 

実はそばに茫然とした二人の少女がいることを。

 

そしてその二人の少女が歯を軋ませて負の感情の詰まった視線をリューの背中に突き刺していることを。




始まりました新作復讐劇!
復讐劇の定番は最初に幸福なシーンを描いた上で徹底的に堕とすという展開ですよね。(完全な下衆発想)
(その上リューさんを初回から泣かしておいて何考えてるという指摘は嬉し涙だからセーフということで。)

原作からの分岐点を『決死行後のリューさんとベル君の再会シーン』にするという展開予測できたでしょうか?これからも予想外を突いていけたらな…と思っています。…できるかは分かりませんが。(そしてこれ展開上重要性なくない?というツッコミはダメです。)

そしてもう早速ヘイトが集まり始めてますねぇ。だからこのシーンを選び、原作にて居合わせたお二人(空気で名前も出ず、ついでに数名空気どころか存在も消されましたが)に強烈な危機感を抱かせることができた、と一応考えてはいます。
何せ【深層】で何があったのかはリューとベルしか知らないのだから。強烈な『何か』があったと周囲に想起させてもなんらおかしくはないのです。
さて復讐相手選定はしばらく続きます。…幸福シーンの展開によるヘイト集めで。
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