アリュード・マクシミリアン伯ー妖精麗人の愚直なる復讐ー 作:護人ベリアス
アイズとの接触で一波乱起こした日から翌日。二人はダイダロス通りにあるアイズに紹介してもらった宿にいた。二人とも結局アイズを警戒して元々拠点に使うことを予定していた隠れ家を使うことができなくなったためである。
そしてその警戒心を解くことができないアイズにリューとシルは結局ギルドとの交渉の仲介を依頼することにして、今はギルドへ出向くための準備をしていた。
「本当に大丈夫でしょうか…私達の正体に気付いて罠に嵌めようとしている…そんな可能性はありませんか?」
その時はアイズの提案の利益を鑑みて承諾したリューであったが、その時のリューは直前まで激昂していて冷静さを失っていた。そのためアイズと別れ冷静さを取り戻した今になって心配になってきていたのである。
「うーん…私も【剣姫】さんのことはよく知らないけど、そんな小細工しないと思うなー疑ってたらすぐさま斬りかかってくると思うよ。と言ってもあんな提案をほぼ初対面の状態でするのも奇妙だし…」
渡りに船と積極的に受け入れようとリューを説得したシルもまたあまりにうまく行き過ぎた提案に一抹の不安を隠せない。とは言ってもあんなに仲良くなっていたのに『ほぼ初対面』ではないのでは?、とリューは少し思ったがその突っ込みは抑えることにした。
このように結局二人揃って意気揚々と依頼した割には心配で乗り気でないという奇妙な状況に陥っていた。
ただここで依頼を断るのもすっぽかすのも疑われる要因になり得る。そう結論を出したリューは小さくため息を吐いて言った。
「…もう依頼してしまった以上行くしかないでしょう。ここまで来たら露見しないと信じて突き進むしかありません。」
「ん…そうだね。うじうじしてたら真実も分からない!よし!行こう!」
「ええ。あまり約束の時刻まで時間もありませんし。」
二人はそう決断を下すと話しながら準備を整え終えていたため、宿を出発しようとする。
だがそんな時すぐに部屋を出ようとするリューをよそにシルは立ち止まると、静かに尋ねた。
「ねぇリュー?一つ本当は言いたくはないけど、ギルドに向かう前に言ってもいいかな?」
「…何ですか?シル?遠慮なくどうぞ。」
シルの戸惑い混じりの問いにリューは自分に不都合のあることなのだろうと見切りをつけて、少し躊躇したがシルが言うべきと思ったことならと承諾する。
「昨日のリューを見て思ったんだ…リューはもっと感情をコントロールできるようにならないと。昨日みたいにちょっとのことで感情を顕わにしてたら正体がばれるかもしれない。」
「…っ!…シルの言う通りです。昨日の私の行動は言われるまでもなく危険に満ちた行動でした…」
シルの指摘にリューは反省を覚えずにはられない。
シルの言う通りアイズに直に怒りをぶつけるのはアイズに恨みのある者であることを自ら暴露するのと等しい行為。
シルが偽りの身分から作り上げた偽りのストーリーでリューを擁護したものの、リューの怒りはそれだけでは説明できない大きさだったので小さな疑いの芽を残した可能性は小さくないのである。
それに気づかされたリューは自らの浅はかさを呪いたくなる。
そうしてあからさまに沈んでしまったリューに少々気が咎めたシルは慰めるように付け加えた。
「…確かにリューの怒りはもっとも。【剣姫】さんの言葉は私だって怒りを覚えずにはいられなかった。だってミアお母さんやアーニャ達がただそんな理由で殺されたのならと思うと浮かばれないし、私自身許せない。…でも私達には真実を知ってその上で為すべきことを見つけないといけない…リューはそう決めたよね?」
「…はい。」
「ならそのために感情をコントロールしないと。確かにそうやって感じたことをきちんと行動に移せることはリューのすごいところだと思う。でも時と場所を弁えないと。リューは今までそういうことを気にしてこなかった感じがあるけど、もし何か感じる所があるならコントロールすべきだと思う。ただ変えるべきじゃないと思うとしても正体を隠せるように最低限のことはしてほしいと思うな。その調節はリューの考え次第でいいから。」
「…分かりました。きちんと考えるようにします。」
「うん。ごめん。行こうとしてたのに邪魔しちゃったね。それじゃあ行こうか。」
「…ええ。」
シルの促しにリューはコクリと頷いて、ギルドへと再出発する。その前にリューは自らの感情の自制を強く心に言い聞かせたのだった。
☆
「アリュード様とシレーネ様!ミィシャ・フロットと申します!此度はようこそ迷宮都市オラリオにお越しくださいました!ささ事情はヴァレンシュタイン氏にある程度お聞きしてるので個室でお話ししましょう!」
ギルドに到着したリューとシルを出迎えたのは、桃色の髪の幼さを残した容貌のギルド職員ミィシャ・フロットだった。
「彼女は私のファミリアの担当の方で信頼できる方ですから。大丈夫です。」
「もうー!私本当は【ロキ・ファミリア】担当のつもりじゃないんですけどー!」
リュー達よりも先に到着してミィシャに事情を説明していたらしいアイズがミィシャの言葉に補足する。
ミィシャのことはよく知らないリュー。
だが都市最大派閥たる【ロキ・ファミリア】担当となれば多くの情報を握っていると同時に優秀なだけではなくアイズと共にリューの投獄等にも関与している可能性があることが容易に察せられる。
警戒して臨まなければ、とリューは気を引き締めた。そしてミィシャに笑顔で会釈しながら個室への招きに応じた。
四人ともがソファーに腰を下ろしたところでリューが話を切り出した。
「今日は相談の機会をお作り頂きありがとうございます。【剣姫】からお話を伺っているようなので単刀直入に申し上げます。私の国は隣国によって不当にも奪われその圧政に民は苦しんでいます。そのため民を一刻も早くそれから解放すべくオラリオには是非支援を賜りたいのです。謝礼は国を取り戻した暁にはいくらでも出しましょう。」
リューはさらさらと嘘を並び立てる。言うまでもなくこれはシルと事前に話し合って組み上げた仮想の話である。要請という形を取れば、ギルドも接触に応じやすくなると考えてのことだった。
ただミィシャの反応は最初から芳しくなかった。
「えっと…つまり冒険者を戦力として貸して欲しいということですよね?それは戦力流出防止を方針とするギルドとしてはちょっと難しいことでして…」
ミィシャの反応はリューが冒険者だった以上予想の範疇。
ただここであっさり引き下がっては、違和感がありギルドとの接触の口実もオラリオに留まる名分も失われる。そのためリューは言い募った。
「そこを何とかなりませんか?身一つの私達夫妻にはもうオラリオからの支援を受けるしか国を取り戻す方法はないのです!」
リューは悲壮感を漂わせてミィシャに訴えかける。
これはこの反応を事前に予測してシルがリューに練習させていたため思いのほか説得力が高いものに仕上がっていた。
ただリューに練習させていたのはこれだけではなく、色々な状況を想定して練習を一夜の間にリューはしていたため、それなりの説得ができると隣で黙って見守るシルもリュー自身も思っていた。
ただし昨夜シルがリューに練習させて完全に楽しんでいたことをリューは気づいていない。
「そう言われましても…」
ミィシャはリューの説得にあっさりと押されて困り果てた様子になる。それにアイズが口を挟んだ。
「ミィシャさん。アリュードさん達はオラリオの人じゃないから、本当のことを話してもいいんじゃないですか?」
「えっ…でもエイナがあまり口外するなって…」
アイズの言葉に困惑を強くするミィシャ。そして『本当のこと』という如何わしい言葉をリューが聞き逃すはずがなかった。
「本当のこと…ですか。オラリオは何かしらの冒険者をお貸しいただけない事情が別にあるので?」
すかさず追及するリューにミィシャは逃げ場を失ったかのように硬直して、視線を泳がせる。その様子に何か隠していることがあるということは見るからに明らかだった。
「…断る理由をきちんと伝えた方がお二人も納得できるんじゃないかんって思いますし。」
「ううう…分かりました。口外しないと約束いただけるならお話しします。」
アイズの口添えのお陰もあってかミィシャは観念したようにそう言った。そうしてリューとシルはすぐに頷くとミィシャは小声で語り始めた。
「実は先日オラリオでとある囚人がギルドの牢獄から救出される事件があって、救出に加わったお尋ね者はみな死亡が確認されたんですけど、ギルドとしては警戒を未だ解くべきではないという方針で冒険者をあまり外に出せるような余裕がないんです…」
「…っ!」
「あっなるほど…!【剣姫】さんからお話は聞いていたんですけど、そんなに危険なお尋ね者がオラリオに…」
ミィシャの説明はミア達の死が確実に示される言葉が含まれておりリューは思わず悔しさと後悔をにじませてしまう。それを隠すようにシルはミィシャに質問した。
「…私はもう全員倒した以上そんなに警戒する必要ないと思ったけど、あの人達が…」
「そうだよ!エイナとアーデ氏が変なこだわりを持つから私まで迷惑してるんだから!オラリオに出ようとする冒険者に説明して引き留めるの大変なんだから!まったく二人ともどういうつもりなんだか!」
シルの質問にアイズとミィシャは口を揃えて愚痴がましく言う。
そしてその時『エイナ』と『アーデ氏』と言う名が漏れるのを二人とも聞き逃すことはなかった。
「その…つまりギルドの関係者の誰かが冒険者がオラリオの外に出るのを特に嫌がっている…ということですか?ならば要請を通すにはその方と交渉すればよいのですか?」
リューは感情をひとまず抑え、さらなる情報を得るべく嘘と絡めながら詳細を問う。それにミィシャは話してよいものか迷っているようだったが、間を置いて話し始めた。
「えっと私の同僚にエイナって言う人がいて、その人が今ギルド内ですっごい発言力を持ってるんです。それでその人が【ヘスティア・ファミリア】にいるアーデ氏と一緒に中心になってこのことに関しては指示を出しているんです。だからそのエイナに頼めば許可出るかもですけど…エイナ一人説得するだけじゃ無理かもです…ギルド長とか【ヘスティア・ファミリア】もこれにはかなり関わってます…」
「【ヘスティア…ファミリア】?そのファミリアはかの有名な【ロキ・ファミリア】よりもすごいのですか?」
リューはミィシャの口からベルのいる【ヘスティア・ファミリア】の名が出たのを聞いて、すかさず尋ねる。
もしかしたらベルのことが少しでも分かる、そう思ったからである。
ただリューはあくまで婉曲に聞くに留めた。
するとアイズが代わりに答える。
「私のファミリアほどじゃない。けど団長のベルはオラリオでもトップクラスLV.6の冒険者だからオラリオで実力のあるファミリアの一つではあると思います。ただ要請の助力を頼むなら団長のベルではなくアーデさんか主神のヘスティア様の方がいいかもです。【ヘスティア・ファミリア】の方針は大体あの二人のどちらかが決めてるので…」
「なる…ほど…」
リューはアイズの回答を注意深く考える。
【ヘスティア・ファミリア】がリューの投獄などのすべてに関わっている可能性が高いことがアイズとミィシャの言葉から分かる。
だが動機が読めない。
ただギルドに要請されたから?
だがギルド職員と直接結びついて協力を行う理由もないように思える。
そもそもその協力は誰の意向で行われた?リリルカか?ヘスティアか?…それともベルか?
憶測が憶測を呼びリューの中で収集がつかなくなろうとする。
そんな時部屋のドアが突然開いた。
「ミィシャ!何亦余計なこと話してるの!?」
眼鏡をかけた女性が怒りのこもった声をドアを開けた途端上げる。それにミィシャは大慌てで応じた。
「えっ…エイナ!あっ…これはその…」
「言い訳はいらないよ。ミィシャ。またぺらぺらと機密を話して…減俸にしないといけないことが分からない?」
「そんな!酷いよ!エイナ!」
「あと私は副ギルド長だって何度言ったら分かるの?公的な場では私を名前で呼ばないでってずっと言ってるよね?」
突然始まった説教混じりの会話にリューもシルもアイズも取り残されたように彼女たちを見守る。すると一通り説教を終えたらしいエイナはリューとシルのほうを向き小さく咳ばらいをすると姿勢を正して言った。
「お見苦しい場面をお見せして申し訳ありません。私は副ギルド長を務めていますエイナ・チュールと申します。アリュード伯爵、シレーネ夫人。お話しは伺いました。こちらの不手際で事情をお知りになってしまった以上仕方ありません。私が今からオラリオの現状を踏まえた対応をさせていただきます。」
ミィシャよりも礼を以って挨拶するエイナはそう言うとミィシャを追い出すと同時にアイズにも退室を願った。
その動きは少々の緊張を二人にもたらす。
今の今まで情報を上手く引き出そうとミィシャとアイズに質問を重ねた二人。
その質問に対して事情をあっさりと話す二人を追い出したのは情報が漏れるのを嫌ってのことだということは容易に察せられる。
それは不用意に詮索をしたことがエイナに警戒を抱かせてしまったということに他ならない。
先程の二人ほど一筋縄ではいかない相手の登場にリューもシルもさらに気を引き締めることになった。
優秀(笑)のミィシャさん。この子出てきたらおしゃべり情報漏洩担当なんだよなぁ…
今回でリリ、ヘスティア、ベル関与疑惑がリューの中で浮上しましたが、生憎エイナの登場で差し止め。
それどころかリューを狙った女性たちの中でトップの頭脳派エイナさん。
リューさんこれはちょっとまずいんじゃないですか…