アリュード・マクシミリアン伯ー妖精麗人の愚直なる復讐ー 作:護人ベリアス
「…そこに誰かいるの?」
アイズ・ヴァレンシュタインは僅かな物音も聞き落とさなかった。アイズは警戒から愛剣であるデスペレートを引き抜き物音のした先に剣先を向ける。アイズは相手が見えない以上手練れである可能性を踏まえ、先手を打たず相手の動きを見定めるべく静かに待った。
一方彼女の警戒を呼び起こしてしまったリューとシルは次の手をこまねいていた。
シルは今すぐにでもこの場から離れようと必死な様子でリューの手を引く。シルは自分達を何度も襲撃したアイズとの接触はあってはならず、もう向かおうとしていた隠れ家も当然の如くギルドによる捜索が行われ、周囲にも監視員がいると判断したからである。
だが一方のリューはシルの必死な様子が目に入っているにもかかわらずその場から動こうとしなかった。
それはアイズの実力を知るリューは逃げてもアイズにすぐ追いつかれることが分かっていたからである。
下手に逃げれば疑いを深め、正体が露見する可能性が高まる。
かと言って大人しく姿を見せるにしてもいくら変装して偽名で潜入してきたとは言えリューとシルの顔をアイズを覚えているのはほぼ確実でどちらにせよ結局正体は露見する。
逃げてもダメで大人しく姿を現してもダメ。
まさに八方ふさがりの状況。
どちらの方がリスクが低い?リューは必死に考えを巡らせる。
「…いるのは分かってる。出てこないなら…斬るよ?早く出てきて。」
アイズは最終勧告のようにリュー達のいる方向に向かって宣告する。
猶予はない。今すぐ決断しなければならない。
シルがぐいぐいとリューの袖口を引き、逃げるよう促す中リューは決断を下した。
「あの…決して危険な者ではありません。高名な剣士様がいらっしゃったのでつい隠れてしまった…と言ったところでして。」
リューは曲がり角の陰から姿を現し、アイズの宣告に従った。
リューはアイズが二人の顔を覚えていないことに賭けたのである。
リューの決断にシルは驚きを隠せないが、その決断に身をゆだねるようにシルもまた陰から身を乗り出した。
さてアイズはどう出る?
二人の正体に気づくか?
まるで自分の心臓を直接握られているかのような緊張に苛まれながらも二人はアイズの言葉を待つ。
二人が緊張に苛まれる中アイズは少々の時を置いてからようやく言葉を発した。
「…ごめんなさい。つい警戒して剣を向けてしまいました…」
アイズはそう言って剣を鞘へと戻した。
少なくともアイズは二人のことを警戒する相手とはみなさなかったようだ。
ただアイズが二人の顔を覚えていなかったのかとぼけて油断を誘っているのかまではリューにも判断がつかない。
アイズのような冒険者なら剣を鞘に収めようともすぐに抜いて斬りかかれるだろうから大した意味はないかもしれない。
そう思いつつもどちらにせよリューには正体を隠しつつ警戒を解き、演技をすることでこの場を潜り抜ける他ない。
リューは緊張感を保ちながら仇と向き合った。
「いえ。お気になさらず失礼にもあなたの姿を見た瞬間隠れてしまった私達の落ち度でしょう。その点は申し訳ありません。」
「ううん…それは大丈夫…です。それよりあなた達は高貴な身分の方…ですか?身なりが汚れているけど、高そうな衣装に…見えます。そんな方がなぜこんな所に?」
「えっ…ああ。少し迷ってしまいまして…」
「そうでしたか。えっと…ご苦労様です?」
アイズは少々不思議な慰めをリューに与えたが、ともかくどうやら本当にアイズは二人の正体に気づいていないらしい。
そうアイズの反応から察したリューは少し安堵しつつもダイダロス通りという高貴な身分の者来そうにないスラムにいる理由をでっち上げるのに少々手間取ってしまっていた。それがアイズに不信感を与えてしまったかもと心配になるが、幸いにもアイズは特に不思議には思わなかったようだった。
ともかくこの場は誤魔化せた。あとは自然にアイズから距離を取ってしまえば、問題あるまい。
自身の関係者には極力不用意に接触しないようにしなければ、と今回のことを教訓に心に刻んだリューはできる限り早くアイズの前を立ち去ろうと試みる。
「では私達は目的の場所があるのでこれで失礼…」
リューはそう告げて背を翻し、この場を立ち去ろうとする。それにシルも倣って背を向け、二人は逃げるようにそそくさと歩いて行こうとする。
だがアイズが思わぬことを告げてきたのである。
「えっと…迷子なら私が案内しましょうか…ここのことは少しは知っているので…」
アイズのまさかの提案に二人はびくりと足を止める。
ただの善意か。
それとも二人の正体に気づき引き留めようとしているのか。
アイズのそばにこれ以上いるのも危険。
かと言ってこれを断るのも不自然。
判断がつかないリューは回答に詰まる。
すると今まで何も言おうとしなかったシルが振り向いていた。
「ええ!よろしいのですか!ならぜひお願いします!」
「シッ…シッ…」
先ほどまでリューを必死にアイズから遠ざけようとしていたシルの回答とは思えない言葉にリューは思わず振り返り、その発言を止めようとする。だがシルの偽名であるシレーネという名を呼び慣れぬリューは危うくシルと呼んでしまいそうになり、言葉を詰まらせるだけで終わった。
一方のシルは先ほどまでとは打って変わった感激したと言わんばかりの満面の笑みを浮かべていた。
「えっと…」
満面の笑みでアイズの提案を受けようとするシルと言葉を詰まらせてシルが提案を受け入れようとするのを止めようとするリュー。
この二人の意見の食い違いを見たアイズはどちらの回答を受け入れればいいのか分からず困惑の声を上げる。
一方の意見を食い違わせたリューとシルは顔を見合わせてお互いの真意を小声で確かめようとした。
「一体どういうつもりですか?一刻も早くこの場を離れるべきでは…」
「まぁまぁあなた。落ち着いて。」
そうリューに宥めるようにシルは言うと、アイズの方を見て、ニコリと笑顔を浮かべた。
「ちょっと痴話喧嘩してきますので少々お待ちいただけますか?」
「えっ…あっ…はい。分かりまし…た?」
シルの求めを困惑したまま受け入れるアイズを見届けたシルはリューの手を引き再び曲がり角の陰に連れ戻し、アイズに聞こえない程度の声量で密談を始めた。
「シル…いったいどういうつもりですか?【剣姫】はシル達を襲撃してきた仇だと…」
「そう。だから接近するんだよ。【剣姫】は元々第一級冒険者でギルドの信頼も厚い。さらに何度も襲撃してきたところから見て、かなり深く関与しているのかもしれない。だから【剣姫】から情報を聞き出せるかもしれないよ?」
「確かに…ですがリスクもかなり高くありませんか?」
「それは今気づいてないのとか天然なのとかで上手く誤魔化せるんじゃないかな?」
「…」
リューはシルから提案を受け入れた理由を聞き出せたもののなかなかに適当な安全の根拠に無言になる。その様子に少々シルは恥ずかしく思ったのか小さく咳払いをして付け加えた。
「…ん。とにかくギルドにいきなり直談判するよりギルドの信頼に厚い【剣姫】の仲介を得た方がいいと思う。それに最低私達が知らない何かを聞き出せるかもしれないし。」
「なるほど。一理あります。よく考えてみれば、そもそも顔を曝した以上無関係でいるのは厳しいでしょうし、それに仇を前に逃げるのはかなり不愉快です。」
「うーん…そういうことではない気が…」
「決まりです。彼女の気が変わらないうちに承諾しましょう。」
シルが言い終える前に決定を告げたリュー。
アイズの心変わりへの懸念を建前としたが、実際は心で燃え盛る復讐心を指摘されそうだったからだったから。その指摘を遮るために決定を急いで告げたというのが実際のところであった。
「終わりました。あなたの申し出をありがたく受けさせていただきましょう。よろしくお願いします。えっと…」
アイズの提案の承諾を告げたリューであったが、ここでさらりとアイズの二つ名を告げようとしたところで続きの言葉を飲み込む。いくらアイズが有名な冒険者だからとはいえダイダロス通りの地理も分からないオラリオに来たばかりを装う余所者の自分達がアイズの二つ名と顔が一致しているとなるとまた小さな疑いを生む危険があるとリューは考えたからである。
そんな言葉を詰まらせたリューを見て、一度首を傾げたアイズだったがすぐにハッと何かに気づいたような顔を浮かべた。
「あっ…自己紹介がまだでしたね。私はアイズ・ヴァレンシュタインと言います。【剣姫】と呼ぶ人も多いです。よろしくお願いします。」
「…こちらこそ自己紹介が遅れて申し訳ありません。私はアリュード・マクシミリアン。こちらは妻の…」
「シレーネ・マクシミリアンです!アイズさんのお噂はかねがね聞いています!ぜひぜひ武勇伝などを聞かせてくださいな!」
シルはそう言ってアイズのもとに駆け寄るとその手を取ってあっさり握手まで交わしてしまった。
それに対してアイズの方が困惑気味である始末。
仇だと認識し、アイズに散々苦しめられたはずのシルがよくあそこまでやるとリューは遠巻きに見ながら驚きを隠せない。ただのシルのコミュニケーション力の高さは相変わらずであったと、リューは自分で納得した。シルを少しは見習った方がいいのかもとふと思いはしたが、リューには到底真似できそうにないと結論に至り、リューは率先してアイズとの会話を引き受けてくれるシルにアイズの相手を任せようと思い至る。
こうしてリューとシルは仇敵だというアイズに偶然ながらもダイダロス通りの案内という名目で接近することに成功したのであった。
☆
「あの…本当に私だけいいんですか?」
「ええ!もちろん!今日案内していただいたお礼です!」
「…」
困った表情をしながらも目の前に差し出された
あれから二人はアイズに行き先を尋ねられたが、その行き先はアイズが立ち尽くしていた目の前にあった建物でアイズがそこにいた理由も分からない以上当然行くなどとは言えず、適当に宿や教会の場所に案内してもらうよう誤魔化す羽目になった。
その間アイズの相手はほとんどシルが行い、リューはたまにシルに話題を振られたときに会話に加わるくらいでシルが意図してアイズとの会話を避けさせようという配慮をしているのではと感じてしまうほどだった。そしてシルはあれやこれやと話しているうちに何だか親しくなってしまったようだとリューの目には見えた。
そうして案内してほしい場所を誤魔化すのが厳しくなってきたころ、シルがお礼をしたいとアイズに提案したのである。その提案を無理矢理押し通したシルは市場へとアイズに案内させて、現在のジャガ丸くんの押し付け合いに繋がるのである。
言うまでもなくジャガ丸くんをシルがお礼に選んだのは、アイズの好みだと知っていたから。
シルのしたたかさにリューはいつもの如く舌を巻いてしまう。
あとついでに言うとアイズの分しかないのは、資金を隠れ家から調達できなかったせいで本当に資金不足なのだ、とアイズに毒づいてやりたかったがリューはそれを抑えておくことにした。
そんなこと考えているうちにアイズはアツアツのジャガ丸くんをさぞおいしそうに頬張っていた。その幸福そうな表情がリューの心で燃え盛る復讐心に油を注いだのは言うまでもない。
一方のシルは説得の末にアイズが
「それで【剣姫】さん?私達は迷子になってあそこにいたわけですけど、【剣姫】さんはなぜあんなところに?まさかあの有名な冒険者である【剣姫】さんが私達と同じく迷子だった…なんてことあるわけないですからね?」
シルはアイズをおだてながらあの場、即ちシル達の隠れ家だった建物の前にいた理由を笑顔のまま尋ねた。それを聞かないことには資金も手に入らないことになり、問題が生じるからであった。
「それは…私より強い人が使ってた場所だったからつい…」
「強そうな人…ですか?あそこに誰か住んでいたんですか?」
「オラリオの外から来たあなた達は知らないでしょうけど、あそこはオラリオの治安を乱すお尋ね者が拠点に使ってた場所で…」
アイズの口にした『お尋ね者』。それがシル達であることは分かりきっているシルは加えて尋ねた。
「えっ…お尋ね者!?そんな危険な場所だったんですか!あそこは!」
「はい…でもそのお尋ね者もちょっと前に殲滅したからもう安全です。ギルドもそう街に布告を出してますから…」
「それは良かったですけど…それならなあの場所へ?あそこにはもうお尋ね者はいないんですよね?」
「えっと…あそこに行けば、また私を強くしてくれる人と出会えるかもって思って…ただの勘ですけど…」
「へっ…へー」
ジャガ丸くんを平らげた上でアイズが述べたあの場にいた理由はシルには到底理解できないものだった。
ただ少なくともアイズが強くなることに執着しているが故にかつて戦ったミア達のことが強く記憶に残っているのだろうということは分かった。
さらにアイズが悪い意味で勘が鋭いことも。
もしリューがアイズ達への復讐を選んでしまった場合、恩恵がないリューはアイズでは対応できない武力を用いないやり方で復讐を果たそうとするに違いない。そうなれば第一級冒険者の武力だろうと役には立たない。そういう意味ではリューは『アイズを強くしてくれる人』に当たるのかもしれない。もっともアイズがそういう意味での強さを求めているとは思えないが。
そうシルはアイズの答えを愛想笑いで流した。
だが今の今まで沈黙を保ってきたリューはそうはいっていなかった。
「…私を強くしてくれる人?」
「…えっ…」
「【剣姫】…あなたはただ強くなるためだけに人を殺してきたのですか…?」
その時リューは怒りで自分が正体を隠している身だったことを忘れた。
ただでさえ仇だと知らされたアイズといるのも心で燃え盛る復讐心に油を注ぎ続けていたのに、今のアイズの言葉はその復讐心を最高潮まで高めてしまった。
ついにリューは暴発してしまったのである。
「…アッ…アリュード…さん?」
突然激高しだしたかに見えるリューにアイズは戸惑いながらその名を呼ぶ。
そんなアイズの反応により怒りを駆り立てられたリューは掴みかからんと距離を縮めようとまでしてしまう。
それをシルが咄嗟に腕を掴んだため抑えられたものの、リューの怒りはより昂るばかりであった。
「強さ強さ強さ…そんなもののために人を殺すのですか!?あなたにとって人はモンスターと同じあつかいなのか!?ふざけるな!」
リューの怒りの源。
それはリューの大切な人々がただアイズのステイタス更新のためだけに殺されたかもしれないという事実。
実際はそれだけではないどころかアイズがより強さに執着し出した理由はベルに選ばれた特別な強さを持つとアイズに思われ、ベルの恋人となってアイズからベルを奪った形となったリューにあったのだが、そんな事情まではリューも知ることはなかった。
「あなたのような冒険者ばかり褒め称えられるからオラリオの治安は何時まで経ってもよく…!んんん…なっ何を!」
「あなたはちょっと落ち着いて黙ってて。」
リューの怒りに任せた責めはシルがリューの口を塞いだことでようやく収まった。
シルがリューを抑えたのは当然理由がある。それはアイズに悪印象を与えないため、などという単純な理由だけではない。
三人がいるのは市場のど真ん中。
アイズは言うまでもなく有名人でそんなアイズを怒りに任せて責める…なんて光景は到底見られていいものではなかった。
だが微妙にもはや手遅れ。もう既に三人に周囲の視線は集まってしまっていた。
有名人であるアイズを責めるという光景にシルは批判が集まってきて、解決が難しい問題に直面することを覚悟する。
だがリューが黙らされた後に生まれた静寂は保たれたまま。周囲が反応を見せないという奇妙な状況に陥っていた。
その状況に不安を抱きながらもシルはそれでも怒りをぶつけようともごもご言っているリューを黙らせたままリューへの擁護を口にした。
「あの…【剣姫】さん。あまり気を悪くしないでください。実は私達がオラリオに来たのは失った祖国を取り戻すためで…私達の祖国は平和を愛する国だったのに富国強兵のために白聖石を狙う隣国に攻められて民は殺され財産は奪われ…とにかく強さを追い求めるということを聞くと、ついそのことを思いだしてしまって、私も夫も怒りと悲しみを抑えられなくなってしまうのです。だからどうか夫の無礼をお許しください。」
そう言って重い事情を嘘ででっち上げて、リューの怒りが別のところにあるようにシルは装った。
そして悲しげな表情でアイズに謝罪をしながらもリューを擁護する。それによってリューの激高は重い事情によって正当化された雰囲気になり、アイズの方が気まずい思いをする羽目になる。
「その…こちらこそごめんなさい。アリュードさん…」
「…っ謝って失われた命が戻ってくるものか!」
「はい。あなたは【剣姫】さんが謝ってくれたんだから、これくらいにしましょ?ね?」
結果アイズはリューに謝罪したもののリューはその程度では怒りを抑えられずシルの抑えを振り切って罵倒する。
そんなリューに宥めるようにシルは言い聞かせるもリューは怒りを収められそうになかった。
そんな状況でどうしたらリューの怒りを収められるか困りに困るアイズ。そんなアイズが苦し紛れに慌てて言った。
「おっ…お詫びに!私がギルドの仲介をします!そうすればお二人の祖国を取り戻すための手助けができるかもしれません…それで許していただけませんか?」
「「え?」」
アイズの提案にシルだけでなく怒りで我を忘れていたはずのリューまでポカーンとした表情をした。そして驚きのあまり二人は顔を見合わせてしまった。
その提案はギルドと接触を試みようとする二人にとって渡りに船だったのだから。
ジャガ丸くん一つでぺらぺらと話してくれるアイズさん。
レヴィスとの戦いでは対人戦ではなく対モンスター戦と意識していたように少々対人戦を好まない傾向を感じましたが、今作ではリューというある意味の不穏分子のせいで対人戦強化に走っていました。目指すは自らの手でリューを倒すこと…今も昔もリューの方が弱いんですけどね。