アリュード・マクシミリアン伯ー妖精麗人の愚直なる復讐ー   作:護人ベリアス

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幸福は目前に(2)

「リュー!ベルさーん!鍛錬もこれくらいにして、朝食にしましょー!」

 

サンドイッチの入ったバスケットを抱えたリューの親友であるシル・フローヴァはそう声を上げながらいつも二人が鍛錬を行っている中庭へと繋がる扉を開けようとする。

 

「あっ…シル!お待ちを!」

 

「えっ…あっ…シルさん!」

 

なぜか慌ててシルを止めようとする二人の声は不幸なことに数瞬の差でシルには届かなかった。

 

「今日は手作りサンド…すっ…すみません!!お取り込み中失礼しましたぁ!!」

 

「シルっ…これは!違っ!」

 

「待って!誤解なんですシルさーん!!」

 

二人は今度は引き留めるために叫ぶが今度も生憎シルには届かなかった。

 

シルの言う『お取り込み中』。

 

それは正直誤解のようで誤解じゃない気もするかなり際どい光景だった。

 

…シルが呼び戻されるのにはもうしばらく時が必要だった。

 

中庭にはしばらくの間バスケット、そして(武器を持ったまま)ベルを押し倒して何か事を始めそうなリューと(武器を持ったまま)リューと顔が至近距離まで近づいて顔を真っ赤にしているベルが残されていた。

 

 

 

⭐︎

 

 

 

「ふーーん。事故。事故だったんですねぇーさっきの。」

 

「そうですって!シルさん信じてくださいよー!」

 

「べっつにーリューとベルさんは恋人同士で近々夫婦になるんですもんねー汗を迸らせながらイチャイチャするとかアンアンしても別に何の文句もありませんよー」

 

「だから本当に鍛錬中の事故だったんですって!そもそもアンアンって何のことですか!?」

 

「どうでしょうねー」

 

事故(ベル曰く)からしばらく。

 

シルを何とか呼び戻せて、三人並んで座っての朝食と相成ったものの未だベルはシルに納得させられていなかった。

 

それもそのはずで…

 

「…シル?このサンドイッチは誰が作ったのですか?まさかシルが…」

 

「何でリューさんはそこ気にしてるんですか!?確かにさっきから何で僕の手を握ってるんだろうって思ってましたけど、まさかサンドイッチを取らないようにってことですか!?それ弁明より大事なんですか!?」

 

「まさか私の勘違いより私のサンドイッチの方が怖いって言うの!?今日はミア母さんが作ったから大丈夫だから!?それよりリューは自分が私にベルさん襲った疑惑かけられているのを気にして!?」

 

「あっ…そうですか。なら安心です。ベルもお食べください。」

 

「じゃあ…いただきます。」

 

リューはシルのサンドイッチの恐怖でもう疑惑解消どころではなかったのだから。

 

そしてサンドイッチの恐怖を解消されたリューはようやくホッとしたらしくサンドイッチを小さな口で頬張った。そんなリューを可愛いいなと思いながらもリューが恐怖の解消を理由に手を離してしまったことをベルは残念に思いつつ、サンドイッチを手に取って口にした。

 

そうしてようやく疑惑に意識の向いたリューはサンドイッチ片手に口を開く。

 

「疑惑に関してですが、別に疑われても私は気になりませんよ?それだけ周囲にはベルと私が仲睦まじく見えているということですよね?」

 

「まぁ…みんなリューが微妙にベルさんのこと好きすぎてポンコツになってるとか暇があればベルさんとの思い出語ってるのが羨ましいぐらいには思ってるけど…」

 

「え?リューさん『豊穣の女主人』でそんなに僕のお話しているんですか?」

 

「え…あ…」

 

シルの呟きを受けてベルが尋ねるとリューは思いっきり地雷原に踏み込んだのに気づいたらしく頰を赤く染めて口籠る。なぜならシルの呟きはリューに心当たりがありすぎたから。同時に勝手にベルとの思い出を周囲に話しても問題ないのかという疑念を心に抱いていたリューは心配もあってすぐに答えることができなかった。

 

そしてそんなリューを見て、ベルはニッコリと微笑んで言った。

 

「本当なんですか?リューさん?もしそれなら僕すっごい嬉しいなぁ。あと僕も他の人にリューさんのこといっぱい話してるからお互い様ってことでちょっと安心できますし。」

 

ベルの言葉はベルもまたリューと同じように相手のことを大切に思っていることがありありと伝わってきて。リューはベルに愛されているということを改めて実感することができた。だからリューは思わず幸せのあまり涙ぐんでしまう。そんな自分を見られまいとリューはベルの肩に頭をのせてから答えを告げた。

 

「はい…たくさんベルとのことをついお話して、つい暇ができるとベルのことを思い出してしまって…シルを始め同僚達にはほんの少し迷惑がられてしまっています…」

 

「そんな…リューさん悪くないのに。…どういうことですか?シルさん?」

 

リューが迷惑がられているらしいという事実にベルは少しムッとしてシルに視線を向ける。

 

「あっ…いやぁ…それは…」

 

ベルの鋭い視線にシルは不覚にも言葉を詰まらせる。そんなシルの様子にベルは疑いを強めてしまうが、それをリューは慌てて止めた。

 

「あの…!シルは悪くないんです。私が…その…ベルと一緒にいられることがあまりに幸せで…思わず泣けてきてしまうことがあって…それがシル達の反応を困らせる原因になってしまって…」

 

「そっ…そうなんです。たまにベルさんを大急ぎでお呼びすることありますよね?そういう時は実は大体リューが泣き出しちゃった時で…」

 

「あっ…!そういうことだったんですか…」

 

リューが告げた事実にシルが言葉を付け加えたことでベルの記憶にあるいくつかの事実が結びついて、ベルは納得した。

 

ベルとリューが【深層】からの帰還後の再会で愛を誓い合ってから早数週間。

 

未だリハビリもありダンジョンに潜れないベルは思う存分恋人になったリューとの逢瀬を謳歌していた。

 

ただいつでもどこでもリューと一緒…というわけにもいかず、ベルは本拠【竃火の館】でファミリアの仲間と過ごす時間もきちんと大切にしていた。

 

そんな日々を過ごす中唐突にベルがリューとの時間を作り出す時もあったりした。

 

ある時はシルが突然ベルの元に駆け込み、『豊穣の女主人』に来て欲しいと頼んできて、ベルが急行したところその場でリューに胸板に突進されてしばらく温かい眼差しに見守られながらリューを抱きしめ続けるということがあったり。

 

またある時はリューが突然【竃火の館】に来て、ベルが出迎えたところこれまたリューに胸板に突進されて温かい眼差しに見守られながらリューを抱きしめ続けるということがあったり。

 

それら幾回かの出来事を思い返したベルはリューに尋ねる。

 

「つまりリューは僕といるのが嬉し涙が出るくらいとっても幸せっていうことですか?」

 

「…はぃ。」

 

「そっか。そっかぁ。」

 

リューのか細い回答にベルは緩む頬を抑えきれなくなる。だから抑えるのを諦めると、思いっきりダラしない表情を浮かべながらリューの肩を抱いた。

 

「僕もとっても幸せです。リューさん。一秒でも多く一緒にいたいっていつも思ってます。でも僕もリューさんもそれぞれやるべきことがありますから。」

 

「…ベルの仰る通りです。私には酒場での仕事が。ベルには団長としての役割がありますから。」

 

「まぁ僕って全く団長の役割果たせてない気がするんですけどねー」

 

「…はい?」

 

ベルの呑気な呟きはほのぼのとした雰囲気を突如として硬直させてしまった。

 

それもそのはずリューは堅物と呼称されるほどの生真面目なエルフである。

 

よって団長の職務を果たしていないという言わば怠慢宣言が恋人であるベルの発言となれば、尚更追及しないわけにはいかないわけで…

 

リューは即座にベルと少し距離を取り、ベルの顔を見れる位置に座り直すと追及を始めようとする。

 

「…ベル?役割を果たしていない?それは一体どういうことで…」

 

「あっ…それはみんなリリがやってくれてるというか…」

 

「まぁリューも人のこと言えないけどねー」

 

「うぐっ…」

 

リューが追及し始めベルが拙い弁明を始めたところでシルのツッコミが投下されてリューは言葉を詰まらせる。

 

ただ座り直したというのは即ち並んで座っていたシルもその視界に入っているということで。シルが開始された追及に横槍を入れ、戯けた表情を浮かべているのも見え見えで。それもリュー自身に少し…というよりすごく見に覚えがあったから。そんなリューをニタニタと見つめるシルは公然と暴露を開始した。

 

「ベルさん聞いてくださいよ!リューったら定期的にいきなりうっとりと幸せそうな表情をしだしたり、いきなり泣きだしたりでとてもお店の配膳係なんてとてもとても任せられそうになくて…」

 

「シッ…シル!?それ以上は…!?」

 

「ある時なんて配膳中にベルさんの名前呟いたと思ったら突然お店飛び出しちゃって…それでリューが帰ってきたと思ったらベルさんがいて…」

 

「あっ…あー」

 

それって…リューさんが【竃火の館】に飛び込んできた時の…ことかな?とベルにはこの話の続きが読めた気がした。

 

「あぅ…シル…だってベルがそばにいないと…無性に寂しくなったり、急にベルがいなくなってしまいそうで怖くなる時が…あるんです。」

 

「リュー…さん?」

 

リューはそう言いながら俯く。

 

ベルがこれまで見たことのほぼない、だが最近は頻繁に目にしてしまっているとても弱さを曝け出したリューの様子にベルはリューを凝視する。

 

「…私自身なぜこんなにもベルにこだわっているのか分からないんです。好き、愛している…そんな感情が私に満ち溢れているとしても…ここまでは普通はならないと私自身思います。私は今ベルのお陰で言葉にできないくらい幸せで…なのにある時突然恐怖が襲ってくるんです。ベルが私の前からいなくなるんじゃないか、と。」

 

リューの独白は数週間前の告白の時も漏らしていた恐怖に関してだった。

 

リューからはいくら何度もベルに優しい言葉を贈られてもその恐怖だけは容易に拭い去ることはできなかったのだ。

 

「…根拠がないこと…ベルがいなくなることはないと理性では分かっているんです。なのに私の心はいつも心配を抱いては恐怖して…もしかしたら私はベルからある物が欲しいのかもしれないと思い至りつつあります。」

 

「ある.…物…ですか?僕に手に入れられる物なら何でも…」

 

 

「それは…ベル?私に私がずっとベルの物だという消えない印を付けてくれませんか?」

 

 

「…え?…ぇ?」

 

リューの言う『消えない印』というぼんやりとした物が全く見当もつかないベルは思わず首を傾げかける。だが分からないとリューに知られるとリューが悲しみそうで怖かったのでベルは助けを求めるように知ってる可能性のあるシルの方に視線を向ける。

 

ただ視線の先には心底軽蔑した表情を浮かべるシルがいた。

 

「…ベルさん?あなた一体リューに何をしたんですか?…あれですか?鍛錬と言いながらベルさんは実はリューに傷をつけて喜ぶクズだったんですか?それとも…」

 

「え?え?シッ…シルさん?一体何の話ですか!?僕とリューさんは普通に鍛錬してるだけですし、出来るだけ怪我とかしないようにやってますよ!?」

 

助けを求めたはずが思いっきり言葉のナイフの一突きを食らったベルは卒倒しそうな気分になりながらも弁明する。

 

すると誤解を招くような発言をしたリュー自身が付け加えた。

 

「えっと…それをベルが望むならしても構いませんが…そうではなくベルに私を『女』にして欲しいからと言いますか…それで私がベルの女だという証になると言いますか…そうすればベルは私の前からいなくならない気が…」

 

「リューさんは一体何を言ってるんですか!?」

 

「…へーベルさんとリューってそこ前進んでるんですね…へー」

 

「シルさんはそんな怖い表情しないでください!!」

 

俯きながらボソボソと爆弾発言を投下するリューと恐ろしく冷たい表情を浮かべるシルにベルはもう絶叫するしかない。

 

そうして特にシルの視線があまりに痛すぎたベルはその視線が逃げたいという思いとリューの抱く恐怖が想定以上に大きいことに深い憂慮を抱いた。そのためベルは向き合っていたリューを引き寄せて腕の中に収めて抱きしめた。

 

「…つまり…リューさんは僕がいなくならないっていう具体的な証拠が欲しいということですね?」

 

「…私のただのわがままで直感から出した結論ですが…そういうことです。…私はベルと一つになりたいんだと思います。…私に消えない印…いえ。傷をつけてください。」

 

ベルの質問に対するリューの答えには迷いを少々感じたもののそこには確かな意志が感じられた。だからリューを心配するベルはリューの思いを尊重すべきではと思いかける。

 

だがベルはやっぱり優しくてお人好しのベルだった。

 

「…やっぱりダメです。リューさん。僕にはリューさんを傷つけることはできません。」

 

「でもっ…!」

 

それしか恐怖を解消する方法がないと結論を出していたリューは食い下がる。だがそれでもベルの考えは揺らがなかった。

 

「そういうことは結婚してからだと思いませんか?もう少ししたら結婚するんです。結婚したらにしましょう?その時でも全く遅くないと思います。その時になったら僕はリューさんの恐怖が消えるようにいっぱいいっぱい愛しますから。そして家族をたくさん増やしましょ?ね?」

 

「ベルっ…!」

 

「だから今は我慢して欲しいです。僕がリューさんの前からいなくならないってことを精一杯伝え続けますから。怖くなったらいつでも僕を呼んでください。辛くなったらいつでも僕を頼ってください。僕はどんな時でもリューさんの力になります。」

 

ベルの優しさの溢れる声かけにリューは涙を我慢できずに泣き出してしまう。ベルはそんなリューの背をあやすように撫でた。

 

その背を撫でながらベルは密かに思う。

 

リューが涙もろくなった理由。リューが弱さを曝け出すようになってしまった理由。

 

それは自身にあるのではないか?

 

ここ最近凛々しいリューは完全に鳴りを潜めてしまっているのが、リューのこれからという意味でベルは密かに心配に思っていた。

 

ただベルにはこんなにも儚く愛おしい女の子のリューのことも大好きだから。目を離せなくて、いつまでも抱きしめていたいと思うくらい愛しているから。

 

だからもしかしたら自分のせいで壊れてしまったリューの何かを取り戻し、凛々しさを取り戻せるまでは自分が精一杯リューを支えようと心に決めていた。

 

「リューさんは一人じゃないんですから。僕がいます。僕とリューさんはいつまでも一緒です。まずは結婚が僕達を繋ぐ証になります。そして結婚したら僕達の愛の証を一緒に産み出すんです。言うまでもなくリューさんの幸せが僕の幸せ。僕はリューさんの幸せのためなら何でもしますから。僕を信じてください。」

 

「…ぅぅ…ベルっ…!ごめんっ…なさいっ…!変なことを言ってっ…!」

 

「いいんですよ。お話ししてくれてありがとうございます。お陰でリューさんの力になれて僕は嬉しいです。」

 

「…っぅ…ありがとぅ…ベル…愛してます…愛してます…」

 

「僕も愛してますよ。リューさん。ずっと一緒にいますから。」

 

それからしばらく二人は抱きしめあった。

 

ベルの言葉の影響か否かは分からないが、『冒険者』だったのがいつの間にやら『普通の女の子』になっていたリュー。

 

その変化の良し悪しは誰にも分からないし、何がこの変化をもたらしたのか、ましてこれがそもそもリューにとって進歩なのか退歩なのかはリューにさえも分からない。

 

なぜならありのままのリューというのがどんなリューなのか誰にも分からないのだから。

 

ただ少なくとも変化というものには評価が分かれるものである。

 

正義を尊び愚かなまでに真っ直ぐな『冒険者』だったリューの敵は少なくなかった。

 

ならば今の弱く儚い『普通の女の子』のリューをよく思わない者も当然現れるわけで。

 

そばから複雑そうな視線を向ける少女にこの時もまたついにベルとリューは気付くことはなかった。




ヘイト要員その?のご登場です。
シルさんって裏表あるから今回の言葉が本心か分からないし、リューさんが泣いた理由も真実かは分からないんですよねぇ。自分もどうなるか検討中ですね。(笑)
前作ではイチャイチャで周囲を触発して平和にするとか書きましたけど、それ以上にヘイト集めて抗争に発展しそうなんだよなぁ…特にベル君のせいで。

あと今回のリューさんはとっても感情表現豊かになってます。これはベルへの想いが思いっきり爆発してるからということもあるんですけど、原作のちょっとした考察の結果でもあるんです。
元々リューさんってアリーゼさんらの亡き後精神的支柱が揺らいでてて、情緒が決して安定してる状態ではないと思うんです。
ただ14巻でベル君はリューさんのトラウマ打ち払ったり、リューさんの正義を正しいと認めたりとシルさん以上にリューさんに影響を与えました。
ただでさえ純粋で少々依存癖がある(アリーゼさんや正義とかへの依存)のでベル君に依存しかけても何らおかしくないのでは…と。まぁあくまでリューさんがベル君への恋心を認めたら、という前提が必要ですが。
そしてリューさんはベル君の師匠枠で原作にいるわけですが、本来精神的には未熟さもかなり残しているわけで。今回のリューさんは前作のカッコよさと精神的強さを前面に押し出したリューさんとはかなり違ったキャラで描いています。新たなリューさん像の掘り下げということで。
このリューさんの表裏のギャップが魅力であると同時にリューさんの長所にも短所にもなる重大な点でして…
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