アリュード・マクシミリアン伯ー妖精麗人の愚直なる復讐ー 作:護人ベリアス
「…入れましたね。」
「…入れちゃった。」
迷宮都市オラリオの城門を入ってすぐの場所でリューとシルはそう呟いて互いに顔を見合わせる。
一悶着あるかに思えた【ガネーシャ・ファミリア】による検問。
その検問はリューとシルをその瞬間は緊張に追い込んだ。だが人相書きで誰かを探している様子もなければ、手荷物を検査して強い警戒をしている様子もない。ただ名前と身分、目的を尋ねただけで検問は呆気なく終わってしまったため二人とも拍子抜け、と言った心境だった。
とは言っても身分を伯爵夫妻と名乗ったため対応した団員たちは格式に基づいた敬意を示してきたため特に身分に相応しい振る舞いに慣れていないリューはその応対にはそれなりに気を使うことになった。さらにシルの狙い通り身なりの汚れから事情の複雑さを察したらしくギルドへ事情を伝えに行けば何かしらの援助を得られるかもと丁重に助言される始末。
これにはリューもシルも驚かされることになると共にオラリオが外交的にうまく立ち回れている理由を垣間見た心地だった。
とは言え特段疑われた様子もなく二人は上手く伯爵夫妻に化けられたらしく難なく検問をクリアできたのである。
こうして第一関門と言えたオラリオへの潜入をあっさりやり遂げてしまった二人は次の段階に移ろうとした。
「それで…次は拠点を探しますか?できれば人の目の付かない場所が良いと思いますが…」
「それには私も賛成。リューには心当たりある?」
「…一応かつての経験則を用いるのなら念のためダイダロス通りに拠点を構えるのが良いかもしれません。あそこなら迷路のように入り組んでいるためギルドの眼も行き届きにくい。」
「なるほど。なら私達が一時期潜伏に使ってた隠れ家がダイダロス通りにあるからそこにしない?そこに少し資金を分散して隠してあるからどちらにせよそれを取りに行く必要があるし。」
「分かりましたが…ギルドがその場所を割り出して押さえている可能性はありませんか?」
「うーん…行ってみないと分からないかなぁ…最近使ってなかったし…」
「では行って確かめましょう。」
「分かった。そうしよう。」
話し合った二人はそう結論を出すと早速ダイダロス通りに向かうことにした。
☆
「相変わらずひどい場所ですね…というか以前より酷くなった気がします…」
リューはダイダロス通りに足を踏み入れてしばらくして顔を顰めながらそう呟いた。
ダイダロス通りはオラリオの中でも貧民層が多く住む言わばスラムであった。
そのためゴロツキなどが何かと集まりやすく治安が決していいとは言えない場所だった。そのためリューは【アストレア・ファミリア】にいた頃より何かと調査などで訪れることが多かった。そんなリューが数年ぶりに見た感想がこれであった。
人通りは少なく音も少ない。なのにたまに聞こえてくる悲鳴や赤ん坊の泣き声らしき声は不気味さを醸し出し、治安の悪さを露骨に伝えてくる。それだけでなくたまに通りがかる人も見るからにみすぼらしく貧困に苦しんでいるのが見て取れる。お陰で汚れを偽装してきたはずの二人の方が綺麗に見えると感じてしまうほど。
二人の身なりから裕福な可能性があると見て取った者から先ほどから三度も恵みを求められるのにまで出くわしていた。目の前の困っている人を見過ごしがたいと考えるリューは何か助けになるようなものを渡したいとつい考える。だがリューは手持ちの資金が少ないのとシルの諫めもあってを断るしかなかった。それがリューの表情の歪みに繋がっていたのは言うまでもないかもしれない。
辺りを伺っても穴の開いた壁や血痕などがやけに目に付く。最近戦闘でも起きたのかもと思えたが、新しいものと古そうなものが混在しているためどちらも修繕もされず放置されていると考える方が妥当に思えた。さらにどこからともなく腐臭か死臭かも分からない異臭まで漂い、遺体まで放置されている可能性も考えられた。
このようなダイダロス通りはリューが知るダイダロス通り以上に悲惨でまるで街そのものが死にかけているとまで思わせた。
そんな街の様子に心を痛めずにはいられず苦しそうな表情で歩くリューにリューが投獄されていた間のことを少しは知るシルはリューにこの悲惨なダイダロス通りの状況の原因の推測で伝える。
「うん…ここで起きたモンスターの一件でただ打撃を受けたのが未だ復興できてない…とは考えにくいけど、前より酷くなった感じはするね。もしかしたらここで絶大な支持を集めていた『貧窮』の神様のぺニア様がいなくなったことが関係しているのかもね。」
「そう…なのですか。」
その時リューの心はズキリと痛んだ。シルの口にした『モンスターの一件』はベルを助けるという名分のもとでリューも関与していた事件。ベルの話から
その時は正義だと思い、目の前の困っている人を助けたとしても別の面から見ると誰かを苦しめている…そんな事実を改めて気づかされたリューは過去の行いを恥じずにはいられない。自身の行いが今なお人々を苦しめているのかもと考えると後悔せずにはいられない。
同時にその時の出来事と共にベルのことを思い出してしまったリューは思考を乱されるような感覚を覚える。その感覚を追い払うためリューは意識して別のことを考えようと試みた。
「…ギルドは何をしているのですか?【ガネーシャ・ファミリア】も治安を安定させるために動くべきではありませんか?…この様子、彼らが動いているとはとても思えません。その一件からもう五年が経過しているはずですし、仮に私達の知らない戦闘が発生していたとしても何かしらの復興が進んでいてもおかしくないはず…なのにこれは…」
「リュー?そんなの言うまでもないんじゃないの?ギルドは冒険者がダンジョンから集めてくる収益しか興味ない。ダイダロス通りの復興がこんなのなのとは反対に歓楽街はすぐに復興が進んだ。ギルドの対応はそんなものだよ。【ガネーシャ・ファミリア】だってすべての人を助けることはできないし、今頃カジノの護衛で忙しいんじゃないかな?」
シルの皮肉めいた回答にリューはギルドや【ガネーシャ・ファミリア】に対して怒りを覚えて、拳に思わず力が籠る。
リューはかつて【アストレア・ファミリア】の元でギルドや【ガネーシャ・ファミリア】と正義のために共闘してきたつもりだった。だがギルドも【ガネーシャ・ファミリア】も本当に助けるべき人々を助けていない。それは以前からずっとそうだったはずだ。
なのにリューはその事実からずっと目をそらしてきたのだと気づかされる。共闘関係にあるから。自分も冒険者でギルドには助けられてきたから。ギルドなくしてファミリア間の協力は不可能だと思えたから。
理由はいくらでも立てられる。
だが今だからこそ自身の本当の正義と向き合っているから分かる。
それは矛盾だ。
もしギルドが自身の思う正義と食い違っているなら協力を止めるか正すために動くべきだった。なのにリューは【アストレア・ファミリア】にいた頃はそれを黙認し、復讐に身を墜としていた頃はロイマンなどの腐敗に気づいていながら見逃した。それがリューの大切な人々を苦境に陥れることになったと考えれば、かつての判断はごく普通に間違っていたと考えられるし、自身の本当の正義からは完全に反する。
それがリューの正義の歪みでリューの甘さであることは明らか。
ならばやはりリューの正義に反し非道な真似を行うギルドもそれに協力した【ガネーシャ・ファミリア】も悪?そもそもギルドはリューを嵌めた悪で【ガネーシャ・ファミリア】もリューを冤罪で逮捕した悪とも捉えることができ、それらへの復讐は正義になり得るかもしれない。そう短絡的に結論をリューは急ぎそうになる。
だがオラリオを訪れた時意識を改めたリューは結論を急ぐのを押しとどめる。
今のリューは多くのことを知らなすぎる。
かつてのリューは自分自身のことさえよく分かっていなかったから過ちを繰り返したのだ。
まずは真実を知る必要がある。
そう考えたリューは自分に言い聞かせるように呟いた。
「…ギルドにも【ガネーシャ・ファミリア】にも何かしらの事情があったのかもしれません。彼らは私と違って責任ある立場。私達の与り知らぬ深い事情があって然るべきです。結論は…その真実を知ったその後でなければ。」
「…」
「…どうかしましたか?シル?私の顔に何かついていますか?」
リューは無言でリューの顔をじっと見るシルに違和感を感じてすぐにそう尋ねた。
リューの判断がシル的には望ましくなかったからかもとも思い至ったからでもある。
なぜならギルドや【ガネーシャ・ファミリア】を擁護することはシル達を苦しめた者達への擁護と同義だったから。
シルはリューの問いにハッと自分の世界に没入して帰ってきたかのような表情をするとすぐさまリューの問いに答えた。
「…ううん。リューの言う通りだなーって思っただけだよ。私も推測で物を話したらいけないね。気を付けないと。あと私的にはリューの顔はすっごく可愛いから私がじっと見ちゃうのも仕方ないと思うなー」
「なっ…!シル!からかわないでください!」
シルのからかいにリューが頬を赤くして否定に走ってくれたお陰でシルはあっさりとリューの顔を凝視していた理由を誤魔化した。
当然シルはただリューが可愛いから凝視していた…なんてことはない。
僅かに感じたリューの変化に驚いていたのである。いつもならリューは行動を急ぎギルドへの復讐を心に決めていたことだろうし、シルの言ったギルドや【ガネーシャ・ファミリア】への批判にもあっさり乗ってくるだろうと思ったから。
だがリューはそうせず結論を急がなかった。
それは単に判断が遅れ迷っているだけではあるまい。
シルの言葉に誘導されることなくリューは自らの考えで自らの目で真実を見極めようとする意志を見せている。
そんなリューの小さな変化がシルにとっては驚きであると共にうれしい事柄であった。
それでシルは思わず物思いにふけっていた。そんなシルの思いも知らずリューは静かに隣を一緒に歩いていたが、しばらくしてシルを物思いから引き戻した。
「それで…シル?その場所にはまだ到着しないのですか?」
「ん?あっ…そろそろだよ。次の角を曲がったくらいかな。」
リューの質問に物思いから呼び戻されたシルは一度慌てて辺りを見回してから答えた。雑談をしながら歩いていた二人は気づけば目的地の近くにいたのだ。
そしてシルの言う角を曲がろうとした時二人の視界に一人の金髪の女性が入った。
その女性は二人を含めて今まで見てきたダイダロス通りにいた人々の中で誰よりも清潔な服を纏っていて、リューは見た瞬間に場違い感を感じずにはいられない。そしてなぜかその女性は建物を前にして腰に差した剣に手を添えたままなぜか立ち尽くしている。
リューはその女性を見た瞬間は何者かと思ったが、壮麗な剣を腰に差した金髪の女性の横顔をきちんと見た時何者かに判別がついた。
「…あれは…まさか【剣姫】?なぜこのような所に…」
リューはこの場で偶然出くわした違和感からポツリと呟くが、その瞬間リューの腕がいきなり強く引き寄せられて曲がり角の陰に引き戻される。
その引っ張った主が隣にいたシルだと理解したリューは何事かと尋ねようとする。だがその時のシルの表情が冷や汗を流して緊迫したものだったのを見て、瞬時に何かがあると察した。シルは焦りを隠せない様子のままリューを小声で急かした。
「戻ろう。リュー。ここに留まるとまずい。」
「…何事ですか?まさか彼女が…」
「そう。【剣姫】はミア母さん達の死に関わってる。私達は【剣姫】達に何度も襲撃されてる。」
「なっ…!」
シルの告げた新事実にリューは絶句する。その理由など言うまでもない。
あそこで立ち尽くしている女がリューの大切な人々の仇だということだから。
リューの心に急速に怒りが湧き上がってくる。
今すぐにでもあの女に一矢報いたい。そんな衝動が沸き起こる。
だがシルはリューが激高しかけているのを見て、必死に首を振りながら手を引く。シルはリューを今すぐにでもこの場から遠ざけようと試みる。
それも当然で今のリューにはかつてのような神の恩恵はない。
それにそもそもリューはアイズと戦って二度とも敗れているのである。
例え恩恵があろうとも勝ち目は薄い。
その厳然たる事実をシルの必死な様子のお陰もあり、リューは時を置かずに冷静さを取り戻す。そしてその場を静かに二人は立ち去ろうとした。
だがその一瞬の逡巡が命取りになるということを冒険者だったリューは記憶にとどめておくべきだった。
「…そこに誰かいるの?」
オラリオ最高峰の冒険者の一人であるアイズ・ヴァレンシュタインが僅かな物音も聞き落とすはずなどなかったのだから。
最初にご登場の敵役はアイズさん。
潜入直後からクライマックスなのはきっと気のせい。