アリュード・マクシミリアン伯ー妖精麗人の愚直なる復讐ー 作:護人ベリアス
「…彼女が提供した宿泊場所とはここですか…?」
「まさかとは…思ったけど…」
エイナに宿泊場所として提供された屋敷の前に立つリューとシル。
エイナとの会談から二日後。
宿泊場所の準備が整ったということで伝えられた場所に二人は警戒を保ったまま来ていた。
だがその警戒が一瞬溶けてしまうほどの驚きで屋敷を見る二人の表情はあからさまに歪んでいた。
それもそのはず。
そこはかつて『豊穣の女主人』があった場所だったのだから。
そうは言っても『豊穣の女主人』の周辺の家屋も軒並み屋敷の敷地内に組み込まれていて、そのかつての『豊穣の女主人』の趣は寸分もなく、ギルド本部と同じ建築様式で比較的大きな屋敷へと生まれ変わっていた。
リューは知らないが、シルはこんな屋敷が建った理由をなんとなく察していた。
それはリューが連行された直後『豊穣の女主人』が【ガネーシャ・ファミリア】による強制捜査が行われたときミア達が大暴れしたおかげで周辺の家屋まで吹き飛ばしていたから。
その後その曰くつきの空き地をギルドが接収して、この屋敷を建てたのだろう、ということまでは事情を少々知っていたシルには察しがついた。
ただそんな事情を知らないリューはギルドの不正な接収と捉えて、ギルドへの怒りまで募らせていたわけだが。
エイナが言うには今建つのはギルドが迎賓館として建設した建物だと言うこと。
『豊穣の女主人』の存在した過去さえも消し去らんとする意図が見え見えで二人の気分を害するのも当然。
だがそれよりも問題なのはなぜあえてここを二人に提供したか、である。
正体に気付いているなら早急に捕えてしまえばいい。
だがそれはないようだった。
なぜならギルド本部にいる時特段の対策もせずにエイナが二人との会談に臨んでいたように感じられたからだ。
かと言って気づいていないのならこんな二人に縁がある場所をあえて提供する理由はない。
まるで二人の心の傷を意図的に抉ろうとしているかのような行いは正体を気付いていると暗に伝えているようにも感じる。
その中途半端なエイナの対応に不信感を抱かずにはいられなかった。
だがそれ以上の行動を起こしてこない以上どうにも判断ができない。
結果二人はエイナの提案通りに提供される宿泊場所に移ることに決めたのである。
ただ問題はそれだけではなかった。
エイナは宿泊場所の提供と共にあることを申し出てきていた。
それは使用人の提供。
それも賃金はギルド持ちという大盤振る舞いである。
名目上は高貴な伯爵夫妻が使用人がいないとなれば、その権威に傷がつく上に何かと不便だろうということだった。
だが送り込まれてくる使用人はギルドに監視を申し付けられているに違いない。
そのためその使用人への対応にも気を使わないといけないのがかなり厄介だった。
危険を招きかねない情報を掴まれる前に何かしらの手を打たなければならない。
ギルドの非を説いて味方に引き込むなり何か名目を立てて追い出すなり最悪消すなり…
それを決めるのはこの中にいるという使用人本人と話をつけた後とリューとシルは話し合って決めていた。早まって何かしらのミスを犯さないように。
二人はしばらくの間『豊穣の女主人』の入口があった辺りに聳え立つ門の前に立ち尽くしていた。
だがいつまでもそうしているわけにはいかず二人は一度顔を見合わせて、互いに心の準備ができたか確認しあうと、門から入ろうと歩み始める。
その途端門の奥に見える玄関が二人が動き出したのを見計らったかのように開き、結局二人はその歩みを止めることになった。
そして玄関から現れたのは一人の女性。
その笑みを浮かべて小走りで近寄ってくる女性に二人は僅かながら記憶があった。
「アリュード様!シレーネ様!ようこそお越しくださいました!どうぞ遠慮なさらずお入りください!」
「あなたは…!」
「アッ…アンナさ…!?」
「わぁぁぁ!?!?お二人ともストップ!ストップ!」
目の前にいたのはかつてカジノで救出したアンナ・クレーズだったのである。
ただ二人の記憶は正しかったようだったが、何かしらの問題がアンナにはあったらしい。
☆
「やはりあなたはあの時のアンナさん…」
「はい!お久しぶりです。アリュード様。シレーネ様。先ほどは失礼いたしました。大慌てで屋敷の中に引き込んでしまって…」
「いえ。それは問題ないです。それよりお聞きしたいことがあります。」
場所は変わって屋敷の中。
なぜか大慌てで会話を遮ってまでして二人を屋敷の中に引き入れたアンナ。
理由は図りかねた二人だったが、とりあえずアンナに案内されて応接間らしき場所にいた。
そのアンナは応接間に来るまでの簡略な説明によると、この屋敷で働く使用人をしているらしい。
それは他の使用人が見当たらずアンナしかいないようなので恐らく嘘ではない。
だが肝心のアンナに対して不信感を抱かざるを得なかった。
それはこの屋敷の使用人であるということはギルドに雇われているということだからである。
つまりギルドから監視を命じられている可能性がある。
確かにそのアンナとはリューとシルは面識があり、少なくとも二人にはアンナに恨まれるようなことをした覚えはない。
だがそんなもの一方的な考えでしかなく事実は分かりはしない。
そのためアンナがギルドから送り込まれた監視人であることを疑わざるを得ないのである。
だからその疑念をできれば晴らすためにリューは尋ねた。
「それで…です。まずお聞きしたいのはなぜここにアンナさんがいらっしゃるのかをお聞きしたいです。」
リューは単刀直入に尋ねる。それにアンナは笑みを保ったまま答える。
「先日ここの使用人を雇うというギルドからの求人がありました。それも私をあのカジノから救い出してくださったあのアリュード様とシレーネ様の使用人だということで是非恩返しをさせていただきたいということで応募したら幸運にも採用されたのです!何でもお国を追われてお困りなっているとギルドからはお聞きしています。非力な私でも少しでもお役に立てれば、と思うのでいくらでも使ってください!…と言いたいところなのですが…お二人にはお話ししにくいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「…何でしょうか?」
嬉々として恩返しを語るアンナだったが、途端に態度を重いものに変える。
それでリューはギルドが正体に気付いていて、その探りをアンナに命じていたのではと疑いの目を向ける。
ただリューの読みはあっさりと外れた。
「実は…ギルドはお二人の監視を私に命じました。よって定期的に私はギルドに報告をしなければなりません。」
「…それで?」
あまりにあっさりと誘導もしていないのに監視を白状したアンナにリューもシルも呆気にとられる。
リューはアンナが恩を語りながら監視の任を受けたという矛盾した行動に不信感を抱きながらもアンナが何を伝えようとしているのか読み取ろうとした。
「…まずはこれをお話ししたのはギルドの助けを求めたにも関わらずギルドが不審な態度を取っているということを知っていただきたかったからです。監視を命じられている私を信じるのは難しいでしょうが、ギルドには適当なことを報告するつもりです。だからどうか私を信じてお役立てください。私の恩に報いたいという気持ちを疑わないでください!」
「そこまで仰るなら…」
そう言って頭まで深々と下げて信頼を求めるアンナにかつて助けた折にその人柄を垣間見たこともあり、リューは絆されそうになる。
だがそんな甘い性格ではないシルはリューの言葉を遮ってアンナを詰問した。
「そう言われても残念ですが、私達はそう簡単に信じられません。私達の事情を知っているならば、監視の必要性なども理解できているはずです。それなら恩返しなんて申し出られるはずはないです。本当のことをお話しください。」
「うっ…」
「…そこまで言わなくてもよいのでは?」
「ううん。警戒することに越したことはないよ。例え知り合いでも油断するわけにはいかない。私達は危険と隣り合わせの立場なのを忘れないで。」
シルの詰問に困り果てた表情を浮かべるアンナを見て、絆されかけたままのリューはシルを窘める。
だがその窘めをシルは一蹴してアンナを鋭い視線で睨みつける。
そんなシルにアンナはタジタジとした様子で答えた。
「…ギルドはお二人にこのような支援をしているのは、不自由ない生活を差し上げることでお国を奪還する気力を失わせようとしているからです。ギルドは実際のところお二人が要請を取り下げることを望んでいるのです。ただ提供した資金でお二人が許可なくファミリアを雇ってお国を奪還しに行ってしまわないか警戒しています。だから私は監視として送り込まれたのです。…私などがお察ししたようなことを言うのは変かもしれませんが、故郷を失うのはすっごくお辛いことだと思います。…それこそ私があのカジノに売られたことよりずっと。だからお二人が故郷に戻ることをお助けするのが私のできる恩返しだと思っています。どうかギルドの妨害があろうとも故郷に戻るという希望を失わないでいただきたいのです!」
アンナは誠意を込めて言葉を選びながらそう答える。
その答えに嘘はない。
アリュードとシレーネの事情を真摯に思う言葉だと分かった。
だが二人はアリュードとシレーネという伯爵夫妻ではなくオラリオでお尋ねの者とされているリュー・リオンとシル・フローヴァなのである。
「「…え??」」
リューもシルも思わず口を揃えてしまった。それも頭の上に疑問符を浮かべんばかりの不思議そうな表情を浮かべて。
アンナが二人の苦境を本当に思ってくれているのはシルでさえも感じ取った。
だがその苦境は二人にとって偽りなもので二人が監視に送り込まれたと疑った理由は全く違うもの。
二人ともアンナとの話が少々食い違っていることにようやく気付かされる。
そしてそんな時リューはふと振り返ると一つの事実に気付かされる。
二人は救出した時にアンナに正体を伝えていなかったのである。
まさかとは思ったが、そのまさかの可能性が高いと踏んだリューはすぐさま尋ねた。
「…アンナさん。私達への認識をもう一度お話しいただけませんか?」
リューの問いにアンナは首を傾げるが、スラスラと答えた。
「え?えっと…かつて私をカジノから救い出してくださって、今は故郷をオラリオの力を借りて取り戻そうと努力なさっているフェルナスの伯爵様夫妻アリュード・マクシミリアン様とシレーネ・マクシミリアン様…ですよね?…あれ?でもアリュード様は女性ですから…女性同士で結婚なさって…え?え?…ってこんなことをお聞きになってどうするのですか?私をお信じになることに関わりあるのですか?」
アンナの回答に思わずリューとシルは途方に暮れた。
見事に認識が錯誤していたのである。
アンナは本当に二人の正体を知らなかったのだ。
言われてみれば、リューが女性であることも別れる直前まで認識していなかったことから考えると、いまだにリューの正体を知らないという状況にも少々の納得がいく。
その事実認識の錯誤が分かった以上ギルド側も二人に警戒をしながらもその正体を気付いていないのは確定にほぼ近づく。
それは二人にとって安堵できる材料だった。
だがリューにとって本当に恩返しがしたいと思って行動してくれると言うアンナに正体を知らせずに騙し続けるのはかなり気の咎めることであった。
だからリューはその正体をアンナが正直に吐露してくれたように話そうと心に決めた。
「あの…アンナさん?大変心苦しいのですが、私達はフェルナスの伯爵夫妻では…」
そうリューが言いかけた瞬間シルはリューの腕を掴み、それ以上話すなと首を大きく振って止める。
だがそんなシルにリューは小さく微笑みながら伝えた。
「アンナさんは私達に不信感を抱かれるのも覚悟で誠意をもって真実を伝えてくださいました。ならば私達も誠意をもって真実を伝えるのが道理ではありませんか?それでダメなら…私のこれまでの行いはそれまでだったということです。」
「…分かった。ほんと甘いよね。…もぅそう言うならどうとでもなれだよ。」
シルはそう不貞腐れながらぼやくとリューの腕を離し、リューに話す許可を暗黙の裡に与えた。
それを受けてリューは少々の覚悟と共に話し始めた。
「実は私達はフェルナスの伯爵夫妻ではなく『豊穣の女主人』の従業員…そして私はかつて【疾風】という二つ名で呼ばれていた女です。」
リューさんに惚れた女性アンナ・クレーズさん登場です。元はシルさんが退場してアンナさんがその枠に入るのを二話くらい書いてたんですけど、なんでいるのかどう考えても理由をつけられなかったので今回からの登場。
リューさんの正体を知らないのはあくまで推定です。女性と明かしたままそのまま返しちゃったし、両親も【疾風】に依頼したという認識はないはずですから。
さてアンナさんはどう反応するのか…