アリュード・マクシミリアン伯ー妖精麗人の愚直なる復讐ー 作:護人ベリアス
リューの決断からあまり時は要しなかった。
リューが炊き出しを行った広場に戻った直後、正面の広場に繋がる通路に溜まっていた人々が恐れを抱いてか波を打つように道を開けた。
その生まれた道を通ってギルド職員の一団が姿を現したのである。
その周囲には【ガネーシャ・ファミリア】の団員を護衛としてか引き連れており、警戒が露骨に示されていた。
そしてその一団の先頭に立っていたのは副ギルド長エイナ・チュールであった。
そのエイナをリューは炊き出しの設営の前で待つ。
エイナ達が広場に生まれたリューへと至る道を歩いてくるのに掛ったのは僅かばかりであった。
広場にはダイダロス通りの住民を始めギルド職員、【ガネーシャ・ファミリア】、さらに炊き出しにかかわった人々まで詰めかけているのに妙な静けさに包まれた。
そしてそこにいる視線は全て向き合うエイナとリューに向かっていた。
まるでこれより始まるであろう舌戦に今後の未来が関わっていると誰もが感じているかのように。
静寂の中向き合った二人。
先に口を開いたのはエイナの方だった。
「お久しぶり…と言うほど時は経っていませんね。アリュード伯爵?」
「その通りです。エイナ副ギルド長。ダイダロス通りに一体どのような用件でいらしたのでしょうか?」
エイナは露骨に嫌悪感を顔に出したままリューに声を掛ける。
一方のリューは冷静さを保つどころか笑みまで浮かべてそれに応えた。
ただそのリューの冷静さはエイナの気分をさらに害したらしく表情をより険しくした。
「そのようなこと言うに及ばないでしょう。なぜ今ここで炊き出しなどと言うことを行っているかです。是非釈明をお願いしたいものです。」
「釈明?まるで私達が悪事を働いていて、あなた方の誤解を解かなければならないかのような言い分ですね。私達がいつどこで悪事を働いたというのでしょう?」
「…アリュード伯爵はどうやらご自身の立場というものをご理解いただけていないようですね。あなたの今のお立場オラリオへの亡命者。かつての故国での立場とお同じではないのですよ?オラリオにおいて炊き出しなどという慈善行為を行う権限などありません。ましてギルドの許可なくしては当然です。」
「困っている人々を助ける…これに立場など必要でしょうか?ただそれを成す意志と力…それのみがあれば事足りるでしょう。」
「それは詭弁です。あなたがオラリオの冒険者に支援を求める立場である以上こちらの事情に配慮するのは当然の事でしょう。これは内政干渉です。我々ギルドはあなた方の行動に断固抗議いたします。早急にお立ち去りください。そして今後ギルドの許可のない勝手な行動は慎んでください。それがあなた方が故国を奪還するための唯一の方法です。…これ以上の身勝手な行動があれば、ギルドにも考えがあります。」
エイナの文句は明らかな脅迫。
ギルドの認めない行為をこれ以上続ければ、当然故国奪還のための冒険者を貸すことはないし、場合によってはオラリオからの放逐も検討に入っているのであろう。
そんな脅迫を受けてもリューはまだ笑みを崩さなかった。
「…それは脅迫でしょうか?」
「…ええ。あなた方のお立場を考えれば。」
「…それでその脅迫は以上ですか?」
「…はい?」
だがリューの仮面のような笑みも二つの問いが終わるまでであった。
「吠えるな。」
リューの冷徹さを帯びた声がその場に響き渡る。
その一喝は目の前にいたエイナを凍りつかせた。
言うまでもないが、リューもかつては恐れられた冒険者の一人。
気迫だけなら第一級冒険者にも負けないものを発揮できるのである。
そしてリューはエイナの態度にかなり頭に来ていた。
「脅迫?だから何です?私は彼らの窮状を知り、助けなければならないと強く感じました。それが故国奪還で再び戦争を起こし、さらなる人々の血を流すよりも重要なことだと思ったからです。その判断に誤りはないと確信しています。そして内政干渉?それはあなた方がこのダイダロス通りの窮状を見て見ぬふりをしているが故でしょう。あなた方の失政がなければ、私はこのようなことはしなかった。違いますか?」
「…依然申し上げた通りギルドは…」
「冒険者しか関心がない。ええ。聞きました。その視野の狭さをよく理解しました。故に私は行動を起こしたのです。私がギルドの怠慢に代わって資金を必要な所に配分するために。」
「必要な所…まさか…!」
「お察しの通りです。ギルドから生活費か娯楽費か知りませんが、莫大に配給された資金をこの炊き出しに使わせて頂きました。私のような一介の伯爵にあれだけの額を支給された理由が心底理解できませんでしたが、これこそ正しい資金の運用用法と言えるでしょう。確かに外交費は必要かと思いますが、流石に本来なら浪費かと思いますよ?私でなければ、きっとカジノなどで浪費していたことでしょうから。」
「っ…!」
エイナは顔を真っ赤にしてリューから視線を外してその後方を睨みつける。
リューは気づかなかったが、そこにいたのはギルドに間者として送り込まれたはずのアンナであった。
エイナはアンナに恥をかかされた恨みをその睨みに込めてぶつけたのだ。
とは言ってもエイナの睨みをアンナは余裕綽々で受け流したが。
「さらにご覧のように今回の炊き出しには、単にお雇した方々だけでなく【ヘスティア・ファミリア】や【タケミカヅチ・ファミリア】、【ミアハ・ファミリア】の方々にもご協力いただきました。これはオラリオ内にもギルドの方針に違和感を持っている方が数多くいる証。これでも冒険者のみ優先の考えが変えられませんか?本当に困っていて救わなければならない人々をあなた方は無視するのですか?」
「くっ…」
リューの挙げたファミリアの名にエイナは絶句したまま辺りを見回す。
確かにリューの挙げたファミリアの主神も団員の一部もいるのでその面々を目にしてさらに怒り心頭している様子だった。
そんなエイナにリューはさらに畳みかける。
「あなたに問いましょう。これでも私の行いは間違っていますか?私は今後行動を制限され、私の決意を心の奥底にしまわなければならないのですか?この炊き出しは間違いだと言えるのですか?」
「…」
リューは質問を重ねる。エイナの糾弾が間違っているのではないかと問い詰める。
リューの鋭い視線がエイナを射すくめる。
さらに周囲の視線もエイナに集まった。それも厳しい視線が。
言うまでもなくここにいる人々の大半はダイダロス通りの住民。
ギルドの人間は平然と自分達を半分見捨てていると宣えば、怒りを覚えないわけがない。
四方八方から集まる厳しい視線。
元よりリューへの警戒とダイダロス通りへの無関心のみで動いていたエイナに大義名分はない。
リューを脅迫して行動を控えさせる以外に対処法は持ち合わせていなかったのである。
こうして舌戦の行きつく先は決まった。
「…お話し理解いたしました。後日今後のことは話し合わせていただきましょう。今日の所はこれ以上追及しないこととします。」
「そうですか。それは何よりです。」
「…ではお騒がせいたしました。失礼いたします。」
エイナは素直に糾弾の手を引き、引き連れてきた者達に合図を出すとそのまま引き返そうとしていった。
これは明確にリューの論が正しいと認めたも同然。
エイナの逃げるかのような姿はこれまで見捨てられたかのように困窮に苦しめられてきたダイダロス通りの人々の歓喜を巻き起こすものであった。
そのため二人の舌戦が終わりを告げた直後盛大な歓声がその場に巻き起こった。
言うまでもなくリューの行為を称えるための歓声である。
その歓声はエイナの怒りをさらに招くものであった。
だがその時ある者がその歓声を手で制した。
その者はリューであった。
リューは大きく深呼吸すると声を上げた。
「ここに集うダイダロス通りの皆さん!ギルドや【ガネーシャ・ファミリア】の皆さん!そして私の我儘に協力してくださった皆さん!私はアリュード・マクシミリアン!l今ここに改めて私の決意をお話ししたい!」
リューの大音声に周囲の人々が歓声を止めるだけでなくこの場を立ち去ろうとしていたエイナ達まで足を止めた。
リューが物申そうとすることに否応が無しに関心を抱いたからである。
リューは自身に視線が集まるのを肌に感じながら続ける。
「この度は私の我儘によって始まったこの炊き出しにご協力いただき、そして私の布告を信じこの広場に来て私達の思いを受け取ってくださった方々に心からの感謝を表したいと思います!私は故国フェルナスを他国に奪われた無能な指導者です!国が滅ぶのを見ていることしかできなかった!民が苦しむ姿を見ていることしかできなかった!故にかつてはわが祖国を奪った国に復讐をしてやりたい!そう思いもしました!」
リューは先刻述べそびれたこの炊き出しの趣旨と感謝。
だがリューの述べようとしているのはそれだけではなかった。
「ですが冷静になってからふと思ったのです!私の正義とは何か?私の為すべきこととは何か?それを自身に問うた時気づいたのです!私の正義は復讐に非ず!苦しみにあえぐ人々を助けることにあると!」
それはリューがこの数日間を経て導いた答え。
復讐でも平穏な暮らしでもない全く異なる未来の選択である。
「故に私はあなた方ダイダロス通りに住む皆さんを見過ごせなかった!目の前で苦しんでいる方々を助けられずして、どうして私の正義が果たされたことになりましょうか!だから今ここに誓いましょう!私は復讐ではなくあなた方を困窮から解放するためにこれより命を懸けて邁進していくと!」
リューは遂に明確に見出したのである。
リューの為すべきことを。
リューの頼もしい宣言に歓声が再び舞い上がる。
それを一時成すがままにしたリューは手で制止を合図する。
その身振りにすぐに観衆が反応する辺り如何にダイダロス通りの住民がリューに歓喜しているかが分かるかもしれない。
リューは歓声が収まったのを見て取ると、再び言葉を紡ぎ始める。
「ただあえて言いましょう。私の決意。私の覚悟。それのみでは、事態の改善には繋がりません!確かにこの度の炊き出しには、市場の屋台の方々を始め【ヘスティア・ファミリア】や【タケミカヅチ・ファミリア】、【ミアハ・ファミリア】の方々のご協力を頂きました!この場を借りて改めて協力への感謝をお伝えしたい!ですがこの協力関係は一度限りのものにすべきではありません!なぜならこの炊き出しは始まりに過ぎないからです!」
再び口を開いたリューは協力してくれた人々への感謝と共にこれからの未来を語り始める。
「解決に必要なこと、解決すべきことは数えきれないほどあります!故にここに集う皆さんにも協力をお求めしたいのです!それと同時に私は皆さんに陰の協力者の存在をお伝えしたい!それはギルドの方々です!」
リューの言葉に一気にざわめきが広がる。
エイナ達も思わず振り返ってリューを凝視した。
だが構わずリューは続ける。
「この炊き出しのために用いられた資金は全て私への生活費としてギルドから提供されたもの!確かにギルドはこれまであなた方に一切手を差し伸べてこなかった!そして私に提供された資金も炊き出しのために提供されたわけでは当然ありません!ギルドは先程迄の私への糾弾を考えれば、その態度の改善は寸分たりとも考えていないでしょう!」
ここぞとばかりに告げられたのはギルドへの糾弾。
それに便乗するように観衆からも怒号が飛び始める。
その状況にエイナ達の表情は険しくなるばかり。
だがリューが言いたかったのはそれだけではない。
「その態度を改善しないと言うのであれば、これからも何度でも糾弾しましょう!私は私自身の正義の達成のため、声を上げ続けるでしょう!私は決して彼らの失政と過ちを見逃しはしない!ですが確実に言えるのは共にオラリオに住む身なら手を携えることは絶対にできるということです!」
その時騒めきはすーと消えていった。そしてエイナ達の表情も僅かに蠢いた。
「先ほど言った通りこれは始まりに過ぎません。そこにおいてギルドのみが例外になることなどあり得ない!確かにギルドの立場も理解できないことはないのです!ですが過ちは過ちと言えましょう。困窮する方々を無視するなどあってはならないことだからです!ですが過ちを繰り返してきたギルドと言えど、過ちを正すことは当然できます!故にここに提案します!これからはギルドもこの困窮を脱するために共に協力しないか、と!」
それは先程までの糾弾とは打って変わった協力の申し出。それと同時にギルドの立場を擁護するような発言まで織り交ぜてあるのだ。
エイナ達は驚きを隠せない様子でリューを見つめる。
その視線を感じながらリューはこの演説を締めくくる。
「これより素晴らしい未来を切り開くことがどうして不可能と言えましょうか?ただ可能と言うにはここに集う全ての人々が協力することが不可欠!故に私と共に第一歩を踏み出しましょう!より良き未来を手にするために!」
その締めくくりに先程以上の大歓声が沸き上がった。
それはリューの言葉が人々から共感と理解を得られたからこそのものであった。
その事実をリューは深く噛み締めつつ自身の思いが届いた喜びを身に染みて味わう。
一方の協力を求められたエイナ達はと言うと、複雑そうな表情を浮かべていたが、一人エイナはリューに深々と頭を下げると、そのままその場から立ち去った。
リューにはそれがエイナに少なからぬ理解を得られたが故だと読み取った。
歓声が響き渡る中リューの第一歩は華麗な形で踏み出されたのであった。
☆
「いやー流石エルフ君!実に名演説だったよ!それに反応するあの子達の歓声…鳥肌が立ちそうだったね!」
「…神ヘスティア…それは褒めすぎというものです。」
リューの演説からしばらく。
リューの演説による観衆の興奮がリューを散々もみくちゃにした上で収まった後、ようやくリュー達は炊き出しの設営の片づけに移ることができた。
そして早朝と同じくリューとヘスティアは出番なしと言わんばかりに放り出されて、近くで雑談に耽ることになっていた。
「私を称えるのはそれくらいにして…神ヘスティア。今日はご協力感謝してもしきれません。本当にありがとうございました。」
ヘスティアに褒められ続けて居心地が悪くなっていたリューは話を変えると共にヘスティアに礼を伝える。それにヘスティアは笑みを浮かべて答える。
「いやいや、まだ僕は大したことをしていないさ。君の言う通りこれがあくまでも始まり、だからね。これからもよろしく頼むよ?エルフ君?」
「ええ。もちろんです。これからもどうぞよろしくお願いします。」
ヘスティアの笑みに応え、リューも笑みを浮かべる。するとヘスティアはなぜか辺りを伺い始める。
「…どうかなさいましたか?神ヘスティア?何か気になることでも?」
「ん?あっ…いや。そろそろ日も暮れるから僕の迎えを頼んでおいたんだけど…まだかなーって思ってね。」
「迎え…ですか?」
ヘスティアの答えにリューは少々の疑問を浮かべる。
来るときは【タケミカヅチ・ファミリア】や【ミアハ・ファミリア】の面々と来たのに、帰りにはなぜ迎えを呼んだのか、という疑問である。
そしてもしヘスティアが迎えを呼ぶながらば、【ヘスティア・ファミリア】の団員。
リューはその時妙な胸騒ぎがした。
「おっ…来た来た!おーい!こっちだぜー!」
ヘスティアが通路の先に向かって呼びかける。
その声に応えた主の方にリューも視線を向けた瞬間。
リューの時間は止まってしまったような感慨を覚えた。
「はーい!神様ー!今迎えに来ましたよー!」
その声の主は他でもないベル・クラネルの声だったのだから。
問題を持ち込むのがエイナさんだと思ったそこのあなた。
違います。
今作の一大問題児はベル君です!
こうしてようやく決意を果たしたリューさんを散々にベル君がかき乱していきます…
物語第二の転機ってやつです