アリュード・マクシミリアン伯ー妖精麗人の愚直なる復讐ー   作:護人ベリアス

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善意の行為の至る先(2)

ようやく準備の整った炊き出しは受け渡し用に設けた場に大鍋が並べられた途端無秩序に開始されることになった。

 

周囲で見守っていた人々が我先に群がってきたからである。

 

お陰で発起人の自己紹介やこの炊き出しの意図やらをリューが話す機会まで吹き飛ばされ、それどころかきちんと雑炊を分配できるかまで危機に瀕するかに見えた。

 

だが【タケミカヅチ・ファミリア】の団員達の働きもあって、次第に秩序を取り戻して整列した形での配給が何とかできるようになった。

 

そしてその配給をする側の列の中に今度こそリューはいた。

 

 

「どうぞ。野菜たっぷりの雑炊です。」

 

「ありがとうございます!このご恩をどうお返しすればよいか…!」

 

「お気になさらず。私達は成すべきことを成しているだけですから。それよりも美味しくいただいてくださいね。」

 

「はい…!」

 

 

「本当にありがとうございます!あなた様のお陰で母子飢えずに済みます!」

 

「…ええ。しっかり食べてくださいね。まだたくさんありますから。」

 

「ほら。あんたもちゃんとお礼言わないと!」

 

「…うん。ありがとう。お兄さん。」

 

「…はい。どういたしまして。僕もいっぱい食べてくださいね。」

 

「うん!」

 

 

リューは受け渡すとき一人一人に声を掛けながら器に雑炊を盛り、手渡していった。

 

その声掛けはリューなりの誠意。

 

その誠意が住民との会話を生み、小さな会話の花を幾度も咲かせていた。

 

その会話にリューも微笑みを絶えず浮かべることができた。

 

一方の受け取る住民達もリューの纏う燕尾服を見て、説明がなくとも高貴な身分でこの炊き出しの発起人であることを察し、時折感謝の言葉を揃って伝えてくれていた。

 

その気づきにはリューの意図せざることだが、リューのみが準備に加わっていなかったことも影響していたりする。

 

ともかく長い時間をかけてリュー達は手分けして一人一人に配った。

 

そうして一刻以上が経て、雑炊が尽きるのが先か行列が尽きるのが先かの心配が生まれる中、幸運にも行列の方が先に途絶えた。

 

リュー達はようやく一息つくことができるようになったのである。

 

「ふぅ…」

 

「お疲れ様です。伯爵様。」

 

静かにリューが息をついた時そばに寄ってきたのはアンナであった。

 

アンナは手招きして、近くの椅子へとリューを呼び寄せ、揃って腰を下ろした。

 

「最初はどうなるかと思いましたけど、みんな並んで受け取りに来てくれてよかったですね。お陰で言うほど問題も起きずに済みました。」

 

「全くです。【タケミカヅチ・ファミリア】の方々の尽力のお陰でしょう。」

 

「その通りかもですね。いやー何事もなく終えれて本当に良かったです!」

 

アンナはそう顔を綻ばせながら言う。

 

だがリューの表情は疲れからか未だ浮かない。

 

それに気づいたアンナは不思議に思って尋ねた。

 

「あの…どうかいたしましたか?浮かない表情をなさって…お疲れならほかの方にお伝えして、屋敷に戻れるように手配しますが…」

 

「いえ…そういうわけではありません。ただ…」

 

「ただ?」

 

「…この炊き出しだけで全ての問題が解決されるわけではない…そう考えると、つい気が重くなってしまって。」

 

リューが炊き出しの成功を見ても表情に憂いが残っていたのは、先程もヘスティアと話していたことであった。

 

リューにとってもこのダイダロス通りに山積みにされた問題にとってもこの炊き出しはほんの少しの意味しかなかったのだ。

 

ただアンナとしては、そんな風にリューがいつまでも浮かない顔をするのは見てられないことだった。

 

「確かにあなた様の仰る通りですが…でもあちらをご覧ください。」

 

アンナがそう言って視線を向けた先にリューも視線を向ける。

 

そこには炊き出しでリュー達からもらった雑炊をおいしそうに頬張る老若男女を問わない数えきれない人々がいた。

 

「みんな美味しそうに食べてますよね…みんな笑顔を浮かべています。彼らの姿を見ると、私は炊き出しの一助ができてよかったと心から思うのです。全てあなた様との出会いのお陰です。」

 

「…私のお陰などではありません。今回協力してくださった全ての方々のお陰です。ただ…私もアンナさんの感じたことには同感です。…僅かながらでも彼らを助けることができてよかったと…心の底からそう思います。」

 

「なら今だけは今回の成功を素直に喜んで、これからの憂いは一瞬だけでも忘れてもいいんじゃないかなって私は思います。」

 

「…確かにアンナさんの言う通りです。今くらいは…彼らを笑顔にできたことを喜びましょうか。」

 

リューはそう言って穏やかな表情を浮かべた。

 

アンナもまた自身の言葉がリューに届いたことを嬉しく思って、笑みを浮かべる。

 

その打ち解けた流れでアンナは少し調子づいて一つ思ったことを口にした。

 

「そういえば先程の炊き出しの時の様子を見ていて思ったんですけど…子供には特別親切になさってませんでしたか?」

 

「え?そうだった…でしょうか?」

 

アンナの質問にリューは首を傾げる。そんなリューにアンナは一つ余計なことを呟いてしまった。

 

 

「あなた様もお子さんが欲しかったのかなーって思ったり。やっぱり子供って可愛いですもんね!私もいつか結婚して子供欲しいなー」

 

 

それはリューの前では言っていいことではあまりなかった。

 

もうアンナの言葉は途中からリューの元には届いていなかった。

 

アンナのリューは子供が欲しかったのか、と言ったのがまずかった。

 

それが必然的に夫になり父となるはずだったベルのことをリューに思い起こさせてしまったのである。

 

 

リューは自身を疑う。

 

今回の炊き出しは本来ギルドの無行動に憤り、ダイダロス通りの人々の窮状を少しでも改善するために行ったはず。

 

だが自身は子供ばかり優遇していた?

 

少なくともアンナの目にはそう見えた。

 

なら意味合いは変わってこないか?

 

リューは確かにベルとの子供が欲しい。

 

そう願ったことがある。

 

とは言っても最近は意識したことなんて当然なかった。

 

だがリューはベルのことを未だ忘れられていない。

 

もしかしたらベルトの子供を未だに欲しいと心のどこかで思っているかもしれない。

 

となると自身が子供を持てなかった辛さを今回の炊き出しで子供達と触れ合い笑顔にすることで埋め合わせようとでも思っていたのか。

 

それはあってはならないこと。

 

それは困っている人々を助けるという自身の正義には全く合致せず、自分の欲を満たすためだけに行ったことになってしまう。

 

そんなこと許せない。

 

自分は正義のためにこの炊き出しを行ったのであってベルとの間にできたかもしれない子供を想ってでも自身の傷を埋め合わせるためでもない。

 

そうでなくてはならない。

 

だから…

 

 

 

「伯爵様!伯爵様!」

 

その時雁字搦めの思考に没入しかけたリューを焦りに満ちた呼び声が引き戻した。

 

どうやらリューは思考に没入するうちに眠りに落ちていたらしい。

 

ハッと我に返ったリューは辺りを見回すと、リューが自分の思考に没入する前の穏やかな雰囲気はなかった。

 

代わって何やら張りつめた空気が漂っていたのである。

 

その異様な空気にも動揺しないよう心掛けながらリューは自身を呼んだ者に問うた。

 

その者はよく見てみれば、【タケミカヅチ・ファミリア】の団員と紹介された者であった。

 

「…何事ですか?」

 

「休息中申し訳ありません。先程警戒しないといけない情報が届いたのでそれについて今タケミカヅチ様達が離れた場所で話し合っています。ご夫人は伯爵様にはお伝えしなくともよいと仰ったのですが、タケミカヅチ様が念のためお呼びすべきだと…」

 

「…警戒すべき情報とは一体何です?」

 

リューはシルが情報を伏せようとするような『警戒すべき情報』とやらをすかさずその者に問う。

 

その者は少々の不安さを醸し出しながらこのタイミングでリューが一番聞きたくなかった情報を口にした。

 

 

「…ギルドがここで炊き出しを行っているのを知り、阻止ないしは差し止めのために動こうとしているとか…」

 

 

その者の言葉を聞き終わらぬうちにリューは立ち上がっていた。

 

今すぐにでもその対応を考えなければならないと思ったからである。

 

そしてギルドのあってはならない行動に対しては当然としてそんな重大事への対応に自分をあえて呼ばないというシルの対応に憤りを覚えずにはいられなかったからでもある。

 

「案内してください。今すぐ。どこで話し合っているのですか?」

 

「はっ…はい!今すぐ案内いたします!こっこちらへ!」

 

リューの求めにびくりと体を震わせながらその者はリューにタケミカヅチ達が話しているという場所に案内した。

 

ビクビクしていたのはリューが怒りの形相を浮かべていたからだったが、生憎リューは自身が憤りが顔に出ていることに気付いていない。

 

そうしてリューは炊き出しに来ていた住民達には会話が聞かれなさそうな建物の陰に案内された。

 

そこにはヘスティア、タケミカヅチ、ミアハと言った神たちの他にシルも混ざっていた。

 

「あなた…どうして起きて…」

 

シルは現れたリューの姿を困惑を隠せない様子で見る。そんなシルにタケミカヅチが呟いた。

 

「ご夫人は伯爵を呼ばなくともよいと言ったが、今回の炊き出しの発起人は伯爵だ。故に対応策の決定権は伯爵にある。呼ばないわけにはいかないと俺は思った。ご夫人には申し訳ないと思っている。」

 

「はい…言い分は分かります…もう夫に任せます…」

 

シルはそう言うとタケミカヅチの言葉に大人しく引き下がるだけでなく話し合いの場からも距離を作った。

 

リューはシルの意図を図りかねると同時にシルの行動の理由を問いただしたかった。

 

だがこの時は冷静に状況の把握と対応策を出す方が優先と考えることができた。

 

「それでお三方。状況をお教え願いますか?」

 

「タケの眷族から少し聞いてるだろうけど、ギルドがここでしてる炊き出しを知って、ここに人を派遣して何かしらの対応を取ろうとしているらしい。その派遣されてる者達はダイダロス通りに入っていて、じきに到着すると思う。その者達はきっと炊き出しを止めさせたいんだろうね。何せこの炊き出しは無許可でやってる上に他国の伯爵様がそんな慈善事業をしておいてギルドが何もしないじゃ体裁が保てないからね。」

 

「伯爵に聞きたいのは、ギルドの職員がここに向かっている今どう俺達が動くか、だ。炊き出しはもう終わってるから無理して残る理由もない。だからすぐにでもここを引き払うのも手だ。残っていてもギルドに糾弾されたりと、面倒なことしか起こらないからな。だが逆にギルドにこの窮状を伝える絶好の機会でもある。」

 

「そなたはどうしたい?伯爵よ?面倒から目を背けることもできる。ただそうすれば、そなたの決意は一度限りでギルドに妨げられることになろう。ギルドに一度目を付けられれば、容易には行動できまい。とは言ってもここに残りギルドの者と対面し、窮状を伝えるなりすれば今後ギルドとの対立は避けられんだろう。ギルドは冒険者の救済には関心があってもここの困窮する者達の救済には些か興味がないと見えるからな。」

 

「要はギルドと穏便に済ますためにここからすぐにでも立ち去るか、問題解決のためにギルドと正面からぶつかるか、だ。」

 

「…少なくとも君の対応がどう出るかをダイダロス通りの子達は見守ってる。何せみんなギルドの職員がここに向かってるのを知っている上に食事もほとんどの子が終わっている以上面倒に巻き込まれたくなければ、すぐに立ち去ってもいい。なのに立ち去った子は少なく、この広場に残っている子があんなにもいる。それは間違えなく君がどう出るかに興味があるからだ。君の対応に何かしらの感情を抱いているからだ。そこを踏まえてよく考えて欲しい。」

 

三人の神は矢継ぎ早に状況を説明していく。そしてリューの決断を求めた。

 

リューはヘスティアが言葉を終えると小さく息を吐いて、その話に出ていたダイダロス通りの人々がいる広場の方に目を向ける。

 

確かにヘスティアの言うようにそこに残る者の数はリューが眠りに落ちる前と大きく変動はないように見える。当然食事を続ける者も少ない。

 

となれば、彼らはヘスティアの言う通りなのだろう。

 

リューの言葉を待っている。

 

リューに期待を抱いている。

 

リューに救いを求めている。

 

 

炊き出しという行いで彼らに救いの手を差し伸べようとしたリューに。

 

 

そのリューの思いが気まぐれの善意でギルドの妨害ごときで屈しないことを願っているのだ。

 

リューの答えは言うまでもなく最初から決まっている。そしてもしも彼らがリューの決断に期待を寄せているかもしれないなら尚更だ。

 

 

「考えるまでもありません。ギルドにこの窮状を訴え、改善を検討させるために対決すべきです。」

 

 

リューははっきりと決意を込めてそう告げた。

 

するとまずタケミカヅチが苦笑いした。

 

「まっ…そう言うと思ったからご夫人は伯爵を呼ぶなって言ったんだけどな。」

 

その言葉にリューはシルの意図を自ずと読み取ってしまい、思わずシルの方を振り返る。するとシルは大きくため息を吐いてから、ニコリと笑みを浮かべた。

 

「まぁ…あなたならそう言うと分かってたよ。そう決断したなら仕方ないね。これはあなたの道だもの。」

 

「…そうです。これは私の道ですから。私以外の誰も妨げることはできません。」

 

リューはシルの思いに従わなかったことを謝らなかった。

 

それはシル自身がリューに自身の道を歩んでほしいと思ってくれていると考えたからである。

 

リューはいつでもシルの言う通りにするなんて言うことはもうない。

 

「さてエルフ君が決断したならあとはギルドの子達を待つだけ!広場に戻ろうじゃないか!君の決断をあそこにいる子達に聞かせるためにも、ね?」

 

「ええ。必ずやギルドにこの思いを納得させて見せます。これはまだ始まりに過ぎないのですから。」

 

こうして先を急ぎすぎている感がありながらも、早速リューは悪と自身が見なしつつあるギルドとの対決に一歩踏み出したのであった。

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